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『沙鳥羽兄妹の特別な日』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:かくらく
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あらすじ・作品紹介
とある一室では、血の繋がらない妹とロリコン兄ちゃんと超ド級の霊感気質のごった煮状態でした。
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それでも、あなたは私を見て……。
それでも、私はあなたと一つになりたくって……。
それでも、……。
□■ さよちゃんの朝 ■□
朝、目覚まし時計が鳴り響いて、起きて間もない頭に頭痛を招く。起きて、朝食を食べている。
リビングに居るのは今日の朝刊の内容に目を通している金髪の二十歳前後の青年と、黒髪を後ろで一つに束ねた十歳足らずの少女。いつも貴方は私より先に起きていて、私は貴方に「おはよう」と言う。貴方は何も言わない。
いつもなら朝一番に抱きつき、頬擦りを三回程度。仕舞いには「可愛い」の雨あられ。という彼、実はかなりのロリータコンプレックス。つまりちっちゃい子供好きのロリコンである。そんな彼が今日に限って、抱きつきも頬擦りもしなかった。代わりに軽く額に触れるだけの「おはようのキス」だけあって、キス以外の行為が全く無かった。彼にしては珍しい朝だ。
珍しいこともあるものだと思って、その足でリビングに移動したら、この様。いつもの彼らしくない行動を見受け流しながら、私は彼の反対側の椅子に腰掛ける。
娘の挨拶に返事をするかしないかで内心いっぱいいっぱいだけど、何かを誤魔化す為なのか今日の朝刊を広げて、あえて視線をあわせないで椅子に腰掛けている古典的なスタイルを維持している。彼の姿があった。
あえて気にかけず朝食を口にしだす娘。一種の沈黙を招きいれたリビングから迎える今日最初の光景。
「……あのさあ、……」
唐突に投げかけられた彼からの一言。沈黙の空気を少し打ち破った。……打ち破った。
それは良かったが、先の会話が繋がらない。何となく貨車同士が上手く連結されていない不安定な貨物列車と同じ。私は味噌汁をすすりながら、開いた間合いを見計らってみるが、彼は言葉をのどに詰まらせた。同時に沈黙の闇が再び込み上げて来た。
「ごちそうさま」
空気の闇など関係なく、私は食べ終えた合図を口にした後に空いた食器を流し台にもって行き、勢いよく流れ出した水の音とガシャガシャと騒々しい音を両立させながら、食器を洗い始める。
相手には一切、目を合わせない状態で、個人的にてきぱきと残りの家事をこなす。……確か、世間では年下の相手と結婚しているカップルなんていうのも数多く居るらしい。なんて、無関係なことを漫然と思い浮かべつつ、私は掃除機を唸らせながら、一気に片付けを終わらすつもりで、個人の寝室やら居間やらの掃除をしていた。
暫くして見回りの掃除を終えた後に、彼の居るリビングへと戻ってきた。そしたら、どうだ――この有様は……。
「…………はあ……」
先に朝食を食べ終えた私がリビングを出て、各部屋の掃除をこまめにしだして、戻ってきてから……一体どんなけ時間が経っているんですか。見事に。と言うのかどうかは微妙だが、彼は見事に、一口も朝食に手をつけていない。もしやダイエット? いやいや、今でも充分細身の彼がそれ以上細身の体に成られては、私が困る。
「食べなよ。……即席物だけど」
理由は、わかっている。わかっているけど、食べてくれ。今日も、明日も、その次の日も、もしかしたら来年の一月も……。
私が出すのは手作りではなく、即席物。即席ラーメンとか即席カレー。あ、今はレトルトカレーか。多分、一生私の辞書に『手作り』という単語は出てこないだろう。
でも、仕方ないじゃん。そういう人を気に入ってしまった君は、いつも私のことを「愛人」と言わず「お気に入りの玩具」や「甘いお菓子」等と、毎朝毎晩、私の耳元で呼んでいるではないか。今の話は全く関係の無いことだったけど。
男性が好きな女性のタイプの中にかならずしも、「家庭的な女性」は入っている。掃除洗濯、多少の失敗は可愛いものだ。そんなことを言ってくれるのは、ほんの二三日だけだと私は思う。
十歳足らずの少女がこんな事をいくら口走っても、世間じゃ通用しない様な感じはするが、本当にこんな生活をしている中でも、現実は「何故?」と問われれば無理矢理でも理由が成り立つ。
ぶっちゃけ、親なしで十歳足らずの少女に料理を作るなんて無茶な話だ。そう、私には親が居ない。両親が居なければ、私の存在も無い。実際には居る。だけど、今は居ない。つまり親と別居している事になる。そうすれば彼が私の保護者と言うことになる。
無理矢理で殆ど強制的に成ったとしても、何かの成り行きでそうなったとしても。成ったことには変わりない。
「……そろそろ外に出てみない? ――タイクツでしょ?」
「お金あるの?」
