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『幸運の女神様によろしく 』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:悠湖
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あらすじ・作品紹介
「ふあぁ…」とあくびをする俺。最近はメリハリもなく、高校もある理由でさぼりだ。ったく、何かバイトでもないもんかねぇ、できれば面白いものがよ。と、そんな俺にある広告の記事が襲う。その仕事場所の名前は“幸せ屋”だった……。
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―ある雨上がりの一日―
「ふあぁ……」
眠い、ひたすら眠い。誰かに麻酔銃でも撃たれたかのような感じだ。それとも催眠ガスか? いや、んなことはどうでもいい。眠く、暇だ。
俺の名前は真田幸雄。高校何年だっけかな? まぁそんなことはどうでもいいよな。
今週の一週間はちょっとしたことで休みをとっている。本当は家族旅行の予定だったのだが、親によるドタキャンで、俺は暇を持て余していた。
そんな俺は、テーブルに雑に置いてあった求人誌を掴みとり、パラパラとページをめくった。
どうせ暇なら、仕事はするべきなんだろう。そう思ったからだ。
適当にページを眺めていた俺の目が、ある場所で止まった。
「……ん?」
そのページには、“幸せ屋”というものがあり、内容は“人に幸せを”としか書いていなかった。
「日にちは……明後日で、募集は今日まで、そして場所は……寺ぁ!?」
まさか坊さんの仕事では? と思ったが、こうまで暇だとどうでも良くなってくる。それに坊さんだったとしたら即帰ればいいしな。
面倒くささよりも、暇による苦痛の方が勝っていた。もう面倒くささはKO負けだ。どうでもいい、何かやりたい。
「暇だし、なんか気になるし、試しに行って見るかな」
俺は1人で呟き、玄関へとむかい、雨上がりの外へ、俺は出て行った。
外はさすが雨上がり、というべきか涼しかった。今の季節は夏。これくらいの気温が続いてほしいものだ。
さて、そんな俺の要望は七夕の日に願うとして、今は寺を見つけることが重要だったな。
こう地図を見るのも久しぶりだ。ちょっと冒険気分に浸れた。ゲームのやりすぎかな?
「おっ、あれじゃねぇかな?」
地図通りに忠実に道を歩いていたおかげで、予定よりも早くたどり着くことが出来た。
…………。
ついでにこの沈黙は「すっげ〜!」とかの沈黙ではなく、どっちかといえば「え? マジで?」とかの沈黙に近い。
俺が着いた“寺”は、寺というべきなのか、小屋というべきなのか。いや、これどっちかっていうと小屋だろ。
「すいませ〜ん……」
想像を遙かに悪い意味で裏切った“小屋”の前で扉をノックしたのだが、なんか髭が生えててあきらかに浮浪者っぽい人が出てきていきなり「僕に幸せをください」と訴えかけてくるのでは? と不安になった。
逃げるか? いや、それじゃピンポンダッシュと同じだ。あ〜、そういえば昔よくやったなぁ。んでツレの奴がばれて学校で怒られそうに……――
「ようこそ!! 人に幸せを届ける“幸せ屋”に!!」
いきなり戸が開き、大声で言われたもんだから、驚いて倒れてしまった。
「あいたたた……」
俺は腰をさすりながら上を見る。
そこには、ランクをつけるならA、5点満点評価だとしたら5点の美少女が、俺を眺め立っていた。
髪はそこまで長くなく、後ろ縛り。瞳は、こんな汚い場所には不釣合いなほど綺麗だった。
「て、女?」
思わず俺は声に出してしまった。そりゃ、浮浪者のオッサンかと思えばちょっと可愛い少女の登場だぜ? ギャップが大きすぎだっつの。
目の前の少女は、俺の反応が気に入らないらしく、半目でこっちを睨む。
「女? って何よ? 私が何に見えるわけ? それとも想像と違った?」
俺は後者なわけだが。一応謝っておくことにしよう。
「ああ、ごめん。こんな場所だからさ、お坊さんかと……」
少女はますます膨れっ面でこちらを睨む。
「失礼ね。“こんな場所”は無いでしょう。……たしかに変だけどさ」
っと、こんなことしてる暇はない。
「君、さっき“幸せ屋”って言ってたよね?」
少女は、突然笑顔を取り戻し、明るい口調で話し始めた。
「え! ヤッパリお客様? だったら失礼しちゃったね。私は櫻井加奈。歳は18歳。『幸せ屋』の店長やってるの」
18歳、つまり俺と同い年なワケか。っていやいや、若すぎるだろ!
「君が店長? そんな若さで?」
少女はちょっと誇らしげに頷いた。待ってくれよ。俺の想像と全く違うじゃないか。
少女、いや加奈と呼ぶべきか。加奈は俺を奥へと案内しようとしていた。ここで話が打ち切られるのは嫌だった。
「待ってくれ、俺は客じゃない、ここに働きに来たんだ」
加奈の脚が止まった。そして振り向き、こっちへ近づいてくる。
俺の顔と1センチほど離れたところまで顔を近づけて来た。ちょ、近すぎだろ!
「な、何?」
俺はたじろいだ。だが彼女は構いもせず、その距離を保ち続ける。
何秒が経っただろうか。加奈はようやく俺から顔を遠ざけた。
「おかしいわね……なんであの広告を」
と、物思いにふけってしまったので、俺がすかさず呼び戻す。
「い、一体君は何なんだよ! 天然か? 天然なのか?」
加奈は、また膨れっ面に戻り、
「んな! 違うわよ!! こっちはシリアスなの!」
と、俺に言った後、また難しい表情に戻しながら、小屋へと入っていった。
まぁ、とりあえず俺も入ってみることにした。
小屋の中は閑散としていて、想像通りっていえば想像通りだ。
加奈は、小屋の脇にある椅子に腰掛けて、本を読んでいた。
「ちょっといいか?」
彼女がそのままその本に集中してしまうことを恐れ、俺は問いかけた。
「本当にアルバイト募集してたんだよな?」
加奈はこっちをみて、笑顔で頷いた。
「ええ。その通り。私は従業員を募集したわよ。でも、それよりも先にお客様を募集したわ」
そう言って、チラシを見せた。何か小学生が作ったみたいなチラシだ。ちょっと絵もあったが、まぁ、画伯だ。画伯。
そのチラシをテーブルに置いたあと、俺が見たのと同じ求人誌を広げてみせた。
「確かにこのページよね?貴方が見たのは」
確かにここで間違いはないのだが。
「ん? あれ? これって……」
俺はあることに気付く。ここの情報がまったく載っていない。他の情報はまるっきり同じなのだが、『幸せ屋』は一切無い。そこだけ空白だ。
印刷ミスか? でもそんなことありえるんだろうか。この求人誌は大手のものだし。
「年代、月、日にちも貴方のと変わりないと思うけど」
俺には何も文句のつけようもなかった。いや、唯一つ文句があるとすれば、
「なんでこの求人誌にはここの、“幸せ屋”の情報が無いんだ?」
これしかないだろう。コレは一般的社会人の普通の疑問だ。
彼女はまた俺に顔を近づけ、ガッカリしたように顔を戻して、こう言った。
「私ね。魔法使いなの」
……あ、これ笑うところ? いや、だよね? これ空気読むところだよね?
「あはは……で? なんでここの情報がないの?」
もう一回聞いてみる。
「だ〜か〜ら〜、私が魔法を使ったの!」
コレ駄目だわ。ちょっと救急車呼ばないと。あれ? 110番だっけ? 116番だっけ? あ、それは消防署…あれ? 何だっけ?
加奈は俺をまた睨んだ。
「なんで携帯いじってるのよ。あ〜わかった。私の話信じてないんでしょ」
「信じてないって、何を?」
いや、なんとなくわかってたけどさ。もう、あれだ。きっと彼女も疲れてるんだよ。こんな小屋で一人。誰も居ない。誰も来ない。
俺だったら精神参っちゃうね。まぁ、ここは俺が精神回復のため、彼女に良い病院を教えて……――
「あんたねぇ、その哀れみに満ちた顔やめてよね」
普通の反応だと思いますけど。だって、そんな話されて「わー、すげー魔法使いってほんとにいたんだー(棒読みで)」とか言う奴はおかしいだろ。
ああ、おかしい。俺ならおかしいっておもう。たとえ10人で1人以外、つまり俺以外の9人がその話を信じたとしよう。それでも俺の考えは変わらないね。
「ありえん」
俺はそう言った。彼女の表情が暗くなる。
長い沈黙が続いた。
「ふぅ」
その沈黙を終わりにしたのは加奈だった。
「そう簡単には信じないか。じゃあ仕方がない」
彼女は引き出しをゴチャゴチャと探索し始めた。なんだ? マジックでも見せてくれるのか?
