『妥協案』 ... ジャンル:ショート*2 ショート*2
作者:緋者そーや
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人は意外に死ねないようだ。
俺は18階建てのビルの屋上で悟る。
まぁ、なんだ。そう、俺は自殺しようと思っていたんだ。
特に凄い理由はない。ただ今の仕事が嫌で、かといって転職する気はなくて、だからといって働かないと喰っていけない。だから死んでおこうと思った。
なのに俺は死ねない。
ビルの屋上から地面を見たら別に高所恐怖症ではなかったはずなのだけども脚がすくんで動けなくなった。全く情けない足だ。
人は簡単に死ねない。
自殺に成功した人間は、それはもう意思の固い人だったのだと俺はやろうとして初めて分かった。彼らは凄い。少なくとも俺にはその覚悟がない。
いやまぁ、一般的な考え方からしてみれば、自殺に成功する、なんて言い方は語弊を生むのかもしれないが真剣に死にたがっている彼らからしてみれば死ねたことは成功なのだ。それを否定することは彼らの意思を否定することであり、人格を否定することにも繋がりかねないのだと俺は考えるのでこの言い方は間違いでないと確信している。
まぁ、死なないことが一番だけども。
って、俺が言うセリフじゃないか。
「ふぅ……」
俺はタバコを喫する。
煙を上の方にゆっくりと吐き出し、灰を地面に落とす。
あっという間に一本が吸い終わる。
俺は悩んでいた。
どうやって仕事場に戻ろうか。
俺は死ぬ気満々で屋上に来た。勿論、同僚の誰にも告げずにだ。
トイレに行くと言っておけばよかった。
「戻ったら怒られんだろうなぁ……」
口にタバコを咥え、火をつける。
息を吸い込むとタバコの先端が赤く光り、灰が生まれた。
背広の胸ポケットにライターをしまう。
俺はふと、ネームプレートに眼が行った。
会社の名前と俺の名前が併記されている。
会社に入ってから2年と7ヶ月、あと少しで3年か。
この3年弱、俺は何をしてきただろうか。少し思い出してみる。
タバコを咥えたまま瞼を閉じてみる。
……あれ?
いや、そんなことはないだろう。もう一度しっかりと考えるんだ。
……おい、ちょっと待て。
不満しか思い出せない。俺はこの会社で何をしてきたんだ? 毎日不満ばかり抱えて生きてきたっていうのか。俺にとってこの会社は何なんだ。ふざけるな。時間を返せ。自由を返せ。
俺は胸のプレートを外す。
それを大きく振りかぶって投げる。
ビル風で煽られ、一瞬で遠くにいって見えなくなる。
ざまぁ見ろだ。あのプレートが無ければ俺は縛られないんだ。俺の名前と会社の名前が併記されているプレートこそ、俺と会社を結び付けてる鎖だったんだ。
俺は晴れ晴れした気持ちになった。息を一気に吸い込んでタバコを灰に変える。携帯灰皿に吸殻を入れて足取りも軽く階段へと歩いた。
「バカ野郎!」
晴れ晴れとした顔で俺が仕事場に戻ると、上司が顔を真っ赤にして俺を怒鳴りつける。
だが、なんと言うことはない。俺の胸にあった鎖はないんだ。奴は上司だが、今の俺には関係ないね。
「お前、名札はどうした」
名札? おいおい、そんな古臭い言い方してくれるなよ。ネームプレートって言おうぜ。
「投げました」
「投げた?」
上司はさらに顔を真っ赤にして怒る。
「探して来い!」
その階全体に聞こえるんじゃないかという大声で上司が叫んだ。
……ちょっと待ってくれ、探すだって? 俺はあいつとおさらばしたばかりなのに、それを探して来いというのはいくらなんでもナンセンスだ。
「早くしろ」
上司は出口を指差して俺をせかす。
何もそんなに怒らなくてもいいじゃないか。
「行かないとクビにするぞ」
いい加減、上司も限界らしい。
俺としてもクビは勘弁だ。転職する気もないんだから。かといって、働かないと喰っていけない世の中だ。
「はいはい、行きますよ」
俺は仕事場を出た。
風はどっちから吹いていただろう?
正直覚えてない。
見つかる気もしない。
俺はゆっくり歩きながらプレートを探す。合法的に仕事がサボれるんだから逃す手は無い。早く見つけることこそ損だ。
段々と探すのが飽きてきた頃、俺はプレートを見つけた。
ビルの屋上から落ちたというのに欠けている部分は一箇所も無い。
全く皮肉なものだ。
「これからもお世話になりますよ、っと」
俺は胸にプレートをつける。
人間は簡単に死ねない。
俺は簡単に会社を離れられない。
妥協って奴が働くんだ。
死ぬまでの過程が嫌だから今死ぬのは止めようだとか、会社辞めたら給料はいらないから今辞めるのは止めようだとか。
俺は妥協の象徴と共に、のっそりと仕事場に歩を進めた。
2007/08/31(Fri)05:18:22 公開 /
緋者そーや
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■作者からのメッセージ
始めまして、緋者そーやと申します。
このサイトを見つけ、ショートショートを書いてみました。
こういう話はあまり書かないのですが、昨日道を歩いていたら気付いたことがあったので、まぁちょうどいいやとその考えていたことをタネに話を書いてみたというわけです。
起承転結がはっきりとしたものではないと思うので、好まれない方もいたのではないでしょうか。
もし好まれないようでしたら、申し訳ありませんでした。
もし、好まれたという方よろしければサイトの方もご覧になってください。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
またどこかで会いましょう。緋者そーやでした。
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