『インフィニティ-終無-』 ... ジャンル:アクション 未分類
作者:ゐづみ
あらすじ・作品紹介
突如地球に大量の隕石が降り注いだ。その隕石の干渉波にあてられた人間に目覚める超能力『サイコ』。神崎 衛もまた、超能力を得た人間の一人だった…。
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西暦二十XX年 二月一日 日本時間で約午後三時
その日、その時間に、世界各国に大量にあるモノが降り注いだ。
それは、直径一〇cmにも満たない小さな石だった。いわゆる隕石である。しかしその量は半端ではなかった。日本で観測されているだけで一時間で日本列島に約五〇〇〇〇個以上の隕石が降り注いでいる。
流星群のごとく降り注ぐそれは、しかし誰一人として傷つけることはなかった。大量に降り注いでいるはずの隕石に、ただ一人として直撃した者はいなかった。
しかし、落ちてきた石に興味本位で近づく人間は大勢いた。その中に彼の姿も会った。
彼は、自分の庭に落ちた隕石に近づいた。庭には彼一人しかいなかった。その辺に落ちている石をわざわざ人の家の庭に入って見よう思う人間はそういないだろう。
彼、
神崎 衛
(
かんざき まもる
)
は庭に落ちた隕石をしゃがみ込みながら眺めていた。不思議な気分だ。こんな大量の隕石が地球に一瞬のうちに降り注ぐのは普通に考えて異常だ。でも、衛はただただ不思議な気分で庭に落ちた石ころを見つめるのだった。
するといきなり、庭の隕石にひびが入り、そこからまばゆい光が放たれた。小さな石から放たれた光は目がくらむほど明るく、なぜかどこか悲しかった。
「……」
そこで衛の意識は途切れた。
――――――――――――――――――――――Chapter1――――――――――――――――――――――
「やっほー神崎、起きてっかぁ〜?」
耳に入ってきたのは聞きなれた、いや聞き飽きた友人の声だった。
「あ‥? 島野か。人の安眠を妨害すんなよ」
目をあけて、すぐさま目に飛び込んだのは、衛の友人の島野の顔だった
壁掛けの時計を見る。横長の、現在の日時、気温、湿度を表示したデジタル電波時計は12時50分を示していた。
「ん…ちょうど昼休憩か」
机に突っ伏した状態だった衛は、静かに上半身をゆっくりと直立させていく。
周りを見てもいつも衛が勉強をしている教室の光景が広がるだけだ。だが、衛にとっては日常のこの学校は実は普通の学校ではなかった。
「アカデミー…か」
超能力開発・研究アカデミー。一〇年前、突如世界中に小隕石が大量に降り注いだ事件『冥王の制裁』。その時に降った小隕石から放たれた特殊な地球外成分を含んだ干渉波。
その干渉波にあてられた人間の約一割に芽生えた特殊な特殊な力、超能力『サイコ』。その『サイコ』を宿した人間、『サイキッカー』を未来的に軍事利用するために養成する施設。
それが、超能力開発・研究アカデミーだ。この施設で養成されているのは一三〜一八歳までの中、高校生だ。
その中に神崎 衛もいた。
「たいそうな名前だけど。要は『サイコ』の勉強をする学校だろ」
衛は退屈そうにため息交じりにつぶやく。
「そういやさ、おれまだ神崎の『サイコ』って見たことねーんだよな。どんなの?」
先ほどまで衛が突っ伏しながら居眠りしていた机に腰掛けた島野は、多少見下ろし気味に問いかけた。だが神埼は答える気はないように、
「聞いてもいいことねーだろ。第一おれだっておまえのしらねーし」
どうということもない、このアカデミーではよくある会話だ。女子学生が芸能人の話をするのとおなじ他愛のない会話。『サイコ』などとたいそうなことは言っているが、いたって平和なのだ。
だがその平和を破るように教室のドアが何者かによって大きく開け放たれた。ドン! 横スライド式のドアが極限まで開かれ、レールの端で轟音を鳴らして止まった。
「大変だ! 校庭でこの前に転校してきた中等部の一年のやつと高校生が『サイコ』を使って喧嘩してる!!」
そこにいたのは小柄でメガネをかけた男子生徒だった。息を切れしている。相当急いできたのだろう。
教室がざわめき始める。ここは『サイコ』を勉強する学校だが、授業以外で『サイコ』を使用するのは禁止されているのだ。それも喧嘩となれば、二つの『サイコ』がぶつかり合うのだ。どんな被害が出るかわからない。
クラスの人間が一斉に校庭に向かう。もちろん興味本位で。一瞬にして教室はがら空き状態になる。
「おい神崎、俺達も見に行こうぜ」
島野はいかにも楽しげな顔で神崎を促すが、
「いってどうすンだよ。あぶね〜だけじゃんか」
神崎はあまり乗り気ではなかった。しかし島野が腕をグイグイと引っ張ってくるので鬱陶しくなったのでしょうがなくついていくことにした。
校庭に向かう途中、廊下で神崎は一人の少女を見かけた。少々紫がかった髪が腰の高さまである長髪の女性。廊下にもたれながら物静かに読書をしていた。
「……」
気があったわけではない。むしろ初対面だ。ただ、なんとなく。本当になんとなく。
「おい、あんたはほかのやつらと一緒に校庭いかねーのかよ」
「え…?」
衛は少女に近づき、話しかけていた。少女はキョトンとした顔で衛を見る。
「みんな校庭に向かってるぜ。あんたはいかねーのかってきいてんだ」
「校庭で、何か…?」
