『Non stop!(ノン ストップ)』 ... ジャンル:恋愛小説 未分類
作者:ミミ                

     あらすじ・作品紹介
 中学二年生の桂人が、千晴に出会い、龍広、学校の仲間たちと、いろいろなストーリーをくみ上げていくお話です。

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 出会いは突然やってきた。そう、突然。
 ぼくの場合も例外ではない。
 あの秋晴れの日の夕方、真っ赤なもみじの木の下で、ぼくは彼女に会った。

第一話 もみじの運動会
一                                 
 ぼくは歩いていた。別にうきうきしていたわけでもないし、だからといっておちこんでいたわけでもない。
 ひとけのない通学路。夕暮れ時の静かな時間。周りにあるのはもみじの木だけ……。
 ふいに、リコーダーの音が聞こえた気がした。耳をすませてみる。聞こえる。
 何かの曲を吹いているようだ。ええと、これは……。ぼくは記憶の引き出しをかき回す。 あっ、アイネ・クライネ・ナハトムジーク。モーツァルトのクラシックで有名な曲。
音はもみじの下から聞こえている。
 このまま家に帰ろうか。それとも音の主を探ってみるか。
 ぼくはしばし立ち止まって考えた。早く帰って宿題を終わらせなければいけない。けれど、こんな刺激的なことは頻繁には起こらないだろう。
 ぼくは考えた末、もみじの下に入ろうと決めた。

          
 もみじの下に長い髪をした女の子が向こうを向いて立っていた。ぼくと同じぐらいの年だろうか。手にリコーダーを持ち、肩に通学かばんをかけて相変わらずアイネ・クライネ・ナハトムジークを演奏している。
 女の子はぼくのことに気付かない。しばらく彼女の奏でるメロディーに耳を傾けていたが、ついにたえきれなくなって声をかけた。
「こんにちは」
 ぼくは小さな声で言ったつもりだったが、彼女は演奏をやめてはっと振り向いた。
 肩までかかる長い髪に、丸い大きな目。すっきりとしたあごのライン。
「こんにちは」
 ふいに女の子の口が開いた。
 小さな声だがぼくには聞こえた。少し高めで耳に心地よい声。
「キミ、名前なんていうの?」
 何か言わなければいけない気がしてぼくは口を開いた。
 彼女は一瞬驚いたように瞬きしてから答えた。
「本条 千晴。千に晴れって書くの」   
 そりゃあ、いきなり名前聞かれたらビビるか……。
 乙女心を察しようと必死なぼく。
 でも、響きがいい名前っていいなあ。千晴って名前、目の前の彼女にぴったり。イメージ的にも。
「リコーダー、好き?」
 すると彼女はにっこりと笑ってうんと答えた。
「楽器はみんな好き。リコーダーもピアノも。トランペットも大太鼓も。トランペットはできないけど」
 彼女はかすかに笑ったようだった。
 楽器好きか……。ぼくの家にも古いグランドピアノが一台だけある。でも今は誰も弾かない。
 ふいに沈黙が訪れた。
 音がしなくなったような一瞬。だが次の瞬間にはもみじの木が揺れるサワサワという音がはっきりと聞こえた。
「ぼくの家に来ない?」
 そんな言葉がぼくの口からすべり出した。                       
 いつの間にか、あたりが真っ暗になっていた。                     
                

「わあーっ。すっごーい!」
 ぼくの部屋に入るなり彼女は大声を上げた。
「私の部屋なんてメッチャメチャ。床に楽譜が散らばっているもん」
 えー! そんなぁ。きれい好きのイメージだったのに……。
ぼくの中で「千晴イメージ」の一部が組みかえられる。そして、ふと疑問に思ったことをきく。
「楽譜……ってことは、ピアノ習っているの?」
 ぼくが聞くと彼女は首を横に振った。
「習ってはいないけど、楽譜を自分で買って練習しているの」
 しんみりと彼女はいい、そういったあとで、はっと顔をあげた。
「そういえばなんていうの?」
「え?」
「名前」
 ……名前、ね。                                
「西島 桂人。桂人の桂はきへんに土二つ。桂人のとは、人」
 ふうんと彼女は言い、ぼくを見上げた。彼女はぼくより少しだけ小さい。そのせいで、見上げる形になって、少しばかり照れくさい。
「桂人君かあ。桂人君のうちにピアノある?」
 それ聞くためだけに名前聞いたのか?
「あるよ。すごく古いけど」
「ほんと?」
 いや、うそつかないって。
「あの……、弾いてもいい?」
 彼女は上目づかいにぼくのことを見てくる。
 彼女に見つめられて、ぼくは心臓がとびだすんじゃないかというぐらい、緊張していた。
                    

 彼女は今、ぼくの家のピアノのいすに座り、目を閉じている。
 古いピアノだけどカバーをかけてあったから、ほこりはかぶっていなかった。       
「好きなの弾いていい?」                               
 もちろん。
 彼女はふっと息をはくと、鍵盤に目をやり、静かに音を奏ではじめた。
 最初はゆっくり、静かに。だんだん速く……。
 子犬のワルツだ……。
 気が付くと、ぼくは彼女の奏でるメロディーに釘づけになっていた。彼女の手はすでに目にとまらぬほど早く動いている。
彼女が弾き終わり、ぼくが感じたのは「ありえない」だった。
 今も耳の奥底で彼女が引いた子犬のワルツが流れている。驚くほど純粋で、心に響く音。そんな演奏を出来る彼女をぼくは尊敬する。
「すごいね。千晴……ちゃんって」
「千晴でいいよ」
 言いにくそうに言ったぼくを、千晴は笑いそうな顔で見た。
 うん、千晴のほうが親しみがある感じがするね。
 ぼくの言葉に千晴は笑って、ふと時計を見た。すでに時計の短針は七をさしている。
 そういえば今日は母さんがはやく帰ってくるんだっけ……。
 やばっ、とぼくが言ったのと、千晴がどうしようっと叫んだのと同時だった。
 千晴はばたばたと玄関まで走っていき、早口で言った。
「ごめんね。七時までに家に帰らないとは入れないの。じゃーね、おじゃましましたぁ……」
 ぼくも母さんが帰ってきたときのことで頭がいっぱいで、なんとも思わず千晴を送り出していた。母さんは家に女の子がいるとうるさいんだ。もうこの年なんだから、監視なんかしなくても。
道路を見ると、千晴は焦った様子で来た道を戻っていた。
 あれ? と思ったのは、千晴がガチャンと音を立ててドアを閉めたあとだった。
 普通だったら、明日また会おうねとか言ってから、帰らないか?
 ……でも、会ったばかりの初対面の男子生徒にそんなこというわけがないか……。なんていっても最初がキミ、なんていうの? だからな……。                     
 何で、こんなに悲しいんだろう?


 千晴のことが気になる……。なぜだー!
「桂人? 桂人!」
 気が付くと、母さんがぼくの顔をのぞきこんでいた。
「ん?」
 ぼくが顔をあげると、母さんは朝の光をバックに、ガミガミと小言を言い始める。
「あのねえ、朝のこの貴重な時間に、忙しくない人なんていないのよ。なのにあなたときたら、ヌボーッとしちゃって。もうなんかお母さん情けないわ……」
「はいはい」
 内心、誰がヌボーッとなど、と皿の上の目玉焼きをフォークでつぶしながら思っていた。
「分かったら、さっさと朝ごはん食べて。朝ごはんの後にも、やることは山ほどあるの」
 あー、はいはい。分かっていることをいちいちぼくに言わないでほしい。
 けれど顔にはそんな表情はまったく見せず、にこりと笑う。          
 確かに母さんを怒らせたくはない。母さんが怒ると、近所中に声が響くし。


「おはよー」
 教室に入ると教室中の視線がぼくに集まった。その中からぼくの親友、龍広がニヤニヤしながらぼくのほうによって来た。
「おまえもついに……。なあ」
 そういって龍広は男子たちを振り返る。男子たちの反応はさまざまで、おめでとうといっている人がいれば、どうせ俺なんて……、とつぶやく人もいる。
 その中でも龍広は特に目立つ。ニヤニヤしている顔がぼくの頭に刻み込まれる。龍広が口を開く。
「ついに、ついに桂人にもなあ……。成績悪くて嫌味ばっかり言うやつだと思っていたけど、やるときはやるんだな。泣けるぜ……」
 関係ないかもしれないけど、ぼくは龍広よりは成績いいぞ。              
 大体、何の話をしているんだよ。                          
 ぼくがそうつぶやいたのを耳ざとく聞きつけた龍広は、ぼくのことを感心したように見た。
「おまえ……そんなにとぼけることうまかったか? 小四の時だって、小六の時だって、そんなにうまくなかったよ。でもな、これを見ても、とぼけ通せるか?」
 龍広が男子の一人に目配せすると、その男子はポケットから携帯を出して見せた。
 ちょっと待て! 学校に携帯を持ってくるのはいけないんじゃなかったか?
 だが龍広たちがそんなことを気にするはずもない。
「再生!」
 携帯の画面に、もみじが映る。――ぼくが歩いている通学路だ。やがて、画面が動き、ぼくが映る。ぼくがもみじの中に入っていく。……昨日、千晴を見つけに行ったときだ。
 とったやつ、どこに隠れてたんだ? っていうか、誰?
 しばらくして、もみじの下からぼくが出てきた。もちろん千晴もぼくについてくる。
「あっ」 
 女子の一人――山里理恵が声を上げた。                    
 いつの間にかぼくたちの周りには大勢の生徒が集まっていた。
「この子、わたし知ってる。本条千晴ちゃん。お隣の学校の子だよ」
 え? 何で千晴のことを山里が知っているんだ?
 ぼくも知っているってほどじゃないけど。
「わたしと千晴ちゃん、小学校一緒なの」
 ああ、そういうこと。
「あと、千晴ちゃんはね――」
「桂人、もう言い訳は出来ないだろ」
 続けて話そうとした山里をさえぎって、ぼくに言ってくる龍広。
 ……っていうか何が?
「か・の・じょ! もう、じれったいな……」
「――はい?」                                    
 ぼくが聞き返すと、龍広は心外そうに言った。
「ちがうのか?」                                   
 龍広が目を見開いた。                                
「ええっ。千晴ちゃんが桂人君の彼女ぉ?」
 悲鳴のような声を上げる山里。
 いつ、千晴がぼくの彼女だって言った? 千晴とは、偶然会って、たまたまうちに来ただけの仲じゃないか。
 一番言いたくないことをべらべらとしゃべる、ぼくの口。ああ、また泣きたくなってきた。
 ぼくは自分を必死に抑える。
 ぼくが龍広をにらむと、龍広はフイッと顔をそむけた。そして、そのまま黒板へと向かっていく。
 チョークを持ち、黒板に何かを書いている龍広。
 いや〜な予感……。
『西島桂人は、隣の学校の本条千晴が好きです。なぜならその証拠に桂人の顔が赤いからです』
 ろくでもないこと書くなっ。バカヤロ。
 けれど、もう遅かった。黒板のまわりにはワヤワヤと人が集まっていて、そのみんなが、ニヤニヤしながら、ぼくに向かってくる。
「まさかお前がなあ」
「ああ、本当だ、顔が赤い」
「ケーッ、水くさいな。秘密にしておくなんて」
 さまざまな声がぼくの頭上を飛びかう。その全員の顔にはニヤニヤ笑い……。
 ついに、「龍広ニヤニヤ症候群」がクラスに伝染した……。
 ぼくはそう思った。
               

