『そんな悪、それだけの正義』 ... ジャンル:ファンタジー ショート*2
作者:ちょう子
あらすじ・作品紹介
人々の希望である「勇者」と、人々の絶望である「魔王」二つの対立し合う存在が剣を構えあったとき、本当の正義と本当の悪が判明する。
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魔物という存在と、人間という存在がひしめき合う世界。
しかし彼らの間に、交友や共生と言った、美しい関係は有りはしなかった。有るのは一方的な憎しみや、怒りだけ。人間の、魔物に、いいや、魔物を生み出した魔王への。汚い汚い、前しか見えぬ自分本位な感情だけだった。
ここに、1人の少年が居る。
知を、力を、信頼を、人が希望とする全てを兼ね備えた少年。
彼は人々から敬意と誇りを込めて、「勇者」と呼ばれた。悪を一掃する、人間の間ではもっとも尊く、敬うべき存在。少年自身も、「自分こそ勇者だ」「正義だ」と、そう思っていた。何故なら自分はこんなにも、人々を思っているのだから。人々の平和な暮らしを願い、戦っているのだから。……そう信じて、疑わなかった。
もう一方に、この世のどんな生物よりも純粋な心を持つ男が居た。
彼の名は「魔王」
知を、力を、胸一杯の寂しさを抱いた、哀れな男。彼はその強すぎる力故、人々から激しい迫害を受けた。
「自分たちとは違いすぎるから」「恐ろしいから」「危険だから」
理不尽な言葉と迫害に、純粋すぎた男は涙を流し、心から嘆き悲しんだ。
「私に、私に仲間はいないのだろうか」
「ただ一つ、暖かさを与えてくれる空間はないのだろうか」
「……ならば、己の力で作り出そう」
そう思い、彼は自分の仲間を作り出した。しかし残念なことに、生れてきた彼等魔物に人間のような美しさや言語は備わっておらず、とうてい仲間といえるような存在にはなりはしなかった。それでも、彼は。1人で居るよりは心が楽なはずだ、と心に言い聞かせ、寂しさを紛らわすためにと、沢山の魔物達をを作り出した。
……そこから、一方的な憎しみに埋もれた汚い世界が生れたのである。
―それは 剣と剣を振りかざし合った 瞬間の感情 そっと脳裏をよぎった 確かな感情―
勇者と名乗る少年と、人間の脅威である魔王。二つの対立し合う存在は、静かに剣を構え、見つめ合っていた。
……街を襲う沢山の魔物を、1人で一掃してきた 「勇者」
そのたびに深い傷を負い、何度も何度も死の淵をさまよった。
けれど「魔王」を倒すため、人々を闇と絶望から救うため、そう思い何度も叫ぶ身体に鞭を打ち、立ち上がった。
「何処かの誰かの助けが、聞こえてくるから。今日、この日のために、どんな苦しみがあろうと生き抜こう」
くじけそうになる自分自身に、何度も何度もそう言い聞かせながら。彼は、勇者は確信していた。自分はこの男を、魔王を倒せると。人々の祈りを、無駄にすることはないと。
「俺は、お前を倒し多くの人々を救う」
一方、魔王は深い悲しみと怒りを覚えていた。
――この男は、勇者と名乗る少年は、いったい何を言っているのだろう――
――何故、自分は倒されなければいけないのだろうか――
――あんな、怒りと憎しみにギラついた瞳を向けられなければならないのだろうか――
心からそう思っていた。自分は、寂しいからそれを埋めるため、魔物達を作った。そして生れてきた彼らは、自分たちが生きるためのエサとして人を喰い、領土を広げるためにと、そこに住む人々を一掃した。
……いったい、人がしていることと何が違うのだろうか。
「私は、倒されるような、憎まれるようなことはしていない。そして彼ら魔物も、本能のままに生きているだけだ」
確かに彼ら魔物は、魔王の心の奥底の怒りや悲しみを反映したかのような、醜い姿形をしている。
そして何より、人間のような知能は持ち合わせていない。それでも、生きるための手段や、同種族への必要最低限の感情は持っている。それを生きるために、活用していただけのことだった。
「逃げまどう人々を襲う行為が、罪ではないというのか!?」
深い憎しみを青い瞳に宿し、勇者は大きく剣を振りかぶる。
何処か遠くで、彼に祈りを捧げ、応援をする人々の声が聞こえた。その声にまたもや胸に痛みを感じながらも、魔王は剣を受け止める。
彼は、人にとっての正義。祈り。希望。
自分は、人にとっての悪。闇。絶望。忌むべき存在。
……こんなのは、おかしい。
何故なら、魔物にとって彼ら人は別に悪ではないし、自分も正義ではない。魔物達は何時も、普通に生活をしているだけだ。腹が減るから人を喰う。住む場所が欲しいから、人を襲い、奪い取る。彼らはもし仲間が人に狩られようとも、それをも仕方のないこととして受け止めているのに。
