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『僕は問う』 ... ジャンル:リアル・現代 ショート*2
作者:ケイ
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僕は問う。
なぜ僕はいるのか?
僕は問う。
なぜ愛に温もりを感じないのか?
僕は問う。
なぜ世界は存在するのか?
僕は問う。
じゃあ僕は……
古臭く、かび臭い場所、そこに多分僕はいる。自分でも確かに存在しているという証拠が掴めないのだ。毎日、看守が僕に食事を持ってくる、それだけが僕の存在する証拠だ。
そう、ここは刑務所。なぜ僕がここにいるのかはよく覚えていない。気づいたら、この狭い部屋の、今にも壊れそうなベッドにうつ伏せになっていた。
そのときの記憶はなくても、大体の推測は出来る。僕は元々、小さな街の小さな家の子だった。両親は仲が悪く、僕の記憶にある映像では、いつも喧嘩をしていた。原因はよく覚えていない。父の酒やギャンブルだったのか、母の浮気だったのか、それとも僕なのか。多分全部だ。何にしても、母は僕を愛してくれていた、と思う。父はいつも機嫌が悪く、僕に手を挙げることもしばしばあった。僕もわかっていたことだから、黙って大人しくぶたれる。その後にはいつも母が僕の頭を撫でてくれた。
その顔は血の気がなく哀しげで、僕を見ていても、本当はどこか別の場所を見ていたんだと思う。きっと浮気相手の家だろう。母はどこか遠くを見ながら決まってこう呟くのだ。
「ごめんなさいね、お金さえあればあんたを連れて出て行けるのに」
お金。当時小さかった僕には、どうしてお金がないと出て行けないのかよくわからなかったから、うんともすんとも言えず、母の顔をジッと見ていることしか出来なかった。
その次の日、母は死んだ。いつもの喧嘩が激しくなり、父が傍にあった包丁で刺したのだ。そのときの光景は僕の頭に、鮮明に焼き付いている。テーブルの横で母がうつ伏せで倒れている。父は蒼白な顔をしたまま動かない。僕の足元に、流れた母の血が溜まっている。僕は特に何も感じずにぼんやりとその光景を見つめていた。父は自ら警察に通報し、連れて行かれた。死んだはずの母の目が、警察に連れて行かれる父をジッと見つめているような気がした。
母の死には、僕にとって大きな出来事にはならなかった。元々壊れていた家族だったし、多少の愛情があったとしても、僕はその愛情が欲しいと思ったことはない。むしろ、壊れた家族はいっそめちゃくちゃに壊れたほうがよかったと思ったほどだ。
その後、警察の人が僕に話し掛けてきたが、その内容は覚えていない。ただぼんやりとしていたので、警察の人も多少困った顔をしていたのだけ覚えてる。僕はその人に連れられて、どこかの施設に入れられた。
その施設のことは思い出したくない。いや、思い出したくても殆ど思い出せない。霧がかかったようにはっきりしないのだ。かろうじて覚えていることと言えば、そこで僕は問題児だった。最初はいじめられっ子だったのだが、その反発からか、途中から喧嘩ばかりしていた。そんな僕も、その施設を卒園することになり、一人の社会人として生きていくことになった。
何のアドバイスもないまま社会に放たれた僕は、とりあえず仕事を探した。といっても簡単に見つかるはずもなかった。学力や体力もない上に、妻殺しをした父の息子というレッテルを貼られ、僕はどの会社からも相手にされなかった。
相手にされないどころか、僕を痛めつけた会社もあるほどだ。路地裏で死にかけたとき、朦朧とする意識の中で、僕を痛めつけた奴の言葉がやけにはっきり聞こえた。
「殺人鬼の息子なんか雇ってくれる会社なんて、この世に一つもねえよ」
普通、まあ僕は普通を知らないからただの想像だが、ごく一般的な家庭で育った人なら、ここで「親父を馬鹿にするな」などのセリフの一つや二つ出てくるかもしれないが、僕はただ小さく呻くことしか出来なかった。
父も母も、僕にとっては多少絆の深い知り合い程度のものだった。
そんなわけで、僕は仕事に中々ありつけなかった。そんなとき、街中で知らない青年に声を掛けられた。
「よう」
いつもなら、この声の後に「殺人鬼の息子なんだろ?」のような言葉が飛んで来る。しかし今回飛んで来たのは、仕事の話だった。
