『末世の階段』 ... ジャンル:サスペンス アクション
作者:壽                

     あらすじ・作品紹介
2XXX年、日本。急激な成長を遂げた世界から取り残された島国。日本は、貧しい国になった。発展した世界で、貧民は生活していくことができなかった。日本は次々と廃墟と化す。その日本で、一人の少年が、もがき苦しみ、生きていた――。

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
#1
パンッ
軽い音がした。風船が割れたような、乾いた音だった。
音の出所は、自分のすぐ隣。音がして、しばらくすると、何かが地面にたたきつけられた音がした。
立ち込めるのは硝煙の臭い。
全ての元凶、それは、銃だった。
「へへっ……一丁あがり。見つかると面倒だ。とっとと盗っちまおうぜ、恵一」
「あぁ、そうだな」
崩れかけたビル、折れた電柱に、ひび割れたアスファルトの道路。一言で表すなら、まさに『灰色の街』。
日本では、「東京」という地名だった。
道路の上に、彼らは居た。
斉藤 恵一(サイトウ ケイイチ)、そして、銃を持っているのは、高橋 創(タカハシ ハジメ)。
彼らは、ゆっくりと近づいた。胸から血を流している、『人であったモノ』へと。
近くまで来ると、しゃがみこんで、強引に衣服を破り、漁る。手馴れた手つきで体を調べていく。
「っと……金歯は無いか。金目のものといえば、財布と指輪ぐらいか」
「収穫があった方だろ。それに創、そろそろ行かないと見つかる」
「それもそうかな……親が居る奴は、もう少しマシな生活してんのかな」
「その話はしない筈だろ? 親が居たって、変わりはないさ。こんな世の中なんだ」
彼らには、親が居ない。殺されてしまった。生きるために殺す、そんな世に食われてしまった。
「さぁ、行こう。指輪、売りに行こう」
「オーケィ、走るぞ!」
周りに誰も居ないことを確認する――見られていれば、騒ぎになるので殺すため――。
そして、一目散に走り出し、住処へと向かった。

「やりっ! 意外と高く売れたな。これでしばらくは大丈夫か。なぁ、恵一」
「だな。でも、安心はしてられない。俺たちだっていつ襲われるかわからないからな」
「大丈夫だって、俺たちが揃ってれば怖いものなんてないさ」
崩れかけているビルの中、崩壊が少ない場所に陣取って、収穫を互いに称え合っていた。
シーツや毛布を始め、いろいろな雑貨が散らばっていた。これらは全て、拾ったか、又は奪い取った品だった。
「さてと、食料も無くなってきた。収穫も入った、久々に買出しに行くか。どうする、創?」
「俺、残るよ。今後の使い道を考えなくちゃいけないし」
言って、創は数枚の札の中から、2枚の紙幣を恵一に渡した。
「わかった。それじゃあ、よろしく頼んだぞ」
恵一は、住処を出た。

ジャリッ…ジャリッ…
女が居た。白い肌は、ほんのりと血色で艶やかで、ハッキリとした目に紅の唇、スッキリした手足。まさに美女だった。
上下黒のスーツに、青いコートを着てフードを被っている。
彼女は、真直ぐに何かを見つめる。
視線の先には、死体。先ほど、恵一と創が殺めた人間だった。
顔の近くにしゃがみこむ。
「…………」
彼女は、何が起きたかわからないまま死んだのだろうか、目を開けたまま動かないその顔に手を添え、目を閉ざした。
静かに、口を開いた。
「ひどい……」
目を閉じ、何かを考える仕草をとると、スッと立ち上がった。
何かを決意したような表情で前を見据え、来た道とは逆方向に歩いていった。
姿は、立ち込める埃に紛れて消えていった。

「金はあまり使うべきじゃないか……でも、加工品じゃ限界があるしな。やっぱり住処を変える頃かな」
恵一達が住処にしている場所よりは活気のある町、渋谷。
少しでも活気があるのは、ここ、渋谷を含む東京は、日本の中心都市で非常に栄えていたため、その名残である。
彼、恵一の片手には、買ったと思われる食材が入った袋が握られていた。
中身は、ほとんど生で食べられるものか、レトルト物ばかりだ。肉は生では食べられない。なにより、肉など買えるだけの余裕はなかった。
「はぁ……ちゃんとした生活、してみたいな」
ボヤく彼だが、実のところ、彼には『ちゃんとした生活』という物の実態はよくわからなかった。
生まれたときからこの境遇だったし、学校になど一部の裕福な人間しか行けなかったから、昔のことなどわからない。
ただわかるのは、今よりもずっと豊かで、幸せに満ちていた生活だっただろう、ということだけである。
「……駄目だ、駄目だ! さっき創に言ったばかりなのに、俺がこんなこと考えてどうする」
パン、と、顔と腰を叩いて自分を奮い立たせる。
「今は余計なことを考えてる場合じゃないな」
言って、彼は食材を手に、友人の居るであろう住処へと足を運んでいった。

決意を宿らせた瞳に映るのは、数多くある廃ビルの一つだった。
ただし、他のそれとは違う点がある。人の気配、生活の跡があることだった。
「話だと、ここが……二人の子供の犯罪者の住処で間違いないわね」
一度、目を瞑る。
考えるものとは違う、物思いに耽る表情だった。
数秒の後、ゆっくりと目を開ける。
「私は、正さなくちゃいけないから……若いかもしれない、でも。悪いけど……」
彼女は、その先は言わない。
ゆっくりと、だが確実に、彼女はビルへと踏み入っていった。

