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『奇跡の石』 ... ジャンル:リアル・現代 ショート*2
作者:プラクライマ
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あらすじ・作品紹介
あらゆる願望を叶えてくれる「奇跡の石」青春と人生を放浪する若者が叶えたい望みとは……。
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男がごみ箱から拾ってきた雑誌をパラパラとめくっていると、「あなたの願望を叶えます」というキャッチコピーが飛び込んできた。そこには、輝くような橙色の石に凍えるような白金色のチェーンをあしらったネックレスの写真があった。
「あらゆる願望を叶える奇跡の石?」
よくある幸運のアクセサリだろう。「驚異のミラクルストーン」、「位相空間エネルギー」、「効果が無い場合は代金返還」といった文言が躍っている。あまりにも荒唐無稽な内容に目眩を覚えながらも男は広告に目を通した。恐い物見たさというのだろうか。馬鹿馬鹿しいと思いながらもついつい読まされてしまうのがこの手の広告なのかもしれない。しかしそれはどこか様子が変だった。まず「具体的な願望を達成」というコピーが目に付いた。その下に小さな文字で詳しく書かれている。
「この奇跡の石は漠然と運気を上昇させるさせるものではありません。ご購入時に具体的な願望を示していただき、それが叶えられなかった場合には代金をお返しします……」
いろいろとくだらない商売を考えつくものだ。男は呆れながらも半分感心させられた。定番の体験談が掲載されていないというのも変と言えば変だ。あと価格が非常識に高い。「奇跡の石プラチナチェーン基本セット九十九万五千円。興味のあるかたは下記のウェブサイトにアクセス」 こんな物を買う人がいるのだろうか。男は「くだらねー」と呟きながら荷物をロッカーに押し込んだ。そして、シャワーを浴びるために立ち上がった。
ここはインターネットカフェである。男はまだ二十代後半だった。顔にはあどけなささえ残っている。決まった住居を持っておらず、いつもは公園や高架下で寝起きしている。ただ、それだけでは身体がもたないので、時々このネットカフェに泊まることにしていた。いつもギターを抱えてやって来るので、店員達から「ギター」と呼ばれている。「ギターキター!」などと揶揄する店員もいたが、本人は全く頓着していない。ネットカフェは必ずしも快適ではなかった。しかし公園や高架下に比べると遥かに居心地が良い。不満をぶつける相手を求めて街を徘徊する少年達の襲撃に怯える必要がないし、寒さに凍えることもなかった。シャワーがあるのも嬉しかった。日払いの仕事をしてはネットカフェか公園に帰る。道々ごみ箱で雑誌や新聞を拾った。そして、眠りにつく直前のわずかな時間を、くだらないゴシップや自身と無関係な世界で起こる事件の顛末を確認することに費やした。男の一日はそのようにして終わる。夜が明けるとまた厳しい労働が待っている。
シャワーから戻ると男はパソコンの電源を入れ、いくつかのニュースサイトに目を通した。今日も大きな事件は無かったようだ。両手を突き出して大きく伸びをする。あとは寝るだけだが……なんだかすっきりしない。少し前から、なんとなくその原因には気づいていた。例の幸福のアクセサリーだ。あの雑誌広告が頭の片隅にひっかかっていた。心の底ではで詳しくし知りたいと思っているのかもしれない。ただ、あまりにもくだらない内容なので、そういう衝動に素直になれずにいたのだ。それに百万円近い商品である。その日暮らしの男の手に届くような物ではないはず……少なくとも、ちょっと前なら考えることも無かっただろう。しかし最近、男はひょんなことからまとまったお金を手に入れていたのだ。叶えたい願いが無いわけではなかった。
「なんだって、あんな値段で売ってるんだ?もしかすると、本当に願いが叶うのか?」
男はもう一度雑誌を手に取った。
「今なら買うことができるな」
