『これが私の中学校生活』 ... ジャンル:リアル・現代 リアル・現代
作者:ななみ                

     あらすじ・作品紹介
 中学デビューを果たした成美。 派手系の友達を作り、いじめ、万引き、などを犯して行く。 その中で成美はどう成長することが出来るのだろうか……。 そして最後、中学を卒業する成美の傍らにいる友達は、誰なのだろうか……。 中学校の三年間を過ごす成美の成長記。

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 これくらいで、いいのかなあ。
 全身が映る鏡の前で、スカートを折りながら、じっと膝のあたりを見る。短すぎないかな、長すぎないかな。どの長さでも不安になる。
 岬成美。今日から中学生になる。今日は、きっとあたしの記念すべき日となることだろう。
「成美、早くしなさーい」
 黒いスーツに身を包んだ母が、玄関先で私を呼ぶ。これでいいよね、とスカートをもう一度見て、鞄を持つ。中一にしては、短い方だと思う。鞄には、買ったばかりのピンクのリボンのキーホルダーをつけた。派手な方かもしれない。別にこれくらいいいよね。と、一人で納得する。なんたって今日はあたしの中学デビューの日、なんだから。
 一回笑顔を作ってみた。まだぎこちないかな、と思いながら口角を上げる。すると、さっきよりも少しだけ声のトーンを上げて、母が私を呼んだ。私ははーい、と適当な返事をし、玄関に向かった。
 
 学校までの道のりを、母と並んで歩く。ちらほらと目に入る、同学年の生徒たち。母親や、父親と並び、照れくさそうに笑っている。知っている人なのに、なぜだか新たな印象を抱いてしまう。制服、というものはこんな魔力も持っていたのか、と感じた。
 あたしは、舞い落ちる桜の花びらを目で追いながら、思う。小学校では暗く、地味な印象を与えていた自分。本当は変わりたかった。かっこよく明るい自分になりたかった。けれども、六年間でその望みはかなえられなかった。だからあたしは中学デビューという道を選んだ。あたしの行く学校は、普通の地元の中学校なのだが、あたしの小学校からそこに進学する生徒は少ない。あたしの通っていた学校と、その隣の小学校から進学してくる。これから行く中学校の中一の八割は、隣の小学校出身の子だろう。だからあたしが変わったところで、それを変に思う人は少ない。
 あたしは今、猛烈に嬉しい。なぜなら今日から新しい自分になれるのだから。これから始まる三年間、最高の三年間にしようと改めて決意した。
「あの子、派手だねー」
 そんな小さな声が耳に届いた。声が聞こえた方向に目をさりげなくやると、普通に制服をそのまま着た女の子が、その母親にそう耳打ちしていた。あいにくその声はあたしに聞こえてしまった。けれどもあたしは気にしないことにした。逆に、その女の子のことに対していらついた。これくらい、一か月もすれば当たり前になるんだから。と、心の中で毒づいた。
「成美、あんたちょっとスカート短いんじゃないの?」
 母親にそう言われた。びくっとなってしまった。そうかな、と何ともないようにさらっと言った。まったく、と母はため息をついて桜を見た。何ともないように言ったものの、正直あたしはどきどきしていた。やっぱり短かったのかな、と不安がまたよぎる。周りをよく見てみると、スカートを折っている子はあまりいなかった。けれども今更戻すことはできない。それに戻してしまったら、またもとの暗いあたしに戻るのではないかと、怖かった。大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせて、校門をくぐった。
 クラス表の前に行こうとしたら、小学校で仲の良かった永田双葉が駆け寄ってきた。
「おはよう成美!」
「……双葉。おはよう」
 あたしは一瞬うろたえた。だって双葉は、スカートを一回も折らず、鞄にも何もつけていなかったからだ。地味の絶頂だ。あたしと双葉は、唯一呼び捨てで呼び合える相手だった。本の話題で盛り上がった昼休みも幾度もあった。けれど、あたしはもう双葉と仲よくすることが出来ない。そう感じた。醜い自分、と心の中で自嘲した。
「ねえ、成美はA組だったよ。私と一緒! 一緒に教室行こうよ」
 いつもよりテンションの高い双葉は、あたしの気持ちにお構いなしで、そう誘ってきた。そうしなさいよ、と母が目で訴えた。
「ううん……いいや。ごめん。先行ってていいよ」
 あたしは、伏し目がちにそう言って、クラス表の前に向かった。母は何なのよ、とでも言いたげについてきた。双葉がどうしたかはしらない。ただ、振り返ったときにはもう双葉の姿はなかった。多少の罪悪感はあった。けれどもしょうがない、という気持ちの方が大きかった。
 教室に着くと、もうそこは楽しげにおしゃべりを楽しんでいる生徒であふれていた。さっそくグループが出来上がっているのか。いや、そうじゃない。隣の小学校出身の子が、そのままここに上がってきたからだ。自然とグループははじめから出来ていたのだ。
 やっぱり双葉と来ればよかったかな。ふとそう感じた。けれどもあたしはその思いを必死に振り払おうとする。遠くの席に双葉の姿が見える。一人でうつむいている。あたしは、鞄をどさっと机の上に置いて、それからおもむろに席に座った。これからどうしようか迷う。双葉の元へ行こうか、と思った。
「あの子派手だよねー」
「先輩に目つけられそうだよね」
 ヒソヒソ話が聞こえてくる。意味のない耳打ちだ。このままじゃ、このまま一人で座ってたんじゃ今までと一緒だ……所詮あたしは、ダメなんだ。ずっと。
 やっぱり双葉と話していようか、そう思いなおし立ち上がろうとした。双葉もどこかしらでそれを期待しているようだった。
 しかし、それは叶わなかった。
「こんちゃー!」
 いきなり目の前に現れた、あたしよりも派手な子。そして一番目立つ箇所は、その子の頭。何と綺麗に茶色く染まっている。その隣には、これまた派手な格好をした女の子が二人笑っていた。
「このストラップかわいいね!」
 その茶髪の子は、あたしの鞄に手を伸ばし、ストラップを触る。可愛い子だな、と思った。
「ねえ、一人、だよねっ? 良かったらさ、あたしたちと喋らない? 大歓迎だよ!」
 その子は可愛い笑顔であたしに笑いかけた。あたしもつられて微笑する。
「あ、ありがとう! ぜひ入れてっ」
 明るく言えてたかな。多少の不安を抱きながらあたしは笑いかけた。三人も笑う。あたしは立ち上がって、その子たちが喋っていた窓際に向かおうとした。この子たちと一緒にいればあたしも自然と派手に、明るくなれるかもしれない。そんな希望を抱いていた。
 窓際は、日差しが差し込んでいて爽やかな朝の空気を作りだしていた。まだ綺麗なカーテンが日の光を若干さえぎっている。けれどそれでも眩しくて目を細めた。
「じゃあまずは自己紹介ねっ! あたし原島千夏でーす! よろしくねっ」
 ピースサインを両手でつくり、茶髪の女の子……千夏は歯茎を見せて笑った。その後、二人の女の子……桜と渚もそれぞれ自己紹介をした。そして三人はあたしに注目する。期待の視線が注がれる。残念ながらあたしはそこまでかっこいい楽しい女の子じゃない。心の中でそう謝った。
「えと、あたしは岬成海ですっ! よろしく!!」
 精いっぱい笑顔を作ってそう言った。三人は、それぞれ笑っていた。上手くいったのかな、そうとらえていいんだよね、と思った。
「てかさあ、担任遅くね? 何やってんだろうね!」
 いつの間にか話題が変わっていた。アバウトな子たちなのかな。そう思い安心した。これであたしも派手系グループの仲間入りだ。そう思うとなんだか嬉しかった。変われた気がした。ふと双葉の方に目をやる。双葉は相変わらず一人で寂しそうにうつむいていた。
「でっ? 成美は何が好き? ブランド!」
 突然言われびくりとなる。けれどすぐにあたしは笑顔を作った。
「んっとね。なんだろー、109系結構好きかなー!」
 そう言って明るく笑った時には、もう双葉のことなんてすっかり忘れていた。
 それからというもの、あたしは双葉とは全くしゃべらなくなった。千夏たちといたほうがうんと楽しいからだ。
 双葉がいつも一人というのも気にならない。最初の方は一人の双葉を気遣って、声をかける生徒もいたが。
 その生徒たちもだんだんと離れていき、やはり双葉は一人でいるようになった。
 あたしは、たまには話しかけないとやばいかな、と思っていた。けれども話しかけることはなかった。なぜなら、双葉は地味だからだ。そんな子と派手系グループのあたしが話したら、あたしの評価が下がってしまう。それを恐れた。
 それに千夏たちも、いつもうつむいている双葉をうざがっていた。あの子暗いよね、とひそひそと陰口をたたいていた。