「着いたら、まずは飯にするか。昨日から何も食ってないから、創も腹減ってるだろうし」
帰路、住処を目前に控えた恵一は、住処到着後の算段を立てていた。
「余った金は……とっておくべきか。いつ移住するかもわからないからな……ん?」
もうすぐ住処に着く、が、見慣れた風景に一つの異常があった。
スーツにコートを着た、一言で言えば美女。
見たことのない人物だった。
生きる場所を探して彷徨い、ここに辿り着いた者はいる。だが、彼女の姿は、どう見ても貧民の姿とは思えなかった。
「(……襲うか? ……いや、あっちは銃を持ってる。俺は丸腰だし、余計なことはしないほうがいい、か)」
裕福な人間がここに迷い込んだとなれば、何としてでも狩っておきたい、というのが、彼ら貧民の心情だった。
が、恵一は、複数の理由からそれを断念した。
何事もないように住処を目指して歩く。そして、すれ違おうとしたその時――
ドッ
腹に、拳が入れられていた。
「っおぐぅ……!? てめっ……」
気配が、教えていた。
――アイツは、俺を殺すつもりだ、と
敵は、腰に挿していた銃に手をかけようとする。
「(不利だ! 先ずはここから逃げることを最優先に!)」
考えるより数瞬早く彼は行動を起こしていた。敵へと突進した。
軽い驚愕を表情に含める敵の足を、思い切り払った。敵は派手に尻餅をつく。
「(よし、今のうちに、全力で走れ、走れ、走れ!)」
とにかく走った。住処を目指して、全力で駆け出した。
敵が体制を整えて、銃を抜いた頃には既に遠くまで逃げ延びていた。

「(……あれが、もう一人ね)」
視線の先に、買い物袋を持った一人の少年が居た。
一瞬、こちらに気を向けた、それに合わせて、彼女も気を張った。
が、彼はすぐに彼女から意識をはずした。
「(視線は……先ほどの廃ビルか。決定的ね)」
お互いに、何もない風に歩く。そして、すれ違うその時。
「(悪いけど……あなたにも死んでもらう!)」
放った拳は綺麗に腹に直撃した。彼女としても、会心の一撃だった。それは、拳を受けても立っている少年を見て、驚愕するほどに。
「(倒れない、仕方ない、銃を……!?)」
彼女は、拳を受けて『立ち止まっているであろう少年』に銃弾を放つべく、腰に手を伸ばした。
だが。
立ち止まってなどいなかった。それどころか、自分に向かって突進してきたのだ。
動作の途中だった彼女は、少年に見事に足を払われ、体制を崩されてしまった。
「(く、この……)」
立ち上がり、銃を向けた先には、既に小さくなった少年の姿しかなかった。

「ハァ、ハァ、ハッ……危なかった。何とか逃げられた……」
大きく息を切らす恵一。
息を落ち着けて、彼は友人の待つ場所へと足を運んだ。
「は、創、買ってきた……ぞ……?」
住み易いように、ビルの一室にいろいろと改造を施した場所。床が赤く染まっていた。
赤く染め上げていくのは液体だった。その液体の主は、
「は……創えええええぇぇぇぇええぇぇえ!!!???」
理解ができなかった。何かの冗談だと思った。考えられなかった。考えたくもなかった。
創が、今まで過ごしてきた友が、倒れている。腹や口から血を流して、倒れている。
それはどういう状況なのか、恵一にはわからない。
理性ではわからない。本能ではわかっていた。
――創は、もう、創では無くなる
「うわああああああああぁぁぁぁああぁあああああああああ!!!!!」
叫んだ。あらん限りの声で叫んだ。
創が死んだ。そう、思い込んでいた彼の耳に、声が届いた。
「け、けぇ、いち、か、ゴホッ!」
「!? は、創、創ぇ!」
恵一は、声を振り絞って吐血した創へ駆け寄った。
「創、しっかりしろ、すぐ手当てするから……!」
「だ、だめ、だ、もう、だめ、だ。俺、死ぬ、から、道具、無駄にな、ガフッ……ゴホッ、ゴホッ」
「! し、喋るなよ! 死ぬなんていうな、無駄になんかならない、俺はお前を助ける、だから、死ぬな、死ぬな!」
さらに吐血する創に、恵一は必死に声をかける。恵一の顔は、友が苦しんでいる姿を見る悲しみと、そして、
本能が思っている、『これから、一人で生きていかなければいけない』不安を映し出していた。
それは、恵一自身が、『創は死ぬ』事実を受け入れている、これ以上無い証拠だった。彼は気づいていない。
「け、いち、ごめん、先に、抜けるよ……俺を、殺し、た、ヤツら、また、来る、から……逃げ、」
最後まで、創は言えなかった。薄く開けていた目は閉じられ、かすかに感じていた温もりは、徐々に消えていった。
「お、おい、創……? 冗談だろ? なあ、創、創……」
肩を揺さぶる。返事は無い。
さらに揺さぶる。結果は、同じ。
何度やっても、何度やっても。
そのうちに、流れていた血液も、止まった。
「う、うぅ、ァ……ああああああああああああああああああ!!!!」

タタタタタ‥‥‥
恵一は走った。
「(まだ、あいつは近くに居るはず。あいつが創を殺したんだ。あいつが俺たちを壊した。だから、俺もあいつを殺す、壊してやる!)」
彼の頭は、ずっとこれだけを考えていた。
どのくらい走ったのかはわからない。彼は、敵を見つけた。
その瞬間、思考を行動が凌駕した。
――殺せ、殺せ、創を殺したように、あいつを殺せ
「うぅおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

雄叫びが聞こえた。
聞いたことのある声だった。先ほどの少年の声だ。呻き声しか先ほどは聞こえなかったが、同一の声だった。
とっさに振り向く。それと同時に、右斜め前に転がり込んだ。
相手は、先ほどと違って銃を自分に向けていた。
住処に戻った後、連れの死に激昂して復讐しに来たのだろう。銃などあったか?少なくとも、殺した少年は持っていなかった。隠してあったのか、探して処理しておくべきだった。
一瞬で考え、一瞬で考えるのを放棄した。
一度解を得た疑問に価値などない。
「(怒り狂って、動きが単調になっている……銃を持ってるのが厄介ね。もう少し怒らせれば)」
考えていると、少年が引き金に指をかけた。
銃口の向き、少年の立ち位置から弾道を予測し、発射される気配を勘で探り、地面に転がった。
同時に放たれた鉛弾は、軽い銃声とともに地面を抉った。
「友人を殺されて悔しいか? そうだ、私があなたの友人を殺したんだ! 仇をとりたければ私を倒せ!」
それを聞いたのかどうかは怪しかった。が、少年は銃を使うのをやめて、
「お前があああああああ!!!! 創をおおおおおおおおお!!!!」
叫びながら突進して、殴りかかってきた。
「……若いのに、同情するわ」
振り上げられた拳をかわして、同時に、自分の拳を腹に叩き込んだ。
「……利用価値はありそうね。殺すには惜しいし、私たちに協力してもらいましょうか」

