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『未定』 ... ジャンル:ファンタジー 異世界
作者:ジキル
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あらすじ・作品紹介
貿易の国、ラクラ−ン。さまざまな種族が暮らすこの国で、二人は暮らしていた。混血の子クラドと国の姫リーシェ。クエストを受けて冒険に出て、帰ってきたら武器を作る、そんな生活がクラドは嫌いではなかった。そして、四年に一度の収穫祭。新しい出会いと、因縁との対峙。クラドは、そしてリーシェは、何を思いそして誰を想うのか。
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【プロローグ】
樹齢何万年もありそうな巨木が乱雑する森。つい今しがた完全に日が落ちたばかりで、森の中にはまだちらほらと自分の巣に帰ろうとする小動物の姿が見受けられた。
天までそびえるような木の表面に掘った穴に巣を設けるリスや、木の枝や草を編み合わせてつくったかごに今晩の夕食を運ぶ小鳥。
やがて、だんだんと霧が森を包み始め、夜の闇と静寂が支配する世界が待っていることを知っているからだ。そんな夜は自分の巣でぬくぬくと温まりながら寝るに限る。それを森の小さな住民は知っているからだ。
『ズンッ!』
その木を大地ごと揺らすような轟音が響いた。例えるなら何十トンもある鉄の塊が地面に突撃したような重い衝撃。
『ズンッ!』
さらに大きな音が響いてくる。動物たちは焦り始め、巣を飛び出してなるべく遠くに逃げようとでもしているかのようにいっせいに動き始めた。
鳥も、リスも、サルも、森の強者であるはずの大きなトラでさえも我を忘れて逃げ出していく。
やがてその辺り一体は動くものの気配が無いほどに静まり返った。
『オオオオォォォォ!!』
犬の遠吠えというには遠すぎる、大きな船の霧笛にも負けないほどの吼え声。食物連鎖の頂点に立つ存在、圧倒的な強者。そしてこの森の王。
暗闇に燃えるような赤い玉がふたつ現れる。その目は何かを捜し求めるようにギョロっと動き、またそれは一つ大きな声を上げた。
木が揺れ、大地が沸き、空気が凍る。圧倒的な力を持つ森林の王の声はまだそこらに隠れている逃げ遅れた動物を震え上がらせるのに十分すぎる迫力を持っていた。
「いてっ!」
まだこだまが残る森に、ひとつの声が重なった。豪快に二、三回転げて木にぶつかって止まったそれは人間の形をしている。
「いってぇ……だれだこんなとこに木の根っこ埋めた奴は!」
壮大な大自然に真っ向から理不尽なイチャモンをつけた男は、ぶつけて痛む頭をさすりながら起き上がる。
肩ぐらいまで伸ばしたブロンドをポケットから出した紐で邪魔臭そうに頭の後ろに縛り、キリッと目の前のモンスターを見上げる。
そして、相手が自分をじっと見つめていることに気がついて固まった。皮のベストを着込んだ質のいい筋肉も、今は鳥肌で埋め尽くされている。
「うわあああん!!」
しばらく見上げるようなモンスターと見つめ合った後、男は泣きながらまた夜の森の闇へと走っていった。
やがて、雲に隠れていた月が顔を出し、そのモンスターの全貌を明らかにする。体長十メートルはゆうに超えていそうな巨体と明らかに人間ごときが立ち向かったら粉々にされてしまいそうな丸太のような腕と鈍く光る鍵爪。極めつけは二枚の大きな翼だった。
今となっては伝説上の生き物でしかないドラゴン。肌の表面を黒光りさせながら羽を羽ばたかせるそのモンスターは、明らかに命を持っていた。
大きな羽を羽ばたかせて天へと飛び立ったドラゴンは、見失った獲物を捜し求めるかのように男の後を追って飛んでいく。