 時は六月。体育祭も終わり、期末までもまだまだ余裕はある。
 なんとなく平和な雰囲気の中、あたしたちのグループは授業中も手紙を回したりしてふざけていた。それを嫌がっている生徒ももちろんいる。けれど、あたしたちに逆らうということはどうなるということかよくわかっているらしく、ただ黙っていた。あたしたちはそれをいいことに、ますます大声で話す。先生もはじめのうちは注意をしていたが段々と無視をしていくようになっていった。
 三連休が終わり、今日は月曜日。
「おはよー! うち、遅刻しちゃったよー」
 千夏の元気な声。あたしたちは、盛り上げ役の登場に笑顔になり、千夏に挨拶をしようとする。
「うっわ、すご! かわいー!」
 桜と渚が感激の声を上げた。誇らしげにふふっと笑う千夏。あたしは千夏を見て目を丸くした。
 なぜなら、千夏の制服アレンジにますます拍車がかかっていたからだ。休みの間に出かけて改造していたのだろう。
 スカートは校則違反のひざ上十五センチを上回っている。首元にはハートのネックレスが輝いているし、靴下もださい白のものではなく校則違反の紺のハイソックス。とてもじゃないが、中学一年とは思えない制服の着こなし方だ。桜に渚にあたしももちろん、制服アレンジはちょっとしているがここまでじゃない。
 クラスメイトも千夏のことを凝視している。その視線が嬉しいのか、ますます笑顔になる千夏。
「凄いねー!」
 ほう、と息をつき渚が意見を求めるようにあたしを見る。あたしはあわてて、千夏の格好を見つめて感想を言った。
「ほんと、かわいいって! まじやばいよ! めっちゃギャルいね!」
 精いっぱいの笑顔。半分本当で半分嘘。ちょっとだけ、やばいんじゃないかと思っていた。けれどもかわいいことには変わりがない。
「でしょ! 雑誌見て研究したんだー今度は派手なコンコルド買いに行くんだ」
 とてつもなく短いスカートの裾を指でつまみ、自慢げに千夏は言った。あたしたちは、笑っていた。
 何かをこそこそと言いながら、千夏を見ているほかの生徒たち。あたしはそんな子たちを見ると、ちょっとした優越感を持った。あたしは、この千夏と友達なんだからね、と。あんたたちとは違うんだから、という醜い感情も生まれていた。
「あの……原島さん」
 あたしの知っている声が、千夏の名を呼ぶ。双葉だ。双葉は最近生活委員に入ったらしい。だから何かいいに来たのだろうか。無駄だってわかっているだろうに。
「はあ? なんだ永田じゃん。何? わざわざかわいいって言いに来てくれたの?」
 その千夏の言葉に、あたしたちは爆笑する。恥ずかしそうに赤くなる双葉。無駄に正義感が強いところ……小学校のころから変わっていない。
 もちろんそのときのださいあたしは、双葉と一緒に注意をしたりしていたのだけど。それが一番いいことだと思っていたから。
「まじでなんなわけ?」
 いらついたように口角を少し上げて、双葉を睨む千夏。かなり怖い。それでも勇気を出したのか、双葉は顔をしっかりと上げ、口を開いた。
「その格好、校則違反です……直してきて下さい」
 小さいけれど、しっかりとした口調。それに、当たり前のようにあたしたちはむかついた。もちろん千夏が一番。
「はああ!? 意味分かんない。きもいんだけど。放っといてくんない? ださいよりマシだからさー」
 渚がそう突っかかる。今にも泣きそうな顔の双葉。
「ダサい奴とかまじうざいんだけど! 一回死んでくんないかなー」
「ほんと。まじ目障りだし。ね、成海っ」
 千夏がにっと笑ってあたしを見る。あたしは、頷いてしまった。怖くて、双葉の顔が見れなかった。やばいことをしてしまったような気がした。これで、いいんだよね。と、あたしは自分に問いかける。返事は返ってこなかった。
 泣きそうな顔のまま、自分の席に戻っていく双葉。そしてまた、いつものように俯く。やっちゃったねー、などとクスクス笑うクラスメイトたち。
「あいつほんとうぜえ。ねえ、千夏、苛めちゃおうよ―」
 桜が、顔を真っ赤にして千夏に問いかける。千夏は怒りをあらわにしたまま、静かにうなずいた。にやりと笑う渚と桜。あたしも、はは、と笑った。
「楽しみー」
 と、千夏が言葉を静かに発した。怖い……。でも、このグループに見捨てられるのはいや。そっちの方が、双葉いじめよりよっぽどいや。だから、あたしは双葉をいじめなきゃ……。自分に必死になって言い聞かせる。