引き出しの探索がしばらくして終了し、なにやら箱をテーブルの上に置き始めた。箱は全部で4つある。
「まさかとは思うけど、それって魔法使いセット的なやつ?」
「…………」
なにやら沈黙が始まった。彼女は箱のふたを開ける。すると中には杖が……
「って図星かよ!!」
思わず心の声を本当に出してしまった。加奈はちょっと悔しそうな顔をしていた。
「うっるさいなぁ〜。こうでもしないとあなた信じないでしょ!」
だからって、そんなもん見せられても俺は信じないけどな。まぁいい、みせてみろや。
加奈は箱からそれぞれ、杖、マント、帽子、腰巻、と最後以外はほとんどの魔法使いのイメージであるアイテムが登場した。ってちょっと待て。
「……なんで腰巻?」
加奈は顔を赤くして、
「だ、だってご先祖様が……」
といった。どんなご先祖だよ。なんか一度会ってゆっくり話してみたいもんだよ。
「んで、何するんだ?」
俺は加奈が全てのアイテム(腰巻も含める)を装着したところで問いかけた。
加奈は少し時間を置いて、
「まぁ見てなさい」
と応えた。何をするやら? う○い棒でも錬金してくれるのか?
俺は少し楽しみ気に、そしてダルそうにその様子を眺めた。
「それじゃ、あの本を飛ばすわよ〜……それっ!」
あの本、とは恐らく求人誌のことだろう。加奈は杖を求人詩目掛けて振った。
求人誌を眺めていると、目の錯覚だろうか、本が浮遊を始めて――
「ふふふ、恐れいった?」
彼女の手に落ちた。い、いや、ちょっと驚いた。素直に言うとマジックだろうが魔術だろうがどっちでも良かった。
「じゃ、次はこれね」
帽子を頭からとって、雑誌をそのなかへと入れた。
「何が始まるんだ?」
俺は楽しみ気だったが、あくまでダルそうなふりをしつつ、呟いた。
彼女は帽子の中を見せた。雑誌はまだある。が、次の瞬間っ。
ハトが小屋内を舞った。おお、よくあるマジックだ。あ、魔術だったか?
「フフフ、オチはこれよっ!」
加奈も乗り気になってきたのか、テンション高めの声でそう言い、マントをハト目掛けて投げた。
するとハトはマントにくるまれ、床に落ちた。
「ん? どうなるんだ?」
俺はもうダルそうなフリを忘れて、子供のようにショーを食入るように見始めた。
加奈が指を鳴らす…と同時にマントが吹っ飛び、中からまた求人詩が現れた。ハトの姿は無い。
そして彼女は求人誌を俺に渡し、「あのページを見てみなさい」と何故か小声で言った。
見てみると、ページには忘れはしなかろう『幸せ屋』の記事が書き足されてあった。
「おお、予想以上にすげぇな」
と、一時は関心したものの、俺はある存在を忘れていた。
「で、腰巻は?」
……そして、また、しばしの沈黙が訪れた。いやいや、腰巻って何よ。何のための存在よ。無くていいじゃん。
「腰巻の魔術はまだ教わってないの」
彼女は口をようやく開いた。
「腰巻はね。ご先祖様の書いたマニュアルブックに名前だけしか載ってなかったのよ。ただ唯一の手がかりは、腰巻の名前の下のところに、薄く『幸せを』と書いてあるだけだったの」
どっかのファンタジーみたいだ。いや、そんなファンタジーは無かったか。って最近心の葛藤多いな。
しかし腹巻で幸せってどういうことだ? オッサンにやるのか? オッサンにあげて暖めてやるのか?
「まぁ、でもとりあえず私の凄さが分かったでしょ?」
加奈が自慢気に言った。
「ああ、その“マジック”なら老人ホームでのデビューも夢じゃないぞ」
俺はあくまで控えめに褒めておいた。だが、“マジック”という事柄に腹を立てたのか、
「魔術だっての! もう〜まだ信じないの!? それにせめてデビューの場は大きくしてよ!」
さすがにこれ以上意地を張っても疲れるだけだろう。
「ああ、そうだな。この世にも魔術が使えるやつが本当にいるんだな。恐れ入ったぜ(かなり棒読み)」
俺は認めることにしてあげた。なんて優しいんだろう。俺。なのになんで彼女居ないのだろう。俺。
そんな俺の意外な発言に、彼女も困惑したようだった。
「え? あ、そ、そうよ! 日本でも使えるのは結構少ないんだから!」
てことは他にも居るってことなのか。あ、いや、この話題にはこれ以上触れないで置く。ややこしくなるから。
さて、そんなわけで前置きは済んだ。早速本題を聞き出そう。
「で? 俺に与えられる仕事は何なんだ? …いや、それよりもなんで俺の求人誌にその魔術がかかってたんだ?」
「それは……」
加奈は黙ってしまった。いや、そんな重大なことなのか?
「なぁ、もしかしてお前も知らなかったとか?」
俺は適当に発言してみる。てか、この発言が一番真実に近いだろうと推測したからだ。
「そうね。たしかに私はチラシを作った。もちろん魔術じゃなくて自分の手で。でも求人誌には、魔法使いしか見えない文字を書いたの。なのになぜ……」
ん? 書いた? つまり……。
「お前、この求人誌の出版社の社員なのか!?」
加奈は頷いた。なんつーか…今までこいつとかが俺の生活の必須の本を書いてたと思うとなんだか嫌な感じだな……なんか負けた気がする。
「あ、そうそう。君には魔法使いの資質はゼロだったわよ。さっき確かめさせてもらったけど」
さっきの急接近はそのためか。まったく、何かと思ったぜ。
「で? 仕事の内容は?」
そういうと加奈は一回表情を曇らせてから、無理矢理笑ったような顔になった。
「そう! そこよ! 貴方に頼みたい仕事! それは――」
んで、俺は今、日本の都市の果てにある、言わばダンボール街に居る。
加奈に頼まれた仕事、それは貧乏な人に幸せを振りまいてこい。という何とも本気で言ってるのか冗談で言ってるのか判断が難しい命令だった。
加奈によると、ご先祖様の書物には「貧なる者に、祝福あらんことを」と書いてあったらしい。それ願ってるだけじゃないか?
とにかく、“幸せ”を振りまきたいんだと。んで、当の本人は今買出しに行っている。このストリートな人たちにあげるんだろうな。
ってか、俺すっげぇ見られてるんですけど。帰っていいかなぁ?
「若造」
俺はいきなり、老人に嗄れ声で呼び止められた。
「え〜っと、何でしょう?」
老人は表情を変えず、俺に問いかけた。
「あんた、あれだろ? あの嬢ちゃんに言われたきたんだろ」
なんだなんだ? あいつストリートで有名なのか?
「ま、まぁそうですけど」
老人は初めて表情を変えた。
なんとも悲しい表情だった。
「だったら言っておいておくれ。もう、来ないほうが良いと」
俺には全く関係ない話だ。だが、なんとも首を突っ込みたくなってしまう。俺の良心だ。
「何故ですか?」
老人はまぶたを閉じ、相変わらず嗄れ声でこう言った。
「ここも、もうじき撤去される。ここに建築物が建つようでな。土地の所有者、そして国からの命令なんだよ」
撤去て……、やはりそれが現実か。
そりゃそうだ。こんな空き地に勝手に小規模な村なんて許されるはずがない。許しちまったら国が認めているってことにもなるしな。
老人は、俺にあるものを握らせた。これは……録音できるあのスティックみたいな機械、“ICレコーダー”か。よくみたらかなり汚れている。拾ったものか……。
「俺たちの声が入ってる。最後のメッセージがな」
「貴方たちは……」
俺はそこで、すこし間をおいた。言いにくかったが、思い切って言ってみることにする。
「貴方たちは反抗はしないんですか?」
老人はこちらをむいて、
「そんな柄じゃないだろ?」
とニッと笑って言い、去っていった。
俺は、加奈と落ち合う場所へと向かった。
加奈は、夕焼けの空をベンチに座りながら見ていた。お前は詩人か?