少女は首をかしげる。しかし、衛が校庭で喧嘩が起っていることを説明しようとした時、
「運動会でしょうか? それとも、学芸会…? やっぱり、学芸会といえば、フラメンコだと、私は思います」
間髪入れずに、意味不明なことを口走った。
この台詞で衛は悟った。こいつは、周りに流されず、自分の世界に入ってしまうようないわゆる
電波少女
(
ふじぎちゃん
)
だ、と。
無意識に衛はため息をつく。そして少女は、衛を見て再び首をかしげる。そこで後ろから島野に声をかけられた。
「おーい、神崎。早く校庭いかねーと終わっちまうぜ」
五m程離れた所から結構大きな声で、両手を振りながら衛を催促する。衛は小さく舌打ちしながら少女を背に歩く。すると少女は衛の裾をつまんだ。そして静かな声で、
「私は
川東 美沙姫
(
かわあずま みさき
)
。あなたは?」
問いかけてきた。
いきなりの自己紹介に一瞬衛は戸惑った。だが、
「神崎 衛だ。じゃぁな」
と言い捨てるとそのまま歩いて島野のもとへ歩いて行った。
「何あの娘? ひょっとしてお前のコレか? 今度紹介してくれよ」
島野は歩きながら自分の小指を立ててからかいに来る。だが衛はそれを無視するように校庭へ歩いて行った。
(川東美沙姫…ね)
心の中でつぶやく。
校庭にはたくさんの人だかりができていた。島野は人込みをかき分けながら前へ進む。衛も仕方なくそれに続く。
校庭の中心には見ただけでわかる感じの悪い三人組の男と、それと対峙するようにその前に、少年が立っていた。
「うわ〜、こりゃ勝負は目に見えてるな」
島野は退屈そうに言う。確かに常識的に考えれば三対一で、しかも高校生三人対中学生一人なら勝ち目はなさそうだ。
「でもさぁ、サイコ使用可能なんだろ? わかんねーじゃんか」
実際そう思っているわけではないが、とりあえず衛は適当に発言しておいた。
三人組のうち一人が、怒声を発す。
「おうこンガキャァ!? おまン新入生だろ? このガッコの鉄則がわかってねぇようだなあぁ〜ん? この俺様にぶつかっておいてスルーってのはどぉいう御身分だてめぇは?」
おそらく三人のリーダー格だろう。三人の中心にたち、大音響の怒声をあたりにまき散らしている。相当タチの悪いやつらだろう。次にまた、三人のうちの一人が、
「お前良クンに逆らってただで済むと思うなよ? この学校では良クンに逆らうやつはみんな死刑なんだぜ? ギャハハハハハハ」
いかにも下っ端ですと言いたげなセリフだ。残りの一人はただ沈黙を重ねている。
「さっきから謝ると言っているだろう、バカ野郎ども。何度言えばわかる? それに私は普通に廊下を歩いていただけだ。ぶつかって来たのはどちらかといえばお前たちのほうだろう。」
強気な発言をしたのは対峙する中学生の少年だ。それも、上級生に対する敬意などみじんも感じられないほど見下したような言い方だ。彼の言葉は自信に充ち溢れていた。
「‥ンだと? バカ野郎? おまえは俺が徹底的に潰さなきゃきがすまねぇ人種だ! 下種風情がこの俺様にため口をきく時点でコロし確定級だってぇのに…死に曝せぃやアアアアアァァァァ!!」
三人組のリーダー格は自身の右手を正面に突き出す。そして低い音で叫びながら念じ続ける。
「ハア゙アアァァァァァァァァ‥‥」
すると突如周りから小さな粒状の何かがリーダー格の右手に集結していく。よく見るとそれは小さな水滴だった。それは数秒のうちにリーダー格の右手の前に体積一立方メートルほどの立方体になった。そしてその右手を時計回りにひねると水の塊は鋭いドリルへと形を変えた。
「ふははははは、俺様の『サイコ』は水を自在に操ることができるのだぁ! 思い知ったかゴミ虫野郎! 」
リーダー格は高笑いをしながら右手を空に掲げた。天に突き立った水のドリルは日光を受け、まばゆく輝いていた。
しかし対峙する少年はそれを見て、
「…で? 」
呆れ気味な視線をリーダー格に向けた。
「…で? だと?? おまえこれが怖くないのか! こいつを使えばお前の心臓をエグることだって可能なんだぞ?! 」
「じゃ、エグられる前におまえを倒せばいいんだろ? 」
不良の脅しにも動じず、彼は平然と涼しげな顔で言った。
「おまえぇ…マジで何様の」
「私の名は
世界 駆流
(
せかい かける
)
」
問いかけに間髪入れず回答する駆流。そしてしゃがみ込んで手頃な大きさの石ころを地面から拾い上げて立ち上がった。
「言っとくが、私の『サイコ』はお前の比じゃないぞ? 」
余裕の表情を見せながら駆流は拾った石ころを指ではじく。
「じょ‥ジョートーじゃねぇか! 後悔すん」
その瞬間だった。刹那。まさに一瞬の出来事だった。
不良のリーダー格が発言しながら水のドリル構えて突っ込んでくる途中、彼の顔面の真横を何かが目にもとまらぬ速さで駆け抜けた。音より早い、まさに光速で。横切った後に音と風圧がいっぺんにリーダー格を襲った。
動きが止まる。何があったか理解ができない。とにかく自身の身の危険だけを感じた。
リーダー格の顔を横切った何かは直進し、ちょうど五mほどの地点でいきなり速度を落とし、コテっと地面に落ちた。そこにあったのは先ほど駆流が拾った石ころだった。
「なに…が? 」
リーダー格はその場で地面に崩れ落ちる。表情には生気が感じられなかった。
ギャラリーもどよめきだす。
