『南風がそこに吹く未来の証明。』 ... ジャンル:リアル・現代 SF
作者:サークル                

     あらすじ・作品紹介
日常と非日常の世界の邂逅。日常が非日常の表であり裏である、というパラレルワールド説を信じるならば。非日常ってのは、案外近くにあるんじゃないか?未来は過去を証明するためのみに存在する。過去は未来を体現するためのみに存在する。非日常の流れの中に、例外なくオレは巻き込まれていたという事実は幸とすべきなのか不幸とすべきなのか。そこに南風が吹くならば、オレに幸せを運んでくれよ。南風がそこに吹く未来の証明。堂々スタート!

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 オレ、9歳。その夏におふくろも死んだ。兄弟すらいなかったオレに残ったのは一人暮らしには広すぎる分譲マンションだった。

 それから時間は絶えることなく流れ続け、オレは15歳になった。入試で落ちるとは一欠けらも思っちゃ居なかったが、高校に受かったときはいつになくはしゃいだね。
 入学式前日、家で一人の時も何もどこか落ち着かなくて、無為だと分かっていても部屋の掃除をしまくったり、手馴れない豪華な料理を作ってみたり。現在進行形でまさしく有頂天なオレは今度は押し入れからアイロンとアイロン台を取り出してきた。アイロンがけなんていつもはクリーニング屋にお任せなんだが「ちょっと記念に」なんつー無為行動シリーズの一環としてね。これだけはやっておきたかったんだよ。
 慣れない手つきで何とかアイロンを掛け終えると、オレは明日の入学式をちょい前倒しして人生で初めて巻きネクタイをした。鏡で自分の制服姿を確認すると、明らかにオレの頬は緩んでいる。


 偉大なる先人方は言った。
「慣れないことはするものではない」と。慣れないことをするってのは、何かしらのリスクや代償が伴ったりするもんだから。
 あのときの有頂天なオレを誰が責められる?

 この行為が稀代の変人、南沢幹帆に出会う間接的な原因になるなんてことは、今の時点で予想できるわけがなかった。無論、ほんの一分の人間を除いてな。

     ☆     

「さて、君たちは今日の入学式を持って、我が東千高校に入学したわけだ。改めておめでとう」
 先生がいかにもな常套句を三十分話し終えて、初めてのホームルームは終了した。
 学校生活を健やかに過ごすにあたり、必要なことは時間の余裕だと思う。時間に縛られちまうと、勉強がおろそかになるわけだし。もしかしたら彼女も作れなくなるかもしれない。初恋が小学生で初キッスが小学生で青春時代を終えるほど、オレものろまじゃねぇよ。
「二時間目のホームルームでは学級委員や、班分けをしてもらおうと思う」
 というわけで、学級委員に立候補する理由なんて何も無かった。
「さて。この中に学級委員をやりたい者」
 担任の笠原は低い声にひねりを加えて、あたりをなめるように見回していた。誰も手を上げるものは居ない。動きようのない沈黙がそこに現れた。
「こら、お前ら。こっちには内申書があるんだ。学級委員経験があるものが多数いるだろう? 挙手!」
 はぁ。しかしなぜ笠原は、その視線をなぜオレへ向ける? オレはかつて学級委員だったわけでもないし、学級委員の重責を背負えるだけの……すなわち、雑用をこなす意欲もない。
「どうだ? やる気はないか、南沢?」
 笠原に指名された時の人物を探して、オレは出来るだけ小さい動きで回りを見渡した。見つけるのにはそれほど時間はかからなかった。全身からオーラ丸出しといえば、そうだし、最初から目立たない女じゃなかったからだ。しかも、席はオレの隣ときてる。
「はい。やらせていただきます」
 その声は右隣の席から、放物線を描きつつ、やがてクラス中に広がった。上フレームだけ黒ぶちを持つ楕円メガネは小さい顔にちょこんと付いていて、かまぼこ型の目は笑ったら結構かわいいんだろうなってことを容易に想像させる。委員長っぽく、姿勢がいいのもポイントかもしれない。と、こんなこと考えてるオレだが、断じてオレは女ったらしじゃないから、勘違いしないで欲しい。オレの初恋は小学生だが、彼女が居たのも小学生のときだけなんだぜ?
「ほお、積極的でよろしい。でもまぁ一人だけじゃかわいそうだから」
 オレが少しコイツのことを見ていたからなのか。視線が会った。かなり気まずい状況で、事実オレの顔もこわばりかけたのだが、南沢幹帆のほうはというと、なんと微笑みかけてきた。
 その笑顔は想像したとおり、なかなかの高級品だ。
 とここで。ふーん、ちょっとは性格いいのかもな――。なんて、一瞬でも思ってしまったオレはマジでアホだと後になって思う。
「そうだな。もう一人の学級委員は…隣の。お前やってみろ」
 一瞬状況を理解しかねた。正真正銘、今度の視線はこの南沢さんとやらを見てるわけじゃない。明らかにオレに向いている。いや、クラスの視線すら、オレに集まっている気がする。
「ちょっと待ってください。なんで、オレがそんなことしなきゃいけないんですか?」
「成績もよろしいようだし。オレの長年の経験で言わせてもらえるなら、もう一人は誰も出てこなくてそのうち、己は立候補する気はないがこのまま時間を無為に過ごすのを嫌う誰かが『ジャンケン』だの『アミダくじ』だのを、提案することになるんだよ。分かるか? そんなランダムなものに頼るくらいなら、オレのインスピレーションの方がよっぽど役に立つ。そう思わないか?」
 思わない、と思ってるのはオレだけのようだった。
 確かにオレが仮に傍観する即席クラスメートの立場だったとして、めんどくさいことは押し付けられるうちに押し付ける。ジャンケンであれば、それがいくら40分の1くらいの可能性だとして、ありえるわけで。もしここで先生のインスピレーションに任せれば、100%その可能性がなくなる。まぁ立派なこった。だが、それがなぜオレなのだ。
「異論あるものはいるか?」
 沈黙する教室の中で、自分だけ『異議あり!』なんて叫ぶ勇気も気力もなく。むしろ、これくらいかわいい女子と一緒ならいいか、なんて一瞬頭に浮かんじまったわけ。ホント己が情けなくてたまらねぇぜ。
 結局、三秒間の沈黙が「Yes」代わりになった。