彼の一言にプラス一言。今の所、社会人である彼が稼ぎに外へ行ってくれているらしいが、その顔からは到底想像が付かない。仮に私が外に出て働こうとしても、子供は無理だとか、本当は実年齢偽ってるだろうとか、国籍不明って君ナニジン? とかね。そういうことはしょっちゅう外に出てから色々聞かれる事がある。
色々面倒なことに成るから、あまり外には出ないでほしい。と言う彼の願いもあって、彼が居ない間に家の中だけの家事を私が担当している。物干し竿にはいくら背伸びしても届かない。だから、リビングの椅子の上に乗っかり彼のと自分のを干し出す。大抵が内干し。
洗濯くらいなら、手伝いとして外に出ていられると思った。だけど彼は、やけに私を心配して、「危ないことはしないで」とか、「絶対に、僕が居ない間は火を使っちゃ駄目」だとか言っている。十歳足らずの少女。と言うのは外見だけではなく、本当のこと。そのことを知っている彼だからこそ、私に注意をしているのだと最近になって、ようやく理解した。
だけど今日の彼は平日だというのに、仕事に出ようとはしていない。いつもなら、白いワイシャツ姿に黒いネクタイを締めているはずなのに。なのに、これは……。明らかに、今日一日を私と過ごすと言わんばかりに、格好が朝起きたままの青い長袖、長ズボンの寝巻き姿をしていた。
……理解してくれているのは嬉しいが、せめて会社には出てくれ。私の脳内でも、充分に言える唯一の台詞。
「いや、……だから、……せめて、子供らしいこと言おうね」
「ま、いいや。……で、今日はお外に連れてってくれるの?」
「うん。まあね。今日は特別な日だから、お外でお祝いしようと思って」
「……特別な日?」
彼の言葉に、私はキョトンとして首を傾げる。特別? お客様感謝デーとか? いや、それは私しか知らない事だし。……ライオンズ優勝? その前に興味は無いわ。……誕生日。は、まだ先だし。……お給料アップ? それは確かに嬉しい。私の脳内では何処かの主婦のような思考がフル回転していた。そんな事は知る余地も無く、普通の子供の様に満面の笑みを浮かべながら、わくわくしている私の姿を見て、彼は和んでいた。このまま時が止まればいいのに……。なんて思っているかは定かではないが、時間は休む暇なく進んでて知らない間に午前中が終わっている事に、私も彼も気づいては居なかった。
「何処に行きたい?」
「……じゃあねえ、……」
唐突過ぎる一言。何処に行きたい? つまり行き先の権利は私に託されたということになる。ここまでくると十歳になってるなってないなんて、この際関係ない。男はみんな、単純なのよ。何処かの昼ドラで教わったことがある。やっぱりテレビは正しいと確信した。彼の願いは子供らしくとかいっている。仕方ないなあ……今日だけは子供になってやるよ。
「プロレ」
「却下」
「えー……じゃあ、けい」
「競馬に行くのは、まだ早い」
この後も何点か意見を出し合ったが、全て却下された。なんですか。私にある権限を全て否定ですか。我侭王子め! じゃあ、あんたは何処に行きたいんだよ! ていうか、特別な日でしょ!? 特別な日に行くところなら、競馬でもプロレス観賞でも、黙って連れてってくれるのが礼儀でしょ!? 男を見せろおおおお!!! 沙鳥羽あーー!! どっち道あんたが金払うんだから、私には関係ない!! で、長時間張り合った挙句に、挙げられた行きたいとこベスト3は……。
1.遊園地
2.映画
3.ショッピング
性も無いほどに、普通のベストだったよ。うん。しかも1位の遊園地と2位の映画は、子供料金が安いそうだ。……競馬とかは大人が見て楽しむものだって、子ども扱いですか。つーか、単にお金を無駄に使いたくないだけでは? 心なしかムカついてきた今日この頃。私より行き先を決める時の彼が、一番楽しそうに笑っていた。彼の太陽みたいな暖かい笑顔。私は好き。大好き。でも、賭け事はもっと好き。
「……ところで、今何時?」
「えっ……えー……」
私は時計を見上げる。彼も同じように時計を見上げる。数字が書いてある時計ではなくて、暗号? 英語? よく解らない形の文字が書いてある赤縁の時計。彼は「ああ」と頷いて、分かったみたい。私は「ああ?」と首を傾げて、解らないみたい。後に、彼は今が何時かを言った。
「午後三時。……あちゃあ、もうこんな時間か」
「……そ、そう! ごごさんじ!」
彼の後に慌てて言う。やわらかく微笑んで、私は知ったかぶり。彼は私の顔を見て、太陽みたいな暖かい笑顔で私を見た。大きな手で私の頭を「いいこ、いいこ」してくれた。ああ、また子ども扱いだ。でも、もう何でも良いや。よく考えてみたら、それだけ彼と長い時間居るってことだよね。いつもは「ごご」になる前から、もっと早い「ごぜんななじ」に家を出て行ってしまう。
寂しいんだ。もっと、ずっと一緒に居たい。なんて我侭王子に我侭言っても切が無いから、私がしっかりしなくちゃいけない。いつもいつも考えて、一生懸命ご飯を買いに行く。意外に違う形のものを考えるのは忙しいんだ。頑張る。頑張る。私が頑張って、彼も頑張る。いつも二人で笑いあって、いつも大家さんに怒られて、いつも彼のぬくもり感じて……。今はまだ『手作り』が出来ないけど、いつか食べさせてあげる。いたまえさんみたくなる!