「すっげーな! いったいなにがあったんだよ」
島野がいきなり興奮しだす。衛も何も感じなかったわけではない。ただ言葉が出ない。その中で平然と笑いながら仁王立ちしているのは世界 駆流だった。
「いっただろ? 私の『サイコ』はお前の比じゃないって」
駆流はフンッっとふんぞり返ってリーダー格を見下す。ほかの二人は即座に逃げて行った。
「てめ…一体どんな‥」
必死の問いかけだった。腰が抜けて立ち上がることすらできない。とにかく問いかけた。
「私の『サイコ』はね…」
ギャラリーが静まりかえる。みんな知りたかった。こいつが、この少年が一体どんな能力を行使したのか。駆流は再びリーダー格を見下しながら黒い笑みを浮かべて、
「速さだよ」
一言そう呟いた。
――――――――――――――――――――――Chapter2――――――――――――――――――――――
シンと静まり返ったグラウンドで少年の澄み渡った声は、何よりも清く響き渡った。速さ。その言葉が意味することを、そこにいる誰もが考えた。だが皆が出す結論はひとつ。速度。
「私の『サイコ』は、あらゆる物質の速度を操るのさ。早くも、遅くも。」
たとえば、と言葉を続ける駆流。その後不良のリーダー格を指さし、微笑とともに何よりも清く響き渡る声で告げた。
「きみ、立ってよ」
お願いではなく命令。見下した目。静かに唇から言葉が紡がれる。不良のリーダー格は足がすくんで動けない。動かない。情けない顔になりながら必死にもがくが体が言うことをきかない。今まで不良の頂点として君臨してきた彼が初めて味わった『恐怖』であった。
「聞いてる? 立ってっていってるんだよ。」
たたみ掛けるように告げる駆流。冷めた目は見たものを凍りつかせる冷徹さが宿っていた。リーダー格は必死に体を震わせながら立ち上がる。よろめきつつも。触れればすぐに崩れ落ちそうなぐらいよろめきながら。
「立ったね。じゃあこっちに走ってきて。」
またもや命令を下す駆流。精神的に参ってるリーダー格は駆流の言うことが耳に入っていない。とにかく一目散に逃げ出した。情けない声を上げながら校舎側へ全力疾走していく。
「はぁ、こっちに走ってこいと言ったはずだが‥。まぁいいけど。」
リーダー格が逃げて行った方に駆流は拳を突き出す。そしてゆっくり掌を解放していく。静かに、静かに。
「どうせ、私からは逃げられない。」
告げると駆流は一気に拳を握りしめた。するといきなりリーダー格の動きがピタッと静止した。いや、厳密にいえば極度に走る速さが遅くなった。一歩を踏み出すのに要する時間は一分。スーパースローカメラのような速度だ。ギャラリーが再びどよめく。これですべての人間が再確認した。世界 駆流の『サイコ』を。あらゆる物質の速度を操るという恐ろしい能力を。再び駆流が拳を解くと、リーダー格の走りは元に戻り、勢い余って前方へ転倒した。
「おぉ! すっげぇ! 今の見たよな衛? やべぇぜあれは」
興奮のとけない島野ははしゃぎまくる。衛も内心驚いている。アレはかなりの実力者だ。使い方さえ考えればまさしくサイキョウになりえる。少なくとも平民には想像のつかない能力だ。ギャラリーがいっせいに駆流の方へ押し寄せる。お決まりの質問攻めだ。「どうやったらそんなに強くなれるの」とか、「お友達になってください」とか、「おれと勝負しようぜ」などといった入学したての小学生のようなはしゃぎっぷり。その輪のなかに島野もいた。だが衛は違った。あんなのにかかわってはいけない。そう自分に言い聞かせ、教室までもどって行く。そこへ、
「ねぇ、君」
誰かが衛を呼びとめる。人ごみの輪のなかから。ほかでもない、世界 駆流が。
「君、強そうだよね。私と勝負しないか? 」
いきなりの挑戦。またもギャラリーが静まる。世界 駆流は群がる大勢のサイキッカーではなく、神崎 衛、彼に挑戦を挑んだ。駆流は、彼にだけ素質を感じた。それだけだ。だが衛は断った。
「何言ってんだお前? 授業以外での『サイコ』の使用は校則違反だ。バカじゃねぇのか」
スルー。そのまま立ち去ろうとする衛。だがその衛の足がピタリと止まった。先ほど不良のリーダー格にやったように、駆流が衛の移動速度を落としたのだ。
「そんなこと言わずにさ、いいじゃないか? な。」
こいつは先輩に対する礼儀というものを知らないのか。心の中で衛はつぶやく。一学年下のガキにタメ口を聞かれ、少々頭にきた衛は遅い足で人込みをかき分け駆流の前に立つ。そこで足の重さから解放される衛。
「やってくれる気になったね。手加減なしだよ。もちろん『サイコ』ありありでね。」
心底楽しそうに告げる駆流。だが衛は『サイコ』使い気はない。使いたくない。なぜなら彼の『サイコ』は…。
「じゃ、はじめるよ!! 」
一声発した後に駆流は飛びついてきた。おおよそ自分の速度を上げて一気に距離を縮めるつもりだろう。衛は横に転がる。着地した駆流は落ちてあった石ころを拾い上げ、『サイコ』で速度を上げながら、衛の顔面めがけて投げつける。互いの距離、約3m。弾丸級に速度を増した石ころは1、2秒後に衛の顔面を直撃し、吹き飛ばすだろう。
(さぁ、みせてよ! 君の『サイコ』をっ!! )
駆流は純粋に衛の『サイコ』に興味があった。人ごみの中でも彼が一番強大な『気』を放っていたから。本人は自覚していないだろうが、神崎 衛の『サイコ』はきっととてつもないものだ。少なくとも駆流はそう感じ取った。