風が収まり、森の動物がきょろきょろしながら茂みや木の陰から顔を出す。それと同時に、濃い霧が森を包み始めていた。
【一章King&Queen】
「全く……加護の力もなしで普通の人間だったら死んでいるところですわ」
淡い光が暗闇を浮き上がらせていた。紫水晶の玉が付いた杖の先端から光が湧き出ているように見える。
「るせーよ、怪我もないしいいだろ。それより、さっさと済ませないと光でさっきのドラゴンが戻ってきちまうよ。ここらはまだ動物も逃げ切れてないし、なるべく戦いは避けたい」
ついさっきまで男はとてつもなくでかいドラゴンと戦っていた。自分に加護の魔法をかけてくれている少女と一緒に。
だが、天性の才能ともいえる方向音痴のおかげでドラゴンをおびき寄せるつもりが迷子になり、ついさっき二人で落ち合ったという有様だ。
「つか、ドラゴン相手にパーティが二人編成ってかなり無理あんだろ。普通のパーティだったら剣士(ソルジャー)と魔法使い(マジシャン)を十人づつくらいは連れてくるとこだぜ?」
「うるさいですわっ! 全く、私の魔法で止めを刺そうってときにドラゴンと一緒に迷子だなんて……それでもKing&Queenのマスターですの?!」
「だからうるせーっての……つか、トドメってなんだトドメって。そうさせないためにおびき寄せたんだって。依頼(クエスト)はドラゴンのひげ百グラムだろ? だったら殺す必要なんてない」
男は、自然と動物を愛していた。生まれ故郷のせいもあるのだろうか、不思議なことに男は動物や木、草や川にいたるまで心を通わせ、同調することができた。そのせいか、ドラゴンも殺さず、森や動物たちにもっとも被害のすくない方法でクエストを達成しようと考えているようだ。
「まあ、私はクラドのそういう考えは嫌いではないですけど。でも、あのドラゴンが人を襲ったりしているのも確かなのですよ?」
月明かりに照らされた蒼い髪の少女は眉をハの字に下げて困った顔で言う。
「それは人間が森の深くまで立ち入りすぎたからだ。お前だって自分の家に土足で立ち入るヤツがいたらたたき出すだろ? リーシェ」
クラドとリーシェ、この二人が住む町では二人のことを知らない人間はいないほどの有名人だった。
クラドは凄腕の武器職人でもあり、神からの贈り物とも言われた才能を持つ槍の使い手でもあった。
リーシェは本名リーシェ・シル・ラクラーン。二人が住む国、ラクラーン国の君主であるラルド・シル・ラクラーンの実の娘である。
この二人はギルドKing&Queenのメンバーであり、クラドはマスターの役職についていた。このギルドに舞い込むクエストは他のギルドで実行不可能と判断されたものが多く、クラス分けされている中でも特にAクラスから上のクエストが大多数を占めている。
そして、このギルドに依頼されたクエストはたとえどんなクエストであっても実行される。ゆえに、ギルドマスターのクラドと国の君主の娘であるリーシェは町で知らないものは無い有名人だった。
「あのドラゴンは人を襲うことはあっても、絶対に傷つけてはいない。そういう点で考えれば、人間のほうがタチ悪いよ」
「まあ、そうですわね。わかりました、クラドは言い出したら絶対に聞きませんものね。仕方ありません、私が固定の魔法でドラゴンの足を止めますから、その間にひげの採取をお願いしますわ」
「おっ! さっすがリーシェ、わかってくれたか」
さっきの暗い顔とはうってかわって明るく輝かんばかりの笑顔を振りまくクラドに、リーシェは少し赤くなってうつむきながらもうなずく。
クラドのためなら、と小さく呟いて。