 オレは部活やるくらいなら勉強したいし。何より金がかかっちまう。でもまぁ、学級委員くらいなら部活ほど時間にとらわれることも無いだろうし、金もかからない。だったら少しくらいいいかなって気分になっていた。どうせ、二学期になれば交代するんだろうし。
 放課後――といっても、三時限目が終わってからすぐに南沢という女子とオレをセットで廊下に連れ出した。先生はオレたちに早速雑用を任せるつもりらしい。課せられた任務は印刷室からプリントを毎日取ってくることと、日誌を毎日書くこと。小学校から何も代わり映えしないな。
「そういえば」
 オレが印刷室の位置を確認し終えたところで、笠原は言った。
「お前ら、そろって頭良いんだな。入学試験の点数だとトップ10入りしてるぞ?」
「…そうなんですかー」
 しかし南沢ってのは、やけに丁寧だな。敬語の使い方も慣れてるっぽいし。そもそもこんなヤツらに敬語使う意味があんのかとすら、考えているオレとはまさに雲泥の差だね。
 逆にこういう人間ほど裏が怖かったりするんだけどな。
 そんな、オレの勘は半分当たっていた。外れてしまった残り半分は、決して彼女は『裏』だけが怖い女子じゃなかったってことだ。
「で、先生。一つだけお伺いしてよろしいでしょうか」
「点数のことか?」
 まぁ、先生もかわいい子に質問してもらうのは大歓迎なんだろうな。先生っつったって、男なわけで。オレだってこれくらいの女子に話しかけてもらったら嬉しいだろう、なんて無駄なこと考えていたから、
「いえ。あたしと彼。どっちが点数が上なのでしょうか」
 いきなり強い口調に、先生も、当然オレも驚いた。瓢箪から駒…いや、瓢箪から虎が出てきたくらいのビックサプライズだ。
「別に南沢が聞きたいならお前の順位は教えてやっても良いが。山崎の順位は教えられない決まりでな」
 山崎っつーのはオレの名前な。笠原はさすが、驚いた顔をすぐに隠して、笑顔を作った。木と同じように、歳を重ねていくごとに髪には変化が訪れる。木の場合は年輪を積み重ね、髪の場合は前髪の生え際がどんどん後退していく。少し違うのは年輪は歳月を重ねれば増えていくが、髪の毛の総量は歳月を重ねていけばいくほど、減っていくということだけだ。なんてのは、どうしようもなくどうでもいい、単なる冗談だが。
「ふーん、山崎くん、ね」
 先生に向いていた視線がオレに向いた。かまぼこ型の目が真剣にオレを見つめている。
「あ、ああ」
 いきなり馴れ馴れしくなった。さっきまでの丁寧な丸腰はどこへ言ったんだか。いや、もしかしてコイツは先生以外にはずっとこんな態度なのか?
「フルネームは?」
 さらに一歩。呼気が頬にかかるくらいまでコイツはオレに顔を近づけた。このヤロ、喧嘩する気かよ。
「山崎透哉。スケルトンの『透』にや・かな・けりの『哉』」
「ふーん」
 その後、大して興味もなさそうにうちうなづき、彼女は顔と顔との距離を正常に戻した。
 お前から、聞いてきたのに、その態度はなんだよ。
「お前さんは?」
 コイツは『そんなことも知らないの? 覚えてなさいよ』といわんばかりに顔をしかめた。
「南沢幹帆。南国の『南』に新幹線の『幹』。セールの『帆』」
「あぁ、ソイツはどうも」
 オレの口調にも少し嫌味が含まれる。
「アンタはどう? 順位を公表してもいいわけ?」
「別に問題ないですよ」
 オレが笠原を見た。この女も笠原を見た。
「…つっても、お前ら同点なんだがな。500点中466点で二位」
 笠原は静かに言った。
「コイツと同点か」
 今この時点すら、さっき抱いた好奇心や好感をもみ消すのに十分たるシチュエーションだったのだが。
「じゃ、印刷室に言ってプリントを見てくればいいんですね? プリントがあった場合はどうすればいいんでしょう」
「そうだな。クラスの机に配っておいてくれると嬉しい」
「それが終わったら?」
「帰っていいぞ」
「分かりました」
 軽く一礼すると、ヤツはズンズン、大またで印刷室まで進んで行った。
 オレも形だけの一礼をして、ヤツの後ろを小走りで追った。
「信じられないわ。一位じゃなかったのも驚きだけど、それ以上に…」
 独り言なのか? オレは何か口にすべきなのか?
「誰かと引き分けたってのが納得いかない」
 それにしては、ずいぶんと矛先がオレに向いてません?
 オレはおそるおそるとはいえ、少し小走りでズンズンと進む南沢の隣へ追いついた。すると、この女はちらっとオレを一瞥して、歩調をさらに強めたのだ。まるでオレへのあてつけのように。
「喧嘩売ってんの?」
「別に。ただ、誰とも分からない負け、誰かさんと引き分けたのが悔しいだけ」
「一位のヤローにか? いいじゃねぇか。別に誰かに負けたって」
「どこがいいのよ」
 絶対よくない、絶対よくない。と、それから彼女はずっとオレの耳元でつぶやき続けていた。コイツ、ここまでして、口にしてる自覚がない独り言とは言わないよな。
 とりあえず、この段階でこの女について分かったことがある。コイツは絶対優等生じゃねぇぞ。オレは神なんて信じてないが、神に向かって断言できる。優等生ってのはもっとおとなしく慎ましくあるべき神聖な存在だ。とりあえず、今のオレはこの南沢から慎ましさもおとなしさも感じてない。今オレが感じているのは、この女についていくとなんとなく物事が悪いほうに進むような、嫌な予感だった。

