『例えば、線』 ... ジャンル:リアル・現代 恋愛小説
作者:たえん                

     あらすじ・作品紹介
男女二人のモノローグで構成しています。

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 一.らいん

 思いを告げたのは、多分、あたしのほうからだったと思うの。
 そりゃ、古風にさ、頬なんか染めちゃってさ、俯いてのの字書いて……ってあんた今時そんな子いないわよ。
 あたしだって御他分洩れずね。
 振られても傷つかないように、九割の嘘と冗談で一割の本気込めて、一生懸命精一杯の虚勢を張って。
 言ったの。
 やっぱ、どきどきするわ。
 こんくらいには思ってたんだなぁ、って感慨にふけって。それだけでごちそーさま、ええ思いさしてもーたわ、正直そう思うだけの余裕もあったし。
 そしたらさ。

 ――いいよっていうか、めっちゃうれしいんやけど

 なんてベタなお返事。
 ま、そりゃね、駆け引き半分。自信がある程度なきゃ言えんし。手ごたえはあったよ。
 前から。
 ……思い違い。
 ……思い上がり。
 そうとしか思えないくらい微かにね。
 う〜ん、こう見えて、小心モノなんだわ。そのくせ、白黒はっきりつけたいタイプ?
 我ながら懲りないっていうか、一回、痛い目みとけって蹴飛ばしたくなるような?
 で、もう、え〜いって。


 二.境界線

 たぶん最初に思いを口にしてくれたのは彼女からだったと思う。
 まあ、そういうことに拘るわけじゃないけど、少しの情けなさとそれを上回るうれしさがあった。
 月並みな言い方だけど、太鼓で叩いてラッパでも吹き鳴らしたい気分になったんだ……って、俺の感性はどうも古いようだ……

 うん。気を取り直して。
 言ってくれた彼女っていうのは、そうだな、背筋の伸びた人だと感じていた。
 俺達はサークルで知り合ったその他大勢の中の二人だ。趣味の集まりとは言え、人が集団として集まればそれなりにルールというか、派閥というか、そういうものが発生する。
 それに巻かれるか、あるいは反発するか、それは本人の対応しだいだし、何のかんのとごねても、ここが嫌なら去ればいい。
 そうその選択権はいつでも自分の中にあった。


 三.らいん

 そしたらさ〜〜この答えだよ。
 言われた瞬間さ、は? って聞き返して。それから、相手が真っ赤になっちゃったもんだから、こっちも真っ赤になっちゃって。
 もじもじ。
 でへへって笑ってごまかして。
 お前ら、幾つだぁ〜〜みたいな、感じ??

 うれしくて、ふわふわ。
 はじめてのお付き合いみたいにお互いに全然、距離掴めなくて。しょっぱなそれなのに結構その後、もたくさしたの。

 もう電話は毎日。メールも四六時中。
 おはよう、から、お休みまで。何してる、から、何もしてないよって、端から見てりゃ、ばかっぷる全開。
 でさ。

 ――なんでもしてあげるよ
 ――君のためだったら、なんでもできるし、何かして欲しいとは思わない。だって、俺がそうしたいだけなんだから

 って。メール。
 まぁ、うれしいような……
 腹立つような……
 ねぇ、これってさ。

 ――なんだっていいんだよ
 ――それが君の望むことなら


 四.境界線

 俺はそういう時に長いものには巻かれろ、というタイプだ。所詮、お遊びに過ぎない。ご大層なものじゃない。そんなに熱くなることはないさ、これが俺の持論だ。
 だが彼女は。
 輪を和として理解しつつも、曲げるべき時と場合を心得ているような人物だった。
 意見を言わなければならない時。それを発言できる。
 実はこういうことは難しい。
 難しくても。(まあ、実は結構、後で彼女も泣いてたようだが)それができる。

 己を見失わない強さを持っていた。
 だから、という訳ではないが惹かれた。
 だが俺のような優柔不断なとろこい奴なんか相手にするわきゃないだろ?
 そう思ってた。

 世の中とは不思議なもので。彼女は俺のことを好いてくれるという。
 ああ、うれしいよ、俺もあんたが好きなんだ。


 五.らいん

 どこがよかったって? この人の。最初にいいなって思ったのは。癖。
 照れた時に、ちらっと下を向くんだわ。それで嘘つけなさそうだなぁって。
 それから、一歩引いてるくせに、すんなり皆の中に溶け込む要領のよさ。そつないなって。
 うん、執着心がなさそげにも見えた。
 この人の隣りなら深呼吸できるかなって思った。
 がつがつした態度取らないし、すうと引いて見せて、それでも輪から離れない器用さ。
 うらやましかった。

 ――ねぇ、俺がそうしたいんだ
 ――そこにいてくれるだけでいいんだ

 うらやましかった。
 物事をありのままに受け入れているように思えたから。
 でも。
 それは。
 つまり。


 六.境界線

 メールと電話。甘い言葉とつぶやき。お互いに距離が取れなくて、それでも俺達はお互いに歩み寄り、近寄っていった。
 だけど。俺はすぐに気が付いた。

 彼女は決して本心を話さない。

 それどころか実は俺に心を預けたことなどない。なんていうかな、一割の真実を九割の嘘で塗り固めて、もっともらしい嘘をつく。そんな感じだ。

 何をそんなに隠す? 俺では頼りないのか?
 傍に近付けば、近付くほど、俺とあんたは別の存在だと思い知らされた。
 性格も好きなものも。何もかも。

 境界線がある。
 あんたと俺を隔てる境界線が。


 七.らいん

 あたしは戯れに一つのゲームを仕掛けた。
 あたしは試したいんだろうか? それとも試されたいんだろうか?

