『そして彼は、抱きしめた。』 ... ジャンル:
作者:しなこ                

     あらすじ・作品紹介
僕は好きになってはいけない人を好きになってしまいました。それを今日、終わりにしたいと思います。

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 もしも誰かが僕のことを異端者として罵るのなら、僕は甘んじてその言葉を受け入れよう。
 もしも、僕が厳格な信者だったなら、そうなってしまった自分を恥じて自らに罪を与えるだろう。

 どうしようもないんだ。仕方のないことなんだ。僕は君を愛してしまったんだから。この醜い欲望は、隠しても隠しても溢れ出て言う事を聞いてくれない。まるで悪魔のように僕に囁くんだ。その思いを口に出してしまえと。欲求を満たしてみろ、と。

「……言える筈、が、ないのに」

 言いたい。
 言いたくない。

 きっとこんな気持ちを言ってしまったら、きっとあの人は僕を軽蔑するだろう。今まで友人として接してきた僕を、それ以下として扱うんだ。そんなことは僕には耐えられない。でも。

 好きだと、伝えたい。
 もしも僕がクラスで一番可愛いと評判のあの子だったなら、君はすんなり僕の気持ちを受け入れてくれるに違いない。でもそれは適わない夢だ。

 だって僕は男で、そして僕の愛する君も、男なのだから。

 何時からこの気持ちが芽生えたのかわからないけれど、気がついたら僕の視線の先には君が居る。ハンサムという訳ではないけれど、優しくて格好よくて、輝いている人。君と話すたびに、君と目が合うたびに僕の心は激しく動く。嬉しいんだ。君が僕を見てくれているという、その事実が。例え友達としてであっても。

 そんな何時までも気持ちを抱え込んでいた僕に、やっとチャンスがやって来た。
 父親の仕事の都合で、隣の県に引っ越すことになったんだ。
 これならば、告白して振られてもすぐに逃げることが出来る。傷が癒えるのも早いし、何よりもう君を見なくて済む。僕は決めた。君に僕の気持ちを伝えるということを。

「珍しいな、お前が誘うの」
「まぁたまにはね。ちょっと、話したいこともあって」
「何だ?」

 本当なら言うべきじゃないよね。ずるいのは僕だ。逃げる準備だけしておいて、君には逃げ場を提供しないんだから。

「僕、転校するんだ……今週中に。父さんの都合でね、隣の県に」
「は……まじ、で?」

 君の驚く顔を見て少しだけ心が痛んだ。
 例え友情だとしても君が、僕が居なくなることを悲しんでいるように見えたから。
 心が痛んだのと同じくらい、不謹慎だけど僕は嬉しかった。

「何でもっと早く、言ってくれなかったんだよ」
「君に言いたいことがあったから。聞いて、くれる?」
「あぁ。でも、何だ?」

 先に謝っておく、君に。勝手に気持ちを告げて勝手に居なくなることを、どうか許してほしいと。

「僕は、君のことが好きだ。友達としてじゃなく、そういう対象として」

 あぁ、静かだ。
 風の音がこんなにも鮮明に聞こえるなんて、何時以来だろう。
 君がそんな顔をするのも無理はない。間違っているのは君じゃない、僕だ。後は君が僕を拒絶すれば、君は君のままで居られる。僕のように堕ちることはない。

「……いきなりこんなこと言って、困らせるっていうこともわかってたんだけど……どうしても言っておきたかったんだ。我侭を言ってごめん。じゃあ、僕は行くよ」

 振り返らなければ、もう君を見ることはないと思う。それでいいんだ。



「待て」



 右手首が急に痛くなった。驚いて其処を見れば、君が僕の手首を握り締めている。そして僕は振り返り、二度と見ることはなかっただろう君をもう一度、見る。その目は、今まで僕が見てきた君のものとは、違っていたような気がして。うまく言葉を紡げない。