ドン
頭の天辺まで響くような衝撃が走った。
先ほど食らった攻撃の比ではなかった。
先刻までの衝動、怒りすらも、一瞬で凍りついた。
目の前が白くなっていく。
薄くなっていく意識の中、敵が何か言った気がした。
敵の顔は、悲しい眼をしていた。


#2

「待ちなさい、危ないでしょう。こっちに来なさい。ほら、早く」
女性が、優しい声で呼びかけていた。
彼女が呼びかけていたのは、幼い少年。
、寂れ、今は住む人の居ない住宅地に、二人はいた。
「うん! ちょっと待ってて、今行くから!」
少年は笑顔で叫んだ。その顔には、邪気も憂いも、厳しさもなかった。
「早くするんだぞ」
女性の隣には、男性も居た。
二人は、少年の両親だろうか。少年には、二人の面影があった。
「わかってるよ」
そう、言い返した。
それは、最後の会話。
パン、パン、と二度、破裂音が聞こえた。
何のことは無い、紙袋を膨らませて破裂させた音に似ていた。
だから、大して気にしなかった。
「お母さん、お父さん! 終わったよ、行こうよ。どうして寝てるの?」
やっていたことを終えて、母親に駆け寄る。何故か、倒れていた。
揺すぶってみた。反応は無かった。そういえば、バッグも、いつも二人が大事にしていた指輪も、二人ともなかった。
幼い少年は、次第に不安になっていった。先ほどはなかった、赤い液体が穴の開いた靴を濡らしていた。
気づけば、大声で泣いている自分が居た。

「……あ……」
一瞬で、別の世界に飛んだ。正確に言えば、戻った。
コンクリートの景色が広がった。視界だけでなく、どうやら、彼、恵一の居る場所一帯がコンクリートで造られていた。
廃ビルの一室だろうか、部屋の隅に彼は投げ出されていた。背後に木製のドアがあるだけで、後はなにもなかった。
「また、この夢か。俺も忘れられないな、あの時のことが夢で出てくるんだもんな……」
夢を見ていた。夢、というよりは、過去の記憶のフラッシュバックのようなものである。
それは、両親を亡くしたときの記憶。今から丁度三年前の出来事。
「あれから、二年間、自分ひとりで生きて……創と出会ったんだよな。それで、今まで一緒に暮らして……」
言って、思い出した。
その、今まで一緒に過ごしてきた相方が、もう居ないことを。
自分のそばから、消えてしまったことを。
思い出してしまうと、途端に頭に血が上った。
彼に、また先ほどのような衝動が頭を埋めていく。
不意に背後で、ギィ、と音がした。
「やっと起きたようね? 1日近く寝続けて、調子はどう?」
それは、聞いたことのある声だった。
「お前……!」
「騒がないで」
怒りが頭を支配し、咄嗟に襲いかかろうとした恵一に、ピタリと黒い塊の先が向けられていた。
それは、銃だった。見覚えのある銃だった。
創の愛用していた、気絶する前は自分が持っていた銃だった。
それを持っているのは、恵一を、創を襲った女性。
コートを着ていないので、スーツ姿だった。そして、栗色のショートロングの髪を静かに揺らしていた。
「……! その銃、返せよ!」
激昂して叫ぶ恵一に、敵は平然と答えた。
「駄目。返すかもしれないけど、その前に質問するわ……ああ、抵抗したら殺すから、おとなしくするのよ。動かないで」
「……わかった。なんだよ」
この場は抵抗することができないと、恵一には理解することができた。
攻撃のために浮かせていた腰を床に下ろした。
「話が早くて助かるわ。あなた、私達に協力なさい。もちろん、拒否権はないわよ? 拒否すれば殺すから」
「……待てよ。協力って、何なんだ。お前以外にも誰か居るのか? ……それに俺は、創を殺した奴に協力なんかしない!」
睨みつけ、明らかな敵意を剥き出しにする恵一。
そんな恵一の言葉と態度に、ため息をついた。
そして、静かに口を開く。
「まあ、いいわ。まずは質問に答えてあげる。判断はそれからでいいわ。ゆっくり考えなさい。もう一度言うわ、拒否すれば殺す」
恵一は睨みつけるのをやめない。が、抵抗する気がないことを察した彼女は、話を続けた。
「協力……私達が行っていることは、犯罪者……生きるために他者を襲う者達の殲滅が主ね」
「何でそんなことしてるんだ? この国じゃあ、そんなの当たり前だろ。限がないじゃないか」
敵の言葉に、恵一が口を挟む。そして、その顔には、先ほどよりも怒りが浮かんでいた。
――その殲滅された『犯罪者』の中に、創が居る――
「まあ、そうね。でも、目的は別に、全ての犯罪者を消すことじゃないわ。そのもっと奥、この日本の中枢、政府」
「政府……?」
「そう。今の日本は腐りきっている。だから、少しでも、以前の日本……いいえ、世界の他の国に少しでも着いていけるように、行動を起こさせるためよ。殺して回ってるのは、まあ、脅しだと思ってくれればいいわ」
言う彼女に、恵一は、怒りを通り越した、途方にくれたような、震えた声で言った。
「な、何で、創が、殺されたんだよ……」
そんな彼に、冷静に、冷たく
「犯罪者なら、殺しやすいでしょ」
言い放った。
恵一は、何も言わなかった。
「勘違いしないで。私たちの目的のためには、犯罪者を減らすことも立派な手段よ。現に、東京の犯罪は少なくなってる。政府にも、少なからず私たちのことは知られているわ。犯罪者を減らすことは、都合がいいの」
言って、一呼吸置いた。恵一の表情は、暗かった。
間をおいてから、口を開いたのは恵一だった。
「何で、俺を殺さなかったんだよ」
恵一がそう思うのも当然だった。彼女が言う、目的を達成するためには、自分は排除されるべき存在だからだ。
「そうね。簡単に言えば、あなたが適任だからね。あなた、両親を亡くしてるわね?」
「……! 誰から聞いた!?」
激昂する恵一。触れられたくない話題だったのだろうか、沈んでいた表情は、一瞬で怒りに変わった。
「殺した少年からよ。あの少年も私たちに協力させようとしたけど、抵抗したから殺したわ」
「…………。もう、いい。それで、俺が親を亡くしてることが関係あるのかよ」
「あるわ。と言うか、それだけじゃない。あなたの境遇全てが関係してるわ」
恵一は、わけがわからない、と言った表情で顔をあげる。
「あなたが両親を亡くし、今の境遇にあること、そして、友人を亡くしたこと。全部、犯罪者……今の日本が、そうさせている」
「あ……」
「わかる? あなたが私達に協力する理由は、十分にあると思わない?」
そして、沈黙。
お互い、口を開かない。外で吹く風の音すらも微かに聞こえた。
沈黙を破ったのは、恵一。
「俺は、お前を……お前達をきっと許さない。でも、それ以上に、今のこの状況を許せない。だから……」
「協力、してくれるのね?」
恵一は黙って頷いた。
「よし。そうと決まれば話は早いほうがいいわ。着いてきて」
そう言う彼女に、恵一は言った。
「おい、まだ俺はお前達について何も聞いてない」
彼女は、面倒くさそうな顔をして、
「着いてくればわかるわ。今から、私たちの組織に案内するから、車に乗ってもらうわ。ああ、あと、私の名前は……玲奈よ。村上玲奈」
彼女、村上 玲奈(ムラカミ レイナ)はドアを開けて、行ってしまった。
恵一はそれを見て、唖然し、すぐに後を追った。