すぐそこまで、ドラゴンが迫っている気配がする。鈍重でどでかい体をしているくせに、驚くほど移動の物音が少ないやつだ。すでに戦闘準備に入っているクラドは木の陰に隠れながらそんなことを考えていた。戦闘準備といっても切るのはひげ一本で十分だろうから、手に持っているのは少し特殊な魔法をかけたナイフだけだ。しかし、いくらひげ一本といってもドラゴンの皮膚は高級な鎧に使われるほど硬く、ひげもそれだけで武器になるほどに太くて硬い。そのために、魔法で切れ味を格段に上げた特殊なナイフが必要になる。
リーシェの罠が上手くかかってくれれば、あともう少しで固定化の魔法がドラゴンの足にかかるはずだ。クラドはナイフをぐっと握り締め、跳躍の準備に入った。
あと一歩で罠の発動する魔方陣に踏み込む! と思った瞬間にドラゴンは動きを止めた。
気づかれたか? そう思ったクラドは踏み出していた足をまた元に戻して相手の動きを待つ。
ドラゴンはいまだに動く気配を見せない。何かをじっと見ているようだった。
木の陰から顔を少しだけ出して状況を確認する。
不意に、ドラゴンと目が合ってしまった。いや、正確にはドラゴンは自分を見ているわけではなかった。クラドの目線とドラゴンの目線がぶつかるちょうど中間地点、少し張り出した木の枝に小鳥の巣があった。
巣の周りを小さな鳥が二羽、巣を守るように飛び回っていた。時折威嚇するような高くて鋭い鳴き声も聞こえてくる。
よく見れば、巣の中にはまだ生まれて間もない羽も不揃いな小鳥が怯えて震えていた。
「まだ逃げ切ってなかったのか……」
少し焦りを含んだ声でクラドが呟く。
ドラゴンが、大きく胸を膨らませて息を吸い込んだ。
「ブレスが来ますわっ! 逃げてっ、クラドっ!!」
上空から魔法の発動タイミングを計っていたリーシェが叫んでいる。
ブレス、ドラゴンが吐き出す息は摂氏七千度を超える熱風となって相手を襲う。それは硬く強く精錬された刀でさえも一瞬で真っ赤にしてしまうほどの威力を持っていた。
そんな強力な熱風に小鳥が耐えられるはずも無く、クラドさえもいくら丈夫な体とはいえ生きて帰ることはできない。はずだった。
「仕事だ、スティールハート」
クラドが、天高く手を突き上げて呟く。
空気中に漂っていた分子が手の中に集まり始め、強く結びついてやがて槍の形を成していく。
コンマ数秒で形成された大槍は、月明かりに照らされて妖艶ともいえる輝きを放っていた。
ドラゴンが、吸い込んだ息を思いっきり吐き出す。それは熱風というよりも地を舐める蛇のように炎の渦となり、大地を焼き、巨木を一瞬で灰にしながら襲い掛かってきた。
「はあっ!!」
軽く息を吐いて身の丈を超える大槍を軽々と振り回す。
スティールハート、クラドが自分ひとりで造った武器で一番最初の作品。
その武器の属性は風と氷。普通の武器職人では作れないマルチスキル(多重属性)。
一閃、槍の刃先が通った道から風と氷の柱が吹き出され、ブレスと激しく衝突する。
氷が七千度の炎で一瞬にして蒸発し、水蒸気爆発と共にそれを相殺した。
その爆発が収まった頃には、水蒸気がまだ濃く漂っていて、その中にドラゴンと二人の姿は無く、小鳥の家族が安堵のため息をこぼしていた。
穏やかな風が、残った霧と月を隠してしまっていた雲を取り払い、森の住人は静かな眠りについた。
ラクラーン国で一番大きい町、シェル。
貝、と名づけられた町にしては頑丈な城壁も無く、あるのは東西南北にある城門と、そこから続く二十メートルほどの長い桟橋だけだった。
桟橋の下は堀が町をぐるっと一周囲むような造りになっているが、その堀には水がはいっているわけでもなく、もっぱら家畜が逃げ出さないようにするという役割の元に造られたものだった。
貿易の国、ラクラーン。さまざまな種族が集まり、どんな国の品物も手に入る。
ここはいつもさまざまな人間とさまざまな物が集まり、それでいて皆が楽しく暮らす珍しい国だった。
伝説のアイテムを探す商人や、未だかつて無い冒険を求める冒険者。さらに激しい戦いを求めてやってきた備兵やギルド。ここはそんな色々な目的で集まった人々で常にごったがえしていた。