 小学校から印刷室は小さい教室というイメージがあったから、高校のそれを見て、オレは少し面食らった。ここの印刷室はコピー機が数台置いてあるだけの小さい空間ではなく、少し背伸びして見れば会社のオフィスのようにも見えるほど広い空間だった。職員用のデスクがずらりと並び、コピー機、印刷機がこれでもかというくらい置かれている。
「えーっと。1年4組、学級委員の者ですが、クラスに配布するプリントがどこにあるのかご存知ありませんか?」
 目上の人にはホントにバカ丁寧な口調だな。その配慮を初対面の人間に分けてやったらいいのに。
「うーん、1年4組ね? それならあそこだよ」
 名前は何だか分からないが、比較的若い短髪の先生は笑顔で部屋の手前のカラーボックスを指差した。
 南沢はゆっくり頭を下げた。実はオレ、先公ごとき相手に礼儀を重んじる意味がぜんぜん分からないんだが、このままではオレが礼儀正しくなくて、南沢のほうが礼儀正しい…なんて思われちまう。なんかそれはそれでムカつくんでな。
「さてと。じゃぁプリントだけとって、さっさと帰りましょうかね」
「アンタに仕切られなくても分かってる」
 南沢はすぐさま指定されたカラーボックスの前まで移動する。大またで早足な歩調は必ずオレより先を行く。
「ちょっと待てよ」
「何?」
 さっきまでの見たところだと、一つ一つの行動すらもオレに遅れをとりたくないらしい。常にフライングではないかと思うほど早めにアクションを起し、オレがあわててコイツの後を追うとそのたびに南沢はかつての仇敵をにらむような顔で目を細める。
「なんか、オレに恨みあるの?」
「あたしが男子のことを好くことは、たとえ何百回、転生したとしてもありえないことだわ」
 ああ。それは大変素直なことですこと。

