『それでも、君が好き』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:賞味期限二日過ぎ                

     あらすじ・作品紹介
当然のことながらこの作品はフィクションです。実際の地名は団体名は実在しますが、実際の地域や環境などはフィクションです。

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 方言なんて喋れなくても死にはしないから大丈夫だ。とかよく言ったもの。よく田舎者が都会に来たときに都会の空気というか雰囲気に圧倒されると同じこと。上京してくれば一瞬で代わる生活の環境。

●それでも、君が好き

○プロローグ

 朝、締め切っていた窓をガラガラッと音を立てて外の生臭い空気と蒸し暑い臭いを吸い込む。
 果たしてこの時点での効果音はガラガラなのかカラカラなのか判らないが、とりあえず窓を全開にした。
 強いて言えば俺の喉のほうがカラカラだ。夏ばて対策だとか言うが、クーラーもない部屋にいたらそれでこそ蒸し暑すぎて人間の蒸し焼きになる。まあ、実際そんなことはないが成ったら成ったで最悪だ。
 そこまで駄目な人間にはなりたくない。そこでいつもの習慣といいますか、俺は勢い良く窓を開けた。朝から余計なことを考えてる暇があれば計算の一つや二つできると思って、小学校2年の頃にゼミなんていうものを受けてみたら結果はギター侍の言葉を借りることと成った。

 所詮は駄目な人間ですよ。俺なんて。それでも窓が開くときの効果音が効果音が濁点っぽいとか、カラカラのほうが転がる感じっぽいとか。こんな俺にでも一般的な感覚はある。
 窓から身を乗り出して今日明日で早々に変わることのない町並みを二階の部屋の窓から眺める。
 外の空気が美味しいだの比喩的なものなのかは知らないがよく言うことがある。空気が美味しい。空気には味があるんだと俺はこの言葉を小学校6年生まで信じていた。実際は今は亡き父親にだまされたんだと後悔。大抵、空気の入れ替えをしているとコバエが部屋の中に侵入してくる。網戸が無いからなおさらだ。

 5時くらいならまだいいとして、朝の8時や10時になっても下に降りてこない俺に痺れを切らしたのかバンッという大きな音がしたかと思いきや、俺の部屋に廊下の光が差し込んできた。別に興味はないし好奇心でもないのに光を目で辿って振り向かなければならないような気がした。
「量がすけなあで、この仕事をしてちょーせんか」
 振り向いたその先に仁王立ちの母が俺の部屋の入り口に佇んでいた。効果音をつけるとしたらジャジャジャジャーーンッ!!!(BY.ベートーベン)だろう。
 なんだ。何が起こった。一人ダラダラというか店内の空き椅子に腰掛けながら週刊誌を広げて寛いでる俺に実母が怒鳴ってきた。すけなあでって、なんだ。スゲーなの間違いか。それとも新手の発音か。透けなっ。ていうのを強めた、透けなあ! とか。後は「なあ」を強めていってみるたとか。それとも何かの命令形か。つーか、朝鮮がどうした? 朝鮮がまた何かやらかしましたか? オリンピックか? 第五輪か? 英語のリスニングを聞かされるよりはまだましなほうだが、これはそれ以上に判り辛い。分かりたくもない。
 先に言っておく。今更だが、ベッドから起き上がって動き出す30分間の俺はスローモーションである。ナマケモノである。
 これで未来から来た猫型ロボットがいてくれたら間違いなく俺は0点を取るに違いない。いや、それどころか白い襟元に黄色い服と青い短パンなんて俺は断固拒否をする。因みにメガネはないのでご安心を。
 思考はバリバリ回転中の俺が言葉を挟む前に廊下側からまた新たな若い女性の声がした。女神が救世主。願ってはいないが心なしか、現れてきてくれた気がする。
「ちいとねゃあおとなしくしとれ」
 だけど、その言葉も理解不能に終わる。英語のリスニングでいったら初級者向けの単語なのか。
 少し唖然となってる俺に10歳年上の姉がフォローらしき謎の言葉をかけてきた。
 いや、実際にこの言葉がフォローでかけてきた言葉なのかは知らないが、俺の中の雰囲気的にはフォローをかけてきてくれても良い状況だから俺は勝手に姉の言葉を解釈する。救世主だ、女神だと信じている純粋な野郎の群れではないが、俺が困っていると良く姉ちゃんが助けに来てくれたっけ。
(……ありがとう。……姉ちゃん! ――言ってる意味は相変わらずだけど)
 内心、涙目。嬉しい感動泣きと訳の解らないお手上げの両方が一緒になってくる。駄目だ。死ぬ。今すぐにでも意味が分からなくて精神的に死にそうだ。それは今も昔も相変わらずで、15年間を無駄に生きてきたような俺の悩みである。