「よっ。またせたな」
加奈は悲しげにこちらに向いた。
「実は話したいことがあってな。あのダンボール街が――」
「撤去、されるんでしょ?」
加奈は俺よりも速く告げた。こいつ、知ってたのか。だからあの時に妙な表情をねぇ。
なんというか、鬱だな。
「お前、知っててボランティアを続けてたのか?」
「悪いの?」
加奈は立ち上がった。
「最初は、嫌だって思ってた。私の知らない人たちに会うし、実態が分からないし」
夕暮れに手をかざしながら、加奈はまたこう続けた。
「でも、皆良い人だった。そりゃ、最初私が来た時は軽蔑のまなざしだったけど、何度も通ううちに私も認められていったの。そしたら、皆苦しいのに、なのに私にプレゼントをくれた。それは一般的に見れば少ないものよ。でも……」
涙を垂らしながら、俺に最後に微笑みかけた。
「私にとって初めてで、最高のプレゼントだった」
俺は、何も言うことが出来なかった。
「魔術をみせたら、皆瞳輝かせてさ。ほんっと魔法使いで良かったって思ったよ。でもさ、結局何も出来なかった。何も、変えられなかった」
そういってから、彼女は立ち去り気味で、
「魔術って、何なんだろうね?」
こういい残して去っていった。
俺は立ちすくんでいた。何も出来ない自分が嫌になってくる。
魔術のことを威張ってたのはお前だろうが……なら威張り通せよ。通してくれよ。
「あ」
強く握り閉めすぎたようで、ICレコーダーのボタンを押してしまった。すると、なにやら音声が流れ始めた。
ザーザー、と風の音がしばらく続く。泣き声も聴こえ始めた。そして、
「ありがとう。もう、俺達は大丈夫だから、忘れてくれ」
と、一言が発せられて、録音の音声は終わった。
ありがとう? 忘れろ? ふざけるな……!
忘れられるわけがあるか? 俺なら忘れられる。だが、彼女はあんたらに少なくとも特別な感情を抱いてたはずだ。
こんな言葉で納得できると思うか? 納得できる奴がいたら見せてくれよ。絶対芯は納得してないはずだ。
「これ、聴かせない方が良いよな」
俺は録音を消そうと思い、削除ボタンをおした。いや、どうやら録音ボタンだったみたいだったがどうでもいい。どうせ俺が持っていれば聴くことは一生叶わないだろ。
見上げるともう夜。この町も治安が悪くなってくるだろうな。
俺は歩き始めようとしていた。
「いやぁ……しかし良かったのですかね〜?」
俺が歩いていこうと思った方向に、二人の影が見えた。何の話だ?
「あのダンボール街撤去となると反抗する者がいるのでは?」
なるほど、あの土地の主か。ったく、顔が偉そうだよ。俺的にな。
「大丈夫さ。反抗などできるわけがあるまい」
ん? こいつは気になるな。ちょっと隠れて様子をみてみっか。
「何故です?」
秘書的なオッサンは俺と同じ意見でそう言った。
偉そうな……あ、社長でいいや。社長的な人物は少し笑った後に説明を続けた。
「奴らの元お仲間を、つまり“元”ダンボール村人と言うべきかな? そいつらを私たちの会社に招き入れたのだよ」
「つまり、反抗したらその“元”お仲間をクビにさせると……?」
社長的な人物は笑いながらまた歩き始めた。より一層俺の近くで話は再開された。
「フフフ、その通り。それと念のために言っておくが、あの土地に工場を建てる……それは嘘だ」
「は、初耳ですね? それは」
俺だって初耳だぞ!? どういう意味だよ!
「あの土地は有効利用させてもらうさ。表向きは工場、そして裏向きは“別荘”としてな」
こいつ……どっかの時代劇のお代官様か? もしくは越後屋? どちらにせよ許せるもんじゃねぇぞ!
「撤去は明日。さて、今日はゆっくり寝ておくか」
「そうですね。明日にはマスコミも来るでしょうし、私は書類を書いておきますよ。“良い方向”へ」
二人は去っていった。ちくしょう。どうすれば良いんだ?
結局術はないのか? 今のことをマスコミに言うか? いや、信じてもらえる可能性は低い。
俺は“幸せ屋”のアルバイトだ、なら人の幸せを与えてやれなくて……いや、違うな。俺は、『俺』として幸せを誰かにあげたいんだ。そうさ、あのストリートの人たちへも、そして加奈、お前にもさ……!
知恵を出せ、ふりしぼれ! 何かあるはずだ! 何か……。
その時、“何か”を思い出した。そういえば、俺……。
俺は、今までで最高の喜びを感じたような気がする。そして、多いに笑ってやった。
「決戦は明日だな」
俺はひとまず、家に戻った。
太陽がやっと照り始めた頃、俺はバッグを背負い、走っていた。
加奈は、小屋に居なかった。こんな早い時間なのにだ。
撤去がいつ行われるかを知らなかった俺だが、どうやらあの社長的な人物達は早起きのようだ。既に、始まろうとしているらしい。
だが、俺には切り札がある。あのお代官と越後屋に見せ付けるもんがある。
くそっ、とびてぇ! なんで人間に羽がついてねぇんだ! ダチョウにつけるくらいなら俺にくれ!
見慣れた土地がうっすら見え始めた。俺はもうすでに息がきれている。ちっ、明日は筋肉痛だな!
あの偉そうな声が聞こえ始めた。いくつか物騒な車が置いてある。まだ起動する気配はなさそうだ。マスコミもまだ居ない。
「ちょっと待って!」
加奈が、ストリートの住人に止められながらも、必死に叫んでいた。
「話がちがいますねぇ。なんですか、この少女は」
秘書的な人物はゴキブリをみるような目で加奈を見ていた。
警備員のような服装をした男性に、加奈は捕まってしまった。
待ってろよ。今助けてやるからな。
「おい!」
俺はできるだけ勇気を振り絞ってこう怒鳴ったのだが、どうも緊張してやや情けない声を発してしまった。
ったくなんだよ。皆そんな目で見んなって。
「ちょ、お前ら、その子を離せって。セクハラだぞ、それは」
何言ってんだよ。俺……。もっとカッコイイこと言えよ……。
「なんですか貴方は」
秘書的な人物は俺に近寄ってきた。
「君みたいな子が来るところじゃないってのに。なんで二人も……」
「しょうがねぇだろ……」
この台詞は、昨日からずっと練習してきた台詞だった。
「俺らは“幸せ屋”だからな。人に幸せを与える。それが俺らだ」
秘書的な人物は鼻で笑った。
「ドラマの主人公にでもなったつもりで? バカバカしい。まるで子供だ」
秘書はそうはき捨てるように言い放ち、俺とは違う方向を向いた。どうやら社長が来たようだった。
奴は社長に駆け寄り、耳打ちをしている。
「ふん、そんなに妨害する奴がいるのか。ハエのようだな」
なんとでも言えばいい。ただ、俺は一筋縄じゃ落とされねぇぞ?
「さっさとそこをどきたまえ。君らには関係のない。大人の話なのだよ」
俺はどかなかった。ここまできて、止められるかってんだ。
「何故だ? 何故どかない。どうせ壊れる運命だ」
「そうかな? あんたらの陰謀はわかってんだよ」
俺は自慢気にそういう。いや、皆黙りこくっちゃったよ。まいっちゃったな。
「何を言っているんだね君は。おい、警備員。彼と彼女を捕まえておけ」
俺はすかさずあるものをとりだした。このまま捕まってたまるか!
