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『幸福の詩(しあわせのうた)序章〜4章』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:諸葛亮
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あらすじ・作品紹介
たぐいまれなる強引さで話が進んでいきます
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序章
「お母さん…なぜ死んでしまったの…?」
百合は昨日から壊れた人形のようにそればかり繰り返している
百合の母は昨夜遅く末期がんで死んでしまった
父は彼女が幼いころに他界してしまった。
だから母は女手一つで彼女のことを育ててきた。
彼女にとってはかけがえのない存在だった
「お父さん、お母さん…」
インターホンが押されたようだ。
しかし、出る気にはなれない。
お客さんには申し訳ないけど帰ってもらおう。
三分ほど経つとチャイムも鳴りやんだ。
かえったのかな…?
「いえいえ、帰ってませんよ。」
突然彼女の背後に男が現れた
「あなた、誰ですか?!それに人の家に勝手に入ってこないでください!」
「いえ、インターホンは押したんですが、出られなかったものでね。」
「だったら入ってこないでください!第一私カギは全部閉めてますよ。どこから入ってきたんですか?」
「ちょっとそこの壁から。」
「はい?」
「それより、私はあなたに届けモノがあったのでうかがったんですよ。」
「今度にしてください。」
「連れないですね〜。まあそう言わずに…どうぞ」
「なんですか、これ。えーと…招待状?」
「では、確かに渡しましたよ。」
そう言って男は壁へと消えていった。
くだらない冗談だと思っていたが、本当に壁から入ってきたのかな…?
いやいや、そんなことはありえないだろう、と思い直しこれは夢だと自分に言い聞かせる。
目をつむって眠ればこんな夢の事などすぐに忘れられる。
そう信じて百合は目を閉じた。
昨日から眠れていなかったせいか一瞬で眠りに落ちた。
何時間ほど経ったろうか、時計を見てみるとちょうど午後4時少し前だ。
どうやら6時間ほど眠っていたようだ。
ふと右を見ると先ほどの招待状と書かれた封筒がある。
夢ではなかったのか…
おそるおそる封筒を開けてみると、宛先は愛する百合へとなっている。
「愛する百合へ
元気にしている?
さて、私たちはあなたに渡したいものがあります。
少しだけ私たちの所へと来てください。
午後六時にこの手紙を封筒ごと二つに破ってください。
そうすればあなたは私たちの所へ来ることができるでしょう。
母より」
思わず声に出して読んでしまった。
さっきの男といいこの手紙といい信じられないことばかりだけど、本当にこの手紙をただ破くだけでお母さんに会えるかもしれないのなら、試してみる価値はある!
先ほどまでの悲しみが雲散霧消していくようだった。
でもまだ二時間ほども時間がある。
彼女は昂ぶる気持ちを抑えて自分の大好きなハーモニカを吹き始めた。
いつもならあっという間に過ぎていくはずの二時間が今日はとてつもなく長く感じる。
この待ち時間がとてももどかしい
先ほどから十秒に一回ぐらいのペースで時計のほうを見ているような気がする。
何度見たって時間は変わらないのに。
一分、また一分と時間が過ぎていく。
ついに6時を知らせるメロディが時計から流れ出た。
彼女は勢いよく封筒ごと招待状を破いた。
何も起きない。
期待していただけに、かなりのショックだ。
また目に涙が溜まってきた。
思わず目をつぶって涙をぬぐうと、目の前には母と…おそらく父だろう。写真で見た父にそっくりな男性が立っていた。
「お母さん…」
そう言いたいのに言葉が出ない。
母はすべて察した様子で優しくうなずいた。
目から涙があふれ出てしまう。
でも先ほどのような悲しみの涙ではない。
母に、父に会えた喜びの涙だ。
「百合、時間がないから手短に話すわね。」
母はそう言って彼女に手に乗るほどの小さな箱を手渡した。
エキゾチックなデザインをしている。