(さぁ使え!使うんだ、『サイコ』を!! )
だが衛は、駆流の願いを大きく裏切り、石の弾丸を体をそらすことにより紙一重で交わした。頬をかする石ころ。あと一瞬でも反応が遅れていれば衛の顔は砕けていただろう。駆流は唖然とする。そして、理不尽な怒りが込み上げてきた。
「おい! 何で『サイコ』を使わないんだよ! 」
叫ぶ。周りの人間は、先ほどとは違う駆流をみて驚愕する。だが衛だけは静かに告げる。
「俺は、『サイコ』はつかわねぇ。あんな思い…もう二度としたくねぇから。」
悲しげな声だった。
――――――――――――――――――――――Chapter3――――――――――――――――――――――
「俺は、『サイコ』はつかわねぇ。あんな思い…もう二度としたくねぇから。」
目を閉じながら告げる衛。悲しみが感じられる短いその言葉が衛にとっては精一杯だった。
だが衛のセリフに駆流は心の底から溜め息をついた。
「何それ? 深刻そうな感じでも出してるわけ? 」
投げかけられたのは冷たい返答だった。無理もない。現に衛の言った言葉の意味は島野を含め、ここにいる誰もが理解できない。返答のしようがないのだ。だが、そこにいる誰もが、衛には『サイコ』による暗い過去がある。それだけは悟った。衛はそれがなんなのかは言おうとしない。しゃべることすらない。
「はぁ、今度はだんまりか。私は少々不機嫌だぞ? 」
衛にしてみれば駆流の怒りの理由がわからない。ただ『サイコ』を使わない。そういっただけなのになぜここまで怒りを放っているのだろうか。少々腹が立った。
互いの疑問と怒りが空気を通してぶつかり合っているような気がした。
その後駆流も数分黙り込み、あたりに静寂が広がったが、やはり先に言葉を放ったのは駆流の方だった。
「なんだかシラけちゃったな。」
駆流は溜息交じりに言った。そしてそのまま校舎の方へと歩いていく。
「また気が向いたらよろしく頼むよ。」
そう言って校舎に入っていく駆流。やはり衛との戦いは諦めていないようだ。
そのまま数秒間の沈黙。そして駆流に続いて校舎に入っていく衛。それを、島野は引き留めた。
「おい! なんであんなチャンスを棒に振ったんだよ! あのままいけば絶対おもしろいことになってたって!」
これもまた、自己中心的な考え方だ。だが当の衛にすれば、命を賭けていたのだ。他人の娯楽のために命を落とすなど、まさに笑い物だ。故に衛は島野の言葉をスルーし、自分の教室へと戻っていく。
島野と、数十名のギャラリーたちが校庭で取り残された。
「ここで、いいんだよね? 『私』」
川東 美沙姫は、自分の学校から徒歩数分の場所にある大きめのアパートメントのような建物の前にいた。ここは超能力開発・研究アカデミーの男子寮だ。
超能力開発・研究アカデミーでは、基本的に生徒たちは寮に入ることになっている。一部屋に約2〜3人の生徒が入る。生徒数が多いため、建物はそこそこの大きさになっている。七階層まであり、一階以外の各階層に約二〇もの部屋が設置されている。一階には食堂やら大浴場やらがある。しかし、各部屋にも小型のお風呂は付いている。それどころか、洗濯機や、冷蔵庫、システムキッチンなど、生活に必要なものはほぼすべて各部屋にそなえつけられている。かなり大規模だ。寮というよりはホテルといった方がいいかもしれない。
その男子寮に本来いるはずのない美沙姫は、ワンプッシュ式の自動ドアをあけ、中へとはいって行った。
「ねぇ、『私』? 何階に、いけば…? 」
自分に対する問いかけだろうか、数回頷いた美沙姫は、エレベーターの呼び出しボタンを押し、3階へと昇って行った。
「あ〜ぁ、やっと終わりか。疲れたぜ。」
駆流との一軒の後、衛は何事もなく残り二時間の授業を終えた。昼のことは、奇跡的にも教員の耳には届いてなかったらしい。衛はそのまま学校をでて、帰路に就く。
いつもなら同じ寮生の島野とともに帰るのだが、今日は悪友とつるんで他校の生徒たちに喧嘩を吹っ掛けに行くらしい。一般の学生に対して『サイコ』を使って一方的にいじめるというあまり好ましくないやり方だ。少なくとも衛はいいとは思わない。
とりあえず衛は男子寮まで帰ってきた。ワンプッシュ式の自動ドアを開け、中へ入っていく。部屋に行く途中、寮母さんが声をかけてきた。
「あ、神崎。あんたの部屋にお客さんが来てるよ」
「は? 」
二十代前半の若々しい寮母は、軽い調子で衛に告げた。不在中だというのに部屋に他人を入れたというのだろうか。
「俺がいねぇのに何勝手に部屋に人を入れてんだよ」
心当たりはない。むしろ衛はあまり人とはかかわりあいになりたくないタイプの人間だ。他人を自分の部屋に入れるなどほとんどない。それなのにこの寮母は…。
「しょうがないでしょ。かわいい女の子だったんだから。何あの娘? もしかしてあんたのガールフレンド? 」
「なんだと? 」
女? そんな馬鹿な。いったい誰だ? 俺じゃなくて島野の方の客だろうか。そうだとしても気になる。とりあえず見てみないことには始まらない。衛はエレベーターの方へ駆けて行き、三階のボタンを押した。
エレベーターが三階にとまると、機械音と同時に扉がゆっくりと開いていく。衛たちの部屋はエレベーターの正面にある。急いでノブに手をかけ、勢いよく扉を開けはなった。
