『マッドワールド』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:海賊                

     あらすじ・作品紹介
 

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プロローグ

 見えないよ見えないよ見えないよ。
 前が見えない。目が見えないんだ。
「もう少しで終わるから、大丈夫。なあ、一樹は強い子だろう?」
 父さんが言った。それでも、闇は怖い。
 恐怖心を煽ってくる。それより、体中が熱いんだ。
 これは何をされているんだろう。
「今、直してやるから」
 直す? 何を直すんだ。
 そう思った直後、目に強烈な痛みを感じた。
 まるで針で眼球を刺されたような、ちくりぐさりとした痛みだ。
 僕は痛さの余り声をあげた。しかし、言葉は出てこなかった。
「大丈夫。声もそのうち作ってやるから」
 父さんが僕の頭を撫でた。
 大きな手のひらの感触。ああ、これは父さんの手だ。間違いない。
 そんなことはどうでもいい。それより、この痛みから解放して欲しい。
 僕を殺す気なのだろうか。父さんは何を考えているんだ。チクショウ。
 思えば、父さんは昔からそうだった。何を考えているのかわからず、ある日は優しい人である日は厳しい人だった。
 二人の人格が父さんの中には存在しているのだと、僕は思った。
 ちなみに、母さんはある日突然消えた。父さん曰く、母さんは消えたのでなく、最初からいなかったのだと言っていた。
 意味がわからない。母さんがいなければ、僕は生まれる事は無かった。
 だったら、矛盾が生じる。僕はここに存在している。
 ああ、まさかあの母さんは、本当は僕の母さんではなかったのか?
 血が繋がっていなかったというのなら、それは納得できる。
 母さんは母さんであって、本当の母親ではなかったのだ。
 それでも、僕を――高峰一樹を愛してくれた彼女が消えてしまったのは、悲しい。
 涙が零れ落ちた、と思う。相変わらず視界は闇に覆われていて状況が把握できない。
 それでも、僕は今泣いているのだと信じたい。そう、信じたいんだ。
「この人が、二号機?」
 女性の声がした。
 少しきつめの口調だ。きっと、気が強い人なんだろう。
「そうだ」
 父さんが答えた。
「足手まといになるようなら、いらないわ」
 女性の突き放すような言葉。僕に言っているのか?
 恐らく初対面であろう彼女の僕に対する言動は、いささか失礼だと思った。
 でも、僕は声が出ないし動く事も出来ないので、つまり何も出来なかった。
「きっと、役に立つ」
 父さんは僕の肩に手を乗せる。僕が何の役に立つのだろうか?
 そもそも、僕は何をすればいいのだろうか?
 ここに来るまでの過程を思い出す。しかし、思考は激痛で遮断された。
 ひどいな。自分の記憶すら自由に扱わせてもらえないのか。
 僕は心の中で舌打ちした。
「明日から、頑張れよ。一樹」
 そう言うと、父さんは遠ざかっていった。
 一人、僕を闇の中に残して。
 足音が遠ざかる。さようなら、父さん。
 何故か、父さんとは二度と会えないような気がした。
 僕はまた、涙を流した。