 カラーボックスに置かれていたプリント群は(五種類のプリント)×(クラス所属人数)で構成されており、見るからに相当なボリュームと重量を有していた。学級委員の片割れとして本来の仕事をまっとうしようとなら、少なくてもオレは半分くらい持ってやるべきなんだろうが、コイツはオレが手伝おうかな、と思う矢先に「運ぶのは自分だけでいい」と宣言した。傍目から見ても脇を歩く男の手がブラリンコで、か弱いはずの女の子が(いや、それはないかな)重そうな荷物を持っているのは不自然極まりないが、その姿を見て心を痛めるほどオレは慈愛に満ち溢れてはいないわけで。
「南沢さんってさぁ」
「何よ」
 彼女は鋭く切り返したように聞こえて、実はおちおち余裕が無かったようにも思える。そりゃそうだ、このプリント群はもしかしたら30センチほどの厚さがあるぜ。分厚く積み重なってるだけバランスも悪いし、バランスを維持しながら歩くのは男子でもきつそうだ。口は悪くても、女の子は女の子。それもなかなかのモンだし。
 あ、いよいよプリントがよろけだした。一番上に重ねてあった一枚が彼女の腕から飛び出しそうになり、南沢はあわてて上を手のひらで押さえつける。だけど、その早く大きな手の動きゆえに今度は真ん中あたりのプリントたちがバランスを怪しくしているようだ。
「かなーり、無理してない?」
「アンタ、礼儀はなってないくせに、生半端なやさしさはあるのね」
 こんなときに話しかけるな、といわんばかりの堰を切ったような口調だった。そういえば半分はけなされているものの、一応はほめられているはずなのに、けなされているようにしか聞こえないのはなぜだろうな。
「ちょ、やばやば」
 と、その直後。バランスが一気に崩れた。
 今まで最も怪しかった中腹部のプリント群たちが一斉に腕からバンジージャンプし、あわてて腕を動かしたものだから、他のプリントたちの殆ども彼らと同じ一途をたどっていて。気づけば一瞬で廊下の白タイルはプリントの色とりどりで埋め尽くされていた。それぞれの種類のプリントが輪ゴムで束ねられていれば被害も最小で収まったものの、そのような配慮はまるでなされてない。
 オレは少し嘆息してから、腰を落として周辺に落ちたプリントを拾い始めた。
「拾わないで。あたしが拾うから」
 女もすぐに腰を下ろして、それからオレの目の前にあるプリントを奪い去るように拾いはじめた。ホント、素直じゃねぇよな。もう少し素直じゃなきゃ、いくら顔が良くたって男の引く手は伸びてこないぜ?
「二人でやったほうが効率的だろ?」
「これはあたしのミスだから。自分の尻拭いは自分でするわよ」
 かわいい女の子が尻拭いとか言っちゃってまぁ。
「いいよ。オレもやるから。もともとオレが持たないほうが悪かったんだし」
「本当にうるさいわね。拾わないでって言ってるでしょ?」
 ちょいと、カチンと来た。
「お前こそ、本当にうるさいな。人の親切をそこまで踏みにじる権利がお前にあんのかよ」
 言った後に後悔した。
 今までの南沢の言動からすればこんなこと言った手前 核兵器ランクの暴言が吹き飛んできてもおかしくない。が、結局、もうこの女は何も言わなかった。拾った分のプリントだけ持って、オレたちはクラスへと向かった。この女はそっぽを向いてる。
 なんだかなぁ。オレなんでコイツなんかにやさしさ振りまいてるんだか。女だからかな。結構かわいい女だから我慢してるってところか? それとも、同じ学級委員だからか?
 まだ自分のクラスといえるほど馴染みもないボロっちい教室に戻ると、机がキレイに揃えられていた。そういえば、掃除は業者がやってくれるんだっけ。生徒に雑巾がけさせない分、高校はすばらしいね。
「ねぇ、アンタって何部だったの?」
 一瞬。オレは何があったのか分からなかった。
 オレがさっきから声を掛けても、まるで石ころでも扱うような受け答えしかしなかったアイツが、自分からオレへと話しかけてきたんだ。少し驚くところだろ。
「いいから、答えなさいよ」
「…別に何もやってなかったけど?」
 無駄に金がかかっちまうからな。
「じゃぁ、高校に入ってから部活をやる予定は?」
「ない」
 無駄にお金がかかるからな。
「ふーん」
 プリントを全員の机に配るのも億劫だから、一番前の席に机の列ごとに枚数分のプリントを置いていくことにした。
 プリントはやはり五種類あった。一つはピンクが表紙の小冊子。二つ目は奨学金制度について。後はテキトーな集金のお知らせや入学資料の訂正だった。
「おい、こっちは配り終えたぞ」
「アンタ、仕事が遅いのよ。こっちはとっくに終わってるっつの」
 ああ、そうかい。そりゃお前は学級委員の経験があるから速いんだろうが、オレは小学校の頃に『プリント係』になって以来なんだっつの。でも、話しかけてくるようにはなったな。
「で、さぁ。アンタ」
 ん? 仕事が終わってたのにまだ教室に居るってことは、コイツ、オレのこと待っててくれたわけ?
 確か、笠原はプリントを配り終えたら帰っていいといった。それを南沢も聞いていた。今までの言動からすれば、オレという存在があたかもなかったかのような顔をして帰っていくと思ったのに。
「なんだよ、お前オレのこと待ってたわけ?」
 意外にも南沢幹帆は否定せず、さらにはその大きな目を懐中電灯のようなオレンジに輝かせながら言った。
「アンタ、ボランティア部に興味ない? つうか、入部してくんない?」
 ――……は?
 さて、ずいぶんと馴れ馴れしい口ぶりだ。まるで幼馴染とでも話しているように、なんの遠慮もみられない。だが実際この女の目の前に居るオレはセリヌンティウスでも、メロスでも、まして幼馴染でもない。ただの副学級委員だ。
「断る」
 最初はただの部活勧誘の一種だと思っていた。だが、違うらしい。オレが相手に付け入る余地を一分も許さない口調で「いやだ」と連発しても、コイツは聞き入れようとしなかった。
「お前、オレのこと嫌いなんじゃないのか?」
「あたしは男が嫌いとは言ったけど、アンタのことが嫌いだとは一言も言ってないわ」
 ということは、オレのこと嫌いじゃないのか。それはそれで嬉しいような気もしないでもない。あの口調はてっきりオレのことフナムシ並みに扱ってるんだと思ってたしな。
 でもまぁ、オレは部活に入るほど余裕がないんだよね。時間的にも金銭的にも。確かにボランティア部は金の浪費とは無縁そうだけど。針の穴ほどの慈しみをも持たないオレがなんでそんな慈善団体に入らねばならぬのか。トイレの花子さんが除霊おっぱじめるくらい矛盾してるぜ。
「オレはいろいろ家庭の用事があってだな」
「なんの用事? そんな部活にも入れないような用事なの?」
「そこまで、話す義務はないだろ。さ、オレは帰るから。さよなら、南沢さん」
 だが、南沢は教室を出てもオレのことを追いかけてきた。走って逃げるのも女子相手になんだかカッコ悪いから、歩くスピードだけを速めた。最初はただの早足のつもりだったんだが、南沢はすごい勢いのスピードでオレに歩み寄り、オレは競歩並みのスピードで引き離しにかかったが(ここまで来ると走って逃げたほうがいいような気がするが)ヤツの競歩はそれを上回った。
 オレが一歩進む間に、南沢は二歩半分くらい進んでる気がする。一旦引き離してもすぐにその差は消えてしまい、さらにスピードを上げて引き離すのだが、差が開くのはまたしても一瞬で。
「だぁ、付いてくんな」
「何、悪いの?」