 双葉いじめは、さっそく次の日から始まった。
 あたしたちは、わざわざ早めに登校し、双葉の机に落書きをした。はい、とマジックを渡されそうになったとき、あたしはトイレへと走った。
「ごめん、お腹痛くなっちゃってさあ。今朝ココアがぶ飲みしたのがいけなかったのかなあ」
 と、笑ってみせると、千夏たちも爆笑した。あたしは内心ほっとしていた。
 不意に渚が教室にかかっている時計を見る。時間は、七時五十分。そろそろ登校してくる生徒も増えてくることだろう。特に生活委員の双葉は、花に水をやるために。千夏は、あたしたちの顔をしっかりと見て、にやりと笑う。そして、こくりと頷いた。知らず知らずのうちに、あたしも頷いてしまっていた。足元には大きなバケツが四つ。そのどれにも中にはたっぷりと水が入っている。これから何が起こるかは一目瞭然だろう。
 教室にかかった曇りガラスに、双葉の影が映る。千夏がバケツに手をかける。そしてドアが開いた。何も知らない顔で、入ってくる双葉。
「えーいっ!」
 千夏が威勢よく声をあげて、水を双葉に浴びせかける。きゃっ、と小さく悲鳴をあげて目を大げさに瞑る双葉。間髪開けず、渚と桜がバケツごと水をかける。あまりの水圧とバケツの勢いに、双葉は倒れる。
「次は成海だよ!」
 にっと笑い、千夏がバケツをあたしに手渡す。あたしは、恐る恐る頷いた。そしてバケツにしっかりと手をかけ……双葉にかけた。何秒たったことだろう。濡れた髪からさらに水滴を垂らしながら、双葉はこちらを見た。特に、あたしを……。とても、悲しそうな顔だった。どうして、と問いているような。あたしはすぐさま、顔をそむけた。そして千夏たちとともに甲高い声をあげて笑いだす。その笑いにまぎれているうちに、あたしの心の中に変な感情が生まれてきた。……スッキリした。