寮といっても普通に生活するには不自由のない広さ。通常のマンションの一室とおなじ位の広さはある。扉をあけただけではまだ部屋の中の状況が把握できない。
玄関で靴を脱ぎ棄て、廊下を駆け抜け、リビングへと勢いよく飛び込んで行った。
「………」
部屋の中を支配する沈黙。神崎 衛は言葉を発することができない。いうべきセリフが出てこない。何を言えばいいかわからなかった。
沈黙の中で、衛と対峙する女性は一瞬不意を突かれたようにキョトンとした顔をしたが、次に現れた表情は笑顔だった。見る者を惑わす美しい微笑み。その微笑みの中で言葉が紡がれる。
「お風呂を、借りてたの」
微笑む女性は、ゆっくりと衛に近づいていく。だが衛はたじろいだ。その女性のかっこうはあまりにも衛の眼には酷だった。
女性は服を着用していなかった。下着も付けていなかった。胸の上から巻いたバスタオルが太ももまで垂れている。それだけだ。
しかもそのバスタオルは、タオルとして機能するのかもわからないくらい薄かった。故に彼女の湿った肌にバスタオルが張り付き、女性らしいボディラインがくっきりと浮かび上がっていた。突き出された豊満な胸は、中学生の衛にはあまりにも刺激が強すぎた。
その女性の名を衛は知っていた。
「川東…美沙姫……」
今日の昼、学校の廊下で言葉を交わした長髪の電波少女。二言三言話しただけの彼女が、自分の部屋に、なぜ半裸状態でいるのだろうか。アリエナイ。その言葉だけが衛の脳内を支配した。
美沙姫は衛の混乱など気にせずに話し始めた。
「今日はね、なんだか寮に、帰りたくなかったんです。それで、『私』にどうすればいいかって、聞いてみたの。そしたら、あなたのお家におじゃますればいいって。寮母さん、親切な人だった。あなたのお部屋、すぐ教えてくれたの。」
いったいこの娘は何を言っているのだろうか。なぜ俺の家なのか。それに、『私』に聞いてみたとは一体どういうことなのだろう。そもそも、なぜ人の家でバス一(バスタオル一枚)で平然とたたずんでいるのか。何から言い出せばいいかわからない。とりあえず言うべきことを言おう。そう考えた衛が、最初にいったセリフは、
「とりあえず、服を着ろ。」
美沙姫は、何故だと言いたげな顔で首をかしげた。だが衛にとっては大問題だ。弱く括っただけのタオルでかろうじて体を隠している状態。少しでも動けばタオルがはらりと脱げ落ちてしまい、胸がむき出しにでもなってしまえば衛は失神して倒れてしまうだろう。だから一刻も早く美沙姫には服を着てもらわなければいけない。だが、
「わたし、着替え、持ってきてないの。下着も‥」
この娘はなぜ風呂に入ったのだろう。そんな疑問が込み上げてきた。替えの服もなければ下着もない。そんな状況下で風呂。おバカとしか言いようがない。とりあえずなんとかせねば‥。
「じゃぁ、俺の服でもいいか? 着ないよりマシだろ。」
衛はタンスをごそごそ漁りながら彼女のサイズに合いそうな服を探す。
「あの…下着は、ありますか? 」
あるわけがない。女性ものの下着がなぜ男子寮の一室にあるだろうか。しかしなければ彼女が困るのか‥‥。
「どうしたものか…」
悩んだ挙句出た答えが。
「下着くらい買ってやるか。」
人の部屋に許可なしに入った女性にわざわざ下着を買ってやるのは少々人がよすぎるような気がするが、この状況を放置してるのはかなり危険だ。ゆえに少々の出費ぐらいは目をつぶろう。
「おれが下着買ってくるまで、この部屋のどこかに隠れてろ。誰かが来ても絶対に出んじゃねえぞ。わかったか? 」
いろいろと引っかかる部分は多々あるがこれが最善の策だと衛は考えた。美沙姫も頷く。あとは島野が帰って来ないことを祈るしかない。男が一人で女ものの下着を買うのは相当おかしいが今の衛にはそれを考える心の余裕がなかった。
「じゃ、ちょっと買って来るから…あぁ!! 」
ふいに足がもつれた。そのまま前方へ転倒。その前方に合ったものは、
「あ‥んぁ…」
川東 美沙姫が淫らな声を上げる。衛の顔は何か柔らかいものの感触に包まれていく。とても気持ちよくて、温かい。そのまま眠りについてしまいそうなほど心地よい感触。神崎 衛は、川東 美沙姫のその豊満な胸に顔を埋めていた。今すぐ離れなければいけない衛だが、こうして居たいという衝動に駆られ、動けない。美沙姫もまた、まんざらでもない表情をしている。はたから見れば少々危ない光景だろう。
だが、最悪の事態というのは起こってしまう。
「おーい、衛〜。帰った……ぞぉ……」
衛の寮生、島野が帰ってきた。
――――――――――――――――――――――Chapter4――――――――――――――――――――――
暗い部屋の中で、緑色のモニターがいくつもあちこちに浮かんでいた。その一つ一つに複雑な文字や、地図、数字が並んでいた。直径70mはあろう、大きなドーム状の部屋。
その部屋の中心には何ともゴージャスな金色に輝く椅子に座っている男がいた。そしてその男を取り囲むように円状に男から1mほど離れた所にいくつもいすが背を向けて置かれてある。国会のような場所だと思ってくれればいいかもしれない。円状に配置されたすべて椅子にサンバイザーのようなメガネをかけた人間が座っている。そしてその人間たちの前に緑色のモニターが表示されている。不気味といえば不気味な光景だろう。