 ……オレはなんで、入学早々、学校の廊下を、女と一緒に、一生懸命、競歩してるんだ?
 ええい。やめやめやめっ!

 オレは前に押し出す足を止めた。コイツも急ブレーキを掛ける。

 しかし、まさに電話口の悪徳業者すら屈服させてしまいそうなしつこさだな。こんなんじゃどこまで付いてくるか分かったもんでもないので、オレは足を止めて後ろに引っ付いているこの女の方を向いた。
「いい加減にしてくれないか」
 だが、相手は女だ。そしてオレは入学したてのホカホカ新入生だ。この校舎内で問題を起こすようなことになればヒジョーに情けない。今まで世話をしてくれたおじさんたちに顔も見せられない。
「何を?」
 と、思ってたんだけど。この女のケロっとした声に、オレは少し拳が震えた。
「そのしつこい勧誘を、だよ。大体ボランティア部って何をする部活なんだっつの。めんどくさそーな部だな」
「おい」
「なんだ?」
 一瞬、南沢がまとっている空気に龍を見た…様な気がする。
「……いいわ」
「ちょ…ッ」
 それは突然の出来事だった。約55キロのオレの体は小さく重力に逆らっていた。なぜ? 考える間もなく、すぐに原因は分かった。南沢の右手が、オレの胸倉をわしづかみにしている。だが、状況がいまいち理解できん。オレ、何か悪いことしたんだっけ。
「ちょっと時間貸しなさい」
 今、オーマイゴットの意味を理解した。人間は信じられないような状況を目の前にしたとき、どうも神を連想してしまうものらしい。
 神様なんて信じてない、無宗教なんていってる場合じゃない。今すぐマジで助けてくれ!
 すぐにオレは抵抗した。約30cmほど持ち上げられている故に両足の自由が微妙であるにしても両手は自由だったため、ネクタイをつかんだヤツの手を軽く引き離す予定だった。だが、予想以上に南沢の力は強く、しかも焦燥感からオレの手の力は空回り気味だ。南沢がつかんだ右手はなかなか離れようとしない。くそ、せっかくオレがアイロンまでかけたネクタイが……。
 その次の瞬間、力が緩んだ。今まで重力に逆らって浮かんでいたオレの体は、再び重力の範疇に戻った。手を突いた。だが、ひざを打った。格好が土下座みたいに見えるのはこの際もう気にしなくてもいい。
「何すんだよ!」
「時間を貸して」
 今度は平伏したオレのブレザー袖をつかんで、オレの体を強引にもとの直立姿勢に戻させる。立ち上がれってことなんだろう。オレはしぶしぶ従った。でも、南沢はオレが立ち上がってもそのつかんだ袖を離さなかった。
「いい? 時間借りるわよ」
 オレが質問を吟味する余裕なんて与えずに、この女は西階段のほうへとオレを引っ張っていく。そして、それほど太いようには見えない腕は服の袖をがっちりとつかんで離さない。
「このやろぉ」
「あたしはヤローじゃないわ」
 どこにでもあるようなヘリクツだ。だが、そんなところに突っ込んでる余裕はない。目の前に見えてきたのは階段だ。このまま引きずられたままだったらオレ、どうなる?