 方言。それは地方特有の言葉を意味する。
 方言。俺にとって理解不能な存在。
 未だに場面というか俺の至る場所は二階に維持する俺の私室だが、何故に姉ちゃんと母が一緒になっているのか。一階にある店は果たして大丈夫なのだろうか? アルバイトも何もいない状況を踏まえていそうな顔で女二人は俺の部屋にいるわけだが、男三人いるうちの二人は店に居ても居ないのと同然だから俺が行かなければいけない。
 女三人といっても、そのうちの一人は母方のババだし。ババにはレジもウェイトレスも任せられない。なんてったってウェイトレスのハードルが高すぎだ。それなら姉ちゃんを使えば楽勝という状況である。
 まあ、なにはともあれ俺の思考は今日も絶好調。俺の目の前では方言だけのオンパレードだ。俺には何がなんだか判らない。中国語でニュースを放映しているのと同じだ。わかる人にはわかるが、わからない人にはわからない。

○家業も杓子も

 俺はこの世に生まれてから今に至るまで嫌だというほどに付き合わなくちゃいけない程に現実的な地獄を味わっているような気がする。
 天国と地獄は本当に天にあるのかどうかなんて知らないが、生きているうちに天国と地獄を感じられる時は絶対何かがある。死ぬ日が決まってるとか地獄を見たとか言う時期が間近にあるとしたら今が多分その時期だ。
 半ば非難のつもりで一階に維持された中に入る。一階といってもただの一階ではない。俺のうちは名古屋名物である「きしめん」を取り扱った店である。だから一階に入れば言葉は変わって店内と表される。見た目は普通の店内と同様に左右の壁側に沿って長い椅子が沿ってて長い机が左右の壁側に同じ数だけあって、真ん中くらいには5、6個の横長の机と4個から多くて7個くらいの椅子が設置されてる。卓上にはメニューとかコショウとかが置いてある。

 この店は自分の家の一部であり家業でもある店のことを余り知らない。だから開店時刻とか全然知らない。姉ちゃんは解っているそうだが、俺は全く知らない。教えてくれないといったほうがいいのか。それとも説明しているが俺には何のことやらさっぱりで、単に俺の理解が遅れているだけなのか。
 東京の田舎ものには名古屋の方言は正確に通用しないというか、いまいちしっくりこないときがあるなら今がその時期だ。俺は上京したのでもなんでもない。生まれも育ちも正真正銘の愛知県民の一部である。更に言えば我が家は立派といえるくらい愛知県民のたまり場なのである。我が父は断然といっていいほどの生まれも育ちも名古屋という愛知県民、続く母も愛知県民、そして勿論この二人の間に生まれた二人の子供の生まれは愛知県民の第一歩を踏むことになる。
 うちは人手が多いんだか少ないんだか、それがよく分からん。男三人に女三人という非常にプラスマイナスゼロの組み合わせで、そのうちの男二人が健全であり一人が絶望。女三人というのも、うちの一人は後先遅かったそうな。残りの二人は現役でもあり、もうじき絶望にまっしぐら。
 10歳上の姉と俺。これが二人の愛知県民から生まれた次代愛知県民である。この二人の先代は父方のジジと母方のババにある。どれをとっても同じ血筋のはずなのに、なんでだか俺にだけ方言を標準語で理解できず15まで上りつめてしまった。まあ、俺の今言っている言葉が標準語とは限らないが。

