『THINKING TEENS』 ... ジャンル:ショート*2 リアル・現代
作者:なな                

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 わたしは美術部だった。わたしはひたすら窓に向かって、空を描き続けていた。わたしの眼に写る空とキャンパスの空がどうしても同じものにならなくて、いつも悪戦苦闘していたことを思い出す。そんなわたしに顧問は「同じものを描く必要はないんだよ」と笑っていたけれど、わたしはどうしても同じ空が描きたかった。顧問がそれ以上何かを言うことはなかったし、元々自由に好きなものを描いている部だったので、わたしの想いは三年間、守り通されることになった。
 今思えば、わたしが何を考えていたのか正直わからない。
 けれど中学生ってそんな時期なんだろうな、とも思う。

「かなわない恋を追い掛けるのってどうおもう?」
 いつも通り空を凝視し続けるわたしに、いつも通り彼女は声をかけてくる。彼女はいつもキラキラしていて、わたしとは正反対の人。いつも黙々と絵を描き続けるわたしに「ねぇねぇ」と煩く声をかけてくる。TVや芸能人の話題からセザンヌやルノワールや彼女が最近呼んだ本の話まで、話題が豊富で話術に長けていて、ちっとも飽きない。彼女の影響でめったに見なかったTVを見るようになったし、CDや流行った本の貸し借りもするようになった。
「さぁ、どうなんだろうね」
 彼女にかなわない恋などないに決まっている。肌は白くて透き通るようで、まつげは長くて黒目が大きくて笑うと可愛くて、その上華奢ではっきりと通るのに大きくない声。図々しいくせに変なところで遠慮がちで、博識なくせに馬鹿なふりができて。どれもがわたしに欲しかったもので、どれもがわたしにないものだ。彼女に恋心を抱いている人を何人も知っているし、彼女が誰とも恋人になる気がないのも知っている。それはわたしだけが知っていることではなく、周知の事実だ。それでも皆、彼女のことが好きなのだ。わたしも、わたしの想い人も。
「そんな恋でもしてるの?」
 思い切って尋ねてみる。しているのだとすればわたしの知らないことで、わたしには到底知ることのできない想いなのだろうな、と思う。
「さあね、どうだろう」
 彼女はミケランジェロの胸像越しに微笑んで、昨日買った雑誌の話をはじめた。雑誌では恋愛特集をしているらしくて、流れがあまりに自然だったのでわたしはあまり首を突っ込まないことにして彼女の話に相槌を打った。

「葉月! まだ片付けおわんないの?」
「うるさいなあ、早く帰りたいんなら手伝ってよね」
 外で写生をしていた笹部君は六時がくると共に美術室に戻り、スケッチブックと画用紙を荒々しくロッカーに放り込んだ。そしてゆっくりと油絵の具を片付ける彼女を急かす。彼はわたしの目の前にあるミケランジェロに座り、見つかれば没収されるはずのケータイを取り出し、外で待っているはずの増井君と神崎君にメールを打つ。
 わたしは急いで水彩道具を片付けながら、何気なく彼女を見遣った。
 わたしは彼女がどうして油彩をしているのかも、どうしてゆっくり片付けをするのかも、勘違いかも知れないけれど、わかった気がした。
「はるか、早く帰ろ」
「うん」
 わたしは親しい友だちに急かされ、急いでカバンを手にする。
 部室の戸締まりは笹部君と彼女に任せることにして。

2007/07/12(Thu)16:57:21 公開 / なな
■この作品の著作権はななさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
実際に中学の美術部にミケランジェロの胸像があるのかは謎です。
原稿用紙で換算していないので10枚もあるかわかりません;
アドバイス頂けるととても嬉しいです。

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