 結局自分からこの力を振りほどくことが出来ないまま、二階の一教室の前でようやくこの女の足が止まった。オレは上目遣いで回りを確認した。茶色いドアに張られた白いプラスチックカードには「予備室」と書いてある。
「離すわよ」
 いきなり離されたわけではなかったが、なぜかオレはバランスを取ることなく重力に従い、床に大の字になっていた。なんだか、疲れた。
「新品に見えないほどひどいアイロンのかけ方するのね、お母さん」
 突然、南沢が言った。
「大方、あわててアイロンかけたんでしょ。全体がつぶれてる」
「そんなことはねぇよ」
「じゃぁよっぽど慣れてないのね」
「オレのアイロンがけになんか文句あるのか?」
 オレの返答に、南沢は今までで初めて考え込むような動作を見せた。しばらくの黙考の末、やがて何か考え付いたのか、手のひらのをポンと叩いて、一気に晴れやかな顔になる。
「やっぱり? 家庭の事情ってのに絡んでくるのね」
 女は明るい声を出した。好奇心にあふれた目がオレを刺す。
「うるせぇよ」
「道理で。お母さんにしてはちょっとこのアイロンのかけ方はないなって思ってたわ」
 後付けではない、最初から確信を持っていたような芯の強い声に、オレは素直に驚いていた。
「もしかして、今、一人暮らしだとか?」
 オレは否定する理由はない。しかし、どこで感づいたんだか。そして人の苦労を知りながら、その笑顔は少し腹が立つな。
「そうだよ」
 って、さっき会ったばかりのヤツに何を思ってるんだ、大人気ない。
「ふーん、大変ねぇ」
 そんなことはどうでもいいといったような、合いの手とは一線を画している。なんだ、この手のひら返したような対応の差は。ちっとも嬉しくないが
「もう、ほら。そろそろ立ちなさいよ。じゃないと、あんたのその顔、踏んづけるわよ?」
 コイツは胸倉つかんで二階まで引っ張ってくる女だ。本当にオレの顔を踏んづけてきてもなんら不思議はない。それはさすがにまずい。オレにだって青春ライフがある。女子とだって付き合いたい。顔がつぶれたアンパンマンに誰も寄り付かないのと同じように、オレの顔がつぶれたら、誰とも付き合えないじゃねぇか。そんなの青春の半分をどぶに捨てるようなもんだ。
 オレは気力を振り絞って、立ち上がった。
「…立ち上がったわね。よろしい」
「お前っていったい」
 オレは搾り出すように訊いた。
 だが、その声は南沢に届かなかったらしい。返答が帰ってくることはなかった。いや、単純に無視しただけにも思えるが。
「とりあえず、中入りなさいよ」
「…何があるんだ?」
「ボランティア部の部室」
 南沢が教室のドアを開けると、そこには和室が広がっていた。畳で普段上履きだから、小さな土間があり、そこには一足も上履きがない。ということは、中に人は居ないということだ。
 奥には湯沸し機と小さなコンロがあった。お茶室にでも使うのか? あんまり利用価値はなさそうだが。
 つか、コイツもオレと同じ一年生だよな。もう入部してるってのか? なぜボランティア部の部室には誰も居ないんだ。
 南沢は先に土間に入って、手を部屋の内部へ向けた。
「ようこそ、我がボランティア部へ。君はボランティア部歴代二人目の部員です」
 大きな明瞭な声で、恥ずかしげもなくこの女は言った。
 オレが歴代二人目ってことは…。
「ボランティア部はあるのか?」
「あるから、部室があるんじゃない。そんなことも分からないの?」
 あぁ、鋭いお言葉はご健在ですね。
「だけど、お前は今『歴代』二人目って言ったよな? お前が一人目だとしたら、ほかは?」
「アンタ意外と鋭いのね」
「オレじゃなくても、誰でも気づくだろ」
 まぁ、確かにそうかもしれないわ。なんて、小憎憎しく南沢はつぶやいた。
「あたしが、作ったの。ほら、入試が終わったらよく部活だけ行ってる子とかいるじゃない」
「…それはそうだが、少なくても三月の段階で新しい部を立ち上げるなんて、聞いたことないぞ?」
「アホ。聞いたことないからって、現に承認されてて部室があるんだから。それで良いじゃない。人間は目の前にある現実のみを見るものなのよ。過去を見るべきではないわ。さてと、それで質問終了ー? 入部にさし当たって何か問題があるかしら」
「すごい勢いで断らせてもらおうか」
 オレはここでもきっぱり言った。言わなきゃダメだ。ここで、一切の妥協を許してはならない。相手は暴力の権化みたいなヤツだ。もしかして喧嘩になったら、オレが負けるというパターンも十分考えうる。ならば、言葉だ。オレに残された望みはコイツを言葉で説得することだ。決して野蛮に暴力に訴えたりしてはいけない。
 オレは、怒りやら衝撃やらで微妙にほてった体を冷やすように、大きく息を吸った。
「オレは一刻も早く家に帰りたい」
「なんで?」
「オレは親がいないからだ」
 驚かせるつもりで言ったのに、驚いたのはオレだけだった。自分で言うのもなんだが。ここ、もっと人から驚かれてもいい部分じゃないのか。あ、そっか。さっき一人暮らしって言ったんだっけ。その分ショックが薄らいだのかもしれない。
「驚かないのか?」
「あたしの目からすれば何でも一目瞭然よ。まぁ最初、アンタがあたしが落としたプリントを拾ってくれたでしょ? そのとき、初めてアンタのネクタイを見たんだけど、アイロンのかけ方を見る限り、慣れた手つきではないなというのはすぐに分かったわ。だからお母さんとはちょっと違うかなって。もしかしたら自分でやったのか、とか考えたわ。だけどいまどき自分のネクタイをアイロンかけるような家庭的な高校生は絶滅危惧種でしょ? だから、ボランティア部員の即戦力かな、と思って引っ張ってきたわけ」
 両手を腰に当てて、こいつはニンマリした。その面は先生に問題の回答を指名され、正解した小学生がはしゃぎまくってるみたいで、ガキっぽいヤローだ。あ、ヤローじゃなかったんだっけ。
 出会ってから今までのあれの毒々しさはなんだったんだってくらいのはしゃぎようだ。
「入部しない?」
「猛烈に断る」
「なんで?」
「大体オレに、ボランティアする義務はないし、する気もない。大体今だってお前相手に入部という名ボランティアを懇願されているわけだが。オレは自分本位で生きているから、そんなボランティアはできない」
「分かったわ」
 何も分かってなさそうな目と全くあきらめてなさそうな声を聞く限り、まだオレは抵抗せねばならんのが現実のようだ。やっかいだな。
「ただしね、条件がある」
 やっぱり。
「お前の突き出す条件は圧倒的にオレに不利な気がしてならないのだが」
「あなたの代わりになる部員を探してよ」
「断る」
 間髪入れず答えた。
「決まりね。今日は人が帰っちゃったっぽいから、人がたくさんいる明日」
 コイツ、無視かよ。都合悪いことは無視するんだな。
 まぁ、いい。今日この状況さえ抜け出せれば、何とかなるだろ。明日は隠れればいいんだし。

