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『盗賊の花』 ... ジャンル:時代・歴史 未分類
作者:トリス
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あらすじ・作品紹介
人間は戦乱の時には平和を願い、平和が続けば堕落する。その堕落の時代に翻弄された盗賊・忠彦と侍・陽助。相反する人生を歩む二人の男はある事件をきっかけに思わぬ方向へと進む。盗賊たちが目指すものとは?
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忠彦は山の中で剣を振るのが日課だった。いや、それが生活の全てといってもいい。まず今日向かい合う木を決める。それから、その木に向かって剣を構える。忠彦の構えは独特だった。剣先を下げ、まるで獲物に飛び掛る虎のように屈む。そして下から相手を睨む。
今日も適当な大きさの木を見つけた。一抱えもありそうな木だ。
忠彦は以前から時々山を降り、強盗を働いていた。農民や商人ではなく、そばにある城の兵を相手にだ。ある時、鮮やかな鎧を着た男が引き連れた十人ばかりの集団が麓を通った。その城では時々十人前後で兵を派遣し、農村部の見回りをしていた。
忠彦はその集団を襲撃し、十人とも斬り倒した。馬に乗った隊長らしき男は、剣を抜く前に一番最初に両断した。その男が持っていた剣を見て忠彦は息を呑んだ。柄にはきらびやかな刺繍が施され、刃は日の光をその身に受け、まるで三日月の如く鈍く輝いていた。その剣で残る九人を斬ったが、刃こぼれ一つなかった。
木の前に立ち、剣を構える。剣先を下げる。風はなく、山独特の自然の匂いが辺りを包む。この瞬間が忠彦は好きだった。踏み込む。剣が二度、宙を舞った。手にはかすかな感触が伝わってきただけだ。木の葉が三枚、ひらひらと舞い落ちてきた。静かに剣を横に払った。その勢いのまま、剣を鞘に収めた。木は大きな音を立て、倒れた。倒れた後、さらに二つになった。舞い落ちてきた葉は忠彦の足元で六枚になっていた。
天下は徳川家のものとなっていた。天下を平定した後、江戸幕府が開かれた。しかし、天下が平定されてしばらくはよかったものの、少しでも平和が続けば緩みだすのが人間というものだ。地方の町では役人の不正が横行し、貧困に苦しむ農民がいた。佐野陽助はそれを苦々しい思い出見つめてきた。陽助は春日山城の城下町に住んでいた。春日山城は越後にあり、上杉謙信の居城となっていた場所だ。
陽助の父は侍だった。時に父となり、時に剣の師となり、陽助を育ててきた。陽助が十歳の時、三人の強盗が家に入り、母と陽助が人質に取られた。父は斬り殺された。母も強盗たちに弄ばれ、殺された。陽助は囲みを破って逃げた。
それから何日か経ってから、犯人が捕まったと知らせを受けた。顔を見たが、全員違う人間だった。しかし役人はその人達を犯人と決めつけ、斬首したようだった。
それ以来陽助はお尋ね物を見つけては、決闘し、首を持って城主に会いに行った。そのせいか、町では陽助の名はその剣の腕と共に知れ渡っていた。別に有名になりたかったわけじゃない。礼金がほしかったわけでもない。父と母を殺した男たちを逃がした、この世界を斬ってしまいたかった。
町から少し離れたところにある山に盗賊が集結している気配がある、という噂を耳にした。百人以上いるのだという。そんな馬鹿な、と陽助は思った。盗賊はその職業柄、あまり人を信用しない。その盗賊が百人以上も集まるなんて考えられなかった。ただ、集会のようにして集まっているだけなのか。それとも、百人をまとめる力を持った盗賊が現れたのか。盗賊のように力で繋がれている集団をまとめるのは容易ではないはずだ。もしかしたら百人を斬ってしまうほどの腕を持った者がいるのかもしれない。
陽助は今までの実績から、仕官を勧められることよくあったが、断り続けてきた。誰かのために働くほど自分は立派な人間じゃないという思いがあったからだ。賞金首を狩るのも私怨からだといっていい。それに好きじゃなかったのだ。国そのものが。賞金首を追い回し、死地に身を晒すことで心の隙間を埋めてきたのかもしれない。