 双葉いじめもそろそろピークを過ぎて、あたしたちは暇を持て余していた。
「あ、ねえねえ」
 不意に千夏が、声をかける。あたしたちは一斉に、千夏を見つめた。千夏は胸ポケットに付けた派手なコンコルドを弄びながら、口を開いた。
「今日さあ、いつもんとこ行こうよ。平日だけどさ。五時間でしょ? 今日。あたし凄い暇なんだよね」
 途中あくびを交え、千夏は抑揚のない声でそう言う。いつもんとこ、というのは近所にあるショッピングセンターのことだ。食料品売り場などの主婦向けなフロアもあれば、化粧品売り場などのあたしたち向けのフロアもある。安くてかわいい服の店も揃っていて、あたしたちはよく世話になっている。学校帰りに寄るのは禁止となっているが、あたしたちは時折放課後そこへ足を運ぶ。
「いいねー。どうする? 制服のまま行く? いつもそうだしさ」
 あたしはちょっと荒れてきた爪をいじりながらそう提案する。しかし、千夏は首をゆっくりと横に振った。どうして、と問うように、あたしは爪から目を離し千夏を見つめる。
「今日は私服で行こ。三時に入口んとこで待ち合わせねー。あ、手提げ忘れないように」
 最後の方、にやりと笑ってそのまま千夏は髪をとかし始めた。

「ごっめん、遅れたあ!」
「もー成海ー!」
 少し拗ねたように、笑う千夏。あたしは息を切らして、それから鞄を肩にかけなおした。三人とも派手な格好をしている。あたしも人の事は言えないのだけれども。じゃあ行こうか、千夏がそう言ってあたしたちはショッピングセンターの中に入って行った。
 いつ来ても賑やかだ。なんとなく華やいだ雰囲気がある。今日は食料品売り場でタイムサービスがあるらしい。おばさんが殺到するだろうな。そんなことを歩きながらなんとなく思った。
 あたしたちは、大声を立てながら三階の化粧品売り場へ向かう。途中、いまどきの若い人は……とおばさんがこそこそと言って行く。けれどもあたしたちはそんなこと全く気にしない。むしろイラついて、もっとうるさくするくらいだ。おばさんたちは二言三言また何かを言いながら、去って行った。桜がその後ろ姿にべーっと舌を突き出す。あたしたちはその桜の滑稽な様子に大笑いした。
「おー! これ雑誌に載ってた新商品じゃんっ! かわいーい!」
 甲高い声で千夏がリップクリームを手に取る。試供品と書いてあったそれを自らの唇に塗る。
「どう? どうよ、これ? キス、したくなっちゃうー?」
 その言葉に、あたしたちはかわいー、などと言いながら笑った。一気に騒がしくなる昼下がりの化粧品売り場。中年男性の店員がその隣でレジ打ちをしていた女に何かを耳打ちしている。女は頷く。きっとあたしたちの悪口を言っているのだろう。別にそんなの通用しないから。勝手に言ってろよ。そう心の中で叫んでやった。そしてまた、千夏が指さすものを見ていく。
「あ! コレ探してたんだよね〜!」
 大声で叫ぶ千夏。わざとらしいほど大声だ。
「あーこれウチもほしいんだよねー! 何円?」
 渚が千夏の持っているマスカラを覗きこむ。
「うわ、高! 千円とかまじあり得なーい!」
 桜が大仰に叫ぶ。確かにマスカラ一本に千円をかけられるほどあたしたちは金持ちじゃない。
「しょうがない。諦めよっかあ……」
 大げさにため息をついて、千夏はマスカラを棚に戻した。しかし、あたしは見てしまった。きっと渚も桜も見たことだろう。千夏がマスカラをしまうふりをして、それを持っていた手提げの中に入れたことを……。
「トイレ行きたい! 付き合って!」 
 千夏はにやりと笑い、無理やりあたしたちを引連れてその階にあったトイレに入った。幸い誰もいない。あたしは言うなら今しかないと思い、勇気を出して口を開いた。
「ねえ……千夏。さっきのって、えと……」
 だめだ。大事なところが言えない。こんなにも口に出しづらい単語だったっけ。
「万引き、だよ」
 あっけらかんと千夏が言う。あたしたちは静かに叫んだ。やっぱり……! さすがに渚と桜もあわてている。もちろん例にもれずあたしもだ。ただ千夏だけがにこやかに立っている。そしてこれが証拠と言わんばかりに手提げからマスカラを取り出して見せた。あたしたちは一歩後ろへ下がった。いくらなんでもやばいんじゃない……!? あたし達三人は目でそう訴えかける。けれどまだ千夏は可愛く笑っている。しまいにはそのマスカラの包装をはがし、ポーチに入れてしまったのだ。証拠隠滅というやつだろう。ビニールで出来た包装紙はくしゃくしゃに小さく丸めて手提げの奥深くに入れている。
「ちょ……! だめなんじゃない!? やばいって、ばれたら」
 あたしはあわててそう止めた。
「大丈夫だってー。ねえ、みんなでやろうよ。絶対さっきのウチみたいにやればバレないからさあー」
 そんな風に楽しく言われたら、もうだめだよ……あたし。あたしだってやってみたいもん。隣では渚と桜が操られたように静かにうなずいている。あたしは、仲間外れにされたくない。別にさっきだってバレなかったじゃん、大丈夫だよね。あたしも笑って頷いた。ちゃんと笑えてたか、不安だ。
 トイレを出て、また何事もなかったかのように化粧品売り場へと向かった。店員がまた来たのか、とでも言うかのようにあたしたちを見た。あたしたちは、おしゃべりもほどほどにすーっと店内を歩いて回る。
「よし、この辺でターゲット決めよう」
 小さな声で千夏が囁く。足がかすかに震えているのが分かる。やっぱり万引きは怖い。だって今からあたしは犯罪を犯すのだから。もしも見つかったら、どうなるんだろう。嫌な想像ばかりが頭の中を駆け巡る。
「あたしこーれ」
 桜が新製品のリップを手に取ってまじまじと眺めた。そして、買いたいけれど買えないような素振りで棚に戻そうとして、手提げの中に放り込んだ。初めてとは思えないほど鮮やかな手つきだった。渚も同じようにマスカラを万引きする。そして三人の視線はあたしに注目する。
「じゃあ、あたしこれ……」
 あたしは恐る恐るピンクのリップを掴んだ。早く、と少し焦ったかのように千夏が囁く。あたしはその言葉に背中を押されるようにして、リップを手提げの中に入れた。とても簡単な動作だった。しかしあたしの心臓は、ばくばくと大きな音を立てていた。
「やっぱり高いね。しょうがないか。出よう」
 はあ、と息をついて千夏が出口に歩きだす。もう店員はこちらを見ていなかった。あたしはそれに安心して、さり気なく外に出る。それからショッピングセンターを出るまでの間、あたしの心臓は鳴りっぱなしだった。もしも見つかったらどうしよう。声をかけられたらどうしよう。あたしはちゃんと歩けていただろうか。どうして三人は何事もなかったかのように楽しそうに笑えるんだろう。あたしにはとてもじゃないけれど無理だ。でも、万引きにも慣れなきゃいけないのかな。三人と仲よくするには。
 ショッピングセンターを出た。幸い誰にも見つからなかった。あたしたちの万引きは成功したのだ。よかった、と言っていいのだろうか。けれども千夏たちは笑っている。あたしも無理やり話を合わせて笑顔を必死になって作った。……あれ? どうしてだろう。なんでこんなにも、あたしの心の中はすうっとしているのだろう。双葉をいじめた時と同じような感情が自然とわきあがっていた。
「それじゃあ明日ねー。ばいばい!」
 気付けば桜と渚とは別れ、千夏と二人で歩いていた。何を話していたのだろう。全く分からない。いや、覚えていない。そして気づけば分かれ道まで来ていて、千夏が笑って手を振る。
「うん、ばいばい! 明日学校でねー」
 あたしも笑って手を振った。そしてゆっくりと家へ歩き出す。

