『SEASON <1〜2>』 ... ジャンル:恋愛小説 未分類
作者:如月夜宵                

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『四月、桜は満開で見ている人を明るくしてくれる最初の月。
 春の陽気が空気や行き交う人々を暖かく包んでくれる。
この季節はやたらと出会いと別れが多すぎる。すごく仲良かった先輩が遠くの場所に行
ってしまう。親しかった後輩とも<進学して離ればなれ。進級だけしかしない人にだって絶
対に同じとはいえないが、きっと似たような緊張感はあるんだと思う。同級生同士でとか
学校内での変化はなくても、互いの人間関係は少しずつ変化していっている』 by氷室恭介

1st season

「ねぇねぇ、私の帰り道の近くでさおいしい喫茶店を見つけたんだけど一緒に行かない?」
「え? でも、先生に見つかったら大変だよ」
 桜林(おうりん)中学校。至って普通の共学の学校で、進級早々騒いでいる二人がいる。
三つ編みでどこか挙動不審な女子学生と栗色の髪で短めのおてんばな女子学生。生徒玄関
で寄り道の相談をしている。
「大丈夫だって、私高校付近のコンビニで買い食いしてるけどばれないよ」
「運が良いだけじゃない?」
 三つ編み女子学生の心配をよそに、栗色の髪の女子学生はそんな彼女の前にしゃしゃり
出て自慢げに語ろうとするが、余計に心配した顔をするがお構いなしでぐいぐいと引っ張
っていこうとする。
 この二人は同級生で三つ編みの女子学生が朝比奈夕月(あさひなゆづき)、栗色の髪の女
子学生が大河内千尋(おおこうちちひろ)、今年で中三だが受験生という色が見えてるのは
夕月だけで千尋は全くそんなそぶりを見せる気配すらない。
「何言ってるの、学校の先生方も巡回するとか言ってるけど、実際すれ違ったことある?
 例えば担任とか」
「な、ないけど〜」
「だったら大丈夫だよ、今時の女子中学生がね生真面目に勉強だけしてたら神経参っちゃ
うって」
「そうかな〜」
「ユヅは校則きちんと守りすぎてるんだよ。少しぐらい羽目外したってどうってことないって」
「……じゃあ、行ってみようかな。で、でも。今日だけだからね」
「よっしゃ、じゃあそうと決まったらレッツゴー!」
 若干乗り気じゃない夕月を連れ千尋はお目当ての店へと駆けていく。
 途中、千尋の息が切れ夕月が苦笑してフォローに回りながら少し傾斜がかかった道をゆっ
くりと歩いていく。
 歩くこと十五分、次第に不安になり周りを見渡す夕月は向かいからくる高校生らしき人と
たまに目が合い顔をうつむかせ、小声で千尋に質問した。
「そのお店、どこにあるの?」
「うーんとね、あ、ほらあそこに高校あるじゃない?そのもうちょっと行った先かな」
「そう、なんだ」
 不安そうな声で返事しながら顔を上げた夕月の目にまず飛びついたのは深緑のブレザーを
羽織った男子生徒だった。すれ違ってもすれ違っても男子生徒ばかり、女性ですれ違うのは
昼で仕事が終わったパートぐらいなものだ。
 不思議そうにあたりを見渡しながら、夕月はふと早足で校門の前までいって足を止めた。
「どうしたの?」
 その後をゆっくりと追い大声で千尋が夕月の行動を目で追うと、急にほおを急に赤らめた
彼女がそっと口を開いた。
「ここって、男の人ばっかりなの?」
「あ、ユヅはここ来たことなかったっけ? うん男子校だよ。中等部からみたいだけど、結
構倍率高いって、この間男子が言ってたよ」
「やっぱり、かっこいい人がいっぱいいる学校なのかな」
「なに、そんなことないんじゃない? 男だらけだよ。そんなかっこいい男いたら私が一番
最初に目つけてるって」
 夕月が何にときめいているのかはまだ分からない、毎日登下校中に高校を通っている千尋
は経験だけでそう語った。でも、冷静さを保つような感じで彼女はさらに口を開く。
「でも、凄くかっこいい人が二人歩いてくるよ」
「え?!」
 うっとりとしながらそう言ってくる夕月に感化され、身を乗り出すようにして千尋が校門
の前に立つと、二十メートルほど先から二人の男子生徒が近づいてくる。一人は眼鏡をかけ
たクール系、もう一人はハイテンションで乗りのいいビジュアル系、二人は時間を忘れて男
子生徒に釘付けになっていた。
「ユヅはどっちが好みよ」
 肘で相手をつつきながらさりげなく聞くと、それに反応して夕月の目線が移動しおうよう
にして千尋も眼鏡をかけた男子生徒に目を向ける。
「へぇ、ユヅあんな人好きなんだ〜。まぁ、あんな人うちの学校にいないからね。少なから
ず私達のクラスには」
 千尋はもう少し見つめてそのまま通り過ぎようと考えながら夕月に話しかけると、彼女が
驚いたような顔をしてその場に硬直した。
 再度千尋が男子生徒に目を向けると、ビジュアル系の男子生徒が嬉しそうに二人の前に駆
けてきた。
「あ、やっぱそうだ! 君たち桜林の生徒だよね」
 すぐ後ろにいる眼鏡の男子生徒を激しく手招きしながら、こちらも滅多にこない来客に驚
いた。だが、夕月が驚いて交代してしまったのを見るとすかさず言葉を足した。
「あ、吃驚したよね。俺、南光輝(みなみこうき) っていうの。清緑(せいりょく)学園高等
部の二年。あ、今手招きして誘ってるのが氷室恭介(ひむろきょうすけ) って言って俺の一つ
上の先輩なんだ」
 南光輝と名乗った男子生徒は早口で自己紹介をすませ、興味津々で千尋と夕月を交互に見る。
 光輝は近づいてきてもヴィジュアル系を通していて、髪は黒髪だが生え際は金髪混じり、
後ろの男子生徒よりは若干背は低めだが容姿でカバーしている感じだ。
「二人とも今帰り? もしよければこの後俺たちすぐ近くの喫茶店でお茶するんだけど、一
緒にどう?」
「え? いいんですか?」
「良いに決まってるって。こんなかわいい子が二人もいるなら大歓迎だよ! ね、恭さん」
 簡単に誘いをかけてしまう光輝に迷いを感じる夕月をよそに、千尋が単なる興味だけで即
答すると、決まりとばかりにガッツポーズをして恭介を見た。
 恭介はゆっくりと三人のところに近づきながら、光輝のガッツポーズに気づかないくらい
楽しそうに笑う夕月を見て微笑みながらほおを赤らめつられて笑った。
 だが、急に話を振られ恭介は不機嫌そうに近づき、光輝の袖を強く引っ張りロートーンで
誘いをチャラにしようとした。
「馬鹿いえ、俺たちは仲良く話し合いをするんじゃない勉強しにいくんだ。だいたい、お前
さん遊んでて良いのか? 後一年もすれば受験だ。そのときに偏差値が足りないだのランク
が足りないだのって泣かれても困るのは南、お前自身だぞ」
 黒髪で右目下の小さな泣きぼくろが特徴的、黙っていれば容姿端麗という言葉が似合いそ
うな男だが、実際は言葉がきつく聞いているだけで胸が痛くなりそうな言葉を表情一つ変え
ずにサラッと言い放つ。その威圧感に圧倒され二人は呆然と立ちつくすした。
 そんなことは知らず、恭介の怒りは光輝だけではなく千尋と夕月にも向けられた。
「君たちも新学期とはいえ、明日あたりテストが控えているんじゃないのか?」
 掴んでいた光輝のブレザーの袖をパッと離し、千尋達を半分にらみつけて光輝の前に立つ。
夕月は理想と現実の違いをこうも早く突きつけられるのかと思い、怖くてたまらなかった。
千尋はその間逆で戦闘態勢に入りいつでも言い返せる状態にあった。
 そんな二人を嘲笑うようなに制服の胸ポケットにある名札の学年別のピンバッチを見て小
さく頷けば。再度二人を見つめ冷たく言い放った。
「君たちは三年生なんだな。公立の中学とはいえもうスタートから前に出たやつもいるだろ。
気がつけばあっという間に進路を決定しなければいけない時期までくるんだ、恋とか遊びとか
言う前にそれなりの努力しといた方が良いぞ」
「あのね! 南先輩にどうこう言うのは勝手ですけど初対面に対してその言動ってどうかと思
いますが」
「ありのままを言っただけだ」
 長々と正論らしきことを言ったかと思えばいい加減にしろと言わんばかりに一言言って冷た
く突き放す。そんな振る舞いに腹を立てた千尋は一秒でもこの場にいられないと怒りをあらわにし、
夕月の手を引っ張り走ってその場を去った。
 慌てて追いかけようとする光輝の腕を思いっきり掴んでその場に留まらせ、目だけでいくなと命
じた。嫌気がさした光輝は掴まれてる腕を思いっきり振り離し一回睨んで千尋の気持ちに便乗する
形で一言だけ抗議した。
「なんでアンタはいつもそうやって交友関係をわざと作らないようにするんだよ」
「友達なんてな。数多ければ多いほどうざったくて面倒。ただそれだけだ」
「そういうとこ、気にくわないけどね。俺は」
 せっかくのチャンスを台無しにされ不機嫌になった光輝は、恭介との約束をドタキャンして校門
を思いっきり蹴りつけ学校を後にした。ただ一人恭介だけは間違ったことは何も言っていない、悪
気はこれっぽっちもないと自分に言い聞かせ、一人勉強会を開くはずだった喫茶店へ歩を進めた。



 翌朝はすっきりしなかった。
 楽しい登校がなんだか今日は寂しくて、夕月はずっとうつむいていた。
「おーい!」
 後ろから自転車のベルの音が何回か聞こえ、勢いよくペダルをこいでくる。
「朝比奈ちゃ〜ん?」
 どんどん歩を進める夕月の隣にタイミングよく止めたのは陽気で無邪気な男の子。
 だが、心ここにあらずの夕月は呼びかけには一切気づかず、いつもよりも速度を落とし、
桜並木が並ぶ歩道を歩いている。
「夕月!」
 気づいたのは少し遅れて歩いてきた千尋に肩を思いっきり叩かれたときだった。一瞬頭
の中が真っ白になり、目を丸くさせて辺りを見回し少しばかり心臓の鼓動が早くなった。
 両隣を見れば少し怒り気味の千尋と、心配と不安が入り交じったような表情で見つめる
男の子が必死に話しかけてくれていた。
「もう、徳ちゃんに気づかないなんて、そんなにボーッとしてると事故るよ」
 朝からお叱りモードになっている千尋の目をじっと見つめ、未だ状況を把握できない夕
月は首をかしげた後、再度前を向いて変わらぬスピードで歩き出した。
「なんかあったの?」
 夕月の行動を目で追いながら少しずつ千尋に近づいていく。徳永友樹(とくながゆき)は
腕を組み面白くないという顔をして目を合わせた。
 友樹は髪型は短めでかっこいいが、中三でありながらどこか幼く中性的な容姿をしてい
る男で、なぜか女子の人気より男子の人気が圧倒的に多い、いわば男子のオアシスみたい
な存在らしいが女子の目線からいけばどうでもいい。
 だが、追われてる立場として多少の乙女心はわかるんじゃないだろうかとと思い、千尋
は昨日の言おうと口を開くもからかわれるのが嫌でつい口を閉じてしまった。友樹の頭上
には数多くのはてなが浮かぶ中、夕月を追うようにして早歩きで後ろをついて行く。
 無言の時間ができて五分が経ち、一度は怒りかけたものの状況が状況であったため少し
ばかり同情しようとしたがそれも数分と持たず、再度苛つきはじめ。もう知らないと突き
離そうとしても事情が事情だけに簡単に見放すのもプライドが許さなかった。
「朝比奈ちゃん!」
 千尋がかけだし止めようとするよりも先に友樹が走って追いかけ後ろから思いっきり抱
きしめ夕月の足を止めた。
 早朝からものすごいものを見せられ千尋は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にし、友樹と
夕月を遠くから眺めた。
 そんな千尋の事はもはや頭になく、ただいつもの優しい夕月が見たくて、無意識に抱き
しめる手を強める。
 急に足を止められた夕月は何がなんだかわからないまま、声だけには反応して腕を振り
上げ友樹にひじ鉄をくらわせた。
「いって〜。なにすんの? いきなりそれは無いじゃねぇ?!」
「あ、あれ? 徳永君?」
「……気づいてなかったのね」
「ご、ごめんなさい!」
 誰かに抱きしめられた経験がない夕月は感覚が歯がゆくて仕方なかった。自然と引き離
そうとして防御態勢に入るも、相手が友樹だと知って少し申し訳ないことをしたなと余計
に心が萎縮して、せっかくついてくれた冗談も見破れないまま、また駆けだした。
 男に相談したってどうせからかわれるだけ、今の気持ちたぶんわかってもらえない。
 そんな気持ちしかないけど、誰かにわかってもらいたかった。