「この箱に手紙を入れるとね、私たちの所にそれが届くの。でもずっと届くわけじゃないわ。だから、あまり頻繁に送ってはだめよ。」
母がそう言い終わるが早いか百合は意識を失ってしまった。
百合が目覚めると元の自分がいた部屋へと戻っていた。
さきほどと何も変わらない。
唯一つ変わったのは百合の手に先ほど母から渡された小箱があるくらいだ。
「ありがとう、お母さん。お父さん。」
百合は小箱を両手で大切そうに握りしめて眠った。
第一章
三日後、百合は自分の大学へと向かった。
いつでも母や父と手紙をやり取りすることができると思うとさみしさも悲しさもあまりない。
電車に乗ったかと思えばもう大学についている。
講義はあっという間に終わった。
残るはサークル活動だけだ。
彼女は剣道のサークルに入っている。
サークル活動が終わると、一年先輩の斎藤が話しかけてきた。
「落ち込んでるかと思ったが、元気そうで安心したよ。お五日前は死にそうな顔してたからな。」
「それはどうも、ご心配をおかけしました。」
「お前が俺にそんなまともなあいさつするなんて気持ち悪いな。何か変なものでも食べたか?」
食べてはないけど、貰いはしたよ。と心の中でつぶやく。
「へ〜、何をもらったんだ??」
「人の心を読むのはやめてください。悪趣味ですよ。」
「お前の場合は目が口以上に物を言ってるからな。で、何をもらったんだ?」
「ちょっとした箱ですよ。」
「箱ねえ…」
「どうせただの箱じゃないだろう?何の箱なんだ?」
「秘密です。」
「気になるな。じゃあこのあと飯おごってやるからはけよ。」
「え〜。いやですよ。」
「いいからこい。」
斎藤はやや強引に百合を近くのファミリーレストランに連れて行った。
ウェイトレスに案内され席に着く
百合は開口一番
「あっちのステーキハウスが良かった…」
というと
「馬鹿かお前は。」
と一蹴された。
「で、その箱は何なんだ?」
「先輩は天国とかって信じてますか?」
「信じる信じない以前に気持の問題だと思っている。それで?それがどうした。」
「この箱に手紙を入れるとお母さんやお父さんが返してくれるんです。」
「…」
斎藤が急に立ち上がって百合の額を触った。
「熱ならありませんよ。」
「冗談かい?」
「冗談じゃないですよ。なんなら今日うちに来て確かめますか?」
「面白い。行ってみようじゃあないか。」
そこで水を差すようにウェイトレスがやってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「じゃあ俺はこのナポリタンで。」
「私はこのステーキセットください。」
「かしこまりました。」
「お前別に場所関係なくステーキ食うんじゃねーか。」
「あっちの方がおいしいんですよ。」
ウェイトレスは苦笑いして去って行った。
食事が終わった二人は早速百合の部屋へと向かった。
「しかしお前もなかなか大胆だねぇ。いきなり部屋に男を連れ込むとは。」
「帰ります?」
「軽い冗談じゃないか。本気にしないでくれ。」
玄関のドアを開くときれいに整頓された玄関が二人を出迎える。
「はぁ〜おれの部屋とは大違いだな。」と斎藤が感嘆の声を上げる。
「これですよ。」
百合が小箱を取り出した。
「で、どうやって確かめるんだ?」
「今から手紙を入れます。それで帰ってきたら成功でしょう。」
「それなら最後に好きな色は何?とでも付け足してくれ。それなら仮に返信されてきた手紙がもともと箱に入ってたものならその質問にはノータッチだろう。」
「わかりました。」
手紙を入れ、待つこと30分ほど。箱を開けてみると百合の入れた封筒がきえ、別のものが入っていた。
返信では色の質問についてもきちんと触れてある。
「これで信じていただけますか?」
「まあ、信じるよりほかにないな。」
百合は小箱を大切そうに引出しにしまった。
「今日は泊まっていきますか?」
「君も中々大胆…」
「私がバカでした。帰ってください。」
「冗談だ。でも帰らせていただくとしようかな。」
ドアを開けると雨がポツリポツリと降っている。
「傘を借りてもいいかな?できれば君の趣味が入っていないビニール傘的なものを…」
「どうぞご随意に。」
斎藤の傘は夜の闇に消えていった。
第二章
今日で通夜から五日になる。
今の私を通夜の出席者が見たらさぞかし驚くことだろう。