コンコン
ドアをノックする音が聞こえた。
「榊です」
「入りなさい」
カチャ、と静かな音を立てて、スーツ姿の男が入ってくる。
今の日本には似つかわしくない、豪華絢爛な室内。
図書館のような蔵書に、パソコン、その他多数の機器が室内に置かれていた。
なぜ、このようなつくりになっているのか。
それは、ここが唯一、外国との交流を持っている場所だからである。
そんな部屋の中心部に、椅子に座った初老の男性が居た。
「また、犠牲者か」
「はい、金井総理。これが、資料です。昨日確認できただけでも、東京の犠牲者はこれだけです」
短いやり取りを終えて、男性、榊(サカキ)は、金井(カナイ)なる人物に数枚の紙を渡した。
金井は、しばらくそれを読み、やがて口を開いた。
「とうとう、こんな幼い少年まで……」
「はい。段々と、奴らの行動は強まっています。こちらも、何か行動を起こさなければ……いえ、むしろ、行動を起こすいい機会なのでは?」
「そうだな……我々がなんとかしなければ、このままでは日本は本当に駄目になってしまう」
重苦しい沈黙が流れる。
「アメリカとの会談のアポをとっておいてくれ。なるべく、近い内に」
「わかりました、総理」
アメリカ。
全世界の筆頭に立つ、世界の技術の結晶とも言える、世界最大の国。
技術、軍事力、支配力は、昔の比ではなくなっていた。
それだけあって、アメリカの影響力は、世界に轟く。
「これからどうすればいいか、いや、もう我々だけではどうにもならないのかもしれないな……」
「…………」

「着いたわ」
塗装が所々剥げ、一昔前のボロボロの車に乗せられ、案内されたのは、アパート跡だった。
いくつかある棟の間を二人は歩き、ひとつの棟の一室に入った。
まだ栄えていたころのアパートなので、内装は貧相ではなかった。
木造りの廊下を歩いて、リビングに出た恵一は、その光景に絶句した。
恵一の目に飛び込んだのは、やけに横長のリビングだった。
よく見れば、あるところを境にして、同じような造りが幾つか連なっているように見えた。
あるところ……壁があるべきところ、である。
そう、隣の部屋とを隔てる壁が、全て取り除かれていたのである。
各部屋には、一、二台ずつパソコンやなにかしらの機械が置いてあった。
そして、無理矢理に作られたその大きな部屋には、四十人ほどの青年から中年程の人々が居た。
その内の一人の青年が、玲奈に駆け寄った。
「お帰り、玲奈さん。あれ、その後ろのは?」
ハッキリした顔立ちの青年は、恵一を見た。
「ただいま。任務中に出会った少年よ。私達に協力してくれるって」
言って、玲奈は恵一の方を見て、
「コイツは、健二(ケンジ)。まあ、私たちをまとめる指揮官ね」
「よろしく。君、名前は?」
未だ唖然としていた恵一は、呼ばれてハッとした。
「恵一……斉藤恵一」
「恵一君ね。話はしたの?」
健二は、玲奈に問う。
「まあ、一応話はしたけどね。何をすればいいかはよくわからないでしょ」
「そうか。じゃあ、実際にやってみた方がいいかな。恵一君、僕たちが、犯罪者を減らして回ってるってことは知ってる?」
またも話を振られた恵一は、小さく頷く。
「なら、大丈夫だね。とりあえず、僕についてきてよ」
まったくの急な展開についていけない恵一は、言われるままに健二についていった。
そんな中、玲奈がつぶやく。
「大丈夫かしら、あの子」
「気になるのかい? 最近出会って、玲奈のことだ、殺そうとした少年を?」
ニヤニヤしながら、機械をいじっている中年男性が玲奈に声をかける。
「馬鹿言ってないで仕事しなさい」
ピシャリと言い放った。