 おっそいな……。
 大体、十五分しかない貴重な休み時間に、廊下に来てなどと頼んで、呼び出した本人は十三分もすっぽかしているなんて、まず、ありえないだろーがっ。                 
「お、悪ィ、桂人。遅くなったなっ」
とでも言ったらさんざんな目にあわせてやる。遅くなったなの一言で片付けられる問題かっ。
 ぼくにだって、やる事は山ほどあるんだ。例えば読書、例えば宿題……。        
 まったく……。                                   
「あっ、桂人、ヤッホーッ」
 ヤッホーだと? 何分待たせたと思っているんだ。
 ぼくは精神を落ち着かせるのに、全神経を集中させる。
 そんなことにはお構いなしに龍広は続ける。
「何でそんな所にいるんだ? もうすぐチャイムなるけど――」
 龍広が言い終わる前に、ぼくはこぶしを振り上げていた。
 そのとき――。
 ぼくは思った。
 暴力で解決できるものは何もない。
 おまけに、暴力男はもてないだろう。
 暴力さえふるわなければ、これこそ一石二鳥だろう!
 ぼくは、危機一髪でこぶしをおろした。。
 セーフ!
これで千晴にもきっと……。
「おい、桂人、チャイム鳴ったぞ」
 ぼくのたった一筋の希望を消し去る龍広。……確かに現実と想像は違うけれどな。そんなにはっきり言わなくてもさ。
 ぶつくさ言っているぼくに龍広が気付くはずもなく。
「さっさと席につこうぜー」
 こぶしを振り上げた龍広に、ぼくは苦々しい笑顔を向けた。

            
 時間というものははやいものだ。                           
 いつかクラスメイトの祐二――彼はとても物知りだ――が、どこで作ったのかフリップまでだして、説明してくれた。                                                            
「人が感じる時間というのは――もちろん個人差もあるけど――大体年齢で変わるんだ。例えば小さな子は、○○が活発だから、時間を遅く感じるし、例えばお年寄りの方は、○○が悪くなってきているから時間を速く感じるんだ。要するに、自分で感じる時間と、外の時間の違いで時間の感じ方は、変わるんだ。  あっ、さっきもいったけど、個人差でこれは大きく変わるからね」
 長い……。主人公のぼくよりずーっとせりふが長い……。その上、意味不明……。
 ○○のところは祐二が早口すぎてぼくが聞き取れなかったところ。
  興味のある人は調べてみよう! 勉強になるよ!
 ……話を戻そう。
 ぼくはまた、いつもの通学路のあの場所に立っていた。いや、正確には待っていたというべきだ。
 誰を? ――無論、千晴を。
 何でも何もない。ただ単に会いたい。こういうのはストーカー的なのか?
 まあ、いい。それに帰りのこの時間、夕暮れの頃に通学路で待っていればいい……と思う。
 …………。
 五分……、十分……と待つうち、ぼくはとんでもない間違いをしていたことに気付いた。
 千晴がここにこないのは当たり前だ。ぼくらはここで会おうと約束したのでも、千晴が明日もここにいるねといったわけでもない。
 すべてはぼくの思い込みだ。
 ……失恋した人の気持ちというのはこんなものだろうか。
 ふいに、もみじの木がサワサワとなった。                       
「千晴っ」
  ぼくは何も考えずにもみじの木に飛び込んでいた。                  
 そう、なにも考えずに。                               
 もちろん人違いかもなんて考えてもいなかった。ましてや、それが知り合いだとは。
「はー。ひっかるといいなと思ったら、このありさまかい」
 目の前に龍広が立っていた。
「……ひっかけたのか?」
 ぼくが聞くと、龍広はケラケラと笑った。
「『千晴っ』ってせっぱつまった顔して飛び込んでくるとはね。いやあ、そんなに会いたかったのか。ごめんな、今、おれしかいないの」
 絶対、コイツ、謝っているとはいえない。
 龍広はぼくの肩をポンとたたいた。
「心配するな。みんなには、この話、言わないから」
 当たり前だ!
「それに――」
 龍広は片目をつむって、ぼくを見た。どうやらウインクのつもりらしい。
「このことはお前と二人の秘密だ。そしておれはお前の恋を応援してやろう。喜べ。このおれがだぞ」
 ちょっと待て! ぼくは応援してくれなんて、一言も言っていないっ。それに、なんでそんなに超、上から目線なんだ。
「照れなくてもいいってっ。な、次の一大イベントは運動会だ。いいか、うちの学校はその千晴とやらがいる学校と対戦するんだぞ。ここで彼女のハートをつかんじゃえ!」
 少女マンガに出てくるキャラクターのように目をきらきらさせて龍広は言った。
 その顔、気持ち悪い。
 でも……。
 うん、運動会か。


「おい、ボーッとしてんな」
「それ、とってくれないか」
「ホレ、運動会。ホレ、運動会!」
 ……にぎわっている。
 運動会の準備。ここの段階から、ぼくら一年B組みはとてつもなく盛り上がっている。
 今朝、担任の先生が、
「今年は隣の北林中学校と対決だ。言っておくけど、あそこは強いぞ。半端なく強い。だが、相手
強いほうがやる気がわくだろう? わが笹川中学校、気合い入れていくぞー。オーッ」
「オー!」
 といって、こういう雰囲気になったわけだけど……。まあ、明日が運動会だからね。
 繰り返すが、ぼくらのクラスはとことん、盛り上がっている。盛り上がりすぎだとぼくは思う。
 なぜなら、その証拠に運動会の準備はまったくしていないからだ。
 これで運動会を迎えられると本気で思っているのだろうか……。
 案の定、担任の先生ががらりと教室のドアを開け、一喝した。
「お前ら、そんな態度で北林中に勝てるとおもってんのか! 北林中をなめんじゃねえっ。おれらはなんとしてでも北林中に勝つんだ! 勝つ! 勝つ! 勝つ!」
 あーあ、この先生エンジンかかるとすごいんだよな。もうまさに熱血って感じ。普段は落ち着いて、たまにジョークも言って、いい先生なのに。
「おい、桂人。お前も手伝えよ」
 声をかけてきたのは龍広だ。龍広は入場門の字を書いていた。大きな紙に、筆を持ち、門という字を書いている。
 ぼくが龍広のそばへ行くと、彼はすばやく耳打ちした。
「手伝ったら、帰りにハンバーガー、やるよ」
 ……ぼくの本能は危ないと警告していた。                       
 ぼくの予感は当たった。当たってほしくなかった……。                 
「その代わり、この門の字の右下に、すごく小さく好きですって書け」           
 龍広がにやりと笑う。                                
「もちろん、その千晴とやら言うやつを思ってな」
「冗談じゃない!」
 思わずぼくは大声を上げていた。
 準備中のワヤワヤしたざわめきが一瞬にして静まり返る。
 ぼくはあわてて、とりつくろった。
 さっきの勢いのまま龍広に向かって言う。
「お前はいつもいつもハンバーガーハンバーガー言いやがって。ぼくがいつまでもおごってあげるとおもうなよっ」
 静まり返っていたクラスメイトたちは、何だそんなことかと再び作業に戻り始めた。またワヤワヤとした雰囲気になる。
 ふう……。
「お前にしてはうまくごまかせたな」
 うん、ぼくもそう思う。
「ま、そういうわけで、はやく、好きですって書いてくれよ」
 だからいやだって。って言うか、そういうわけってどういうわけだよ。
 龍広は意地の悪い笑みをぼくに向けた。
「いいのか? お前が小六のときにおねしょしたことを言っても。おれは決めない。選択権はお前にある。言ってもいいのか?」
 ……よくない。
「じゃあ、書け」
 …………。
「は・や・くっ」
 ああ……。
「言っちゃうぞ〜」
 仕方なくぼくは細い筆を持った。それを見て龍広がにやりと笑う。            
 ぼくは確信した。コイツは正真正銘、悪魔だ。
  震える手で右下に超×千ぐらい小さく、好きですと書いた。                
 認めたくはないが、書くときは千晴を思い浮かべてしまった。              
 そして、会いたいと強烈に思った。
「よしっ」
 龍広がそういったとき、チャイムがなった。みんな、終わった終わったといって教室を去って行く。
 ぼくと龍広が教室を出ようとしたとき、入れ替わりに先生が教室に入っていった。
「体育館行くか」
 龍広がぼくを誘う。
「うん。思いっきり走り回りたいね」
「バスケやろうぜ、バスケ!」
 久しぶりだ。バスケは好きだ。
 ぼくの気持ちが弾んできた。そのとき――。
「なんだこれはっ」
 という叫び声を聞いた。ぼくたちが、体育館にいく曲がり角を曲がったところだった。そして、先生がぼくたちを捕まえたのは、体育館まであと十七歩のところだった。
 先生は無言でぼくたちの首根っこをつかみ、教室へと引きずっていく。
 何をされているのか、まったく分からない。なんでこんなことに? なんでー?