 オレは大きく息を吐いた。

 本当に意味わかんねぇやつだな。


 翌日。オレはゆっくりと席についた。
 早めに来るとあの女がいるから、ちょっと遅めに登校したつもりだったが、まだアイツは着いてないらしい。その事実だけで、なんだか急に肩の重荷が降りたような気すらしたね。アイツの名前はもう既に覚えた。学校で最初にフルネームを覚えるのが、担任よりもアイツだったというのは不思議な気がしないでもないが、なんたって初日のインパクトが強すぎた。昨日の胸倉つかまれた衝撃たるや、まさにディープインパクトだね。
 オレは朝のホームルームから、ずっと話しかけられないか、ヒヤヒヤ肝を冷やしながら机に向かっていた。なんたって言葉の暴力プラス身体への暴力で圧倒的な破壊力を持った女の席が隣なわけだし。
 だが、結局ヤツはオレには話しかけてこなかった。
 それはそうと、南沢だけとしか話してないっていうのは、青春を過ごす健全な男子としてはちょいと物足りない。オレは大きすぎずも小さすぎずの談笑の輪を探していた。小さすぎても中学校の派閥の名残がそのまま移行されているような気がするし、大きすぎてもそれが言える。
 南沢というと、なんと驚いたことに女子と会話してる。ヤツと会話する女子も大変だろうな、なんてぼんやり思っていた。
 キャッキャという笑い声が遠くで聞こえてくる。その中心にはアイツのアルトボイスであることに、オレは笑うしかなかった。

