『命がけの恋心(仮)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:鶺鴒
あらすじ・作品紹介
ある日、俺は怪しい男に出会った。道の真ん中に立っている黒ずくめの美男子。そして聞かされる蟲の存在と『彼女』の危険。そして偶然という運命に選ばれた『自分』。誰のために戦うのか、どうして命をかけてまで守るのか。そんなことはどうだっていい、ただ俺は彼女が好きなんだ!馬鹿みたいに真っ直ぐな想いを胸に、今自分は歩き出している……
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なぜ人は恋をするのか。そんなことは何百年も前から人々が抱えてきた問題だと俺は思う。暗い部屋で男女二人が閉じ込められると恐怖から愛情へと変わるメカニズムもあるというし、小学生にありがちな『好きな子をいじめてしまう』というのもこの問題の根底にあるものだと俺は思う。
さて、なぜこんなにも俺が物思いにふけっているかというとだな、なに、簡単なことさ。俺も恋をしているからだ。じゃなければ成績を下から数えたほうが早い俺が哲学的な問題で頭を悩ませたりするものか。
まあ、正直に言わせてもらえば俺はモテるなんて言葉には縁の無い人間だ。人生には三度モテ期が到来すると言う話もあるが、俺自身そんな時期が来た記憶が全く無い。ルックスや性格にも大きな特徴も秀逸な部分も見当たらず、級友に評価される場合は普通、もしくはどうでもいいといったようなごくごく普遍的なものだった。
変わって俺の恋をしている相手というのは上玉もいいところで、良家のお嬢様でありながらそれを鼻にかけるようなこともなく、友達も大勢いて成績も優秀。スポーツはイマイチのようだがそれもまた可愛さに拍車をかけるといった有様だ。
当然男供は餌に群がるハイエナのごとくファンクラブだの親衛隊だのを勝手に作り上げては、はた迷惑な応援活動を繰り広げている。しかし俺はそんな浮ついた集団に所属する気にはなれなかった。なぜかって? 彼女のことを考えると夜も眠れなくなっちまうのさ。そんな状態でファンクラブなんぞに入ってみろ。日々おっかけもどきをやって彼女の姿を毎日拝むことになる。そんなことしちまったら俺は不眠症になっちまうよ。
だから俺は、登校してくる姿をちらっと見たり、教室の前を横切る横顔を眺めたりするだけで十分なのさ。
今まではな……。
なんで今までかっていうと、どうしても彼女の顔を毎日見なきゃいけない状態に陥ってしまったからさ。おかげで俺は大変だよ、夜はまともに寝れないし、こんな頭の良さそうな人が考えるような問題に頭を抱えなきゃいけないんだからな。
そうだな、あれは四日前くらいのことだったかな。俺は帰る間際に部活をしている彼女の姿を見て幸せな気分で帰っていたんだ。そんなときに、目の前にどうみても怪しいだろっていう格好をしたヤツがいたんだ。なんか黒いコートを着てでかい帽子を被ってる。今は夏だし、季節外れもいいとこだ。
今思えば、この変態に話しかけちまったのが運命の分かれ道ってやつかね。気の迷いだったんだ、ただ立ちすくんでる怪しい男に何をしているか聞いてみる。ただそれだけのはずだったんだ。
「こんなとこで何してんすか?」
少し乱暴な言い方になってしまったかもしれない。けど、不審者に声をかけるにしては上々なセリフだったと思う。けど、ソイツの反応ははなはだ意外なものだった。
こっちを振り返った男は驚くほど清楚な顔立ちをしていた、不覚にも俺がドキッとしちまったくらいだ。ついで男は俺の顔を……いや、体全体を観察し始めた。なんか嫌な感じではあったけど、そのままほっといたんだ。
「あなた、私がお見えになるのですか?」
声は驚くほどソプラノだった。体系を見る限り男だが、一瞬女だと錯覚しちまったよ。
「見えるも何も、見えてるから声をかけてるんですけど。あんまり怪しいことしてると警察に通報しちゃいますよ?」
すると男はニヤーっと素敵とは言いがたい笑顔を作ると、俺の袖を引っ張ってずんずん歩き始めた。俺は何が起こったかわからずにただ後を付いていくしかなかった。自分から声をかけたくせに、いざ変態アクションを起こされると何もできないなんて、我ながら情けない話だけどな。
俺が引っ張り込まれたのは路地を何回か曲がって突き当たりにある小汚いバーだった。