男はウェブブラウザを立ち上げると広告に記載されたウェブサイトにアクセスした。「ようこそミラクルミネラル社へ」という文字が激しく点滅する。マンダラを象った大きな一枚の絵が現れた。奇妙な幾何学模様がぐるぐる回ったかと思うと画面が落ち着き、メニューが表示された。男は体験談と書かれたタブをクリックした。
※
東京都のAさん(男性)の場合。「購入した石が届いた日から人生が変わりました。それまで全くモテナイ君だった僕ですが、街を歩いている時に、すれ違う女性からの視線を感じるようになりました。なんというか、心の底から自信が湧き起こってくる感じでした。仕事にも良い影響が出ました。営業成績は万年最下位だったのですが、その日から飛び込む先々ですぐに商談がまとまり、あっという間に売り上げトップになりました。ある日、外回りから帰社した僕は、いつものように事務処理のために残業していました。その頃は、あまりに注文が多く、連日終電まで居残りしていたのです。十時を回った頃のことです。フロアにはほとんど人がいませんでした。ふと視線を感じたので、パソコンのモニタから顔を上げました。すると二つ向こうの島から事務のBさんが僕の方を見ているのです。有名女子大出身の彼女はこのフロアにいる女性の中では飛び抜けて美人でした。しかも実家が大手アパレルメーカを経営しているお嬢さまです。同僚の独身男性社員はみんな狙っていたし、僕なんかとはまったく違う世界に住んでいる人で、話しかけるのも憚られる感じでした。僕からの視線が返って来たことに気づいた彼女は、僕の机までやって来ました。そして、労るように『遅くまで大変ですね』と話しかけて来るのです。いったいこれはどうしたことなのだと思いました。それまでの三十年の人生で、女性からこのような態度で接してもらえたことは一度もありません。もちろん彼女が出来たことも無かったのです。僕は呆気にとられて言葉がありませんでした。彼女は『お手伝いできることはありませんか?』と言います。確かにずいぶん始めの頃は伝票処理を別の女性に頼んだことはあります。でも、最下位の男なんか、まともに相手にされません。いかにも面倒なことのように応じられるのが煩わしくて、ついつい自分で処理するようになっていました。Bさんは、少し上ずった声の調子で『売り上げトップの営業マンがこんなことに時間を使わないでください。もったいないですよ。これからは全部私に処理させてください』と言います。さらに驚いたことには、彼女の頬が赤らんでいるように見えたのです。それからというもの、彼女は僕の専任担当になりました。そして、事務処理に時間をとられなくなった分、営業成績はさらに伸びました。彼女は本当に気の利く女性でした。私がうっかりしていて、納品後しばらく訪問していない顧客があると携帯にメールが来ます。『○○システムさん、そろそろ様子を見てきてください♪』という具合です。使い方の理解不足が原因で苦情になる寸前、こちらから先に訪問して信頼を得たこともありました。『○△商事さん、そろそろリプレースの時期ですよ』というメールで受注できたこともあります。僕の売り上げはさらに伸びました。そうして半年が過ぎた頃のことです。僕はBさんを思い切ってデートに誘いました。日頃、助けられているお礼もしたかったし、なにより僕はすっかり彼女に参ってしまっていたのです。彼女は少し考えた後『いいですよ』と言ってくれました。これほど素晴らしい女性は、もう二度と僕の前には現れないだろうと思いました。それまで貯えていたお金と、営業ボーナス、そして最優秀営業マンの報奨金をすべて注ぎ込んで、外国産スポーツカーと指輪を買いました。デートの日は、小春日和というのでしょうか、澄み渡る空がとても高い、気持ちのいい日でした。待ち合わせ場所に現れた彼女は、オフィスで見る時とは違った魅力に満ち溢れていました。普段の控えめな装いでさえも彼女の美しさを損なうことはなく、むしろ清々しい輝きさえ与えるのですが、カジュアルな服装で髪を下ろしている姿はそれ以上でした。いつもより少し明るい色のメイクが華やかで、少女のような愛らしさと快活さがありました。僕はあらためて彼女の魅力にノックアウトされてしまいました。こんなにドキドキしたのは久しぶりです。しかも、ドライブには最高の午後でした。少しばかり渋滞することがあっても、秋の柔かい陽射しが気持ち良いのです。