「さ、てと」
 ヤツが思い出したように話しかけてきたのは放課後になってからだった。
 しまった。今まで、コイツが何も話しかけてこなかったから、逃げることをすっかり忘れてたのだ。
 オレはバッグに手を掛けた。
「逃げたりしないでしょうね?」
 先に釘を刺され、しぶしぶバックから手を放した。くそ、目ざといヤツめ。
 落胆の表情を浮かべるオレに、ヤツは小さいえくぼを作って笑った。
「図星でしょ?」
「す、すまん。今日は急に用事が入って」
 身もフタもない、口からのでまかせだった。
 もちろん、バレる。
「ウソが出やすいね。キョドりすぎ」
「…そんなことはねぇよ!」
 声が震えそうになって、思わず大声を出す。だがその大声はあまりにも不自然だった。自分でも分かる。
「さて、行きましょ」
「どこに?」
 すでにヤツの右手はオレのネクタイに回っていた。
 でも、すぐに手が離れる。
 解放されたわけじゃない。その証拠にブレザーの袖にはしっかりと圧力がかかっていた。そういえば、ネクタイのアイロンはオレがかけたこと言ったんだっけ。
「勧誘に行くのはどこがいいかしらね。…音楽室とかなら、吹奏楽部の仮入部希望者が大量にいてもおかしくないわ」
 言ってることは至極危険極まりないが、人の心を思いやる気持ちは多少たりともあるのかね。
「なぁ。ほかの部の仮入部希望を勝手にぶん取って来るのは、さすがにまずいんじゃねぇか?」
「行きましょ。四階に」
 聞いちゃいねえ。
 そういえば、女子たちと普通に話してたけど、よくコイツと会話を成立させてたな。オレなら、何もしゃべる気にはなんないっつの。
「なんでオレが」
「その言葉はもう聞き飽きた」
「うるさい、オレの質問に答えろ『なぜ、オレが見ず知らずのお前に協力せねばならないのか』200文字以内、カップラーメンが出来るまでの時間で答えろ。どうなんだ?」
「知らないわ」
 今度はシカトをぶっ放すことなく、声だけは真剣だった。
「でも、あたしがアンタに惚れ込んでるという事実は理解しなさい」
「は?」
「アンタの顔、整っててきれい。正直言ってイケメンはあたし大ッ嫌いなんだけど、アンタは大丈夫みたいだからね」
「オレはイケメンじゃない。お前が大丈夫でもオレが大丈夫な保障がない」
 いくら早口でまくし立てても、コイツには通用しない気もするがな。抵抗しないというのは、コイツに負けを認めたようで何か悔しい。
「決めた」
「は?」
「ボランティア部の歴史の一ページにふさわしい、最初のボランティアを、よ」
 嫌な予感がするんだがな。
「なんだ、宇宙人や未来人や超能力者、異世界人と一緒に遊ぶのか? それなら、もう間に合ってるだろ」
「なにそれ、なんのボランティアにもなってないじゃない」
 南沢はメガネを上げて、どう見ても無邪気な顔で言い切った。
 そうじゃないのか、てっきりオレはこの下りが超能力者が現れるフラグだと思って…たりはしてなかったけどな。
「恋愛相談、よ。正直ボランティア部なんて立ち上げても何やっていいか、ぜんぜんわかんなかったんだけどね。そうよ、恋愛なんてどこにでも転がってる割に誰もどうにもならないじゃない。いいんじゃない? 恋愛相談!」
「どこから、それ思いついたんだ?」
「アンタがイケメンとは言うけど、実際イケメンかといわれるとちょっと困る吉本芸人みたいな顔をしてるから」
「理由になってないぞ」
 南沢はもう一度メガネを上げた。
 ずり下がってるわけじゃないのに、メガネをあげるってのはどういうことなんだろう。まぁ、知ってどうにかなるものでもないんだが。
「つまり、万人受けする顔してんのよ。あたしが保障してあげる」
「どんな保障だよ」
「世間がイケメンと認知する最低基準は圧倒的に上回りながらも『ハンカチ王子』や『ハニカミ王子』とするには若干オーラが足りない、すなわち誰にでも愛されるイケメン適性を持ってんのよ。アンタは! 自信持って良いわ。」
 なんだ、そのファミレスに連れ込んだ挙句、あなたには霊がついているので除霊が必要でありそのためにはこの壷を買いなさい、といわんばかりの口車は。しかもそれじゃだませる人だってだませないぞ。
「と、に、か、く。今週、歓迎会っていうイベントがあるらしいのよ。あたしたち一年生だけど、どうしても部活紹介をしたいって言ってくれたら、橘先生が了解してくださったから」
 オレの視野が急に南沢の顔で占められていく。どんどん顔を近づけて、羞恥心はないのか。コイツにはって、思うくらいの位置。ちょっと間違ったら、唇の一つ二つ触れてもなんら不思議のない距離。数センチ数センチ。待て、反則だ。こっちの顔が赤くなる、恥ずかしいだろうが。
「恋愛相談をアピールするわ」
「ボランティアらしいボランティアにしろよ。そっちのほうが、有効だろ?」
「バカね。いや、この際アホーッ! でいいかしら。そっちのほうが部長っぽいかもね。あたし、普通のボランティアには興味ないのよ。昔、あたしの人生の大先輩がおっしゃったわ。『自分が出来る範囲の、最大の努力をして、人に尽くしてあげなさい』と」
「それは全く否定する気はないが、なぜそれが普通のボランティアの興味を失うような発言になりうるんだ、それを教えてくれ。何も、ゴミ拾いや校内の清掃でいいじゃないか。誰にだって喜ばれるぞ」
「それはね、違うのよ」
 無邪気というのは、決していい要素だけの集合ではなくて。実は大きな危険もはらんでいる。なんたって、自分が悪いと思ってないが、イタズラを重ねるアホなガキんちょだって居るわけだろ。それが大人になってみろ。大変なことになるぜ。そして、その体現がこれだ、南沢幹帆。
 メガネをして、かまぼこ型の目以外の顔のパーツは大人のものである。あの言葉遣いといい、子供とはさすがに言いがたい。だが。
 太古から息を潜めていた化石のような無垢な心を南沢は持ったままらしい。
「あたしに確認できるような小さな範囲にないボランティアってのは、あたしに何の幸福ももたらさないじゃない」
「意味が分からん」
「ボランティアってのは慈善活動ではあるけれど、自分の身に幸福が降りかかるようなボランティアじゃなければ意味がないわ」
 なんという、身勝手さだ。
 つかそれって本当にボランティアなのか?
 ボランティアという言葉の意味を誰かに講釈してもらいたい気分だね。

(続く)

2007/09/08(Sat)08:57:55 公開 / サークル
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■作者からのメッセージ
みなさん初めまして。サークルと申します。

この作品は『お前の文章はいつも重苦しい』『読みにくい』という言葉の嵐を少しでも緩和すべく、あえて従来の自分の文体を崩してみるという修行をしてみたいと思います。まずこのような作品を世に晒す無礼をお許しください。

この作品はいわゆるライトノベル的なノリな文章でつづってます。その分、文章の荒は30%増くらいになってますが、作品としてどうなのか、と。皆様に意見を頂戴したく、書き込ませていただきました。
ライトノベルを実はそれほど読んだことがないので、こんな感じでいいのかと試行錯誤しながら書いております。ぜひアドバイスください。

9/7 更新。

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