「ただいま」
 ドアを無造作に開けて、家に入る。
「お帰り、成美。楽しかった?」
 何も知らないお母さんが呑気に笑ってそう問う。あなたの娘は万引き犯だというのに、煎餅なんかをぼりぼりとおいしそうにかじっている。
「うん。楽しかったよ。友達できてよかったよ、ほんと」
 あたしは適当にそう返した。母が一番喜ぶような答えであろう。そして思惑通り母はにっこりと笑いよかったわね、と言う。あたしはなんだか気分が悪くなり、すぐに自分の部屋に上がった。
 あたしは、罪を犯したんだ。犯罪者なんだ。それなのにあんなに楽しそうに母の前で笑っていられるなんて。あたしの神経はどうなっているんだろう。万引きだけではなく、いじめもした。あたしは最悪な少女だというのに。重い罪がずんずんとあたしの上にのしかかってくるようだ。あたしはしばらくベッドの上に寝転がり、涙をこらえていた。怖いよ……。そして不意に立ち上がり、鞄の中から先ほど万引きしたピンクのリップを出す。そして少しの間じっと見つめて、それを机の上に無造作に置いた。

「おっはよー!」
 自然と体がびくっとなった。千夏が元気よく扉を開けて、教室に入ってきたのだ。それも昨日万引きしたばかりのマスカラをつけている。そういえば、桜も渚もそうだ。昨日万引きした化粧品をしっかりとつけている。あたしも付けてくれば良かった……と醜いことを思った。
「おはよー千夏!」
 そんな不安な思いとは裏腹に、あたしの声は元気よく千夏に挨拶をしていた。気分が良さそうに、千夏は三人に挨拶をする。もともと長いまつげが、さらに綺麗になっている。
「昨日さあー、かっこよかったよね! 千夏」
「うんうん! 最初にやるとかかっこよすぎでしょ!」
 不意に、桜と渚が千夏を褒めた。かっこいいという言葉を用いて。自慢げに笑う千夏。万引きは、かっこいいものなんだ……。
 そう思ったが、それを声に出せるほどの勇気は残念ながら持ち合わせていない。ただ話を合わせて笑うだけの醜さしか、成美には無かった。
「そういえばさーあ」
 語尾をだらしなく伸ばして千夏が言った。その顔はとてつもなく意地悪そうだ。
「何々?」
 それにつられて成美はテンポよく返事を返した。きっと今のあたしの顔も意地悪そうなんだろうな、そう思い哀しくなる。
「最近双葉のアホ来ないよね、学校! すごいせいせいするー! やっぱりいじめはいいねっ!」
 最悪な言葉だ。最低最悪にもほどがある。が、成美たち三人はにやにやと笑い何回も頷く。まあ確かに、双葉と顔を合わせないで済むのは正直言って楽なのだけれども。いじめも正直言うと、ストレス解消となっている面もあっていいのだけれども。
「でも来ないと来ないで退屈だよねー」
 千夏がはあ、とわざとらしくため息をついた。それはクラスメイトにも聞こえていたらしい。聞いていないふりをしていても、みんなの耳は敏感だ。特に女子の耳は。千夏たち派手系グループの四人は、このクラスの裏リーダーのようなものだからだ。逆らったら何をされるかわからない。その恐怖が、クラスメイトを怯えさせていた。女子は特に、彼女たちのいいなりだ。
 成美はもちろん、それに気づいていた。憧れていた派手系グループの中の一人になれたからだ。あたしは変われたんだ。そう思うと、自然と口元が緩む。