 初めての恋だったから。


 そんな気持ちが頭の中をグルグルと回るうち、暖かい感触に引き寄せられた。
「大丈夫? お嬢さん」
 一瞬、夕月の時間止まった気がした。


 いや、止まっていた。


 ふと目の前の壁を上に目線を移してみると、茶髪の男が微笑んでいた。容姿は美形で髪
服装は深緑のブレザーにダークグレイのパンツは長髪で一つ束ね、ちょっと一癖ありそう
な男性である。
「……?」
 夕月は少し考え昨日の記憶をたどる。昨日も深緑をブレザーを羽織った二人組が自分の
前にいたはずだと。話しかけようと口を開こうとすると、優しく髪をなでられ優しく語り
かけてきた。
「何かあったの? 俺の制服見て驚いてるみたいだけど」
「い、いえ。ちょっと。でも何でもないんで」
「何でもないはず無いだろ? 目、潤んでるよ?」
 一見紳士な感じだが、清緑の生徒であれば何かあると先読みしてあまり関わらないよう
にするが、やけに優しいので夕月は少しときめいた。
「で、でも。大丈夫です」
「ほんとに?」
「はい」
 昨日の恭介とは違い自分を包んでくれそうな瞳と大きな手に男の人の温かさを覚えかけ
ていた。なんとなく、話しがしたくて勇気を出し自分から切り出した。
「あの、清緑の人ですか?」
「そうそう。今年から三年生!」
 いらない情報までくれる人だが、話してて楽しく夕月に今日初めての笑みがこぼれた。
「名前、教えてください」
「皆川亮介(みながわりょうすけ)、簡単な名前だから覚えやすいと思うよ」
 抱きしめているという状況を利用し、亮介は夕月の頭を撫でて自分のペースに引き込む。
いわば半分ナンパをしているが、互いにそんなに意識はしていない。
「あの、私朝比奈夕月って言うんですけど…」
「夕月ちゃんね。覚えとくよ」
 抱きしめていた手をそっと離して頭にぽんと手を乗っけると、学校に向かい去っていく
その間、友樹に目線を遭わせ軽く右手費指さし指で合図を送った後、表情を素に戻し不敵
な笑みをしてアドバイス程度だと言って話し出す。
「そこの少年、抱きしめる行為は相手を足止めするために使うんじゃないよ? 見たとこ
ろ恋人とかそんな関係じゃなそうだしな。そんなことして下手したら誤解されないよ。そ
う言うのは状況を見計らって使うこと。OK?」
 長々と友樹に何の説得力もない恋愛のいろはを言うと亮介は満足げに去っていった。
「なんだよあいつ」
 ときめく夕月を横目に、友樹は口をとがらせ面白くなさそうに亮介が遠くなるまで見続
ける。
 見つめていたのは夕月も一緒で、こちらはまた違った目線だった。頬を赤らめ優しく微
笑む彼女を千尋は見逃さなかった。それどころか、すねる友樹を通り越して夕月の肩をポ
ンと叩くとにこっと微笑んで。
「いい人いたね」
「うん」
 腕で軽くこづきながら耳打ちでときめく夕月に耳打ちする。恭介と初めてあったときの
ドキドキ感とはまた違った感情が夕月の心を動かした。小さく頷いてもう誰も通っていな
い道をずっと見ていた。
「私、放課後会いに行こうかな」
 ふと思いついた夕月は千尋の目を見てそう宣言した。
 遠慮気味に言っているが、ときめいた乙女は止められないということで千尋は大きく頷
いて私も一緒に行くと二人とも再度期待に胸をふくらませた。
 が、その状態は五分と持たず、拗ね続けている友樹がその場を黙って立ち去ろうとした。
「徳永君?」
「別に、高校生に恋しなくてもいいんじゃね? あんな人どこにでもいそうじゃん」
 呼び止めた夕月に冷たく当たり嫌な気分になるが、気持ちに嘘はつけないと腹をくくり思
いっきり気持ちを友樹にぶつけた。
「皆川さんに恋しようが何しようが徳永君には関係ないよ。私は、また会いたいだけなんだ
から。第一、たまに話すだけの貴方にそんなこと言われたくない! ちぃちゃん、早く行こ?」
「う、うん」
 千尋の手を引っ張り友樹を軽く睨みながら、ときめきを一瞬でこわされ不機嫌な夕月は後
十分で予鈴が鳴る学校に走っていった。
 気持ちは亮介に向いたまま。次に会える時を楽しみにして。



 清緑学園高等部、正門前で最初の予鈴を聞きながら間に合わなかったと思いつつ悪あが
きで生徒玄関に飛び込み、何事もないふりをして上履きに履き替えている亮介に少しにら
みをきかせて、風紀委員をしている恭介が遅刻者調べのクリップボードで背中を軽く叩く。
「……セーフだろ?」
 半分硬直させた状態で亮介が上を見上げどこか頼み事でもしそうな目で訴えるも、恭介
はなぜか腕時計を見ながらチラッと時計を見て鼻で笑い飛ばし。
「遅刻だ」
 それと同時に五分後の本鈴と同時に亮介を叩いていたクリップボードを右手の手のひら
でパンと恭介の手のひらでいい音を鳴らし、してやったりというような目で相手を見た。
「ヒムロッチ、いくら何でもこれは強引だよ」
「くそ、珍しくお前さんが走ってくるから遅刻扱いにできると思ったんだけどな」
「そんな簡単に書かれてたまるかっての。身なりはこうでも根は真面目なんだよ」
 画板を自分の手元に持ってきて手のひらで軽くパンと叩いた後舌打ちして悔しがる恭介
に、ゆっくりと起きあがり乱れたブレザーの襟を直しながら勝ち誇って笑みを作る。
 この高校、二回目の本鈴鳴る前に上履きを履かなければ遅刻の対象になるというおかし
な校則がある。それを知っていても遅刻してくる生徒もいるが、その校則を利用してわざ
と遅刻させてみようという、ちょっとした悪巧みが実行することがある。
 だが、それはほんの数名だけで、裁くところはきちんと裁いている。


 一瞬賑やかになった校舎内にあつい制裁が今日も鳴り響く。


 左手にクリップボードを持ったまま目線は亮介を見て笑みを浮かべたままで、恭介は自
分の隣を通り過ぎようとしていた人影の頭上を気持ちいい音を出して叩いた。
「いってぇ〜!!」
 片目を瞑り叩かれた部分を押さえながら、反抗の意を込めてわざと痛がり恭介を睨むが
通用せず、クリップボードを肩に置き真顔に戻して後ろを向かれ、単純に一言吐き捨てら
れた。
「痛がるぐらいなら遅刻するな」
 一見明るそうに見えて尊敬できそうに見える光輝だが、高校内で首位に入る遅刻常習犯。
 でも、日常の見慣れた光景でもあるこの二人のやりとりを亮介は初めて見た。
 微笑ましく見ていたかったが、光輝の視線を亮介に移され目が踊った。
「あ、でも今日は亮介先輩も共犯だもんね〜」
「生憎だが、亮はセーフだ」
「残念だったね、南ちゃん」
 この三人、決して仲が良いわけじゃない。かといってメガトン級に仲が悪いわけでもな
い。いわゆるなぁなぁの仲で、先輩後輩の壁が極端に薄い、いつの間にか互いに愛称がつ
いていて、いつの間にか互いに浸透している。息のあった三人組だ。
 その三人が繰り広げられるものといえば、まさにドタバタも良いところで亮介を遅刻の
共犯にしようとしていた光輝に、体を相手に向け腕を組むとキッパリと答え、とばっちり
を食らわれそうになった当の本人も不敵の笑みを浮かべ人差し指で額をこづく。
 言動と行動に少し気にくわないのか光輝はふてくされ、もう良いんだろみたいなオーラ
を全面に出しその場を去ろうとすると、亮介が遅刻しそうになったのが本当に珍しかった
のか恭介が不思議そうに口を開いた。
「お前さん、何で遅れそうになった?」
「ん?可愛い子猫ちゃんが通学路途中にいたんでね」
「……聞いて損した。流すぞ」
 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに亮介がほんの数十分前の出来事をフラッシュ
バックさせ、口元がにやけながらも話そうとするがあっという間に恭介に却下された。
「なんだよ、そっちが聞いてきたくせに」
「俺は女に興味はない」
 亮介がつまらなそうに言ってそっぽを向いたかと思えば、恭介がとどめに言ってとばか
りに一言で片づける。だが、何となく耳を傾けた光輝がその場に立ち止まり亮介に目線を
合わせた。
「そんな可愛い子とすれ違ったんですか?」
「あぁ、まぁ続きは昼休みな。このまま立ち話してたら先生に怒られるし。南ちゃんなん
かダブルでしょ」
「そ、そうですね。じゃあ屋上で、恭さんもどう?」
「俺は行かん。勝手に二人でだべってろ」
 盛り上がっている二人を横目に、遅刻してくる生徒をチェックしながら恭介は軽くあし
らい行く気は全くないというオーラを全面に出す。でも、恭介は分かっていたこれくらい
でこの二人が早々に引き下がるわけがない。
「連れてくよ」
 おれることを知らない恭介に言う最終予告はこの一言ですむ。しかも三人そろっている
日は恭介の反抗に対し反撃は倍そして光輝と亮介同時に言うものだから見事にハモる。困
ったもんだと思いながら、その場はそれ以上一言も話さずに光輝と亮介は早歩きで自分た
ちの教室に向かった。
 恭介の朝の仕事が終わり教室に戻れば、幸か不幸か同じクラスの亮介が隣の席の椅子を
二、三回叩いて笑顔で待っている。そんなことなんか恭介には関係なくて話しかけられれ
ば話しかけられたで相手するだけ、という感覚だが今日は亮介と光輝が同等のテンション
で、いつも以上に目が輝いてるからなんかよからぬ方向へ持って行かれそうで警戒してい
た。


