『再生』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:green leader
あらすじ・作品紹介
時代、場所、そして現実世界を超えて作られた全く異色のショートショート集。
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夜、小雨、静寂……
片肘をレジにつけながら、ポーはアダルト雑誌を読みふけっていた。
「どれもこれも、女の裸ばっか」
彼の担当する深夜の時間帯になってから、まだ客は一人も来ない。彼は、このコンビニで唯一の店員をやっていた。
ポーはもとは優秀な学徒だった。彼はある有名大学に合格し、家族と涙の別れを告げ、田舎からたった一人で都心近くの遠いこの町にやってきた。しかし、残念ながら一人暮らしをはじめて半年と経たないうちに、彼は地元では見ることの無かった誘惑の嵐に打ち負け、講義をサボって遊びとパートに明け暮れていた。友達も高卒のチンピラだけだった。そして、最近になって彼はコンビニのバイトを始めた。
そしてコンビニの店員をはじめて、彼はこの町の奇妙な点に気づいた。深夜に全く人気がないのだ。もちろん不良の一人や二人、夜の町をごろつきそうな若者はいるはずだ。なのに、コンビニの中から眺める限り、歩行人はおろか、通過する車さえ見かけない。彼の育った田舎ではよくある光景だが、この繁華な町では何か違和感を感じた。
その昔持っていたであろう知的好奇心を働かせて、彼はこの謎を探求した。
まずはずんぐりと太って眼鏡をかけた店長に話してみた。答えは簡潔だった。
「そういわれたら、そんな気もしなくはないけど、僕は夜すぐに寝ちゃうからわかんないや」
ポーは今度は夜のシフトで帰ろうとする身の細い同僚を呼び止めて、聞いてみた。彼は即答するなり帰って行った。
「夜に人がいないのは当たり前だろ? 考えすぎじゃないか」
言われてみれば、考えすぎかもしれないとポーは思った。彼にとっての、都心に近い町のイメージが、彼に無駄な違和感を感じさせたのかもしれない。そういう意味で、ポーは自分が田舎者であることを自覚し、その場でなんとなく納得した。いくら数が多くても、人は夜には寝るのだと。
そして今、ポーは読んでいたアダルト雑誌を手元に置き、窓の外の暗闇に目をやった。吸い込まれそうな闇だ。
確かに、彼の地元の夜の暗さから比べれば、街灯などもあるし断然明るい。
「だがしかし……」
ポーは呟いた。
「窓に暗幕がかかっているようだ」
ポーは目を細めて、町の風景を構成するもの一つ一つを視認しようとした。
向かいの写真屋、電信柱、オレンジの光を発する街灯、区分けされたごみ箱……
ふと誰かから、こちらを見られているような気がしてポーは身をぶるっと震わせた。
明るい店内では今流行りの音楽が流れ、多くの商品が陳列してある。ここは安全だ、と無意識にポーは自分に言い聞かせた。一度店の奥に戻り、在庫を確認するふりをする。まるで、店長に仕事ぶりを見られているときのように。
「誰も来ないなら、俺が帰ったって変わりないじゃないか。ましてや、コンビニを営業する必要なんて無いだろ」
憤慨してそう呟きながら、ポーは従業員用のロッカーから自分の荷物を取り出し、着替えていそいそと帰る支度をした。そしてレジに戻ると、読み終わった雑誌類を商品棚に戻して、入り口のドアから外へ出ようと手すりに手をかけた。
その刹那、向こう側から突如奇怪な黒い手が現れて同じく手すりを握り、ドアを押そうとしたポーを外側から押さえつけた。猛烈な叫び声をあげてポーは後ろへ飛び上がり、勢いよく床に尻もちをついた。黒い手は、もう手すりを握ってはいなかった。
ポーは床に座ったまま動けなかった。今見た光景が脳裡から離れず、ショックで何も言えなかった。あの黒く、グロテスクな大きな手……
とにかく彼は急いでレジのところに戻り、慌てふためきながら引出しの中の防犯用の銃を探した。しかし、引き出しの中にはマーカーやレシートが何枚かしかなく、銃はどこにもない。悪態をつきながら、ポーは走ってロッカー倉庫に戻り、銃を探したがどこにも見つからなかった。
パニックになりながら、彼は恐る恐るレジに戻った。あの黒い手の主が店内に入った形跡は無い。だが彼は、確かに、ドアの外に気配を感じた。見えない何かが待ち構えているのを。
先ほど、店内から外を見渡した時にこちらを見返されたのもコイツだ、とポーは感じた。しかし、まともな武器が無い現状ではポーはどうすることもできず、ただただ恐怖が心中を渦巻いていた。彼はまたレジの隅にうずくまった。
ドアの開く音がしないかと、耳の神経をとがらせながら、彼はこのあとどうするべきか考えた。そして名案が浮かんだ。
ポーはポケットから携帯を取り出し、警察に電話を入れた。二、三回の呼び出し音の後に若い女性の声が聞こえてきた。
「こちらモラレス市警です」
「もしもし、今」
「只今、勤務時間外ですので、御用の方は早朝四時から夜十時までにご連絡ください」
ポーは愕然とした。この町では夜は警察も動かないのか。
早くこの異常さに気付けばよかったと後悔しながら、彼は地元の友達達、そして両親の家に電話をかけた。頼む出てくれ、と必死に願いながら、ひたすらダイヤルを押していった。しかし、どこも電話をとってくれない。こんなことがあるか、と嘆きながら携帯をかけているうちに、悲劇的にも携帯の電池が切れてしまった。ポーは怒って携帯を地面にたたきつけると、コンビニの電話を使おうとした。しかし、なぜかどこにも見当たらなかった。そういえば今までに見たことがなかった気がする、とポーは絶望的な気持ちになった。
ついに外界との連絡手段が断たれ、ポーは何もできなくなってしまった。この緊張状態のまま、朝を迎えるしかない。ふと、ドアが開いた音がしたような気がして、彼は振り向いて確認したが閉まったままだった。彼はまた角にうずくまり、ひたすら沈黙した。
長い時間がたったような気がした。いつの間にか、ポーの目には涙があふれていた。
地元では、勉強が得意で周りからいつも期待され、尊敬されていた。両親に、農学部へ進学して必ず立派な姿になって戻ってくると誓い、里を離れた。しかし彼は今、勉強を忘れ、欲望のままに生きる怠惰な生活を送り、挙句の果てに暗闇に潜む何かに怖気づいている。
田舎暮らしの彼にとって、暗闇は恐怖の対象では無かったはずなのに……
彼は周りを見渡した。さっき読んでいた雑誌、酒、流行りの音楽、そして数えきれない多くの物。
「ここは安全じゃない」
彼は目を拭い、断固として立ち上がった。そして、ドアのガラス越しに、目には見えない何かをまっすぐと見つめた。そして歩き出し、またドアの手すりを握る。
彼は言った。
「闇など怖くない」
彼は敢然としてドアを開けた。
完
2008/12/07(Sun)10:23:55 公開 /
green leader
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