『恋愛異常者』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:コカ
あらすじ・作品紹介
恋愛は人を変えてしまうのか?普通の生活をしていた青年が、本屋で見かけた女性に一目ぼれをする。青年は、見ず知らずの彼女にどう思いを伝えていくのか悩み、ストーカーをする。青年は自分の異常さに気付き、カウンセラーに相談するのだが……恋は慎重か、大胆か。恋愛から異常になっていく日常を描く。
123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
「次の方どうぞ」
傷一つない真っ白なドアが開いた。その瞬間レモンの香りが鼻をつく。
「こんにちは」
目の前の女性が、僕に笑顔を向けた。おそらく二十代後半であろう女性は、美人ではないが、その雰囲気になぜか僕は好感を持った。
「こんにちは」僕も挨拶を返す。
「本田君ね。そちら側に座って」
女性が指差す先には、二人掛けのソファーがあった。僕は着ていたダウンジャケットを隣に置き、座った。
「遅くなっちゃってごめんね。君が突然くるから準備が出来てなくて」
「大丈夫です。このあとの予定はなにもありませんから」
「じゃあ、さっそく聴いてもいい?」
僕は、深く息をついた。頭が痛い。相手がカウンセラーでも、いざ話すとなると気が引けるものだ。しかし、迷っていられる時間はそう長くはないはずだ。だからこそ、相談相手にカウンセラーを選んだのだ。
「最近、僕は自分が異常なのではないかと思うんです」
僕は思い切ってそう切り出した。
「どうして?」
予想外に早い返答に戸惑う。
「うまく話がまとめられないので、少し前の話から始めてもよろしいでしょうか?」
カウンセラーは「どうぞ」とうなずいたので、僕は話を始めた。
十二月まであと一週間もあるというのに、ダウンジャケットを着込みたくなるような寒い夜だった。本田が気温も表示される銀行の時計を見ると、時間は22時ちょうどで、気温は13℃しかない。朝のニュースでも、夜はかなりの冷え込みになると言っていたことを、本田は思い出していた。その日は夜まで外にいる用事がないと思っていた本田は、秋用の薄手のコートを着ていた。
本田がそんな格好で外にいるのには理由がある。目の前の本屋から出てくるはず女性を待っているのだ。
しばらくすると、閉店したその店から、帽子をかぶった一人の女性が出てきた。本田が待っていた女性だ。友達や恋人ではない。つい先ほど、本田がこの本屋の雑誌コーナーでホビー誌を立ち読みしていたとき、店内に入ってきた女性だ。
元々本田は、この本屋にあまり立ち寄ることがないので、この女性とは面識すらなかった。しかし、本田はその女性のことを一目で好きになってしまったのだ。
女性は本田の隣で雑誌を読み始めた。身長が180p台の本田でも、向かい合ったとしたら目線が合うくらい女性の身長は高く、体型はスリムで、紅色のコートをよく着こなしていた。かわいらしいというよりも、かっこいい女性で、帽子の下の長く美しい髪が女らしさをかもし出していた。
恋愛に関して奥手な本田は、その場ですぐに話しかけることが出来ず、今現在まで店の外で彼女を待っていた。
そして今、目の前には彼女一人しかいない。声をかける絶好のタイミングであると思い、彼女に近づこうとした。ところが、緊張のあまり、待っている間に考えていた一言目の台詞を思い出せなくなってしまった。
仕方なく立ち去った彼女のあとをついていくこにした。すぐ後ろをついていったら不審者だと思われてしまうので、10m以上離れてついていった。それでも女性がカバンを持ち直す仕草だけで、気付かれたのではないかと心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
女性はしばらく歩くと、人通りの全くない路地に入ってしまった。本田は、これ以上ついていったら気付かれてしまうと思い、この日は諦めて家に帰ることにした。
翌日、本屋には閉店三十分前に到着した。すぐに店内を歩き、彼女の姿を探したが、見当たらず、結局その日は彼女に会うことはなかった。
またその次の日、そのまた次の日と連続して本屋を訪れたが、彼女は見つからない。本田は夜以外もその店を見張るようになった。
毎日開店から閉店まで、昼食も摂らずにずっと店の中にいた。途中、店員に怪しまれないよう、立ち読みする場所を移動して、よく分からない専門書を開いたこともあった。もちろん、大学などいく余裕なんてない。
それでも彼女の姿は見当たらず、もしかしたらもう彼女が来ることはないのではないかと、本田はあせりを感じていた。