「カラーン」とドアに付いた鈴が小気味良い音を立てて来訪者の存在を知らせる。おそらくこのバーの主人であろう中年男はそんな音にも気づかずに寝息を立てていた。
「ここなら誰にも怪しまれることはないでしょう」
怪しまれたくなかったらその格好をどうにかしろ、と言いそうになったが、そこは抑える。適当な場所に男が陣取ると、前の席を指してどうぞというような仕草をしてきた。まだ多分に怪しい部分はあるのだが、俺も素直に着席する。
「さて、急にこんな場所に引っ張り出してしまって申し訳ありません。しかしあの場所で会話を続けるとなると少々問題がありまして、あなたが不審者と間違われて警察に突き出されてしまうのも忍びないですし、このような人気の無い場所にお連れした次第です」
これだけのセリフを一息で言い終えると、男は俺の反応を楽しむように微笑をたたえた顔で俺の普通の顔を覗いていた。俺は二の句が告げずに黙っていただけだけどな。というか、心の中では不審者はお前だ! と叫ぶべきか否かを大声で論議していたところだったが。
「私の格好がこの世界に、そして季節にそぐわないのは重々理解しています。しかし何せ急場だったもので、こちらの世界を詳しく調べるわけにもいかずにいつもの格好で来てしまいました。あなたのおっしゃる通り、わたしはそのまま立っていれば不審者と言われても致し方ない姿ですので、一応姿を消して情報収集を行っていたわけですが、そこをあなたに発見されてしまったというわけです。 どうしてあなたには見えたのでしょうかね?」
ああ、だからあんなに驚いた顔をしていたわけか。なるほど……じゃねええええ!!
「ちょっと待て、話が訳わからん。めちゃくちゃにもほどがあるぞ、姿を消したとかこの世界がどうとか。新手の信仰集団の勧誘か? ならお断りだ、俺は帰らせてもらう」
目の前の男に憤慨を覚えつつ、俺は席を立って扉に向かった。だが、俺の足は次の一言で機能を停止してしまった。
「神宮みやこという人物をご存知ですか?」
なぜこいつが彼女の名前を知っている? 俺の頭はいつもの五〇%増しでフル回転して答えを導き出そうとしたが、俺のできの悪い頭ではストーカーか学校関係者の線しか考え付くことはできなかった。
「なぜ神宮さんを知っている?」
少し声に怒気が溢れすぎたかもしれない。だが男はやっぱり知っているか、という表情を浮かべた後、こう切り出した。
「寄精蟲というものをご存知ですか?」
答えになっていない。そろそろ本気でぶん殴りたくなってきた。いっそ本当に殴ってしまおうかという感情が頭をもたげてきたが、そこは残り少ない理性をきかせて聞き返す。
「さなだ虫とかああいうヤツか?」
「少し違います。あなたが思い浮かべたのは人体や他の動物に寄生して害を及ぼす虫のことだと思いますが、私の言っている寄精蟲というのは精神に寄生します」
馬鹿にされているようでむかついた。男はそんな話をしているのにもかかわらず微笑をたたえていて、俺のことをまるで小さな子供を見るような目で見ていたからだ。
「で、それがどうした」
男は話を続ける。
「神宮みやこの精神にこれが寄生しています。このままではよくて一ヶ月、早ければ一週間ほどで心を食われます。私は今までにも心を食われた人を何人も見てきましたが、それは悲惨でしたよ。言うなれば、生きた屍といったところでしょうか。あなたは神宮みやこをそんなふうにしたいですか?」
にわかには信じがたい話だと思う。いや、むしろ信じるのは頭のいかれたアホかよっぽどのお人よしくらいのもんだろうが……だがそのとき、俺は聞かなきゃいけないような
気がした。
「その話が本当なら、何か信じるに値する証拠を見せてくれ。悪いが俺は頭に電波でも受信しているんじゃないかってぐらいのアンポンタンの話をそうそう簡単に信じられるほどお人よしじゃないんでね」
男はやれやれとでもいいたそうに両手を上げて肩をすくめた。ひとつひとつの動作がムカつく野郎だなまったく。
「これを見てください」といいながら胸元から取り出したものは、一目で理解することは難しかった。半透明の液体が牛乳瓶ほどの容器に入っている。色はちょっと薄めの緑といった感じだ。
ん? 中に何か入っているな……
「うわあああああ!!!」
