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『あなたに捧ぐラブソング 1』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:紅い蝶
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「ごめんね。優斗」
夕暮れの砂浜でその人は言った。長い黒髪を風になびかせながら静かに一言、はっきりと。
本当ならオレンジ色に染まっているはずの風景がモノクロに見える。俺の瞳がまるで色を認識しなくなったかのように、モノクロだ。更には耳までおかしくなったらしい。打ち寄せる波の音も、カモメたちの鳴き声も、何も聞こえない。だけど、ひとつだけはっきり聞こえた音がある。その人のごめんねって言葉だけは、はっきりと聞こえた。
1st song 始まりは悪夢から
「……っ!!」
飛び起きて目を開ければ、そこはオレンジ色の世界でもモノクロの世界でもなくて、ただの暗闇。その暗闇にうっすらと見える風景は紛れもなく自分の部屋で、砂浜なんかじゃない。そこで俺はやっと気付いた。
「……夢か」
それにしちゃあリアルな夢だった。いや、当たり前か。過去に実際あったことなわけだし。数えてみれば、今から約一年前。やっと最近忘れることができたのに、見事に思い出させてくれた悪夢。勘弁していただきたい。実に生々しく当時の様子が再現されていたものだから気分が悪い。誰か俺に嫌がらせでもしたいのか。人の夢を操れるエスパーでもいて、俺にイタズラでもしやがったのか。
「本当に、悪い夢だ……」
そう呟いて、俺は温もりを提供してくれる愛しい布団にまた身を包んだ。
もう一度目を覚ませばそこには光が溢れていて、見慣れた自分の部屋と眩しい朝日が俺におはようと言っていた。2LDKのマンションの一室。六畳半の決して広くはないこの部屋に自分にとって好きなものだけを集めた結果、居住スペースが著しく狭くなってしまったのがここ、俺の城。この城の王様は駄目な王様だ。裸の王様も服を着て逃げ出すだろう。なんせ本当に、自分にとって好きなものしか置いてないのだから。王様なら本来政治を行うための知識を得るものだとか、そういったものが少なからず必要だ。だが俺の城にはそんなものはない。あるのはテレビとゲームと漫画と雑誌とギターとその他もろもろの遊び道具。
つまり、俺の部屋には学生の本分ともいえる勉強のための道具なんてものは、あるはずもないのだ。だって俺は駄目な王様なんだから。
部屋を出てリビングに行くと、いつものように親父がエプロン姿でキッチンに立っていた。肥満には分類されないデカイ体。かといってマッチョだったりするわけでもない。最近流行りのメタなんとかっていうやつがついてるわけでもなく、ただ単に体がでかいだけ。短くサッパリした髪型が妙に合ってる。まるでクッキン○パパだ。実際、家から少し離れたところで喫茶店を営んでいるからクッキングはしているわけだが。
「おはよう優斗」
そんなデカイ体に似合わず丸っこい性格で、おはようの言葉も無駄なくらいに穏やか。人を疑うことをあまりしない性格で、キレたことなんてほとんど見たことがない。そりゃあ人として間違ったことをしたりするとめちゃめちゃキレるんだが、俺自身がそんなに悪い子じゃないからか、怒られることはあってもキレられることは今まででも数えるくらいしかない。俺は駄目な王様兼良い子のようだ。
そんな親父も実はバツイチ。母さんとは別れて十六年。俺が生まれて少し経った頃に離婚したらしく、俺は母さんの顔は写真でしか知らない。どうやら俺には姉もいるらしく、小さくて愛らしい女の子の写真も見たことがあった。なんで別れたのかとかは全く知らないけれど。
「おはよう親父」
そう言って食卓に座り、すでに用意されていたホットコーヒーを一口飲む。相変わらず親父の入れるコーヒーはうまい。その上俺の趣向をしっかりと理解しているから尚更だ。砂糖は少し多め。だけどミルクは入れない俺の主義。甘ったるすぎるのは嫌いだし、だからといってブラックを飲めるほど俺の舌は大人じゃない。コーヒーの味をしっかりと味わいつつも、少し甘い方が飲みやすくていいのだ。
そんな風にコーヒーを飲みながら朝刊に目を通す。別に進学を考えているわけじゃないが、新聞は毎日読む。といっても、政治だとか経済だとかに興味はない。スポーツとか芸能だとかの情報だけが俺の興味対象。
そうこうしているうちに食卓には朝食が並んでいく。スクランブルエッグとサラダ、そしてトーストが乗った皿からうまそうな匂いがして食欲をそそる。朝刊を脇に置いて朝食に手を伸ばし、トーストにジャムとマーガリンを塗って口に運ぶと甘い味が広がる。
「なぁ優斗」
パンをかじった時に親父が口を開いた。いつも通りの穏やかなんだけれども、芯が通った口調で俺を呼ぶ。
「何?」
