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『死体と鳥(仮題)(もしくは無題)』 ... ジャンル:ショート*2 童話
作者:泣村響市
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あらすじ・作品紹介
死体が嫌いな方や鳥が嫌いな方はご遠慮下さい。それしか出てきません。
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死体があった。
元は生きて動いて生命をしていたはずの誰かの死体が力なく山奥の草むらに落ちていた。腐敗が始まりかけている、死後数日といったところだろう。夏場なので、もしかしたらそんなに経っていないのかもしれない。
兎に角死体だった。
口汚い物書きならば肉塊と表現するかもしれない。その程度のもの。とりあえず死体と表現しておく。
その上におれはばさりと降り立った。
「いつまでいつまで」
甲高いおれの声が響く。沈黙。もう一度泣く。死体のためにと、自分のために。こうしているのがおれの仕事で、生きる意味だから。鳴くのを止めてしまえば存在が消されるのだろう。
「いつまでいつまで」
誰も来ない。普通ならこの辺で其の辺りの人家から人が出てきてもいいはずなのだが、生憎の事山奥だ。長丁場になるかもしれない、と覚悟を決めて喉を鳴らす。
「いつまで」
もう一度鳴こうとしたら、
「何で鳴いているんですか?」
死体が喋った。
おれは鳴くのをやめて黒い瞳を動かした。
「……なんでお前喋るんだ?」
「え、喋ってますか?」
「喋ってんじゃねぇか」
「あ、本当だ」今更のように驚いた声を出す。死体は口も動かさずに、けれどしっかりと喋っていた「え、僕って死んでません?」
当たり前のことを聞いてくる。
「絶対死んでる、血の涙出てるぞ。内蔵ちょっと出てるぞ。脳味噌は幸い出てないが、酷い状態だ」
端的に告げると、死体はうわ、と嫌そうな声を出した。自分の姿を想像したらしい。すごい気持ち悪いじゃないですか、と呟く。更に腐ってきていることを告げると更に嫌そうに「えぇええー!」と口を動かさずに器用に叫んだ。
「更に倍でキモイじゃないですか! うっわぁ……目の前に鏡なくて良かった目見えなくて良かったぁああ……」
良かったとかそういう問題なんだろうか、と思いながらおれは鳴いた。
「あ、蝿とかいませんか? 集ってません?」
「おれが来た時点で逃げたが」
「蛆虫は?」
「幸いちょっぴりだ」
死体はまたうわぁああ、と呟いた。オヤシロさまーとか呟いているのは無視する方向でいく。
「……ちょっと、自分の死に様想像したら吐き気がしてきたんですけど……」
「脳も無い癖に想像とは生意気な」
「脳ありますって」
む、と黙る。一つ鳴いてから、
「死んでいるくせに吐き気とは生意気な」
「生とか言われても……そりゃ生肉ですけどー!」
表情も変えずに不貞腐れたように叫ぶ。死体の癖に感情豊かな奴だ。「どうでもいいがな」と締めくくると「どうでもいいですね」と締めくくり返された。
「いつまでいつまで」
死体がちょっと黙ったので隙を見て鳴く。甲高い声。この声があまりすきではない。
「いつまでいつまで」
もう一度鳴いた。
「何で鳴くんですか?」
死体が聞いてきた。そんなものは知らない、と答えると、
「そうですか」
と答えてまた少し黙った。
鳴いて、死体に問われて、知らないと答えてまた鳴く。もう一度鳴いて死体に問われて知らないと答えて、また鳴く。なんども繰り返して、もう一度鳴いた。死体が問うのを待つ。何で鳴くんですか。よく飽きないなこの問答、と思いながらその声を待つ。
けれど死体はそう問わなかった。その代わりにこうおれに問うた。
「楽しいですか?」
考えた。楽しくない。楽しくない。楽しいわけが無い。
「そうじゃなくて、僕と喋っていて、楽しいですか?」
考えた。考えた。考えた。答えは簡単に出た。出したくなかった。だから言わなかった。その代わりに
「いや、別に」
と答えてもう一度鳴いた。
「疲れましたか?」
もう何日も此処で鳴いている。死体は段々と腐ってゆく。おれの声もかれてゆく。
「ああ、疲れた。ちょっと死にたいな」
冗談めかしてそう呟く。死体は腐敗した瞳を動かさずに真剣な口調で呟いた。
「僕は、死にたくなったはずなんですが。死にましたよ。其処のがけから落っこちたんです」
其処といわれても何処だか分からなかったが、すぐ傍の切り立った崖を指しているのだろうと目星をつけた。此処まで酷い有様なのは、鳥やら野犬やらに突かれたからなのだろう。
「そうか」
死体は少しだけ嬉しそうな声で言った。
「羨ましいですか?」
おれは少しだけ笑った。その口ぶりは、なんだか自分が死んでいることを誇っているようだったから。冗談じゃない、とおれが返すと僕だって冗談じゃありませんよ、と呟いた。心底嫌そうな口ぶりだった。
「僕は貴方が羨ましいです。姿は全然見えませんし、声しか聞こえませんし、何か変な人だっていうのは分かりますが、それでも貴方は、生きています。自由っぽいです。死んでる僕よりずっとずっと」
真剣な声音だった。だから俺も真剣に聞いた。
「だったら代わってくれるのか?」
俺は鳴かずにそう問うた。
こうして俺の変わりに元誰かの為にこいつが鳴きつづけてくれるなら、代わってもらってもいいような気がした。
それは、こいつの言っている自由っぽいのとは程遠いような気もしたけれど。
「いいえ。嫌です。嫌に決まってます」
死体の癖にそいつは笑って、ゆっくり裏返った瞳を閉じた。
人がやって来た。
おれはばさばさとそいつから飛び立ち、もう見向きもせずに上空へ羽ばたいた。
また死体を捜さなければいけない。
出来ればもう喋らない死体がいい。
そう思いながら、泣きながら鳴いた。
「いつまでいつまで」
何時までおれはこうしていればいいんだ? お前の選択は正しかったよ、死体。
そういえばあいつの名前、最後まで聞かなかった、と思った。
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2007/07/25(Wed)20:53:12 公開 / 泣村響市
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■作者からのメッセージ
以津真天、という妖怪がありまして、いつまで、と読むんですが。まぁなんかそういう死体にまつわる妖怪なのですが細かいことはご自分で調べてください。私もそう詳しくは無いのです。
なんというか、某妖怪サイト様で見かけた時にふと思い立った話です。
死体だとか物騒な単語がたくさん並ぶほのぼの感動系が書いてみたかったんです。
ご批評ご感想ありましたらどうぞお願いします。出来ればオブラートを用意してお願いします。本当に、打たれ弱くてごめんなさい……。
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