 気がつけば、屋上で同じ釜の飯を共にしていた。


 学校内の時間なんて授業時間五十分抜かせば一呼吸入れる時間は一瞬で、昼休みなんて
あっという間に近づき、無理っくり亮介に引っ張られ光輝が教室の前で待ち伏せされ、恭
介は半強制的に連れてこられた。
「……」
 屋上の柵を壁代わりにして座り、恭介はほかの二人と少し距離をとって食事をするが隣
の二人の笑い声が気になって偶に見ても、目線が誘ってきてあえて関わらないようにしよ
うとすると、光輝はふと朝の話を思い出し、亮介に身を乗り出して聞いた。
「そういえば、今朝いってた可愛い子っていったいどんな子だったんですか?」
「なんていうかな〜。清純で幼っ気たっぷりの子かな〜」
「へぇ、そんな子よく見つけましたね」
「こう、俺のオーラがよびよせてんじゃね?」
「それはない」
 異性の話となると盛り上がりを見せるこの二人、実は以前堂々と桜林に女子生徒を引っ
かけに行こうとして恭介に見つかり未遂に終わったことがある。それがあるため、今度は
何をしでかすか分からないと深読みして、切り捨てにかかる。
 ただ、純粋に亮介が恋の話をするのも珍しいと考えた恭介は自分の発言した言葉を即座
に撤回し、相手の話を首をつっこむまでは行かなくても聞いてみようかと、すまんと手で
合図する。恭介の素振りに反応した亮介は意外という顔して、どうせなら三人同じ話題で
楽しもうぜと恭介を両側から挟んで話を続ける。
「そんな、突っぱねたってね顔に書いてあるよ? ヒムロッチ」
「気になるだけだ」
「でも、清純な子でしょ? そんな子います?」
「いるよ。こう二つのお下げが可愛さをそそるっていうか、もう何度でも抱きしめてたい
みたいな、そんな感情に駆られる子なんだよね」
「お下げ……」
「うん、近くの中学校の子」
「へぇ、なんか見てみたいっすね」
 髪型を手で表現して少し女の子の雰囲気を出しながら、リュックの紐を控えめに持ち亮
介が見た女子を自分のイメージを足して、恭介と光輝にウインクをしてアピールする。
 光輝は素直に共感するものの、恭介はお下げという単語に反応してなにやらぶつぶつと
つぶやき始める。
「お下げね〜……」
「そんなに気になるなら、ヒムロッチも来る」
「断る」
「でも、気になるんでしょ?恭さん」
「気になると思ってるだけだ、別に見に行きたいほど興味があるわけじゃない」
「でもさ〜。よく言うじゃない? 見るは一時の恥見ぬは一生の恥って」
「それを言うなら、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥だろ。勝手にことわざ自分勝手に作
るな」
「そんな堅くならずにさ〜。あ、わかった恭さん自分がその子に惚れるのが怖いんでしょ?」
「べ、別にそんなことねぇよ」
 恭介が違う方向を向こうとしても左に亮介、右に光輝がいるため隠しようが無く、なお
かつ自分の顔に異変が起きているのがすぐに分かり逃げようと試みるがすぐに亮介に抱き
しめられて行動止められる。
「そんなことあるよ? 顔赤くなってんじゃん、素直に認めなさいって。あ、認めないと
俺ヒムロッチにキスしちゃうかも」
 亮介に目線を合わせないように前を向いていても、横から抱きしめられている状況では
相手の吐息が耳に掛かり恭介は仕方なく目線を合わせるしかない、ただ目線を合わせて話
すならまだいいが、そのまま強く抱きしめられ耳元で囁かれた。
「気色悪いからやめろ。クソ野郎」
「じゃあ、行くって事で決定だね」
「……」
 度が過ぎると思い離そうとしても、亮介は勝手に話に合意したと思って大きく頷いた。
「恭さん、青春満喫しようよ」
「一度だけだぞ」
「十分」
 亮介が抱きしめるのをやめ恭介から離れると、今度は光輝が相手に肩を組み誘いに掛か
る。女が絡むとこの二人は目の色を変えるのはもう重々承知だった。今まではそれを自分
が関わらない程度に恭介がうまくそれていただけで、今回ばかりはそうもいかず一度乗り
かけた船にそのまま同乗するしかなかった。
「じゃあ、きょうの放課後桜林に行くって事で良いね」
「あぁ」
「楽しみっすね。亮介先輩」
 恭介はまだいまいち乗り気はしなかったが、何かが引っかかり半強制的に誘われた誘い
に乗った。
 恭介がスローペースで食べかけの弁当を食べながら、亮介と光輝がさっきよりも話に花
を咲かせているのに、そんな軽い判断で良いのかと一瞬ためらった。でも、言ってみない
ことにはさっきからうずいている胸の高なりが収まらない気がしていた。
 桜林に行くのはただ確かめたいことがあるだけ、ほかは適当に二人の後ろで話を合わせ
ていればいい。それだけ思っていた。

 自分の素直な気持ちを押し殺し、放課後を恭介なりに楽しみにしながら。


 
 下校合図の予鈴と共に、早支度をした夕月がリュックを片方の肩にかけたまま廊下を走
っていく。
 走りながら亮介のことを思い浮かべている。気のせいか亮介に抱きしめられたときのぬ
くもりが残っているような感じがして、夕月は立ち止まっては左腕をぎゅっと握りしめ微
笑み、また走っていった。
 夕月の行動を目で追い、廊下にでた友樹は不思議な行動に首をかしげるも自分には関係
のないことだと割り切って、そのままどこか気が晴れない顔で歩いていく。
 その後ろを、慌てた千尋が友樹に言葉無いまま抜き去っていった。

 生徒玄関で外靴に履き替え外に出ると、校門近くに一本だけある遅咲きの桜が満開で柔
らかい風に吹かれて花びらが踊っている。いつも何事もなく歩いてるところだけれど、今
日は空気も周りも景色も下手したら自分さえも変わって見えた。
「ユヅ〜!! あんたそんなに急いで何やってるの」
 靴を履き替えながら夕月に聞こえるように半分叫んで呼び止めようと千尋が頑張るが、
一回だけでは立ち止まってくれず、どうしようもなくなってうまくはけない外靴のかかと
を足裏で踏みつぶし、走りづらさをすっとばして夕月の近くに行きセーラー服の袖をしっ
かりと掴んで二、三度揺すった。
「ユヅって!」
「!!」
 どんなに揺さぶられても大声出して遠くから呼んでも気づかなかった夕月が、耳元で叫
ばれた千尋の声にようやく気付き体を一度痙攣させて夢から覚めたよう見たような目でそ
の場に立ち止まる。
「ち、ちぃちゃん」
「もう、今日一日中ボーッとし過ぎだよ」
 朝の亮介に会う前と同じ顔をした千尋が夕月の目の前にいて思わず背筋を伸ばしてしま
った。けれど依然としてどこか悩んでいる表情だけは夕月から抜けず理由を探してしまっ
た。其れが怒鳴りという表現とつながってしまったのかもしれない。
「ねぇ、ちぃちゃん? 私どうしたらいいかな」
 全く人の話を聞いていなかったといっても良い反応に千尋はとまどいを隠せずにいた。
夕月は前から優柔不断なところがある。そんなことは重々承知だったけれど人の話に全く
耳を傾けずに自分の世界に入ってまで考え事をすると言うことは初めてだった。
 実際に朝もそんな感じだった。その上急にそんなことを夕月が言うものだから千尋は動
揺せざるを得なかった。しばらくの間千尋は言葉を詰まらせとまどっていたが、その沈黙
を破るように更にその後ろからなぜか二人より先に行った友樹がかけてきた。
「あっさひなちゃ〜ん!」
 朝よりも更にテンションを上げた友樹は朝の亮介の変な忠告をあっさり無視して、陽気
に振る舞いながら後ろから抱きしめた。
 だが、朝からテンションがおかしい夕月はいつもなら必死で訴える抗議がなく、それど
ころか抱きしめられた友樹の手をギュッと握った。
「徳永くん……」
 考え事が激しいところはあるものの、なんとなく朝よりは夕月の反応が早くなったのか
なと思いながら彼女の視線がふと千尋と友樹を交互に見始める。
 何を思ったのか急に真剣な眼差しで二人に話しかけた。
「ちいちゃん、徳永くん、ちょっとつきあってくれる?」
「ユヅ?」
「どうしたの? 朝比奈ちゃん」
「私ね、なんとなくなんだけど、あの高校の人たちと、なんかもう一度話したくなったの。
朝も言った気がするけど、本気だよ」
 年上に対しての少しばかりの憧れ。夕月の目には亮介がキラキラして見えた。多分理想
と現実を混ぜて見ているのかもしれない。そんなことは千尋は見通していた。
「ユヅ、また氷室とか言う人に会うかもしれないんだよ?」
「そんなこと関係ないよ。私は皆川先輩に会いに行きたいだけなんだから」
 高校に行ったら間違いなく恭介と光輝に会うだろう、でもそれを怖がっていたら前には
進めない。でも夕月一人ではまだ高校に行くというのは怖くて出来ない。千尋と友樹に一
緒に行ってくれるよう頼むが、友樹は面白くなさそうにして、そんなことかと思い返事出
さずに先に行こうとする。
「ちょっと待ちなさいよ! ユヅが困ってるのに」
「僕はね、野郎に興味はないの。誘うなら別な用事にしてよね」
 男目的の用事だと分かると先ほどの甘い空気から一転し、友樹は近くにあった小石を力
強く蹴って一度千尋達を一瞬だけ見て投げやりに手を振りながら学校を後にする。
「ちょっと! 待ちなさいって」
「いいよ、徳永くん男の子だもん。男子校なんかに行きたくないよね」
 冷たくあしらった友樹の態度に苛つきを覚え、襟首掴んででも捕まえる勢いだった千尋
に、今日初めて強気で相手の断りを悔しがるようにして夕月は行くのをやめさせた。
「でも!」
「ちぃちゃんがいてくれるだけでも心強いよ」
 表情は優しくてもどこか熱くなっていた夕月に、昨日恭介に突っぱねられたときの不安
な気持ちは少しずつ消えていると感じ、ほんの数ミリ程度だと思うがその裏に恋の二文字
が浮かんでるんだと千尋は思っていた。
 その優しげな表情に押され本当に夕月につきあうだけだと千尋は安易に引き受けてしま
った。
「よし! そこまでユヅが行くって言うんならおともしましょ?」
「ホント? ありがとう、ちぃちゃん!!」
「その代わり、その代償は大きいよ?」
「今度二人で出かけた時に何でも奢ってあげる」
「言ったな〜。絶対だからね」
「うん、約束する」
 決意が固まれば善は急げと言わんばかりに千尋は夕月の腕を引っ張りながら、半分清緑
に連れて行く気持ちで時折後ろを振り返り顔を合わせ笑いあい、いつものようにじゃれ合
いながら校門を後にする。
 辺りを見回せばふてくされて出て行った友樹の姿はどこにもなく、そのまままっすぐ家
に帰ったんだと二人とも思いこんでいた。それはそうと邪魔者がいなくなったとなれば千
尋達の話題といわば一つしかなくて、道をゆっくりと歩いている最中に千尋が夕月の前に
出てニッコリと笑った。後ろ向きのまま完全に乗り気の千尋が身を乗り出して夕月に問い
かける。
「ユヅ、皆川先輩にあったらなんて言う?」
「なんて言おうかな〜」
「ちょっと、ばったり遭遇したら真っ白って事無いよね」
「予行練習した方が良いかな」
「言葉とか決まってるなら付き合うよ」
「…………」
 急に話を振られて困り苦笑を浮かべる夕月に、何とか下準備だけは万全にしておきたい
と千尋は真剣に対応する。でもいざとなると言葉が浮かんでこない。男の人にどういって
話を切り出したらいいのか、突拍子もないことを言って困らせたらどうしよう。相手は夕
月よりも三歳も年上だと考えると、なおさら胸の奥がつっかえる感覚があった。
 なかなか言葉が決まらない夕月を、一度も前を確認せずに歩いていた千尋は数メートル
先で急に大きな障害物にぶつかった。電柱とか物などにぶつかったわけではなく、自分よ
りも少し背の高いヒトに背中があたり思わずハッとなって始めて振り返り、思い切り平謝
りをした。
「ご、ごめんなさい! 全然前見て無くて」
 だが、前にいたのは見慣れた人で勢いで謝ったことを千尋は深く後悔した。
「なんだ、徳ちゃんか……」
「徳永くん、どうしたの?」
 二人は友樹を間に挟むようにして、千尋が左、夕月が右側に立ちなんとなく彼が追う目
の先をたどると、前方からうっすらと三人の人影がどんどん近づいてくる。うっすらと見
えるのは深緑のブレザーをネクタイのない特徴的な制服。昨日から嫌な位目にしてれば思
いつく学校はただ一つ。清緑学園高等部だった。
 千尋と夕月と友樹はその人影が近づいてくるのをずっと見つめていた。でも、夕月はい
ても立ってもいられず二人よりも先に足が動き、人影に向かってかけていく。夕月の行動
に反応するように三人のうち中心にいた男子生徒が軽く両手を広げ、相手が飛び込んでく
るのを待った。
「あ…」
 男子生徒側からも見えてきたお下げの中学生の笑顔に恭介は息を飲み込んだ。両手を広
げて待っていたのは皆川亮介だった。一つに束ねている髪が特徴的で夕月にはすぐに分か
った。
 夕月が亮介の近くまでくると、そのまま柔らかく抱きしめられた。
「また、会えたね」
 今朝と同じように抱きしめられた夕月は、亮介の暖かい言葉と素振りに心地よく感じて
しまい、無言のまま頷いた。
 それを見ていた恭介は、昼休みからずっと引っかかっていた疑問の糸を次々とと投げて
いく。夕月だけじゃなくその遠くにいる千尋を見た瞬間、昨日の放課後の出来事がよみが
えってきた。
「この二人、昨日の」
「再開できたじゃない? 恭さん。まぁ、お下げの子は亮介先輩にいつの間にか夢中みた
いだけど。さて、俺も行動開始するかな? あの栗色の髪の子に興味あんだよね。恭さん
はどうせどっちにも興味ないんでしょ? 目の前にもう一人いるから話してればいいじゃ
ん。なんか不機嫌そうだし」
 光輝にポンと肩を叩かれて、恭介は思わず目を合わせ不敵な笑みを浮かべ千尋に近づい
ていく。
 急な展開に頭が回らないまま、楽しそうに話す千尋と光輝を一瞬だけ見て、後は夕月を
じっと見ていた。
 別に完全に女性に興味がない訳じゃなかった。ただ、女性に対する対応が恭介はどうし
ていいのか分からないだけ、女性を見るだけでふるえが止まらないけれど何故か夕月だけ
には目がいっていた。
「あの……」
 夕月と亮介のゆったりと流れる時間をうらやましく思いながら、ずっと二人を恭介は見
ていた。少し遅れて声がした方に目を向けると友樹が恭介の目の前に立ち、勇気を振り絞
って話しかけてきた。
「あの二人、一瞬だと思うんですよ。一時の恋って言うかだからあまり、気にしないでく
ださい」
 笑い飛ばして話をそらそうとする友樹を、じっと見つめて頷きも返事もせず恭介は目を
移した。
 じっと見つめる友樹の容姿はまるで女子のようで、かっこいいと言うよりも可愛いとい
う言葉が一番似合う。髪も短めにしてカモフラージュし、制服もわざと男子のもをを着て
いるのかと思うくらいの端麗でどこか頼りなさそうな感じの女の子と勝手に認識をしてし
まい、友樹が話しているのにもかかわらずつい抱きしめてしまった。
「ちょ、ちょっと。何するんですか」
 抱きしめられた男の感覚に頭真っ白が真っ白になりそうな友樹だったが、必死に何かの
誤解を解こうと恭介の腕から抜け出そうとする。だが、男の腕力は早々簡単に弱められる
ものじゃなく、一度抱きしめられればどうやっても逃れることが出来なかった。
 友樹は優しく見つめられる恭介の視線に大声を出そうとしたが、あまりの威圧感でそれ
も叶わず、つい小さな声で反抗した。
「お前さん、威勢だけは良さそうだけどあまり俺に牙向けない方が良いよ? 今後のため
にもね」
 抱きしめた瞬間を見逃さなかった光輝と千尋は、ふっと何かを勝ち誇った笑みを浮かべ
た恭介に嫌な予感が頭の中をよぎった。