      
 ……もう嫌だ。こんな目に合うなんて考えもしなかった。龍広のバカヤロー……。
 あのあと、先生はぼくらを教室の中に放り出して、門の字の下を指さしたんだ。
「これは何のまねだ? 君たちの友達によれば、この字を書いたのは、龍広君と桂人君だそうじゃないか。さあ、正直に言いなさい。これを書いたのは誰だね?」
「桂人です」
 あっけらかんと龍広は言った。                           
 ちょっとおい! なんのためらいもなく……。
 龍広のほうを向いていたするどい目がぼくに向けられる。                
「本当に君かい?」                                  
 龍広のバカ。仲間意識ゼロのコンチクショー!
「君かと聞いているんだ!」
 ひええっ。
「ええ、まあ、そうですけど……。だけど――」
「だけどもなにもない! そんな言い訳など聞いてられるかっ」
 先生はふとやさしい表情になって、龍広に言った。
「龍広君、君はもういいよ。よく真実を言ってくれた。人間の強さというのは、真実を言えることだよ。君はえらい。ここにいるバカタレと違ってね」
 ぼくを指さす先生。龍広が真面目な表情で
「ええ、ありがとうございます。失礼しました」
 といい、教室を出て行った。そしてぼくは、教室のドアを閉めたときの龍広のニヤニヤ顔を見逃しはしなかった……。
「さあ、桂人君、反省としては足りないぐらいだが、この門の字と、入場門、退場門に使う、紙の花を作っておいてくれ」
 そういって先生はさっさと教室を出て行ってしまった。
 とまあ、こんなわけで今に至るわけだ。
 この花、作っても作っても増えていない気がする。龍広は今頃、祐二たちとバスケでもやっているんだろうなあ……。ああ……。
 そのとき、チャイムがなった。
 ぼくは重要なことを見落としていたことに気付いた。
 次の時間は体育だ。そして、その担当はぼくたちの担任――つまり、あろうことか、さっきぼくに一方的に怒った人に当たる。そしてそしてそのぼくたちの担任は、遅刻を許さない。差別がひどい。
 すでに、ぼくはさっき怒られている上に、チャイムがなってしまったからにはもう完全に遅刻だ。
 ……最悪だ。


「お前、よっぽどついてないんだな」                         
学校からの帰り道。今日、龍広はぼくの家によってから帰る。              
 さっきあんなことになったから、龍広とは口もききたくなかった。でも、ぼくの家に寄らせないと、小六のときのことをばらすぞと、さんざん、おどされて、ここまできている。
「ほんと、運がないんだな。でもまあ、そういうことはあるさ。人生楽ありゃ苦もあるさー」
「…………」
 もともとお前のせいだろっ。
 龍広はぼくの家までの道を鼻歌を歌い、ルンルンしながら歩いている。
 そしてぼくの家の前まで来ると、こんこんとドアをたたき、ぼくのほうを見る。開けろという意味だろう。
 ぼくはポケットから鍵を出し、ドアを開けた。今日はお母さんがエステに行っているからいない。
まったく、お金がないお金がないといっているくせに、そんな所に行っているから、お金が減るんだよ。
 ぼくがそんなことを考えている間にも龍広はぼくの家に上がりこむ。
 おい、お邪魔しますとか、上がるよとか普通は言うだろう。あっ、普通じゃないのか。龍広は。
 そしてぼくの部屋に直行し、勝手に入り、勝手にテレビをつけ、勝手にテレビゲームをはじめた。音量を最大にして。
「おい、少し音量下げろよ。近所迷惑だろう」
 ぼくが言ってもまったく耳をかさない。仕方なくぼくは部屋の窓をすべて閉め、龍広を一人、部屋に取り残してドアを閉めた。
 うるさかった音がだいぶ小さくなる。
 しばらくしたら、いつもみたいに勝手に帰るだろう。
 ああーっ。通学かばんを部屋においてきてしまった。いつもはこの時間に宿題をやってしまうのに……。
 ……でも、だからといって、もう一度あの部屋のドアを開けたくはない。
 しょうがないか。
 そのとき、ぼくはふと思いついてグランドピアノがあるほうへ向かった。カバーをはずし、鍵盤を人差し指で押してみる。                            
 それから、ピアノの後ろの本棚をあさって、「かえるのうた」の楽譜を出し、楽譜にドレミを書き込む準備をした。                                 
 ぼくはここ二、三年、音符など見ていなかったので、国語辞典で調べて、ドレミを書き込んでいった。
 だが、問題は残っていた。いくつか鍵盤を押してみて、さあ弾こうと思ったときにあれっと思った。
 ドってどこ? レってどこ?
 ああ……。
 今度、いや運動会のときに千晴に教えてもらおう。
 時計を見ると龍広が来てから二十分がたとうとしていた。
 ぼくは立ち上がり、ピアノに元のようにカバーをかけ、きちんと本をしまうと、ぼくの部屋に向かった。ドアを閉めたとはいえ、相変わらず大音量が聞こえてきた。
 アイツ、まだいるのか。そろそろ帰ってもらわないと。
 ぼくはティッシュを丸めて耳に突っ込み、部屋のドアを開けた。
 テレビがついていた。ぼくの通学かばんもあった。だが、龍広の姿はなかった。
 テレビ消してから帰れ!
 ぼくは散らかった部屋を見回し、ため息をついた。
 こんなに散らかったのは片付けるしかない。
 ぼくは散らばったゲームソフトを集めてもとの場所にしまったり、急いで宿題をやったりした。
 ああ、面倒くさい。
 やっと一息つけたのはそのすべてが終わってからだった。
 ふう……。
 いつの間にか帰ってきたのか、お母さんが包丁で具材を刻む、リズムのいい音が聞こえてきた。
 その音を聞いて、ぼくの気分が急に引き締まる。
 よしっ。いよいよ明日が運動会! そして千晴に合える日だ。気合い入れていくぞー!
 あれ? そういえば龍広、ハンバーガーおごるって言っていたよな。え? ハンバーガーは?  ハンバーガーはぁ!


 いよいよ運動会当日!
 ぼくはかなり気合いを入れて準備に取りかかっていた。
 運動場の世界の旗が風でハタハタとゆれる。
 ぼくは審判係だ。ゴールのところで一位とか二位とかを判定する。ボーっとしていると見逃してしまうから、結構大変だ。
 そういえば……。
 千晴はまさかぼくと同い年だよな。もし、小六だったら競うどころじゃないし、まず会えないよな……。あっ、前、山里が小学校一緒って言っていて、お隣の学校って言った……から、中学生なのは間違いないだろう。でも、もし先輩だったら……?
 ぼくの中で、千晴のイメージがぽろぽろと崩れ落ち、代わりに女王様が登場した。「あら、昼食はまだかしら。今日のメニューはフランスのお料理だって言っていたけれど」ぼくは女王様のしたで頭を下げる。「今すぐ持ってまいります!」
 ……まさかね。
 ふと校庭のほうを見ると、すでにみんなは開会式の並びをしていた。
 やばっ。
 ぼくが一年B組の列に入ると同時にみんなが入場を始めた。
 各クラスの一番前にはプラカードを持った人がいる。確か、今年は隣の北林中の生徒がプラカードやるんだっけ……。
 そのとき、ぼくは見た。
 プラカードを持っているのが北林中の制服を着た女の子だということを。
 そしてその後ろ姿はまぎれもなく、ぼくが会いたかった人だということも。

               
                                           