「あ、あったあった! キャー! 同じクラスだよー! やったやったやったーあ!」
 桜が珍しくハイテンションになって、クラス表の前で飛び跳ねる。その声に、渚と千夏と成海も、クラス表を覗きこむ。確かに、同じ枠の中に四人の名前がしっかりと収められていた。
 時は流れてもう成海たちは二年生となったのだ。そしてまた同じクラスになれたというわけだ。
「あれー? 双葉いないじゃん」
 少し気分を悪くしたような低い声で、千夏がそう言う。成海は一緒になって残念そうな顔をしながらも、内心は安心していた。もうあの哀しそうな咎めるような目で見られなくて済むのだと思うと。
「じゃあとりあえず、今年度もよろしく!」
 そんな明るい千夏の声に、四人はハイタッチを何度も繰り返した。すぐ近くには、彼女らを怖そうに見ている新一年生がいた。
 あたし、まさか去年の今頃はこんな風になれているだなんて思いもしなかったな。不意にそう思い、成美はクスリと笑う。急に笑った成美を見て、渚が好きな奴のことでも考えてた? なんておちょくってくる。こんな小さなやりとりさえもが、成美にとっては宝物だった。
 が、今だに一つ心に重くのしかかっている問題もあった。万引きのことだ。今だにその事実に慣れることは出来なかった。本当は、謝りたいとさえ思っていた。

「あーあ、疲れたー、数学ほんと意味分かんねえし!」
 髪を明るい茶髪に染め、派手なヘアアクセをつけている千夏がのびをしながらそう愚痴る。成美たちも、そうだよね、と相槌を打つ。しかし成美の心境はそれどころではなかった。
 五月。試験が近づいてきたある水曜日のこと。成美は一昨日辺りからひそかに温めていた思いを、今放出しようとしていた。彼女なりの勇気だ。そして数学の授業中、次の休み時間には言おうと決心したのだ。認められないかもしれない。いや、そっちの方が可能性としては高いだろう。わかっていたけれど、とにかく成美は言いたかったのだ。
「あ、あのさ」
 緊張のあまり、どもってしまった。二秒前にタイムスリップすることが出来たならば。成美は本番に弱い自分を恨む。しかしここで引き下がるわけにはいかない。もう既に、千夏たち三人は訝しげに成美を見つめている。心なしか、教室内までもが静かになってしまったようだ。勿論それは気のせいなのだが。
「……成美ー? 成美ちゃん? どしたん?」
 おちょくるように桜が笑いながらそう言う。千夏と渚が、はは、と軽く笑う。つられて成美も笑ってしまったが、直ぐに顔を引き締めて口を開いた。
「今更だけどね、万引きのこと……」
 ここでとっさに成美は声のボリュームを下げた。
「言いに行かない? ちゃんと謝りに行こうよ……」
 その言葉を述べた瞬間、空気が変わった。いや、正確に言うと成美たちのグループ周辺の空気だけが。先ほどまでにこやかに笑っていた千夏たちは、冷やかな目で成美を見ている。それは睨んでいると言った方が正しいのかもしれないが。
 千夏たちは何も言わない。だれも口を開かない。ただ、成美を軽蔑しているように見ている。その方が成美にとって堪えると分かっているからだ。成美の頬を、冷たい汗が流れる。もう、限界だ。そう感じ、再び口を開いた。唇はわずかなこの時間に乾いていて、なかなか口を開かせてくれなかった。握っていた拳を、そっと開いた。白旗を上げるかのように。
「ごめん……あたし空気読めて無かったね。ごめんね、マジ」
 若干視線を落とし、成美は完全に引いた。降参したのだ。それを確かめてから数秒後、千夏が口火を切る。
「いいよいいよ! もうKY発言やめときなよー! ハハッ、成美受ける!」
 その言葉に、少しのいらだちを覚えながらも、成美は笑う。ハハ、と乾いた声をあげて。心の中では強く泣き叫んでいた。あんなに強く決意したはずなのに、と。どうしてあたしはこんなにも弱いんだろう……と。虚しい。虚しい時間だった。成美の心の中は後悔の念でいっぱいだった。だがそれもすぐに消えることになる。
「もう笑えるー成美」
「成美って天然だよね、絶対!」
 その渚の明るい声で、一同は笑う。大笑いをする。そしてまた話題がブランドについて移ろうとしていた時、チャイムがなった。席に戻る成美の体は、固まっていた。緊張していたのだ。そのことに、なんとなく腹がたった。