 このままだと、どうあがいても恭介に何かされそうと思い、友樹は何とか抜け出そうと
するが、どうやっても力負けしてしまい逃げるすべを無くしてしまいそうになる。けれど、
同性にそんな言葉を言われるなにものもないので、友樹は必死に逃げようと恭介の両手で
胸のあたりを全力で押しもがき続ける
「だから無駄だって」
 力任せに抵抗する友樹に降参しろと言わんばかりの眼力で恭介は相手の心を射抜く。
「…………」
 別に同性に負けるという感覚は無かったが、友樹は一瞬眼鏡のレンズから覗く恭介の鋭
い目にひるんで抵抗していた手を止めひるんだ。
 自分だどうかしたのかと思うくらい恭介の視線が痛くて、どこか落ち着かなくて、忠之
の心臓の音だけがうるさくて、二人の周りで生まれている自然の音は一切耳に入って事無
かった。
「その行動は、この先のことを許してくれるって事なんだな」
「え……」
 恭介がそう囁いて周りの音が一切無音になったとき、友樹の唇に何か暖かいモノが重な
ってきた。思わず目を見開いて恭介を見る。瞳を閉じて口づけを交わす恭介の目元はすご
く綺麗で思わず見とれてしまいそうになる。
 周りの人間には恭介と友樹の時間が止まったように思えたが、時間が経つにつれて自分
たちがしていることが恥ずかしくなり、互いに離れる。
 でもそれだけじゃ友樹の気持ちは収まらない。恭介との距離が少し出来ると同時に更に
距離を出したくて、思いっきり突き飛ばした。
 その反動で恭介は尻餅はつかなかったものの、後ろに五、六歩下がり押された反動で胸
のあたりを軽く押さえ深く前のめりになると、何が起こったと吃驚し同じ体制で友樹を見
上げキョトンとした目をした。
「あんた、何?」
 千尋や夕月達の視線はまるで目に入らない友樹は、周囲を通り過ぎる学生の視線も怖く
なかった。
 見つめる先はただ一点、恭介のみでおそらく彼の視線から見えていたであろう弱々しい
部分を一気に印象を変える位目つきがきつくなった。その瞬間、今まで無音だったはずの
音と言う音が全部蘇ってくる。それに加え今まで聞こえなかった周りざわめき、同じ高校
の生徒、偶々通りがかった通行人、いつの間にかギャラリーが出来ていた。
 恭介はそっと体を起こし我に返って改めて友樹を見る。目つきは依然として鋭いまま紺
色の生徒手帳を突きつけていた。
「俺、徳永友樹。オトコなんだけど」
 友樹は最初のページを片手で開き顔写真が張ってある部分を恭介に堂々と見せる。性名
前の下の段、生年月日の隣にはっきりと男と印字されている。それを確認したとたん恭介
の顔が青ざめる。後ろを振り返り自分がしたことの重さを一気に感じた。
 これでもう一度友樹を見たとき彼からの視線だけじゃなく、せっかく良い雰囲気にさせ
ていた二組まで迷惑が掛かる。当然周りの人間の目だってまだこっちに向いてるだろう、
だから最初はすまんと小さく呟いて立ち去るつもりだった。
「あんた、やることが派手なわりに後始末悪い男なんだね」
「…………」
「俺さ、あんたみたいな男大嫌いなんだよね。勝手に性別間違えてさこっちが真実突きつ
けたら逃げ腰で……もう、馬鹿みてぇ」
 年下の男にあんた呼ばわりされている。しかも言いたい放題本当はいらだつことだらけ
の恭介だが、こればっかりは図星をつかれ黙るしかなかった。
 友樹が最後に言った言葉だけが永遠と恭介の頭の中で繰り返される。
 最初はパニックを起こしていた。それも数秒の出来事あっという間に開き直り行動に出
る。
「悪かったな。じゃあ、これならどうだ」
 不気味笑う恭介の目には夕月しか映っていなかった。友樹から離れ早歩きで亮介と夕月
の所へ歩いていく。その視線に気づいた亮介は慌てて夕月をかばうように頭を撫でる手を
止めて自分の腕の中に閉じこめる。
「どけ」
 周りがどんな目で恭介を見ているかなんてそんなことは関係なかった。間違って同性に
手を出した代償というわけではないが、女性に恋することが出来ない男なんてそれこそ笑
われる。そんな変な偏見にとらわれた恭介は、必死で夕月を守る亮介の腕を力任せに引き
離し、しばらく互いに見つめると強引に抱き締めた。
「!!」
 偶然この場に居合わせた全員が息をのむ。
 無論夕月だって例外じゃなかった。力強く抱き締められる恭介の腕の中で必死にもがく、
単なる男の嫉妬に巻き込まれて、夕月は物のように扱われている気がした。
 最初にあったときは確かにかっこいいと思った。眼鏡が似合っていて背もスラッとして
いて、いってみれば憧れの対象になりつつあった恭介が人が変わったように夕月を見てい
ている。
「なんだ、そんな一面あったんじゃん」
 それを止めもせず、友樹は遠くから見つめ新しい玩具でも見つけた子供みたいにワクワ
クしながら小さく呟いた。
「南、亮……すまん」
 一度だけ我に返った恭介が二人の顔を見ずに情けない声で光輝と亮介に謝る。
 謝ったところで欲が収まるわけが無く、恭介は夕月の顎を強引に上げてそのままキスを
した。本日二度目のキスしかも夕月のファーストキスを強引に奪ってのものは凄く悲しく
て、どうしようもない味がした。
 こんな強引な方法で唇を奪われた夕月の目からは一筋の涙がこぼれる。
 次の瞬間、夕月はその状況に耐えかねて力一杯恭介を突き離し、恭介の頬に目一杯のビ
ンタを振るった。
「最っ低!」
 涙をボロボロ流しながら夕月はどうしようもない怒りをぶつけていた。その意味が分か
らない恭介はただただぶたれた左頬を押さえる。力強い発言をしていなかった夕月から言
われた最悪な二文字、しかも怒鳴りつけたものだから近所一帯に響き渡る。
 恭介がしたことに罪悪感はなかったが、そのまま亮介に抱きついて泣き始めた夕月を見
て自分がしたことの重さを少しは感じようと思った。
 最悪なパターンとはいえ今のキスで女性に恋すると言うことに目覚めてしまった恭介は、
もっとその奥が知りたくて夕月の気持ちを顧みず一言だけ相手の目を見て言った。
「お前さん、名前は?」
「朝比奈……夕月です」
「そうか、朝比奈って言うのか」
「な、なにか」
 夕月をじっと見つめ口元だけ笑った状態で恭介は名前を聞くと、ククッと再度不気味な
笑いを浮かべ、今度は優しく相手を片手で抱き寄せ耳元で囁いた。
「朝比奈、俺と付き合え」
 二人だけしか聞こえないその言葉は辛い告白だった。気持ち任せに動いた恭介に後々か
ら罪悪感が押し寄せてくる。でも、もう後に引き下がることが出来なかった。
 普通、こんな形で男性から告白されればきっとときめかずにいられないと思う。もう少
し状況が変わっていればそれも可能だっただろう。どうしようもない気持ちにかられ、夕
月は恭介との距離が少し出来たと同時にずっと睨み続ける。
 千尋、光輝、亮介の三人はありえない状況に頭を悩ませながら止めに入った。
「ちょっと! 友達泣かせないでよ」
「そんな告白、俺は許さないよ。恭さん」
「ヒムロッチ。あんた最低だよホント」
 次々といわれる非難の声、恭介も自分が夕月に何をしたか百も承知だった。ただ、この
状況をどう鎮めて良いか分からない。
「良い展開になってきた」
 それを見つめる友樹はずっと恭介と夕月を見て、自分のことのようにおこっていること
全てを丸ごと楽しんでいた。
 自分に関わってきた男がどうしようもなく狂う姿を見ると、自分にされた事なんかもう
どこかへすっ飛んで快感だけが襲う。
「ねぇ、そのまま朝比奈ちゃん奪ってみなよ」
「言われなくてもやってやる」
 理性がそうさせるまま恭介は夕月の腕を引っ張り、清緑まで連れて行く。


 青春の淡い一ページ。


 そんな言葉で片づけられる程簡単な物ではない。そんなこと誰にでも分かっているが、
相手を好きになると言うどうしようもない気持ちをどうやって表して良いか分からないが、
きっと。そう易々と思いつく物でもないんだろう。
 今はただ、恋の本当の意味を追い続けるだけが精一杯だった。