「何でもっと、早く……」

 彼が紡ぎだす言葉を僕は聞くしか出来ない。
 目を逸らす事さえ叶わず、僕は、彼を見る。

「俺はお前のことを、友達としてしか見れない……けど! どうして、もっと早く言ってくれなかったんだ!」
「僕は間違っているんだよ。僕は君のことが好きだ。君にも僕をそういう目で見てほしいと思う。でも、君にそうなってほしくはないんだ。君は僕みたいになっちゃいけない」
「お前のことは大事だ、それは間違いない。俺はこの先お前をそういう目では見ない。けれどこんな日に、その言葉を聴きたくはなかった」

 僕の愛したその人は、それを言いながら雫を落とした。泣いているとわかったのは、空いた手で涙を拭ったから。動けなくて、二人とも止まったまま。右手だけはまだ熱い。

 そうなるまでに時間はかからなかった。

 僕よりも力の強い彼は、捕らえていた右手を引っ張って僕を腕の中に――抱きかかえられる形になっても僕は状況を理解できない。

 何故彼はこんなことをするのだろう。
 いつか望んだ夢なのに、何故僕は困惑しているのか。
 嬉しさよりも喜びよりも、戸惑いのほうが勝って、僕は何も出来ない。ただ動けずに彼の腕の中で固まっている。温かかった。僕を抱きしめる彼の体の温もりがとても心地よくて、僕はもうその場で死んでしまいたかった。

「俺も、よくわからない。何で俺お前を抱きしめてるのかも……わからないんだ」
「僕帰るよ。もう、いいんだ。いいんだよ……」

 拒絶はわかりきっていたことだ。それなのにこんなこと。
 奇跡に近いこんな優しさを最後に君は、僕にくれたんだろう? これがどんなに残酷なことか、きっと君はわからない。でも僕は確かに、君の温もりに触れたんだ。十分さ。

「今までありが……」
「しゃべんな。目、閉じろ」
「え?」

 あぁ、風が気持ちいい。
 唇に触れる其れに気づいた時、僕はやっと泣いた。
 悲しくて寂しくて、嬉しくて愛しくて。

 触れるだけの其れはきっと、たった数秒の出来事だったんだろう。けれど僕には、其れが永遠に感じたんだ。

「……俺、お前のこと好きかわからない。けど、俺のことを忘れてほしくない」

 君がそんなことを言うから、僕の涙腺はさっきから緩みっぱなし。
 もうどうしようもない。

「俺もお前のこと忘れない、から」
「本……当に?」
「約束、な」

 もしも僕が女だったなら、これはちゃんとした恋愛の形になるんだろう。けれど僕は男で、君も男だ。恋愛なんて綺麗な言葉じゃ、肩身が狭い。僕は君の事を愛していて、君は僕への気持ちがわからない。そんな答えで十分だと思う。

 僕と君の関係は決して甘いものじゃない。言葉にはならない。
 けれどもう友達ではない。
 他愛ない話で盛り上がれるほど、僕らは単純な関係ではなくなった。

 君からの、たった一瞬の口付けで。

 夕焼けの中交わした指切りが何時まで有効なのかも、きっとわからないままなんだろう。
 あれ以来僕は彼に会っていない。転校してしばらくは連絡を取り合っていたけれど。もし仮に君に可愛い恋人が出来たら、僕は笑顔でおめでとうを言える自信がある。僕と君との関係が成就しなくても、お互いが幸せならそれでいいと思うから。

 何時かまた会おう。少しだけ大人になったら、やっぱり少しだけ大人になった君に会いに行こうと思う。

 もしも僕が信仰深いキリシタンだったなら、僕は今ここにこうして立ってはいないだろう。
 もしも僕があの時逃げ出していたら、こんなにも静かな気持ちで、君を思い出すことは無かっただろう。
 もしも君があの時抱きしめてくれなかったら、僕は未だ君を想っていたに違いない。

 今ここに在る、自分が。今そこに在る君へと繋がっている。小指同士の約束事の期限はきっとまだ先のこと。それまではしつこく、君を思い出すことにする。


 何時かまた、会おう。
 僕の愛した、人へ。


2008/02/10(Sun)04:23:05 公開 / しなこ
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いわゆるボーイズラブよりも表現はぬるいと思います。がっつりそちらを意識して書こうと思ったわけではないのですが、%

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