 俺以外の人間は全て方言で喋っているらしい。これだけは遥か昔に聞いたような空耳だったような言葉なので俺でも奇跡的に覚えてた。15になった今でも、誰かさんの言っていた言葉だけが身にしみてる。だけど相変わらず訳が分からん。周りが方言だらけでうるさいから、別名「言葉の方言ラッシュ」と呼んでいる。
 今日の絶え間なく朝から晩まで言葉の方言ラッシュは俺の耳に流れてくる。
 頼んでもいないのに入ってくる。通勤電車の中でもなければ、安売出しのバーゲンセールという戦場に駆け込むおばちゃんたちでもない。ただ単に地元のサラリーマンと常連達と俺の家族側が巻き起こす方言ラッシュが俺を囲む四方八方から飛び込んでくる。
 方言のオンパレード。ある場所はそんなに田舎方面ではないはず。単にジジとババがかなり田舎者だったというそれだけ。父と母は多分、子ども時代の頃から今のジジとババの方言に聴き慣らされて、いつの間にか馴染みを覚えたんだろ。よってジジとババの子供である父と母の間に生まれた子供は生まれつき方言が出来る筈だ。なんて誰が決めたんだか。
 俺には無関係な話だが物心付いた今でも地元の人とか常連客がうちが営む名物店に良く来るからか、方言だらけの言葉ラッシュに意識無く馴染んできてしまったのか。これが現実。実の親でも言ってることがさっぱりで、ジジババに聞いてもお手上げ状態だ。
 さらに名古屋名物「きしめん」のお店に生まれたのが俺の運命ならば、これは避けて通れないタイム・ロスだ。この店の名前が「沙久良(さくら)」というだけあり、日本男児である俺の名前も「沙久良」という非常にタイム・ロスな事だ。
 特に理由はないが、なんとなくタイム・ロスだと言いたい。そんな気分だからか。
「さくらッ!!」
「うわっ。‥だから、何? 俺、今から宿題が」
「とろくせゃあ事言わないで、ちょーせんかッ!!」
 産んでくれた母には悪いが俺は立派な日本男児の一人だ。感謝はしてる。別に嫌いではない。好き? 嫌い? やっぱり好き? 嫌い? とか当然の様に聞かれたら、嫌いじゃないけど日本男児らしい名前をつけて頂戴。
 いくら俺のひと先前に姉が生まれたからって。姉妹のほうが手際がいいんじゃないかって。そんな勝手な。というか、同じ血筋で同じ家族だというのに俺はバリバリ標準語マスター。周りは方言ラッシュが盛んなのに俺だけモロ標準語。周りも全く喋れないわけでもないが、非常に方言が強い。俺だけが普通に喋ってるようで、何かが違うような気もする。ていうか、本当の標準語って何だ?

 なんつーか、おかしくね? 普通、誰か一人は方言を弱めたエセ的な標準語で言葉を教えてくれる人が居てもおかしくないのに俺の周りには一切そういう人が居ない。
 もしや俺は養子か? 猫か犬みたいに拾われたか? まあ、今更こんなこと考えてもどうにか成るだろ。結果、どっちもどっもだ。そう考えから今の生活が少しは楽に感じると思われたが、現実はそんなんじゃなかった。現実は甘くないとはよく言ったもの。その通りだ。
 仮に標準語のような言葉がペラペラな俺は、本当の様な偽者に近い標準語でしか理解が出来ない。
 周りは当たり前の様に方言のオンパレードだ。さて、俺はこの先どうすれば良い? あまりにも名古屋の方言が強すぎる環境に生まれてきちゃったもんだから俺にもどうしていいのか判らず仕舞いだ。
 案の定、俺の周りの住人は気を使っているのか。それとも容赦ないのか。方言の様な標準語‥いや、やや標準語に似せたエセ標準語。標準語の様に見せかけた標準語? ん? なんか違うような。だけど方言のほうが遥かにニュアンスが強い。全然言っている意味がわかりません。