 清緑の校門に近づいていく二つの足音、周りは強い風に吹かれる多くの木々だけ。さっ
きまでいたギャラリーはどうなったか分からない。多分催し物が終わってさっさと帰った
と思う。そんなことなんて恭介にとってはどうでも良いことだった。
 さっきいた所からずっと夕月は腕を引っ張られ歩かされている、いい加減疲れて抗議し
ようと思っていた覇気がどっかへ飛んでいった。それでも恭介はスピードを落とさずに自
分が行きたい所へどんどん連れて行く。
「あの」
 夕月が声をかけようと一言しゃべっても恭介の耳には届かない。
 恭介の後ろ姿は怒っているようにも哀愁を漂わせてるようにもとれるが、夕月から見れ
ば強引な男としかとれなかった。
 すれ違う同じ高校の生徒の視線を浴びる中、恭介は清緑に連れて行く。
「ちょっと待って!」
 強引に連れてこうとする恭介のブレザーの袖を開いている手で引っ張って、夕月は少し
引きづりながら相手の動きを止めた。
「どこに連れいくんですか?」
「俺と南と亮が秘密で使ってる場所」
 夕月の方を向かずに問いかけられた質問に恭介は淡々と答えた。口調はとげとげしいが
学校にそんな安全な場所があったかと桜林の造りとだぶらせながら、恭介が歩いていく方
向へ後ろからついて行く。
 生徒玄関の横を通り過ぎ、体育館と学年の校舎、生徒玄関裏でL字型に設計され、空いた
空間に長屋で体育会系の部室があった。
 進みながら何部があるのか見ていく。生徒玄関側に近い所から野球部・サッカー部・陸上
部。その後ろにもう一棟あったが、最初のテニス部ぐらいしか見えず。陸上部隣の部屋の
前で恭介は立ち止まった。そこには何部という表札は掛かっていなく、鍵も掛かっていな
い様子だった。
「ここは?」
「とりあえず、入ってくれ」
「は、はい」
 恭介は開いた部室の扉をそっと引く、ガラッと引かれた扉からかすかに埃が舞う。夕月
が見つからないように恭介は先にはいるよう指示し、自分も周りを気にしながら足早に室
内に入り静かに扉を閉めた。
 室内は八畳ぐらいだろうか、前に何かの部活で使ったロッカーや備品らしき物が綺麗に
しまってある。
 日の当たらない室内、恭介はドア横のスイッチを押した。一本の蛍光灯が明るくともる。
眩しさに目を細めながら、いつの間にか部屋の隅に移動していた夕月の所に近づいていく。
 夕月との距離十センチほどのところで止まると、恭介はそのまま静かに頭を下げて申し
訳ない声を出した
「さっきは……すまなかった」
「え?」
 夕月の声に静かに頭を上げた恭介は悲しげな表情をして自分がしたことの重大さをやっ
と理解したようだった。
「さっきの出来事で気が動転してるのは承知なんだけど、もう一度抱き締めて良いかな」
「そ、それは……」
「駄目……かな」
 二人の会話はとぎれとぎれだった。
 夕月は桜林付近の道路で恭介に強引に抱き締められたことが、頭の中で繰り返されてい
る。でも、今の恭介を見ればなんだか自分も暴力を振るってしまったことがどうしようも
なく情けなくなって、一度だけなら大丈夫だと不安を隠せないまま黙ってうなずいた。
「ありがとう」
 恭介は極力優しく抱き締められるように初めて抱き締める異性の感覚に手を震わせつつ、
夕月をそっと包む感じで耳元でそう呟きながらそっと目を閉じた。
 夕月が感じた優しい時間。亮介に抱き締められたときはただ異性に対しての憧れだけで
心は満たされていた。
 でも今は優しくて暖かい、夕月が思う心地良い気持ちがどんどん流れてくる。ずっとこ
うしていたいと思うくらい、まだ自覚したとまではいえないけれど恭介に恋し始めていた。
「ホントにすまない」
「もう謝らないでください」
「朝比奈、こんな空気の中でなんだけどちょっと知ってほしいことがあるんだ」
 静寂を着るように夕月から再び会話が始まった。恭介の本気の謝罪に苦笑しながら夕月
は小さな声でそう言った。すると恭介が、頬を赤く染め照れながら話し始める。
「こんな事を言ったら笑われるかもしれないけど、女の子と付き合うの初めてなんだ」
「え?!」
「いや、女の子との接し方がよく分からなくてさ。幼稚園から中学まであまり女子とは関
わりたくなかったって言うか」
「はぁ…」
 恭介の大胆告白に思わず驚きを顔に出してしまった夕月はその後の説明で言葉を無くし
た。
「あぁ! ごめんね。急にこんな話して」
 言葉で夕月がしらけてしまったと思い、恭介は慌てて謝り抱き締めていた手をパッと離
した。だが、夕月は表情がころころ変わる恭介に思わず笑ってしまった。
「どうかした?」
「いえ、なんか氷室さんって冷めたイメージ強かったから、つい」
「あ、そういうこと。なんかね、女の子前にすると感情が表につい出ちゃうと言うか、顔
に出しやすくなるというか。なんか、どうしようもない気持ちなわけ」
「なんか、可愛いですよ。そう言うところ」
「そ、そうかな?」
「とっても」
 慌て続ける恭介に、クスクスと笑い続ける夕月は相手の目を見て優しく微笑んだ。そん
な表情を見た恭介は自分が異性と楽しく話していることに少し驚いた。
「不思議だ、女の子と話すのって案外楽しいんだな」
「案外は余計です」
 互いに見つめ微笑むと、自然的にキスを交わす。密室での二人だけの時間がそうさせて
くれたのかもしれない。
「朝比奈、付き合ってくれ」
「いいですよ」
 互いの唇の距離を離して恭介が夕月の目を見つめ、優しい目で告白をする。初めての告
白がこんなあっさりと通なんて夢にも思ってなかった恭介は今度は驚いた気持ちを表に出
さず、それを隠すようにして再度夕月にキスをした。
「…………」
 何回キスしてもしたり無いくらいだったけれど、恭介はふとあることが頭をよぎり。パ
ッと唇を離した
「しまった」
「え?」
「鍵、閉め忘れた」
「え?!」
「どうしよう」
「……先に入れてくれたのに?」
「二人きりになった瞬間に一気に気抜きすぎた」
 良いムードを一気に崩していくように恭介が急にあたふたし始める。夕月もそれにつら
れるようにして一緒に困り始めた。
 恭介は一度電気を消し、部屋の扉を少しだけ引いて外を確認する。扉から半分顔を出し
あたりを確認する。幸いにも部室に戻ってくる生徒の気配はなく、先生も巡回している様
子はなかった。
 夕月を帰すなら今だと恭介は二、三度手早く手招きをして相手を呼び寄せると、振り返
り目線を会わせて話し始めた。
「いい? 俺が合図を出したら体育館裏まで走るんだ。そこに裏門があるから一緒に出て
みんな所に戻ろう。いいね」
「はい」
 互いに頷くと、恭介がそっと扉を引いて目で夕月に合図を送って手をつなぎ、裏門まで
全力疾走した。少しスリリングな感じがして夕月はその場を楽しみながら校門までたどり
着く。
 再度振り返って人がいないのを確認すると、また夕月を最初に校外に出し恭介は彼女が
見えないように壁になりながら後ろからついて行き、裏門を過ぎたあたりで二人手をつな
いで歩いていく。
 恭介が一瞬、光のような物を感じて後ろを振り向きあたりを確認する。だが、周りは誰
もいなくて不思議に思っているのを、夕月が心配そうな表情で見つめてくる。
 その視線をすぐに感じた恭介は、何もないよという意味を込めて夕月の額にキスをして
清緑を去った。


 二人がいなくなった裏門付近ではカメラを構えた人影がにやりと笑って、誰もいない道
路を何度も何度も何度も撮っていた。



 翌日の早朝、恭介はいつもと同じ八時に着くようにバスで学校に向かう。
 昨日自分がしてしまったことに半分後悔し、半分歓喜しながら歩く歩調もバラバラだっ
た。唇には夕月とのキスの感覚が残っているような気がする。
 恭介から仕掛けたこととはいえ彼のファーストキスには変わりなく、思い返すと恥ずか
しくてたまらなかった。
 バスから降りて学校までの距離わずか五分。サッカー部の部員がグラウンドで朝練をし
ている姿が正門に近づくにつれ、ちらほらと見えてくる練習風景。正門をくぐり横目でグ
ラウンドを見ながら大きな欠伸を口塞ぎ一回して、どうしようもない眠気を一気に覚まそ
うとしながら生徒玄関に入り靴を履き替える。
 恭介のクラスは三年B組。恭介は誰も来ているはずのない自分のクラスの下駄箱を一通
り見るのが日課だ。変な日課だが、これをやっていると偶に朝早く来ているクラスメイト
がいると、軽く頷いて教室に行ったときにさりげなく挨拶を交わす。
 今日は珍しく亮介の外靴が下駄箱の中に入っている。いつも時間ギリギリまで来ない男
が珍しいなと思い、生徒玄関を後にする。
 生徒玄関ってすぐ近くの階段を駆け上がっていく。三学年は二階にあってそんなに体力
を使うはずはないが、急な階段の造りは一年の頃からずっと疲れされられただけあって、
それを駆け上がろうとすると少し疲れる。
 それを更に疲れさせたのが、恭介が来るのを今か今かと待ち受けていた亮介でいつもよ
り落ち着きが無く、両手に何かを持っていた。
「あ、ヒムロッチ。おはよう」
「おはよ」
 早口で挨拶を済ませ、恭介が言い終わったと同時に亮介が近くにより両手に持っていた
紙を慌てた口調と同時に相手に渡した。
「ヒムロッチ、大変だよ! 新聞部の奴が校内新聞の号外とか言って全学年の教卓の上に
置いていってる」
「新聞部の部長? 二年の福永か」
「うん、とりあえず。これ読んでよ」


 新聞部が校内新聞で号外を出す。


 そんな異例なことがあっただろうか。少なからず恭介達が在学していた中では特殊なケ
ースだ。疑問を持ちながら新聞に目を通す。
 見出しは驚きの内容だった。


『優等生・氷室恭介 学校の敷地内で女子中学生とキス』


 恭介はその見出しだけで目を見張った。よくそんな堂々とこんな記事が書けたものだと
逆に尊敬した。しかも、片面印刷しかない新聞の写真は、昨日学校から去るときに夕月の
額にキスした時の物だった。幸か不幸か二人の顔がアップになっていて、何処でキスした
のかは分からなくなっていた。同時に文章に目を通すが場所までは書かれていなかった。
「ひどいよね。前にもなかったっけ? こんなスキャンダルまがいのことやってさ」
「あぁ、人の恋愛に首つっこんでくるなって感じだな」
「福永も性格悪いよね〜」
「アイツ、もう学校に来てるよな」
 恭介は新聞を片手でグシャッと一握りして目を鋭くする。福永の教室は二年D組階段を
上って少し歩くが、怒りがこみ上げている彼にとってはそんなことは苦じゃなかった。
「行って、釘刺してくる」
 恭介は亮介に自分の鞄を預け、更に階段を上っていく。亮介は半ば楽しそうな顔をして
恭介を見送った。

 二年の教室の前に来てから、走ってD組に向かう。まだ誰もいない廊下には恭介が走っ
た後が反響して、音に反応した福永が顔を出す。
 髪は金髪ヘアワックスで少しかっこつけた感じの髪型をした男で、外見だけの判断で恭
介からしたらかなり気に入らないタイプに入る男 、だが実際はある程度の常識人なので、
偶に恭介から話しかけることが多いが、見つけるやいなや持っていた新聞を広げて感情を
あらわにし、怒りをぶつけた。
「これ、どういう意味だ」
「いや、面白い物がとれたので……つい」
「人のスキャンダルで遊んでそんなに楽しいか?」
「…………」
「何も言わない気か」
「……氷室先輩の姿を理科室から見たから。面白くなって」
「理科室から?」
「そう……ですよ」
「本当か?」
「…………」
 始めから質問攻めにする恭介に、答えようとする福永の口調がどこか不安げに話すのも
ちょっとした言葉も聞き逃さずに、更につっこんだ質問をする。
「質問を変えよう。誰に頼まれた」
「え?」
「いや、そう思っただけだ。いつも楽しい校内新聞を書くお前が、こんな人のプライベー
トを記事にするような男に見えないだけだ」
「氷室先輩」
 誰かに頼まれてやった。恭介は理科室という単語だけでそこまで読み取ったが、誰だか
まではまだ分からない。後輩を責めたくはないが、少しでも福永から情報を得て真犯人に
突きつけるのが一番だと考え、相手の気持ちを落ち着かせら得るような言葉を恭介が言う
と、自分のしたことに申し訳ないと思った福永が、ブレザーの胸ポケットから携帯を取り
出す。
「あの、氷室先輩なら安心して相談できることなんですけど、実は亮介さんからこんなメ
ールが」
 恭介は福永から携帯を受け取り昨日の亮介とのメールのやりとりを一つ漏らすことなく
読み上げる。そこには「裏門で氷室恭介の劇的瞬間を撮影しろ」と指示書みたいな内容で
送信されている。その後のやりとりも恭介の行動を先読みしての文章が並んでいた。
 全てを読みを終えた後で、自分の友人を犯人扱いしなければいけないという思いと情け
ない気持ちがぶつかって、恭介は肩をがっくりと落とした。
「先輩?」
「お前さん。この写真好んで撮ってないだろ」
「え、何でそんなことを」
「写真がさキラキラしてないんだよ。福永が撮る写真は撮る方も撮られる方もキラキラし
てるから。だから感情が伝わりやすくて、読む人も多い。だけど、これはただ興味本位で
写しただけで。こっちもお前さんも嫌な気分なんだよな」
「何でもお見通しなんですね」
「福永の今の表情を見れば一発だ」
「正直、号外出すなんて俺も絶対にやだったんです。でも亮介さんが脅してくるし、それ
で仕方なく」
 恭介は福永と平行に並び、壁により掛かりながら新聞を読み率直に感想をぶつける。福
永は素直に自分の気持ちを話してくれる恭介の性格が大好きで、今回も申し訳なく思い真
実を語った。
「おれ、結構女付き合いが荒くて、進級前にラブホから同級生と出てくるところを偶然亮
介さんに見られたんです。それで、何かある度にそのことを突きつけてきて……」
「とんだ野郎だな」
「この写真とか新聞だって、近くのコンビニで刷った物なんです。学校で堂々と出来ない
から、でも配った後で凄く後悔してて……その」
「そんなに、嫌な写真なら俺にくれないかネガごと」
「先輩」
「ついでに、クラス回って新聞回収しようぜ」
 優しい声と目線で話しかけてくる恭介に福永は完全に信頼し、大きく頷いて手分けして
配った新聞を一枚残らず回収に回る。
 終わった後で、職員室のシュレッダー使用を近くにいた先生に許可をもらい、約六百部
の新聞をただの紙の屑にして、恭介はホッと一息を入れる。職員室を出た後で、福永は自
分の教室に戻り、現像した写真とネガを茶封筒に入れて恭介に渡し。二人はそのまま別れ
た。