町のある料理屋が襲われたのはその翌日の夜だった。その料理屋は個人のものでなく、城が経営していたものだった。当然普通の料理屋と違い、大量の食材や金銭が蓄えられていた。奪われたのは油、食物だという。店には腕が立つ用心棒もいたはずだが、皆気を失っていたという。ただ、一人も死んではいなかったらしい。
今までこの辺にいた盗賊にそんなことをするのは到底無理だった。何度か斬り合ったが、これはと思う奴は一人もいなかった。ただ、ある将軍が十人の兵と共に斬り殺されていたことがあった。陽助は現場に行ったが、すさまじいものだった。十人とも一刀両断されていたのだ。将軍に至っては、馬の首ごと両断されていた。
あいつか。思い出して陽助はそう思った。あれをやった奴なら、盗賊百人をまとめることができるかもしれない。もしかしたらそれ以上だ。
陽助は家に帰って、剣の手入れを始めた。これほど大きな盗賊の集団は今まで聞いたことが無い。城では討伐隊が結成されているようだった。ただ、今では戦乱もなく、訓練もまともに受けていない兵士たちだ。必ず自分に声がかかる。今まで散々腕を知らしめて来たからだ。ただ、盗賊は何を考えているのか分からなかった。料理屋を襲ったのは百人の飯のためか。討伐隊が組まれるのは相手も予想しているはずだ。承知の上で襲ったのだろう。なら目的はなんなのか。扉が叩かれているのに気付き、考えるのをやめた。
「陽助殿」
「用件は分かっています。喜んで討伐隊に加わりましょう」
陽助は扉を開け、使者に向かって話した。なんどか討伐を頼まれ、顔見知りの人物だ。
「おお、助かります。今回の盗賊は、今までとは違うようです」
「討伐隊の状況を知りたいのですが」
「はい。総勢五百名の討伐隊が組まれております。騎馬百、歩兵四百です。陽助殿の馬を用意してありますので、騎馬隊の中に入って頂きたい」
「分かりました」
「明日、朝から盗賊狩りが始まります。遅れることのないよう」
使者はそういって、闇の中に消えていった。陽助は一度深呼吸をした。冷たい空気が胸を満たしていった。
馬に跨った。風の強い日だ。五百の討伐隊の中に緊張感は無く、まるでちょっと訓練に行くような感じだった。雑談している兵も多い。前にでっぷりした男が出てきた。
「皆のもの。悪行を働く盗賊を殲滅する。容赦はするな。一人も生かしてはおかん」
五百の兵は呼応するように声を上げた。力の無い声は風の中に消えていった。
すでに盗賊の場所は捕捉していた。というより、盗賊は隠れる気もないらしい。しかしたった十人だった。山と山の細い間道にいるという。陽助は何か嫌な感じがしたが、すぐにかき消した。単純に戦いが好きだった。ただ、斬り合っていると、相手が父と母を殺した盗賊に見えてくる。憎悪が身を焼く。そして気が付くと、相手の首は地面に転がっていた。
間道に到着した。十人の盗賊は動揺することも無く、剣も抜いていない。その中で、きらびやかな刺繍を施した、業物らしき剣を持つ男がいた。かなり腕が立つ。恐らく頭目だろう。顔は遠くてよく見えないが、放たれてくる気が肌を打った。
「突撃」
隊長がいきなり叫んだ。待て、と言おうとしたが、馬蹄の音にかき消された。陽助は馬の腹を蹴り、剣を抜いた。目指すは頭目。
そう思ったときだった。周りが熱と光に包まれた。馬が棹立ちになり、陽助は地面に投げ出された。跳ね起きて周りを見渡して冷や汗が流れた。火に包まれている。馬が混乱し、走り回っている。それが歩兵を混乱させ、手のつけようが無い状況だった。火はどんどん迫ってくる。油が撒いてあるのか。料理屋を襲って油を奪ったのはこのためか。しかも風がそれをさらに大きくしている。陽助はある一箇所だけ、火がないのに気が付いた。当然、兵は火の海を脱出しようと、そこに殺到する。罠に決まっていた。火で見えないが、あの一箇所から出たものは隠れた九十人の盗賊によって斬られているだろう。混乱した兵が対抗できるはずも無かった。陽助は迷うことなく、火の一番大きいところに飛び込んだ。
火を突き抜けた。地面に転がった。熱い。すぐに鎧を脱ぎ捨てる。鎧は煙を吹いて草の上に投げ出された。