 現在、お昼休み。ぼくは龍広と山里と――そして千晴とお昼ご飯を食べている。
 なぜか? ――それは、ぼくと龍広は一緒にお昼を食べる約束をしていて、山里と千晴も一緒にご飯を食べる約束をしていて、龍広のお母さんと山里のお母さんの仲がよくて一緒に食べようということになって……こうなった。
 まあ、今回ぐらいは龍広に感謝しないと。本当にうれしい展開だ。まさかこんな風に会えるなんて夢にも思っていなかった。
 そうそう、午前中でぼくの学年が出たのは、徒競走だけ。午後には、綱引き、大玉送りがある。対抗リレーもあるが、ぼくは出ない。というか、龍広も山里も千晴も出ない。
 徒競走の結果はさんざんだった。ぼくは龍広と同じ組で去年と同じだと思ってかなり嫌気がさした。去年も徒競走で四位の座を龍広と争って、龍広は最後の最後でひじをぼくに当ててきたんだ。 徒競走は女子からで、ぼくは中くらいの背なので、男子の中くらいを走る。六人で走るようになっていて、一コースから三コースまでが北林中、四コースが龍広、五コースがぼく、六コースが竜太――陸上部で超はやい――だ。
「よーい」
 構えて、ピストルを待つ。
「スタートッ」
 隣の竜太と三コースのやつがシュバッと飛び出して、あっという間にいなくなってしまった。ぼくの前には誰もいない。よしっ。今年は三位だ。ぼくはスピードを少し上げた。すると龍広が横からニュッと出てきた。
 抜かされるっ。
 ぼくは走った。全速力で。ゴールまで二十メートル、十メートル……。
 ふいに、足が何か太くて長いものに突っかかって目の前が暗くなった。
 転んだと気付いたのは地面に顔を強くぶつけてからだった。
 あわてて立ち上がり、走った。当然のことながら、最下位だ。
 龍広がぼくを見てにやりと笑った。
 その笑いを見てぼくは分かった。
 ぼくが転んだのは――龍広のせいだ。アイツが足を引っ掛けたからだ。
 うらんでやる……。                                 
「……桂人。け・い・と!」
 龍広に肩をたたかれた。                               
 一瞬にして場面が変わり、お昼ののどかな時間に戻る。                 
「お前、そろそろ弁当食べ終わんないと、午後の競技始まるぞ」
 え? もうそんな時間?
 校庭の時計を見ると午後に競技まであと五分をきっていた。
 ぼくは残ったおかずを口に詰め込むと、集合場所へ走った。
「……午後だ! オー!」
 竜太が叫んでいる。
 ぼくらもあわせて叫ぶ。
「絶対負けないぞ! オー!」
 よし! 気合いは十分だ。


 最初の競技は綱引き。ぼくら笹川中VS千晴の北林中。勝負は二回。それで一対一だと三回戦が行われる。
 ぼくの前には竜太、後ろには山里がいる。
 ピストルの音がするのと同時にぼくたちが握っている縄が勢いよく引っ張られる。だが、ぼくたちも負けてはいない。竜太が縄を力強くひっぱっている。ぼくもがんばらないと。うーん、けっこうきつい……。
 ぼくが一生懸命綱をひっぱっていると、ピストルがなった。
「一回戦は――」
 緊張の瞬間。
「北林中学校の勝利!」
 えー!
 北林中の人はみんなで手をたたいて喜んでいる。
「二回戦だっ」                                    
 誰かが言った。
 そうだ、二回戦でばんかいだ!                            
「オー!」                                      
 みんなで手を合わせて気合いを入れなおした。
「二回戦、スタート!」
 縄がひっぱられる。でも今度こそは負けない。竜太に合わせてからだを勢いよく後ろにひっぱる。
 おっ、いけたかも?
「二回戦は――」
 この先生、タメを作るのが上手。
「笹川中学校の勝利!」
「オーッ」
 ぼくたちは歓声を上げて、周りの人とハイタッチをした。
「一対一なので、三回戦を行います」
 お互いの学校から気合入れの声が聞こえる。
「では、三回戦、スタートッ」
 縄が強くひっぱられる。ぼくもひっぱり返す。ひっぱられる、ひっぱる、ひっぱられる、ひっぱる……その繰り返し。
 ふいにぼくらは地面に放り出された。
 あわてて北林中を見ると、相手も
ひっくり返っている。
「切れた!」
 誰かが叫ぶ。
 ――って何が?
 竜太がそれを指さして言ってくれる。
「ロープ」
 ぼくは視線を縄に向ける。
 切れていた、縄が。まっぷたつに。真ん中で。
 あちこちから驚きの声があがる。                           
 そして、その驚きの声はブーイングへと変わる。
「勝負はどうすんだよ!」                               
「何で縄が切れるんだよ!」                              
「安全保障された縄だっていってたじゃないか!」
 生徒の声に続き、保護者からも文句が出る。
「危ないじゃない!」
「わたしの子供が怪我でもしたらどうするつもり?」
「こんな危ない学校、通学させられないわ」
 ……縄が切れただけでこれだけの文句が出るのか……。
 そんな中、校長先生がマイクを持って前に進み出た。
 咳払いをしてから、話し始める。
「えー、このたびはこのようなことがおきてしまったことを心よりお詫びいたします」
「お詫びしてもどうにもならないわよ!」
「形だけのお詫びなんて結構です!」
 保護者からの声があがる。
 それにしても、ひどい言われようだ。
 校長先生は保護者の声を無視して続ける。
「ええ、勝負のほうですが、引き分けです」
 校長先生はぼくたちに口を挟めないようにすばやく言う。
「それぞれの学校に十点ずつです。以上」
 校長先生にピシリといわれ、ぼくたちは口を挟めなかった。
 しょうがない。こういう校長もいるものだ。気分を切り替えて次の競技に移ろう。
 ええーと、次は……。
 ぼくはてさげをあさり、くしゃくしゃになったプログラムを取り出す。対抗リレーだ。
 ぼくら笹川中の一年でリレーに出るのは竜太だけ。ぼくは竜太を全力で応援する。
 うん、がんばってもらおう。
「おい――」
 急に肩をたたかれた。振り返ると龍広が、アゴでスタートのところを指さした。       
 ああ、もうそろそろスタートか。
「スタートッ」                                    
 ピストルが鳴り、竜太たちが一気にスタートする。                   
「いけーっ、竜太ー!」
 ぼくと龍広は必死に応援する。
 スタートからゴールまでは約二百メートル。足が超はやい竜太のことだ。きっとぼくの前をビュッと通り過ぎていって、さっさとバトンタッチするのだろう。
 まさにそのとおりだった。
 竜太はぼくたちの目の前を風のようにビュッと通り過ぎていって、余裕の表情でバトンをわたしていた。
 すごーいっ。
 走ってるときの竜太はまるで人がかわったようにかっこよく見える。
 いいなあ……。生まれつきなのかな……。
「バカッ、きちんと見てろっ」
 龍広がぼくの頭をバシンとたたいた。
 グラウンドを見ると、バトンはすでに最終アンカーまで渡っていた。
「フレー、フレー、笹川中っ」
 ぼくはふりつきで応援する。
 おお……。
 ゴール!
「あれ? 何位?」
 龍広にきいたら、また頭をバシンとたたかれた。
「一位! まあ、竜太の走りがよかったんだろうな」
 おーっ。
 さすが竜太!
「……次は大玉送りです。選手の皆さんはそれぞれの位置についてください」
「おっ、もうそんな時間か」
 龍広がヨイショと立ち上がる。
 ぼくも自分の位置まで走った。
 ……結果から言おう。
 あっという間だった。                              
 大玉がぼくの前を通り過ぎて、もう一回通り過ぎて、みんなから歓声が上がって……。   
 終わった。
 大玉に触れなかった……。
 そのあとぼくは閉会式に出て、家にも帰ったようだ。ふと周りを見回すと、自分の部屋にいた。
 大玉ショックで何も頭に入ってこなかったようだ。
 ……あれ? 運動会終わった? え? 千晴は? どこ行ったの? (帰ったのと一人ツッコミ)
え? ピアノは? それより何よりなんていって別れたの?
 ……あ――! どうしよう! (どうしようもないよと一人ツッコミをした)
 もみじの葉がぼくの家の庭でからかうようにひらひらと揺れていた。