 ただ一つ、絶対的な確信を残して。



 部室と帰宅部でほとんどの生徒がいなくなった放課後の三年B組。
 窓側の席で一人、恭介は茶封筒から写真を撮りだし順に見る。手をつないで裏門から去
っていく恭介と夕月。額にキスをして頬を赤らめる夕月。写真の絵としては綺麗に映って
いる物ばかりだった。
 でも、これはスキャンダル目当てで撮られた物。そんな物に綺麗も何もあった物じゃな
い。
「恭さん、帰らないの?」
 ドア越しで光輝が鞄を片手で背負い、写真を見つめる恭介に声をかける。
 恭介は一瞬その場で硬直するが、光輝を見て今帰ると帰り支度を始める。
「そういえば、亮介先輩帰ったの?」
「あぁ、なんか用事があるとかっていって急いで出て行った」
「珍しいな」
「なんか、興味がそそる物でも出来たんだろ」
 恭介は鞄に勉強道具をしまい忘れ物がないか確認すると、光輝の話に耳を傾け自分も話
に乗る。
 帰りのホームルームが終わってすぐに、亮介は足早に教室を去っていった。どこか焦っ
ているようにも見えたが、別にその時は気にならなかった。
 恭介が教室を出ると同時に光輝は満面な笑みを浮かべながら夕月のことを聞いてきた。
「そういえば、昨日朝比奈さんと何してたの?」
「別に、南に言うことでもねぇよ」
「そんなつれないこと言わないでよ。メルアドぐらいは交換したんじゃない? 彼女も携
帯もってそうだったし」
「馬鹿いえ、俺と彼女は出会ってまもないんだぞ、そんな勇気にいること聞けるかって」
「えぇ〜? 面白くないの」
 光輝は恭介が今操作している携帯を強引に奪い、メモリーを見ようとするが即行でいえ
なかったと正直に言う。光輝がふてくされながら歩いていると、軽快な着信音に光輝が思
わずメールの中身を見てしまう。
「なに、これ? 亮介先輩からだよ」
 光輝は、すぐに携帯を元の持ち主に返す。帰してもらった恭介は内容を確認してすまな
いと謝り、猛ダッシュして学校を後にした。


『ヒムロッチ。今桜林の前にいるんだ夕月ちゃんに新聞のこと言うね。彼女どんな顔する
かな』


「ほんと、どうしようもない野郎だアイツは」
 亮介は怒ると見境がない。そんなことは入学当初から知っていたことだ。やられたら倍
にしてやり返し、人の嫌なところをついて来るという余計なおまけが付いて来るというや
っかいな面を持っている。
 だからこそ今すぐ亮介を止めなきゃいけない。夕月が不安で怯える姿を想像すると嫌で
嫌であまり考えないようにした。

 桜林中学の校門で夕月を待ち伏せする亮介は、すぐに返事が来た恭介の返信を何度も読
み返し、状況を楽しむように嘲笑う。


『夕月に手を出すな』


「正義感だけは人一倍だね。しかも彼女の名前を呼び捨てかよ。羨ましいねぇ」
 携帯の文面から恭介の夕月に対する真剣な気持ちが伝わってくる。だからこそ一度壊し
てみたい。そのためにはもうこの方法しかなかった。
 いつものように楽しくしゃべりながら生徒玄関を出た夕月と千尋、なにやら夕月の携帯
を見つめ楽しそうに話している。恭介の話でもしているのだろうか、時々夕月の頬が赤く
なった。
 夕月達が校門まで来ると、亮介はいかにも今駆けつけてきましたというような顔で二人
の前に飛び出す。
「亮介先輩」
 夕月は驚いた表情をして亮介に話をかける。
「夕月ちゃん、大変なんだヒムロッチが学校で問題になってる」
 どうしたんですかと夕月が聞く前に、清緑の方を指さして慌てた口調でそう言った。そ
の言葉に千尋も驚きを隠せず、耳を疑った。
「あの人に何かあったんですか?」
「なにもねぇよ!!」
 千尋が夕月の代わりに聞こうとしたとき、必死に追いかけてきた恭介が大声でそう叫ぶ。
その声に驚き亮介は後ろを振り返った。我を忘れて走ってきた恭介のブレザーは右側だけ
はだけて、息を切らしている。その姿を見て亮介はクスッと笑った。
「早かったね」
「お前さんの下手な芝居を止めに来た」
「何言っているんだかさっぱり分からないよ」
「ネタは上がってんだよ」
 恭介はブレザーを直し、亮介の元に歩いていく。一瞬、気持ちが押されそうになるが、
変なプライドがそれを許さなかった。
「メール読まなかったか? 俺の夕月を困らせるなって」
 俺の夕月と聞いた瞬間、夕月は驚いて亮介に話しかける恭介をじっと見つめてしまった。
「用件さっさと言えば? あんたのことだからなんか掴んでるんでしょ?」
「あぁ、福永のおかげともでも言うべきだな」
「へぇ」
 恭介が話さないうちから亮介が開き直る。そんな二人を見る夕月と千尋はだんだん怖く
なってくる。
「朝比奈の前で言う事じゃないかもしれないが、お前さん昨日福永にメールしたろ。午後
四時頃」
「なんのこと?」
「とぼけんじゃねぇよ。アイツの携帯に残ってたんだ。昨日のお前とのやりとりがな」
「へぇ」
「しかもご丁寧に俺と朝比奈が帰るところを福永に撮らせるなんてな」
「何、言ってんだかさっぱりだな。俺がやるわけ無いじゃないそんなこと」
「メールって言う物的証拠があるのにか」
「そんなの、なくたってあっちだって気づいてたさ」
「どうやって」
「そりゃ、理科室からに決まってるだろ。新聞部の部室はあそこなんだから」
 夕月と千尋の目の前で言い争いが始まる。しかも話題は夕月と恭介だと分かると話を挟
まずにはいられなくなる。
「氷室さん、昨日のやつって何」
「亮が後輩を使って写真撮らせて、新聞で俺たちをネタにしようとしたんだよ」
「それ、マジ?!」
「大マジだ」
「最低」
 一気に悪役に仕立てようと恭介は夕月と千尋に亮介がしていたことを話した。夕月は不
安で震え恭介に抱きつく。千尋も信じられなくなってにらみつけた。
 そんな状況に耐えきれなくなった亮介はすぐに反撃するが、見事に恭介につぶされた。
「ちょっと待ってくれよ。俺は何も関係ない」
「本当にそうか?」
「え?」
 恭介は不敵な笑みを浮かべ、亮介に言い寄る。



恭介は夕月を自分のそばから離し、亮介の後ろに立ち長々と話し始めた。
「理科室からは裏門は見えないぞ」
「え?」
「実験の時に窓から外見ることがあるんだけど、見えるのは別校舎と体育館の角だけ、裏
門は死角になって見えた事無い。」
「そうだったか?」
「そうだよ。お前さんあんまり外見ないから分からなかっただろ、おまけに、裏門を出る
俺たちも木に邪魔されて確認するのは不可能だ。だとすると、誰かが指示して外に出させ
ない限り無理って事だ。ようするに、昨日の時点で俺が朝比奈を強引に引っ張ってどこか
へ行ったことを知っているのは高校内では亮と南だけ。だが南は白だ」
「なんでだよ」
「昨日の事も、今日何があったかさえ知らないアイツがそんなこと出来ると思うか?」
 まるで、推理小説の一ページでも見てるような感じだった。夕月は昨日の真相を暴いて
くれてるんだと思うと体の震えが自然と消え、安心して恭介を見ていた。
「おまけにメールだ。これで言い逃れが出来るなら言ってみろ」
「…………」
「どうなんだ?」
 恭介の言葉にもう反抗する力もなくなった亮介は憑き物が落ちたような顔をして、その
場に座り込んだ。
 丸裸同然の亮介はもう対抗する手だてがない、恭介の勘の鋭さにただ凄いの一言が頭の
中を駆けめぐる。ごめんと何度も呟く。
 それを見ていられなくなった恭介は、慰めるように口を開く
「あの日、親しげに話してた亮から強引に奪って言った俺だ。お前さんに嫉妬されても仕
方ないか」
「氷室さん。もういいよ」
「朝比奈」
 千尋に見られているのをすっかり忘れ、夕月は恭介を後ろから抱き締め話を途中で止め
る。何があったのかは夕月にも千尋にも分からない。勝手に写真を撮られたということに
腹を立てる夕月だが、今はそんなことを細々と責め続ける恭介をどうにかしたかった。
 今の話の流れを変える手段は一つしかないと夕月は笑顔で恭介の前に立つ。
「それより、今日テスト終わったんだ。どこかデートに行こうよ」
 階段を一気に駆け上がるように成就した恋、亮介が恭介にやったことよりも大きな出来
事を目に焼き付ける。昨日よりも明らかに距離が縮まっている二人に千尋も亮介も驚いた。
 互いに信頼関係を完全に作っていて、目が合えば素直に微笑む二人。そんな姿が羨まし
くて仕方なかった。
 そんな恭介に亮介は自分がしたことを棚の上に上げて、二人を祝福し一言静かに言った。
「ヒムロッチなら、夕月ちゃんを任せても安心だね」
 その言葉に反応して恭介がふと亮介を見る。安心した表情で見つめる亮介はこのまま見
ていても幸せを自慢されるだけだと思い、千尋に軽く挨拶を交わし去り際に右手をひらひ
らさせてお幸せにと悔しさを表に出しながら家に帰っていった。

 亮介を見送りながらさりげなく千尋が恭介に近づき話しかけてきた。
「そういえば、メルアド交換してないんだって?」
「え? あ、そういえば」
 千尋に言われ思い返せば、昨日高校から脱出して別れるまでの間夕月としゃべってはい
たが、携帯のメールアドレスを交換刷るなんて頭はなくて、言われて慌てた。
「もう、女の子はそう言うのに敏感なんですよ? 今でも良いから教えてあげてください」
「は、はい」
 軽く説教をされて千尋に言われるまま恭介は携帯を取り出す。夕月も急いで携帯を取り
だした。
「赤外線ついてます?」
「あぁ」
「じゃあ、データ送りますね」
 夕月は携帯を恭介の携帯に向けて送信ボタンを送る。ディスプレイに表示される夕月の
番号とアドレス、少し照れながらユヅと自分がわかりやすい名前ででメモリーに登録した。
「じゃあ、俺も」
 千尋の前で二人微笑み照れながら互いのアドレスを知る。嬉しさのあまり思わず抱きつ
く夕月、甘い空気が辺り一面を多い千尋はだんだんいられなくなってきた。
「お取り込み中のところすみません。私、邪魔みたいだし先に帰るね」
「邪魔って、そんなこと無いよ」
「何言ってるの、氷室先輩と楽しそうにしゃべって、いかにも恋してますって顔されたら
私の出る所なんて無いよ」
「ちぃちゃん」
「というわけで、私は光輝先輩の所に行ってくるから」
「南の?」
「今日、会いませんかって誘われたんです」
「アイツがねぇ」
 暗い感じで話を切り出すのではなく、千尋もさりげなく自慢して二人の横を通り過ぎよ
うとする。何処でデートをしようか考えていた夕月はふとある場所を思い浮かべ、急に千
尋を呼び止めた。
「ちぃちゃん!」
「何?」
「今日さ、ちぃちゃんの家に遊びに行ってるってことにしてくれない?」
「何を急に……」
 急な夕月の話に千尋は一瞬怒ろうとしたが、抱きつかれている恭介と幸せそうに笑う夕
月を見て、すぐに状況を察知する。
「わかった」
「私もお母さんにちぃちゃんの家に行くって連絡しとく」
「?」
 今まで、親に内緒の外出なんてしたことがなかった夕月から出た一言。恭介は何でそん
なことを言い出すのか分からないまま、千尋との商談が成立している。
 話がつかめないと恭介は動きようがないので、夕月と千尋を交互に見ながら一言だけ聞
いた。
「何処に行きたいんだ?」
「氷室さんの家……というか、氷室さんの部屋」
「俺の……部屋」
「なんか、一度行ってみたいなって思って、氷室さんがどんなところで勉強してるんだろ
うとか、気になるから」
「え!? いや、俺の部屋汚いって。それに女の子を部屋の中になんて……そんな」
「いいじゃないですか、行ってみたいです」
「……そんなに大した事出来ないぞ」
「いいです。ありがとうございます」