しばらくベイエリアを走った後、予約したお台場のレストランへ行きました。窓際の席から眺める夕暮れの東京と趣向をこらした料理。僕達は色々なことを話し合いました。そして、すっかり打ち解けた後で彼女に指輪を渡し、思い切ってプロポーズしました。あれから数年が経ちました。彼女と結婚した僕は彼女の実家の稼業を手伝うことになりました。万年最下位のさえない男が、今では百人の営業マン指揮しています。売り上げのプレッシャーもありますがビジネスは順調です。今度、ニューヨーク、香港、ロンドンにアンテナショップを出すことになりました。彼女と二人で世界中を飛び回る毎日です。息つく暇もない忙しさですが、ふとした瞬間、考えることがあります。あの時、もし『奇跡の石』に出会っていなかったら……。おっと、彼女からメールが来ました。そろそろ出かける時間ですね。僕のつたない体験談はこれで終わりです。みなさんもこの石でチャンスを掴んで、幸せな人生を手にしてください」
大阪府Kさん(女性)の場合。「私の場合、地味というか、華やかさがないというのか、自分で言ってて悲しくなって来ますが、学生時代は本当にモテなくて、男の子と付き合ったことがありませんでした。コンパに行っても、にぎやかな会話の片隅で小さくなり、ただ黙って笑顔を振り撒いているだけでした。短大を卒業し派遣で勤めた会社で初めて彼氏が出来ました。彼氏というか職場では上司です。その人は結婚していて子供もいました。始めは『この人、一体何を考えているんだろう』と思ったのですが、あまりにも熱心なのでとうとう折れてしまいました。もちろん罪悪感はありました。でも、本当に好きになってしまい、どうすることもできなくなったのです。今から思えば都合のいい女だったと思います。週末は会ってくれないし、絶対にこちらからは連絡しないことになっていました。最初の方はそれでもいいと思ってました。でも、だんだんおかしいと思うようになり、派遣先の会社が変わったのを契機にその人とは別れました。次に付き合ったのがアーティスト志望の男の子です。学生時代の友人の結婚式で知り合いました。その子の旦那さんの、友人の友人、そのまた友人で、披露宴の余興でギターを弾いていたのが格好良くて、二次会でぼーっと顔を見つめていたら『二人だけで出よう』と誘われました。私は、久しぶりに湧き起こったときめくような感覚に酔いました。でもその時からなんだかおかしいなと思ったのです。二人で軽く呑みに行った後、引き上げようという時間になって、彼が『帰るところがない』と言うのです。話を聞いてみると、小さい時に両親が離婚してお母さんが一人で育ててくれた。そのお母さんも中学一年の時に亡くなられて親戚の家に引き取られたそうです。もちろん親戚には感謝しているけど、肩身の狭い思いをするのが嫌でそこを飛び出した。それからは、日雇いで工事現場の仕事をしながらなんとか生きてきた。今は路上でギターを弾いて通行人からお金をもらっている。公園や高架下で寝泊まりすることも多い。雨の日や疲れた時にはネットカフェに泊まると言いました。彼は財布からお母さんの写真を取り出して私に見せました。なんだか、けなげに生きている彼がかわいそうになりました。そして『うちに来たらいい』と誘ったのです。その日から、彼は私の部屋で暮らすようになりました。最初は、このまま二人でつましく暮らすのもいいかなと思いました。そして、彼がアーティストになる夢を叶えてくれればいいと思ったのです。ところが、私と暮らし始めてから彼はギターを弾かなくなりました。それどころか仕事に出る気配もありません。一日中家にいて、朝から晩までぼーっとテレビを見ているだけ。ごはんを作ってくれたこともありません。掃除、洗濯もしないのです。そのうち、朝からお酒を呑むようになりました。ある日、朝風呂に入ろうとした彼に文句を言いました。元々、私の収入はそれほど多くありません。彼が同居するようになり、食費、電気代、ガス代、水道代の負担が大きくなり困っていたのです。その上、三十万円もするギターが欲しいと言うから買ってあげたりもしました。お給料だけではやりくりできないので、結婚のための貯金にまで手をつけてしまいました。