□■ さとば君の苦悩 □■
今日は珍しくて、朝から沙世ちゃんとずっと一緒に居られる。ああ、今日はなんて喜ばしい日だろう。神様、ありがとう。仏様、宗派じゃないけど、ありがとう。
朝、起きたら何故か少し体調が悪い。何とかリビングに辿り着けたから、椅子に腰を下ろす。いつもの様にコーヒーを一杯分だけ口にしながら、今日の朝刊の番組表を眺めていたら、沙世ちゃんの顔が見れなかった。でも、今はこうして沙世ちゃんの可愛い顔を独り占め。嬉しい。
電車に乗って遠出しようとものの最初は考えていたけど、それでは特別な日の意味が無い。沙世ちゃんには悪いけど、僕にとっても今日が一番大切な日だから、地元のデパートの中にある映画館に行くことにしました。デパートの中を探索する様に、僕と沙世ちゃんは手をつないで、お話をしながら地下一階を探索中。因みに映画館は8階。
「じゃあ、……今日は、沙世ちゃんの好きな動物さんの映画観て、その後ご飯食べに行こうか?」
「うんっ」
ああ、可愛い。天使さんみたいに可愛い。可愛いのに、どうして……。
どうして、こんなオバハンとオッサンをかけて割った様な感じになるんだ。同居。同棲。一つ屋根の下。小さい子供と僕の二人きり。これだけ訊いたら、大抵の人にドン引きされます。
そりゃ、そうだろうって……全くいやらしい意味合いは無くても、心なしか勘違いされてるんでしょうね。こんなお兄ちゃんに、「お菓子あげるからおいで」なんて言われて、あっさり誘拐されちゃってもおかしくないくらい可愛い幼い子供を連れていれば。
こんにちは。僕は沙鳥羽修平といいます。今現在沙世ちゃんのお兄ちゃんをしています。だけど僕たちは本当の兄妹ではなくて、孤児院で出会った成り行きの兄妹なんです。
血はつながって無くても、僕がしっかりしないといけないんです。だから今は沙世ちゃんのために頑張って仕事をしているのですが、……沙世ちゃんは幼稚園にも小学校にも、まだ一度も行った事がありません。僕がしっかりお仕事をして、お金をためて、生活費とか沙世ちゃんの入学金とか、ちゃんと僕が払って挙げられる分だけ、貯めてあげたいです。……でも、最近になってから、僕は少しだけ落ち込んでしまいました。
沙世ちゃんが、こんな大切な時期から何処かの主婦の日常のようなことを語りだしたり、お昼のドラマの言葉を頻繁に覚えて使うのです。出来れば、使ってほしくないんだけどなあ……。
確かに、沙世ちゃんには早くたくさんの言葉を覚えてほしいし、色んな事に興味を持ってほしい。でも、そんなオバハン臭いのは已めて!! 何か意味合い的にはあってる感じだけど、板前さんって!? 沙世ちゃん、君が見てるドラマって一体……。そんな沙世ちゃんも動物さんが大好きで、四歳あたりの誕生日のお祝いに動物の絵本をあげました。すごく喜んでくれてて、僕も凄く嬉しくって、ぎゅう〜って沙世ちゃんを抱きしめて、歓迎してあげていました。
だけど、最近になってから、少しだけ沙世ちゃんが僕に冷たいです。なんで?
でも、今回の僕は違います。沙世ちゃんのご機嫌をとる為なら、僕は何だって頑張れます。頑張って、溜めて、頭を下げて、前の年のと今月中に貯まったお給料を少しだけ使って、始めて沙世ちゃんが笑ってくれた記念日の贈り物をしたいと思います。彼女には内緒なんです。サプライズって感じではなくなってしまいましたが、喜んでくれれば、僕は嬉しいです。幸せなんです。……ああ、そういえば……。この”沙世”っていう彼女の名前は僕が名づけました。どうでもいいことなんですけどね。
「あっ、ねえねえ!」
「ん?……なんだい?」
沙世ちゃんが嬉しそうに、僕に話をかけてきました。僕はそれだけでも嬉しくって、声を弾ませます。
そうしたら、沙世ちゃんは赤い紙を一枚、僕の前に差し出しました。最初は沙世ちゃんが描いた絵を想像していたのですが、……なんでしょう。僕の目の前に出された赤い紙には、タイムサービスやら特売などの文字があり、20%OFFと30%OFFという数字が描かれてあった。
「きょうね! たいむさーびす(お肉の)なの!!」
「……………………………………へえ……」
非常に嬉しい。非常に可愛い。なのに、何故こんなにも時差があるのでしょうか。僕の返事は上の空へ消えていった。というか、今日の朝刊にも入ってなかったはずの折込チラシの中に良くあるタイムサービスのチラシなんて、どっから出したんだ。
彼女自身はこれの意味を多分、確実に理解しているんだろうな……。それでこの笑みが浮かんでいるのなら、これは犯罪だ。罪だ。僕にとって、罪なんだあああっ!