「ほう、まさかこっちに向かってくる奴がいるとは」
頭目らしき男が言った。
「貴様が頭目か。くだらない策を」
「たしかに、くだらない。しかしこの策に引っかかるお前たちはもっとくだらない」
「おれは佐野陽助という。名を名乗れ」
「俺は忠彦だ。姓は捨てた」
「そうか。ここで命も捨てることになる」
忠彦と名乗った頭目はゆっくり剣を抜いた。陽助も剣を構える。まるで虎のような男だ、と陽助は思った。構えもそうだが、放たれる殺気が人間のものとは思えない。
一歩踏み込んだ。剣を横に払う。当たってない。見切っている。と思ったとき、忠彦の剣が飛んできた。避ける。鳥肌が立った。凄まじい斬撃だ。剣と剣がぶつかる。火花が散る。陽助が跳躍する。それとほとんど同時に忠彦も跳躍した。空中で二度、三度剣が合わさる。澄んだ金属音が響き渡った。
「驚いた。まさかこんな男がいるとは。しかも盗賊に」
「俺も驚いたぞ。腐った城の兵にお前のような男がいるとはな」
陽助は自分が笑っているのに気付いた。忠彦も笑っている。
足で土を蹴り上げてきた。姑息な手段だ。横に飛んだ。また同時に忠彦が横に飛んでいる。突き。二度かわし、三度目の突きに合わせて踏み込んだ。地面すれすれに入る。忠彦の突きが頭をかすめた。剣を跳ね上げる。斬った、そう思ったが当たっていなかった。
再び対峙する。強い。今まで戦ってきた誰よりも。体全体で息をした。それでも足りないほどだ。忠彦も大きく体で息をしている。肉を切らせて骨を絶つ。それしかない、と思った時だった。地面が回った。膝に力が入らない。倒れた。剣を握ろうとしたが、手が思うように動かない。だんだんと目の前が暗くなっていった。忠彦。そうつぶやいたが声にならなかった。
いつものように木と向き合い、剣の稽古をした。山中には川が流れていて、忠彦は稽古の後いつもそこで体を洗った。川は冷たく、火照った体を気持ちよく冷やした。
「おい、ここで何をしている。貴様は誰だ」
三十人ほどの賊だった。服は兵士が着る服だ。自分と同じように兵士を襲撃し、奪ったのだろう。目は殺気にぎらついている。
「いい刀を持っているな。寄越せば命は助けてやる」
「これをやることはできん。剣はこれしかない」
三人の男が前に進み出てきた。恐らく賊の頭なのだろう。腕が立ちそうだった。三人以外の賊は虚ろな目をしていた。
「死にたいらしいな」
真ん中の男が剣を抜こうとした。忠彦は剣を掴み、跳躍した。着地したときには首が三つ転がっていた。真ん中の男は剣の柄に手を掛けたままだった。
それからその三十人は忠彦にいてきた。盗賊の頭は強い者がなる。それは当たり前のことだった。忠彦はついてくる盗賊を拒もうともせず、共に生活した。ただ、ついてくるからには農民や商人を襲うことは許さない、とだけ言った。
三十人はそれなりに剣が使えた。ただ、忠彦の剣裁きを見て教えを請うものが多かったので、忠彦は暇な時間を剣の稽古に当てた。
何回か他の盗賊と衝突したが、その度に忠彦が頭を斬り、下の賊が仲間に加わった。気付いたら百を少し超えていた。
忠彦の両親は、濡れ衣で捕らえられ、斬首された。いきなり役人が家に踏み込んできて、父と伯父と兄を捕らえて連れて行ったのだ。父は役人だったが、善人だった。今考えると、その善人の部分が恨みを買ったのかもしれない。誰かが密告したのだろう。母と山に逃げ込んだ。そこでの暮らしは貧困を極め、母は失意の内に死んでいった。
残された忠彦は国を憎んだ。憎むことしか出来なかったのだ。
集まった百人ほどの盗賊を鍛え上げ、ある作戦を立てた。討伐隊を結成させ、壊滅させる。そうすれば、もっと大きな討伐隊が出てくるだろう。そこから先は考えていなかった。頭には、いつか国の軍を相手に、指一本動かなくなるまで戦いたい、そういう思いがあるだけだった。あの世に行ったときの父と母への土産話だ。そうも思っていた。
忠彦が狙った策に討伐隊は見事に嵌まり、壊滅した。指揮官の首も取った。ただ一人気になる男を捕らえた。佐野陽助と名乗る男だ。一騎打ちをしたが、お互いに一歩も譲らなかった。もう一度戦ったら、負けるような気さえした。お互いに疲労を極めたとき、部下が痺れ薬を塗った吹き矢を撃ったのだ。もう目が覚めるだろう。