第二話 ちょっと心温まる、クリスマス
一                                     

 えー、ただいま十二月二十日。毎日のテストパレードも今日で終了! 明日は終業式、そしてその日からは待ちに待った冬休み! クリスマスイブにクリスマス、お正月、おせち……。
 ぼくの心は今にも浮き立ちそうに躍っていた! ……というストーリーだったらどんなによかったか……。
 ぼくは何とか千晴の家の電話番号まで聞きだしおまけにうちに新しい電話機まで来たというのに(もちろん千晴のためではなく、お母さんが怒ってたたいて、電話機を壊したからだ)ここまで準備ができたならばやることはたった一つ。千晴にクリスマスの日に一緒にどっかいこうよと誘うだけ――なんだけど……。
 その「それだけ」が難しいんだよなあ……。
 受話器を手に持ち、ボタンを押す。
 それだけだ!
 ぼくは落ち着けと自分に念じながら受話器を持つ。ボタンを押す。ツルルルルル……という音が……。
 した。と思う。ぼくはその瞬間に受話器を置いていた。
 あ〜、もうっ。もういい! どうにでもなれ!
 もう一度、受話器を持ち、ボタンを押し、呼び出し音が響いた。
 ぼくは目を思い切り閉じて、手を動かないように固定していた。
 誰かが電話に出た。
「……もしもし……」
 恐る恐る言ってみる。やっぱり電話なんかかけなきゃよかったと思った。こんな異常な緊張感、初めてだ。
 電話口の相手から、返事はない。
「もしもし?」
 ぼくはさっきよりボリュームを上げた。                        
 返事なし。
「も・し・も・し!」                                   
 いつの間にかぼくは大声で怒鳴っていた。                       
 電話の相手が大きく息を吸うのが聞こえた。
「――何回も言わんといて! 電波が悪いだけやっ。そんなに怒鳴る人、他に見たことないわ!」
 ぼくの耳元でバリバリの大阪弁(京都かも。う〜ん……)が怒鳴る。
「……え?」
 こいつ、誰?
 っていうか、ぜんぜん電波悪くないし。あっ、電話番号間違えたとか。
「うちに何回も言わせるな言うてるだけやろ! なにが「え?」なのかぜんぜん分からんわ」
 電話口で大きなため息が聞こえた。
 ずいぶん失礼なやつだ。
「千晴さん、いますか?」
 電話番号は間違えてないはずだけどな……。
 正直、さっさときりたい。いつまでこんな意味不明の人と話さなきゃいけないのか……。
 思わずため息が出る。
「何や、ため息なんかついて。失礼なやつ」
 お互い様だろーが!
 ぼくは極力気持ちを抑えて繰り返した。
「千晴さんいますか?」
「うん? 千晴に用? 千晴ー! かっこいい彼氏さんから電話ですよぉ!」
 ……彼氏?
 違うだろうと思いながらも、思わず顔が赤くなる。
『わたし、彼氏なんていないよ』
『じゃあ、千晴の友達? あんなうるさいのが友達なんか……。どんな友達持ってんのや』
 電話のそばで、言い合っている声がする。どうでもいいから、早く電話に出てほしい。
『誰かなんて電話にでりゃ分かる。はよう、出な』
 正論だ。                                      
 一方で、そんな言い方はないだろうとも思う。
『でも、もし不審者だったりしたら――』
『ありえんわ!』
 ありえなくはないけどね。
『ともかくでないことにはどうにもならんやろっ』
『分かった分かった、分かりましたよ……』
「もしもし」
 その言葉がぼくに向けられたものだと分かるのに数秒かかった。
「あ、もしもし」
 あわててぼくが答えると、千晴は驚いた声を出した。
「――桂人君!」
そこまで驚く相手ですか……。
「あっ、うん……。今、平気?」
「平気だよ」                                     
 ぼくはホッと息をつく。
 一回、深く深く、深呼吸をする。                           
「あのさ、話したいことはクリスマスの――」                      
 ぼくがそこまで言いかけたとき、電話の向こうであの大阪弁(京都だっけ?)が怒鳴っている声が聞こえた。
『ウチも電話したいからその電話、早く切ってくれへん?』
 ぼくは、千晴がうるさそうな顔をしただろうということはかけてもいい。
『うるさいっ。電話なんて遅くなったっていいでしょう』
 ほんとだよ。
 千晴の肩を持つぼく。
『何言うてんの。電話って言うもんはな、相手のところにわざわざ行かんでも言いように、速め速めに連絡が取れるように作られてんのや。それを遅くなってもいい? 電話を作ったエジソンを何だと思ってんのやっ』
 ……また始まった……。
『適当なこと言わないでっ。電話がどんなものか、誰が作ったかなんて調べたこともないくせに!』
『調べなくても分かるもんやっ。電化製品なんてみーんなエジソンが作ったもんや!』
 それは違うような……。
『何を言ってるの? じゃあ、冷蔵庫やパソコンもみんなエジソンが作ったって言いたいわけ? 案外何にも考えてなかったのね――』
『そんな例外のことウチが言うわけあらへんわっ』
 冷蔵庫やパソコンが例外……。
『例外のほうがずっと多いじゃない! 例外って言うのは例から外れたものなのっ』
 千晴がそう言うのをきいたとたんブチッと電話が切れた(というか、通話が出来なくなった)。
 …………。
 ぼくは何のために電話したんだ……。


「元気出せよ」
「うん……」
 あの電話の後、ぼくは激しく落ち込んでいた。
 なぐさめてくれているのは龍広だ。
「恋には壁もあるさ。大丈夫、大丈夫」
 今日の龍広は、いつになく優しい。
「電話かけてみなよ」
「…………」
「なっ」
 ぼくは、龍広の声に背中を押され、受話器に手をかける。
「……やっぱりやめた」
だってこの前、電話はきれたんだよ。無理強いはよくないよ、きっと。
「まったく、お前は……」
 龍広はぼくの家の電話の受話器を持ち、電話に貼り付けてあるメモを見ながら、ピコピコとボタンを押した。
 そして、受話器をぼくに握らせると、龍広は三歩後ろにさがって持参していたマンガを読み始めた。
 プルルルル、プルルルル……。
 ガチャンと言う、相手が受話器をあげた音がぼくの頭に鳴り響く。
「…………」
 またあの大阪弁(京都? どっちでもいいっ)少女が出るならうんざりだ。
「……あの、どちら様でいらっしゃいますか?」
 落ち着いた声が、聞こえた。――千晴だ!
 千晴の声だと分かったとたん、ぼくは目の前が明るくなったのを感じた。イメージとしては、今までは、ろうそくの明かりだったのが、いきなりカメラのシャッターきられまくりのスターになった気分。
「ぼく、桂人です」
 電話口の向こうで、良かったー、という声がした。                   
「良かった、桂人君だね。わたし、この前のとき、勢いのあまり電話切っちゃって。でも、もう一回電話しようにも、電話番号が分からないし」
 あっ、そうか。電話番号が分からなかったのか。
 ぼくはてっきり、電話する気なんてなかったのかと。
「それで、桂人君はこの前なんていったの?」
 あっと、その前に……。
「ちょっといい? 先に聞きたいことがあるんだけど」
「いいよー」
 ぜんぜん気にしてない千晴の口調。
「この前の女の子、誰?」
「この前の女の子?」
「うん、電話に最初に出た――」
 ああ、と千晴が言ったのがこっちまで聞こえた。
「わたしの従姉妹。中一で東京に住んでいるんだけど、大阪弁使うのが趣味みたい。もとの性格も結構言うタイプだから、結構桂人君にも言ったでしょ。ごめんね」
 いや、千晴が謝ることじゃないよ。
 なんて、なんとなく言えなくて、
「そっかー」
とだけ言った。
「まあ、わたしの従姉妹のことは置いといて。えっと確かクリスマスがどうとか、こうとか……」
 ああ、そのためにぼくは電話したんだっけ。
 ぼくは気持ちを落ちつかせようと、電話に貼ってある、いのししの絵を見た。
 まずい、余計緊張してきた……。
「あの……、クリスマスにどこか行かないって」
「ああ、そういうこと! 楽しそうーっ」
 これって、喜んでもらえているのかな……。                      
「ええーと、メンバーは……。まず、わたしに美輪に……あっ、理恵ちゃんも」       
「理恵ちゃん?」                                   
「山里理恵ちゃんだよ。桂人君、一緒のクラスでしょ?」                 
 あ、そうだっけ……。
「桂人君は龍広君も誘えば?」
 ……二人がいい。
 なんていえるはずもなく……(千晴の口調で純粋に楽しそうなのが分かったし)。
「うん、龍広も誘っておくよ」
とだけ言っておいた。
「お願いね! メンバーは五人。例の従姉妹がいると少し騒がしくなるけど、平気?」
 例の従姉妹って、例の従姉妹?
「例の従姉妹は、例の従姉妹だよ。大阪弁使う。あの従姉妹」
 アイツもくるの? やだっ。
 なんて、絶対いえるわけもなく……。
「ぜ〜んぜん平気だよっ。うん、大丈夫、大丈夫!」
と言うしかなかった……。
「うん、じゃあ、場所決めたら電話するね。桂人君の家の、電話番号を教えてくださーい」
「ぼくの家の、電話番号は、○○○―□□□―△△△△です」
 こんなに人に電話番号を教えるときにどきどきしたのは初めてだ。
「うん、ありがとう。じゃーねー」
 ガチャンと音がして、通話不能になった。
 ぼくはつめていた息を吐き出した。
 気付かなかったけれど、ずいぶん緊張していたみたいだ。
「良かったじゃん」
 後ろに龍広が立っていた。それを見て、ぼくは龍広も一緒に行くことになったと話すことを思い出した。
「――そうか」
 ぼくの話――メンバーが五人で、千晴とぼくの他に、大阪弁少女と、山里もくる――を龍広は聞くと、急に顔が真剣になった。
 どうしたんだろうとぼくが思っていると、龍広は声をひそめて、ぼくの耳にささやいた。  
「ここだけのはなしだけどな――」                           
 龍広がこんなに真剣になるのは、珍しい。宇宙服を着ないで、地球に帰ってくる確率と同じぐらいだ。
「おれさ、本当は、実は……」
 このように言葉につまる龍広も、これまた珍しい。飛行機からジャングルに落ちて、熊に襲われても、生きて帰ってくるぐらいの確率と同じだ。
「ヤマ……」
 ヤマ?
「サ……」
 ヤマサ? そういえば、そんな名前の犬が近所にいたな……。
「ヤマサトノコトガスキナンダッ」
 は? 何語?
 ヤマサ――近所の犬。
 トノ――お殿様。
 コト――事
 ガス――ガス。
 うーん、キナンダが分からない。
 キナンダ……、キナン……、キナン……。
 コナン!
そうか、キじゃなくて、コかっ。
で、改めてつなげてみると……。
『近所の犬はお殿様だって事、ガスのコナンだ』
 ガスのコナン?
 あっ、新キャラか。知らなかったな……。
「バカッ」
 龍広がぼくの頭をたたく。ぽかんと言う音がして、ぼくは脳細胞が減ったなあと、ぼんやり悟った。
「ヤマサじゃなくて、山里っ」                             
 え? あっ、そうか。                                
『山里のことガスコナンだ』
 …………?
 ガスコナンが新キャラだから……。
 山里がガスコナン! へー、いつの間にテレビ出演を――。
「山里の事が、で、句読点っ」
 ……また勘違いだったか……。
『山里の事が、スコナンだ』
 スコナン……、スコナン……。
 酢コナンっ。
 また新キャラか……。
「バカかっ」
 また龍広がぼくの頭をポカリ。ぼくは今回も、脳細胞が減ったなあと思っていた。
「スコナンじゃなくて、スキナンだ!」
『山里の事が、スキなんだ!』
 スキ、すき、好き……。
「え――!」
 ぼくは大声を上げた。