出席者の一人である斎藤はあまり驚いていない様子だったが…
突然インターホンの高い音が室内に響いた。
「はい、どちら様ですか?」
百合は先日の謎の男を無視したときとは打って変わって気持のいい声で応じた。
「宅配便で〜す。」
斎藤がにやけながら傘を持って立っている
「ビニール傘なんか返しに来なくてもいいのに…」
百合は苦笑いしてドアを開ける。
「いや、さっき起きたんだが暇だったものでね。それに傘を返しに来たのがメインじゃない。」
「まあ、そりゃあそうですよね。ふつうはビニール傘返しに来るためにわざわざここまでは来ないですよ。でもじゃあ何しに来たんですか?」
「その様子なら9割方必要なさそうだがね、今から出かけないかい?君を励ましてあげようと思って泉や田畑と少し前から計画していたのさ。」
「へ〜先輩も少しはいいところあるじゃないですか。」
「愛する君のためなら当然のことさ!」
「もうひと眠りしますか?」
「軽いジャブ程度の冗談じゃあないか。本気にしないでくれ。」
「先輩の冗談はシャレにならないですよ。もっとソフトな感じにできないんですか?」
「ははは、無理をいうものじゃない。ではとりあえず泉達と合流しようか。」
そう言って斎藤は緩やかに歩き始めた百合もそれに続く。
「どこに集まるんですか?」
「さて、どこだったかな?」
「帰ります…」
「冗談だよ。うちの大学の裏門前だ。彼らの家が逆方向なのは君も知っているだろう。」
「わかりました。」
「一時に集合だからはっきり言ってそう急ぐ必要はないんだがね…」
「先輩…今12時45分過ぎてますけど…」
「そんなはずは…あ…腕時計電池切れてる。ええい、走るぞ。ついてこい。」
「そんな無茶な…歩いても30分の距離ですよ。」
「ごちゃごちゃうるさいぞ!さあついてこい。」
斎藤は先に走って行ってしまった。
仕方なく百合も追いかける。
「まったく…本当に間に合うのかしら。」
「そう、ぼやくな。いい運動じゃないか。」
「誰のせいでこんなことになったと思ってるんですか?」
「そういうことは言ってはいけない。今すべきことは原因を突き止めることではなくて今起こった事件を解決することさ。」
「あんたが言うなぁ〜」
「耳が痛いから隣で叫ばないでくれ。…ほら見えてきたぞ。裏門だ。」
「泉と田畑まだ来てませんね。何とか間に合った…」
「ほら、俺の言ったとおりだろう。やってやれないことはないのさ。」
「…」
「まあそう黙り込むな。しかし泉達は遅いな…」
「まだ来てから五分も経ってないでしょうが。」
しかしそれから10分ほど待っても彼らは現れなかった。
「おかしいな…泉に電話してみるよ。………ああ、俺だ。いや、…いやいや切るなおれおれ詐欺じゃない。斎藤だ。…ああ、いや今日は集合時間一時じゃなかったか?…え、ちがう?…二時?…ああ、わかった、ありがとう。…じゃあな。」
「どうでしたか?」
「いやぁすまない。集合時間2時だったわ。」
「…」
「人間だれだってミスはあるさ。」
百合は無言で斎藤にけりを入れる。
「イタイイタイ。おい桜井、蹴らないでくれ。悪かったって。」
百合は三発ほど蹴ってからけるのをやめた
「ふう、助かった…」
「あと40分くらいありますよ。どうするんですか?この半端な時間。」
「おとなしく待っておこうじゃあないか。」
「かなり暑いんですけど…」
百合の言うとおり、今日はかなり暑い。
「これぐらい我慢しろよ。それに汗をかいたら痩せるぞ。」
「もういいですよ。十分痩せてるので。」
「冗談を言うならもっと面白い冗談を言ってくれよ。」
「また蹴りますよ。」
「わかった、わかった。」
「じゃあ俺は飲み物を買ってくるよ。君はここで待っててくれ。」
「私はお茶でいいですよ。」
「自分の分は自分で買えよ!」
「ケチ。」
斎藤は校舎に向かっていった。
一人になると、気が紛れない分余計に日差しが暑く感じる。
百合のいる場所は日陰だからまだいいが、日向に30分もいれば干物になってしまうだろう。
コンクリートに卵を割れば目玉焼きが焼けるかもしれない。
「おーい。」
突然声が聞こえた。
泉の声だ。
近くには田畑もいる。
「まだ一時40分だよ。早かったね?」
「先輩が早く来いって電話してきたからだよ。」
「ところで先輩は?」