けど、これを今更「却下。」などとはいえなかった。だって、こんなにも沙世ちゃんが無邪気に微笑んで目を輝かせながら、とても嬉しそうに僕に話しかけてきてるんだもの! 見た目は子ども、頭脳はオバハン。その名は沙鳥羽の沙世! と言う感じに、某アニメの台詞に重ね合わせてしまった僕。一体何がしたんだろう。………可愛さが罪に成る。この言葉の意味を改めて知った。
知ったはいいが、そこから半ば意識がどうしようもなくなっていた僕。本当に、どうしようもない。沙世ちゃんが可愛すぎて、どうしようもない。いや、違う。これは彼女の内面的な年齢思考に圧倒された僕が、魂の抜け殻というより、殻そのものに成っていたのだろう。
これでも無事、今日のメインである動物さんの映画アースを観賞し終えた後に、地下一階のモスバーガーでご飯を食べて、帰りにはお腹いっぱいになった小夜ちゃんをおんぶして、家に着くまでの帰り道。家に着くまでが遠足だ。なんていう言葉があったように、家に帰るまでが特別な日のデートなのかもしれない。横を見れば、規則正しい寝息を立てて、深い眠りについている天使さんが見える。
僕は小さく笑いをこぼし、家まで着く後数歩。地面を踏みしめて、お届けします。小さな幸せを、暖かい場所へ。
□■ さとば君と沙世ちゃん □■
日曜。月曜。火曜。水曜。それから続く、木曜。金曜。土曜も同じ。生まれてから、この世に至るまで。世の中には「だ、ぜ」の様な「濁点」と「ぱ、ぷ」等の「半濁点」。そして基本の「あいうえお」から始まる「平仮名」と、「アイウエオ」から始まる「カタカナ」がある。濁点や半濁点を含むからこそ、今までの会話がきれいに成り立っている。もし仮に、この世に濁点と半濁点が無かったら、意味不明な言葉の連鎖が起こることを僕は予測する。因みに英語は論外。
「今日はてんてん付けない」
突然、彼女からの提案があった。全く意味が分からない。でも、よく考えると「きょうは、てんてんつけない」という、この一言には濁点が無い。ただの偶然か、それかわざとか。昨日、映画を観たから。その反響なのかと思ったが、何か違う。テレビの影響かと思えば、今日も教育番組は濁点満載。
なんていうか、……キッカケが無いのだ。まったくといって良いほど、そうなるキッカケが無い。だから、更に謎は深まった。
沙世ちゃんは一体、何が言いたいのか。単に僕の相槌を要求しているのか。考えても、見当がつかない。いや、何故こんな形で僕が悩まされているかが、そもそもの謎である。どうせなら、期待通りにしてあげたいのだが……。目的が見えない以上、どう受け答えをしてあげれば良いのか、分からない。または話を逸らすか、黙るか。
「……それは、なんでかな?」
「てんてん、無い!」
逆に訊いてみた。なのに何故か、怒られた。彼女の口からは、先ほどと同様に濁点の無い言葉が返ってきた。対する僕は濁点満載だ。……はっきりいって、昨日より悩まされています。彼女の思いつきの行動には、毎日付き合ってきたつもりです。昨日、映画を観て夕飯を食べに行った帰りに、お肉のタイムサービスにだって付き合いました! 沙世ちゃんは相変わらず、加齢臭が漂うオバハン達の中に、堂々と入っていきました。僕はそんな彼女が凄いと思いました。……あれ? 作文?
でも、今日だけは勘弁してください。唯でさえ、意味が分かりません。貴女の目的が分かりません。前も見えません。……それなのに、何故でしょうか。昨日も、この前も、凄く可愛い。なのに、今日はそれ以上に可愛い。可愛い、可愛らしい。つまり、子供らしい。そう、今日の彼女は無邪気に何でも言ってくる。まさに子供! 僕は改めて知った。これは彼女なりの、子供らしさなんだ。半端なく脳内妄想が痛い僕。自分で言うと、更に痛い僕。
「………てんてん、無い無いしたいの?」
「うんっ」
「そう……」
遂に分かった。いや、解った気がする。要は濁点の無い言葉を、言っていけばいいんだ。……ところで、いつまで? まさか、今日一日中!?