俺がそう返答すると、親父は朝食に手をつけずに腕を組んだままの姿勢で続けた。いつになく真剣な感じだけど、まぁどうせ進学はしないのか? とかそういう話だろう。今はまだやりたいことが見つかってないし、そんな状態で大学行くのなんて馬鹿馬鹿しい。とりあえず大学出とくとか、やりたいことを探しに大学行くとか、断固願い下げだ。そんな理由で年間で百万単位の金を費やすなんて馬鹿げてる。でも親としては大学行ってほしいんだろうけど。
「あのな優斗。父さんさぁ……再婚しようと思うんだ」
「はい?」
よく晴れた春の午後。新年度の始業式も終わり、今日から俺は高校二年になった。とはいっても特別何かが変わるわけもなく、クラスのメンバーが少し変わる以外は新年度も前年度も大差ない。各クラスのホームルーム委員だとか各委員会役員だとかを選出した後は午後から入学式。三年生は自由参加で二年生は強制参加。なんでも、二年と一年は何らかの形で関わることが多そうなので顔を知っておく、というのが強制参加の理由らしいが、正直めんどくさい。どうせ参加したって一年全員の顔なんて覚えてられるわけがない。だから今俺は屋上でこうして煙草をふかしているわけで。
俺が通うこの高校は、県立城崎高校。東京から比較的近い観光地にある。海と温泉が有名なここ城崎市は、田舎といえば田舎だ。電車は一時間に一本か二本しかないし、道を歩くのは大体が年寄りだ。海のシーズンにならないと若者で溢れかえったりしない、典型的な観光地的田舎。海以外に温泉もあるにはあるが、その温泉目当てで来る観光客だって熟年の夫婦とかそんなんばっかだ。
まぁそんな田舎ではあるが、俺自身は結構好きだったりする。大型デパートだってあるし、娯楽施設も少しくらいはある。都内に出ようと思えば二時間程度で行けてしまうし、意外に不便ではないのだ。
「またここで煙草吸ってんのか。この不良少年」
振り返った先に立っているのはこの高校の三年生。品行方正で容姿端麗。成績優秀なパーフェクト超人、北峰奈々子。
海も温泉もデパートも娯楽施設も、本当はどうだっていい。俺は、この人がいるからこの街が好きなのかもしれない。
「あんた、いつか桜木にバレても知らないよ」
桜木というのは生徒指導の教師だ。口うるさいことで有名。要するにうざったい教師。校内で煙草吸ってるなんて知られたら、確実に停学だろう。
「あんただって、普段清楚なイメージで通ってるくせに、実はそんな言葉遣いしてますなんてバレても知らないよ」
「あんた、あたしにそんな態度とっていいのかねぇ。煙草バラすぞ不良少年。ついでにそこに置いてある、音楽室からパクってきたギターのことも」
奈々子がこんな言葉遣いする相手は校内、いや恐らく世界中で俺にだけ。まぁそうなったのにはちょっとした理由があるわけだが。
「これは借りてきただけ。あとで帰るときにちゃんと返すって」
あっそと言いながら、長い黒髪を風になびかせて屋上からの景色を堪能する会長様。芸能人も顔負けの整った顔。165センチという、女の子にしてはなかなかの長身に細身の体。おまけに巨乳。さらには成績優秀。誰だって憧れるわな。
「で、何があったの? 不良少年君」
たまにこの人は人の心を読んでるんじゃないかと思う。俺に何かあったことを的確に言い当てやがったからだ。それとも、俺がわかりやすい人間なんだろうか。
「あんたがこうして屋上の景色を眺めながら煙草吸うなんて、何かあった時だけだもの」
俺のことを何でもわかってるような口ぶりで、いつの間にか目の前まで近寄ってきて俺の顔をじっと覗き込む。
「そんな近寄るなよ。キスすんぞ」
「できるもんならやってみなさい」
できません。そりゃできるもんならしたいけど、できるわけがない。それはなぜか。答えは簡単。俺がヘタレなだけだから。
「なんだ、しないんじゃないの。ヘタレ」
「俺をヘタレにしたのはどこの誰だよ」
そう言って、ハッとした。これはちょっと禁句だったかもしれん。俺たちの、忘れようとして必死になった過去をほじくり返すような形に……。
次の瞬間、俺のみぞおちに奈々子の正拳が見事に入った。
「で、何があったのって聞いてるんだけど」
みぞおちを殴られてしばし呼吸困難に陥った俺をよそに、奈々子がまた聞いてきた。ちょっと待て。今俺は苦しい。それをわかってるかのように、奈々子も俺が口を開くのを待ってくれてる。そういった優しい一面もあるのがこの人のいいところでもあるわけだが。
「……なんもねぇよ」
やっとのことで呼吸困難から脱出した俺は、そう答えた。いや、実際は何かあったんだけどね。言えるわけないじゃんか。父親が再婚しようとしてるなんてさ。だってそれはこっちの家庭事情であり、奈々子にとっては全く関係のないこと。巻き込んだところで何か変わるわけでもないし、巻き込みたいわけでもない。
「言いなさい。言わないと……」
そう言いながらニヤニヤして、俺の横に置いてある吸殻入りの缶コーヒーをチラチラ見る。悪魔だ。鬼だ。言わざるを得ないじゃないか。まぁ、こうなることも大体わかっていたけれど。