奇形……そんな言葉を使うことは本来ならはばかられるべきことなのだろう。だが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。容器の中でかすかにうごめく物体は、本来地球に存在するはずは無い、いや存在してはならないのではないかというくらいに気色の悪い姿をしていた。
理科の授業を覚えているだろうか。太古の地球に存在した始めての生命体、目がいくつもあったり足が無数についていたりするアレだ。それをもっとグロテスクな色に、形ももちろんずっと生々しくなっている。それがてのひら台の容器の中で黙々と形を変えていく、俺はしばらく呼吸も忘れて目を離せないまま固まっていた。
やがて男は容器をそっと胸元に戻すとこう言った。
「すこし驚かせてしまいましたね。しかし最初に証拠を見せろと仰ったのはあなたですから、そこはおあいこということでご勘弁下さい。今お見せしたものが寄精蟲、人間の心に巣食う虫です。姿形に多少の違いこそあれ、神宮みやこに寄生しているのも似たような存在と考えてもらって結構ですよ。この虫はやがて大きくなってゆき、やがて宿主の精神と心を食らい始めます。そして最後まで食われてしまったときは……」
男はそこで一度言葉を切った。やがて本当に言いたくないといった様子でかぶりを振ると言葉を繋いだ。
「死ぬか、もしくは心を失います。そこまで症状が悪化してしまった場合、寄精蟲は体の外に出てきます。そうなってしまえば、その時は宿主ごと滅殺するしか方法はないでしょうね」
ここまで言い終わると男は俺の顔をじっと観察しながら俺の答えを待っていた。
今見たもの、今の気持ち悪い生物は確かに生きていた。自分の目で見たんだ、あれが本物か偽物かぐらいは判断できる。なにより、直感的にあれは本物だと自分の中で警報が鳴り響いていた。ここにいてはいけない。これ以上この事に関わってはならない。脳みそが全力を上げて警告している。
だけど、逃げていいのだろうか。この男の話が本当なら、あの虫が神宮さんの中にいることになる。そしてそれは時を経て心を食らい、やがて命さえも奪うという。自分の好きになってしまった人、話したこともないけど何故か好きになってしまった人。そんな人に命の危険が迫っているというのに、その事実を知った俺が逃げ出すなんてことは……
「できるわけねえだろうがっ!!」
気がつけば、俺は自分を叱咤するように叫んでいた。それも店が震えるほどの大声で。
「そう言ってもらえると助かります。私の見たところ、あなたは神宮みやこに恋心を抱いているようですね。それが重要なのです。私は寄精蟲の存在や力を感じ取ることはできますが、それを滅殺することはできません。我ながら無力で情けなくなりますが、これはしかたのないことなのです。忌まわしき虫を退けることができるのはただ一つ、その人を一途に思う心、『恋』です」
ここまでストレートに言われると恥ずかしい。だが、今の説明で全て納得がいった。俺もそこまで知っているのなら自分でなんとかすればいいんじゃないかなんて思っていたが、どうやらそれはできないらしい。それと、自分は神宮さんに恋をしているなんて言った覚えはないのに、こいつはそれをさも当たり前のように知っていた。
疑う理由なんてもうない。人が聞いたら笑うかもしれないが、俺はこの男を信用することに決めた。
「で、俺は具体的に何をすればいいんだ?」
男は俺の発言に意表をつかれたようで、すこし息を呑んだように見えた。
「い、意外と早い決断ですね」
当たり前だ、好きな人の命と自分の危険を天秤になんてかけられるわけがない。
「とりあえず、自己紹介がまだでしたので先に済ませておきましょう。私はこの世界とは別の世界からやってきた『狩人』のレイル・ランサーと申します。もちろん本名ではありませんが、規定によって本名を明かすことは禁じられていますので、どうかご勘弁ください。あ、レイル・ランサーというのは二つ名のようなもので、私が槍を得意な武器とするためにそう呼ばれています」
槍……か、どう見ても槍を振り回せるような体には見えんが、とりあえず名乗られたら名乗り返すのが礼儀というものだろうな。
「俺は赤城幸一だ。二つ名なんて大層なものは持ってないが、強いて言えば走るのだけは得意かな」
我ながら頭の悪い自己紹介だ。だが、レイル・ダンサーと名乗った男は本気で面白そうな顔で聞いていた。
