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『世間の寒さより今の季節【復刻版】』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:かくらく
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●ホーム購買の戦い
天然娘が、今日も行く。
とある駅の小さな売店。というか購買の前。
二つの四角い箱。二つの駅弁。
一度は食べてみたい。静岡の”富士宮やきそば弁当。”
一度食べたら病み付きになりそう。博多の”からしめんたい弁当。”
結局、世間の寒さに負けて、中に入ったわけだが……。
これはどうしたことか。
■□■□■
とりあえず、見比べてみる。見た目、よし。香り、よし。値段、まあまあ。
どどん。見せ付けられたわけでもないけれど、二つの箱に誘われている。富士宮やきそば弁当VSからしめんたい弁当。中身はこんな感じになってますって、「見本」と書かれたラベル貼りの弁当が二つ。
どちらも、我こそは! と言う感じに置いてある。中身の一部が見える様にどちらも工夫して、美味しさをアピール。これはもう、完全に私を誘惑している。静岡からは、鮮やか過ぎる茶色で細長いわりにコシがありそうなシコシコの麺が、私を見つめている。
そして「私を食べて」と、この私を必死に呼んでいるのだ。卑怯だ! 卑怯すぎるぞっ、富士宮!! だが、”富士宮やきそば”の威力は、これだけではなかった。寒空の下。ホームの購買の前で鼻を啜る私の鼻を、何処からとも無く、独特の匂いが密かに刺激してくる。なんだ。なんなんだ!
たった一度。一度だけ嗅いでみた。それだけでも病み付きになりそうな、この独特の匂いの正体は!? 私は瞬時に、自分の嗅覚を疑った。
匂いに誘導されて運ばれた視線の先には……。
肉かすを使った独特のスタイルに比例している。なおかつ、コシの入ったシコシコの麺が生み出す特有の香りが鼻を刺激する。見る目を釘付けにさせる、やきそばを鮮やかに彩る魚介類。目を引く、大きめの赤い海老(エビ)。小さくとも役割はある、ホタテ。案外、具の中に無いと違和感のある白くて薄い烏賊(イカ)。
そして、やきそばの風味を支える、かつお節と生姜。忘れちゃいけない炭水化物のご飯。おかず。というより脇役のような、デカイ焼き烏賊(イカ)。
匂いに誘われて、なんていうか……。富士宮やきそば弁当(本物)に心動いた。そして一瞬で、ときめいた。
一言で言うなら、一目惚れした。恋人は弁当。そんなまさか。この時、静岡の”富士宮やきそば弁当”が輝いて見えた。
だけど、対する博多も負けてはいない。パッケージのビニール部分から顔を覗かせる辛子明太子が、見てみてアピールを懸命に叫んでいる。”からしめんたい弁当。”
博多名物といえば、辛子明太子。辛子明太子といえば、朝鮮半島。
そこから北九州や山口県に伝わってきたもの。朝鮮というだけあって、私の鼻を激しく刺激して、心を惑わせる。
どうやら、この強い匂いの刺激の元は、タラコに加えた唐辛子などの調味料が響いているらしい。そんな、辛子明太子の刺激に、心を鷲掴みにしているようだ。
それと同時に、静岡の富士宮が、私の手元から遠ざかっていく。許して頂戴。
静岡の”富士宮やきそば弁当”さん、罪深き私を許して。確かに、細長い貴方も、でっぷりした彼も、私の好きなものを知っている。
それに求めているものも、持ち揃えている。無いものねだりな私。罪深き私を許して頂戴!!
■□■□■
総合結果。……おいしそう。
どちらも、結論は”おいしそう。”なのに、何故だろう。どちらか片方を選んで、片方を捨てる。一つに二つという分かれ道。ああ、罪深き香り。
静岡とは方が何故一緒に居るのかは問題ではない。 問題はどちらの駅弁をセレクトするか。残された時間は、約30分。私にとって、これはとても重大な問題である。残り30分の間に、どちらかを切り捨てる覚悟を持たなければいけない。
かと言って、このまま制限時間に間に合わずに両者を切り捨てる。そんなことをしたら、私の今までの苦労が水の泡になってしまう。
「あのー…お客様。何でもいいから、ちゃっとしてくれますか? 後ろが詰まっとるので」
長時間かけて脳内で格闘している私に、声を掛けてくる店員はなぜか名古屋。だけど、関係ない。目の前が静岡だろうが博多だろうが、名古屋だろうが関係ない。今の私に残されたのは、食料調達という大きな難問。ただ、それだけ。
想像をしてみた。フタを開けると辛子明太子が丸ごと一腹、存在感たっぷりに鎮座。でっぷりと太った辛子明太子は、秘伝の製法で漬け込んだ旨味と辛さが際立ち、ご飯が驚くほど進むだろう。おかずはカマボコ。紅白の人参と大根も、控え目でいける。白飯と明太子のゴールデンコンビだけでも十二分に楽しめる。
そんな想像をしてみた。この辛子明太子を見ていると、ついつい白いご飯が欲しくなる。そんな欲が、心の底から湧き出てくるようだ。
試行錯誤、苦しんだ。そして、苦しい別れにも絶えた。絶えて、耐えて、耐え抜き切れない痛みを抱えた。
「もうちびっと。もうちびっとですさかい、待っておくんなはれ」
もう少し。もう少しですから、待ってください。そういう私は、生まれも育ちも京都人。
いつもなら標準語を使う筈だが、真剣になると故郷の人。やきそば弁当もいいけれど、めんたい弁当も捨てがたい。
悩む。深く悩む。海の藍よりも深く悩む。それでも、結論は”おいしそう。”鼻をくすぐる罪深き香り。一瞬にして、虜にさせる見た目。
とはいうものの、どちらも未経験の品。だから余計、どちらも捨てがたい。切り捨て御免。
