『あなたにありがとう』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:鈴雪                

     あらすじ・作品紹介
久住未来、佐原柚馬、瀬戸光平の不良三人は、天宮織姫、桜井亮、小幡大樹に勉強を習い、次のテストまでに五教科で四百点を取らないと転校、という危機的状況に陥る。そんな中、六人の勉強が始まる。

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青陵中学校三年。そこは優秀な学年なのだが、三人だけ、不良がいる。
――久住未来(くすみ・みくる)
――佐原柚馬(さはら・ゆうま)
――瀬戸光平(せと・こうへい)
ピンクのメッシュを入れた茶色がかった髪を横結びにし、化粧をし、ピアスをしてヒョウ柄のオーバーを羽織ったギャル・未来。言葉遣いは荒い、元気系の女子だ。
オレンジに染めた少し長めの髪に、鳶色の瞳、制服のネクタイはしないで、日焼けサロンに通う柚馬。少し熱くなりやすく、何度も問題を起こしている。
制服の着方も普通、明るめには染めているものの、髪型も普通の外見は普通な光平。性格はひねくれて、授業はサボり、夜遊びはして、冷たい氷のような瞳をしている。
教師らは彼らに手を焼いていた。彼らときたら、どうしようもない不良なのである。周りの優等生も迷惑している。保護者からも「転校させてくれ」という要望が多く、三人のせいで学年平均点は落ちていった。これには学校長も痺れを切らして、とうとう三人は校長室に呼び出しを食らった。
「んだよ、かったりーな!」
「別に聞き流しときゃいんじゃね? 所詮校長も教師だしよ、俺らにかなうわけねーっつーの」
「でもいきなりどうしたか。校長もあきらめてると思ったが」
「どーせうっせージジィとババァが連絡よこしたんじゃねーの?」
「そんなのいつもだろ」
「まーな! なんといわれようと、うちらの考え方はかわんねーし。だろ? 瀬戸」
「あぁ」
三人はノックもせずに乱暴に校長室のドアを開けると、ぶらぶら歩いて学校長の前に行った。
「なんだよ。わりーけどはやくすましてくんねぇ? 面倒くせーし」
「今回話すことはそんなに軽いことじゃない!」
学校長がいきなり大声を出したから、三人は静まり返って顔を見合わせた。
「な……なんだよ。おどろかせんなよ」
「お前らのせいで周りの生徒に迷惑してる! 分かってるのか! 後一年もしないうちに受験があるんだぞ!」
「んなの別に今考えることじゃ……」
「お前ら、次のテストで五教科四百点以上取らないと転校だからな! 別々の学校にだぞ!!」
「そんな……勝手に決めんなよ!」
「教育委員会で話し合って決めた。ただお前らと教師だけだと、足りないだろう。そこでお前らと同じ学年の優等生を紹介する。入れ!」
この学校には、三人の不良に対立して、三人の優等生も存在する。
――天宮織姫(てんぐう・おりひめ)
――櫻井亮(さくらい・りょう)
――小幡大樹(おばた・だいき)
スカートを長くして、黒髪を三つ編みにする、周りから見てすぐに分かる、美人なお嬢様優等生・織姫。国語、英語が得意。
メガネをかけてちょっと童顔。社会が得意で万年三位の優等生・亮。素直でがんばりやな性格から、教師や友達に好かれる。
クールでカッコいい外見、理系の頭脳で織姫と一位争いをする優等生・大樹。何でも冷静な思考判断で、答えを導く。
「な……なんだよ、こいつら」
「初めまして。天宮といいます。久住さん、佐原くん、瀬戸くんでしたね」
「僕は櫻井。分からないことがあったらなんでも聞いてね」
「小幡。よろしく」
「君たちはこれから、この三人に放課後、補習の形で勉強を習いなさい」
「はぁ??」
「そんなに転校したいのか?」
「うぐ……それは、嫌だけどよ」
「大丈夫よ。優しく、教えてあげるから、がんばろう?」
三人(不良)は、渋々頷いた。そしてその日から、三人の補習の特訓が始まったのである。
―テストまで後100日。