「よろしくお願いします、赤城さん」
「幸一でいい。赤城って呼ばれるとなんだか落ち着かないからな」
「わかりました、幸一さん。私のことはレイルとお呼びください。知り合いもそう呼んでいますので」
お互いの名前を知ったところで、ようやく一種の連帯感が生まれていた。これからの話は長くなるので割愛させてもらう。
俺はその日知った情報は、レイルは別の世界の虫退治専門の機関から来た人間であるということ。これからの行動は全て俺の命に関わるということ。どういうわけかレイルの姿は俺だけに見えているようだということ。これからは一緒に行動するべきだという点については双方の意見が一致した。そして、最後に渡されたもの、円錐状のキーホルダーみたいなものを渡された。
「いいですか、これはこれからの行動の中で一番大きな意味を持つ道具です。絶対に無くしたり、他の人に渡したりしてはいけません。これはパラノイド、別名『愛の形』という道具です。あなたが神宮みやこを好きだと想う気持ちを具現化し、己の扱う武器として出現させてくれる道具で、あなたや神宮みやこの命を守るためのキーになります」
俺は手にすっぽり収まるリップクリームみたいなものを見つめていた。
「使ってみましょうか。まず、神宮みやこの姿を思い浮かべてください」
言われたとおり、目を瞑って神宮さんの部活姿を思い浮かべる。窓際で景色を描いている姿、俺の一番好きな姿だ。
「では、次にその想い人がさっきお見せした虫に襲われている姿を想像してみてください」
ぶるっと寒気がした。さっきの奇形虫に襲われている神宮さんを想像するだけで、少しだけ涙が出そうになる。
「最後です。あなたは神宮みやこを守りたいですか?」
何を聞いてやがる。俺の答えはさっきからいっぺんたりとも揺るぐことは無い。
「当たり前だ」
少し、掌が温かくなったように思えた。
「目を開いてください」
目を開けてみると、さっきまで手に握っていたキーホルダーはどこにもなく、かわりに薄桃色に光を放つ大検(クレイモア)が握られていた。自分でも片手で持っているのが不思議なくらいの質量にもかかわらず、驚くほど重さを感じない。まるで、自分の腕のように自由に動く。
「クレイモアとは、実にあなたらしい武器ですね」
相変わらずの微笑でレイルが言う。
「俺らしいってどういうことだ?」
少し不機嫌に俺が問う。
「あなたの想いは実にまっすぐで力強く、それでいて揺らぎがありません。これを具現化するのはさすがのパラノイドも苦労したでしょうね。ですが、クレイモアとは実にあなたの内面を、心をよく表していると思いますよ」
クレイモア……何もかもを切り裂いてしまいそうな大きな剣。これが俺の気持ちを表す武器なのか。何回か左右に剣を振るうと、桃色の光が薄く残像を残した。
「これが、俺の想いを表した武器……」
なんとなく、ただなんとなく口に出して呟いている。理由なんてどこにもないが、今ならなんでもできるような気がしていた。
いつの間にかクレイモアはただのキーホルダーに戻っていた。
そして、二人して店を出るそのときまで店の主人は一回も起きることは無かった。
ここで、冒頭に戻るわけだ。
今俺は教室の自分の席で頭を悩ませている。恋とは何かという問題、それと昨日レイルに言われた最初にやるべきこと。
なんとしてでも神宮みやこと何らかの接点を持たねばならない。
これは俺にとって早すぎる第一関門となった。何せ俺は神宮さんと一言さえも言葉を交わしたことはないし、接点といってもクラスメイトはおろか隣のクラスの同級生でしかない。そんな俺が神宮さんと接点を持つ、それは限りなく不可能に近いミッションだった。
しかし、運命の女神とはもしかしたら今俺のそばにいるのかもしれない。今俺は屋上へ続く階段の踊り場にいる。ちょっと頭を冷やそうと思って屋上に向かおうとしていた。あそこは常時施錠されているが、あるちょっとした手順さえ踏まえれば簡単に侵入することができるからだ。
最後の踊り場にたどり着いた瞬間、上から人が振ってきた。大量の本と一緒に。
どさどさっ! っと本が散らばって派手な音を立てる。もちろん派手な音を立てたのは本だけではない。俺の尻も地面と強烈なキスを交わして悲鳴を上げていた。
「いってえ……」
強打した尻をさすりながら落ちてきた人間を見る。髪が長いな……って、神宮さんっ?!