 彼氏の部屋に入ってみたい。


 彼女になった夕月からの最初のお願いだった。恭介は自分の部屋は人をいられれる状態
じゃないと思いながら始めは断ろうとしていたが、夕月の強い希望に押され家に来ること
を承諾した。
 嬉しさいっぱいで夕月はその場で飛び跳ねて、すぐに携帯から親に電話をかける。千尋
の家でご飯を食べてから帰る。嘘をついているのは分かってるが、いきなり彼氏の家に行
くと言って親を混乱させるよりはましだと思い、いつもと変わらない明るいトーンで話し
てじゃあねといって電話を切る。
「じゃあ、行きましょう氷室さん」
「あぁ」
「いってらっしゃい。あ、夕月の嘘に付き合うんだから今度奢ってよね」
「いいよ」
「交渉成立ね。じゃあ、私はこれで」
 恭介の腕をとり、どっちと聞く夕月に近くのバス停を指さして二人で反対の歩道にわた
る。その後ろ姿を何をおごってもらおうかなと考えながら笑顔で二人に手を振り、清緑に
向かった。

 恭介の家まではバス停から降りて十分の距離、途中コンビニによって恭介のおごりで五
〇〇ミリリットルのジュースを自分の分と夕月の分を買って、家に向かう。
 恭介の家は二階建ての一軒家、周りも一軒家がある住宅街の角にある。屋根の色は藍色
で壁は水色。玄関の前には小さな庭が広がっていて、手前に花が植えてある。
 凄く可愛い家だなと思いながら、夕月は恭介に通されるまま家に上がって部屋に行く。
 夕月の中では男の人の部屋は汚い物だと思っていたが、恭介の部屋は洋室で十六畳ぐら
いの広さだが、綺麗に掃除されていてフローリングも埃が少しあるくらいだった。
机と向かい合わせにしてベッドがあり、その付近に座っていてくれと恭介に言われ少し緊
張しながら、ベッドに寄りかかるようにして座り寛ぎ始める。
 最初は会話がなかった。何を話して良いのか分からないまま時間だけが過ぎていく。も
ったいないとは思って話しかけようとしても互い目が合って照れるだけで、それ以上の展
開が無い。
 悪あがきで買ってきたジュースをキャップを開けて飲み始める恭介、その姿を夕月はチ
ラッと横目で見てまた前を向き体育座りになって顔を埋める。
「どうした?」
 急に座り方を変えた夕月に恭介は顔をのぞき込むようにして聞いた。すると、少しだけ
顔を上げて緊張が解けて眠たそうにしている夕月がなんでもないと首を振った。
「眠たいのか?」
「ううん。でも大丈夫です」
 何が大丈夫だか分からないが、夕月は寝ないと自分に誓ってそう答えた。でも眠気は誘
ってくるばかりで次第に眠ったり目を覚ましたりと交互に繰り返した。
「もしよかったら、ベッドで寝ても良いんだぞ」
「でも、せっかく来たんだし。もっと話してから帰りたい」
「そんな眠たそうな声で話するの辛いだろ? 俺もちょうど寝たかったんだ。だから一緒
に寝ようか」
「一緒に?」
「いいだろ? 男の部屋でうたた寝すると言うことは密かに誘ってるんだぞ?」
「え……、でも」
 ジュースを飲み終えた恭介が流し目で誘ってくる目線に、夕月はドギマギした。
「俺も女の子と寝るのは初めてなんだ、何もしない。約束するよ」
「じゃ、じゃあ……」
「ありがと」
 まだ、深い眠りに入っていなかった夕月は恭介の声に反応して答えた。静かに眠る夕月、
その静寂を壊すことなく恭介は彼女をベッドに寝かしながらブレザーのボタンに手をかけ
る。少しでも夕月の顔が見たくて眼鏡は外さなかった。
 脱いだブレザーを椅子の上に無造作に置き、ワイシャツのボタン二、三個あけ恭介も横
になる。
 可愛い吐息をたてて眠る夕月の髪をそっと撫でながら、恭介は耳元で静かにささやい
た。
「なぁ、朝比奈のこと名前で呼んで良いか?」
「何でそんなことを聞くんですか?」
 恭介の声に反応し、目をつむったまま夕月は不思議そうに聞いた。
「いや、今日朝比奈のこと勢いで名前で呼んじゃったから、その後名字で呼んで違和感感
じたんじゃないかなって思って」
「私はあの時嬉しかったです。名前で呼んでもらえて」
「やっぱ。そういうものなのかな女の子って」
「そういうものです。じゃあ、私も氷室さんのこと名前で呼んでも良いですか?」
「あぁ、呼び捨てで良い」
「ありがとうございます」
「ついでなんだが、タメで良いからな」
「――嬉しい」
 ベッドの中で話す会話ではないのかもしれない。でも、せっかく縮まった距離をもっと
もっと縮めたくて二人は呼び方を決めて笑い合い、恭介は夕月の首筋にキスをしてまた眠
りに入った。

 そのまま、二人は夕方を迎え。恭介の両親が帰ってくる前に夕月を送り、次の日も清緑
で待ち合わせをしようと約束した時、夕月は自分の首の異変に気付き恭介を見る。恭介は
素直に謝り寝てる間にやってしまったと自白した。その言葉に恥ずかしくなった夕月はお
返しといわんばかりに恭介の首筋にもずっと一緒だという証を残して、頬を赤くして走っ
ていく。
 その後ろ姿を恭介は手で首筋を押さえ微笑みながら夕月を見送った。



 翌日の昼休みの話題は恭介で持ちきりだった。恭介と夕月の恋の発展を千尋が光輝に教
えていたためだ。
 たださわりだけ聞いただけなので、何が起こっていたのか間では光輝には分からない。
だからこそ聞いてみたかった。同時に昨日あんな去り方をしてまで譲った夕月と何をして
たのか亮介も聞きたくて恭介の弁当のおかずを横取りして聞いた。
「で、夕月ちゃんとの間に進展は」
「一緒に寝たよ。夕月が眠たそうにしてたから」
「「マジで!?」」
 さらりと言ってしまう恭介だったが、光輝と亮介の興味はどんどん引かれ相づちを打つ
速度は一緒になっていく。
「なんだよ、お前ら。別に何もねぇよ」
「恭さん、誰にも言わないから素直に言っちゃいなよ」
「そうそう、ヒムロッチのコイバナなんて滅多に聞けないんだからさ」
 この光輝と亮介に秘密ごとをしようなんて思ったことはないが、恋の話だけで子供のよ
うに目を輝かせる二人も珍しくなって、素直に話すことにした。
 事実だけを伝える。それだけを頭に入れながら。
「その後、二人で名前で呼ぶように決めてから寝た」
「「で?」」
「それだけだ」
「ちょっと、その後は? こう何度もキスしたとか、首筋に自分の証残したとかさ」
「そのまま急展開でも俺は驚かないよ。ヒムロッチ」
「一体何処まで想像してんだお前達は」
「「そりゃあ、俺たちからはいえないって」」
「たく、そんなこと考えてる暇あんなら教室帰って次の授業の予習でもやってろ」
 何処まで興味がわけば気が済むんだと半分あきれて、思わずいつものように冷たく突き
放してしまう。
 でも、本当は光輝達に嘘をついていた。すでに恭介と夕月の首には恋人同士であるとい
う証があることを。なんとか絆創膏とワイシャツの襟でカバーしているため直接は気づか
れない。これだけは夕月と恭介だけの秘密にしたかった。
 恭介がふてくされる二人に微笑んでその場を去ろうとすると、何かを思い出したように
亮介がその場に立って平謝りをした
「ごめん! ヒムロッチ。昨日は」
「そのことなんだけどな、最初からお前がやったって分かってた」
「え?」
「だってよ。うわさ話はいつも南からって決まってんじゃん。不思議とさ、それが今回は
お前が先だったからあれって思っただけだよ。後は福永が正直に話してくれたことかな」
「やっぱ、アンタにはかなわないね」
 苦笑いをして前のめりになって笑う亮介を横目で見ながら、光輝は頭の中が急に混乱し
て、とりあえず恭介に教えてもらおうと聞いてみた。
「なに。恭さん、亮介先輩となんかあったの」
「お前に話すこと事のほどでもない」
「なんだよそれ」
「知らなくても良いこともあるんだよ。南ちゃん」
「亮介先輩まで」
 自分だけ仲間はずれにされたと思い光輝はふてくされて、残りのおかずをやけ食いして
気管に詰まらせてむせた。
 そんな光輝に笑いが止まらなくなった恭介と亮介はかすかに聞こえる五時限目の予鈴を
聞いて、その場を動かない光輝を何とか動かし教室に向かった。
 五時限目の授業が始まると、恭介は夕月のことばかり考えた。今この時間何の授業をし
ているのか、放課後会ったら何をしようとかそんなことばかり考えた。
 とにかく早く会いたくて、休み時間もずっとメールのやりとりをする。ただ、桜林の授
業時間は四五分、清緑は五十分、互いに五分のずれがある。だからなるべく簡単な言葉で
会話を進める。


『好きだよ。夕月』


 六時限目が始まる直前に送ったメール。すぐにその返事は帰ってきた。


『私も、大好き』


 そのメールを見つめ、夕月がほおを赤くしながら返事を打っている姿が脳裏に浮かんで
恭介は思わずにやけてしまう。そして、今日ラストの授業だと元気づけて六時限目の授業
に入る。普段と変わらない態度でやり過ごす。
 放課後まで後十分。待ちきれない気持ちを隠して最後に当てられた問題を黒板にすらす
らと解く、後ろを振り向けば解けなかった亮介が恭介の書いた答えを必死に書き写す。亮
介と目が合えば恭介はふっと微笑んで席に戻った。
 帰りのホームルームが終われば、恭介は素早く授業道具をしまって教室を後にする。や
っと夕月に会える。そんな感情が恭介をもっとドキドキさせた。
 おそらく夕月はもう正門に来ている。待たせたらいけないと必死になって走った。
「恭さん?」
 途中、光輝に話しかけられたがそれにも反応出来ない程必死になっていた恭介は、生徒
玄関からかすかに見える夕月を見つけてようやく落ち着いて。何となくさっき話しかけら
れたと思い後ろを振り向いて、光輝に話しかける。
「すまない南、用ならメールで聞く。じゃあな」
 恭介は微笑みながら光輝に申し訳なさそうに言って生徒玄関を後にする、周りが注目す
るも気にせずに真っ先に恭介は夕月の元に向かい軽くキスを交わす。夕月もそれを受け入
れるようにして抱きついた。
 そっと夕月の首を見てみれば、同じように絆創膏が貼ってある。そんなことは気にせず
に夕月は微笑んで上を見上げて話しかける。
「恭介、今日、何処行く?」
「うーん、向かいの喫茶店でゆっくり話すか。昨日は寝て過ごしちまったからな」
「うん」
 喫茶店を指さして微笑む恭介に、夕月は大きく頷いて思いっきり腕を引っ張る。
「夕月?」
 ぐいっと前に押し出された恭介は、夕月を見て驚いた表情をする。
「はやくいこ?」
「そうだな」
 早く恭介と話したい。きっと夕月も同じ事を思ってくれたんだろうなとかってに思う。
 口数は少ない二人だけど、ゆったりとしたペースでどんどん好きになっていく。それだ
け思えれば今は十分だった。
「恭介、キスして良い?」
「……もちろんだ」
 ふと夕月が振り向き急にそんなことを言ってくる。でも、もう恭介は驚かなかった。む
しろ嬉しさの方が先走って笑顔で答えすぐに夕月にキスをする。