「……わかったよ。言えばいいんだろ言えば」
俺がそう答えると、イタズラっ気満載の笑みでニコっと笑い、よろしいと彼女は言った。
「再婚なんてしなくていいよ。俺の母ちゃんは、母ちゃんだけだ。喋った記憶すらねーけどさ」
ああ気分が悪い。もう朝食を食べる気も失せた。再婚だ? ふざけんな。俺にどこの誰だかわからない人とひとつ屋根の下で暮らせっつーのか? 腹痛めて俺を産んでくれたわけでもない人に向かって、おかーさんなんて言わなきゃいけないのか? 冗談じゃない。やめてくれ。義母というシチュエーションも悪くはないが、それは俺と義母の歳が近い場合にのみ成立する。それに結婚するってことは、親父とすでに男女の仲なんだろ。嫌だ嫌だ。親父とは親子でありたい。兄弟にはなりたくない。
「話を聞いてくれ、優斗」
懇願するように親父が言い返してきたが、俺はもう聞く気ゼロ。大学に行ってくれって言われた方がまだマシだった。そもそも、朝っぱらからそんなへヴィな話題を振ってくるんじゃないよ馬鹿親父。
「とにかく反対反対大反対。俺は母ちゃんは一人でいいよ。他の人より親が多くてラッキー、なんて考え方はできないからな」
そう言って、俺は朝食を全て食べきることもせず逃げるように家を出た。
「ってことだよ」
結局、洗いざらい全て白状させられてしまった。でも、奈々子にとっては正直どうでもいい話題だ。そんなに難しく考えずに、自分なりの意見ってものを俺に押し付けて終わりだろう。
「……そう」
そう思っていたら、意外に深く考え込んでる。いつになく真面目な、というよりも落ち込んだような顔で。
「あんたは、反対なんだよね?」
「当たり前だろ。俺の母ちゃんは一人でいい。二人もいらないし、いても母ちゃんとは認識しない」
「言うと思った」
口元を軽く微笑ませて奈々子がそう言った。けど、目が微笑んでない。つまり、笑ってない。何をこの人は考え込んでるんだ。どうでもいいだろ、こんなこと。あんたにとってはさ。おいおいまさか、やめてくれよ。あんたが義母候補の人間で、俺に反対されてどうしようか迷ってるとか……はまずないだろう。というか有り得ない。
「ま、いいや。帰ろっか」
突然何を言うかと思ったら、こんなことを言い出した。まぁ自分には関係ないんだし、考えてもしょうがないってことに気が付いたのだろう。
「いや、待て。ギター弾きたい。帰ってからでも弾けるけど、ここで弾くのと家で弾くのとは趣が違うんだ」
そう言ってギターを手に取ると、奈々子が隣に座った。そして、俺の肩に頭を預けてくる。全校生徒の憧れの的、北峰奈々子が俺の肩に。
「俺さ、夢見たんだ。すっげぇ悪夢を」
ギターを弾きながら奈々子に話しかけると、俺の肩に頭を預けたままその内容を聞いてきた。
「一年前のこと。あの砂浜のこと」
二人の間の禁句。一年前のことは絶対に触れちゃいけないこと。だけど、俺の気持ちも言葉も止まらない。なぜだろう。多分、あんな悪夢を見たからだ。やっと忘れることができてきた気持ちが再燃してしまったからだ。
「俺、まだ奈々子のこと……」
そこまで言うと、奈々子は俺の肩に頭を預けるのをやめて立ち上がった。あぁ、NGだったか。やっぱり言っちゃいけないのか。俺の気持ちを表す2文字の言葉は、あの一年前以降奈々子に言ってはいけない言葉なわけで、それは今になっても変わらないってことなのか。
「言ったでしょ。あたしとあんたは、結ばれちゃいけないんだって」
そう言って、奈々子はバイバイと手を振って、屋上からいなくなった。
結ばれちゃいけないってなんだ。お互い好きならいいんじゃないのか。あの時、あんたも俺のこと好きだって言ってくれたじゃないか。なのに、結ばれちゃいけないってなんなんだよ。思わせぶりな態度しておいて、今だって俺の肩に頭預けたりしといて……。
「……はぁ」
深い溜め息が春の青空に溶けてった。
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2007/10/03(Wed)11:27:25 公開 / 紅い蝶
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■作者からのメッセージ
お久しぶりです。紅い蝶です。前作の終了からかなり間が空いてしまいました。何ヶ月ぶりの新作でしょうか。といってもネタを練っていたわけでもなく、ただ単にPCの不調と引越しが原因なわけで(汗)
前作に引き続き、苦手な恋愛モノにまた手を出してみました。さらに、やったことのない一人称視点。たぶんボロボロです。
ここをこうしたほうがいいよ、などなど、アドバイスいただけたらと思います。
よろしくお願いします
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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