 第一章

 意識が戻ってきた。
 目を開く。光がまぶしい。僕は目を擦りながら、上半身を起こした。
 ここはどこだ。白い部屋だ。天井も、壁も真っ白だ。
 そして、僕はベットに横たわっていた。さっきまで眠っていたのだろう。
「おはよう」
 朝の挨拶をする。しかし、返事は無い。
 辺りには誰もいないのだ。返事が無いのは当然か。僕は大きく深呼吸した。
 そういえば、声も出るし目も見える。体も自由に動かせる。
 あの痛みも消えていた。
「起きたのね」
 ドアの開く音がした。そちらの方を見ると、女性が立っていた。
 部屋の色とは対比的な黒い服に身を包んだ、十代前半であろう幼い女性であった。いや、少女と言うべきか。
「おはよう。貴方は誰ですか?」
 とりあえず、僕は礼儀として挨拶をし、その後に頭に浮かんだ疑問をぶつけた。
「ゼロ」
「ゼロ? それが貴方の名前ですか?」
 ゼロと名乗った少女は、こくりと頷く。
 変わった名前だ。日本人ではないのだろうか。
 そう言えば、彼女の瞳は青色に輝いている。不気味とも神秘的とも取れる。
「僕はカズキ。高峰一樹」
「タカミネカズキ……」
 ゼロは僕の名前を繰り返した。ふーん、と何か納得したように頷き、僕をじろじろと見る。
 その行為に不快感を覚えた。ああ、うざったいな、コイツ。
「まあいいわ。いらっしゃい」
 ゼロは、僕に背を向けて部屋から出て行った。
 僕も慌てて、後を追いかける。ここに置いていかれたら、また一人になってしまう。それだけは嫌だった。
 部屋を出ると、廊下があった。廊下も相変わらず白かった。
 しかし、完全に白というわけではなく、地面だけは茶色であった。目がチカチカする。嫌な建造物だ。
 僕はしばらく、ゼロの後について歩いた。
 窓から日の光が差し込んでいる。その光が白色に反射されて、眩しい。
 ゼロが立ち止まった。僕も立ち止まる。そこには、大きな扉があった。赤い扉だ。
「二号機を連れて参りました」
 ゼロがそう言うと、その扉は大層な音を立てて開いた。 
 僕達はその扉を潜り、中に入った。
 その部屋は、少し暗かった。地面には赤い絨毯が敷いてあり、辺りには所狭しと拳銃が転がっていた。
 名前はわからないが、短銃やマシンガン、ショットガンらしき物まで幅広い種類の銃が置いてあった。
 僕は顔を上げる。白衣に身を包んだ男が、立っていた。
「おはよう。気分はどうだい? 一樹君」
 両手を広げ、どこか嬉しそうに白衣の男は言った。
「あまり良くありません」
 正直、体全体がだるかった。寝起きだからかもしれないが。
「すぐに慣れるさ。君の適合率はほぼ百パーセントなのだからね」
「適合率?」
 馴染みの無い単語だ。
「覚えていないのかい?」
「はい。あまりはっきりとは……」
 白衣の男は、顎に手を当てた。
「やはり結合時のショックが大きすぎたのか。君はどこまで覚えているんだい?」
 問われる。どこまで、覚えているのかだって?
 思考する。だが、何かを思い出そうとしても、何も思い出せない。
 何も無いのだから、思い出せるわけが無い。当然だ。
「何も」
 僕は正直に言った。
 すると、隣からヒステリックな声が飛んだ。
「ちょっと、覚えてないってどういうこと!? 記憶喪失!?」
 ゼロが、僕の胸倉を掴みながら叫んだ。
 何を怒っているんだ、この人は。
「ゼロ、落ち着きなさい」
「だって、記憶が無いって……!」
「可能性としては有りえた事だ。そんな事の一つや二つ、やる前から予想できただろう?」
 白衣の男がなだめる様にそう言った。ゼロは怒りと悲しみが混ざったような、複雑な表情を浮かべた。
「離せよ」
 僕の胸倉を掴んでいる、彼女の手を振り払う。
 お気に入りのトレーナーがしわくちゃになってしまったじゃないか。
「一樹君」
「はい」
 白衣の男の目つきが、鋭くなった。獲物を狩る時の、豹のような目つきだ。
「これから、君に重大な働きをしてもらう。我々、人類の未来を担う重大な役割だ」
「はあ」
 僕は気の抜けた返事をする。あまり興味がわかなかったからだ。
 白衣の男が口を開き、次の言葉を発しようとしたその時だった。
 けたたましい警告音が、建物に鳴り響いた。部屋中の赤いランプが点滅する。
「もう来たのか。思ったより早いな」
 白衣の男は、机の上に置いてあったコンピューターを操作し始める。
 何が来たのだろう。雰囲気からして、何やら大事のようだが。
「何が来たの?」
 僕は、隣にいるゼロに尋ねた。すると、一体何が気に食わないのか、ゼロは僕を睨みつける。
「エネミーに決まってるじゃない。この近くまで来てるって事は、北地区の要塞は陥落したみたいね……」
 そう言って、ゼロは僕から目を逸らした。
 エネミーって何だ? そう尋ねたかったが、怒られそうなのでやめておいた。
「ふむ、エネミーは獣型が二体。どちらも大型だ。市街地に向かって直進してきている。時間が無い、二人とも出撃してくれ」
「出撃?」
「戦えるのは、君とゼロしかいない」
 よくわからないが、戦いは苦手だ。
 見ての通り、喧嘩だって強くないし武術の心得も無い。
 僕の不安を読み取ったのか、白衣の男は微笑んだ。
「大丈夫。戦い方は現地でゼロに教わってくれ。すぐにわかるさ。ゼロ、一樹君を任せたよ」
「はい!」
 ゼロは力強く頷いた。
「それじゃ、転送するよ。幸運を祈る」
 白衣の男は、キーボードを激しく叩いた。
 すると、僕の体が緑色の光に包まれていく。何だろう、気持ち悪い。
「じっとしてなさい。転送ミスなんてされたら、いい迷惑なんだから」
 ゼロは、そう言って僕の手を握った。
 彼女の手は驚くほど冷たかった。まるで氷のようだ。
 そんな事を考えていると、緑色の光がいよいよ僕の全身を覆った。
 目の前が緑色に染まる。続いて、体が上に引っ張られるような感覚。
 ジェットコースターに乗っているみたいだ。少し楽しいぞ、これは。
 そう言えば、僕は子供の頃、ジェットコースターを怖がらない子供だった。
 むしろ、スリルがあって楽しいと思っていた。そんな子供だった気がする。
 どうなんだろう。体が覚えているその感覚の真意は、定かではない。
 偽者の記憶のような気がした。僕自身がそう思うのだから、間違いない。
 そっと目を開ける。気付いたら、僕は知らない場所に立っていた。

「ここは何処?」
 辺りを見渡す。赤く、ひび割れた大地が広がっている。ただ、それだけ。
 他には、何も無かった。いや、隣にはゼロがいた。ゼロと僕以外、何もなかった。
 ゼロは、僕の質問に答えてくれなかった。繋いでいた手を乱暴に離し、ただ真っ直ぐに前を見据える。
 黒色の衣服とは対比的な、金色に輝く長い髪が、風で靡いた。彼女は、まるで人形のようだった。
「来るわよ。準備しなさい」
「え?」
 彼女の視線の先を、僕も見る。
 何かが凄い速さで、こちらに向かってくるのが見えた。
 

2008/02/28(Thu)13:52:06 公開 / 海賊
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