そのうち数人は自分の前に配置されているキーボードを叩いている。そしてそのうちの一人が声を上げた。
「マンゲツ様、‘earth’を発見しました。」
「うむ、そうか」
返答したのは中央のゴージャスな椅子に座る男だった。
ここは宇宙に浮かぶ宇宙船、俗にいうUFO、そのブリッジだ。このUFOは月より発進したものだ。目指すのは「地球」という星だ。ここの中にいる人間、それはすべて『月人』つまり月に住まう人々である。
不意に中心に座る男、マンゲツの頭上の天井が円形に開いた。そこから一人の女性が舞い降りてくる。女性は満月の目の前に降りたった。
「マンゲツさまぁ〜ん、‘earth’にはまだつかないんですかぁ?」
高い声だった。見た目からして約十代前半くらいの少女。その少女に対して
「シンゲツか。先ほど‘earth’を発見した。つくのもそう遠くはないだろう。」
マンゲツは少々丸みを帯びた言い方で返答した。少女、シンゲツは喜びながら飛び跳ねた。‘earth’とはたぶん地球のことだろう。シンゲツは地球につくのがうれしいのだろう。
「それにしてもマンゲツさま、‘earth’の民族っていうのはすごいんですね」
「何がだ?」
「だって、私たちが堕とした『マナロック』の性能を、ここ数年のうちに30%ほどまで利用できてるんですよね? “下等種族”にしたらかなりの成果だと思いますけど。」
シンゲツはロリっ子な声でさらっと罵倒のセリフを吐いた。『マナロック』という単語も気になる。
「そうでもなかろう…」
マンゲツはシンゲツの言葉を否定する。部屋の中にはキーボードをたたくカチャカチャという音があちこちから聞こえてくるが、たいして気にならない。
「あの星の住民は、技術のみで繁栄してきたのだ。『技術』しかなかった愚か者どもは空から堕ちて来た『チカラ』に目がくらんだのだ。それでまだその『チカラ』を30%ほどしか引き出せていないのは逆にやつら低能さを物語っているようじゃあないか。」
こちらもあまりいい意味にはとれないような言葉を発している。二人の罵声は両方とも青い星、地球のに住まう民族に対する言葉だった。
月人にとっては地球人など取るに足らない存在。だが月の人間はその地球人に存在価値を見出した。故に地球に向かう。
「その愚か者どもを利用するために『マナロック』を‘earth’に堕したんですよね? 」
「あぁ、その通りだ。」
シンゲツが笑みをこぼす。
そのとき、船員の一人が再び声を上げた。
「マンゲツさま! 間もなく‘earth’の大気圏に突入します!! 振動に備えてください」
マンゲツの正面の壁が色を失い、透明になる。ここから外の様子がうかがえた。そこには青き星、地球があった。
船員が静かに歓声を上げる。シンゲツも、キャハ☆と可愛らしげな声で喜ぶ。
「シンゲツよ、月部隊を招集し、この部屋に集めろ。間もなく‘earth’に到着する。着き次第、仕事を与えるといっておけ。」
了解です、とシンゲツは一礼とともに承諾。開いた天井に吸い込まれるように上へと昇って行った。
もうすぐ地球に到着するのだ。
「待っていろよ愚かな‘earth’の民ども…。貴様らは我らが配下となるのだ! クフフフハハハハハハハハハハハハッ!!!」
黒い笑い。恐怖を覚えさせる黒く深い笑い。船員たちも身を震え上がらせる。このマンゲツという男、只者ではない。
数分後に、再び天井の開いた穴からシンゲツが降りてき、それに続いて数人の男女が一気降りてきた。
マンゲツが立ち上がる。そして降りてきた者どもを見渡す。
「働いてもらうぞ。目標は‘earth’! あそこにいる生半可な能力を持った猿どもを全員生け捕りにしろ! 最悪の場合は殺してもかまわん。それが今回の任務だ」
全員が一斉に了解、と返答。マンゲツは再び笑みをこぼし美しく青い星をにらんだ。
(覚悟しておれ…愚かな猿どもよ!! )
――――――――――――――――――――――Chapter5――――――――――――――――――――――
部屋の中心にはちゃぶ台がひとつ、ポンと置かれている。それを取り囲むように衛、美沙姫、島野が座っている。
「え〜っと、要するにお前の言い分をまとめるとだ…」
切り出したのは島野だった。一応落ち着いてはいる。衛の口から説明はした。今まであったこと。なぜさっきのような状況になっていたのか。事細かに。
「お前が今日学校でたまたま知り合った女の子が俺らの寮に来たと」
「そうだ」
島野の質問に衛は即答。話を続ける。
「部屋に入るとこの娘は何故かバス一で立っていたと」
「何故か、な」
島野が美沙姫を指差す。美沙姫はなぜかセーラー服を着用していた。下着もつけている。これら一式はすべて島野のタンスから出てきた。常日頃、島野は衛にタンスを触られないようにしていた。女性の下着やら制服やらが入っているから。コレクション、女装癖、コスプレ、いったい何の目的で…。とりあえず衛は理由は聞かなかった。聞けなかった。結構気にはなったが、島野が今にも泣きそうな顔でタンスからピンクのレース付きのフリフリの女性下着を出しているときに、若干…いや、だいぶ引いてしまい質問のタイミングを逃したのだ。
とれあえず今川東 美沙姫は、セーラー服にミニスカ姿という何とも男心を沸騰させる格好をしている。話を続ける。