流石にそれはきつい冗談だな。頭が痛い。
普段から、慣れていないことを長時間やろうとすると人はパニック状態に陥るといわれてる。なんて定かではないことを僕の脳内が勝手に構成した。僕の苦悩も知らずに、彼女は無邪気に笑う。僕にとって君は向日葵(ヒマワリ)だ。君にとって僕は何なのかな。とりあえず一言だけこぼすと、コーヒーを口にして、気持ちを落ち着かせる僕。
「後ね、まるまるも、ないないするの!」
「……………っ!?」
吐いた。コーヒーを飲んでたから、思わず吐いた。黒い水が宙を舞う。
沙世ちゃんが危ういというか、単に「まるまる」と言っているだけで、きっと彼女が言う「まるまる」は伏字の「○○」では無い事を願いたい。決して、いやらしい意味は決してないわけで。
眼を点にするとはまさにこのことなんだろうか。突然のことに、火山がマグマが出てくる様な、僕の口から大量の涎が垂れていて、広げた新聞紙のど真ん中は無残な姿に。一口分のコーヒーは、見事に零れ落ちた床にじわじわと広がっていく。朝から何、湧いてるんだ。……これが家でよかった。
「……さとちゃん、変」
コーヒーを零した後に、必死にタオルで床を掃除する彼女を眺めながら、僕はふと冷静に考えた。先ほど彼女が言っていた、てんてん、無い。というのが濁点の無い会話。だとしたら、まるまるも無い無いする。というのは、半濁点の無い会話。だと推測しても、おかしくはない。妙に、今日の彼女の会話に親近感を抱く僕。僕まで、更に変になっていく。最初は、そう感じていた。
なのに今は、関心している自分が彼女の隣に居る。よく考えてみたら、そんなに半濁点の会話なんて、少なくとも多くは無い。彼女の言うことに深く関心を抱いて、今日一日は始まる。時計を見た。遅刻決定。……まあ、今日だけは遅刻してもいいかな。なんて、思った。でも、やっぱり濁点と半濁点は、絶対に合った方がいいと思う。朝、コーヒーを吹き零した。これがきっかけで、珍しく早帰りしてきた僕に、彼女が眼を合わせることはなかった。
□■ お姉ちゃん □■
朝、規則正しく保育園児を起こす時。朝、それは保育園児を保育園に連れて行く時。
沙鳥羽、あれは人生最低な愛人。沙鳥羽、あいつは人生最悪の誘拐犯。住所未定の行き先不明。当てもなく歩いているようで、実は当てがある。明くる日、私は茨の道を突き進んだ。痛い。かなり痛い。次の来たる日、頭痛と貧血、目眩に襲われた。倒れた。行き倒れた。そして眼が覚めた。
「………ドコデスカ、……ココハ」
見上げた先にあるのは、天井。当たり前以外の何者でもない。期待を裏切らなかった天井。
意識が朦朧とする中で、規則正しい呼吸だけが回復。だけど、発する言葉は片言。これが精一杯。……、……本当にここは何処。私は向日葵刹那、27歳……どく、…し……。
やはり駄目だった。不安定な状況にまで響いてしまった意識は、貧血のせいもあって徐々に薄れていく。まだまだ人生これからだって、せめて保険にでも入っとけば良かった。心の隅で思う27歳、独身。
暫くすると、辺りは真っ暗。当たり前に当たり前なことがおきる。意識がゆっくりと抜け落ちていく。深い眠りに浸る身体が、私に伝えてくれた。もう駄目だ。若干27歳にして、彼女はこの世を去った。
「………じょうぶ?」
彼女はこの世を………。
「生きてますかー?」
去ったのだっ、……た? ちょい待てや! 的な勢いで、私は徐に身体を起こす。それでも貧血は悪化していて、……駄目だ。母さん、父さん、ポチ、……後、蛇のタマちゃん。先立つ私をお許しくださいって、言いたかったのに。
何で言わせてくれなかったんだ。コラ! 充分に頭の回転も順調。だけど貧血気味。何故だか、やけに幼い子供と別れたはずの彼に心なしか似ている声に、先立とうとしていた私の魂と精神は、無事に食い止められた。最初はレンズのピントがずれててぼやけた視界で、周りを見回してみる。見回しているうちに目が冴えていき、レンズのピントも整ってきて、物の色彩がはっきりしてきた。
生まれつき視力が悪いわけでもない。逆に視力が良すぎると、困れた。
私には見えないものも見えるようで、幽霊とか二次元の逆トリップとか、あっさり信じちゃう方。いや、信じなきゃいけないほうなのかな? よくは判らないが、自分は超ド級の霊感気質らしい。だから、今聞こえているこれも幻覚か耳鳴りだ。きっとそうだ。あの人が、小さい子を誘拐するはずがない。肝にしっかりと云々想いを打ち込めてから、再び眼を開けてみる。……すると、どうだ。この状況。
「動かないよ?」
「……いや、動いてはいるよ。………うわっ、でも……生ゴミ臭いよ、お前」
見た感じが園児のような幼女と、かなり前に別れた筈の彼。……なんで? なんで、この二人がここに居るの? 私は自分の目と耳を疑った。
だって……信じたくない。信じたくないよ! 彼が幼女を誘拐してたなんて。しかも同年代で嫁入り前の若々しい女を連れ込むとは……。いい度胸じゃねえか。あれか? ハーレムか? 猥らな男に惚れたものだ。別れて正解だった。これは、そういう意味か? 寄りを戻したいとか、一緒に暮らそうってか? 後は、なんだ? 別の女でも出来たか。誤って出来婚でもしちゃったか。
ああ? 何だ、この男は!! 見る見るうちに湧き出てくる、素晴らしいほどに出てくる。27歳の豊かな想像力。しかも前の彼女を見て最初の一言が謝りもしないで、生ゴミ臭いかよ。何はともあれ、……やっとみつけた。ゆらり、ゆら、ゆらら。一歩一歩確実に、彼の元へロックオン。
「住所未定、万年発情期の悪行三昧!! そこに直れっ!! 正義の鉄槌で成敗してくれる!」
「……え、……ちょっ…。まっ……」
「うわあああああああっ!!!!」
見よ。これぞ正義の桜吹雪!! ……では無く、蛇のイレズミ。時代物が大好きな私。時代物が嫌いな彼。よくわからない幼女。十八番の獅子落とし(踵落とし)。十八番の逃走。十八番の……、…泣きじゃくり?