だしたものは、ICレコーダー。つまり録音機だった。
「たしかあんたらは住民が認めている、って言ったよな?」
「ええ、その通りです」
と秘書が言った。
俺は再生ボタンを押した。録音した音声が流れ出す。
思い出してほしい。俺はあの会話の前、間違えて録音ボタンを押し、放置していたのだ。つまり――。
「これでもまだ言えるのか?」
昨日の会話が、録音機から次々と流れ出た。
『――お仲間を、つまり"元"ダンボール村人と言うべきかな? そいつらを私たちの会社に招き入れたのだよ』
『つまり、反抗したらその"元"お仲間をクビにさせると……?』
『フフフ、その通り。それと念のために言っておくが、あの土地に工場を建てる……それは嘘だ』
『は、初耳ですね? それは』
「お! おい! やめさせろ!! その録音機を奪え!!」
警備員は俺に向かって突進し、あっけなくICレコーダーを俺の手から奪い取った。
社長は笑いながら、それを踏み潰した。
「はっはは、これで真実は無いも同然だ!」
だが、笑っているのは奴だけじゃなかった。俺も、笑っていた。
笑いながら、テープを取り出し、用意していた携帯ラジカセに入れ、再生した。
『――お仲間を、つまり“元”ダンボール村人と言うべきかな? そいつらを私たちの会社に招き入れたのだよ』
『つまり、反抗したらその“元”お仲間をクビにさせると……?』
さっきと同じ音声が流れた。
「お! おい! カセットをとりあげろ!!」
だが、俺はカセットを携帯ラジカセから取り出し、警備員に投げ渡してやった。
加奈が、冷や汗をかきながら怒鳴った。
「ちょ、何してんのよ!」
だが、俺は冷静にバッグからまたテープをとりだす…、それを地面に何十個も落とした。
「え……?」
ほとんどの人たちがそう言った。
俺は勝利の表情を浮かべた。
「音質は幾分か悪くなったけど、家にまだこのテープはいくつもある。音声データをパソコンにも入れといた」
俺は、驚きで声が出ない社長に近寄り、おでこにデコピンをしてやった。
「あんたらの負けだよ。終わりだな、これがマスコミに受けわたれば会社も、あんたもな」
ニカッっと笑って、もう一回俺は、
「これでも、まだ言えるのか?」
と言ってやった。
だが、社長はあまり表情をあまり変えなかった。
「あと、俺の口封じは無駄だぜ? 兄貴がとある雑誌の出版社の社員でな。今から一時間後の10時にマスコミに流すように言ってある」
社長は近づいてきた。手にはバッグを握っている。
社長はバッグを開けた。見てみると、……札束?
――8、9、10……え?
「それで交渉しないか? 全部のカセットと君の兄を止めてくれないか? そうすればこれを……」
加奈を含め、色んな人物が俺をみていた。
きっと、不安なのだろう。俺の切り札が切り捨てられることが。
俺の頭に、二つの道が出来た。
この札束をもらい、自分の欲のままに生きるのか、受け取らず、村を救うか。
考えてもみろ。村を救って俺に得はあるか? 無いな。お金がもらえるわけでもない。物がもらえるわけでもない。
そうさ。こんな行動、俺はなんのためにしている? 正義の気持ち? うそこけ。俺はヒーローになるつもりはないし、気分を味わうためにしているわけじゃない。
ならなんだ? 俺は理由もなくこんなことをしているのか? ならやめちまえ。そしてお金をうけとっちまえよ。
裏切るだけで、未来の保障だぞ?
――違う! 俺には理由があった。じゃなけりゃこんなことできるわけねぇだろうが!
“正義のため”じゃない! “哀れみ”でもない! 俺は……。
俺がここまでした理由は――。
「どりゃぁっ!!」
俺はバッグを受け取り、ダンボール街へ、投げ捨てた。
「な、何をするんだ! それは!」
走ろうとしていた社長の前へ、俺は躍り出た。
「こんなもんいらねぇよ!」
俺は大声で続けた。
「確かに、金の影響力はすげぇさ。金があれば、ここの人たちもこんな生活をする必要もなかった。だけど、この世にはお金で買えない価値ってのもあるんだよ!」
「そんなものはコマーシャルだけのくだらないキャッチコピーだ!」
「それでも俺は信じてる。ここの人たちは、並み大抵じゃない連結力を持ってるってな! 金が無くなったからこそ、同じ境遇だからこそ生まれる絆。それが金で買えない価値だ!」
社長は、ますます怒りの表情を浮かべた。
「どうしても言ってほしくなかったら、あれよこせ」
俺は手を差し伸べた。俺がほしかったもの、それは……
「ここの土地の権利書だよ」
社長の顔は真っ青になった。そして、秘書に何かを促した。
秘書はバッグを持っている……あれか!
「渡してもらおうか! それを!」
俺は駆け出した。秘書も同時に駆け出す。あれ? なんか段々秘書が遠く……
って、秘書はやっ! 逃げ足はやっ!
「まっ待てやぁっ!!」
俺は叫んだ。だが秘書のきんちゃん走りは終わらない。くそっ、追いつかねぇ! あの走り方なのに!
全力疾走だった俺だが、後ろから走ってきた加奈に抜かされてしまった。……俺リレーの選手だったんだぜ? 毎年。
「しょうがないわねっ! とりゃっ!」
彼女は杖を構えて……あれ? 投げちゃったよ? え? 魔術とか使わないの?
「うごはっ!」
杖は宙を待って秘書の頭へ直撃した。もう魔法もへったくれもねぇよ!
秘書はそこでつまづいた。しかし、バッグをふっ飛ばしやがった!
バッグは宙を舞って……近くにあった木に引っかかった。
「チャーンスッ!」
加奈が駆け出した。すかさず俺も駆け出す。よし、このままいけばあのバッグは俺らのもの……。
「させるかぁっ!」
と、今度は社長が俺を追い越していった! って速っ! あの体型なのに速っ!! 俺泣いていいかなぁ!?
そして社長が木に向かってジャンプ……したが、案の定手が届かず、木に突撃する形となった。
杖を拾った加奈がとっさに何かを唱えた。俺は社長を踏み台にし、バッグに手を伸ばす。
「うしっ! 届くっ!」
だがバッグは宙を舞い、加奈めがけて飛んでいった。
バッグを掴もうとしていたのに空振りしてしまい、俺も社長の後を追う形となった。
「がはぁっ!」
やばい、口きれちゃったよ。口内炎だ……こりゃ。
一方、加奈はバッグを帽子でキャッチしようとしていた。あ、あれ消える。あれ消えちゃうんじゃね?
「あっ、間違えた」
加奈は帽子にバッグが入ったときにそう言った。
え? まって、それだとバッグも、書類も……。
結局、ハトが空を舞っていった。
俺らの嘆きの叫びを残しつつ……。
それから一日。
結局土地の権利書を失った社長は、青い顔をして去っていった。マスコミにもあのことが知れ渡り、大々的に報道が行われた。
兄貴の野郎は、その情報を届けたとして会社で昇進したようだ。ちゃっかり者だぜ、全く。
で? 俺はどうしたって? 何にもないさ。
加奈は村人と喜びをわかちあってたが、俺にはそんな絆は無いしな。ただ、ちょっとした善の気持ちを味わいつつ、去って行ったよ。
あのカセットテープも置いてきた。あ、そういえばあの万札の束も置いてきてたな。村に投げたからきっともっといい生活ができるようになるだろう。
良いことをすると気持ちいいってよく言われるけど、俺には疲れただけだったよ。前にも言ったとおり、何にも得るもんは無いしな。
「だけど何でこんなことに努力したんだ?」
そう言われたら言ってやるよ。
「俺が“幸せ屋”のアルバイトだったから」
って自慢気にな。
あ、あともう一つ。あの求人誌の“幸せ屋”の記事だが、いつの間にか見えなくなっていた。
何故かは不明だが、俺が思うにもう俺の仕事は終わったのだろう。そう告げているのだと感じた。
さて、俺はどうしているか。と言うと、家でくつろいでる。兄にちょっとした駄賃をもらったので、出かけようかと思ったが、もう体がダルい。昨日に走りすぎたな。マジで筋肉痛になっちまったよ。
とりあえずダチに自慢話でもすっかな。と、俺は携帯をバッグから――。
「あれ?」
取り出そうとしたのだが、バッグ自体が無かった。おかしいな。いつもこの辺においてあったはずなんだが。
「あ、あああっ!!」
俺は思わず大きい声を出した。そうだった。アレは置いてきちまったんだった!