「ここはどこだ。お前、よくも」
陽助は気が付き立ち上がろうとしたが、倒れた。足に痺れが残っているのだろう。
「部下が出すぎたことをした。謝る」
「なぜ殺さなかった?」
「俺にも分からん。ただお前は目が俺と同じだ。闇に覆われている」
「何を訳の分からないことを」
忠彦は陽助のそばに歩みより、剣を静かに抜いた。縄が地面に落ちる。
「なぜ縄を解く。敵なのだぞ、俺は」
「俺も知らん。ただお前と酒が飲みたい」
陽助の持っていた剣を投げた。
「今すぐお前に斬りかかるかも知れんぞ」
「そうしたきゃすればいい。ただお前はそうしない。俺と同じにおいがする。それはお前も分かっているはずだ」
陽助は剣を腰に差した。
「分かったよ。賊と話すのもまた一興だ。くだらない話なら斬る」
「そうしろ」
忠彦は笑って言った。
お互いの幼い頃から話をした。なぜか、懐かしい感じがした。陽助は鋭い目つきだったが、それは忠彦を警戒していたかららしい。酒を飲んで話しているうち、陽助の目は大きくなり、まるで少年のようだった。
陽助は強盗に両親を殺されたのだという。母親が目の前で犯され、殺されるのを見ていたようだ。今まで自分よりも辛い目にあった奴はいないなどと思ったことは無いが、自分と同じくらい辛い目にあった奴を見つけたのは初めてだった。忠彦も自分の過去を話した。濡れ衣を着せられ、死んでいった父と伯父。そして母。それを話している時陽助は泣いていた。何を泣いているんだと言おうとして、自分も泣いてることに忠彦は気が付いた。
それから夢の話になった。お互い、何の夢も無かった。腐った過去は未来を奪っていくものなのだ。ただ、陽助の目の闇は消えていた。
「俺と一緒に死なないか」
唐突に忠彦はそう言った。
「夢を持たずに死ぬのはつまらないだろう。ただ、俺たちには輝く夢は持てない。だったら死ぬことを夢にしよう。死ぬことを志そう。不条理な国と戦いつくして、名も無い盗賊として死のう」
陽助は真剣な顔で聞いていた。目は不敵な光を帯びている。
「死ぬことが夢か。悪くない」
陽助は酒で満たされた杯を一息で飲み干して言った。
「どれくらいの戦いだ?もう一回討伐隊を破るか?それも難しいな。次は本腰を入れてくるだろう。百人じゃとても」
陽助が言った。
「春日山城を落とす」
忠彦は言って、鳥肌が立つのを感じた。
「馬鹿か、お前」
「馬鹿だ。しかし、それくらいやらなくてどうする。盗賊の城があっても悪くないだろう」
「たしかにな」
二人はしばらく見つめあい、大きな声で笑った。
近くの盗賊が集結してくる。その数は計り知れない。遠くからもやってくるだろう。朝、ふらつく足で外に出て忠彦は思った。盗賊が五倍の討伐隊を破る。そんなことは今までに無かったはずだ。当然、バラバラに活動していた盗賊たちはそれを聞いて集まろうとするだろう。盗賊は常に強い頭を求めているのだ。
「早いのだな、忠彦」
陽助が目を擦りながら起きてきた。住処は日によって変える。そうすることで居場所を掴ませない。
「盗賊が集まってくる。どれくらいになるか分からんが」
「そうか」
陽助はそんな話はどうでもいいような素振りを見せ、川のほうへ歩いていった。どれくらい集まるか。それによって今後の動きを決める。忠彦は空を見上げた。日の光は無数の木々の葉によって分散され、筋のように降り注いでいた。
ふた月後、忠彦と陽助は五百人の盗賊の前に立っていた。春日山城からずっと離れた山の中である。盗賊は予想外に多く集まった。集まった盗賊とは一人一人話をした。それぞれが闇を抱えていて、しかしそれぞれが熱い心を持った男だった。
「いいか、みんな。春日山を落とす。これは容易なことではない。というより無理だ。死ぬだろう。全滅かもしれない。しかし、ただでは死なん」
忠彦が大きな声で言った。陽助が前にでる。
「土産話を持ってあの世に行こう。その話を肴に、あの世で一杯やろう」
そう言って、陽助は白い歯を見せて笑った。
その日から訓練が始まった。五百人で城を落とすなど、無謀なことだった。しかし本当はそんなことどうでもよかった。戦って、何かを取り戻したいのだ。その何かは、五百人がそれぞれ違うものだろう。一人一人を精鋭に鍛え上げる。とりあえずそれからだった。