「しっ、大声を出すな」
 そんなことを言われても……。
「だ、だってさ、た、龍広が、や、や、山里のことを好きなんてさ、意外って言うか、おかしいって言うか……」
 龍広は、少々むっとした顔をした。
「悪いかよ。おれにも好きな人ぐらいいるんだよ」
 まあ、そうだけどね……。
「それで、おれのデータによると――」
 お前にデータなんてないだろ。
 そんなことを言うと、また龍広に脅されるので、言わないでおいた。
「お前は、本条ってやつが好き。おれが山里のことを好き。本条の好きなやつは不明。で、ここが大切なところだ!」
 龍広は、バンと黒板をたたく真似をする。
「山里の好きなやつは、お前だ」
「え? ぼく?」
 まったく思いのよらない龍広の言葉に、情けないことだが、ぼくは拍子抜けして、すっとんきょうな声を出してしまった。
 龍広はぼくの部屋からチラシの紙を持ってくると(ぼくの家は、紙がもったいないと言って、チラシの裏しか使わせてもらえない。)その紙に、「おれ」、「桂人」、「山里」、「本条」と書いた。
 そして、「おれ」から、「山里」に矢印を書き、その矢印の上に、ハートマークを書いた。
 これと同じことを、「桂人」から、「本条」。「山里」から、「桂人」にもした。
「となると、だ。このサークルを見たまえ。本条から、おれに線を引けば問題は解決すると思わないか?」
 思わないっ。そういう単純思考だから、数学のテストで三十点を――。
「悔しいからってそんなことは言うなよ」                        
 さっきまでの真剣モードはどこへやら、龍広は自分の「サークル説」をこぶしをふるって力説している。
 ぼくは、龍広に巻き込まれないように、そっと、ぼくの家を出た。
           

 っていってもなあ……。行く場所ないし。
 う〜ん、どうしよう。
 いつの間にか、もみじが揺れていた通学路は、すっかり冬一色になっていた。
 風が冷たく、ぼくの頬をなでていく。
 こんなところじゃ、もうリコーダーなんてふけないよな……。
 急に、千晴のことを思い出して、寂しくなった。
 はあ……。
 …………。                                     
「ん?」
 今、足音が聞こえた感じが……。                           
 ぼくは、自分に落ち着け落ち着けと念じる。                      
 ――聞こえる。
 軽快なリズムで、誰かが走っている。
 ……千晴だったりして。
 ぼくは奇跡を待つ。
「あっ、桂人」
 奇跡は――。
 おこらなかった。
 通学路の角の向こうから、顔を出したのは竜太だった。
「どうしたんだ? 泣きそうな顔して」
 そんな顔していないよ、きっと。
 ぼくは、話を紛らわせるために、千晴と言う女の子のことから、クリスマスにどこかに行くことになたかとを、全て話した。
 話を進めるうちに、ぼくは千晴ショックから立ち直り、竜太は目がキラキラしてきた。
「おれも行くっ」
 え?
「ダメか?」
 別にいいけど。大体さ、ダメとかきかれると、どうしても、いいよってことになるんだ。
 竜太は、ぼくのその返事を聞いてから、三十秒その場で小躍りしていたが、やがてスッと真面目
な顔になると、
「おれ、陸上の練習の途中だった。じゃあ、後で連絡くれよな」
「え……」
 行ってしまった……。 
 上着も着ないで外に出てきたから、ぼくはすっかり寒くなっていた(竜太との話のせいもかなり
あったけど)
 家には、龍広。外には冷気。                             
 帰るしかないか……。
 それにしても、龍広が、山里のことをすきなんて、驚きだ。               
 いつも、ヘラへラニヤニヤしている龍広が真剣になってたからなあ……。         
 こういうことが分からないぼくって、鈍感なのかな?
 龍広は、山里がぼくのことを好きだとか、千晴が龍広のことを好きだとか、意味不明なことを、
堂々としゃべっていた。
 そんな龍広に言いたい一言。
『よく考えろ!』
 サークル説だって、何で登場人物が四人しかいないんだよ。世界中には、たくさんの、それはた
くさんの人々がいるんだよっ。
 と、ぼくが頭の中で、龍広を責めている間に、ぼくの家の玄関についた。
 ……???
 ドアを開けた後の、その光景に、ぼくは愕然とした。
 下駄箱の靴は全部床に散らばっており、玄関先の傘は傘置きごと倒れている。さらには、電話も
ひっくり返され、お母さんお気に入りの戸棚も中身が全部出ていた。
 これが、玄関の様子だ。いっておくが、「玄関だけ」の様子である。
 想像力豊かな読者さんなら、ぼくの家の様子がどのようになっているかは、お分かりになるだろ
う。
 そして、ぼくがため息をついて、片づけをはじめたことも。
       

 龍広はいつもそうだ。自分の家のように、人の家で勝手にして、片付けもせず、勝手に帰ってい
く。まったく、どこからそんないたずらが出てくるんだか。それも、悪質の中の悪質ないたずらだ。いたずら大会があったら、龍広は、間違いなく優勝できると思う。チップを百枚かけてもいいね。
 まあ、龍広のところもトレードマークといえば、そうなんだけどね。今日は、山里が好きなんて
いう、かわいい一面も見られたことだし。
 なんてことを考えたのは、家中全部を片付けてからだった。
 とにかく、大変だった。                               
 まず、玄関。
 下駄箱の靴をかかとをそろえて、入れなおし、傘を傘入れに入れ、電話を元の場所に戻し、戸棚に全部のものを入れた。                              
 次は、ぼくの部屋。
 ぼくの部屋は、さほど汚れてはいなかった。
 机に鉛筆を丁寧に入れ、クローゼットに洋服を入れ終わったら、とても綺麗になった。
 一番ひどかったのは、キッチンだ。
 床に水と、ラー油とタバスコとしょうゆが散らばっていて、鍋が流しにひっくり返されていて、
さらにさらに、冷蔵庫の野菜が床に点々と投げ捨ててあり、その上、皿が五枚ほど破片となって、
床に捨てられていた。
 ……さて、どれから片付けるかな……。
 床は水、ラー油、タバスコ、しょうゆ、野菜、皿の破片……。
 ぼくは、床の状態を見て、流しの鍋から片付けることにした。
 皿の破片を踏み潰さないように気をつけながら、流しに近づいた。
 そして、鍋を軽く水で洗い、元の場所に戻した。
 次は……。
 野菜がよさそうだ。大きさが大きいほうがいい。
 まず、キャベツを冷蔵庫へ……。
 うわっ、タバスコ&ラー油の刺激臭が! ひええ……。母さんが怒ること、間違いなし。
 そのほか、ジャガイモ、にんじん、ミニトマトにもタバスコ&ラー油の刺激臭がくっついていた。
もちろん、ごしごし洗ったけど。
 最後は大きな皿の破片を集めて――。
 痛っ。皿の破片が人差し指の先に……。
 ぼくはあわてて、流しで血を流す。幸いなことに傷はそこまで深くはなかった。
 ぼくは、キッチンのしたの引き出しから、新品のゴム手袋を二十枚出した。
 まあ、これぐらいならばれないだろう。
 右手に十枚、同じく左手にも十枚かぶせ、その上に、軍手をはめた。
 これで安心!                                    
 皿の大きな破片をかき集めて、丁寧にビニール袋に入れ、その上にまたビニール袋をかぶせらに、ビニール袋を……。                               
 と、この作業を十回繰り返してから、ばれないようにゴミ袋の奥底に入れた。(良い子は真似しないでねー!)
 これでばれない……だろう。
 最後はモップ。
 ぼくは家の裏の掃除用具入れから、古いモップを持ってきて、皿の細かい破片と、水、ラー油、タバスコしょうゆをふき取った。
 よーし、終了!
 野菜と床に、臭いがついているのと、皿が少し減っているのに、母さんが気付かなければいいけど……。
 まあ、仕方ない。……かな?
 もともと龍広がいけないんじゃないか?
 勝手に家を散らかしたのは龍広だ。もちろん、片付けをするべきなのも、龍広だ。その上さらに、
野菜や床に匂いがついたこと、皿が減ったことを謝るのも龍広だ。間違ってもぼくではない。
 それなのに、今、ぼくは片付けをやらされ、謝るのもぼくという設定になりかけている。
 ひどい!
 よし、今から龍広の家に――。
「ふー、重い重い」
 え? 母さん帰ってきてたの?
「あっ、桂人。お母さん、今帰ってきたんだけどね。今日、料理を手伝ってくれない?」
 は? 料理?
「な、何で?」
 母さんは、実はねと言って、深刻な顔になった。
「今夜、お母さんの昔の友達が家に来るのよ。お子さん二人も。二歳の子と、十三歳の子で、その
お父さんがなんと!」
 母さんの顔がますます深刻化した。
 つられてぼくも、ドキドキする。それに、長女が十三歳ってことはぼくと同い年じゃないか。
「国会議員なのよ!」
 え? へ、へえ……。                               
 なんとなくパッとしないぼくの顔を見て、母さんは早口に言った。           
「国会議員よ! 日本の運命にかかわる人なのよ! そんな人がうちに来るの。それで、そんなえ
らい方が我が家にきて、何だこの家は、とか言ったらどうなると思う?」
 別に、どうにもならないと思うけど……。
「我が家の運命が変わるかもしれない危機なのよ! さあ、桂人も手伝わないと」
 ……母さんは過激だ。
 あ、やば。きっと母さんのことだから、きれいにするとか言って、キッチンの床も磨くから、そ
のときに床の臭いに気付くかも……。
 あっ、野菜もいつもより念入りにチェックをするかもしれない。そのときに、臭いが……。
 ああっ。皿も人がたくさん来るから、たくさん使う。そのときに足りないなんてことになったら
……。
 ……母さんの雷は、もちろんぼくに落ちる……。
 ああ――!
「あら、桂人、どうしたの? そんな顔して」
 うん? なんでもないよ、母さん。
 そうだ、そんな不幸な結果にならない可能性も十分にあるじゃないか。
 人間プラスに考えたほうが、長生きできるぞ。
 いけっ、桂人! その調子だ!
「桂人、じゃあ、まず、冷蔵庫の野菜を全部、段ボール箱につめて」
 母さんが、どこから持ってきたのか、段ボール箱を手にして、ぼくを見ていた。
 どうして? あ、もしかして、野菜が傷んでいないかって、徹底的に調べるから? 段ボール箱は二つあるし。ひとつに、まだチェックしていない野菜を入れて、もうひとつにチェックしおわった野菜を入れるとか。やばい……。母さんの雷が……。
「家においてあるお野菜だと、古いものがあるかもしれないでしょう? だから、使うもの全部今日、スーパーで買ってきたの」
 その国会議員さんのためにそこまでするのか……。もしかして惚れちゃった?(浮気じゃんとツッコミを入れる)。
「とにかく、家のものは全てダンボール! つべこべ言わずに働く!」           
 はい……。まあ、チェックがなくなったのは良かった。                 
 本当にビビッたもんな……。
 ぼくが黙々と段ボール箱に、野菜をつめていると、母さんはヨイショと立ち上がり、モップを持ってきた。
 そして、モップを見つめていた母さんから一言。
「どうしてぬれているの?」
 あ〜。どうして気付くんだ!
「桂人、何かに使ったの?」
 母さんの目が厳しい。
 ぼくは必死に平静を装って答えた。
「実は、急に掃除がしたくなってさ。玄関をちょっとね」
 母さんの顔が、思い出したように、パッと輝いた。
「そういえば、玄関がきれいになっていたわね。えらいわ桂人」
 へへへ、それほどでも……。
 ぼくは照れ笑いをする。
 でも、よかった。あの時、なんとなく、玄関にもモップをかけたんだ。ああ、何という運のよさ。そして、何というタイミングのよさ!
 母さんはルンルンとモップを動かして、床を掃除している。
 ぼくもやるぞっ。
 十分後。
 ぼくは、段ボール箱に全ての野菜をつめ終わり、母さんも床を磨き終わった。床はピカピカだ。
 まだ、タバスコの臭いが少しするけど……。母さんは、気にしていないようだ。
 良かった、良かった。
「さあ、桂人」
 母さんがぼくに声をかける。その目は今にも踊り出しそうなぐらい楽しげだ。
「桂人は、冷蔵庫に、新しく今日スーパーで買ってきた、お野菜をつめて。お母さんは材料を 5切るから」
 はーい。                                      
 ぼくは早速、トマトや、卵などを冷蔵庫につめ始める。その手を止めないで、ぼくは母さん 
に聞いた。
「なにをつくるの?」
 新しく買った材料――スーパーのビニール袋には、トマト、卵、きゅうり、サイドイッチ用パン、ジャガイモ、チキンなどなど多種多様な食べ物が入っている。
「今日は十二月の二十三日だから、もうすぐクリスマスでしょう? だから、クリスマスメニューで、サンドイッチに、チキンに、ポテトサラダに、ケーキがいいなあと思っているの」
 ケーキ? 作るの?
「ううん。今日は時間がないから、近くのケーキ屋さんに行って、桂人に買ってきてもらうわ」
 げげっ、ぼく?
 ちょうど、そのとき、ぼくは冷蔵庫に野菜を入れる作業が終わった。
「じゃあ、桂人。お願いねー!」
「…………」
 ……ぼくの運は、ちっともよくなんてなかった。