「それでお前はパニクったが、冷静に服を着ることを勧めたと」
「常識だろ」
「しかし、この娘は何故か服はおろか、下着も持っていなかったと」
「何故か、な」
「だからお前はこの娘のために下着を買いに行こうとしたと」
「それが最善だと思ったからな」
「そこで立ち上がった瞬間足がもつれ、彼女のバストにダイブ…? そこに俺が入室と。」
「…あぁ」
単調に続いていた会話がここでいったん途切れる。島野が言葉を切ったのだ。そのかわり、全身から怒りのオーラをマックスに放ち、ワナワナとふるえながら立ち上がった。
一瞬たじろぐ衛。美沙姫も同様に危険を感じ、後ずさり。
そしてその負のオーラが一気に爆発し、島野が思いっきりちゃぶ台をひっくり返す。
「どこの世界にそんなフラグ立ちまくりのスーパー特殊ハッピーエンド確定のご愁傷様イベントがあるんだよオォオオォオ!!!! ッジャオォウ!!!」
終始意味のわからない絶叫を発しながら飛びあがる島野。そのまま衛に襲い掛かる。とっさに衛はひっくり返されたちゃぶ台の陰に隠れた。島野はそのまま壁になったちゃぶ台に激突した。
数分後に立ち直った島野は、律儀にちゃぶ台を元の場所に戻し、再び座る。
「そういえばさ、美沙‥川東? 」
衛が美沙姫に話しかける。
「何、? 」
「おまえさ、さっき『私』がなんとかっていってたけど、あれは何だよ? おまえのデンパ能力の一種か? 」
皮肉交じりに問いかける衛。わたしってなんだ〜? と後ろから島野の声が聞こえるが無視していいだろう。
「『私』は私。私は『私』。それだけ」
「はぁ? 」
理解不能とはこのことだろう。だめだこの女。本気で電波だ…。何を言っているのかさっぱりわからない。何が言いたいんだ。皮肉と疑問と悪寒とが衛の頭の中で交差し、彼を混乱させていく。
島野も同じく混乱。ソモソモワタシッテナンノコトダヨ。
「知りたいなら、『私』、呼ぼうか? 」
呼ぶ? 友人か何かか、と適当に解釈する衛。だがそれ以外考えられないのだから仕方がない。
美沙姫は自らの豊満の胸に手を添える。その仕草を見るだけで島野がにやけながら右手におかしな動きを見せるので、衛は島野の延髄にチョップをお見舞いしてやった。
「では、呼びます」
言い終わると、美沙姫は目を閉じ、静かに念じる。これは『サイコ』を発動するときに行う動作だ。なら呼ぶというのは『サイコ』を使うのか。だとすればテレパシー系の能力だろうかと衛は予想を立てる。
だが、川東 美沙姫の『サイコ』は衛の想像を大きく上回るものだった。美沙姫が念じ終えた瞬間、彼女はいきなり力を失い、急に倒れた。地面につく前にとっさに衛は彼女を抱きかかえた。
「お…おい、大丈夫かよ…? 」
揺すっても頬を叩いても反応がない。もしかしたら体に相当負担のかかる能力なのかもしれない。やらせてしまった故に罪悪感に苛まれる衛と島野。とりあえず、美沙姫の額に手を当てる衛。そこに、
「触るな! 」
いきなり、低い女性の声が響き、誰かが額にあてた衛の手を払いのける。それは、ほかの誰でもない、川東 美沙姫だった。
美沙姫は何事もなかったかのように立ち上がる。だが様子がおかしい。先ほどとまるで雰囲気が違う。
「なんだ、元気じゃねーかよ。心配させやがって。でもおまえ、いきなり触るなって…」
衛が言う。異変には気付いているようだが、気にはしていないようだ。
「…何様だ、おまえ。私にタメ口とは‥」
口調が違う。声のトーンが違う。目つきが違う。他人に対する態度が違う。すべてにおいてここにいる女性はさきほどまでの川東 美沙姫と違う。
島野と衛が唖然とする。自分の目の前にいるのは一体誰なのか…。
「お前…川東 美沙姫だよな…? 」
衛が問いかける。目の前にいる美沙姫の姿をした誰かは、目を細める。
「美沙‥あぁ、なるほど。そーいうことね。『私』の友人か」
目の前の川東 美沙姫…だった何物かは、自分だけ納得し何度かうなずく。再び出てきた『私』という言葉。やはりこの女性は川東 美沙姫本人なのか。
不意に島野がちゃぶ台を大きな音を立てて叩く。
「おいお前何もんだ!? 美沙姫ちゃんに何をした。答えねぇならその首をへし折るぞ! 」
島野がゆっくりと川東 美沙姫らしき人物に近づいていく。だが彼女は微動だにしない。それどころか、
「おい、そこの旧石器時代を象徴するかのようなゴリラ顔をしている猿! 貴様も私にタメ口をきくか」
「な…さ‥っ!!」
反抗、いや、罵倒のセリフを吐いた。島野がむきーっと、子供のような怒声を上げながらその場で地団太を踏む。ま、無視でいいだろう。
「それより、お前いったい何者だ。誰だ」
衛が問う。美沙姫にではなく、目の前の誰かに。
「私か? 私はだ…」
一息置く。
「私は川東 鬼沙姫。いうなれば、もう一人の川東 美沙姫だ。」
「なっ」
鬼沙姫だと? もう一人の美沙姫…。何を言っているんだこいつ。言葉の意味が理解できない。解釈の仕方がないわけではない。だがそれにしても…
「じゃああれか! おまえ二重人格だな!! 」
島野が叫んだ。
二重人格? 聞いたことはあるが、こうも極端に変化するものなのか?
「ふむ、その解釈で間違いはないな」
マジかよ…。では美沙姫の『サイコ』は自分のうちに眠るもう一つの人格、鬼沙姫を呼び出すこと‥?