剣だけでなく槍、弓、体術など、覚えなければいけないことは様々だった。山に引き込んで戦えば強い。しかしそれはしない。当たり前だった。勝とうとしてるわけではないからだ。それぞれが死力を尽くして戦い、何かを取り戻し、その後に死ぬのだ。忠彦と陽助は一人一人教えながら回っていった。
陽助は昔、将軍が兵士に穴を掘らせているのを見たことがある。墓地に掘った穴で、会話からすると、城の外に抜けている穴らしい。それはいざと言う時、要人が脱出するための穴なのだろう。ある日、見張りの目を盗んでその穴を通った。驚くほど長く、大人が這って進むのがやっとの穴だ。その穴は隣の山の麓の大きな木のそばに抜けていた。
陽助は記憶を辿ってその穴を探した。たしかこの辺に。そう思う場所を何箇所も回ったがなかなか見つからなかった。
半ばあきらめかけていたとき、ある大きな木の麓に三人兵士が立っているのが見えた。なぜこんなところに兵士が。そう思ったが、そこに穴がるのだろう、とすぐに見当が付いた。
「誰だお前は」
一人の兵士が陽助に気付き、槍を向けてくる。陽助一人だった。他の兵士は笑って何かを囁きあっている。
「そこに穴がるのだろう?」
そういった時、兵士の顔が固まった。当たりのようだ。
「名を名乗れ。連行する」
「名は陽助。姓は捨てた」
言うと同時に剣を勢いよく抜きあげた。槍の穂先が飛んでいく。そのまま斬り下ろす。兵士は血を吹いて倒れた。
「貴様」
二人が突きかかってくる。一人の槍をかわし、もう一人の槍を掴んで斬り上げた。兵士は叫び声を上げて転がった。掴んだ槍に兵士の腕が付いたままだ。残った兵士が距離をとって構える。陽助は手が付いたままの槍を兵士に向かって投げた。槍は兵士の胸を貫き、後ろの木に突き刺さった。
穴。どこにあるのか。陽助は地面を這い回って探した。どれくらい探しただろうか。地面のある場所だけ色が変わっているのに陽助は気が付いた。そこを叩いてみる。動かない。小さな突起を見つけた。そこを掴んで勢いよく引っ張る。地面は口を開けた。ここだ。陽助は穴を調べてみた。特に変わりはなさそうだった。陽助は穴を誰にもに見つからないように隠し、住処に戻った。
「いいかみんな作戦を聞け。今城の兵は血眼になって俺たちを探している。もちろん、見つかるわけが無いがな。」
忠彦はひと息置いた。
「まず5百人のほぼ全てが少しづつ、農民や商人に成りすまして町に入る。俺もその一人だ。顔を見られていないからな。それから陽助率いる別働隊が穴を通り、町に入る。そこで派手に暴れる。当然兵士はそっちに集まるだろう。それと同時に、忍び込んだ俺たちは城に向かって走る。邪魔なものが斬る。止まらない。誰が死のうと。自分が死のうと」
皆真剣な顔をして聞いていた。これから始まるのだ。
「俺と共に穴を通る奴は志願してこい。二十人だ。たった二十人で城の兵を引きつける。まず、死ぬだろう。いや、皆死ぬのだったな」
陽助は笑って言った。あちこちから笑いが起きる。
「そして忠彦率いる本隊は城の天守閣を目指す。そこで火を放つ。そこまでしか考えてない」
「じゃあ少しずつ町に入るぞ。今日は飲め。次に会うのは城に向かって走るときか、死んだときだ」
少しずつ声が上がり、次第に地面を揺るがすほどの声となった。皆いい顔をしている、と忠彦は思った。
五百人。その全てが町に入るのはほんの数日で済んだ。春日山は商人の出入りが激しいいのだ。
「いいか。いくぞ。穴は狭い。獲物は持ったな?折れたら敵のを奪え」
陽助は息を殺して穴に入った。長い。そして狭い。妙な息苦しさを感じる。完全な闇だった。俺たちの未来のようだ、と陽助は思った。聞こえてくるのは地面を這う音と、二十人の息遣いだけだ。
突き当たった。たしか上に開く扉だったはずだ。陽助は渾身の力を込めて押し上げた。ゆっくりと石の扉が開いた。顔を出してあたりを伺ったが、墓地にはそう人もいるはずもなく、不気味な静けさがあるだけだった。