「成敗ーーーーーっ!!!」
「待て……て…っ、…………ブッハァ……ッ!?」
見事に並んだトライアングル。怒りを露に女神から鬼神へと、表情を変える私。私の殺意に圧倒され、腰を抜かしながら逃げようとする彼。もうどうしようもなくて、泣きじゃくる幼女。……でりゃあっ! 岩より硬いと謳われた正義の踵落としが、直行で彼の頭に降る。徐に足を高く上げて、速度よく落下して、悪を打ち砕く。彼の鼻から赤い液体が宙を舞い、綺麗にマトリックスを描いて後ろにぶっ倒れる。正義は必ず勝ーつ!グッと片手を握り締めて、ガッツポーズを決める私。BGMには子供の泣き声が響いた。
……あれ? そういえば私、貧血気味で、……どうしてたんだっけ? …………、……ま。いっか。さあ、白状してもらおうじゃないか。悪者め! と、思って見たんだけど、当の本人は全く意識がない。ただの屍のようだ。正義は勝つ。悪は滅ぶ。天使は泣く。………いや、喜んでない? 勝利の女神様は私の見方。あの人は私を見て微笑んだ。
「……ところで貴女、名前はなんていうの」
何も無かったように話を正常化。ここからは二股、同棲、ライバルがお似合い。女と女の悲劇が幕を開ける。昼、それは殺人事件が起こりやすい時刻。昼、旦那様の書斎に行ってみると、倒れこんでいる旦那様が……! 家政婦は見た。
「あたし?」
「ええ。それとも貴女以外に誰か居るのかしら?」
「居るよ」
………!? この幼女、出来るわ。名前は知らないけど、私と張り合えそうな……つまり、良きライバル、良き恋敵、早い宿敵。さらりと一言、返してきた。何の迷いも無く、純粋に。ここに居るのはお姉さんと幼い子供と男性(死亡)の三人だけ。それ以外は誰も居なかった。つまりこれは密室殺人事件。犯人はこの中に、マジで絶対に居る!! この難事件を簡潔に解いてみせる。じっちゃんの名に懸けて! 貧血どころではなかった。それどころか、貧血してたことですら忘れてます。幼女は気絶している沙鳥羽くんを指して口を開く。
「さとちゃんが居る」
ああ……。そうか。そういうことか。……今は沙鳥羽くんも居たよね。半ば死亡率が高いけど。いや、でも待って。沙鳥羽くんの横に居るあの女は誰? 黒髪の長い三つ編みを前にたらして、真っ白い着物を逆に着てて、やわらかく微笑んでこっちを見てる。全体的に部屋の光の中に溶け込んでるんですけど……。どちら様ですか?
「嘘おっしゃい。もう一人居るじゃない。あの女性(ひと)は誰なの?」
「……? ………、……何が?」
きょとんとして、私を見上げる。でも確かに、私には着物姿の女が見えてる。幼女は間が抜けた顔をしている。……てことは、やっちまったのか。まさか、……また? 霊視。超ド級の霊感気質の得意技の一つで、見て字の如く霊を視ること。胡散臭い話だが、まれに生まれてくるという。確か、ここ最近。頻繁に視るようになっちゃったな。電柱の近くとか墓地とか、お寺さんとか各地の廃墟地なんかに行くと普通に。生身の人間同様に視えてる。だから生身とか死んでるとか区別が付かない。……今年の目標、その1.出来るだけ普段どおりにすごす。……だったのに、この家に着てからは、全てが変に成りそうで怖い。
「……ああ、ごめん。……そうだね。そうだよね。……誰も居ない、誰も居ないのよ………うん、誰も……」
夕方、夕飯の時間。夕方、それは変態お姉さんが来る時間。よくわからない突然の出来事に、私は驚いている。私の後ろで彼は座っている。私の目の前に居るお姉さんに蹴り飛ばされて、今は全く動かない。意識が飛んでいる様な、白い何かが口から出ているような彼が座っていた。蹴り飛ばした張本人は、さっきから私の前でブツブツ独り言を言ってて、何だか自己嫌悪している様なので更に怪しさが増してる。そんなこんなで、家は今日も賑やかです。
でも、少し変態率を減らしてほしい今日この頃。一声掛けてあげたいけれど、今はそんな気分じゃないので、私は黙ってお姉さんの独り言を観賞中。彼は早々と目覚めることはなさそうなので、あえて放置。今のお姉さんに私の声は届かないと思う。ていうか、お二人さん。私の存在無視ですか? てか、もう。こーなったら気絶でも何でも勝手にしててください。私には何も出来ないので。――……ああ、そうだ。夕飯の買出しでも行こうか。
■□ お姉ちゃんと沙世ちゃん □■
夕方、それは夕飯の買出しに行く時間。夕方、女は町へ買出しに、男は家でのんびりなんて誰が決めたんだ? 私、刹那は未だ名前が明かされていないけど少しおばさんくさい幼女の買出しに付き合わされた。貧血のことはすっかり忘れて、歩けるようにもなった。殆ど健康体。
「そこの貴女、死相が出ていますね。世界が七週回ったとき、セブンイレブンの前で、七時七分七十七秒後に死にます」
そんな私はスーパーの入り口前で幼女を待っている最中。幼女は私を野外に置いて、買出しが終わるまで待ってて、とでも言う感じに、私を置いてきぼりにした。私はお荷物か何かか? ていうか、立場が逆だよね。これ。こんなんでナンパとかされたらうれしいけれど、今のこの状況は……なんというか。――…死んだ。理解ができなくて、死んだ。