「飲み物買いに行った。あ、戻ってきた。」
斎藤の手にはペットボトルが二本握られている。
「ほら、桜井。」
斎藤が二本のうち一本をこちらに投げてきた。
「あ、どうも」
百合はかろうじてペットボトルを受け止める。
「じゃあ行きましょうか。」
田畑の声を合図に4人がそろって歩き始めた。
「今日はどこに行くの?」
「おれの家だ。」
「じゃあ直接先輩の家に集まればよかったじゃないですか!」
百合が少し声を荒げる。
「おれの家を知ってるのはお前だけだ。こいつらは知らん。」
「なるほど。」
「いや〜悪いね〜。」
田畑がさして申し訳なさそうでもなく言う
「よし、ついた。」
斎藤はマンションに一人で住んでいる。
「大学に家が近いっていいな〜」
泉がぼやく。
「大学に家が近いんじゃなくて、大学に近い家を選んだんだよ。」
「なるほどね。」
斎藤は鍵を取り出して玄関のドアを開けた。
「思っていたよりはきれいですね。」
「そうだな〜おれの部屋と比べると天地の差だぜ。」
「お前の部屋と比べたらゴミ屋敷でもきれいの内に入るだろう。」
「ひで〜。」
「よし、入れ入れ。」
斎藤が手招きする。
お邪魔します、と言って三人が入って行った。
家具があまりないせいか、部屋が非常に広く感じられる。
「一人暮らしっていいな〜。」
「そうですね〜いつでも女の人連れ込めますもんね〜。」
百合がいつもの仕返しと言わんばかりにきつい冗談をかます。
「そうだな。桜井、明日あたりどうだい?」
「セクハラで訴えますよ。」
「ははは、軽く返されたな。」
「ところで酒はどうしよう。」
田畑が尋ねる。
「冷蔵庫に入ってるから適当に持ってきていいよ。」
「了解しました〜。」
田畑が席を立つ。
「昼間っから飲むんですか??」
百合が尋ねる。
「当り前だろう。」
何を言ってるんだ、と言わんばかりの口調で返された。
「おまたせ〜。」
田畑が500o缶を10本ほど持ってきた。
「じゃあ飲もうか。」
「昼間から酒はちょっと重いかな〜なんて…」
「何を言ってるんだ。今日はお前が主役だぞ。お前が飲まなくてどうする。」
蓋のあいた500o缶を渡されてしまった。
「うう…」
「かんぱ〜い。」
百合は酒に極端に弱い。
少しずつ飲んでいたのだが、一本飲み終わるか終わらないかで出来上がってしまった。
いろいろみんなが話しているようだが、いまいちうまく聞き取れない。
「うん…眠い…」
「おい、こんなところで寝るなよ。起きろ〜桜井!まだ3時だぞ。」
「まあまあ、寝かしてやればいいじゃないですか?」
「しかし弱いね〜こいつ。一本目だろ?それに残ってるし。」
「まあいいや。ベッドに運んでやれよ。あとはおれたちだけで楽しもう。」
「わかりました〜。」
田畑と泉に担がれてベッドに運ばれた。
そこで意識が途切れてしまった。
次に百合が目覚めたのは11時半ごろだ。
斎藤に叩き起こされた。
「おい、起きろ!おい!」
「うん…もうちょっと寝かせて…」
百合はもう一度布団の中に潜った。
「お〜い。もうちょっと寝かせてじゃねぇよ。さあ早く起きろ。」
強引に布団をはがされた。
「じゃあ先輩、自分たち帰りますね〜」
泉達が席を立った。
「おい、待て。頼むからこれをどうにかしてくれ。」
「無理ですよ。そいつよって寝たら起きないですから。」
「そんな薄情なこと言うなよ、こいつここで寝かしたら、俺が寝るとこないじゃないか。頼むから…」
「じゃあ、お邪魔しました〜。」
「いぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁ!!いかないでくれー。」
バタン
ドアのしまる音がした。
「くそ…あいつら覚えてろよ…仕方ない…もうソファで寝よう…」
斎藤が部屋を出ていくのが見えた。
百合は再び眠りに落ちた。
三章
「ふぁああ、よく寝た…」
「やあ、おはよう。」
斎藤が部屋に入ってきた。
「きゃあああああ!!!人の家に勝手に入ってこないでください!!!!いくら先輩でもやっていいことと悪いことがありますよ。」
「きゃあああああ!!!ってここ俺ん家なんですけど…」
「え??」
「お前昨日酔ってそのまま寝ただろうが。俺はそのせいでソファで眠ったんだぜ?」
「す、すいません…」
「まあこの程度にしておいてやろう。」