「あいたたた……す、すいません! お怪我はないですか?」
あまりのショックに俺の頭は考えることをやめてしまったようだ。さっきまでどうやって接点を持つかという問題で頭を悩ませていたのに、こんなハプニングから忘れられないような接点を持つことになってしまった。
耳元でレイルが呟く。「ほら、チャンスですよ」
わかってる。けど、うまく言葉が出てこないんだ。大丈夫ですか? いや、違う。痛いところはないですか? 相手は子供じゃないんだから……散々悩んで、俺の口から飛び出した言葉は良くわからないものだった。
「屋上なんかでなにしてたの?」
やっちまったと思ったね。明らかに神宮さんは驚いた顔をしている。
それもそのはず、この学校の屋上は出入り禁止の区域となっており、したがって施錠されているわけだ。そしてその屋上にしか続かない階段から降りてきたとなれば、屋上に行っていたとみてまず間違いないだろう。そして神宮さんは学校一のお嬢様で優等生、入ってはならないとい言われている場所から出て来るところを見られたのはショックだったんだろう。
「いや、別に先生に告げ口しようとか思ってるんじゃないんだ。俺もよく屋上に出てるからさ。けど、あそこには鍵がかかってるし、ある方法じゃないと開かないはずだから、どうやって入ったのか気になってさ」
俺の心臓は今にも口から飛び出してしまうんじゃないかってくらいにバクバクと暴れまわっている。
少し時間がたって、神宮さんはやっと口を開いた。
「よかったあ……いけないとこ見られちゃったから焦っちゃいました。私は神宮みやこと言います。あなたは?」
自己紹介をされたときは知ってるよ、と頭の中で突っ込みをいれておいた。けど、俺の名前を聞かれたときはわかっていても少しさびしかったね。
「俺は隣のクラス、C組の赤城幸一っていう。神宮さんは有名だから知ってるよ」
考えてもいないのに、勝手にセリフが出てくる。考えなくていいのは楽だけど、かなり恥ずかしい。
「あ、ごめんなさい。あんまり他の人の名前とか知らなくて……赤城君っていうのね。あの、今日のことは私たちだけのヒミツね?」
ヒミツね? といって今日一番の笑顔を見せる神宮さんに、俺は完全にやられた。もう、自分が何を言っているかもわからない。多分顔はゆでだこみたいになってるだろうな。
やがて覚えてないが一言二言言葉を交わして神宮さんは階段を下りていく。俺はその姿をぼけーっとしながら見つめていた。
「接点、できたじゃないですか」
そんなレイルの言葉も耳に入らない。俺は夢遊病患者みたいな足取りで屋上に続くドアを開けた。
屋上に続くドアはいつものように施錠されていなかった。ためしにドアノブをひねるとすんなりとドアは開き、風と空の世界が俺の眼前に現れる。
屋上に出て最初に見たもの、それは一枚の栞だった。何の花かはわからないが、綺麗な紫の押し花が白の紙に吸い付いている。この屋上には普段人の出入りが全く無いこと、寸前まで神宮さんがここにいたことから見ても、これは神宮さんの落し物と見て間違いないだろう。
「またチャンスが巡ってきましたね」
給水塔の柱にもたれる俺にまたレイルが話しかけてくる。というのも、レイルは昨日行動を共にすると取り決めた段階から俺とずっと一緒で、自宅のトイレにまで付いてこようとする有様だ。俺に命の危険があるのはわかるが、それは寄精蟲を倒す段階での話で、今は大丈夫なんじゃないかという疑問もあるが、レイルはレイルで何かと考えることがあるらしい。
少し伸ばしすぎた黒髪が頬を撫でてうざったい。いつもより少し強めの風が栞をゆらゆらと揺らめかせた。
「突然だよな……」
俺はありのままの気持ちを言葉に出してみた。
「何がです?」
レイルが不思議そうに問い返してくる。
「だってそうだろう? 昨日までは俺は普通の恋する一男子学生にすぎなかった。それがお前に出会っちまったばっかりに、不思議な武器を持たされてありえない形をした虫とやらと戦わなきゃならないんだぜ? 何なのかね、これは」
レイルは少し考えるそぶりを見せた後、俺に笑いながら答えを出してくれた。
「運命……なんじゃないですかね」
運命、今ならなぜか信じられる言葉。かつては馬鹿馬鹿しいと笑っていた俺も、今の状況に置かれては信じるしかない。
「運命か、そうかもしれないな」
レイルは微かに笑っている。なんというか、小さな子供をあやす父親のような微笑で俺の横顔を見つめている。俺は正面を向いているので見えないが、なんとなくわかる気がした。