参ったな。携帯が入っているのを忘れてた。今から取りに行っても、もう拾われてるだろうな。
どうしよう。ロックもかけてないし、住所は載ってるし、悪い連中の手に渡ったら俺はおしまいだ。
ああ、これから下級請求が来て、ヤクザが来て、何か嫌な世界の仲間入りして、と勝手な妄想を繰り広げていた時だった。
俺の部屋のチャイムが鳴った。
まさか、もうそういう世界の住人が来たのではないか? と不安な表情でドアを見つめる。
……まぁ、とりあえず開けてみるか。
「はいはい、どなたさ……」
そこには、加奈が立っていた。
「な、何でお前――」
俺が言い終える前に、加奈は携帯を投げつけた。俺はそれを何とかキャッチする。
そうか、お前が拾ったのか……。
「あ、ありがと、悪いな」
「お礼言うのは私のほうよ。いや、“謝るのは”かな」
加奈はカセットテープを俺に渡した。コレは……なるほど。あの時のか。
「良かったな。撤去が免れて」
俺は笑って見せた。
「――あのね」
少しの間をあけ、加奈は言った。
「ごめん。なんか、かなり助けられちゃった」
「最後の最後に活躍したのはお前だけどな」
俺はニコっと笑って続けた。
「まぁ、あれだ。結局お前の“魔術”に助けられたわけだよ」
「で、でも間違えちゃったし……」
「でも、変えられたろ? “魔術”でな」
俺はすかさず言った。
「お前は言ったよな。魔術ってなんだろう、ってな。お前は、“魔術”に全てを懸け過ぎてたんだよ。でも分かったろ? 行動をしてみて、駄目だったら使えば良いんだよ。最初から使うなんて考えなくてもいい。いざというときにこそ、使う“切り札”って考えときゃいいわけだ」
こだわりすぎちまうと、頭が固くなっちまうからな。
「そっか。うん。そうだよね」
加奈からも笑みがこぼれる。あ、そういえば気になることが。
「あのさ、結局腰巻はどうなったわけ?」
「あっ、そうそう」
加奈はまたあの怪しい箱から腰巻をとりだした。あいかわらずだな。ソレ。
と、加奈はそれを俺の手に無理矢理握らせた。
「これ、あげるね」
いや、ぶっちゃけね。いらねぇぇっ!! って思ったんだけど、まぁ、ここは礼儀だ。もらっておくことにした。
「ありがとよ。一日、世話になったな」
俺は、別れの言葉を言おうとしていた。
「そうね。でもこれからも貴方は私の世話になるのよ」
へぇ〜そっか……ってはぁっ!?
「な、なんのことを?」
加奈はニッっと笑って、
「あなたはこれから“幸せ屋”の正社員よっ! おめでとう!」
おめでたくねぇっ!! どこらへんがおめでたいんだっ!?
「さっきの腰巻はその証。あ、あとね」
加奈はあるものをとりだした。本みたいだ。
あのご先祖様とやらの本に似ているな。
「朝みつけたんだけどねっ! この腰巻って幸せをあつめるほどあったかくなるんだって! すごくない?」
デ○トラのベルトじゃねぇんだから。最後は選ばれしものに装着するのか? ならオッサンにやれよ。俺にやるなって。いらねぇって。今後40年は。
「じゃっ行きますか! え〜っと、名前聞いてなかったね」
そういえばこいつ俺の名前一切聞かなかったよな。
「真田幸雄。呼び捨てでかまわねぇっ! で? 俺はこれからどこへ連れられていくんだ!?」」
俺は少々参りながらも質問をした。
加奈は、フン、と鼻で笑ってから。
「“幸せ屋”の本店にっ!」
俺達は走り出した。あの汚い小屋に。
まったく、俺も面倒なことに巻き込まれちまったな。解放してもらそうもないしなぁ。
困ったものだ。加奈の輝く顔をみると反抗できん。魔法使いってのは皆こうなのか?
「はぁっ」
もう少し付き合ってやるか。このおてんばな魔法使いにな。
あ〜、ダルイダルイ。
俺のテーブルにはまた、あの求人誌が開かれていた。
求人誌の“幸せ屋”の記事は、前よりも大きくなっていた。
まだ、大きくなってくれるか?
なってくれるなら、また探してみようか。
幸せって奴を――。
―暑く、溶けそうな一日―
「あ、あちぃ……」
つい、うなってしまう。なんて暑いのだろうか。この暑さ、俺を溶かす気か?
こんなときは扇風機……ってつかねぇし。何度ボタンを押しても、プロペアが回る気配はない。
「なんてこった。俺のマイライフに欠かせないものが壊れやがった……。あ、でもこれあいつんとこからパクッたんだっけか?」
つい、一人ごとをもらす。それほど、今の俺の精神状況は不安定だ。
俺はエコに優しいエコライフを送る心優しい人間だから、エアコンなんて持ってないしなぁ。いや、決して買えないってわけじゃないぞ? 買えないではなく、買いたくないのさ。
しょうがない、もう一回あきらめずに扇風機のスイッチを押そう。そうさ。人間あきらめた時、死んでしまうのさ。
スイッチを入れると、プロペラが少し回って……外装がはずれ、プロペラが飛んでった。
――さすがの俺もあきらめたね。死んだね。
ってか、エアコン持ってる奴が恨めしく見える。なんで持ってんだっつの。い、いや、ほしいわけじゃないぞ? でも、なんかそいつだけがそういうのを使って環境を壊すのはなんかなぁって。
と、俺がエコに対する人間の定義の一部を誰かに心の中で語っているときだった。
「真田ぁ〜、いる〜?」
聞き覚えのある声が外から聞こえた。
「ただいま、真田は留守にしています。ドアに背を向けて、気をつけて帰ってください。以上」
そう言い終えて、俺はとりあえず昼寝を開始す――。
「まったく、やっぱり居るんじゃない」
俺の顔の真上に、奴が……櫻井加奈が立っていた。
って、おいおいこのアングル、ちょっと青少年には刺激が――。
「な〜に変な顔で見てんのよ! このスケベ!!」
もろ顔踏まれましたとさ。いや、これは俺の自業自得だ。い、いや、でも俺も男だし、俺も青少年なわけだから――。
「いつまでそうしてんのよ! この変態っ!」
さすがに、蹴られそうだったので、立ち上がった。
加奈の顔をみると、赤い顔で、俺をにらんでいた。
「い、いや、俺はただ単に寝てただけであって……っつか、お前どうやって入ってきたんだよ!」
加奈は杖をつきだした。
「これ使って開けたのよ。最近覚えた魔法を唱えてね。しっかし、結構使えるわね……この魔法は」
おいおい勘弁してくれよ。それ犯罪だから。犯罪。つか、そんな便利な魔法あったんですか。
ってか、何で杖を俺に向けたままなの?
「そうだ。ちょうどお仕置にはちょうどいい魔法があったわね」
「……今なんと?」
いや、もちろん聞こえてたさ。“お仕置”とな。
言っておくが、俺はそういう趣味の人間じゃないぞ?