ドアの向こうから良いにおいがする。
「あ、いいにおいがする。」
「ああ、あれは俺の朝飯だ。」
「先輩、料理なんかできたんですね〜」
そう言って百合は食卓に着く。
「当り前だ。っておい、そこは俺の席だぞ…」
「いただきます。なかなかおいしいですよ〜このオムライス。」
「おれの朝飯…」
「まあちょっとケチャップの量減らしたほうがいいですね。」
「ほっとけよ。ってか最後はだめだしかよ…」
落胆する斎藤を尻目に百合はオムライスを食べつづける。
「気が利かないですね〜、味噌汁のいっぱいでも作ってくれればいいのに。」
「次にお前が俺の家で眠ることがあったら必ず玄関の外に放り出してやる…」
「まあまあ、そう言わずに。…ごちそうさまでした。」
「もういいや。おにぎりでも作って食べる…」
「先輩〜新しい歯ブラシないんですか??」
いつの間にか百合は洗面所に移動して、棚を漁っている。
「お前は家に寄生する気か…早く出てけよ。」
「それもいいですね〜。家一人で暮らすには広すぎるんですよね。あと乙女にとって身だしなみは命なんですよ。お風呂は着替えがないので入れませんけど。」
「うるせぇよ。乙女が人の家の朝飯を盗み食いしていくわけねぇだろ!早く帰れよ!」
「わかりましたよ…帰ればいいんでしょ…」
(やった、やっと出てってくれる…)
「あ、あった。新しい歯ブラシ。」
「…」
斎藤は無言で百合の腕を掴んで玄関まで引っ張って行き、百合を彼女のバッグとともにドアから放り出した。
「see you again!!」
バタン
締め出されてしまった。
「あはは、さすがにやりすぎたかな。」
今日も日差しが強い。
「暑いし、早く帰ろ〜。」
百合は早足で帰路につく。
途中真っ赤な車が止まっていたのがとても目についたが、あとは異常なく家に着くことができた。
一人って以外にさびしいもんだな…。
先ほどまで騒いでいただけに余計にそう感じる。
テレビをつけてみると、ニュースがやっていた。
私の住んでいる市で女性が誘拐されるという事件があったようだ。
つくづく物騒な世の中になったなと思う。
突如、携帯電話の着信音が鳴り始めた。
サブディスプレイには斎藤とある。
「あれ、これは先輩のお母さんからかな?…はい、桜井です。」
「ああ、百合ちゃん久しぶり。おばさんのこと覚えてる。」
「はい、もちろん。…ところで何かご用でしょうか?」
「いえね、百合ちゃん今一人ぐらししてるのよね?大変でしょう?」
「はい、まあそれなりに…」
「それにうちの近くで誘拐事件があったそうじゃない。物騒な世の中でしょう?だからね、家にすまない?まあ家って言っても翔の家のほうだけど…」
「いいんですか?」
「まあね、いやだったらそう言ってもらってもかまわないけど、百合ちゃんのお母さんとは昔からの付き合いだから、ほっとけなくてね。うちのお父さんもそれでかまわないって言ってるから。もしよかったら今からでもいってちょうだい。翔には電話しておくから。」
「ぜひ行かせていただきます。」
「良かった。じゃあね。」
「はい。さようなら。」
これこそまさに天の助けだな、と百合はほくそ笑んだ。
斎藤とはもはや生まれた時ぐらいから家族ぐるみで付き合っていたらしい。
私が覚えているのは3歳からだが…
「さあ荷物をまとめよう。」
だれに言ったのかは自分でもわからないが、とりあえず言ってみた。
いざ荷物をまとめてみるといかに自分の衣服が多いかを思い知る。
好きなものだけを選んでもキャリーバック2つ分もある。
家の鍵を閉め、キャリーバック2つを引いて斎藤の家へと歩き出す。
キャリーバックを引くのは昔から大好きだった。
カラコロカラコロとリズムを刻んで音が鳴るので引いていて楽しいからだ。
それは今でも変わらない。
カラコロカラコロ
この音を聞いていると時間がすぐ過ぎていく気がする。
先ほどの赤い車はまだ止まっているようだ。
それ以外は気になることは全くなかった。
斎藤のマンションはオートロックなので本来は部屋番号を入力し、開錠してもらわなければならないのだが、前にピザの宅配員がいたためすぐに入ることができた。
エレベータに乗ると、宅配員が何階ですか?と尋ねてきた。
ありがとうございます、6階です。と答えると6階のボタンを押してくれた。