 二人の恋の桜は満開になった。
<2nd seasonへ>



2nd season

『夏! とくれば海でデート、二人だけの時間満載! なんちゃって、俺にはまだ遠い話
だけど、出会っちゃった二人にはそんな事関係ない。突き進むだけ突き進むぜ! by南
光輝』

第一章
 二人がつきあうようになって約三ヶ月、あっという間に夏が来た。今年は猛暑日が続き
清緑学園高等部の校内にいる生徒は夏服に変わっていた。
 まぶしいほど白が目立つ校内、冷房もなく自然風だけで授業を受ける三Bの教室で、壁
側の後ろから二番目の席で黙々と授業を受ける氷室恭介はふとかすかなバイブの音に気付
きズボンの左ポケットを触る。
 そのまま無視していれば数秒で終わる、だが放っておけない恭介はノートを真剣にとっ
ているふりをして携帯電話をそっとと取り出しすかさず机の下に隠し、液晶がかすかに見
えるくらいまで片手を動かした。
 そこには受信メール一件の文字、一番当てられる率が高い英語の授業中にどうしようと
思いながらも内容を確認する。そこには題名無しで一言だけ。
『勉強教えて』
 六時限目終了十五分前に届いた朝比奈夕月からのメッセージ。教科担任に見つからない
ようにして返事を返す。
『どこでだよ』
 もうすぐ終わるとはいえ長々と文章は打っていられない。黒板に英文を書く先生の後ろ
姿を上目で一瞬確認して平仮名五文字でそう返す。
 今日は授業開始早々に先生に当てられたので、これ以上何かをするということはない。
あとは、いかにしてばれないようにメールのやりとりをするかということだけだった。
 ただ、夕月はすで授業が終わっていて返信するのがやけに早い。いずれバイブの音で先
生にばれるのではないかと恭介は目を見張りながら参考用の教科書を壁にして、携帯と黒
板とノートを行ったり来たりしている。
 怪しまれないよう表情一つ変えず黒板の内容を書き写す恭介は、またすぐにメールが来
るのではないかとハラハラして気が気でなかった。
 幸い、夕月からメールは長文らしい二、三分経っても返事が返ってこない。恭介は携帯
を内ポケットにしまう。
 目の前にあった壁を無くして黒板上の時計を見れば終了までラスト五分、教科担任に当
てられ英文拝読と訳を話す。しかも、偶々目があったという理由で。
 その後ろで皆川亮介が、メールをしていた恭介を注意することなく目の前で立って英文
を一カ所も読み間違えることなく読む姿をじっと見つめていた。そして、予習してきたノ
ートに書かれた訳文を読み終えたところで、終わりの本鈴とともに携帯のバイブが鳴った。
「起立、礼」
 日直が号令をかけると皆一斉に教科担任に対して一礼をする。先生が教室からいなくな
った後、バラバラとクラスメイトが席に座り帰り支度をし始める。恭介も鞄の中に授業道
具を詰めていると、後ろから大学ノートの角で皆川亮介が頭上ねらって軽くぶつけた。
「…………」
 何のリアクションもなしに恭介は当たったところを左手で押さえ、小刻みにダメージ食
らってる事を亮介に伝える。
「リアクション低っ」
 それも、低音でどっちにも転びようのない突っ込みをしてきた亮介にどう反応して良い
かわからない。かといってこのまま亮介の流れに飲み込まれるのも何か嫌だと下手なプラ
イドが働き、若干涙目のまま後ろを向き睨み付ける。
「うるせえよ」
「ヒムロッチ、怖くないよ。そんな目で見られても」
「おまっ、一回仕返ししてやろうか?」
 ノート攻撃だけでやりきった感を前面に出す亮介に教科書を軽く持ち、恭介は相手に向
けて真顔で言い放つ。
「もう、ヒムロッチはそうやってすぐムキになるんだから」
「てめえが挑発してくるからだろ」
「ちょっと、ものの一分も経たないうちにけんか腰なんてやめてよ? 俺そういうの苦手
なんだから」
「どうだかな」
 相手からされた事を自分からやり返すのは体力の無駄だと自分で判断した恭介は、片手
に持っていた教科書をそのまま自分の鞄に入れ、淡々と帰り支度をし始める。
 恭介が夕月とつきあい始めて早三ヶ月、その間恭介たちの仲も徐々に変わってきた。恭
介が夕月と一緒にいる時間が長くなれば長くなるほど亮介との間に目に見えないボーダー
が引かれ始めた。極端に仲が悪くなったとかそんな事ではなく、三人の会話が極端に減っ
た。
 同じクラスにいる亮介でさえ遠慮するときがある。恭介が休み時間にメールを打ってい
るとおそらく夕月とデートの約束でもしているのだろうなと思ってしまえば、声をかけて
も良いのに今までのつきあいはできないのではないかと勝手に判断してしまうようになっ
ていた。
 光輝は……通常通り二人に接しているようにも見えるが、だんだん距離が離れていこう
とする恭介と亮介をこれで良いのかなと考える事もあるが、恭介に彼女ができた事は奇跡
に近いものがあり優しく見守っていこうと心を決めていた。
 だが、それも後輩だからできる心配りであって、一日中同じクラスで勉学、休憩ともに
する亮介にとってはまた別の感覚があった。相手の幸せを思い続けてあげたいと思う反面
心の中にぽっかりと空いた穴を何とか埋めたくて、恭介に甘えていられる時間が癒しの時
間になっていた。
 もはやそれはヤキモチに近いものもあって、亮介は授業道具をしまっている恭介を後ろ
から抱きしめた。
「…………」
 黙って抱きしめてしまったから、周りの目は一気に恭介と亮介に向く。
 寂しい気持ちだけをむき出しにした亮介の甘え方に恭介はどうして良いのかわからなく
なるが、抱きしめる手をキュッと握りしめて。優しく突き放すような声で一言言った。
「亮、周りが見てるからやめてくれ。約束……破る気か?」
 恭介は表情一つ変えずに握っていた手をすぐに離しながら、後ろに顔を向けて亮介の目
を迷惑そうに見る。周りが一気に騒がしくなり注目の的、恭介と亮介のやりとりを見てざ
わつき出すやつもいれば、どこか懐かしそうな目で見てくるやつもいて、しかもそれに水
を差すやつまで出始める。
「なに、怪しい空気醸し出してんの。あ、あれ? ツートップ大衆の面前でついに解禁と
か?」
 三Bの教室のドアから帰りのホームルームが早めに終わった南光輝がクラスメイトから
視線を送られている二人に対し、ツートップの言葉を聞いてまたクラス内がざわつき思い
切り睨み付ける恭介の視線が突き刺さるのもお構いなしににこやかに見つめてくる。
「おい南! お前何でここにいるんだ! まだホームルーム中だぞ!!」
 三Bの担任がホームルームをしに教室に入ろうとする。反対側のドアから光輝が身を乗
り出して誰かに話しかけてるのを見つけるとすぐさま注意し、廊下で待つように言われ教
室のドアを閉める。
 後ろのドアが始まったままホームルームが始まる。担任が話している間、先生の話をし
っかり聞く恭介に対し亮介は寂しそうに恭介を見つめホームルームどころではなくなって
いる。
「明日の連絡は以上だ。受験も近くなってきてる。各自そろそろ進路を決めとけよ」
 夏真っ盛りとはいえ高校三年生にとっては夏休みもお盆もあったもんじゃない。進学か
就職課だけでも決めなければいけない時期になってきていて、帰りの号令をした後周りで
急に騒がしくなる。その中を光輝が二人に近づいて何かあったのと言うような顔をする。
 それに反応した恭介はふと光輝を見上げれば不機嫌そうに前を見る。
「お前な、ラブラブとかツートップとか話題に出すなっつったろ」
「誰もが思ったと思うけどね」
 いらない事を言いやがってと言葉に出さずとも恭介からの視線が光輝に突き刺さってく
る。
 

 清緑のツートップ


 それは、清緑学園に在学たいていの生徒ならば知っている恭介と亮介の間柄。付き合う
上での約束事はあるが、中等部、高等部の生徒からは注目の的ではあった。
 ただ、二人がイチャ付いているところは一緒にいる光輝でも見た事がない。秘密ごとが
多い二人組そういわれていた。新聞部がもっともねらっていたスクープの一つでもある。
 そんな恭介と亮介の間にもうけられた約束は五つ。

一、恋人でいられるのは校内のみ。
一、同級生、後輩と一緒にいるときは男友達として振る舞う。
一、肉体関係は絶対に持たない。(キスまでは可とする)
一、どちらかに彼女ができた場合、恋人としての付き合いはやめる。
一、彼女を悲しませる事はしない。
      
 つきあいが長い二人にとってはもはや暗黙の了解として当たり前の約束事。だが、恭介
に夕月という彼女ができた今、ツートップとしてはいられなくなった。あとは互いに気を
つける事はただ一つ、亮介は感情だけで突っ走って突拍子のない事をしない。恭介は夕月
に何があっても守りきる。四年近く関係を持った二人にとっては辛い事ではあるが、これ
を破った場合二人がどういう状態になるかを考えたらそうするしかなかった。

「そういえばさ、この後寄り道しない?」
「受験生にその言葉ちょっときついんだけどな〜」
「とか何とか言っちゃって、まじめに勉強してるところ見た事ないっすよ?」
「陰で隠れてやってんの」
「どうだか、まぁ、断り入れて後で後悔されても困るんで行きましょうよ」
「……今日だけだからな」
 恭介の視線に慣れた光輝は話題を一気に変えるため、どこかに行こうと誘いをかける亮
介は簡単に説得できたが、恭介はさっき返ってきた夕月の返事を確認し、睨み付けていた
目を一瞬にして変え相手に一言返信して光輝を見る。
「すまない、ちょっと夕月から誘いのメール入ったからまた今度な」
「あいかわらずだね」
「図書館に来てくれって、大事な時期だからな丁度良いんだ」
「そっか」
 それじゃと鞄片手に去る恭介を黙って見送る二人は、特に顔を見合わせる事もなく夕月
との関係がうまくいきますようにと見守っているのは光輝だけで、亮介はどこか胸に小さ
な隙間が空いたような変な気分になっていた。      
 夕月との関係が光輝よりも早くわかってしまう亮介にとって、今までの関係があったの
もあってなかなか割り切れない気持ちが前に出てしまい。心寂しさを感じていた。
「どうしたんですか?」
 恭介が教室からいなくなった後も廊下を歩くほかの生徒見ながら、亮介は急に声をかけ
られた光輝に驚き何とか平常心保って何ともないような顔をして否定の意味で首を横に振
る。
「なんとなくね、なんか信じられなかったからさ」
「さりげなく、背中おしといて何言ってんですか」
 ふと、目線を窓の外に向ければ校門から生徒玄関から丁度出てきた恭介の姿がある。誰
かから電話がかかってきたらしく、楽しく喋ってるのがわかる。
「まぁ、恭さんが幸せなら俺はそれで良いんだけどさ。雰囲気っていうか全体的に丸くな
った気がするし。ま、亮介先輩と二人だけでいるときはわからないけど」
「俺といるときだって大して変わらなかったさ。あんな表情は初めてだよ」
 光輝の話の振り方が不愉快に思ったのか、恭介を背に手すりに寄りかかり亮介は下をう
つむいていて呟くようにして言った。
「ほら、行きますよ」
「おう」
 光輝が気分を変えようと笑顔で誘うが、亮介も恭介の幸せを祝ってあげたい反面どこと
なく煮え切らない思いが募った。
 そして、軽く返事をしてふと後ろを振り返り誰もいない校門を睨み付けるようにして一
瞬見て亮介も教室を後にした。

<第二章へ>

2007/09/29(Sat)17:01:00 公開 / 如月夜宵
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■作者からのメッセージ
如月夜宵と言います。
ようやく、2ndシリーズ公開です。とは言ってもまだ一章目ですが、読んで頂ければなと思います。

こんな説明文ですみません。

何度か、読み直しましたがもしかしたら誤字脱字あるかもしれません…。気づき次第なおします。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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