放課後。部活やら何やらで忙しい生徒たちを背に、空き教室で六人は教科書を開いた。
「はい、じゃあ久住さん、私が英語と国語を教えるから。櫻井くんは佐原くんに社会を。小幡くんは、瀬戸くんに理科と数学をヨロシクお願いしますね」
織姫が笑いかける。三人は思っていたのと違ったのか、首をかしげて尋ねた。
「あれ。てっきり皆でやると思ってたんだけどよ」
「こっちのほうが効率がいいんだよ。分からないところは質問が出来るし、すべての教科を集中してできるようになるんだ」
「つまり……あれだな! えっと、ワンツーワン!」
「マンツーマンだ」
「そーそー! それだ!!」
「おい櫻井。こいつら本気で大丈夫なのか? 俺は手に負えん」
「頑張ろうよ大樹……」
すでにお笑い状態。とても中学校三年生レベルの問題が解けないと悟ったらしい。織姫がいった。
「……一年生から、やり直しましょうか?」
「ばかにしてんのか」
「……解けるんですか、三年の問題」
「無理だけど」
「復習は大切だ」
「しょーがねぇなぁ」
こうして、やっと勉強が始まった。まず、織姫と未来の英語の勉強から見てみよう。
「えっと、まず基礎ですね。『こんにちは』は英語で?」
「ハロー」
「正解。じゃあ『おはようございます』と『こんばんは』は?」
「……ハロー」
「……『goodmorning』と『goodevening』ですよ。書いてみましょう」
こんな基礎の基礎まで出来ていない。本当に出来るようになるのだろうか。まるで最初の授業の時の一年生のようじゃないか。
次に、亮と柚馬。社会を見てみよう。
「歴史からだね。江戸幕府を開いたのは?」
「なんつったっけ? あいつだよあいつ! あぁ、『トヨトミヒデキチ』だ!」
「……違うよ。『徳川家康』で、君が言おうとしたのは「ヒデキチ」じゃなくて「ヒデヨシ」だ」
「そーそー。そいつだ」
「きみさぁ、歴史上の人物に「そいつ」はないって」
すでに存在しない人物を作ってしまった。これはますます心配だ。
続いては数学、理科。光平と大樹だ。ん? こっちは……
「一次方程式からだ。3x=6簡単だな。解いてみろ」
「x=2だろ?」
「正解だ。次は、3x+4=−9x+2これは解けるか?」
「−6分の1だな」
「出来るじゃないか。次は連立方程式で……」
こっちは大丈夫だ。……といっても一年の勉強だから当然か。
勉強のシステムはこうだ。織姫が国語、英語を担当し、亮が社会を担当。大樹が理科、数学を担当して、一日一人に教える。順番に交代して、一年生の問題からどんどん進んでいき、三年生に追いつく。
早く追いつくために宿題も用意し、一日二時間は家庭学習をすること。
不良は乗り気ではなかったが、転校しないため。頑張ろうと決めたのだったが……
三日目の放課後。未来と光平は集まったものの、柚馬がない。
「佐原の奴、どこいったんだよ!」
「まさか、サボりじゃねぇよな」
大樹が、先に行動した。
「小幡君?」
「サボるなんて許さない。連れ戻してくる!」
「な……お前、あいつに勝てんのかよ! 超不良だぜ?」
「俺もいくさ。だったらいいだろ? 久住」
「殴られんじゃねえぞ」
「あぁ」
サボりがでることは予測済み。でも、まだ三日目だ。
「いた! あそこ!!」
「佐原!!」
柚馬は、帰ろうとするところだった。
「バカ。ついてくんじゃねーよ」
「お前、サボらないっていったろ!」
「いいんだよ。なんつーか、かったりーの」
「かったりーって、お前、転校してもいいのか!」
「いいよ。もう何でもいいんだ。親だって期待してないみてーだしよ。俺なんてここにいても邪魔なだけだろ」
柚馬は、二人に背を向けて歩き出した。
「あきらめんのかよ!」
「――!」
未来と織姫だった。
「そうやって、お前はいつも……理由をつけて逃げだすのかよ!」
「まだ三日です。こんなところで立ち止まって背を向けていては、あなたにとって悪いことしかありません。さあ、一緒に行きましょう」
「逃げてなんかねぇ! 俺はもう嫌になったんだよ。面倒くせーんだ!」
「面倒くせー?」
大樹がキレた。
「あぁそうか! お前は自分を捨てて、もうどうでもいいんだな! 少しはやるかと思ったが、もういいよ! お前なんてどっかいっちまえよ!」
「やめろ佐原! どうしてだよ小幡!!」
「どうすりゃいいんだ!!」
―テストまであと98日。