見回りの兵がいるはずだ。そう思ったとき、賊だ、という声が上がった。どこかで見張られていたのか。それはそれでかまわない。手間が省けるだけだ。十人ほどの兵士が走ってきた。皆軽装だった。
「目指すはあの世」
そう叫んで陽助は剣を抜き放ち。兵士に向かって走った。熱い。血が滾る。こんなにも生きていると思える瞬間が今まであっただろうか。たとえ、千人だって斬り伏せられる。そんな気がした。
十本の槍が突き出されたが、その全ての穂先を一瞬で斬り落とした。気付いたら十人とも首が無かった。騒ぎを聞きつけた兵士が続々集まってくる。応援を、と叫んでいるものもいる。さあ、いくぞ。二十人じゃない。一人だ。心は一つ。誰にも負けない。今まで感じたことのない快感が陽助を包んでいった。
騒ぎが始まった。陽助が暴れ始めたようだ。忠彦は隠していた剣を持って城に走った。次々に仲間が合流し、後ろに付く。城の門の前には三十人ほどの見張りがいた。墓地のほうから火が上がっている。兵士は皆そちらに気を取られているようだ。蟻のように兵士が湧き出しては墓地のほうに消えていく。
「突撃だ。友よ。あの世で会おう」
忠彦は剣を抜き、兵士の塊に飛び込んだ。左右に振る。首が飛び、血が噴出す。叫び声。槍。かわして奪う。その槍で瞬時に十人ほど突き倒した。穂先が折れる前に捨て、上に向かう。後ろは振り返らない。たとえ一人になっても天守閣にたどり着く。
前に五十ほどの兵士が現れた。雄叫びを上げ、突っ込む。渾身の力を込めて剣を振る。五人、十人と血を吹いて倒れる。三十人ほどを斬ったとき、剣が折れた。兵士の剣や槍が次々に飛んでくる。その全てをかわし、跳躍した。兵士の頭を踏み折った。その勢いでさらに飛ぶ。兵士を飛び越え、丸腰で走った。
陽助はもう死んだだろうか。後ろの仲間はまだついて来ている。振り返らない。あの世でまた会える。体中が赤く染まっている。返り血か、自分の血かすらもう分からない。
目の前にさらに二十人ほど湧き出てきた。上等だ、そう思いながら飛び込む。剣を奪い、斬り倒す。首を狙う。そうすればそう簡単に剣は折れない。次々に首から血を吹いて倒れる。槍が突き出されてくる。かわせない。もう、かわす必要も無い。体を貫く、しかし、痛みは無い。目がぼやけてきた。剣を振る。血が舞う。気付いたら二十人全員斬っていた。
さらに走る。もう走っているのかどうかさえ分からない。松明が見えた。それを掴んで燃えそうなところに投げつけた。何かが胸を貫いた気がした。胸を見る。槍の穂先が飛び出していた。目の前が暗くなる。眠いな。そんな気がした。
天守閣から火が上がった。忠彦はやったようだ。陽助の方には思ったほど兵が回ってきてない。どうやら忠彦の後ろの仲間が囲まれ、殲滅されたようだ。
兵士は陽助に手を出すのをやめ、大勢で周りを囲んでいる。もう百人は斬っただろうか。あちこち斬られている。忠彦に会えてよかった。最後にこんなにも燃えることが出来るなんて思いもしなかった。五百の友にも会えた。それで俺の人生は花が咲いた。
陽助は指揮官めがけて突っ込んだ。囲んでいる兵士が槍を突き出して防ごうとする。穂先を斬り落とす。しかし、何本かに胸を貫かれた。血が口から吹き出す。最後の力で剣を投げた。それは回転しながら飛び、指揮官の首に刺さった。
だんだん目の前が暗くなる。仰向けに倒れた。ただ、天守閣は明るい。忠彦の炎だ、と陽助は思った。楽しかったな。みんな、あの世で。そうつぶやいた。
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2008/12/04(Thu)17:36:19 公開 / トリス
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■作者からのメッセージ
過去に書いた作品を最近完成させ、投稿させていただきました。
細かい情景の描写がまだまだ未熟です。
時代物ですが、物語に入りやすいよう言葉遣いは現代のものとなっています。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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