「……は?」
籠の中の鳥は思いがけぬ路地裏で、鶴と猫が出会った。私の明日はどっちだ。私はニートという鳥だ。そうしたら猫は外にいる人たち全部。他人はみんな気まぐれで、自分の思い通りになることを願って、今日も明日も次の日も……ずっと、ずっと。
人はただ気まぐれに一生を生きている。見たくないもの、見えないもの、見たいもの。私にはそれを識別することができない。一次元と二次元の世界で、未だかつて翻弄しているのです。
ニートという鳥が徐に外に出たら、外をうろついている気まぐれ猫に食べられてしまいそうです。だから私は外に出ないのです。
「あのお、……今、なんておっしゃいました?」
空耳。聞き間違い。知らぬが仏。世の中には知らなくていいことと知っておいたほうがいいことの二つがある。
理解力にかける言葉でも、「パードゥン・ミー?」と聞き返せば、すっきり解決だろう。たぶん。例によっては日本語がわかりませんっていう事も一理ある。
「ですから、世界が七週回ったとき、あなたはセブンイレブンの前で、七時七分七十七秒後に死にます。と、私は言いました」
嫌です。ラッキーセブンで死ぬ自分なんて嫌です。絶対。鶴と亀が滑って、後ろの正面だあれ? みたいに成るなんて勘弁してください。冗談でもきついです。
私と易者はしばらく静かなにらめっこをして、どちらが強いかなんて考えてません。ただ、洒落にならない冗談はやめてくれ。以心伝心なんていう言葉が世の中には存在する。間違っても使いたくない言葉です。私と易者は恋人でもなんでもない。赤の他人です。これが恋人同士だったらよかった。
「これも神のお導きなのです。潔く信用したほうが身のためです」
あんたにだけは言われたくないです。易者は偉そうに私に言いつけました。潔く信用なんてしてたまるもんですか。第一、嘘くさい。私は自分だけを信じているのです。なんだかわからない神様になんて縋りたくないです。
「ていうか、私が神です。信用なさい」
ますます嘘くさいです。ああ、お母さん。私は何でこんなに不幸なんでしょうか。
怪しい易者に呼び止められて、ただで占ってもらっておいて、最終的には呼び込みです。助けてください。お母さん。ヘルプ・マミー。
心の中ではいろんなことが言えます。だけど、ひとつだけ欠点があります。悟られでもない限り聞こえないというのが、これの惜しいことろです。自称、神様だという易者は私の顔を真剣な眼で凝視しているのです。視線をそらしたいくらいムカつきます。
「貴女、全く信用していませんね?」
御名答。それだけは大当たりです。信じてないというか、信じることもしてませんから安心してください。ていうか、含みをこめた笑い方をしないでください。キモいです。マジでキモいです。だから失せてください。
心の中ではいくらでも言える。恥ずかしくて言えないことも、表に出せない感情も、顔に似合わない表現も。私は何も言わなくていい。どうせ信じてないし、信じる気もないから。もしもここで話を交えたら、それは相手の思うつぼ。私は表に出さない感情は、内側で流す主義なのです。
水瓶座の貴女、今日はラッキーデー! 心は春。新たな仕事にめぐり合えるかもよ! 実力を発揮できるかもチャンスかも?? でも、張り切りすぎて失敗しちゃうことも。張り切りすぎず、いつもどおりに振舞うとグー! そんな貴女の今日のラッキーカラーは赤と青! ラッキーアイテムはアクセサリーと寒すぎないやさしい青だよ! じゃあ、今日一日も張り切ってこー! ……語尾にハートやら音符がついていそうな朝の占い。超ハイテンション。
今日の私は最悪です。今日も張り切っていこう。新しい靴と新しい服で玄関を飛び出して、晴天だったのに雨が降り出した。雨宿りをしようと屋根のある喫茶店入り口の下に流れ込んだら、その勢いで電柱の下に垂れた未知なる物体を踏みつけてしまった。
これ以上最悪なことはないと思っていたのに……。案の定、意味のわからない易者に捕まってしまう。水瓶座の私、今日はアンラッキーデー。心は土砂降り。この世は何が起こるのか予測不可能だから、すごく楽しい。でも、期待しすぎると落とし穴が待ってるかもよ! ああ、別のチャンネルの水瓶座はきっとこんな感じだったのかもしれない……。
「あれえ? お姉ちゃん、何やってるの?」
「………え」
呆然としていた中に一声。途切れていた意識を取り戻したみたい。私は女の子の声に振り向いて、気の抜けた返事を返す。見れば小さな両手にずっしりとした買い物袋を提げて、私を見上げていた。相手を確認すると私は意味無くにやけて、地に両膝をついて幼女に抱きつく。意味がわからない。だけど何かに感謝しながら、幼女をこの手に包み込む。
「大丈夫だった? 買うもの、全部買えた? 買い忘れない?」
「…………」
突然のことに幼女は固まっていた。というより悪寒を感じているような表情を浮かべているようにも見えない顔で私を見ていた。返す言葉までなくして、黙って買い物袋を私に差し出す。私はそれを受け取る。立ち上がって易者がいたほうに目をやったけど、そこはもうモヌケの殻だった。
「…じゃあ、帰ろうか」
