『椅子(いす)』 ... ジャンル:ショート*2 リアル・現代
作者:紙魚                

     あらすじ・作品紹介
椅子についてちょっとした小話。

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椅子(いす)

 学校帰り、練(れん)じいと運送屋さんがビニルシートをかけられた椅子のようなものを店に運び込んでい
た。
 この、古臭いベスト姿がいやに様になっている、ほっそりとしたじいさんは、僕のうちの隣に住んでいて、道楽で奇妙(きみょう)庵(あん)という骨とう屋をやっている。
 道楽というだけあって、仕入れてくる品物は、西洋のアンティークから、どこかの少数部族謹製(きんせい)の変な人形なんかまであって、まるで統一感がなく、それらが詰め込まれた店内は異世界と化している。
 けれど、うちのじいさんの茶飲み友達である練じいの店は、幼かったころの僕には格好の遊び場だった。
 それは今でもあんまり変わってなくて、次はどんな品物が来るのかいつも楽しみにしている。
「練じい、僕も手伝うよ」
 そう声をかけて、運び込むのを手伝うことにする。
 僕も合わせて五人で運んだのだが、それでもかなり重かった。
 僕は、世界各地のさまざまな品物であふれかえり、古臭く独特の、混沌(こんとん)とした空気が充満する店内から適当に椅子を掘り出すと、勝手に腰掛ける。
 適当とはいっても、ここにくると、僕は毎回この椅子に座っている。
 古い木製の椅子なのだが、ところどころ鉄で補強してあるため頑丈で、背もたれには厚く丈夫な皮が巻かれていて、裏側には船の舵(かじ)みたいなハンドルの飾りがついている無骨(ぶこつ)でカッコイイやつだ。
 僕が椅子を掘りおこして腰掛けると、練じいが熱いお茶と、お茶請(ちゃう)けを出してくれた。
 お茶からはなぜだか湯気と一緒に椎茸(しいたけ)の匂いがただよってくる。
お茶請けを見ると、不意にそれと目が合って驚(おどろ)く。カリッと揚がったイナゴ……。
 僕がそれとにらみあっていると、練じいは、さっき運び入れた品物のビニルシートをはがしにかかる。
「こないだ仕入れた鉄の処女が売れたんじゃ」
 鉄の処女とは、銅鐸(どうたく)に観音(かんのん)開(ひら)きの扉をつけたような形をした西洋の拷問(ごうもん)器具(きぐ)で、中に入れられた被害者は、全身をくまなく針で刺されるという代物(しろもの)だ。
「だれがあんなのかったのさ」
「何でもSM専門の風俗店(ふうぞくてん)をやってるとかいう、三十過ぎくらいの、きれいなお嬢さんでの、店に飾るらしいんじゃ。
 しかし、初めてのお客さんだったんで断ったら、子供みたいに泣かれてしまっての」
「それでつい売っちゃったっ、と」
「そういうことじゃ。女の涙にはかなわんよ。
その後、ほかにも何かないかと聞かれての。一つ紹介したら、ぜひ譲(ゆず)ってくれという話になってしまったんじゃ。悩んだんじゃが、断わったよ。
 そしたら、なにかそのテの品が見つかったら押さえておいてほしいと頼まれてしまっての」
ビニルシートをはがすと、その下にはしっかりとダンボールが巻かれていた。
それもはぎ取ると、でてきたのはやっぱり椅子だった。
でも、僕はこの椅子には絶対に座りたくない。
 鉄でできたそれは、背もたれ、座席、ふくらはぎの裏、腕置き、そのすべてにびっしりと暗い色をしたとげが生えていて、座らされた人を縛って動けなくするための皮製のベルトまでついている。
「なに、それ……」
 僕の表情はかなり引きつったものになっていることだろう。
「こいつは審問椅子というんじゃ。
 見てのとおり拷問器具、正確には拷問する人間を拘束する器具じゃ。
 どう使うかは見てのとおりでの、裸にした人間を座らせて縛(しば)り付けるんじゃ。
 しかし、座った時点ではそこまでこのとげは刺さらんのじゃよ。
 もちろんベルトで固定された箇所(かしょ)には深く刺さるんじゃが、とげの密度が高いせいで動かなければそこまで刺さることはないんじゃ。
 が、ずっと同じ姿勢でじっとしているというのは意外なほどに辛くての。
 そしてつい身じろぎすると、その拍子(ひょうし)にとげが刺さるんじゃ。
 それからの、椅子に座らせた相手を殴るんじゃ。
 殴られることでとげが刺さり、身じろぎすることでまた刺さるんじゃ」
 考えたくもないのに、つい想像してしまった。
必死に身じろぎを堪(こら)えていると、おもいっきり殴られる。最悪だ。思わず顔をしかめる。
「のお、この椅子が何で鉄製かわかるかね」
「縛りつけた人が暴れても壊れないように……。かな」
 それくらいしか思いつかないし、それ以外だとは考えたくない。
 すると、練(れん)じいは椅子の裏側、ちょうど座席の下あたりを覗き込む。
「それはの、座席の下で火を焚(た)くからなんじゃ。
 木製だと燃えてしまうからの。この椅子にもしっかり焦(こ)げ付いた跡(あと)が残っているんじゃよ。
 徐々(じょじょ)にこの椅子が加熱されていくと、動いてはいけない椅子の上で、熱さにのたうち、反射で筋肉は引きつり、とげはより深く肉に食い込んでいくんじゃ。
 まったく、痛そうな話じゃの」
練じいは、なんだか曖昧(あいまい)な笑いを浮かべているのだけれど、僕は言葉もない。
無理やり話題を変えさせてもらうことにしよう。
「練じい、そういえばその女の人にはどれ紹介したの。
 それに、何で売るのやめたのさ」
 練じいは顔を上げて僕をじっと見つめる。
「そいつはガロットとか腰掛式(こしかけしき)首締(くびし)め器(き)とか呼ばれる代物での。拷問や処刑に使われた器具じゃ。
座らせた人間を、背もたれに付いている皮のベルトがあるじゃろ。
 それを首にかけて、背もたれの後ろのハンドルを回すと簡単に首を絞められるんじゃよ」
 練じいの視線を追い振り返る。皮が巻きついた背もたれ、その奥にハンドルの一部がうかがえる。
「え……」
「昔からうちに来るとそれに座っているから、気に入ってくれているんじゃろ」
 練じいは、ぼう然としている僕にそう告げると、「先方に電話してくるよ」と、カウンターにおいてあるレトロな黒電話にむかう。
 僕はぎこちない動きで椅子からこしを浮かすと、回れ右をしてペタンとしりもちをついた。
 足が震(ふる)えている。背筋が、冷たい。
 お気に入りの椅子をじっと見つめる。背もたれに巻かれている皮は、全体的に裏側から何かを強く押し付けたようなにたるんでおり、首付近の皮や、座席には変なシミが付いているのに気づく。
もう、僕は絶対にこの椅子には座れない。
「練じい」
 電話口で何か話している練じいに声をかける。
「この椅子も、その人に売っちゃいなよ」
「いいのかね」
「うん。僕よりきっと大事にしてくれるよ」
「そうかね。それじゃあ……」
 練じいは電話の相手に一言お詫(わ)びを言うと、先ほどの提案(ていあん)を相手に伝える。
 しばらくすると受話器からとてもうれしそうな、電話ごしでもわかる艶(つや)のある女の人の笑い声が聞こえてきた。

2007/06/05(Tue)21:52:14 公開 / 紙魚
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■作者からのメッセージ
前回よりは時間かけて書けたので少しは進歩できてれば良いなあ、と。

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