天気予報では晴れの予報だったが、何だか雲行きが怪しくなってきた。グラウンドの運動部も空を見上げては活動を中止するか否かの議論を繰り広げている。
「そろそろ戻ろうか。雨降ってきそうだしな」
そう言って立ち上がる。座っていた尻を何度かはたいて校舎の入り口に向かう。
その時、俺は気づかなかった。給水塔の上に人影があることも、そいつが怪しい笑みを浮かべていたことも。
帰り道、俺は考え事をしながら淡々と自宅への道を歩いていた。神宮さんともっと近づく方法、どうやって寄精蟲を倒すのかということ、そしてレイルの存在。
俺はレイルについて多くのことを知らない。せいぜい知っているとすれば名前(といっても二つ名らしいが)、男であるということ、別の世界の人間で、ある組織から派遣された人間であるということ。
本当に何も知らないのと変わらないな。こういうときは本人に聞くのが一番なんだろうが、あいにくレイルは校門を出た辺りで用事があるといってどこかに行ってしまった。
「帰ってからでいいか」
最近独り言が多くなっている気がする。仕事帰りのサラリーマンが不審そうな顔をしてすれ違っていった。俺は少し赤面して、うつむきながら帰路を急いだ。
その頃、レイルはある公園に来ていた。
「いるのはわかっています。出てきていただけませんか?」
何も無い空間に向かって呼びかける。一般人が見れば幸一よりも不審者であるのは間違いないが、変化はすぐに表れた。
「ほお、気づいていたのか。相も変わらず察知能力だけは高いのだな。レイルよ」
何もない空間を捻じ曲げて、一人の男が現れた。外見は普通の高校生くらいの青年だが、話し方はやたらと古めかしい。
「あなたみたいに力を垂れ流しにしていれば誰だって気づきます」
レイルは少しきつい目で男を睨む。
「耳が痛いな。まあそう睨むでない、古い友人ではないか」
「ええ、友人でした」
レイルが少し目線を外す。男は無表情で立っている。
「しかし、それも昔の話です。あなたが私の最愛の人を奪ったときのように神宮みやこの力を奪おうというのなら、私がここであなたを倒します」
言うと同時にレイルは幸一に渡したものと同じキーホルダーをかざした。
「ほお、お前に我が倒せるとな? 面白い、やって見せてくれ」
ヒュウ! っと風を切る音がレイルを取り巻く。公園の砂は巻き上がり、やがて小規模な竜巻のような姿になった。
段々と風が勢いを無くし、砂煙も落ち着きを見せると、中には身の丈を超える大槍を手にしたレイルの姿があった。
「久しぶりです。これを使うのは、十四年ぶりくらいでしょうか」
手にした大槍を男に突きつけながら、男の動向を観察する。
「そうだな、我とお前が戦ってからもうそんなに経つのか……まさに時の過ぎ行くは風の如しだな」
男はひるむことなく槍の先端を見つめている。
「くっ……」
一歩、また一歩とレイルは男と距離を取る。やがて、構えを解いた。
「私ではあなたに勝てません。それは十四年前にわかっています」
「ふっ、当然だ。お前の恋人の力を手に入れ、我は既に人間の域をはるかに超えている。お前ごときに倒されるわけもなかろう」
屈辱、それをこんなにも強く感じたのは初めてだった。意識せずとも自然に槍を握る手に力が入る。
「ですが、私が見つけた男の子は、あなたを超える力を持っているかもしれません。あなたも見ていたでしょう、あの子を」
「確かに、あやつの力は内に秘めたるものを感じた。だが、それでも我には遠く及ばん。決戦を楽しみにしているぞ、レイルよ。せいぜい十四年前の二の舞にならんように気をつけるのだな」
ジャングルジムの手前の空間が捻じ曲がり、男は吸い込まれるように消えた。余裕を見せ付けるように金髪をかき上げながら。
後には、屈辱に身を震わせるレイル・ランサーの姿が残るばかりだった。
いつの間にか、空は泣き出していた。
2008/09/09(Tue)01:51:45 公開 /
鶺鴒
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■作者からのメッセージ
始めまして、鶺鴒(セキレイ)です。
まとめられそうな構成が出来上がりましたので、投稿させていただきます。
文章力も構成力もまだまだですが、皆様のアドバイスで精進していきたいと思っています。
どうか暖かな目で見守ってくださいませ。
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