 重い……。
 ケーキ屋からの帰り道。ぼくは、ケーキを七個持って歩いている。
 ショートケーキ三つにモンブラン二つ。チーズケーキが一つに、チョコケーキが一つ。
 はあ……。
 北風が容赦なく、びゅうびゅうと、ぼくの耳、ほほ、手、足に当たる。
 寒い。こんな寒い日の夜に、中学一年生の息子をケーキ屋などにいかせる親の顔は、さぞ、珍しいことだろう。
 やっと家が見えてきた。
 ぼくの部屋の電気がついている。――消し忘れだろうか?
 ガチャガチャと音を立てて、ドアを開けると、母さんがぼくの部屋の中で、ブツブツと何か言いながら立っていた。



「どしたの?」
 ぼくが聞くと、母さんは困った顔になり、ぼくの部屋の本棚を指さした。きちんと整頓されていたのに、今は、床に教科書や小説や、ノートや――。
「レシピがどこかにいっちゃったから、探そうと思って」
 ふうん。で、どうしてぼくの部屋?
「女のカン」
 はあ〜! どこをどう考えたら、ぼくの部屋にレシピ本があることになるんだ!
 大体そのレシピ本は、いつに買ったの?
「おととい」
 え? じゃあ、そのおとといから、母さんはぼくの部屋に入ったの?
「入ってない」
 は? じゃあ、あるわけないじゃんっ。
「いや、あるのよ」                                 
 母さんは、真剣な表情で考えている。
「わたしのカンが告げているのよ。ここの部屋って」                   
 ……呆然。                                     
 もう無理だ。母さんはすっかり、百発百中の占い師のつもりになっている。
 ぼくは、ケーキを冷蔵庫に入れるために、キッチンに行った。
 そして、冷蔵庫を開けて、ケーキの箱を入れる。そして、机をふと振り返ると、赤と黄色の表紙
が――。
 まさか――。
「桂人―っ。あんたどこやったの?」
 持っていってなんかいないよ。それより、もしかして、これ――。
「桂人が持っていかなきゃ、この部屋にあるわけないじゃなーい」
 ぼくの部屋じゃないって。
 やっぱり、これ、だよね?
「桂人、正直に――」
「母さん!」
 これだよ、きっと。っていうか、絶対。
 だって、表紙に、「初心者でも簡単! きれいなクリスマス料理」ってかいてあるし。
 母さんがいらいらした様子で、キッチンに来た。
「そんなんじゃないわよ。もっとこう――」
 そこまで言うと、母さんは目を見開いた。
 やっぱり、これだったんだねぇ。
「マーガリン!」
 へ?
「サンドイッチにぬるの。すっかり忘れてたっ。急がないと、桂人!」
 ……もしかして、ぼくが行くの?
「当たり前でしょ」
 ええー!
「その間に、母さん、全部用意しとかなきゃ。ああ、忙しい忙しい」            
 母さんは、キッチンの角に消えてしまった。
 はあ……。行くしかないね……。                            
 ぼくは大きくため息をついた。仕方なく、家を出て、道を左に曲がり、走り出す。     
 道を右に曲がると千晴の家の方向なんだけど、今はもちろんそんな余裕はない。
 ぼくは、スーパーの自動ドアが開いたわずかな隙間に滑り込み、マーガリンを商品棚から取り、その勢いのまま、レジに並んだ。
「三百五十円でございます」
 実習生と書いてある名札をつけた店員さんの声で、ぼくはポケットに手を入れる。そして、財布
を――。
 あれ? ない。
 ぼくは、店に入るときまでを頭の中で再生。
 母さんに頼まれてどうせ行くなら早めがいいなと思って、家を飛び出して……。
 あ。持ってきてないんだ。
「お客様、どうしました?」
 いえ、どうしましたと聞かれても……。
「すみません! 財布を家に置いてきてしまいました」
 ぼくが言うと、店員さんは顔色も変えずに、そうですかと言い、マーガリンを商品棚に戻しにい
った。後ろに並んでいるお母様たちの視線が痛い……。
 ぼくもはやく帰らなきゃ。
 なかばお母様方の視線から逃げるように、ぼくは全速力で家まで走り、
「母さん、財布!」
と言って、母さんから、財布とマイバッグをもらい、またまた全速力で店に飛び込んだ。
 商品棚からマーガリンを取り、レジにダッシュ。
「三百五十円です」
 ぼくはポケットに手を入れ今度こそ財布を出し、三百五十円ピッタリを出す。
 そして、店員さんの手が下に伸びたのを見て、ぼくはあわてて言った。
「袋いりませんっ」
 店員さんはありがとうございますといって、マーガリンの箱にテープを張って、レシートをくれた。
 よーし! 後は家に帰るだけ。                            
 ふう……。                                     
 真っ暗な街を見ていたら、なんだかぼくは走りたくなってきた。
 よーい、ドンッ。
 ぼくは、自分で自分に掛け声をかけて、アスファルトの道を走った。真っ暗になった夜空に、星
がいくつもちかちかと輝いている。
 走って暖かくなった体を風がすうーとぬけていく。
 結構気持ちがいいもんだ。
 こんな風に、夜に走るのは久しぶり。
 風がぼくを追い越していく。
 これなら、毎日やってもいいな……。運動不足解消になるし。


 家に着くと、香ばしい香りが、ぼくの鼻をくすぐった。
 案外、すごいもの作ってたりとかして……。
 ぼくは、キッチンへと急ぐ。
「母さん、マーガリン買ってきた――えっ?」
 ぼくは、テーブルの上の料理に、目を見張った。
「母さん……。もしかして、これ、母さんが作ったの?」
 母さんは、鼻歌を歌いながら、ぼくが買ってきたマーガリンをパンに塗っている。
「もちろん」
 ええーっ。母さんが!
Q そんなにヤバイ料理だったか?
A その反対。異常っていえるぐらい上手に仕上がってる。
「わたしだって本気出せば、これぐらいちょちょいのちょいよ」
 そこへ――。                                    
 ガチャガチャと鍵のあく音がして、
「ただいまー」                                    
と、父さんの声。                                   
「ん? 今日はいいにおいがするな?」
 父さんが鼻を犬みたいにくんくんさせてる。
 ぼくは、父さんのところに言って、少し興奮気味に、母さんの料理を見せた。
「これ全部、母さんが作ったんだよ」
 人のことだけど、ぼくも少し誇らしくなる。
 父さんは、母さんの料理を見ると、急に懐かしそうな目になった。
「これ、新婚時代、母さんがよく作ってくれたなあ」
 え、そうなの?
 気のせいか、母さんのほほが、ほんのりピンク色になっている。
 父さんは、懐かしい目のまま、つぶやいた。
「それが今は……。ああ、昔に戻りたい」
 え? やばっ……。
 ほんのり桜色に染まっていた母さんのほほは、怒りで真っ赤になった。