「さっき私を変な目で見てたでしょ? それに対する罰ね」
「いやいやいや。誰がお前を変な目なんかで見ますかってんだよ。第一お前胸無ッ――」
加奈の杖を持つ手が振るえ始めたのに気づき、俺は両手を上げる。
「あ、いや、ちょ、悪かったって! 言い過ぎたって! 本当のことこそ残酷だもんなっ! ごめんなっ、そこ配慮できなくてっ!」
「あんた、謝る気あるの?」
と、加奈が笑って言ったので、
「え? あ、ぶっちゃけ無い」
と正直なことを言ったら案の定杖が光初めて……。
「いっ、ちょっ、ギャアアァァァッッッ!!」
「今日は近くの公園でごみ拾いをするわ。きれいにしましょうね〜、公園」
「俺はお前の心をきれいにしたほうが――い、いやなんでもないっす」
おかしな魔法のダメージを受けながら、俺らは公園へと向かっていた。
俺が住んでいるところは、貧富の激しい町で、ビルが立ち並ぶところがあれば、かならずダンボールの家が立ち並ぶところもある。そんな町だ。
やはり、公園にもダンボールの家はあり、公園の北側に堂々と立つマンションと比べられてしまいそうだった。まぁ、ぶっちゃけ、俺は比べてるしな。
そういえば、加奈との初仕事はダンボール街を救うことだったっけ。
「ねぇ、真田」
「ん?」
加奈は空き缶を拾いながら、マンションを見つめる。
「あそこにすんでる人って、幸せなのかな」
「……どういうことだ?」
俺もマンションを見つめた。
ドアを開けながら、笑って話している親子連れ、階段をしかめっ面で上る青年、青ざめた顔で空を見上げる中年が見えた。
「マンションに住んでる。そういうこと事態、ダンボールにすんでる人たちにとって幸せに思えるのに、マンションに住んでる人はそういう幸せを感じていないなってちょっと思ったの」
「俺は……」
加奈に笑いかけながら、俺はマンションをさす。
「俺は、住むところによって幸せが生まれるとか、住むところが良いから幸せだ、なんて思えないけどな」
「そう……なのかな」
ブランコに座り込んだ加奈は、暗い表情をしていた。
「私時々思うのよ。ダンボールに住んでる人たちって、どういう幸せ感じてるんだろうって。やっぱりマンションみてると、悲しくなるのかなぁって」
加奈……。
やっぱコイツ、何にも考えてないようで、実は色々考えてんだな。
あんときも、そうだったしな。
「加奈」
「何?」
「お前、エアコンもってるか?」
「……持ってるけど?」
って持ってるのかよ。俺よりも裕福なのか……。
「俺は実は持ってないんだ。だけど、それでも俺は不幸せってわけじゃないぜ?」
「…………?」
加奈が首をかしげた。
「いいか、物だけが人に幸せをよぶ訳じゃねぇ。金が本当に幸せを与えるとはかぎらねぇんだ。金を持ってる奴は襲われやすいし、物をいくら持ってても、そいつの生活環境が良くなるだけで、そいつ自身の環境、つまり仕事、友情、恋愛……そういうのが補えるわけじゃねぇのさ」
「そうね……幸せを決めるのは自分自身だもんね」
「ああ、そうだな。ついでに、俺は今幸せさ」
加奈に笑いかけ、そして質問した。
「お前、幸せか?」
加奈は、笑顔を取り戻し、
「ええ、もちろん」
と言った。
俺が加奈の頭をなでると、加奈は少し赤くなり、ちょっぴり恥ずかしそうな顔で俺を見つめた。
「なんか、あんた私のお父さんみたい」
「え? そうか? 俺子供を相手にすんのが得意なのかな……」
「だ、誰が子供よっ。ていうか、な、なでるのはもういいわっ!」
加奈がそっぽを向いて、せっせとごみ拾いを再開した。
まったく、あいつは本当に変なやつだな。
俺に大切なもんを気づかせてくれる。少々荒っぽいけど、優しい面もあるしな。
「ちょっと真田ぁっ、あんたもやりなさいよ! ごみ拾い!」
っと、怒られちまった。……そうだな、こんなことだけど、公園を使う人たちにとって、少しでも幸せを与えられるかもしれねぇ。住む環境だけじゃ、何も変わんない。だけど、多少の気休めにはなる。まぁ、一番大切なのは、対人関係だけどさ。
「真田ぁ〜はやくってば!」
対人関係……か。少なくとも、前のダンボール街の奴らは幸せだったかもな。仲間が居たから。
……俺にもいるか。そんな仲間ってやつが。ちょっと乱暴だけどな。
「おいおい、加奈っ、こんなとこにごみ落ちてんぞっ」
しばらく、こんなこともやってこうか。
――人の幸せを、見失わないために。
「真田ぁ」
「ん? え? なんでそんな怖い顔してんの?」
「あんた、私の家の扇風機、持ってなかった?」
「あ、あのオンボロか。そういえばアレ壊れ……あ」
加奈の杖が俺に向けられる。
「へぇ〜、私の、オンボロの、壊れたんだ〜。へ〜」
「あ、あっはは、なんか、スイッチ押してたらプロペラがピィーンって……ちょ、え? また? え? ちょ、まだ胸とかなんとか言って無くない? ちょ――ギャアァァァァァ!!」
――……いや、でも、ちょっと辞めたくなったかも。皆さんも、女子への口の利き方には、ご用心を。
―秋の、心地よい日に―
「ふわぁぁ〜……」
心地よい涼しい風に吹かれ、俺は心地よく二度寝をしていた。
今日は日曜日。何にもなく、今あるのは眠気と溜まった宿題くらいだ。
たまにはこんな日もいいよな、などと現役高校生の俺はオヤジ臭いことを思いつつ、だらーりとしていた。
え? 宿題をやれって? いやいや、そんなものは後回しでいいのさ。
今はこんな感じで、まったりと自由時間を楽し――。
「真田ぁ〜、暇だから遊びに来てあげたわよ〜っ!!」
俺の自由時間が一瞬にして消えたよ。宿題がひとつ増えたようなもんだな、これは。
「って、真田? 何でそんな渋い顔してんのよ」
お前が来たからに決まってるだろうが……と、言いたいところだったが、まぁ前回を思い出して言う気がうせた。
っつか、やっぱコイツ魔法でドア開けやがったみたいだ。本当にやめてほしいんだけど。俺がもし、青少年的……あ、いや……プライベート的なことしてた時に入ってこられたらたまったもんじゃないぞ。もう人間社会に復帰できないぜ。
「あのな、加奈」
「ん? 何? って、あ〜そうだ。これ持ってきたのよ〜、こ〜れ〜」
と、俺のありがた〜い忠告を聞かぬまま、俺に紙を二枚見せた。
「ん? これは――」
紛れもなく、その紙は若者や、少年たちがはしゃいで楽しみ場所。そう、それは――。
「遊園地のチケットよっ!」
5歳児の子供みたいにはしゃぐ加奈。その姿をみると、俺は昔を思い出してしまった。
俺の性格がひねくれてなかったころを、ふと――。
「って、何さびしそうな顔してんのよ! 私とあんたで遊園地行こうって言ってるのよ? 私は」
「え? 俺が? お前と?」
俺がそう言うと、加奈は少しおどおどしながらも、
「そ、そうよ! ……なんか、前のごみ拾いを見てた人が、うちに来て、彼氏とでもいってらっしゃいって……。でも私彼氏いないし! あんたしか知り合い居ないから、その、チケットが無駄にならないようにって思って!」
と開き直った10歳男児のように、大きな声で言ってから、玄関の方へと向かった。
やれやれ、しょうがない。
どうせ自分が楽しみたいだけなんだろう。ほんっと子供だなぁ。
「おい、加奈」
「え? 何?」
俺はバッグを投げ渡した。
「それはただの入場券だろ? 乗り物に乗るには乗車券をかわねぇと」
「え、そうなの?」
こいつ遊園地行った事ないのか。なんとも悲しい少女生活だったんだなぁ。
あ、だからこんなひねくれた性格になっちまったわけか……魔法と称してピッキング、魔法と称し、金を巻き上げ、魔法と称し――。
「なんでそんな顔で私をみてるわけ? というか、このバッグは?」
「あ、ああ。それには、その遊園地の乗車券が入ってるんだ。大丈夫、まだ使えるさ」
俺は自分のバッグを手に取り、玄関へと向かった。
「んじゃ、行くぞ」
「あ、うん!」
いつもはダルく向かう俺だったが、今回はそうでもなかった。
子供のようにはしゃぐ加奈を見ていたからかもしれない。その姿は、昔の俺とぴったり重なった。
……今日は、楽しくやってやるか。
子供のような笑顔を浮かべている加奈に微笑みながら、俺は遊園地へと向かった。
「うっわぁ〜〜! 真田〜、これが遊園地!?」
「ああ、そうだ。だけど、そんなことを大きな声で言うな。周りに哀れみで満ちた目でみられるだろうが」
まぁ、初めてだから無理も無いが、一緒に居る俺が恥ずかしい。
「ねぇねぇ、真田ぁ、早く入ろうよ!」
ノリが5歳児な加奈に手を引かれ、カウンターへと向かった。
そういえば、昔もこんな光景だったな。変わらないな、悲しいほどに、この風景は。
っと、そんな鬱な気分に浸ってる余裕は無かったな。今は加奈に付き合ってやらんと。
「あ〜、楽しみ〜」
こういうときはこいつも可愛く見えるな。あ、いや、勘違いすんなよ? 子供みたいに無垢でって意味さ。
っと、いつの間にか加奈はカウンター係にチケットを渡していたみたいだ。俺も急いでカウンター係にチケットを渡す。
「ねぇねぇ、真田ぁ〜、どの乗り物が一番楽しい?」
「ばーか。一番楽しいやつってのは後に残しておくのさ。とりあえず……前菜代わりにあれにでも乗ってみないか?」
俺は竜の形のゴンドラを指差した。
まぁ、あれも上位に入るくらい面白いわけだが。さて、ゆっくりと行――。
「早く早くっ!」
手をつかみ、俺を無理やり走らせ始めた加奈。
……今夜は筋肉痛になりそうだ。
ついでに、入場したのは10時。そして現在13(午後1時)時だ。
3時間ずっと走らされまくったわけで。今は遊園地内のレストランで一休憩をしている。
加奈は気に入った乗り物に何回も乗りたくなるらしく、何回もゴンドラ、空中ブランコ、メリーゴーランド、他多数に乗らされ、おれはもう……駄目だ。何回白馬の王子様になってんだ俺。
はぁ、参ったぜ。マジで参ったぜ。それに比べ、加奈はかなりピンピンしている。なんだコイツ、こいつの肺はサッカーボールか?