働きたくないのならかまわない。でも最低限、生活態度だけは改めてもらわないと暮らしていけないと、始めは優しく諭すように言ったのですが、気がつくとつかみ合いの大喧嘩になってしまいました。その時、始めて彼に殴られました。私はもうとてもやっていけないと思い、彼に出ていって欲しい、出ていかないと警察を呼ぶといいました。すると、彼は涙を流し始めました。追い出されると生きていけない、心を入れ換えるから許して欲しいと言うのです。私も言い過ぎたかなと思い、しばらくお酒を呑まないことを条件に、許してあげることにしました。それから三日間平穏無事に過ぎました。約束通りお酒もやめてくれました。でも四日目に帰宅した時、彼は部屋にいませんでした。戸棚の引出しという引出し全てが開けられていて、中身がテーブルの上に散乱しています。はっと思い当たり、すぐに銀行で残高を確認しました。思った通りです。彼は私の通帳と印鑑を持ち出して、下ろせるだけのお金を下ろして逃げていたのです。警察にも届けずにしばらく待ったのですが、彼は戻ってきませんでした。友達の旦那さんに聞いても行方は分かりません。それから数年間は本当につらい毎日でした。元の質素な暮らしに戻るだけなので、お金はなんとかやりくりできる状態に戻りました。でも、なかなか気持ちの面で立ち直れませんでした。しばらくすると、彼への思いは断ち切ることができたのですが、なぜ自分だけこんな目に遭うのだろうと考えると憂鬱でした。新しい恋でもしようかとも思ったのですが、いい出会いもありませんでした。そんな時に出会ったのがこの『奇跡の石』です。始めは半信半疑でした。でも、願いが叶わなかったらお金を返してもらえるみたいだし、駄目でもともと、試してみることにしました。ところが、これが私にはすごく効いたのです。購入した石が届いた日から人生が変わりました。鏡を見ても、なんだか以前より自分のことがかわいく思えるのです。そして、気持ちも前向きになりました。憧れていた社交ダンスを始めることにしたのです。年配の方が多いのかなと思っていたのですが、結構若い人も来ていました。でも男性はほとんどおじさまばかり。少し物足りないなと思っていました。始めてから半年ほどした頃でしょうか、簡単なステップを終えたので、新しいクラスに参加することになりました。そこの先生がとても素敵な人だったのです。年齢は私よりも五歳上で、痩せていて背が高いのですが、決してひ弱な感じではありません。ちょっと日本人離れした彫りの深い顔立ちで、真っ黒な髪が柔らかく波打っています。浅黒い顔の中で印象的な光を帯びた黒い目が魅力的でした。そして白く輝く健康的な歯。細身のように見えて結構力があります。タンゴの練習でグイッと抱き寄せられた時は本当に心臓がとまるぐらいどきどきしました。でも、好きになってはいけないという思いもありました。彼は中部地方で有名なホテルチェーンの御曹司なのです。ダンスの先生をしているのですが、いずれはホテルオーナーを継ぐことになります。あまりにも身分が違います。かなわない恋に苦しむぐらいなら、いっそ好きにならないほうが……。でも無理でした。そのクラスの女性達みんながそうであったように、私も彼に夢中になりました。『素敵な出会いと幸福』それが私が石にこめた願いでした。叶わないかもしれない。でも私は石の力を信じることにしました。先生がコンクールに出ることになり、生徒全員で応援に行った時のこと。私は先生に石を渡しました。私にこんなに勇気をくれた石ですから、きっと先生の力にもなると思ったのです。受け取った先生はしばらく眺めたあと『きれいな石だね』と感心しました。そして身につけて踊ってくれました。その結果、なんと先生は優勝しました。そしてお礼に食事に誘ってくれたのです。夜景のきれいなレストランでした。いろいろな話を聞かせてくれました。ロンドンの大学に留学していたこと。スコットランド人の恋人の話。トーマス・クックのことを勉強していたそうです。そしてすっかりうち解けた後で『ありがとう、君のおかげで優勝することができた。それと……僕のパートナーになってくれないか』と言われました。私は最初ダンスのパートナーのことだと思いました。果して私に相手役が勤まるのかなと考えていたら、彼が言いました『生涯のパートナーという意味だよ』私は嬉しくて泣き出してしまいました。あれから数年の月日が流れました。私は結婚して出産したのでダンスは一時休業です。彼はまだダンスの先生をしています。実家に帰る度に義父に『早くホテルを継げ』と催促されるのですが、彼はもう少しダンスに打ち込みたいようです。私も彼もまだ三十そこそこ。落ち着くのは早いですよね。えっと、つまり私は今とても幸せです。みなさんにも幸福が訪れますように」