健二と恵一は、アパート跡から少し離れたボロボロの住宅地へと足を運んでいた。
ここも、昔は人が居たが、今は放浪者の巣窟になっている。
「恵一君、僕たちは、犯罪者を殲滅している。ひとつの場所を一定期間調べて、前科が二つ以上ある者をターゲットにするんだ」
そういって、健二は持っていた紙をパラパラとめくる。前方と紙を交互に見ている。
視線の先には、三人の男性が居た。
「あの三人は、グループか。まだ一回しかやってないけど、三人だから前科は三つ。ターゲットは、あの三人。それじゃあ、見てて」
健二は、恵一に銃を一つ渡した。
「合図したら、撃つんだ。狙うのは、三人からはぐれた人物だ。わかったかい?」
「あ、ああ」
人を殺すのには慣れていた。
ただ、いつもとは状況が違う。普段は、『仕方なく殺していた』。それが生きるためにするべきことだった。
しかし今は違う。恵一は、そのことに罪悪感に似た感情を感じていた。
その罪悪感を感じることは間違いであり、人の命を奪う行為には変わりなかったことも、恵一は理解していたが。
タッ
何かが地面を蹴る音が聞こえた。健二が走り出していた。
すぐに、
パン、と一回だけ音がした。
三人のうちの、真ん中の一人が倒れていた。
弾けたように、残った二人は左右に展開して、健二に襲い掛かった。
彼らもこういった状況は慣れていたのかもしれない。
が、健二の動きは速かった。
すぐさま右を向き、
パン、二発目の音が鳴った。
右から健二を襲おうとしていた男が倒れた。
しかし、まだ左の男が残っている。彼は、健二に向かってナイフを振り下ろした。
健二はまるで予想していたようにそれをかわす。男は大きくよろけた。
そして、叫んだ。
「今だ!」
パン、三度目の音。それは、自分の手元からだった。
男は、持っていたナイフを落とした。そして、それから自分の身も地面に落とした。
辺りが静寂に包まれた。時折、微かな風が頬を撫でる。恵一にとっては、あまり良い気持ちではなかったが。
「うん、上出来。これなら、すぐに慣れるよ。恵一君には、しばらく玲奈と一緒に行動してもらう。僕は指揮官だから、みんなをまとめなくちゃいけないからね。玲奈なら信用できる」
「…………」
軽く言う健二とは対象に、恵一の表情は暗かった。
「どうした? 体調でも悪いかい?」
「いや……生きるため以外で、初めて人を殺したから」
健二は一瞬困ったような苦笑を顔に浮かべて、
「すぐに慣れるさ。僕たちに協力するのも、理由があるんだろ? 大丈夫さ」
健二は言う。
しかし、それでも、恵一の顔は暗いままだった。
この短時間の間に、まだ年齢的には幼い少年には、いろいろなことがありすぎた。
恵一の頭は、どうすればいいかわからない不安と、大変なことになってしまった焦りで埋め尽くされていた。

#3


ガタン、ゴトッ
車が走っていた。
コンクリートがひび割れ、痩せた地面が剥き出しになった道路を、音を立てながら。
座席には、二人。
運転手には女性、助手席には少年が座っていた。
玲奈と、恵一である。
恵一が組織に加わってから、2日の時間が経っていた。
「…………」
「…………」
お互いに会話はない。
女性は前を、少年は流れていく景色を見つめていた。
ただ、二人の視界に入るのは、どこまでも、寂れ崩れかけた、確かに以前までは栄えていたであろうことを示す廃ビル群だった。
そんな中、少年が口を開いた。
「……村上」
「何?」
「あんた、外国に行ったことあるのか?」
「何、いきなり」
恵一の質問に、玲奈は怪訝な顔で問い返す。
それに対して、恵一は
「別に、どういうところかって思っただけだ」
そう言って、また黙った。
恵一は、まだ玲奈に親しい反応を示さない。
以前の出来事を考えれば当然なのだが。
そんな恵一の様子に半ば呆れ顔の玲奈は、質問に答えた。
「あるわよ。まぁ、金もないし、大抵は密入国だけどね。アメリカの大統領にも会ったことあるわよ? 襲おうとしたら殺されかけたけど」
軽く、そんなことを言い出した玲奈に、恵一は完璧に面食らっていた。
「は、大統領を襲ったって、何でだよ」
その質問にも、あくまで軽く、
「別に、これだけ栄えてるんだから日本をもっと支援しろ、って脅しただけよ」
「だけ、って……」
「何か文句ある?」
恵一は瞬時には答えなかった。少しだけ、間を置いて言った。
「別に……その時、脅しが効いてれば……創は、死ぬことはなかった、って思っただけだ」
本気混じりの皮肉に、玲奈は何も答えなかった。
「…………」
「…………」
またも流れる沈黙。
先ほどとは、少年の様子が違った。明らかに不機嫌だった。
「……あんたねぇ、この前仕事の体験したんでしょ? まだ考え事してるの?」
「あんた達と仲良くしようなんて思ってない」
「だから、友達の事はもう仕方ないことなんだから、諦めなさい」
恵一は、黙った。
何かを口にすれば、頭に上った怒りを全て吐き出してしまう、と彼は思った。
考えてみれば、彼女の言うとおりではある。
しかし、それを、他でもない、創を殺した玲奈が口にすることが許せなかった。
何とか、溢れ出る感情を押さえ込むと、一言、玲奈に言った。
「……この話は、今後一切口にしないでくれ。俺も言わないから」
「あんたが言い出したんじゃない」
恵一は、何も言わなかった。
それを見て、もう何度目かもわからないため息をついて
「わかったわよ」
それだけ言って、運転に集中することにした。
しかし、思い立ったように、口を開く。
「そうだ。私のこと、苗字で呼ばないで」
突然の要求に、恵一は訝しげに玲奈を見た。
「どうしてだ? 別に、決まりってわけじゃないだろ」
そこまで親しくする必要はない、と付け加える。
「いいじゃない、別に。ただ、苗字で呼ばれるのは気に入ってないの」
「その要求は呑めない。これからも苗字で呼ぶ」
そう言って、恵一は何も言おうとはしなかった。
玲奈が続ける。
「あんた、健二は名前で呼んでたじゃない。他の奴と話してるのは知らないけど……まだ、友達殺したこと怒ってるの?」
「……許すことはないだろうな」
玲奈は少しほど、考える素振りをする。
そして、あ、と、閃いたように
「もしかして、照れてる?」
「黙れ」
即答、とはこのことだった。
だが、恵一は否定したものの、その表情には僅かに戸惑いや驚愕といった表情が浮かんでいた。
それを見逃さなかった玲奈は、ニヤニヤと笑っていた。
「さあ、どうするの?」
「な、何がだよ……」
「名前」
恵一は、低く呻いた。
そして、玲奈が一言。
「照・れ・屋・さ・ん」

