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『ジャバウォックの歌』 ... ジャンル:ショート*2 童話
作者:カオス
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あらすじ・作品紹介
ジャバウォック ジャバウォック ジャバウォックとジャバウォックは歌う。
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『ジャバウォックの歌』
ジャバウォックは、にんまりと嗤った。
あまりにも口角を上げすぎるから、ジャバウォック自身の牙がジャバウォックの下顎を傷つけていた。傷からは、真っ赤な血が流れ出ていた。血はジャバウォックの全身を覆う鱗の上を流れ行った。傷をつけたその牙は、ギザギザとしていてステーキナイフのように鋭く、先はギラギラと飢えているように尖っていた。にも関わらず、牙は真っ白だった。
名前もない主人公――――つまり、僕のこと――――は、タムタムの樹の上でにんまりと嗤うジャバウォックを見上げた。生暖かい真っ赤な血が、僕の上に雨のように落ちて来る。白い寝間着の上にシミをつくる赤。早く帰って洗濯に出さないと、きっと怒られるだろう。手に握ったヴォーバルの剣の切先を、ジャバウォックに向けて、僕は叫んだ。
「何者も喰らい尽くす顎に、空間をも引き掴む鈎爪! ジャバウォック、今日こそ僕がお前を打ち倒そう!」
タムタムの樹の葉が揺れた。風もないのに、タムタムの樹の葉は揺れ続ける。カサカサと言う、葉が擦れる音が聞こえて来る。その音に混じって聞こえて来る声。低くて、所々雑音が入っていてとても聞き取り難い、しかし、聞いていてどこか安心できる声だった。歌でも唄うように、その声は僕に語りかけて来る。
『ジャバウォック ジャバウォック ジャバウォック
住むは 森の中 タムタムの樹の上
纏うは 硬い鱗 チェンソーだって切り裂けない
喰うは 尊き人 真っ赤な血の滴る心臓を頂こう
ジャバウォック ジャバウォック ジャバウォック』
何と言う滑稽無糖な歌だろう。僕の目の前で、にんまり嗤うジャバウォック。真っ白な牙が上下して、また下顎を傷つける。ぼたぼたを降り注ぐ、生暖かい血の雨。その音に混じって、聞こえてくるのはジャバウォックが唄う、ジャバウォックの歌。
『ジャバウォック ジャバウォック ジャバウォック
噛み砕くは 真っ白な牙
鋭い鋭いその牙に 貫けぬものなどなにもなし
ジャバウォック ジャバウォック ジャバウォック
引き裂くは 灰色の鈎爪
長い長いその鈎爪に 掴めぬものなどなにもなし
ジャバウォック ジャバウォック ジャバウォック
身体廻るは 虹色の血管
鮮やかなその血管に 流るる血はこの世の妄言
ジャバウォック ジャバウォック ジャバウォック
言の葉の怪物
怪物の言の葉
パラドックスの王にして パンドラの匣の子
その真実を知る者無し
ジャバウォック ジャバウォック ジャバウォック』
僕はヴォーバルの剣を向けたまま、にんまりと嗤うジャバウォックを見た。
それは、この世の妄言。
言葉という名の姿を持つ化物。
ジャバウォックを倒すこと――――それが、この世の言葉の混乱を正す唯一の方法。バベルの塔以来、僕等人類の『言葉』はすれ違って来た。言葉とは重要な意思疎通だ。それが、出来ないという。なんたることだろう! これでは、理解することも知ることすら出来ない。これこそ正に、人類最大の損失と言えるのではないか――――と僕の父が硬く握った拳を振り回し熱く語っていた。
ここからは、僕自身の考察なのだが(退屈なので読み飛ばしてもらっても構わない)そもそもバベルの塔というのは、人類が創ろうとした天まで届く塔のことだ。その建設に怒った神々が、言葉をバラバラにして工事を止めさせた。ここで、重要になってくるのが神々が怒った場所だ。神々は人類ごときが天まで届く塔を創ろうとしたことに怒った。つまり、人類があのまま着々と工事を続けていればバベルの塔は天まで届いたのではないだろうか。そもそも、キリスト教では人とは迷える子羊であり、生け贄でもある。そのような弱い立場の者たちが集まって『天まで届く塔を創ろう』と言った所で、実行不可能である。それなのに神々は、言葉を乱すという非常に回りくどい―――僕ならば全部滅ぼす―――方法で塔の建設を中止させた。
言いたいことをまとめる。
バベルの塔は、建設可能だったのではないか。あのまま工事を続ければ、神々の立場が危うくなったのではないか。だから、言葉を乱した。弱い者が群れて、二度とバベルの塔建設など考えぬよう。