 二年生も夏休みが間近に迫る七月となると、クラス内の雰囲気も大分固定されるようになってきた。グループについても同じだ。誰々と誰々は親友同士だ、誰々と誰々は仲が悪いから近づけてはいけない、などの人間関係もゆっくりと、だが確実に決定していく。そしてそれはクラス中に広がるのだ。決定してから広がるまでの時間は割と短い。うわさ好きの女子というのはどこのクラスにも大体ニ、三人いるものだ。
 また、それと同じように一人一人の特徴のようなものも分かってきている。例えば千夏はまさに不良、などのことだ。もちろんその反対の子……即ち地味で暗い子もいる。このクラスの場合、そのポジションにすんなりとおさまっているのは間宮瑠奈だ。瑠奈はいつも一人でいて、友達がいないことをさらに強調するかのようにいつも本を読んでいる。本を読んでいるというのが悪いこととは言えないが、瑠奈の場合は明らかに暗いのだ。もしかするとそんな彼女を凄いと感じている人もいるかもしれない。だが、千夏たち四人は瑠奈のことを馬鹿にしたような目で見ていた。いや、見下していた。嫌味な奴、天才ぶっている、などと根も葉もないような噂を流したりもした。それでも瑠奈は無反応だった。そうすると更に瑠奈に対しての怒りは増し、こいつはうざい、むかつく、などと思うようになる。そんな中にいる成美も例外ではなく、瑠奈のことをうざいと思っていた。
「あいつさ」
 お昼休みの時、突如千夏が口を開いた。苦々しげに顔を歪めている。あいつ、というのはもちろん間宮瑠奈のことだ。三人は話の続きを問うようにして、軽くうなずく。
「この前のテストで国語百点だったらしいよ。瑠奈のくせにうざいんだよ、天才ぶりやがってさ」
 ちなみに成美は五十二点だった。平均を下回っている。千夏たちについても同じようなものだろう。
「まじでー!? うざすぎ! 暗いくせにね!」
 あまり頭のよくないものが、頭のいいものをひがむのは当然のことだ。例にもれず千夏たちもそう。瑠奈をうざい、と言いながらも本当は羨ましいと思っているのだろう。成美は心から瑠奈をうざい、と思ってその言葉を口にした。教室にいた何人かがこちらをチラリと見る。桜がその数人を思いきり睨むとその子たちはそそくさと教室を出て行った。
「だよね、やっぱうざいよね、てかあいつのことを好きな人とかいないから、あり得ないっしょ。うん! ははっ」
「いたらそいつのことウチいじめるかも! あはは!」
「渚も悪よのうー」
「へへへ、お代官様ほどではー」
 桜と渚が軽く小突き合いながら笑う。顔を歪めていた千夏に成美も、爆笑しだす。数分静かな教室が四人の笑い声に包まれる。瑠奈は図書室に行っているのかこの場にはいない。それをいいことに千夏は悪口を言いだしたというわけだ。お昼休みにぴったりののどかなムード。だがそれも千夏の低い声でまた魔女のサバトのような雰囲気に戻された。
「ウチさ思ったんだけどー、瑠奈も双葉と同様だと思うのね?」
「あー、双葉とかっていうのもいたねえ」
 間延びした成美の声に、一同はまた笑う。が、今回はそれも長く続かなかった。
「だからあ、瑠奈のこといじめちゃお!」
 いじめ、なんていう嫌な言葉を口にしているのにもかかわらず、千夏の声音は陽気そのものだった。
 一瞬成美は戸惑った。最近ニュースなどでもよく聞く単語……いじめ。その加害者に再びなるのか、と思ったからだ。だがその気持ちも長続きせず、成美は迷わず頷いた。もちろん桜に渚もだ。そんな三人を見て千夏は満足そうににこりと笑った。整った顔が不気味に歪んだ。