ようやく彼女を見かけることが出来たのは、初めて会ったときから五日後の夜だった。その日も朝から本屋で見張っていた本田が、今日も駄目かと諦めかけた頃に、前と同じ帽子をかぶった彼女が店内に入ってきた。
すぐにでも彼女に近付きたかったが、気付かれたくないという気持ちが勝り、その場に留まった。それから彼女が外に出るまでの時間はとても長いものだった。腕時計のデジタル表示が一秒一秒変わっていくのをこんなに集中して見るのは、この時計を買ってもらった中学生のとき以来、初めてのことだ。
閉店と同時に彼女は店を出た。今回の本田は話しかけようなどとは考えていない。前回のように、彼女のあとをつけていった。二回目だからか、彼女との距離は心なしか近くなっていた。そして、人通りの全くない路地にまでもすんなりとついていくことが出来た。
路地に入ってから、50m歩かないところにあるマンションに彼女は入った。本田は、前回すぐに引き返したことを後悔しながら、彼女の動きを注意深く監視する。
彼女がマンションの二階にある一室に入ったのを確認し、慎重にそのドアの前まで近づく。クマの人形のついた表札には「木村」と書かれていた。
本田は、携帯電話を取り出し、メモ機能でその名前を登録した。ここまでやり、ようやく自分のやっている行為がストーカーであることに本田は気付いた。
「僕はなにをしているんだ」
それが、この5日間で久しぶりに口にした言葉だった。
「えーと、じゃあそのストーカーをしている自分に気付いて、それが異常だと思って相談しにきたの?」
カウンセラーが突然そう言った。無反応な僕に、カウンセラーはこう続けた。
「でも、それに気付いてここに相談しに来たのなら、問題はないんじゃない? もしかして、どうやってその女の子に思いを伝えようか悩んでいるの?」
カウンセラーの無神経な言葉に頭が痛む。
「違います。本題はまだ先です。分かるように説明していきますので、もう少し聴いていてもらえないでしょうか」
僕は、話を途中で止められた上、見当違いなことを言われたことに憤りを覚え、少し強い口調になった。
「ごめんなさい」
苛立ちを感じ取ったカウンセラーがそう答えたので、僕も「すいません」と謝った。
「確かに、ストーカーをしていることがよくないことだとは思います。気持ちを伝えたいと思うことだって自然だと思うのですが、今回は色々と問題が……」
僕は言葉に詰まってしまった。
「本当にごめんなさいね。どうぞ、ゆっくりでいいから話を続けて。その方が私もきっと理解出来るから」
カウンセラーがそう言ってくれたので、僕は話の続きをすることにした。
ストーカー行為だと気付いた後も、本田はそれを止めようとはしなかった。むしろ悪化したといえる。家の位置を知った本田が次に行ったことは、その家の付近をうろつくことだった。大学の帰りに、マンションのそばまで行っては、三時間以上辺りをうろつくこともあった。
そんな生活を五日間繰り返していたら、また彼女に会える機会があった。
その日もいつものように大学の帰り道に、彼女のマンションに向かっていた。マンションが見える位置までうつむきながら歩いていると、彼女が前から歩いてきたのだ。すれ違うまで気付かなかった本田は、その後姿を見てすぐに追いかけた。
夜ではないので、追いかけ方にも工夫が必要だった。夜よりも多くの距離をとり、目線も彼女から少しずらしたところに置いた。
夜の人通りの少ないときは気付かなかったが、道を歩く他の女性と比べて、彼女の足取りは速かった。
マンションから最寄りの駅につくと、彼女は定期を使い改札を素早く抜けて行ってしまったので、それ以上ついていくことは出来なかった。それから終電まで駅の改札で彼女を待ち続けたが、彼女は帰ってこなかった。
事態が大きく動いたのはその翌日だ。
昨日、彼女が帰ってこなかったことを心配した本田が、朝早くから彼女のアパートに足を運んだときのことだった。サングラスをかけた男が、彼女の部屋から出てきたのだ。
本田は、様々なケースを瞬時に思い浮かべた。
「男は空き巣である」「男はセールスマンである」「男は彼女の兄である」など、実に様々なことを考えた。
だが、こんな朝早くに彼女の部屋から出てくる一番自然な理由は、「男は彼女の恋人で、彼女は昨日この男の家にいた」というものだろう。彼女は朝早くに送ってもらった。本田はそうも考えた。
本田の胸の辺りに、なにか冷たい飲み物を一気飲みしたときのような冷たい感覚が生まれた。そして、その男のあとを追うと決めるのには、時間はかからなかった。
男は、本田よりも少し小さいくらいだったが、スタイルがよく、颯爽と歩く姿から、本田よりも大きな存在に見える。そんな後ろ姿が本田には無性に頭にくるものだった。