彼がほかのボタンを押さなかったところを見ると、同じ階なのかもしれない。
予想したとおり彼も6階で降りて行った。
百合もそれに続く。
驚いたことに宅配員が押したインターホンは斎藤の部屋のものだった。
「ご注文のピザをお届けにあがりました。」
「はーい、ちょっと待ってください。」
斎藤の声が聞こえた。
どうやら間違いないようだ。
「1860円になります。」
「お願いします。」
「はい…ありがとうございました。」
斎藤はピザを受け取って家へ入ろうとした。
するといきなり百合が現れた。
「昼間っからピザとは豪勢ですね〜。」
斎藤はひどく驚いた様子だ。
「き、貴様どこからわいて出た!!」
「まあまあ、そうカリカリせずに。これから一緒に暮らしていくんですから。」
「なんの冗談だい?」
「じゃあお母さんに聞いてみてくださいよ。」
ふん、と鼻を鳴らして斎藤が電話をかける。
「…あ、母さん…え?ちょうど良かったって…マジで?…いや、今目の前にいるけど…わかった…じゃあ。」
百合が勝ち誇った風に笑う。
「じゃあそういうことで。」
「まじかよ…」
「おじゃましまーす。」
「仕方ない。あいてる部屋二つあるから好きなほうに荷物おけ。」
「わかりました〜」
「はぁ〜。母さん…マジかよ…」
斎藤はなおも恨めしくぼやいている。
「先輩、じゃあ私ちょっとおやつ買ってくるんで。私の荷物漁らないでくださいね。」
そう言って百合は外に出て行った。
「誰がおまえの荷物なんかあさるか!」
しばらく歩いていると、人気のない路地裏についてしまった。
「早く抜けよう。」
そう思って足を速めると、先ほどの赤い車が行く手をふさいだ。
4章
中からは覆面をかぶった男が出てきた。
これはやばい。
瞬間的にだが、そう思った。
周りを見渡しても近くに武器はない。
逃げようとしたがすぐにおいつかれてしまった。
後ろから口元に布を押し当てられた。
意識が遠くなる。
自分に逃げなくてはいけないと言い聞かせるのだが、体がいうことをきかない
とうとう意識を失ってしまった。
次に目が覚めたのはとあるマンションの一室だった。
隣には見覚えがある女性が縛られて放置されている。
私も同じ状態なのだが…
このマンション自体も見覚えがある気がする。
「ひははっへふはー。(ちらかってるなー)」
猿轡をはめられているのでうまく声が出せない。
立ち上がろうとして、支えになるものがないか周りを見渡すが、やはりこのマンション見覚えがある。
立ち上がって気配をうかがうと二人のほかに人がいる気配はない。
「今が最初で最後のチャンスだ。」
おそらく玄関へ続くであろうドアを開けようとするが、開かない。
この部屋には出口と言えるものはドアと窓しかない。
…窓?そうだ窓があるじゃないか。
手を後ろ手に縛られていると、鍵をあけるだけでもひと苦労だ。
窓を開けてみると、六階建てのオフィスビルが目の前に見える。
他の物は全く見えない。
つまり窓からは助けを求められない。
そして五階だろうか…この高さでは飛び降りるのも無理だ。
完全に手詰まりだ。
私はこれから誘拐犯にいけないことをされ続けるのだろうか、それともはるか遠い南の島にでも売り飛ばされてしまうのだろうか。
こうなると悪い方向にばかり考えてしまう。
百合が様々な妄想にふけっていると、上から声が聞こえた。
「あれ、お前そんなとこで何してんの?」
斎藤がのんきに洗濯物を干していた
助かったと思ったが相手が悪かった。
「なんだ、お前そっち系の趣味があったのか…邪魔して悪かったな。じゃあ…」
「ふー、ふ〜〜〜!!」
あいつ絶対いつかぶん殴ってやる。
百合はそう心に誓った。
「ははは、冗談だって。今、大家さんに頼んでそっちに行くわ。」
斎藤の部屋の玄関のドアのしまる音が聞こえた。
道理で見覚えがあるな、と思ったら斎藤のマンションだったのか。
などと思っていると、この部屋の玄関のドアが開く音が聞こえた。
「まさか…」
そう思って部屋に戻った直後、男が現れた。
手には注射器が握られている。
百合はウサギ跳びで後ずさりする。
男はまずぐったりとしている女性の腕を掴んで注射をした。
何を注射したのかはわからない。
それを終えると男は二本目の注射器を取り出した。
今度は百合に注射するつもりだろう。
かなり怖い。