「おい、鬼沙姫…だったか? おまえ、美沙姫の『サイコ』で出てきたもう一つの人格でいいんだな」
衛が問う。
「あぁ、そういうことだ。この能力の持続時間は一〇分。一〇分たてば元の美沙姫に戻る」
一〇分…。ならば人格を変化させることの利点は?
「じゃあ、なぜ人格を変える必要がある? 『サイコ』であるのなら、何らかの利点があってもいいはずだが」
ふっ、と微笑する鬼沙姫。
「貴様、この私に向って質問攻めか? 何とも不躾なやつだ。だがしかし、その質問が『私』に対するものであれば、私がこたえぬわけにはいかんな」
何が何だかわけがわからなくなってきた。こいつは今までの会話で何度、私という単語を口にしたことか…。
「『私』はな、とてもおとなしくやさしいやつなんだ。それが故に、虫一匹すら殺すことをためらう」
なんとなく読めた。衛は理解した。鬼沙姫の意味を。
「そのための私だ。私が、『私』に危険がせまったとき、『私』に代わってその危険を排除する。この能力を使ってなッ! 」
バツンッ!!
激しい轟音とともに衛の真横を閃光が横切る。そして衛の後ろで恐ろしいほど強烈な爆発音が鳴り響いた。
「うぉわ!? 」
衛はその場で転倒してしまった。あわてて後方に振り向く。するとそこには円形に貫かれ、黒こげになった木製のタンスがあった。
「私の『サイコ』は電気を操ることだ」
「おいおい! ちょっとまてよ」
衛と同じく、轟音に腰を抜かしていた島野が立ち上がって鬼沙姫に詰め寄っていく。
「ってことは何か? その美沙姫ちゃんの体には異なる二つの『サイコ』が宿ってるってのか!? 」
「ッ!! 」
衛も驚愕する。通常人体には二つ以上の『サイコ』が宿ることはありえないはずなのだ。『サイコ』を宿した人間は、特殊な力を得る代わりに人間としての身体能力が衰え、最低限生活に苦しまない程度の身体能力しかないのだ。
故に一つの人体に二つ以上の『サイコ』を宿すことは、すなわち人の人体の許容量を超え、最悪体が動かなくなる危険すらあるのだ。
「驚いているようだな」
鬼沙姫は至極当然のように言い放つ。彼女の身体能力はどう見ても正常だ。
「私もこのメカニズムについてはよく理解できていない。だが、得であることに変わりはない。それで十分だ」
なんて自分勝手な理論だ。
「そろそろ交代の時間だな。じゃあな…うっ! 」
再び倒れる。もう一〇分たったのか? 意外に早いものだ。これで鬼沙姫から再び美沙姫に戻る。
「う‥うぅん…」
「起きたか? えぇっと…おまえは、美沙姫だな」
駆けよる衛。それを見て美沙姫は微笑む。
「『私』に…会ったんだ」
「あぁ、驚いたよ」
とりあえずこれで元の美沙姫だ。ほっ、と胸をなでおろす衛。
「ところで美沙姫ちゃん、何でうちに来たんだ? 」
島野が近づきながら問いかける。
「うん。私の寮生、意地悪なの」
寮生ということは、女子寮で同じ部屋に暮らしているやつか。
「だから私、寮に帰りたくなかった。『私』に聞いたら、ちょっとでもお話しした、衛君のうちにいけばいいって…」
「ようは家出かよ」
衛はため息をついた。だが島野は目を輝かせていた。
「そうかそうか、じゃあさうちに泊まって生きなよ! むしろここで暮らしなよ」
「お、おい! 」
衛はあわてて立ち上がり、島野の胸倉をつかむ。
「てめっ! 何勝手なこと言ってんだよ! 」
「ウブなやつだなおまえは、女の子と同居だぜ? そう巡り合えるチャンスじゃないぞ」
こいつは何を考えているんだ。確かに同年代の異性同じ屋根の下で暮らすのは緊張するが、それ以前にこいつの近くに川東を置いておくのはかなり危険だ。
「あの‥いいんですか? 」
「いいよいいよ〜」
「よくねぇ!! 」
必死に島野をゆすってやめさせようとする衛をよそに、美沙姫はもうすっかりその気でいるようだ。何を思ったのか台所まで駆けだして行った。
「私、お料理得意なの。泊めてもらうお礼に、二人に」
「まてまてまてぇ〜っ」
「じゃあ美沙姫ちゃん、御馳走を頼むよ〜〜! 」
「話を聞けえええええ!! 」
こうして奇妙な同居が始まった。
2008/04/01(Tue)14:18:54 公開 /
ゐづみ
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ゐづみさん
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■作者からのメッセージ
初投稿です。
できるだけ厨くささをアピールしながら書いてみました。
これからも続けていくのでよければ応援よろしくお願いします。
仮想水さんと並行して書いています。意見、感想おきかせください。
三話について
アレがただたんにやりたかっただけですw
自己満足です。ほんとすみません。
四話について
まさに超☆展☆開といった感じでしょうか。
いわゆる伏線ってやつです。一応二〜三話後くらいに収集するつもりです。
こう言うので読者が減ったりするのかな…。
五話について
お久しぶりです。実はテスト期間をはさんで、時間が空いた故一気に創作意欲がそがれ、もう一か月以上放置してたのですが、先日つい衝動的に書きたくなったので書きました。期待していた方(いれば)申し訳ありませんでした。
・・・うわっ、仮想水めっちゃ進んでるし・・・。
【更新履歴】
08 01/26 投稿
08 02/04 2話うp
08 02/10 3話うp
08 02/12 4話うp
08 04/01 5話うp+誤字微妙に修正
作品の感想については、
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