豪華な装飾が施された、広い部屋。
今の日本に相応しくない、高価な貴金属や装飾品が、所々に付けられていた。
そして、中心の大きな机には、総理大臣と書かれたネームプレートと、数台のパソコンが置いてある。
そして、黒いスーツの男が、二人。
「総理、アメリカとの連絡が取れました」
総理大臣、金井と、その秘書、榊だった。
「そうか。それで、あっちは何と?」
「それが……」
榊は、苦い表情で少し黙ると、口を開いた。
「日本の組織の襲撃を受けたことがある、話をするのは良いが、それは、この問題をなんとかしてからだ、とのことです」
ダンッ
金井は、机を強く叩いた。その表情は、怒りと悔しさに満ち溢れていた。
「……っ、ここで、あの組織が絡むのか……!」
「どうしましょう。こちらがアメリカへ行くことを知れば、あの組織も、どのような行動に出るかわかりません。悪ければ、また同じ事を繰り返すかもしれません」
「あぁ、わかっている……」
金井は、頭を抱え込んだ。
呻く金井に、榊は落ち着いた声で言った。
「この際です。武力を用いてでも、排除したほうが良いのでは?」
それは、金井も考えていたことだったのか、驚きはしなかった。
しかし、頷くこともしなかった。表情は、依然苦しかった。
「これは、良い機会では? 組織を残しておけば、今後どうなるか、わかりません」
「武力を用いれば……国内紛争が起き、新たに問題が出る」
「全面戦争になれば、です。極力少数の武力で、組織の主力部分を崩せば、効果は十分でしょう」
金井は、しばらく呻いて
「……頼んだ」
そう、呟いた。

「お〜い、健二」
アパートの一室……複数合った部屋を隔てる壁を取り除き、一つの部屋にしたもの……。
たくさんあるパソコンの中の一つを見ていた青年が、健二を呼んだ。
「どうした、智?」
健二は、青年、智(サトシ)に、何事か問い返す。
「え……俺宛に? 玲奈か組織じゃなくて?」
「ああ、お前宛だ。珍しいな」
この事態は、智が言うように、珍しい事であった。
普段、表で行動するのは、玲奈であり、健二自体は公になるような行動はしない。そのため、何か連絡があるとすれば、玲奈か、組織全体に向けた連絡かに限られる。
「なんだろう……まあいいや、後で見るから、消さないで置いてくれ」
「了解」
「あ、そうだ。誰から?」
「記されて無いな……探ってみる」
健二は、小さく頷いて、部屋を出て行った。
それから数分して、智は、送り主の割り出しに成功した。
そして、驚愕した。
送り主は、総理大臣からだったのだ。
ただ事ではないと悟った智は、中身を見て、さらに焦った。
「な……!こ、こりゃぁ大変だ……!健二に知らせないと」
騒がしい智へ向けられる周りの目も気にせず、急いで懐からPHSを取り出し、健二の番号にかける。
同時進行で、メールの内容をコピーする。
男のPHSから発せられる音と同時に、着信音が、どこかから鳴った。
それは、別の携帯から。
健二が持ち忘れた携帯からだった。
「マ、マズい……」
智は、健二を探すべく、アパートを飛び出した。

キキィ……ガチャッ
ボロボロの車が止まる。
玲奈と恵一は、車を降りて、マンションの敷地に降り立った。
「……ここなのか? ……玲奈」
「ええ。情報によれば、ここは巣窟みたいなものらしいわ」
「全員殺すのか」
「殺したい?」
恵一は答えない。自分の意思とは関係なしに目的は遂行するのだから、問いに意味は無い。
犯罪者は殺すのだ。自分が今まで、生きるためにそうしてきたように。
「準備はいい? 人数が多いから、油断できないわ。常に回りに気を配って……って言わなくてもわかるわね」
恵一は無言で頷いた。
それからは一言も言葉を発さず、二人は、マンションの入り口へと歩を進めた。
そのとき。
ピリリリリ、と、甲高い電子音が響いた。
玲奈のPHSからだった。
「……何なのよ、ったく……はい、もしもし?」
『れ、玲奈! 詳しく話してる暇はないの……! アジトが攻撃を受けたわ! 急いで戻ってきて!』
電話をかけてきた人物は、相当焦っていることが、声色から伺えた。
恵一にも聞こえるほどに大きな声だった。
また、声のほかにも、騒音が聞こえていた。
「健二は? 健二は居ないの?」
『それが、別の仕事に出てて、居ないの。今、智が探しに行ってるけど、いつ来るかわからない! 急い……ブツッ』
「ちょ……もしもし!?」
玲奈が叫ぶ、が、聞こえるのは、電話が切れていることを示す電子音だけだった。
「一体何が……」
「おい、どうしたんだ?」
玲奈の様子がおかしいと判断した恵一は、玲奈に問う。
が、玲奈は珍しく落ち着きを無くし、発せられる言葉は焦りが見える。
「私にもよくはわからない……アジトが攻撃されてるってことしかね。すぐ戻るわよ」
「攻撃されてる……? どういう」
「話してる暇はないわ! 急いで!」
マンションの入り口へと向かいかけた足を、逆方向へと進める。
二人は車に乗り込むと、全速力でアジトへ向けて走っていった。
「(なんてこと……アジトが攻撃を受けた? 場所が漏れたってこと? となれば、攻撃してきたのは……政府、か)」
「おい、どうなってるんだよ」
状況を把握しきれない恵一は、玲奈に問いかける。
玲奈は、全力で自分を落ち着かせ、状況を説明する。
「アジトが襲撃を受けてるわ。今の状況から考えて、相手は多分、政府。大きな騒動にはあっちもできないはずだから、少数編成の部隊が襲ってるんだろうけど……」
「なら、大丈夫だろ? 健二だって居るし、他の奴らもそれなりに戦えるんだろ」
「いいえ。今回の場合、健二が居ない。そして、相手が軍隊。日本は、軍事力だけは、唯一他の国に引けをとらないほど金がかけられてて、強い。外国から強力な武器も輸入してるって話よ」
そんな相手に敵うのか、そう恵一は言おうとした。が、やめた。
答えはわかりきっている。
勝てない。
「俺たちが行って、なんとかなるのか?」
「さぁね……」
会話は、それで終わった。
二人とも、目の前の目的にだけ集中することにした。
行きと違い、帰りは、二人とも、流れる景色を眺めることはなかった。