 いや、強いて言うなら方言もさほど嫌いじゃないけど……耳がおかしくなりそうだ。可笑しいか? 地方によってはこれが一般常識って言うのが必ずしもあるらしい。何処の地方も方言があって特徴がある。
 それはそれで面白いからいいんだけど家業を継ぐことに自然な流れで巻き込まれた俺は学校にも行かせてもらえずに、朝から晩までというか生まれてから死ぬまで言葉の方言ラッシュを聞かされることとなるだろう。俺は内心そう思いつつこの世を15年間くらい渡り歩いてきたのかもしれない。
 だが、俺には足がある。歩くための足がある。金だってある。世界は広いんだ。世の中、名古屋の方言だけじゃない。京都だって、東京だって、愛知だって、沖縄だって、海を渡り歩けば欧米だって、世の中は様々な言葉の宝庫が世界中に眠っているはずだ。
 俺は何とかその場の雰囲気だけでやっているが、実のところ会話が成り立ってるようであやふやなときがある。怒鳴ってくる母親の言ってることが相変わらず意味がわからない。時々チラッと標準語が混じってるように聞こえるが、なんにしたって危うい。
「だーっから、俺に方言は通じないって何度も言っただろ!! てゆうか、朝鮮がどうしたよッ!?」
 うっとおしく感じで時々逆切れをする。それが俺。母親は当然の様に目を丸くして、俺のほうを見る。
 何を言ってるのよ、この子は? 的な反応をされれば、逆切れをエンドレスで引き伸ばせる自信がある。それが俺だから。自分の名前は少し頼りないが、まあ良い。ここらへんで、そろそろ自己を主張しないといけない反抗期だからヨロシク。
 とは言っても心中強気で表は内心よりも柔らかい。ここでいくら俺が言葉を強めて言ったところでどうにかなるなんて、俺の中に逃げ道という文字はないのだ。だけどそこをどう接するかが重要に成ってくる。それが母親という立場なのだ。というか、そうであって欲しい。母は一度だけ黙り込んで俯く。黙り始めて俯くときたら、脳裏で葛藤しているに違いないと俺は心で察する。
「………。……だから、お店の手伝いをしなさいよ。沙久良」
 結論、俺と同じ標準語とは言えない様な標準語らしき言葉を呟く。
 時々というか殆どノンストップで訳の判らない、はっきりしない言葉を使ってほぼ正常な言葉を言う素直な母が好きだ。方言に近いエセ標準語を使う母を見て思わず笑顔が零れる。これがエセなのかどうかは知らない。
 怒鳴るのは母ゆえの愛情なのか、俺にはよく解らないけど母は諦めが早い。店が忙しくても俺の前では時々見せる困り果てた母の顔。俺の大好きな母の笑顔。
 これだから俺は、15になった今でも母の側に居たいと思った。方言ラッシュはさすがにきついけど、慣れれば大丈夫だろうとか。適当に自分の心に言い聞かせれば何とかなるさ。そう信じたい。てゆーか、エセでも何でも標準語に切り替えられるなら、わざわざ俺に向けて方言を言わなくてもいいじゃないか。
 大体15年間ずっとここまで生きてきて成れないって言う俺の耳もどうかしてるのかもしれないが、簡単な店の手伝いぐらいは出来るだろ。自分。とか思って、お冷をお客に手渡そうとしたら足元が悪かったらしく横にバランスを崩して倒れた。もちろんコップの中の水を宙を舞いお客の輝かしい頭の上にバシャッと。まあ、その後色々と文句を言われたが頭を冷やすには丁度いいんじゃない? ふふふ。
 一人で笑っていたら母は俺を見て怒鳴り始めた。そんな母の怒鳴り声が一番好きだ。店の手伝いもしないで近くにいるだけの存在って言うのもあれだけど、俺はマザコンではない。単なる親離れできてないような、親が子離れできてないような。まあ、どっちもどっということで。

2008/08/11(Mon)16:57:00 公開 / 賞味期限二日過ぎ
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■作者からのメッセージ
えーと……作中にも何度か出ました名古屋の方言。名古屋の病院で産まれたってだけで今は東京の何処かに居ます私が今回、名古屋弁に挑戦してみましたが馴染みがあるようで結構無いんですね。だから私にもよう分かりません(汗)
終わりの様な、この中途半端さ(笑)もちろん、前回同様終わりのようで終わりじゃないというオチなので、結局のところどうなのよ? 自分。

というわけで(どういうわけ?)ぷち名古屋弁講座と解説。
1「量がすけなあで、この仕事をしてちょーせんか」→「量が少しだから、この仕事をしてください」親しき仲にも礼儀ありって事ですね。作中で母親がサボり気味の沙久良にかけた言葉です。
2「ちいとねゃあおとなしくしとれ」→「少しの間、我慢しててね」沙久良に10歳年上の姉が言った言葉。直訳すると「少しの間、大人しくしてて」ですが、あえて優しめにしてみました。
3「とろくせゃあ事言わないで、ちょーせんかッ!!」→「阿呆らしい事言わないで、(仕事を)しなさい!」前半の母親は、もうとにかく沙久良に怒鳴りっぱなし(笑)母ゆえの愛か。

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