「それで……いいんですか」
織姫が、静かに口を開いた。
「それが、あなたの納得いく答えですか。それで他の学校へ行って、上手くいくんですか」
瑠璃色の深い瞳が、じっと柚馬の瞳を見つめる。
「私は、そうは思わない! そんな中途半端な状態で、いったって何も解決できないわ! そんなの、引越しにかかる費用、いままでの時間、皆の気持ちも、溝に捨てるようなものじゃない!!」
他の五人は、唖然として織姫を見つめた。織姫は全力を出し切って息を切らしながらも、凛としてそこに立っていた。柚馬も小さく舌を鳴らしながらも、織姫の言葉に押されて少しずつ歩いてきた。
「いいぞ、天宮! やるじゃんよ!」
「久住さん?」
「あたしのことは未来でいいって!」
「……未来、さん? では、私のことも織姫、とお呼び下さい」
「あの……」
皆、一成に柚馬を見た。
「さっきはすまなかったな……ちょっと、頭に血が上っちまった」
「あぁ、もういいんだよ! 忘れたな」
少したって、大樹に向き直る。そして、織姫のほうも向いた。
「小幡、すまなかった。天宮、有難うな。お前の一言で、目が覚めた」
「……俺も、本気になって……すまん」
「いえ。私を本気にさせたのは、あなたが初めてでしたね」
「皆、また、一緒に勉強してくれるか?」
「あぁ」
「もちろんさ」
「また一緒に行こうぜ」
「一緒にがんばりましょう」
「やろうか」
「教えるぜ」
皆は微笑んでこたえた。
「……有難う」
そして、空き教室の放課後。いつものように、六人が集まる。いつの間にか仲良しグループみたいな六人になっていた。
「いいわね。久しぶりに見たわ。六人で楽しく勉強……か」
次の朝。
「なに? これ」
「どうした」
「この学級新聞、見てください」
『六人で遊んでいる? 学年トップ三優等生、不良に!』
「なんだこれ……!?」
――テストまであと97日

「誰だよ、これ書いた奴……! 潰してやる!」
「やめろ! 問題起こしてどうする! こんなデマや噂なんて、とことん流れて消えてくもんだ。気にするな」
大樹は冷静を装っているが、瞳には少し、怒りの色が見えた。それに気がついた織姫が、控えめに皆の顔を覗き込む。
未来は手を硬く握った。柚馬は歯をぎりぎりとならし、光平は唖然としている。亮は新聞を見つめ、大樹は鋭い目を一層細めた。皆、困っている。織姫は目を瞑って、一生懸命考えた。何か、自分に出来ることはないか、と。

「さぁて、どう対処するかしら? フフフ……」

その日の放課後。六人は、また集まりながら目を伏せて、顔をあわせようとしなかった。
「は……始めましょ?」
「そうだな、やろうぜ織姫!」
「俺、もういい」
「小幡!」
大樹はカバンを背負って、教室を後にしようとした。
「おい、待てよ! 俺のときは散々言ったくせに、自分はそれかよ!」
「うるさい! お前らが……お前らが問題ばかり起こすから! もっと自分で勉強できないから……お前らが馬鹿だから、俺らまで巻き込まれるんだ! もうこりごりだよ! 勉強したいんなら、自分でやれ! これ以上、俺の邪魔をするな!」
大樹が怒鳴って、織姫はびくびくしていた。柚馬は怒りを込めた目をする。
「なんつった?」
「は?」
「てめえ小幡! 今なんつった! あれは俺らのせいかよ! もともとお前の問題だろ!」
「何だって!??」
二人は掴み合いの喧嘩を起こした。亮が慌てて止めに入る。
「大樹、柚馬! 止めなよ!」
「亮、お前は関係ない!」
「関係あるよ! だって……」
亮は必死な目で訴えた。
「だって僕たち仲間だよ! ずっと一緒に頑張ってきたじゃん。ここに来て仲間割れとか、なしたよ! 僕、皆と勉強するの、楽しいよ! 家で一人で勉強するより、塾へ行くより……ずっとずっと楽しいよ!!」
皆は驚いた。亮が泣いていた。亮の童顔の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっている。
「亮……」
「桜井」
「泣くなよ! お前男だろ! ほら、ひっでぇ顔だぜ! 見ろよ佐原、小幡!」
「ひどいよ未来ちゃん……」
しかめっ面をしていた大樹と柚馬の顔が、少し緩んだ。柚馬が口を開く。
「桜井なくなよ。……小幡、悪かったな、色々。行きたかったらいけばいいさ。巻き込んじまったのは俺たちだ。これ以上は巻きこまねえ」
「……行かないよ。別に、もう頭冷やした」
「じゃあ、また皆で勉強できるよね」
「その前に、疑惑をどう晴らすか、だ」
織姫が、皆の前に立ってひとつ、咳払いをした。
「どうした、織姫」
「あの、疑惑を晴らすのに、確実ではないんですけど、案があるんです」
「案――?」
――テストまであと97日。