「いっや〜、おもしろかったね〜」
俺は面白さも何にも感じられなくなってるんだが。
「ん? どうしたの? まさか、真田もう疲れた?」
「ああ、疲れた。次行く時は、馬か闘牛と来てくれ。人間じゃ、お前についてけねーよ」
俺は店員が運んできたスパゲッティにフォークを絡ませながら言った。
まぁ、そういうと加奈はふくれっ面になり、赤い顔で俺を見つめた。
「なによー。何で馬と闘牛なのよ。そのセレクトの理由がわからないわよ」
「そうだな……ダチョウも足はえーな。ダチョウと行けば入れるんじゃねーの? 遊園地」
運ばれてきたカレーを頬張りつつ、加奈はこちらをにらんだ。
「あんたね〜。私が人間のレベルじゃないって言いたいわけ?」
「良く分かったな。分かったご褒美だ、もう俺食えないからスパゲッティやるよ」
加奈は納得しきれない顔をしながらも、俺がスパゲッティを差し出すと、目が輝いた。
子供っぽいと、こういうとき便利だなぁ。俺の脳内メモにメモッておこう。
っと、そんなかんやでもう30分は経ってしまっている。さて、これからどーするか。
「なぁ、加奈。昼飯食い終わったらどーする? あ、そういえばまだジェットコースターが残ってたな……」
「ふぇ? ふぇっとフォーフター?」
食いながらしゃべる加奈。ってか、こっちにご飯粒飛んだんですけど! 本当に子供だなぁ。
「食いながらしゃべるなっつの。行儀わりぃぞ」
そういうと、加奈は顔を赤くして、なんとか口の中にある食べ物を飲み込んだ。
「う、うるさいなぁ! そっちが話しかけてきたんでしょうが!」
なら飲んでから言え。飲んでから。
「で、ジェットコースターって何よ。もしかして、あの激しく動き回ってるあれ?」
まぁそうなんだが、頼むからゴキブリを指すかのような表現はやめてくれ。
「ああ、あれがジェットコースターだよ。遊園地と言ったらアレだな。まぁ、観覧車ってのもあるけど」
「かんらんしゃ?」
「あのでっかい円状のやつだよ。名前のとうり、この町を眺められるやつだ。……どこでも見渡せられるやつだよ」
そういや、あんときも観覧車で見たんだったな。あの光景。
忘れられるはずも無い、あの光景。そういや、あれ以来観覧車なんて乗ったことなかったな……。
「真田?」
心配そうな顔をして、加奈が覗き込んできた。毎回思うのだが、こいついっつも顔近いんだが。
俺はさりげなく後ずさりをして、
「何でもねぇって」
と言い、ジュースを飲み干した。
レストランでの休憩を終え、俺たちはジェットコースターへと向かっていた。
ジェットコースターまではなんとも長い道のりで、俺はその徒歩ですでにバテ気味だ。
「あんたもう疲れてんの? だめね〜、そんなんじゃ長生きできないわよ」
だとしたら、お前150年は生きそうだな。
「俺は短距離タイプなんだよ。っつか、お前と比べたら皆だめだめだろうよ」
「そうなの? 最近の若者ってだめなのね」
だからお前が凄過ぎるんだっつの。
ダンボール街事件の時も、ものすっごく速かったしな。……そういや秘書とか社長も速かったな。
……はぁ。
「いきなりなんでため息ついてんの?」
「いや、思い出すと何だかとても虚しくなっちゃってさ」
疑問の顔を浮かべる加奈。少し苦笑しながらポケットに手を突っ込み、歩く俺。
ふと、加奈といることの楽しさが、あのときの遊園地の思い出を壊し始めていることに気づいた。
「ちょっ、真田ぁ〜! なにぼ〜っとしてんのよ!」
気が付くと、加奈は既にジェットコースター前に行っていた。
ったく、俺ったらどうしたんだっつの。どっかの詩人みたいになっちまってる。いっそ、詩でもうたっとくか?
加奈に走って駆け寄る俺。加奈は心配そうに俺を見つめていた。
「だ、大丈夫だって。疲れてるだけだって。早く乗ろうぜ?」
俺は係り員に乗車券を渡した。加奈も続けて渡す。
「本当に大丈夫なの? もしかして〜、怖かったり?」
「するかよ。言っとくが、お前こそ大丈夫か? お前ここ初めてだろ?」
ジェットコースターに乗り込み、安全ベルトをつかんだ。
加奈も俺に続き、俺の隣に乗り込む。
「怖くなんかないわよ。ただこれがすごい速さで進むだけでしょ?」
そんなもんだったらこんな人気はないっつの。
説明していなかったが、俺たちがくるまで、このジェットコースターはかなり混み合っていた。
今は運良くすいていて、運良く早くに乗れたわけだ、
「ま、怖くなったら叫ぶのが一番だよ。気がまぎれるからな」
「ふん、私は負けないわよ」
誰と戦ってるつもりなんだろう。こいつは。
と、加奈の意気込みから数秒後、安全ベルトが固定され、ジェットコースターは動き始めた。
「え? これ揺れ激しくない? これ揺れ激しくない?」
早速パニくる加奈。おいおい。さっそくかい。
こんなんじゃ先が思いやられるぞ……。
ジェットコースターが、ゆっくりと上り坂のレールを上昇し始める。下をみると随分高いところまであがってきたようで、人がかなり小さく見えた。
「うう……真田ぁ」
「あ? ってお、おい!」
加奈が俺の手を強く握り始めた。加奈をみると……涙目。
さっきもこんぐらいのアトラクションに乗ってただろうに、何故にこれで?