「……人がしていることと、いったい何が違う?」
キィイイインと、刃物がぶつかり合う、嫌な音が響き渡る。
まるで人の魔物に対する反発音のようで、思わず魔王は耳を塞ぎたくなった。
「何もかもが違う! お前等がしていることは、全て悪だ!! 人間を滅ぼし、世界を征服しようと企む魔王め!!」
……耳を、疑った。
「……世界を征服?」
人間にとって、自分はそんな存在なのか。そんなにも恐ろしい存在なのか。違う、違う違う違う、そんなもの、何もかもが違う。胸の内に、やりきれないほどの、声にならないほどの感情が渦を巻く。
「私は、私は仲間が欲しかっただけだ」
……ふと、剣を構える魔王の顔に影が落ちた。それは絶望という名の、暗い影。
―人間のように、生きたかった―
感情を素直に出し、何でもないことに笑い、悲しいことに涙流し、腹立たしいことに怒りを覚え。そんななんでもない事を、普通にしたかった。ただ本当に、それだけだったと言うのに。ありあまる力を持って生れたが故、叶わなかった。
人々に街から追い出され、石を投げつけられる幼き頃の日常。
流す涙に、美しさなど欠片もなく。抱く怒りに、慰みも悔やみもなく。ただ何故だろう、と。どうしてだろう、と。それしか思えなかった。ただただ心に穴が空くばかり。深く深く、えぐられるばかり。それを埋められたなら。そう思い、魔物達を作っただけのこと。そして生れてきた魔物達に悪意などはなく、ただ自然の摂理が繰り返されてきただけのこと。
「……彼等が、彼等魔物が、お前達人間のように賢く美しかったら良かったのか?」
訝しむ、勇者の顔。
「私は、私たちは、神に背くことなどしてはいない! 腹が減るから人を喰う! 住む場所が欲しいから人を襲う!!」
気がつけば、叫んでいた。しかしその言葉に、勇者の顔が更に歪む。
「それが間違っているんだ!!」
魔王の瞳が、大きく大きく見開いた。
「何処がだ!? 人が動物や植物を喰うのと、いったい何が違う!? 彼等だって、喰われるために生れてきたわけではあるまい!?」
ハッと、弾かれたように目を見開く勇者。わずかに緩む、剣を握る拳。
「貴様等が領土ほしさに起こす戦争と、何が違う?」
苦しげによせられた眉。うっすらと涙が浮かび、問いかけるような赤い瞳。
勇者は、その魔王の姿に目眩を感じた。
「人が動物を喰うのと同じに、魔物が人を喰うのも、当たり前のことではないか!」
「っ違う! 人間とお前達を、一緒にするな!」
……ひきつる、勇者の表情。その表情を見て、
勇者とは何だろう。こんなちっぽけな存在か。と、頭の片隅でそう思った。
ただの人間中心的な、自尊心ばかりが高い傲慢な生き物ではないか。
「人か!? 人だから許されるのか!! それだけの違いか? そんなちっぽけな! そんなものを正義だなんて、光だなんて、私は絶対に認めない!! 魔物も人間も動物も植物も、全て根源は同じだ! 生れてくる理由も! 有るのは、確かなのは!! 弱肉強食、それだけだ!!」
「違う 違う 違う!!」
「違わぬ!! お前等のしていることは、ただの弱者の逆恨……っ!?」
途切れる、思い。強い衝撃、血の匂い。むせかえ、目眩む程の赤……
「……貴……様っ」
激しい、今まで感じたこともない程の痛みが、魔王の身体を襲う。
石を投げつけられるよりも、何十倍も何百倍もの痛み。
痛む箇所に呆然と目を向ければ、胸に刺さった黄金に輝く剣――
「……私……は……悪、なのか?」
ずっとずっと、迫害を受けた幼い頃から思っていた。
たまに近くに寄ってくる馴染みの深い魔物達にそう尋ねても、言葉を持たない彼等はただ首を横に傾げるばかり。それからただ静かに隣に腰を下ろし、自分の顔をジッと見つめてきた。何か言いたげに。そんな表情の彼等魔物の瞳は、きまって美しく澄んでいた。醜い外見には、似つかわしくない程に。
――一滴、魔王の瞳から涙がこぼれ落ちた――
「……違う……」
薄れる意識の中、ボンヤリと見開かれた二つの瞳の先には、驚いたように、気付いたように見開かれた勇者の青い瞳。
彼の瞳も、とても美しかった。魔物達のと同様に。
「違う。……違う、汚れていたのは、悪なのは……」
呆然と呟かれた勇者の声を意識の水底に感じながらも、魔王は何故か嬉しくなった。
いつもと違う、求めている返事が返ってきたことに。勇者の、気付いたような、心痛めたような返答に、どうしてか心から救われた気がする。自分が受けてきた、理不尽だった人の仕打ちや言動さえ悲しくもない。それほど深く、安心した。知りたかったことを知ることが出来て。気休めでも良い。それでも、魔王はずっと求めていた。
