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『楽しかった日の事を覚えてますか』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:鮎音
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あらすじ・作品紹介
何気ない質問、それに答えれる人はどれだけいるのだろうか
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楽しかった日の事を覚えてますか。
唐突にそんな事を年齢が一桁程度の女の子に言われて面食らわない人間はあまり居ないだろう、少なくとも俺は面食らった。
「えー……と、お嬢ちゃんは誰かな?」
迷子か何かと思い聞いてみたのだが女の子は何も答えずにじっとこちらを見据えて、そう見据えていた。まるで大人よりも大人らしい目でこちらの心を探るように、けれどこちらが言うのを待っているそんな雰囲気をたたえた目だった。
「楽しかった日の事を覚えてますか」
2回目、正直そんな事を言われても困る。
「あー、うん、そうだなぁ……」
学校は別に悪くない所だし、友達と教師の愚痴をこぼしながら食事をしたり、時々こっそり飲みに行ったり、1人の時は映画でもレンタルしてのんびり見たりそんな日々だが不満を感じてはいない。
だが、楽しかった日と言われても楽しいと感じていたかは分からない。ただ不満がないだけとも言える。
「まあ…そこそこ覚えているんじゃないかな」
そんな返答を返すと女の子はどこか悲しそうな目をしていた。
「わたしは、夢を見るんです」
何なんだろうと考えていると女の子が初めと同じように唐突に語りかけてきた。
「お金があるような生活じゃないけど大好きな絵を描いて、描き続けて、美術の教師をしながら自分の個展を開けるように頑張ってたり、大好きな人と一緒に語り合うそんな夢なんです」
「いい夢だね」
適当とか出任せじゃなく本心からそう思った。そんな風に自分の思い描く幸せに辿り着けたならどんな結果があっても幸せなのかも知れない、そう思ったから。
「でも、叶わないって知ったんです」
「どうして?君みたいな子ならいくらでも道はあるものだよ」
「だって、大好きな人が居なくなってしまったから。私の隣にはただ空白だけが残ってしまったから。幸せになるために歩いていたはずなのに幸せが不幸を呼んでしまったから」
幸せが不幸を呼んだ?
「絵が、絵が好きだったんです。大好きな人が褒めてくれたから、わたしはその人のために絵を描きたいなって思ったんです。でも絵がその人を消してしまった……」
「絵が人を消した?」
比喩だろう、絵が人を消すなんてB級ホラーじゃあるまいしあり得ない事だから。けどそう語る女の子の声は真剣その物で、冗談や軽口を言ってはいない事がはっきりと分かった。
「それからなんです、私は明日へ歩くための一歩を踏み出せなくなりました。歩く時に優しく頬を撫でていた風も止まり、悲しさで真っ暗な道しか見えなくなって、そこへ向かう事が出来なくなったんです。だから逃げました、不幸を呼ぶそんな幸せならいらない、そう思ったんです」
「…一体、何を」
「でも、違うんですよ。幸せを産む明日を自分で捨てたら、それこそ不幸しか残らないんです。何かをして別の幸せを見つけても、捨てた幸せが呪いのように追いかけてくる。何か満たされない、悲しさ、苦しさから目を背けても結局一緒だったんです」
息継ぎもせずに一気に喋る女の子はまるで聞かせるためでなく吐き出すために喋っている、そんな気がした。
「だから」
話が、終わる
「逃げるために用意した道を歩いて、その先で後悔するかもしれないなんて嫌だって思ったんです」
これは誰への言葉だ
「わたしの大好きな人がそんな風に思うかもしれないって考えたら嫌だったんです」
あぁ、そうか。この子は。
「…俺はね、小さい頃に仲のいい女の子がいたんだ。でもその子はある日、俺の描いたその子の絵を親に見せるため急いで帰ろうとしたら道路を渡った時に車に轢かれて死んだんだ、そう俺の渡した絵で死んでしまった。だから俺は絵を描かなくなってしまった。誰かを殺した俺が描いていいわけないってずっと、ずっと思っていたよ」
そうだ思い出した、俺は
「でも自分が死ぬかもしれないって時に真っ先に思ったのは違ったんだな。だから、ありがとう会いに来てくれて」
そこで意識は白い波に飲まれるように消えてしまった。
ピッ………ピッ……ピッ…
「先生!患者の意識が戻りました!」
バタバタと駆け寄るような音が耳に届き、まぶしさでうっすらと目を開けて辺りを見ると青ざめた顔の両親と慌てて駆け寄ってきた白衣の人が俺の顔をのぞき込んだ。
「ここがどこで、どうしてここにいるのかわかるかい」
徐々に戻ってくる感覚を感じながらそう聞いてくる白衣の医者の顔を見た
「病院…ですよね、俺は確か、学校に向かう途中で車とぶつかって…」
「ふむ、意識ははっきりしてるな念のためにもう一度検査の予約をしておこう」
そう呟いて看護婦に指示を出す医者の横から両親が半分泣きながら良かったと繰り返していた。
「痛い所はない?体は大丈夫そう?何か欲しいのはある?」
混乱しているのだろうか、そんな事を今聞かれても困る。だけど1つあった。
「父さん、頼みがあるんだ。退院したら絵を描きたいんだ、小さい頃に捨ててしまったけどもう一度描きたいんだ。そして最初の絵はあの時居なくなってしまったあの子の墓に、あの子に届けたいんだ」
父さんは何も聞かずに「なら道具を用意しないとな」と言ってくれた。
最初に描く内容は決まってる、あの子と初めてあった場所。とびきりの笑顔を見せて描いてた絵を褒めてくれたあの時がいい。
それと描きながらでもいいからあの子が最初に聞いた事、絵を届けるまでには答えを少しは見つけないとな………楽しかった日の事覚えてるよ、って
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2009/02/20(Fri)17:30:13 公開 / 鮎音
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■作者からのメッセージ
ふと思った疑問をそのまま文章にしてみました。誰もが当然のように感じてきたはずなのにいざ思い出すとよほどでの出来事でないと思い出せない、けれど確かにあった思い出。
そんな当たり前と言える事がある人生が幸せなんじゃないかなというのが自分の結論でした。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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