この世界は主に四つの種族に分かれて生活していた。
北の大陸に住むグルート、力が強く体は人間の何倍も丈夫で、戦闘になれば誰よりも強い力を発揮するが、頭はあまりよくないとされている。浅黒い肌と真っ黒な髪の毛が特徴。
南の大陸に住むアルシエ、小柄な体系が多く、戦争や争いごとを誰よりも嫌い、アイテムや武器の完成度を高めることに心血を注ぐ。アルシエの造ったアイテムや武器は他の種族には無い高品質を誇り、つねに近隣の国はもとより遠方の諸国からも注文が絶えない。
西の大陸に住むのはエール。妖精を祖先にもつという珍しい産まれの種族で、妖精と呼ばれるに相応しい美しい顔ときれいなブロンドが一番の特徴。火・風・土・水・無という五大元素を基にした魔法を扱い、その魔法の威力は四つの種族の中でも秀でていた。しかし体自体はそんなに強靭なものでもなく、昔に虐殺や植民地支配という暗い過去も持っている。ゆえに余り他の国や人種との交流を好まない種族でもあった。
そして東の大陸に住むヒューマン。もっとも古い種族であり、そして一時期は全ての種族の頂点に立ったこともある。体の強さもアイテム造りの才も魔法の扱いも全て標準でありながら、生まれ持った頭の良さを生かして今も強大な勢力を誇っている。中でも聖都アルペの神殿に使える騎士は厳しい訓練を積んでいて、他の種族との戦いに備えているという噂もある。しかし、君主が変わった今、他の国に攻め込む様子も無く、静かに生活しているようだ。
そして、シェルの中央通り、石畳の街道をよろよろしながら歩いているクラドは、グルートとエールのハーフだった。
少し黒い肌とがっちりとした体つき、そして何より目を引くのが無骨ながらも整った顔立ちと太陽の光を受けて輝くブロンドである。
つい近年まで種族間の争いが絶えなかったのもあり、違う種族との間の子はあまり見かけなかった。
いたとしても混血の呪われた子として敬遠されるか、誰も近づかないのが現状ではあったものの、クラドはそんな扱いを受けることはなかった。
それがこのラクラーンという国だから、そしてシェルという町だから。
「よっ、クラド! 今日もお疲れさん」
道の端の露店から真っ赤でおいしそうなリンゴが飛んでくる。
受け取ってリンゴと店主の顔を見比べて、お金を払おうとすると「いいから持っていきな! あ、ルーシェ様の分も持っていっとくれよ」ともうひとつ投げてくる。
「ありがとうございます」
一応の礼を述べ、また歩き出す。
リンゴを服で拭いてから一口かじると、なんとも言えない甘酸っぱさが疲れた体に駆け巡る。
「うまいな……」
この町に来てからもう十年以上になる。
君主ラルド公の目に留まり、リーシェの世話役を命じられたあの日、クラドの人生は輝き始めた。
怒りと憎しみと復讐、それだけを糧に生きてきた人生が、急に輝き始めた。
昔を思い出しつつ、クラドはラルド公とリーシェに深く感謝していた。昔、自分を救ってくれた二人に。
気がついたらもう目的地に着いてしまっていた。
ギルドハウス、『King&Queen』。クラドの住む家であり、仕事場でもある。
少し古びてはいるものの十分な貫禄を持っているその扉を開けると、空腹に染み込んでくるいいにおいがしてきた。
「あ、お帰りなさいませ。クラド様」
このギルドハウスの雑務や自分たちの世話をしてくれているエマさんが朝食の準備を整えてくれていた。
「朝早くからお疲れ様です、エマさん」
「いえいえ、これが私の仕事ですから」
そういいながら人数分のお皿を運んでいるエマさん。いくらなんでも多すぎじゃないですか? と言おうとした瞬間、彼女はバランスを崩して倒れそうになる。
素早く後ろに回りこみ、右手で彼女の腰を支え、余った左手でバランスを崩していたお皿の山を手早く整える。