向かう先にオレンジ色の夕日が沈む。夕日に向かって歩き出せば、何もかもリセットで現実的に戻る。そうなる事を信じて、我が家のようなところに今日も帰るのです。
「……やっぱりお姉ちゃんも変だ……」
□■□■
「ただいま…あ」
注意、この「あ」の発音は濁点がついた「あ」である。そんな声が出た夜、冷め切った男の死体が転がった部屋に踏み込む時。そんな声が出た夜、倒れこんだ男に声をかけても返事が返ってこない。帰ってきて最初に目に飛び込んできたのが男の死体。では無く、誰かがいなければ即餓死して絶滅しそうな草食動物だった。沙鳥羽修平、やはり人生最悪な男。沙鳥羽修平、あんた一人では生きていけない。
「さとちゃんが死んでる!」
「そうだねえ……沙鳥羽君が死んでるね」
一つの大きな死体を目の前に興味をむける大きい子供と小さい子供。暫くして、もそっと動き出した死体を見てから、さあ動きますかって私たちも晩御飯の支度を開始するために台所に向かう。ぱたぱたと台所に向かう最中に、男は狼なのよ、気をつけなさい〜。年頃になったなら〜。なんて曲が脳裏に浮かんできた。別に考えてもないのに。
「さて、と。これから晩御飯を作るわけなんだけど……――何で君は作るときのお約束が守れてないのかなー?」
「……」
まずは台所に立つ。基本的な服装――というか、一般常識的なエプロンを身につけて、……ここまでは、まあ、これがなきゃ始まらないってことで今は女二人が台所に文字通り立っているわけなんですけど……。この幼女はいったい何しに来たんだ、コラッ。
「私たちはお料理を作りに着たんだよー? 言ってる意味、分かるよねえ?」
前かがみになり幼女の顔を覗き込む。だが、幼女は今の状況をまったく理解していない。いや、状況くらいは把握しているだろう。余裕の笑みを浮かべながら私を見上げている。私は手伝ってくれることを願い目でものを訴えてみる。幼女はたぶん、私の言うことは理解しているとは思うが、手伝う気は更々ないようだ。目には目を。というところだろうか。幼女からも目で要求を訴えていた。
「……」
その結果、私じゃなくてあんたが料理してくれるんだろ? なら、問題ないじゃん。私はここであんたが粗相をしでかさないように見張っといてやるよ。的な視線が向けられたのである。本人が思っているかは定かではないが、大事そうに絵本一冊をしっかり小脇に抱えて、もう片方の手にはウサギさんのぬいぐるみを抱きかかえながら、本来子供用の踏み台として使われるであろう台に座り込んで、調理を始めようとする私を見上げていた。これはもう、断言するしか他がないと私の中で判断した。
「はいはいっ。やりゃ、いいんでしょ? やりゃあっ!」
やれやれ。といった感じに私が言葉を吐き捨てると、下に座っていた幼女の顔が一瞬だけ、にやけた。………ッ!? こいつ本気で……私に調理を任せるつもりで居やがったのか! ……だから最近の餓鬼はよく分からないんです。母さん、私ね。昔、「妹が欲しい!」とかほざいてたけど、……今ようやく分かった。妹が居なくて本当によかったと思うよ。今だから言える。妹、要らねーーっ。とは思ってみたけど、これからどうしよう。母さん、私ね。ここ沖縄県から地元の北海道に帰る分のお金がないのよ。ゼロ円だよ。……そう思ったら、泣けてきた。
「……あれ? お姉ちゃん、もしかして……」
「あっ。――ううん。なんでもないよ。ただ‥」
「タマネギが目にしみたの? それって、痛いよねー」
ぶっちん。何かが切れる音がした。タマネギでも、真空パックを開いた音でもなく。これはいわゆる……堪忍袋の緒が切れた。一瞬さあ、幼女が珍しく私を心配してくれて、あーな〜んだ。可愛いところあるじゃんっ。とか思い込んで、涙が出たときの誤魔化し決まり文句「目にごみが入っただけ」とか使おうとした寸前にこれだよ。
「あははは。うーん……ものすっごーく痛いよー?」
ああ、確かにさあー。今、タマネギ切り刻んでるよ? 使うし。ていうか、今夜のカレーに入れるし。確かにタマネギって下手に扱うと涙出るよ? ゴーグルつけてやったほうが目に染みないんだってさ。でもね、人様の家で愛用のゴーグルなんて装着して何かの変身ライダーみたく見られるのは嫌だからさ、だから私はあえて使わないようにしてたけど……今のは言い方に問題があったよね? 今さらっと、「あっそう。どーでもいいけど、先に進んでねー」みたいな言い方されたら、「空気読めよっ」て思うんだよね。……まあ、私が脳内が云々言っても無駄だとは分かってたけどさ。
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2008/03/21(Fri)16:30:15 公開 / かくらく
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■作者からのメッセージ
久々に更新。久々すぎて、すみませんでした(ぺこり)
こんなんですが、よろしくお願いします^^;
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