「これ落ちないよね……? レールから外れないよね?」
なるほど、そこが怖いわけか。
に、しても、強く握りすぎ……って照れてるわけじゃないからな!? 断じてこいつ程度で照れる俺じゃ――。
ジェットコースターが最高の高さに達し、降下を始めた。
「きゃああぁぁぁぁぁぁっっ!!」
加奈の叫び声が俺の耳に襲い掛かる。さらに、手を握る強さがさらに増し――。
「ぎゃああぁぁぁぁぁ! 痛いっ! 痛いっっ! 壊れる! 俺の手が壊れるっ!!」
ジェットコースターには慣れていたものの、手の崩壊にはなれないっつの。つか、マジで崩壊するぞ、マイハンド。
あれだ、ロボットと握手したらこんな目に遭うんだろうなぁ、と想像できる痛さだ。
そんな絶叫する俺たちをあざ笑うかのように、ジェットコースターは、宙返りの地点へと向かっていた。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
加奈の絶叫は止まらない。いや、世の男性諸君は、ジェットコースターで怖がる女子を見て、やれやれと苦笑するんだろうけど、今の俺じゃ作り笑いもできないわけで。
もし誰かが変わってくれるのなら、変わってくれ。今この一瞬だけでもこの痛みを分け合いたい。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
二人の悲鳴がいい具合にハーモニーした。
しかし、まだまだレールは続いて、さらに続いて……。
そして、遂にジェットコースターが減速を始めた。
「はぁ、はぁ、はぁ〜……」
加奈の息が切れているころ、俺の意識も切れ掛かっていた。
まじで、しゃれにならないっつの。
「ああ、真田、私生きて帰って来れたんだね」
当たり前だろうが。いや、それよりも俺が生還したことが奇跡だな。
「加奈、お前握力測ったことあるか?」
「いや、ないけど?」
多分、握力計壊れるな。こいつのを計ったら。
「まぁ、あれだ。お前俺の手を強く握りすぎなんだよ。死ぬかとおもったぜ」
「そ、そんなに強く握ってた? 私」
「ああ、『きゃあぁぁぁ』とか絶叫しながら俺の手をすごい力で握ってたぜ。つか、今も握ってるじゃねぇか」
俺がそう言うと、加奈は頬を赤らめて俺の手を放した。
「わ、悪かったわよ! 意外に怖かったの! それでつい……」
「俺はお前の握力の方が怖かったよ。手がスライムになるところだった」
観覧車を眺め、俺は歩き始める。
加奈は怒ってるような、照れてるよな顔をして、俺に続き歩き始めた。
「今日は、あれが最後になりそうだな」
俺は観覧車を指差した。
12年間乗ることを拒み続けた観覧車に、俺は向かう。
それは、俺自身、あの事件を乗り越えたかったからかもしれない。
この遊園地の観覧車はとても大きく、一番高いところまでいくと、町の絶景が乗ってるものの感動を誘う(某広告より)。
そんな観覧車の前に俺たちは居る。
「はわ〜、本当に大きいわね〜」
加奈が驚くのも無理はない。この遊園地の一番の目玉はこの観覧車なのだから。
かなりの高さを誇る観覧車は、たくさんの家族、若者、そしてカップルから支持を受けている。
「んじゃ、入るか」
係員に乗車券を渡した。バッグを調べると、その乗車券が最後の乗車券だったことに気づいた。
懐かしいな。前は最初に観覧車に乗ったんだっけ。そして、あれを――。
「ねぇ、今日の真田、ちょっとおかしいよ?」
加奈が、ぼーっとしている俺に言った。
俺は、軽く謝りながら苦笑し、観覧車に乗り込んだ。
加奈は、ずっと心配そうな顔で俺を見つめていた。
「真田。あんた悩みあるの? 今日、何度かぼーっとしてるけど」
悩みではないな。ちょっとした思い出か。
「ねぇ、真田。悩みがあるなら話なさいよ。私聞いてあげるよ?」
「いや、悩みっつかなんつーか……もう、12年前の話さ。12年前の、悲劇のお話だ」
「悲劇?」
「……そうだな。お前のおかげで、これに乗れる気になれたんだ。……聞くか?」
加奈は興味深そうな表情を浮かべ、頷いた。
俺は窓に映る景色を眺めながら、話を始めた。
「6歳の時、俺はこの遊園地に遊びにきた。本当は親も一緒だったんだが、着いたときに忘れ物に気づいたらしくてさ。一旦帰ろうって親が言ったんだけど、俺馬鹿だからさ……遊園地で待ってるって言ったんだよ。俺が頑固なもんだから、親も折れてさ。兄貴と一緒に待ってろって言って、帰ったんだ」
「真田にもそんなときがあったんだ」
そりゃそうだろ。とツッコみたかったが、
「で? 先を話して」
と言われたので、ツッコみは保留することにした。
「俺の家族は、俺、妹、兄、父、母の5人家族だったんだ。その当時、兄貴は10歳だったな。妹の有架(ゆうか)は3歳か。んで、両親は妹を連れて家に帰ったんだ。俺と兄貴でしばらく待ってたんだけど、兄貴がトイレ行くからって、バッグを俺に渡してトイレに行った。俺は、遊園地に早く入りたかったから、バッグの中に入ってた入場券一枚と、乗車券数枚を持って、遊園地に入ったんだ」
ついでに、両親の忘れ物は、財布と、携帯と、兄の分の入場券だった。
「遊園地は、目をひくものばっかだった。そのなかでも、観覧車は特に気になってさ。どうしても入りたかった」
俺は外の景色の中に、自分の記憶に存在し続けたものを発見し、目を閉じた。
「何とか観覧車に入って、俺はこの町を眺めた。……絶景だった。俺の住んでいる町がこんなにすばらしい風景だったなんて、驚きだった」
加奈が、俺の隣に席を移した。
俺は隣に座った加奈を見つめた。
「その絶景の中で、俺はある奇妙なものを見つけたんだ」
「奇妙なもの?」
「炎だ。真っ赤に燃え盛る炎だった」
また外の景色に視線を移した。
今の顔を、見られたくなかったからかもしれない。
「俺は燃え盛る場所に、なぜだか見覚えがあった。俺は、その場所をじっと見つめた」
外の景色を眺めているうちに、昔の景色がよみがえってくるような気がした。
そして、ため息を吐いて、
「燃えていたのは、俺の家だった」
と言った。
加奈の方に向くと、加奈は涙目だった。
「俺は信じられなかった。まさか、そんな、ってさ。でも、明らかに俺の家だった。俺はよく目をこらした。そして、知らない黒い車が家の前に止まっていて、そして出て行くのが見えたんだ」
「まさか……あなたの両親、そして妹さんは――」
うつむき加減で、俺はつぶやくように言った。
「――死んだよ。皆焼き焦げてた」
「そんな……」
加奈の目から、どっと涙が流れた。
「放火殺人だったんだ。皆刃物で刺された後、焼かれたらしい。俺と兄貴が家に戻ったころには、全員運び出されてた。あんときゃ泣けなかったよ。そんときの脳じゃ理解できなかったんだろうな」
俺は加奈にハンカチをわたした。
「俺らを、拾ってくれた人たちが、今の家族になってる。兄貴は放火犯のことを今でも恨んでて、情報を得るために情報雑誌の出版社員になったらしい。……俺は悠々と生きてるけどさ。あれ以来、今日まで観覧車に乗れなかった。友達と遊園地に来ても、観覧車だけは乗れなかった。なんか、町の景色を見たくなかったんだろうな。要はトラウマさ。トラウマ」
「ごめん……私そんなことも知らずに……」
加奈の肩を優しく叩いた。
「いいんだよ。逆に感謝してるぜ。お前のおかげで、観覧車にも乗れるようになったし、何より楽しかったしな」
俺は加奈の頭を優しく撫でた。
「ありがとよ。マジで、ありがとう」
――と、いきなり俺の腰まわりが輝き始めた。
「んを!?」
見ると、あのわけの分からん先祖が残した腹巻が俺の腰まわりに巻かれていた。
巻いたつもりは無かったんだが……なぜだ?
しかも、腹巻は前よりも暖かかった。
――そうか、なるほど。
この腹巻は、人の幸せがあつまるほど暖かくなるんだったな。
今、俺は幸せなのか。それはあんまり実感わかない。
幸せってよくわかんねーな。でも、人が喜ぶとき、心が暖かくなるときってのは、
幸せってことなんじゃねぇかな――。
「しっかし、今でもわかんねぇんだよなぁ」
「何が?」
俺と加奈は、夕焼けで照らされている帰り道を、のんびりと歩いていた。
「何でいきなり腹巻が現れたかねぇ? 俺つけてなかったはずなんだけど」
「寝ぼけて付けたんじゃないの?」
「そんな奇跡的寝ぼけ方はしたことねぇよ。つか、したくないんだけど」
さすがに恥ずかしいので、今は腹巻を外し、バッグの中に入れている。
だが、まだ腹巻は暖かい。いや、これはこれで冬に役立つんだけどさ。
「やっぱあれね。魔法の腹巻だから、あんたの幸せに反応したんじゃない?」
できればそんな理由で納得したくないわけだが、まぁ今じゃ納得するしかないしな。
と、加奈の家が(小屋だけど)見えてきた。
「あ、そうだ。このバッグ……」
加奈が、俺にバッグを差し出した。
「やるよ。俺は使わないしな。誕生日は知らんけど、お前への誕生日プレゼントだと思ってくれ」
加奈を見ると、また子供みたいに目が輝いていた。
「いいの!? ありがと〜〜!」
はしゃぐ加奈をみて、少し嬉しくなった。
――有架のバッグ、俺が持ってても仕方ないしな。
「じゃーな。そのバッグ大切にしろよ」
加奈は笑顔で頷き、走っていった。
――死んでいった父さん、母さん、そして有架。
俺は今……
とても、幸せだよ――。
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2007/12/02(Sun)21:45:14 公開 / 悠湖
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■作者からのメッセージ
一応推敲してみましたが、所々おかしなところがあるかもしれません。
また、自分はあまり人間を描く、ということに不慣れなので、途中人間的ではない心情も見えるかもしれません。コメディ風にも仕立てましたが、短編なのでやや展開が急すぎるかもしれませんね……。
あまり重くなく、浅いテーマ性の小説ですが、ご感想や、ご批評などあればよろしくお願いします。
12月2日、第3話追加。これからもどんどん追加していくつもりです。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。