#4

荒れ果てた日本と、栄え続ける外国とを結ぶ唯一の場所。
豪華に装飾された一室に、彼らは居た。
椅子に座る初老の男性、そして、黒いスーツ姿の細身の男性。彼らを遮るのは、コンピュータや飾りの置いてある大きな机のみ。
初老の男性は、どうやら気に病むべき事柄を抱えている様子で、その表情は暗かった。対して、黒スーツの男は、ただただ無表情、目の前の人物に気を向けているかすら怪しかった。
初老の男性が口を開く。
「榊、どうだった」
「……と、申しますと?」
「……わかっているだろう」
黒スーツの男、榊は、金井の苦しげな発言に、尚も表情を変えない。
淡々と、言葉を紡いだ。
「制圧は成功です。部隊からの報告では、主に指揮を執っている人物は居なく、終始相手は混乱していたようです。指揮官は現場に居なかった、と考えるのが妥当でしょう」
その言葉に、金井は一層表情を曇らせる。
「そう、か。ご苦労だったな」
「いえ。ですが、指揮官が現場に居なかったことを考慮すると、まだ残党が居ることが予想されます。アジト及び、その周辺を常時監視するようにしておきました」
金井は、黙って頷いた。
しばしの沈黙が部屋に流れる。
「アメリカの反応は?」
金井が口を開く。その質問に、榊は少しばかり口元をつり上がらせたように見えた。
「事情を報告したところ、会談を承諾する、とのことでした。渡米は船で行います」
「船? 空路は使えないのか? 千葉の国際空港はまだ生きているだろう」
現在、日本と外国を繋いでいるラインは、『東京国際空港』を利用した空路、『横浜港』を利用した海路のみである。
この二箇所は、日本が栄えていたころから外国との交流を支えていた港で、その名残で未だ外国との連絡を取り合える場所なのだ。
「海外から軍備を輸入する貨物船が横浜港に到着します。我々は、その船が帰路に着くのを利用し、アメリカへ行きます」
「密入国をしろというのか?」
「いいえ、向こうの大統領の許可を得ています。公式に飛行機や船を手配するとなれば、多くの手続きが必要になり、それによって生まれたデータがどこから情報が漏洩するかもわかりません。安全保持のためです」
金井は短く、わかった、と言い、その後は一言も喋らなかった。
その様子を見て榊は、
「出航は明日です。朝6時に米船に乗り込んで出発しますので、遅れないようにお願いします」
用は済んだというような雰囲気で豪華な部屋を去った。
広い部屋に独りになった金井は、ただ俯いていた。

愕然としていた。
壁はところどころ砕け、室内が見えてしまうほどになっているアパート。
砕け、焼け焦げたアスファルト。
鼻を突く硝煙の臭い。
倒れ付す人。
そんな、静かな地獄絵の中に、二人だけが立っていた。

「これで最後だな」
静かな住宅街の隅に、二人の男が居た。
一人は、明らかに怯えていた。恐怖の所為か立つこともせず、引きつった顔を目前の男に向けていた。
一方の男は、冷静な表情で、黒い銃を腰の抜けた男に向けていた。
銃を向けているのは健二だった。任務の途中らしい。
「じゃあな、恨むなら自分の境遇と……犯罪を犯した自分を恨めよ」
「ヒ、ヒィィ……!」
健二は、引き金に指をかけた……そこで、
「け、健二! やっと見つけた!」
健二と男が声のした方向に視線を送った。そこに居たのは、鬼気迫るといった表情の智だった。
「智? どうした、そんなに慌てて」
「せ、政府から、アジトの襲撃宣言が届いたんだよ! は、早くアジトに戻ってくれ!」
「な……!?」
智の言葉に、健二も驚いた表情を浮かべる。
「もう攻撃されてるかもしれない! 車に!」
健二と智が走り出す。
それを好機と見た男が、一目散に走り出した。が、それに気づいた健二は、すぐさま男の背中に標準を向け、3発の銃弾を送った。
3発とも命中し、以後ピクリとも動かなかったが、それを確認することもなく健二は走り去っていた。