「す、すいません……」
赤くなって謝るエマさん。
雑務やクラドたちの世話、ギルドハウスの管理人もやってくれているエマさんは、毎日が忙しいだろう。
手伝いましょうか? と申し出たところ、快くお願いしますと言われた。
よしきた、とクラドは人数分に分けられた皿をテーブルに並べていく。
「あれ? ひとつ多くないですか?」
テーブルの右かどの一角に、いない人の分の皿が並べられているのを見て疑問に思う。
「あ、ザグルさんはまだお帰りではなかったですね」
照れくさそうに笑って、エマさんは並べたばかりの皿を厨房に戻す。
ザグル、というのは同じギルドメンバーの一人で、今はクエストで出ているはずだ。
伝説の半人犬を探せ! とかいう胡散臭いクエストに……。
「おはようございますですわ……」
頭上から眠そうな声が聞こえてきたと思ったら、リーシェが目をこすりながら階段を下りてくるところだった。
本当におきたばかりらしく、その頭はところどころ寝癖でピョンピョンはねている。
「リーシェ、お前は一国のお姫様なんだから、もう少し身なりに気を使えよな……」
ぶつぶつ言いながらも手ぐしでリーシェの髪を直してやっているクラドは、なんだかんだ言っても優しい男だった。
よしっ、と手を離すと、リーシェの髪はいつも通り元に戻っていた。
うふふ、と幸せそうに笑いながら直してもらった髪をいじっているリーシェは、町で一緒に歩いている時に見せる姫の顔とは違い、不覚にもクラドはドキっとしてしまう。
(こういうときのコイツはかわいいよな……)
はっと気づき、考えていたことを頭を振って打ち消す。
リーシェは、純血のエールだった。
魔法の才能には幼い頃から目を見張るものがあり、今でもその輝きは衰えていない。
町の人々からの信頼も厚く、なぜ自分と一緒にいるのかクラドにはよくわからなかった。
小さい頃、父親から聞いたことはあった。エールは他の種族との交流を嫌うと。
だからこそクラドにはわからなかった。
違う種族同士の血が混じる自分、そんな奴にリーシェが関わっていていいのだろうかと。
以前、クラドは直接聞いてみたことがあった。なぜ自分とそんなに笑顔で話せるのかと。
そのとき、リーシェはこう答えた。
「だって、同じ生きているもの同士じゃありませんか。昔には抗争もあったでしょうが、今の私はクラドが優しく、強く、そして私のことをちゃんと考えてくれていると知っています。そんな人を恐れる必要がどこにありますか? それに、私は自分がクラドを好きだと知っているから、側にいるのですよ。見くびらないで下さいな」
その時、クラドは好きだと言われたことよりも、自分がリーシェの信頼を信じていなかったことに気づいた。
がらにもなく、リーシェの目の前で号泣した記憶も残っていた。
それからだ、クラドが槍の修練を始めたり、武器職人の元に弟子入りし始めたのは。
それからクラドはめきめきと力をつけ、今では国で最強のギルドのマスターという地位に着くことができていた。
クラドがちょっとした感動に浸っている間に、朝食の準備は整っていた。
「さあ、召し上がって下さい。今夜から収穫祭ですから、お仕事もお休みですしね」
収穫祭、このラクラーン国全体で四年に一度行われる大きな祭り。
これほどの規模のものは他のどの大陸でも無く、普段から多い人がさらに増えるというラクラーン一の名物だった。
そして今年がその収穫祭の年。もうすでに大きな通りの両側は露店で埋め尽くされていて、住人たちや商人、その他色々な国から来た人たちであふれていた。
「楽しみだな」
クラドがリーシェに笑いかける。
「ええ、今年もたくさん遊びまわりましょうね!」
リーシェも、まだ幼さが残る顔で精一杯の笑顔を振りまいて答える。
この時、クラドはまだ知る由もなかっただろう。