しかし、こんなにレッテルを貼られた僕を雇ってくれる会社はあまりない。その通り、その青年の誘いは犯罪グループへの加入だった。
青年が言うには、銀行強盗や空き巣など、お金に関する犯罪をやっているらしかった。僕はお金が欲しかったし、何となくこの世界が嫌になってきたのもあって、その青年の誘いを受けた。
それから数日後、僕はアジトに案内されたのだが、そこにいたのは二人の男と女が一人だった。男達は二人とも見るからに悪そうな奴で、体格が大きくない僕は、その前に立つと萎縮してしまった。
もう一人の女、いや少女は可愛かった。一目見た瞬間にそう思い、三秒ほど見とれてしまった。少女は僕の視線に気づくと、にっこりと笑った。それはとても犯罪グループの一員のものには見えなかった。
そして今回の計画を聞かされた。強盗をするらしい。青年が取り出したのは、高級住宅街の地図だった。その中の一軒に狙いを絞り、役割を決めることになった。
なぜか僕が実行犯の一人になった。選ばれた理由もよくわからない。男の一人が、逃げ足が速そうだのなんだの言っていたような気がする。青年と男の一人も実行犯だったので、僕は多少の安心感を覚えた。
計画を立て終えると、少女が僕の傍に来ていろいろ話し掛けてきた。僕は、初めて嗅ぐ女の子の匂いにうっとりしながら、様々な質問に答えた。僕は耐え切れなくなり、少女に自分の気持ちを伝えた。少女はごめんなさいと言うと、その場を後にした。後になって、刑務所に来た手紙で知ったのだが、少女には彼氏がいるらしく、あのときすでに妊娠をしていたらしい。少女が望んだことではなかったようだが、そんなことは僕にとってどうでもよいことだった。少女に自分の気持ちを告げることが出来ただけで満足だった。
計画の実行日、男が僕に一丁の拳銃を渡した。危なくなったら撃てと言ったが、僕は銃の使い方など知らなかった。そんな僕に呆れながら、青年が教えてくれたおかげで、何とか扱えるようになった。
そしてターゲットの家に押し入った。住人は僕達に拳銃を突きつけられ、顔面蒼白になった。僕はその家の中を歩き回っていたが、段々意識が朦朧としてきた。青年と会話をしても全く聞こえず、ただぶつぶつと呟いていたと思う。
やがて脱出しようとしたが、運が悪い。住人が縛ってあったはずの紐をほどき、警報装置を鳴らしたのだ。さっきから遠のいていた僕の意識はそこで完全に消えた。
気づくと刑務所の中におり、現在に至る。裁判で僕は死刑になった。家の使用人二人を殺したそうだが、それはきっと一緒にいたあいつらだろう。あいつらは捕まらず、僕だけが捕まったため罪を一人で被ることになったのだろう。
そして今日、死刑の執行日だ。僕は死ぬことについては何とも思っていない。一つ思うことと言えば、死んだら母に会うのだろうか、ということだけだ。会いたいわけでもないのだが、死ぬ、という単語を聞くとあの光景が蘇るのだ。
そんなことを考えていると、看守が入ってきた。
「行くぞ、心の準備は出来てるか?」
僕は黙って頷いた。歩くと一分ほどで部屋に着いた。中に入ると、電気椅子が置いてあった。僕はそれにゆっくりと腰掛けた。手足を固定される。
「何か言い残すことは?」
僕は少し考えてこう言った。
「なぜ僕は存在するの?」
「それは私にもわからん、神様に聞け」
「なぜ僕は愛に温もりを感じないの?」
「それも私にはわからん、神様に聞け」
「なぜこの世界は存在するの?」
「それも私にはわからん、神様に聞け」
「じゃあ僕は……どこへ行くの」
「それはもうすぐ知ることになる。今から確かめて来い」
電気椅子のスイッチが、オンになった。
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2009/02/12(Thu)22:30:26 公開 / ケイ
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■作者からのメッセージ
何となく勢いだけで書き上げました。暗いお話になりました。自分でもよくわからない部分があります。全体的に、灰色のイメージで書きました。おかしな点がありましたら、コメントをお願いします。
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