『日曜の午前と世紀的発見』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:甘木                

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 夏の明るさを含んだ午前の光を身に受けながら俺は机に向かっていた。
 もう十一時かよ。やべぇ全然進んでねぇ……。


「浩之! 浩之! ちょっときて!」
 階下から母さんの声が響いてきた。
 なにを騒いでいるのかしらないが、母さんにかまっている暇などないのだ。明日から始まる期末テストに向けて勉強しないとやばいんだ。自慢じゃないが俺の辞書には『継続』とか『持続力』とか『予習・復習』という単語が欠落している。だからテストに備えて常日頃から勉強するなんて芸当はできない。おかげでテストの前日はいつも一夜漬けの大量生産。俺が漬物屋なら今ごろ市場を席巻しているぞ……って、漬物屋になる予定はないし、漬物で日本征服する予定も俺の人生設計にはない。
 と言うかそんなことはどうでもいいんだ。今はテストだ、テスト。勉強しなきゃ。
 そういえば、むかし読んだスヌーピーのマンガのセリフで忘れられない言葉がある。それは『人間には避けられないものが二つある。それはなに?』という問で、答えは『死と税金』というものだ。俺はこの答えに『テスト』と言うものを加えて欲しいと思っている。だって高校生という立場にいようとしたらテストは避けられない。いや、避けようと思えば避けられるけど、それを続けると留年→退学という無情の連続技で高校生という立場を失う。パンクロックは好きだが高校二年生でノー・フューチャーというのは遠慮したい。確固たる将来設計なんてないけど、いちおう大学には行きたいと思っているからな。それにもし赤点なら貴重な高二の夏休みの半分近くが補習で潰れてしまう。それは願い下げだ。
 だから日曜だというのに朝から部屋に籠もって英語の教科書を眺めている──南蛮人の言葉なんてクソくらえだ。俺は心の底からペリー提督が憎い。ペリー提督が日本を開国させなければ紅毛碧眼の文字など知らなくてもよかったのに──眺めて……なにも頭に入らない。もともと俺は夜型なんだよ。昼間には毎回テストを赤点すれすれでクリアする、あの奇跡の集中力は出てこないんだよ。
「浩之! 浩之ったら、大発見なの!」
 ああ、うるさい。テスト勉強が捗らないじゃないか。今回のテストが悪かったら母さんのせいだ──詭弁っていいね。責任転嫁万歳!──しょうがねぇな、ちょっとひと休みするか。
「早く下りてきてよ!」
「ああ分かったよ。いま下りる」




「見て、見て」
 居間のソファーに座った母さんがメチャ楽しそうな表情で手招きしている。
「なんだよ」
「凄い発見しちゃった」
 ん?
 母さんの横ではクルツが腹を上にして大の字になって寝ている。いや、六キロのブタ猫だから『大』の字じゃなくって『太』の字の方が合っているな。
 クルツは背中側はくっきりとしたトラ柄なのに、腹の方は喉元から尻尾の付け根まで真っ白だ。そしてその白い腹を晒している。腹は動物にとっての弱点だろう、それを大っぴらに向けているなんて猫としての矜持とか野生さはないのかよ。
 待てよ。クルツの毛は天然のものだ。天然のものには何らかの意味があるはずだ。白は自然界においては非常に目立つ色。だが、ある条件、それは砂漠のような日差しの強い場所や雪の中なら十分迷彩効果を発揮する。ここは北海道だ。冬になれば雪祭りがひらけるほど雪が降る。雪が降ればこの腹の白さが役に立つ場合があるのかもしれない。例えば雪の中で鷲などの大型猛禽類に襲われた時、咄嗟に仰向けになったら周りの白さと同化して敵の目をやり過ごせるかもしれない。ということは、クルツが腹をだして寝ているのは来るべき冬に備えて、雪に同化する訓練をしているのかもしれない……なんてことはないよなぁ。
「浩之、なに難しい顔して眉間にしわを寄せているの。ただでさえ悪相なんだから黙りこくると凄味が増して、問答無用でお巡りさんに撃たれても文句言えない極悪顔になるわよ」
 俺が自然界の不思議について考察を巡らせているのに、言うにことかいて極悪顔だと! それが実の母親が一人息子に言う言葉か。
「悪相で悪かったな。好きこのんでこんな顔になったワケじゃねぇよ。だけど母さんにも製造者責任の半分はあるんだぜ」
「あら、神様じゃないんだから遺伝子にまでは責任を持てないわよ。でも顔はお父さんに似たけど体つきなんかは弓削の血筋じゃない。つまり弓削の遺伝子は体格を提供して顔は森泉の遺伝子ということよ。だから文句を言うならお父さんに言ってね」
 それを言われると反論できない。
 俺の顔は親父の一族──森泉家──の血を色濃くひいている。親父の一族はみなごっつい体型と顔立ちをしており親族の男衆が集まるとまるでヤクザの事務所にでもきてしまったのかと思うほど迫力がある。かたや母さんの実家──弓削家──は、顔立ちが整っている。さらに骨格はしっかりしているのに全体的に細身で手足が長いという血筋だ。俺は決して太くはないが、その割には骨太だし手足も長い。体格は間違いなく弓削の遺伝子だ。
 くっそう。弓削の血が顔にも来ていたら今ごろ彼女もいて蛍光ピンクの明るい高校生活を送っていたのに。
「今さら顔のことで悩んでもしょうがないわよ。『蓼食う虫も好き好き』と言うじゃない。浩之のその顔が好きって言う女の子も出てくるかもしれないわよ。保証はできないけど……」
 気休めでもいいから保証してくれよ。
「そんなことより、大発見なの。大発見!」
「なにを発見したっていうんだ?」
「えーと。どうしようかなぁ。タダで教えてしまうのは惜しいかな。どうしよう」
 母さんはもったいつけるように言葉を切る。
「浩之、どうしても知りたい?」
「いや言いたくないのなら知らなくてもいいけど」
「そんなこと言わないでよ。本当に凄い発見なんだから」
 だったら言えよ。俺はテスト勉強で忙しいんだ……たぶん。
「浩之だってこの発見を知ったら驚くわよ。本当の本当の本当に凄いんだから」
 本当をそこまで重ねて強調しなくていいよ。と言うか、あんたは小学生か! 四十過ぎた母親だろう。少しは年齢を自覚しろよ。
 俺が黙っていると母さんが上目遣いに悲しげな視線を送ってくる。
「本当に凄いんだから……」
 あぁ鬱陶しい。言いたいのならもったいぶらないでさっさと言えよ。そんな目で息子を見るな。わかったよ……大発見とやらを聞けばいいんだろう。
「ああ本当に大発見を知りたいなぁ。聞かないと気になってテスト勉強も手につかないよ」
 口から出てくる言葉が棒読みになることを抑えることができない。
「しょうがないわね。じゃあ教えてあげる」
 母さんは背筋を伸ばすと満腹の猫みたいにニィと笑った。