「何ですってっ。今が嫌なら出て行きなさい!」
 母さんの突然の激怒に、父さん呆然。
「……あ、いや、悪かった。つい、口が……」
「つい、口がすべって、本当のことをいったって言うの? もういいわ!」
「いや、そうじゃなくて……」
「うるさい、うるさい!」
 ぼくは、母さんに八つ当たりされないよう、自分の部屋に戻り、宿題をはじめた。



 ぼくは、今、自分の家のテーブルに座り、たくさんのご馳走を前にしている。ぼくの右隣は、母
さん。その隣は国会議員の奥さん、国会議員さん、うちの父さん、似歳の子、十三歳の子と並
んで、その隣がぼくだ。
 つまり、みんなでまるくなっているってこと。
 みんなシーンとしてる。なんか、あんまりよろしくない雰囲気……。
「早く食べよっ。そんなにみんな押し黙ってたら、ご馳走もかわいそうよ」
 国会議員の奥さんが、雰囲気を盛り上げようとして、言った。その声に、ぼくの隣の十三歳の女
の子が、大阪弁で、
「ほんまや」
と言った。
「ほな、いただきまーす」
 大阪弁十三歳の女の子は、最初に、サンドイッチを手に取り、食べ始める。
 それに続くように、二歳の子が、ポテトサラダをスプーンで器用に食べ、ぼくがチキンに手を伸ばし……。
 全員が食べ始めた。さっきまでの緊張モードは、どこかにいって、みんな一気に、わいわいがやがやとおしゃべりを始めた。
「このポテトサラダ、おいしいな。ジャガイモが柔らかい。私の好きな味だ」
 国会議員さんの言葉に、母さんの顔が、ぽっと赤くなる。
「誰が作ったんだい?」
 ますます赤くなった母さんの代わりに、ぼくが、
「母さんです」
と、一言だけ言った。
「へえ、上手だね」
 もっと赤くなる母さん。
 ぼくはふと、考える。                                
 果物だったら、もう、熟しすぎて売れないな……。
「まあ、ミサはもともと料理上手だったからね。学校の調理実習も成績一番だったし」    
へえ、初耳……。そんなに作れるなら、いつもそうやって作ればいいのに。        
「大変なのよっ」                                  
 なっとくしました。
 ふいに、隣の十三歳の女の子が、話しかけてきた。
「桂人君やろ?」
 ……やっぱり。
 ぼくは自分の聴覚と、記憶のよさに、感謝する。この声は、あの時の、電話の声だ。
 ――そう、現在、ぼくの隣に座っている女の子は、千晴にかけた電話に最初に出た、大阪弁少女だった。
   

「えらいことになったなあ……」
 ホントだよ。
 現在、大阪弁少女――名前は美輪だっけ?――は、ぼくの部屋のベッドに、どすんと座っている。
 これは、母さんの命令だ。
 部屋が少ないから、母さんと父さんが同じ部屋。国会議員さんとその奥さんは一緒。二歳の子は奥さんと一緒にいないとないてしまうので、この部屋は三人。
 で、余った部屋がもうないので、ぼくの部屋になった、と言うことだ。
 ……まったくだ。
 本当は、もっと部屋があるんだけど(一軒家だからね)、物置になっていたり、ほこりっぽかったりして、ほとんどの部屋が使えなかったんだ。
 はぁぁ……。
「何ため息ついとんの。ああ、はいはい、どうせウチは余りもんや」            
 口調はおちゃらけていたけれど、美輪の表情は、本当にさみしげだった。         
 へえ、こんな顔するんだ……。
 ぼくが、そう思って、何にもいえなくなったとき、ちょうど電話がなった。        
「はい、西島です」                                  
「あ、わたし……千晴です」                              
 え? あ、そっか。電話くれるって言ってたっけ。
「あのね、明日のことなんだけど、みんなで一緒にご飯食べて、その後、ディズニーランドとか行くのは、どうかなあ?」
 おお、いいじゃん! さすが千晴!
「詳しい日程、ファックスで送るから、じゃ、バイバイ」
 あ、そうそう、念のため、龍広たちにも聞いておくよ。
 ぼくがそういう前に、電話はきれてしまっていた。
「ねえ、どうして千晴のこと好きになったん?」
「え?」
 急に、背後から美輪が話しかけてきたので、ぼくは飛び上がった。
「そんなにびっくりしなくても言いやんか、やまんばが来たわけでもあるまいし。で、どうして?」
「ど、どうしてって……。って言うか、何で分かるの?」
 美輪がにやりと笑った。その顔が、龍広にかなり似てる……(こいつも同類か?)。
「千晴と電話してるときの笑顔! ホント死にかけてたら、救世主が来て救われたー、てな顔やったもん。分からんはずないやろ」
 すごい表現の仕方……。
「で、どうして?」
 三回目!
「勘……かな」
 美輪は、顔をしかめて見せた。
「もっと、理由があるやろ。可愛いとか、優しいとか、美系だとか」
 理由……。
「ない……と思うよ」                                 
 美輪は、腕を組み、う〜んとうなった。                        
「つまり……」                                    
 ? なんか、急に、真剣モードに突入しちゃってるし。                  
「一目ぼれってことやな」                               
 え? あ、そうですか……。                            
「そういう美輪さんは、誰が好きなの?」
 ぼくが聞くと美輪はあきれた顔で、ぼくを見た。
 思いっきり、バカにしてるな……。
「ウチに好きな人なんて、おると思う?」
 え? 一応……。
「いるわけなーい」
 あ、そ。
 っていうか、その言い方何?
 ふいに、美輪が顔をあげてぼくを見た。
「電話は?」
 あ〜。そうだった。
 まず龍広。
 事情を話すと、
「おう! 最高!」
といって、一方的にきられた。
 次は山里。
 同じように、事情を話すと、
「いいね。やったぁ」
と、また一方的にきられた。
 最後は竜太。
「うひゃぁー。了解了解!」
の一言の後、ガチャンと言う音。
 よし! これでみんなOKだね!
 さて、今日は寝るとするか……。                            
 ぼくは、麗花を無視して、布団にもぐりこんだ(アイツには、ソファの上で寝てもらおう)。


「あ――!」
 ぼくはおきるなり大声を上げた。
 朝の光が、ぼくの布団の上に落ちている。
「なんやねん! 朝っぱらから!」
 鏡を見てヘアスタイルを整えていた麗花が、迷惑そうな声で怒鳴った。
「だって昨日――」
 お風呂に入らなかったんだ! この十二年三ヶ月の間、(記憶の限りでは)そんなこと一度もなかったのにっ。
 そのとき、電話がなった。
 なんだよ、もうっ。
「もしもし。西島です」
「あ、桂人君」
「え?」
「あ、千晴でーす」
 え? あ、はい。
 ぼくは、驚きで一瞬思考停止状態になった。
「明日――二十五日ね、ムリ」
 は?
「麗花じゃないほうの従姉妹の家に行くことに急きょなっちゃって」
 え――!
「ホント、ごめん」
「いや、謝らなくてもいいけど……」
「ごめんね」                                     
 ガチャリと電話がきれる音。                             
 うっそー……。
その後の、ツーツーという音を、ぼくはいつまでも聞いていた……。          
                                         

「えっ。だめだった? 桂人の都合で? あ、本条のほうか。桂人、大丈夫だよ。チャンスはまたくるさ」
「ええー。千晴ったら、土壇場でキャンセルするんだから。まったく……」
「は? 何で? えぇぇーっ。おれ、大阪弁少女に会いたかったのに」
 中止になったことをみんなに知らせると、みんな残念がっていた。
 千晴抜きでいったら? と言う意見もあったが、美輪が、それじゃ嫌だと強情に言い張るので、結局、中止になった。
 まあ、次があるよね。うん!
 美輪は、国会議員さんたちと一緒に、またねぇといって帰っていった。
 そうだ、チャンスはまぁだまだある! 気持ちを切り替えて新年を迎えようじゃないか。
 その志とおり、気持ちを切り替えたぼくは、冬休みをとてもとても楽しく過ごした。
 龍広や、竜太たちと遊んだり、西島家VS龍広家でカルタをしたり……。
 もちろん、勉強もがんばった。
 ……成果が上がったかを別にして。
 でも、いい冬休みだった。
     

 ――ある日。冬休みが終わり、学校が始まって三日目のこと。
 あの通学路の、もうすっかり葉のなくなった木の影に、一人の女の子が立って、リコーダーを演奏していた。
 演奏している曲の題名は「もういくつ寝るとお正月」。                  
 って、これって題名なのかな……。                          
 まあ、いい。                                    
 ぼくは、思わずそのメロディーを口ずさんだ。                     
「もう、い〜くつ、ね〜る〜と〜、お正月〜」                      
 お正月は過ぎたけどね(笑)。                            
 木の下の女の子が振り返った。
 きらめくような笑顔で。

《END》

2009/02/11(Wed)16:13:57 公開 / ミミ
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■作者からのメッセージ
 初めて書いたものなので、自分でも、あやしいところがあるな、と思います。なので、どんどん批評してくださって結構です。
 

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。