男は、昨日の彼女と同じ道を使い、駅へと向かった。そして、彼女の乗っていった方向と同じ方向の電車に乗った男を見て、本田の中の冷たい感覚は熱いものに変わり始め、帰り道には、確かな憎しみになっていた。
翌日、ダウンジャケットを羽織った本田は、彼女のマンションの前にいた。昨日のことを考えていたら、彼女に会いたくなったのだ。そして、偶然にも昨日の男が彼女のマンションに入っていくのを見た。
男は、彼女の部屋の鍵を持っているようで、迷うことなく鍵穴に鍵を差し込んでドアを開けた。本田には、彼女と全く同じ動作をする男が許せなかった。
そのままマンションの階段を駆け上がり、彼女の部屋の前まで行くと、力任せにドアを開けた。突然の訪問者に男は驚きの色を隠せなかった。
「あんた誰だ」
本田は、男の質問に答えることもせず、素早く靴箱の上にあった置物を手に取った。正気を失った本田は、置物を思い切り振り上げる。鈍い衝撃があった。
次に本田の目が覚めたとき、男は死んでいた。
「ちょっと待って」
目の前のカウンセラーが話を中断させた。カウンセラーは自分のカバンから新聞を取り出した。
「あなたが言っているのは、この事件のこと?」
そう言うカウンセラーの手にある新聞には、『マンションで男性の死体見つかる』という見出しがあった。
「もう載ってるんですね」
僕は、肯定する意味を込めて言った。
「でも、あなたの言っていることと少し違うわ。この男性は自宅マンションで殺されているのよ。彼女のマンションではないわ」
ここまで話しても理解していないカウンセラーを思うと、頭がひどく痛む。
「簡単な話ですよ。僕が好きになった彼女は、僕が殺した男の女装だったということです」
僕は自嘲気味に笑った。
「なんで女装なんてしてたのか分かりません。でも、男の部屋を見たとき、部屋の中に女性ものの服があったのを見ました」
突然、ドアが勢いよく開いた。二人の男が静かな部屋に飛び込んできた。
「警察だ」
そう言って、胸のポケットから手帳を出し、私とカウンセラーに見せる。
「私たちがきた理由は分かるね」
どうやら時間切れのようだった。僕は立ち上がり、カウンセラーに向けて最後の質問をした。
「全て分かったあとに気付いたんですが、僕は一度も彼女の顔を見ていないんですよ。雰囲気だけで恋に落ちるなんて、やっぱり僕は異常なんでしょうか?」
カウンセラーはその質問には答えず、代わりに勢いよく立ち上がって、出口に向かって走り出した。すかさず、刑事の一人がカウンセラーを捕まえ、羽交い絞めにした。
「往生際が悪いぞ。お前が木村次郎を殺したことは分かっている」
私は刑事の言っている意味が分からず、唖然としていた。もう一人の刑事が僕にこう言った。
「君は知らないのか? この近所のマンションで殺人があったんだ。その犯人が彼女だ。彼女は、一年前から木村さんストーカーをしていてね。たまに勝手に家に入っては自分の私物を置いたりもしていたらしい。何度か警告をしていたんだが、止めようとしなくてね。放っておいたらこんなことに」
僕は刑事の言葉を理解することが出来ず、刑事から顔をそらした。そらした先に、カウンセラーの着ていたと思われる、どこかで見たはずの紅色のコートと帽子が視界に入る。僕は全てを悟った。
そんな僕に、刑事はさらに追い討ちをかける。
「君。頭の形が少しおかしくないか?」
そう言って僕の頭を触った。
「おい大丈夫か? 頭にすごいコブが出来てるぞ。医者に行ったほうが……」
僕はその場で倒れた。
「そうよ、私が次郎を殺したの。殺したいほど愛していたの。あの子? あの子は知らないわよ。あの日次郎を殺そうとマンションに行ったら、玄関にいて、邪魔だったから殴ったの。そのとき殴った子だったなんて、今まで全然気が付かなかったわ」
カウンセラーの「彼女」の開き直った声が聞こえる。
異常なのは自分だけではないということを、薄れ行く意識の中で僕は確信した。
2009/04/08(Wed)00:24:29 公開 /
コカ
■この作品の著作権は
コカさん
にあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
大学に入り、周りの友人たちが浮き足立って彼女や彼氏をつくった。
ただ、恋愛事が絡む事件が多い世の中である。
また、恋愛をすると人は変わるものだ。
こんなに多くのカップルが出来たら、一組か二組くらいは異常な日々になってしまうのではないかと、書いてみました。
作品の感想については、
登竜門:通常版(横書き)
をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で
42文字折り返し
の『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。