男はふるえる手でブラウザを閉じた。そして明日にでもミラクルミネラル社を訪ねようと思った。
※
「な、なんと、おっしゃいましたか?」女は驚きの声を上げた。
奇跡の石を販売しているミラクルミネラル社では、販売担当の女がくたびれた風体の男に説明していた。この石は非常に高価なものなので、一件ごとに叶えたい願望を詳しく聞いて販売契約を行う。その若い男は「自分は宿無しだ」と言った。幸運にも、全財産の数百円を注ぎ込んだサッカーくじで百万円を当てたと言った。そのお金で奇跡の石を買いたいらしい。たった数百円から百万円を手にする。それ以上にどんな幸運があるというのだろうか。女はいぶかしんだ。果たして男の口から出たのは以外な願望だった。
「亡くなった母親に会いたいと言ったんだよ。中学生の時に亡くしたんだ。俺はろくでもない息子だった。今でもそうなのかもしれないが、あの頃はもっとひどかった。父親がいないという境遇に甘えて好き勝手にやっていた。母親にはずいぶん苦労をかけた。生きているうちに育ててくれた礼の一つでも言えば良かった。それだけが心残りだ」
「お気持ちは分かります。しかし、亡くなられた方が生き返るのは、いくらなんでも無理なのではないでしょうか」
しかし男の表情は真剣そのものだった。女はその迫力に気圧されそうになった。
「ま、まあ、そういったご要望でも結構でございますが……。その願いを登録していただき、一年のうちに叶わなかった時には、代金はお帰しします。但しここに書かれた通り契約していただく必要があります。重要なのは二点。いただいた代金の利息は一切支払われないこと。またチェーンがプラチナで作られているのでその摩耗分を損料として引かせていただくことです。そして石を壊したりなくしたりした場合は返金できません。一番安全なのは弊社の金庫に預けていただくことですね。月々千円お支払いいただくだけで弊社が責任を持ってお預かりいたします。預けていただいた場合、損料は引かれません」
「願いごとはひとつだけなのか」
「いいえ、お好きなだけ書いていただいて結構です。ただし、そのうちの一つでも叶えられた時には、代金は返しません……。おや、良さそうなギターを抱えておられますね。さしずめミュージシャンになりたいという願望ですか?」
「馬鹿言ってんじゃねえ。そんなものになりたいと思ったことは一度もねえよ」
「じゃあ、何故そのギターを後生大事に抱えているんです。売ってしまわれないのですか?」
「これは女が俺に貢いでくれたんだよ。あれはいい女だった。もうひとつ願いごとがあるとすれば、もう一度あんな女に巡り会いたいかもな」
「さては、あなたは、あの体験談の女性の……」
男は黙って女をにらみつけた。女は口元に不気味な薄笑いを浮かべた。そして静かに言った。
「結構ですよ、あなたがその願望を叶えると、女性が一人不幸になるかもしれませんね。でも、幸福と不幸は表裏一体切り離せないものなのです。どうでしょう、もし願いが叶った暁には、体験談を書いていただけませんか。そして、もしあなたに貢いだ女性がその境遇を不幸と感じたのならば、今度は彼女が奇跡の石を使う番でしょう」
(了)
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■作者からのメッセージ
最後まで読んでいただきありがとうございました。
(変更履歴)
2008/05/23 - 三点リーダ×3になっていたのと、脱字を修正。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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