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『最後のヒトゴロシ。』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:柊
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あらすじ・作品紹介
戦乱の世、唯一信頼できる人間だった祖母を殺された厚保《あつ》は、戦前祖母とした“殺しはしない”という約束への決意が揺るいでしまう。戦場で逃げることしか出来ずにいる厚保に、ある一人の青年が声をかける。本当に大切なものは何なのか、厚保はそこで改めて考え直す。
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装填を終えた銃をいつでも使用できるように、グリップの先から伸びる紐に
結ばれた銀色のリングを、左手の薬指にはめた。少しゆるい。
――これはね、栄作がいつもしてた結婚指輪なの。
祖母・千草《ちぐさ》がよく、嬉しそうにそう話していた。
厚保《あつ》の父・栄作《えいさく》は、息子の顔を見る前に逝った。
不運の事故だった。
母・由美子《ゆみこ》は栄作が死ぬとすぐに、他の男と一緒に家を出たので、
千草とはもう長く会っていないが、千草が由美子を恨んでいる様子はなかった。
――いい? これからは、これを使うときは、あなたが本当に大事なものを
護るときだけよ? 約束してね。
千草はそうも言っていた。
そのせいもあって、黒光りする銃の重さをまざまざとポケットに感じる。
彼は今、銃撃戦時には必ず着ている黒のマントにすっぽりと体を包み、
じっとひざを抱えて息を潜めていた。
「…………」
マントは、厚保が持ってきたのではない。時限装置が起こす爆発の中
を、千草が身を挺して彼の元へ届けたのである。爆風に片腕をもがれ、その
拍子に転んで片足をくじき、それでも息子のためにせめてマントを、と。
――そげンこと、わざわざしてくれへんでもえかったンになァ……。
千草は今、厚保の隣で小さく横たわっている。
ついさっき、静かに息を引き取ったのだ。
厚保の泣き腫らしたうつろな目が、まだうっすら赤い。
教員に唱えてもらった術式で、無残な血の跡を消した千草の遺体。本当に
眠っているような、安らかな顔をしている。
――どないしたら、そないまで俺のこと心配できるンやろかねェ……。
思うと、嫌でも泣けてきてしまう。目じりがまた濡れて、厚保は唇をぐっと
噛み締めた。――ばっちゃ。
実の母親は、厚保を生んでまもなくの頃、賭博で全ての財産を使い切った。
そして、見知らぬ男と二人で、厚保が八つの誕生日に家を出て行った。
「…………」
理解できない悲しみと、受け入れがたい事実の大きさの中に、厚保はたった
一人で取り残されたと思った。いっそ、一思いに死にたくもなった。
――殺してきたら十万やるよ。
十歳のある日、くだらないゲームに手を出して、金稼ぎをした。運動神経と
動体視力がずば抜けている厚保に、銃殺は容易かった。
一度彼が銃を持てば、“リトル・キラー”と変な愛称で恐れられたりもした。
それほど彼は、よく使える純粋な銃使いだったのである。
そんな厚保の元に一人の老婆がやってきたのは、十三歳の冬だった。
三食しっかりと用意し、学校にも通わせてあげるから、自分と一緒に住もうと
言われた。亡き父の母親、つまりその老婆と厚保とは、立派に血縁関係が
あった。――それが、ばっちゃ。
散々殺しに使われた厚保は、云百万という大金を持ってゲームを止めた。
殺しは止めてね。
ばっちゃがそう言ったから。
最初の頃こそ、慣れない優しさに戸惑いを隠せないでいた厚保だったが、
数日もすればその中に幸せを感じられるようになり、彼はいつの間にか、
しわだらけの小さな祖母が大好きになっていた。
「…………」
あるとき、祖母がひじにあざを作って帰ってきた。人参とじゃがいもが入った袋
を大事そうに抱えながら雪道を歩いてくる祖母に訳を尋ねると、若い男にうっかり
ぶつかって倒されたのだと答えた。こんなのへっちゃら、とも言った。
――俺がこの人を護らないと。
厚保はそれから、学校入学まで猛勉強をした。成績優秀なら、祖母も喜んで
くれると思ったのだ。銃の使い方も、独学ではあったが更に上手くなった。
どうしてそれほどまでしたのか、自分でもよく分からない。
ただ、祖母の喜ぶ顔が見たかったのかもしれない。
入学直後のテストでトップを取って帰ってきたら、祖母はとても褒めてくれた。
お祝いにと、とびきり大きなケーキまで焼いてくれた。
――大好き、ばっちゃ。
そう言ったら、突然抱きつかれて驚いた。
でも、嬉しかった。間違いなく嬉しかったのだ。
「…………」
厚保の目に、ある決意がみなぎった。
“狼”を殺す。そうしたら今度こそ、この手で人を殺めるのは最後にしよう、と。
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2007/09/12(Wed)22:46:12 公開 / 柊
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■作者からのメッセージ
大切なものを失った主人公の気持ちを上手く表せるように頑張りました。
プロローグがだいぶ長くなりましたが、本編もおそらくだいぶ長いです。
読んでいる人が飽きないように、工夫しました。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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