 簡単なことだ。
 
 メールでお互いに指示を出す。
 ほんの戯れ。
 ルールは一つ。お互いが決して見えない、触れれない、声も聞こえない、全く、離れた場所からのメール。
 お互いが何をしているか知らないし、また、メールの内容を実行したかもわからない。

 それは例えば。
 
 右手をあげること。
 目の前の人に意味ありげにウインクすること。

 その程度の無害なことから。
 二人だけの秘密のゲーム。

 それで生じたアクシデントをネタに二人で何度も笑い転げた。
 この人は自分の言うことを、それがたわいもなければないだけに、より強く、自分のいうことだけを聴いてくれる。
 その事実に対する満足感。
 満たされる独占欲。
 ああ、自分は今、相手を振り回している。
 それがお互いに満たされた。


 八.境界線

 それでもあんたは俺の傍にいたいと言ってくれた。
 だから俺はあんたの望むことならナンデも叶えてみたいと願った。
 それは傲慢な願いなのかもしれない。
 だけど、俺は。
 どんなわがままでもいいからあんたの本心が聞きたかった。

 だから俺は。

 ――なんでもしてあげるよ
 ――君のためだったら、なんでもできるし、何かして欲しいとは思わない。だって、俺がそうしたいだけなんだから

 そう俺がそうしたいだけ。
 俺が。

 ――なんだっていいんだよ
 ――それが君の望むことなら

 君の望むことじゃない。それは俺が望むことなんだから。


 九.らいん

 ――なんでも言って? それを必ずきいてあげる
 ――でも俺からは何も言わない

 そう。
 そうなんだ。
 へぇ。
 それは踏み越えてはならないだろう、ぼーだーらいん。


 十.境界線

 そんな時、彼女から、他愛のないゲームを持ちかけられた。
 お互いが全く違う場所にいて、何をしているかわからない状況で、簡単な指示をだして、それを実行する。
 勿論、確認しようのない話だが、それはそれで自分の中の誠実さを試されてるようで面白い。

 だって本当にたいしたことない。

 座ってるなら立ち上がる。立っているならその逆。
 隣りの人の珈琲に砂糖を余分に入れる。
 右手を上げる。
 いますぐ、トイレに行く。

 中にはすごいタイミングの指示もあって、それがもとで起きたトラブルに二人で笑い転げた。

 お互いがお互いを振り回していて、その認識がそれが何やら面映かった。
 本心を明かさない彼女のわがままをきいている、それだけで俺は何だか満たされた。

 こういうことを繰り返せば、彼女の本心を知ることができる気がした。


 十一.らいん

 ねぇ、何でも、ほんとに何でもいうこときいてくれる?
 ねぇ、あんたさ、ほんとはあたしのことをさ……


 十二.境界線

 俺はあんたのためなら何だってできるよ


 十三.らいん

 だから。

 ――そのまま真っ直ぐ前へ


 十四.境界線

 そして。
 ある日、会社帰り。駅のプラットホームの雑踏で。JRを待つ俺に。
 彼女からの一通のメール。

 えっ……これは。


 十五.らいん

 ってメールしたの。夕方の丁度会社帰りくらいの時間に。


 十六.境界線

 俺は大笑いをしたくなった。だって知ってるはずだろ? 彼女は頭回るし。このくらいのはさぁ?
 俺の癖。
 プラットホームのぎりぎりに立つ癖。
 そして電車の時間なんてさ。調べりゃすぐわかる。だからこんなメールは下手をすれば……なんて。


 十七.らいん

 そしたら、その直後からしばらく。電車は時刻表に乱れが出た。

 
 十八.境界線

 そっか。これが彼女の本心なんだ。
 そうだ、彼女は最初から俺のことなんか信じてなかったんだ。あんたはホントは俺のことなんかどうでもよかったんだろ?
 だったら、俺は。これを真実にしてやるよ。
 これが俺の真実なんだよ。
 だから俺はこれをあんたの本心にしてやる。


 十九.らいん
 
 だって、あんたはあたしの言うことなんでもきくんでしょ?
 その結果、どうなってもいいんでしょ?
 だって、あんたは結局、あたしから応答性を求めなかった。聞き分けのよい振りをして、あたしはじゃあどうすればよかったの?
 踏み込もうとすれば一歩ずつひらりと交わすあんたにさ。
 そうして。
 あんたは。
 また。
 いつものように。
 すべてを置いてゆくんだろう。
 だから。
 あたしは。
 いつもの延長で。
 九割の冗談、一割の本気。
 あんたがいつも乗る電車の時刻表を調べて。

 
 二十.境界線

 そのまま前へ。

 メールの言葉に従って。


 二十一.らいん

 ……万が一、後でメール履歴を調べられてもどうってことないようにして。


 二十二.境界線

 そういえば、こういうのって遺族に損害賠償の請求くるんだよなぁ。俺の貯金じゃたりねーよな。
 あんたはこれをテレビで知るのか、ラジオで知るのか、ネットで知るのか。
 ……それが最後の疑問だった。


 二十三.らいん

 ……乱れは一時間ぐらいで復旧したそうだ。


 <終>

2008/07/07(Mon)23:35:41 公開 / たえん
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■作者からのメッセージ
始めて投稿しました。読んで頂きありがとう御座います。
すれ違いカップルの恋愛小説のつもりです。重ならない二人の心情を表現してみたいと思いました。

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