「うー……ん………」
思い切って、二つを購入! なんて考えは、浮かぶ筈も無く……。もし、そんな思い切った行動を再現したら、確実にアウト。交通費が苦しくなる。なんとしても、それだけは避けたい。
だから、どちらか片方をセレクトしなければいけないのだ。
●そういえば、……。
お金も無いし。仕事も無い。家賃はあるし、年金あるし。
ここ最近、何にしたって平和な一年だったから、嫌な事もすっかり忘れて、平和ボケした頭で外にも行かず仕舞い。
無駄にお金だけは減らしたくないって、考える事は真っ当でも、初詣と川越のだるま市に行こうなんて、誰も思いつかなかった。
その代わり、今年は去年と少し違う形で正月を無事に迎える事になった。
猫の様に気まぐれで、猫以上に寒がりな爺やと婆やが、孫の顔を見に、わざわざ東京にある田中家に来てくれたのだ。
大晦日に孫と過ごすありがたみ。胸に強く感じながら、温かく迎え入れた。
それなのに。迎い入れた筈なのに。
迎い入れた側から、炬燵で丸くなる年寄りのごった煮が出来ていた。爺やと婆やに炬燵を取られた。私だけの炬燵を独占されて、悔しいからここで一句。大晦日、炬燵独占、私、外。今年は、婆やも爺やも、寝泊りしてる。私たちの家は、隙間風が多い。だから、寒い。
当たり前のことを言っているつもりなんだけど、”あしらぁんくは、隙間風が多い。やき、ひやい。”って、土佐弁は意味が解らん。ヨボヨボ老いぼれ、祖父祖母の事情。
追い出された。というより、居場所が無くなった。仕方ないから私だけ、軽い外出をしてみる。
会う人、去る人。口々にこういう。”明けまして、おめでとう御座います。”世間では、一風の流行文句の嵐が吹き荒れる中、田中家(うち)では、クリスマス。行き場を失くした季節外れの物が、家の中にでんっと放置されたまま。こんなんじゃ、凧揚げはあげられても、人はあげられない。
持ち金は、多くも少なくも無い。軽くコンビニでコンビニ弁当と何かをチョイスとセレクト。オニギリとパン。焼きソバと炭酸水。
強いて言う行き先も無いのに、ふらり立ち寄ったのが駅前。
最近では、駅前で買い物をするだけでも、食料が手っ取り早く買えたり出来るというものだから、便利な世の中になったものだ。
そう考えると、どちらも捨てがたい。品揃えは駅前のほうがいいけど、それならコンビニだって負けちゃ居ない。別に競ってるわけでも、競い合わせるわけでも、この二つに妙な拘りを持っている訳でもないけど、二つに一つ。手っ取り早くて、短時間で家と外を往復するのに有利な方が勝者と成るのかも、しれない。
■□■□■
いくら世間の風が冷たかようが、月日は容赦なく寒がりな私に真冬の風を突きつけてくる。そんな日は炬燵に入ってヌクヌクになりながら、その辺の盆に詰まれた蜜柑を食べながら正月番組を見るのが一番のセオリーだが、そんな炬燵も今じゃ先客の占領場となってる。
炬燵の定員は真四角のテーブルの縦と横を含んだ最低限の位置に入れるのは四人が精一杯。爺や婆やの一人や二人。右方面の縦と奥の底辺に堂々と入っていても、左半分の縦と残りの面積があるからそこに入ればいいのだが……。
そうもいかないのだ。炬燵の中で良くある光景。というか、炬燵の断面図を見ればお分かりいただけるだろうか。
炬燵。それは一見、平穏そうに見えて実は小さな修羅場ができている。炬燵に入る人々は誰もが最高のぬくもりを求め争う。いわゆる炬燵戦争なのだ。
我こそが勇者なり。堂々と真っ直ぐに足を突き出し、思いっきり奥へと侵入を貫く足があり。
その侵入の真横を横断。二刀流と行かず、まずはお手並み拝見といった感じで一刀流に見せかけ、敵が緩んだ隙に二刀目を突き刺す。片足だけまっすぐ伸ばして後々両足を一気に突っ込む足がある。
こうなると確実に炬燵の最高ポジションを得られる場所は四辺あるうち、たったの二辺。
十二月一月から冬まっしぐらに向かってるこの季節に有りそうで無さそうな光景。
今の私は負け組みよ。炬燵を満足に占領出来ない負け組みよ。冬場の合戦、炬燵戦争。ルルル〜…ララル〜……。
脳内に性も無い歌詞を浮かべながら、とりあえず田中家から近い範囲を探索してみる。徒歩10分と徒歩5分。駅前とコンビニ。食料調達の為、頑張って早歩きで歩けば徒歩10分もかかりそうに無い駅前の弁当屋。手頃で尚且つ近場のコンビニ。「苦」を選ぶか、「楽」を選ぶか。駅前まで全力疾走か、のんびりコンビニ前か。駅前を選ぶか、コンビ二を選ぶか。どちらにしてもファイナルアンサーに息を詰まらせる。
淡々と考え込みながら歩いていたら、いつの間にか進む足は駅前に向かっていた。そうか。私の足がファイナルアンサーなんだ。でもなあ……。
暫く駅名の看板を見上げながら、ホームの中に入るか入らないか、深く悩んでいる。そして今も、駅前で悩んでいる。
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2008/02/12(Tue)14:39:25 公開 / かくらく
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■作者からのメッセージ
久々に第一作目を改めてUP!! とは言っても、大して変わっていませんが(汗)
また徐々に直したり、増やしたり。
新たに見直して行こうかなぁ……なんて。
【復刻版】として、また再スタートしてみたいと思っています。
……初心に帰るものまたいい感じなのかも……。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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