 母さんは寝ているクルツに向かって手を伸ばし前足を持ち上げる。
「いい、今からやるからよく見ててよ」
 なにをする気だ?
「いきます」
 母さんはひとりごちるようにつぶやき、やおらクルツの肉球をくすぐりだす。
 くすぐる。くすぐる。くすぐる。
 くすぐるにつれクルツに変化が。
 いつもはふぬぃふぬぃととぐろを巻いている尻尾がぴーんと伸びる。仰向けに寝ているせいか半開きになっている口が痙攣するように小さくもにもに動く。
「そろそろよ」
 クルツの四肢が小刻みに震え、
「ほら見て!」
 母さんが掴んでいる前足の指がぱぁーっと開いた。
「クルツ、パーが出せるようになったのよ」
 振り返った母さんの顔は、どう凄いでしょうとばかり自慢気な表情。
「パーって?」
 母さんはクルツの前足を握ったままちょっと眉を寄せる。
「パーと言ったらジャンケンのパーじゃない。浩之、たまにクルツとジャンケンしているじゃない。だけどクルツはグーしか出せないからいっつも負けているでしょう」
 俺の家の居間にはソファーが二つある。一つはロングタイプで主に親父と母さんが座っている──今は母さんとクルツが座っているソファーだ。もう一つは一人掛けタイプで俺の定位置だ。だがクルツもこのソファーがお気に入りのようで不法占拠していることがある。畜生のくせに人間様の場所を奪うとは不届きな、とばかり放り投げてもいいのだが、いちおうクルツも家族の一員。乱暴な真似をするもの気が引ける。ここは天賦に身を任せジャンケンでソファーの使用権を決めるのが順当、かつ民主的な方法だろう。
 と言うことで、クルツとソファーの権利を巡って幾度もジャンケンバトルが繰り広げられた。
 で、戦果は、と言うと俺の全勝。何度かの引き分け(あいこ)を挟んだが勝率十割だ。これは公正な勝負だし、勝負に情けはいらない。負けたクルツは毎回ソファーから退場となる。
「それでね、グー以外の形を作れないかなぁと思ってクルツの足をいじっていたら偶然に発見したのよ。クルツにもパーが出せることに」
 母さんはもう一度クルツの肉球をくすぐってパーの形にさせる。
「ほら、これでクルツの勝率も上がるわよ。ね、クルツ。こんどは勝つもんね。ジャンケーン、ポン。あいこでしょ♪」
 母さんは握ったクルツの前足を音感良く揺らしてる。
 当のクルツはどうでもいいのか、それとも面白いことを見つけた母さんに抵抗しても無駄と諦めたのか、なされるがままだ。
 しかし、そこまでどうしてクルツに肩入れするんだよ。実の息子がペットに居場所を奪われてもいいのか──ま、負けるわけないからどうでもいいけどさ。
「じゃあクルツ、こんどはチョキの練習しようね。チョキも覚えたら浩之にもう絶対負けないわよ」
 それ、絶対無理。
「だから全部の指を伸ばさないで、この二本だけでいいのよ。ハサミの形よ分かるでしょう。ハサミの形にするの」
 だから、猫にハサミって言ったって分かんないって。
 ん? ハサミって英語でなんて言うんだっけ? ナイフじゃなくって、レイピアじゃなくって、シミターじゃなくって…………部屋に戻って勉強しよう。

2009/01/01(Thu)10:37:53 公開 / 甘木
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■作者からのメッセージ
 新年おめでとうございます。

 去年はあまり作品を投稿できなかった甘木です。ですが今年は心を入れ替えてコンスタントに作品を投稿をしたいと思っています。ですから「1年の計は元旦にあり」の言葉を狙って新年早々投稿します。
 去年は音楽に取り憑かれ(去年購入した楽器は三線、ベース2本、馬頭琴、ドラムセット)、以前から持っているヴァイオリンを含め楽器の練習にうつつを抜かしすぎました。今年は楽器の練習は程々に小説にも力を入れていきたいです。

 今回の作品は以前から書いているOUR HOUSE(別名クルツ物語)の続編です。続編と言っても1話読みきりですし、前作を読んでいなくてもだいたいは分かるようにしているつもりです。
 なにも事件がない日常生活のぬるいワンシーンです。でも、読者が少しでもニヤリとしていただけることを願って書きました。拙い作品ですが読んでいただけたら嬉しいです。

 では、皆さんの今年が素晴らしい年になり、ここ登竜門に素晴らしい作品が次々と投稿されることを祈念しています。

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