「最初はグー、じゃーんけーん、ぽん!」
 一見見ると可愛らしい女子のじゃんけんだ。だがこれは、恐怖のじゃんけんと言っても過言ではないだろう。成美は何気なくチョキを出した。千夏はグー、桜と渚もグーだった。完璧成美の負けだ。成美はその手の配置を見て、大げさに顔をしかめた。
「やったー、成美の負けーっ!」
「ま、まじで!? はあ、最悪ー……汚れちゃうじゃんっ」
「手は洗った方がいいよー」
「うがいも忘れんなよっ! じゃあ頑張れえ!」
 明るい渚の声に押されて、成美はしぶしぶ立ち上がった。そしてゆっくりと、静かに本を読む瑠奈の元へ向かった。その成美の気配を感じ、瑠奈は本にしおりをはさんで閉じる。困惑したような、割と綺麗な顔がこちらを向いた。何の用? とその目は訊ねていた。成美は感情を表に出さないように人の良さそうな笑みを見せた。遠くでくっく、と声を漏らして笑っているのが聞こえる。もちろん千夏たちだ。成美はそれも気にしないように心がけて、優しく瑠奈の肩に手を置いた。うげっ、そう心の中で瑠奈に対して毒づいた。
「あの……?」
 ますます不審がる瑠奈。当然のことだろう。今まで自分に悪口を言ってきた人物が、長年の友達のように笑っているからだ。夢かもしれない、とさえ思った。その感情が、嬉しいのか怖いのか、それさえも今の瑠奈には判断出来ていなかった。
「あっ、ごめんねいきなり! えと、あたしね……瑠奈と友達なりたいなーって思って! 実はさあ、千夏たちに今はぶられてるんだよね……頼りにできるの瑠奈しかいないの! ごめん、利用するみたいで……。でもあたし本当に今は瑠奈のこと信用してるんだよ? 今まで……悪口とか言っちゃって……ごめん、ね」
 瑠奈にとっては、天使のような一言だった。もしかしたら今まで一人でいた自分にもようやく友達が出来るのかもしれない。そう感じていた。だがこの台詞さえもシナリオ通りのものだ。
「えと……成美ちゃん、でいいのかな……その、大丈夫だよ、ありがとう……」
 今にも涙が流れそうだった。そんな幸せそうな瑠奈の表情を見て、成美は心の中でさらに毒づいた。聞えよがしに笑っている声が耳に届く。じゃんけん、本当弱いんだよな、と成美は思った。あの時パー出してれば良かったよ、と取り返しのつかないようなことも思った。とりあえず今すべきことは作戦パート二だ。
「まじでっ!? あは、ありがと……あたし凄い嬉しいよ……やっぱり瑠奈に声かけて良かったあ……」
 わざとらしく涙をぬぐう振りもして見せる。こんなことをする余裕さえもが、今の成美にはあった。
「ううん、ほんとに私なんかでいいのかな……」
「なんか、じゃなくて、瑠奈がいいの! あ、あたしのこと成美でいいよ……?」
「分かった……じゃあ成美! ……何か照れる……」
 まさに、仲の良い友達同士だった。実際は瑠奈一人がそう思っているだけなのだが。もっと正確に言うと、成美たち四人がそう思わせているのだ。何とも残忍ないじめの方法を、千夏たちは実行していた。この友達ごっこを昼休みまで続けなければいけない。そんな大事な役目を、じゃんけんに負けた成美は背負っていた。明るく笑って時折瑠奈に話しかける。その本は何? と訊ねる。本当は心にも思っていないことを言い続ける。前の成美だったら尻ごみしていただろうひどいことを、今の成美は何とも思わずに実行していた。寧ろいじめて絶望に陥った瑠奈を見るのが楽しみ、とさえ思っていた。そんな自分を最悪だと思うことさえも忘れていた。
 その日シナリオに沿って、成美は千夏たちと関わるのをやめていた。昼休みも休み時間も、瑠奈ととにかく友達ごっこを演じる。瑠奈は本当に心から幸せそうだ。いつもは読書をしているが、今日は初めてできた友達とおしゃべりを楽しんでいた。しかしそれももうすぐ終わる。
「じゃあ今日の八時からやるから見てみなよー、面白いよ、まじ! そんで明日感想聞かせてねっ! ……あ、ごめんトイレ行こっ、付き合って!」
「へ? ああ、うんいいよ! 行こっか」
 一緒にトイレに行く。そのことさえも瑠奈にとっては新鮮な体験だ。成美たちは上手くそこを刺激したのだ。瑠奈はにこりと笑って、成美と廊下を歩く。少し前に煩くしゃべりながら歩く千夏たちが見える。成美は早くあの中に戻りたい、と思った。実際瑠奈との会話はつまらなかったのだ。瑠奈は今までずっと一人でいて、友達としゃべるということに慣れていなかったからだ。成美はいつでも楽しく笑っていたかった。そのため静かな瑠奈といるということはひどく退屈だったのだ。やっぱりあの時パーを出していればな……。その日何度も思ったことをまた強く感じた。
 トイレにつくと、そこには誰もいなかった。いつもは女子のたまり場と化しているのに。瑠奈は一瞬不思議に思ったが特に考えることでもないと思いなおして成美の入った個室の隣の個室に入った。そして鍵を閉めた。その音に重ねるようにして、成美が個室から静かに出た。そしてにやりと笑う。それを合図にしたかのようにして隠れていた千夏たちも出てきた。なぜ今女子たちがいないのかというと、学年でも結構恐れられている千夏たちが命令したのだ。昼休みトイレに入るな、と。だから今この場はひどく静かだった。

「きゃああっ!」
 しーんとしたトイレの中に、瑠奈の甲高い叫び声が響いた。水色のタイルで構成されている壁や床、天井がその声を律儀に反射させる。意地悪い笑い声を四人は立てた。冷たい水に濡れて、恐怖ト冷たさに震える瑠奈の表情を想像するだけでも笑える。作戦成功だ。四人はピースサインを作り、また小さく笑った。すっかり空になった金属製のバケツを一人一つずつ持って。
「残念でしたー、あたしがあんたの友達なるわけないじゃんっ! ばあか!」
 成美はそう言うなり、大声で笑いながらバケツを瑠奈の入っている個室の中に放り投げた。痛っ、という小さな悲鳴と金属音を耳にしながら四人はトイレをあとにした。汚い上履きで廊下の床をうるさく鳴らしながら。

2008/04/03(Thu)22:24:28 公開 / ななみ
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