そして、言の葉を乱すジャバウォック。
妄言の化物にして、唯一正しい言葉。
これさえ、倒せればハッピーエンド。
僕は、切先をジャバウォックに向け、大地を蹴って飛び上がった。高く振り上げた剣を、ジャバウォックの脳天に叩き付ける。金属と金属をぶつけたような、高い音が響いた。タムタムの樹が、その振動で葉を落とす。血で濡れた手が滑って、力を剣に入れ難い。ジャバウォックはにんまりと嗤って、僕を見つめる。ずるりと、脳天から剣が滑り、僕は地面に落ちる。
『ジャバウォック ジャバウォック ジャバウォック
硬い硬い鱗 鱗は鱗は硬い
その身体に傷をつけるなど ハンプティ・ダンプティを元に戻すが如き
ジャバウォック ジャバウォック ジャバウォック』
ジャバウォックを覆う鱗は硬く、剣を受け止めた脳天は傷一つ付いていない。僕は立ち上がって、再び地面を蹴った。ジャバウォックはにんまりと嗤ったままだった。飛ぶ途中、手頃な位置にあったタムタムの樹の枝を踏み台にして、先程よりも高く飛ぶ。そして、着地したのはジャバウォックの脳天。それでも、ジャバウォックは動かない。弱い人ごときが、ジャバウォックを傷つけることなど出来ないと、確信しているのか。剣を両手で包み込むように握り、僕は渾身の力を込めて、ジャバウォックの硬い鱗に覆われた脳天にヴォーバルの剣を突き立てる。ぐづづっと言う音を立てて、剣はジャバウォックの中に呑み込まれて行く。真っ赤な血が突き刺した所から泉のように湧き出てくる。足下が血で滑る。それでも、剣を突き立てて行く。づぶづぶと、剣はジャバウォックの脳天に呑み込まれて行く。剣を握りしめた両手が、真っ白くなっていた。
ジャバウォックが咆哮する。
牙と牙の間から迸るそれは、言葉の混乱を正す清めの声だ。
僕は晴れ晴れとした気持ちで、その声を聞く。これでもう、人類の言葉は一つだ。
「パラノイラ……」
そう言ったのは、 ロマンスグレーの白衣の医者だった。その医者の言葉を聞いて、夫人がわっと泣き始めた。淡いパステルカラーのツーピースのスーツを纏った上品そうな夫人だった。今にも倒れそうな夫人を支える夫も、縋るような目で医者を見る。夫は灰色の仕立ての良いスーツを着ていた。夫の視線の意味を受け止め、医者はゆっくりと首を横に振った。三人の前には、大きなガラス張りの部屋がある。その中で一人の子供が、高い咆哮を――――もはやそれは、奇声に近かった―――上げてペンをクマのぬいぐるみに突き刺した。クマが歪む。子供は、構わずペンを突き刺して行く、くまはあっというまにペンで串刺しにされる。そして、子供は笑う。部屋の中には、様々なもので串刺しにされた、様々なものが散乱していた。壁にはペンで文字のようなもの、その隣には塔のような建物が書かれていた。子供の唇がなにか話すように動く。しかし、そこから聞こえてくる音は、言葉ではなかった。ものが散乱する部屋の中で笑う子供は、まるで自分が世界を救ったように笑う。
「先生っ」
夫人の縋るような声。
さんさんと窓から、暖かな午後の日差が降り注ぐ。
「残念ですが、私にはなにもできません………」医者が、なにか激しい苦痛に耐えるように言った。ロマンスグレーが、暖かな日差しを受けて光る。
「そんな」
夫人も夫も、泣いていた。
反対に、子供は笑っていた。
ジャバウォック ジャバウォック ジャバウォック
言葉の化物
化物の言葉
ジャバウォック ジャバウォック ジャバウォック
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2008/12/10(Wed)19:15:35 公開 / カオス
■この作品の著作権はカオスさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
読んで下さってありがとうございます。
誤字・脱字などありましたら教えてください。
また、表現や言い分の不適切は素人の浅知恵と思い、どうかお許しください。
一読者さま
お返事が、大変遅れてしまって申し訳ありません。
ご指摘があったところを手直ししました。
ご指摘ありがとうございます。
こんなこじつけ話を楽しんでいただけて、幸いです。
羽堕さま
内容としては、殆どこじつけな上に、都合のいい所だけ引っ張って来たので………。
無理矢理にもほどがありますね。
感想ありがとうございます。
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