どれほど立ち尽くしていたのか、わからなかった。
目の前の光景は、それほどまに壮絶だった。
「おい……これが、この国のトップがやったことなのか?」
立ち尽くしていたのは、二人。少年と女性。
「推測でしかないけど……それしか考えられないわ」
破壊されたこの場所は二人にとって……少なくとも女性にとっては……自分の居場所とも言えた。
「目的はわからないわ。まあ、今まで放って置かれた事が不思議なんだけどね」
少年は、怒りというよりは、事実に対する驚愕の色が大半を占めていたが、女性のほうは明らかな怒りを浮かべていた。
「…………」
「…………」
互いに、喋らなかった。
彼ら――玲奈と恵一――は、砂塵を含んだ微風に身をさらしていた。
ガラッ、と、自然にとは言えない崩れ方で、瓦礫が崩れるまでは。
「!? 誰か居るの!?」
先ほどの静けさが嘘のように、玲奈は音のした方向へ飛んでいった。
続いて、恵一も後を追う。
恵一が着いた頃には、玲奈が瓦礫を退かし終え、所々負傷した女性が姿を現していた。
明らかに致命傷だった。二人の足元には大量の血液が溜りを作っていたし、腕などは折れた骨が肉を突き破っていた。
見える損傷だけでも、このままでは間も無く息絶えてしまうであろう事は、誰の目にも明らかだった。
「れ…れい、な……」
それでも女性は力を振り絞って声を出した。
「政府、の……ハァ、ハァ……仕業よ……」
そう言って、女性は目を閉じる。閉じた直後、守りきれなくてごめん、と弱い声で呟いて、呼吸を止めた。
玲奈は何も言わなかった。意識を戻させよと揺さぶったり、声をかけようともしなかった。何故なら、それが無駄だとわかっていたから。やればやるだけ、自分が惨めになるだけとわかっていたから。
辺りに、更なる静寂が訪れた。
ずっと動かない玲奈に、恵一が声をかけた。
「どうするんだよ、これから」
玲奈はしばらく答えず、そして
「別に、目的は変わらないわ。日本を変える為に、働くだけ」
スッ、と立ち上がる。
「政府が動きだしたわ。これが最後のチャンスかもしれない」
「俺たちに、何かできることあるのかよ?」
恵一の疑問は、尤もなものだった。
人員も拠点もなくなった今、できることなど思いつかなかった。
だが、玲奈は言った。
「そんなの、探せばいくらでもあるわよ」
惨事の後にも関わらず、彼女は笑っていた。何かを喜ぶように。
「なんか、嬉しそうだな、あんた」
その言葉にも、やはり笑って。
「だって、貴方、私たちのこと毛嫌いしてたじゃない。でも、今の貴方は積極的に私達に関わろうとしてる」
恵一は、目を背けた。少しだけ顔が赤くなっていた。
「俺があんたらを嫌いだったのは、創を殺したからだ。でも、今は、あんたも同じ……それ以上の状況だろ。もちろん、俺はあんたのことを許さないけど、同じ苦しみを味わった奴に冷たくはしない」
恵一の言葉に、玲奈はやはり笑っていた。
「もちろん、私だって、仲間たちをこんなにされたことは絶対に許さないわ。だから、もう立ち止まってなんてられないわ」
キキッ
車のブレーキ音が聞こえた。玲奈と恵一は同時にそちらへ顔を向けた。
ボロボロの車から降りてきたのは、健二、智、そして黒スーツの男だった。
「健二!」
玲奈が叫んだ。
「……ひどいな、これは」
状況を見て、健二は一言言った。智に至っては、声すら出ない様子だった。
「健二、これは……」
「状況は全部わかってる」
と、玲奈の言葉を遮って健二が言った。同時に、黒スーツの男――それは、榊だった――に顔を向けた。
「ここに来る途中、偶然見かけてな。どこかで見たことあると思ったら、首相の秘書だった」
健二は、榊の襟首をつかんで強引に引き寄せた。榊は明らかに怯えていた。
「全部話してくれたぜ。明日、アメリカへ行くための船があることも、な」
「アメリカへ行くための……」
玲奈が考える仕草をする。
健二の変わりに、智が続けた。
「その船に、金井首相も乗っていくらしいよ。アメリカの大統領と会談をするって」
「へぇ。じゃあ、その船に乗れば、俺たちもアメリカに行けるってことね。これってチャンスじゃない?」
玲奈の発言に、榊を除いた全員が苦笑した。
「そういうことだ。なあ、榊さん。俺たちも乗っても良いよな?」
榊は、
「だ、駄目に決まっているだろう! そんなことがバレれば、会談は帳消しになってしまう! それどころか、裏切りとなって日本を攻撃されるかもしれないんだぞ!」
精一杯、恐怖を押し殺して叫んだ。
「バレなきゃいいんだろ。大体、会談なんてしたってどうにかなるのか?」
恵一が言った。続けて、玲奈が
「話し合いでどうにかなるんだったら、こんな状況にはなってないわよ。どう思う、健二」
話を振られ、健二は悠々と言った。
「大方、日本を自分たちの支配化におきたいんだろ。軍事力なら弱くはないからな。多分、今回のこれも、それが目的だろ。このまま行けば、うまく言いくるめられて日本は潰れる」
「そうならないための会談だ……」
榊が苦しげに言った。それに健二は、笑いながら、
「自分の国に脅威となるような国を、わざわざ回復させるバカがどこに居るんだよ」
そう言われた榊は、何も言い返すことができなかった。
そして、
「あんた、このこと知ってたわね?」
玲奈の一言に、榊は黙って頷いた。
「そういうこと、だな……。会談は、日本をアメリカの手中に収めるための罠、ってことか。なら、先ずはやることは一つだな」
「アメリカに行って止めるのか?」
恵一が問う。
「そういうことになるわね。ついでに、日本復興にも協力してもらいましょうか。あんたにも働いてもらうわよ」
そういって、玲奈は榊に笑顔を向けた。榊は黙ったままだった。
「よしっ!」
健二が叫んだ。
「俺たちの目標は、アメリカの目論見を阻止することだ。もしかしたら、アメリカの領地になった方が今よりもずっと日本はよくなるかもしれない。でも、それは日本じゃない。駄目で元々だ、俺たちは、俺たちが良いと思うことをやるんだ!」

恵一達は動き出す。それが、どんな結果になるのかは誰もわからない――。

2008/02/13(Wed)22:00:53 公開 /
■この作品の著作権は壽さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
私としては、恵一たちをアメリカへと送るのは最初から立てていた予定でした。
しかし、そこまで持っていくのがとても難しかったのです。今後の展開を考えると、どうしても変になったり、矛盾してしまったり……。これでも試行錯誤したのですが、いい感じになっているのかは正直わかりません。
アドバイスなど、お待ちしてます。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。