この七日間にわたる収穫祭で、新しい出会いがあり、そして忌まわしい過去と対峙しなければならないことを……。
【二章収穫祭】
ラクラーンの収穫祭は他の諸国とは比べ物にならないほどの規模を誇っている。
四年に一度の祭りということもあり、行商の集団も気合が入るようで、シェルの町も収穫祭前日であるにもかかわらず活気づいていた。
そしてもうひとつ、ラクラーンの祭りがこんなにも人を呼ぶ理由がある。
神都アルペから運ばれてくるある物、それが展示されるからだ。
古よりの伝説、神が創ったという七つの武器。
他のどんな武器より強く、そして美しいそれがラクラーンに運ばれてくる。
たったそれだけのために長い旅をしてラクラーンにやってくる人も少なくなかった。
ヒューマンの国の君主が変わってから、神器がラクラーンにやって来る確立は格段に上昇し、それを守る騎士団の人数もはるかに増えていた。
よって到着を待つ人々はドキドキしながらも北の城門の近辺に集まり、到着は夕方近くになるにもかかわらずすでに人だかりができていた。
そしてクラドも、例外ではなく神器の到着を待ちわびていた。
「相変わらず収穫祭となると落ち着きがありませんわね、クラド」
ギルドハウス、King&Queenで朝食をとっていたクラドは、リーシェに言われてそわそわしていた自分に気づいた。
「仕方ないだろ、世界一の武器職人を目指す俺としては見過ごせないイベントなんだよ」
そう言うと、リーシェは馬鹿にするわけでもなく、微笑んで見つめていた。
それに、今年はテンションが上がってしまうもうひとつの理由がある。
それは、長い間見たかった槍の神器、アルラドが運ばれてくる順番でもあったからだ。
自分の武器、スティールハートをはるかに凌駕する槍。それだけでクラドをわくわくさせるだけの十分な理由だった。
「今日はお二人で前夜祭の準備に出かけられるんですよね?」
エマさんが尋ねてくる。
「そうですわね。お父様のお手伝いを頼まれていますから」
「ああ、あのおっさんに言われたら逃げられないからな」
クラドとリーシェが同時に答える。
その様子にエマさんはくすくすと笑っていた。
朝食もあらかた片付き、食器も下げ終わったクラドはエマさんが作ってくれたお弁当を片手に、ギルドハウスを出る。もちろんリーシェも一緒だ。
「じゃあ、行ってくるよ」
手を上げてエマさんに挨拶をする。
「いってらっしゃいませ、お気をつけて」
エマさんも洗い物をする手を止めて見送ってくれた。
──いつからだろう──
──ずっと眠り続けていた──
──そして、もう少しで目が覚めることを知っている──
──目覚めると素敵な町にいることを知っている──
──やさしい人たちに囲まれている自分が頭に浮かんでくる──
──これは、運命?──
──私は、変えられるのだろうか……──
──もう少し、もう少しで私は目覚める──
──目が覚めて、あの人を見たら──
──私は頑張ってみよう──
──呪われた運命を少しでも良いほうに導くために──
──それが、私に与えられた運命なのだから──
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2009/01/08(Thu)23:37:23 公開 / ジキル
■この作品の著作権はジキルさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
なんだか作品説明が思いつきませんでした・・・すいませんorz
思いついたら書いておきます。
皆さんが楽しく読んでいただければ幸いです。
おかしいところがあったら言って下さいませ。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。