次の日。いつも遅刻間際に登校する生徒たちが、なんと一番に教室に来ている。それに加え、三人は掃除、勉強と真面目に取り組み、制服もきっちりと着込んでいる。これには教師らも唖然とした。
「ど、どうしたんだきゅうに」
「別に、どおってことないっスよ?」
「久住さんのいうとおりですよ、先生」
「久住……さん? さん付け? 敬語?」
わけの分からなくなった担任は、いきなり泣き出した。
「へ? 先生? なんかまずいことしました? 僕たち」
「僕? 僕だって? 先生って呼んだか? 俺っていってない! お前じゃなくて「先生」! くう、感動した! 先生は感動したぞおお!!」
わけの分からないことを言いながら、担任は教室を出て行った。
「それにしても驚いたな、織姫の案」
「効果あるといいけど」
――……
『いいですか? 明日は早起きして、きちっとした学校で登校してください。そして、私と小幡くんで校内放送を流します。私たちが不良になるのではなく、彼らが優等生を目指すのだ、と』
『ちょっと待てよ、そんなことしたら、教師に怒られるだろ』
『いいんです。それで疑惑が晴れれば。小幡くんも、いいといってくれました』
――……
「まさかあの天宮があんな大胆だったとはな」
「ま、人は見かけによらないって言うじゃん」
「そうって事!」
そして、昼。
果たして、成功するか?
――テストまで後96日

三人が優等生になって三日がたった。この日は大樹が放送委員の当番の日。つまり、校内放送で疑惑を晴らす日だ。朝、六人は集まって、原稿をつくった。
「でも不思議だな」
ふと、大樹が言った。
「お前らが、いきなり優等生になれるとはな」
「本当ですね。少し、勉強の効果がでてきたって事ですか。そのまま優等生になればいいのでは?」
「そうだな。そうすれば、疑惑は完全に晴れるだろ」
未来、柚馬、光平の三人は、少しうつむいた。
「なんつーか、自分じゃないみたいなんだよ。自分らしくないっつーかさ」
「でもなぁ、これもいいと思うんだ。今までの自分を脱ぎ捨てられるっていうか」
未来は清々しい顔で言った。
「ありがとな。お前らがいたから、変われたよ。お前らのためとか、そんなこと考えなきゃ、こんなこと出来ないからさ」
「こっちこそ、有難う。誰かのために一生懸命になるのって、初めてだから」
「何もやらないお前が言うな、櫻井!」
空き教室に、笑い声がこだました。
――……
四時間目終了のチャイムの音とともに、賑やかな笑い声で手洗い場が一杯になる。給食時間が始まって昼の放送が流れるのも、いつものことだ。
『今日の放送は〜です』
『ちょっと待ったあぁぁぁ!』
『うわ……!』
ガチャガチャとマイクがぶつかる音がする。ソプラノな女子の声が、必死にマイクを奪おうとしていることが分かった。校内中がざわめいた。
「大丈夫かよ、織姫の奴……」
『放送の前に……一言だけ、全校生徒の皆さんにお話があります』
織姫はかなり強引にマイクを取ったらしい。マイクを取り返そうとした放送委員も、とうとうあきらめていた。
『この間の学級新聞についてです。あの内容は、大きく間違っています。私たちは、不良になる気など全くございません! 私たちが不良になるのではなく、彼らが優等生を目指すのです。私たちは、そのために手を貸すにすぎません。必死に自分を変えようとしている彼らを……私たちのお友達を……』
織姫は、堂々と、迫力のある声で言った。
『バカにするような真似は、絶対に許しません!!』
校内が静まり返った。教師が放送室に集まろうとしている。大樹は急いで一言
『失礼しました。給食をお楽しみください!』
とだけ言うと、織姫の手をとって逃げ出した。
「早く! 先生が来る前に!」
「分かってます!!」
各教室では、皆無言で給食を食べていた。
「やったな、織姫!」
六人のその日の給食は、今まで以上に美味しかった。
その日の放課後。
いつものように空き教室に入った六人。柔らかな日差しが差し込む教室で今日も六人の、猛勉強が始まった。
「「「わっかんねえええぇぇぇ!!」」」
――テストまで後94日


2009/03/12(Thu)14:16:15 公開 / 鈴雪
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■作者からのメッセージ
展開が速すぎたり、せっかちになっている部分は、多めに見てください。中学生なんで…
六人のことについて、説明を追加しておきました。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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