しかし両手両足を縛られた状態では抵抗することはおろか逃げることもできない。
男の手が百合に届くかと思ったその刹那カギの開く音がした。
男は百合から離れ、包丁を持って玄関からの侵入者に身構える。
すると斎藤が木刀を持って優雅に歩いてきた。
大家さんが後ろに続いている。
「やあ、おまたせ。」
男は斎藤のほうへと包丁を片手に突進してきたが斎藤は落ち着き払って、
「そぉぉぉれぇぇぇーーー」
と気合の入った声と同時に華麗な突きを一閃。
見事男の喉元に入った。
男を部屋の中で数メートル吹っ飛び壁に叩きつけられて意識を失った。
斎藤はぐったりとした女性のほうに駆けよって声をかけた。
「大丈夫ですか??」
斎藤が女性の腕に目線を落とす。
「注射痕があるな…救急車呼んだほうがいいな。」
よし、と言って斎藤は携帯電話を握った。
「じゃあ救急車よんでくるから。」
斎藤はまだ縛られたままの百合を放置していってしまった。
百合の縄は大家さんが解いてくれた。
しばらくすると、斎藤が警察官とともに戻ってきた。
「じゃあ、俺帰りますんで…」
「いや、調書取るんで残ってくださいよ。」
百合と斎藤はそれから警察署に連れて行かれ、およそ三時間…日が暮れるまで待たされ、話を聞かれて家へ戻された。
聞いた話では百合をさらった男は常習的にコカイン(非常に強い麻薬。現存する麻薬の中でも最高の快感と最悪の禁断症状をもたらす。)を摂取しており、資金繰りに困ったので人を誘拐したと言っていたそうだ。
また、逃げられないように女性にもかなり薄めたコカインを注射していようだ。
かなり知能が低下しており、そのままではとても要領が得られないため、上のは警察官が要約したようだが。
ちなみに斎藤の突きで喉が潰れたため、平仮名の筆記でやり取りを行ったそうだ。
三時間も待ってもらったのはそのせいです。
というふうに警察官に言われた。
百合がちらと斎藤を見る。
「手加減はしたんだけどな…」
斎藤が笑いながらいう。
警察官は苦笑いして去って行った
「先輩のせいで三時間も待たされたんですよ。」
「お前は俺に感謝しろよ。俺がいなかったらお前もアウトだったんだぜ?」
それを言われると反論できない。
斎藤の携帯談話が鳴った。
「ごめん、ちょっと席外すわ。」
斎藤は外に出て行った。
しばらくして戻ってくると、
「おい、桜井。急いで帰るぞ。なんか母さんが来てるから。お前に用があるそうだ。」
何だろう…?
そう思って外に出ると、警察官が待機していた。
家まで送ってくれるそうだ。
「ではお願いします。」
送ってくれた警察官はマンションの前で下してくれた。
部屋へ戻ると斎藤の母が合いかぎで部屋に入っており、百合の荷物が置いてあったほうの部屋のドアに簡易式の鍵を取り付けている。
斎藤が驚いて尋ねる
「母さん、何してんの??」
「みたとおり鍵をとりつけてるんだよ。それとあんたが百合ちゃんに変なことしないように定期的に見に来るからね。それに百合ちゃんに合いかぎを渡さないといけないしね。…はい。」
「ど、どうも…」
母は鍵を取り付け終わったようだ。
「じゃあ、私はもう帰るから。百合ちゃん、お母さんのこと辛いだろうけどがんばってね。」
「は、はい…」
手紙でやり取りできるとはいえ、やはりまだ母のことに触れられるのはつらいようだ。
後輩たちは酒が入ってもこのことには触れなかったのに、なかなかに人の気持ちを考えてやらん人だな、うちの母さんは。
意図してやっていないところが逆に腹が立つ気がする。
母はドアから出て行った
「今日はもう寝ます。」
百合は自分の部屋へと引き上げていった。
明日は早いのでおれも眠ることにした。
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2009/04/26(Sun)14:12:45 公開 / 諸葛亮
■この作品の著作権は諸葛亮さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
かなり強引ですが頑張ってみます。
描写入れるタイミング難しいですね〜
とりあえず、正規表現にのっとって直してみました。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。