「お前ばかりが悪いんじゃないんだよ」そんな意味を込めた、人の言葉を。
「っ――!!」
勇者の、強く叫ぶ声。
それを聞きながらも、魔王の意識は途絶えた。しかしどうしてか、暖かさを傷ついた身体と心に感じた。
暖かい感覚に意識を奪われ、目を覚ました。瞳の先には遙か遠い青空に、眩しく輝く太陽。
その光景に軽く目眩を感じ、2、3度瞬きを繰り返しながらも魔王は上体を起こした。
「……目覚めたか?」
眩む頭に叱咤しつつも状況を把握しようとしていたところ、声が聞こえ、その声に驚きつつも目をやる。そして自分が見た光景に更に驚き、大きく目を見開いた。
「貴様は……私は、いったい……」
そう言いかけて、思い出す。
確か自分は彼に黄金の剣で刺され、意識を飛ばしたはず。
……いいや、命を失ったはず。
なので今の状況に戸惑い驚きながらも、顔を上げた。しかし自分を見下ろす勇者の瞳をまじまじと見て、魔王は何故だか戸惑い以上の嬉しさを覚えてしまった。勇者の瞳に、出会ったばかりのような怒りや憎しみの感情がなかったから。しかし代わりに、その表情には申し訳ないような、苦しそうな、そんな表情が刻まれていた。
「……貴様が、勇者の力で私を救ったのか?」
そう問いかけながら、刺されたはずの箇所を撫でる。傷跡は既にもうない。その魔王の様子をチラリと見て、それから勇者は瞳を伏せながらも頷いた。
「あぁ、あの時感じた暖かさは、彼がかけた魔法だったのか」そう納得すると同時に、顔が緩みかけた。
嬉しくて仕方がない。けれどその感情をどう言葉に表したらよいのか解らなくて、ただじっと、勇者を見つめた。俯き、合わない瞳にもどかしさを感じる
……すると、勇者がそっと唇を開いた。
「……アンタが言ったことは、正しいよ。間違ってなんかいない。俺たちと魔物がしていたことに、なんの変わりもありはしなかったんだ。それなのに、俺たちは。恐怖心から勝手に魔物を、魔王を悪とし、自分たちを正義にしていた」
何も違わない。人間も魔物も。そして、魔王も。
その言葉に、ひどく心が揺らいだ。ずっとずっと、求めていた。全ては弱さ故に生れた感情であり、作り物の摂理。常識。恐怖を通り越してしまった、憎しみ。ただそれだけだった。
「そんな理由から、俺たちはアンタを罵り、傷つけた。心ない言葉ばかり。心ない行為ばかり。どんなに酷いことをしただろう。どれだけの事をしたら、俺たちの罪は許されるだろう。……悪は、アンタや魔物じゃない。俺たち人間だ」
涙が、溢れそうだった。
理不尽な仕打ちを受けた自分自身に。
人の恐怖に憎まれながら殺された魔物達に。
そして、今此処で自分を責める、愚かな勇者に対して。
「それでも、償わせてくれ。この俺に。誰よりもアンタを憎んだ、俺に。アンタの今までの悲しみが癒えるのなら、何だってする。死ぬより残酷な、酷く汚い裁きも受けよう」
自分の行いに、涙を流す勇者。
人々の期待に逆らえず、途中で考えを改められなかった、愚かな勇者。もしも途中で気付いたならば、こんな風に跪くこともなかっただろう。そんな事を考えながらも、それ以上に、この愚かな勇者が愛しく感じた。勇者だけではない。皆みんな、キレイだと思った。いいや、昔から思っていた。どんなヒドイ事があろうとも、世界は美しく、人の心も美しく。愛しい存在なのだと。隣にいて欲しい、あって欲しい、そんな存在なのだと。そんな存在がなかったから、自分は魔物達を作り出したのだから。ポッカリ空いた穴を、埋めて欲しくて。そして今も、求めている。
「……一緒に……生きて、欲しいんだ」
償いなど要らない。その代わりに、悲しみ以外の感情で胸がいっぱいになるまで、隣にいて欲しい。
「普通の人間のような、生活がしたい」
幼い頃より抱いていた夢を、かなえて欲しい。
「それだけで、良いから」
流れ落ちる涙の意味が、変わるまで。
その魔王の願いを受け入れたかのように、勇者はそっと、彼の隣に腰を下ろした。
2007/05/24(Thu)21:36:31 公開 /
ちょう子
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■作者からのメッセージ
「勇者と魔王」のお話が書きたくて、書いてみました。
ファンタジー系を書いたのは初めてなので、お見苦しい点が多々あると思います。申し訳ございません。
作品の感想については、
登竜門:通常版(横書き)
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42文字折り返し
の『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。