『V』 ... ジャンル:ショート*2 ファンタジー
作者:バター                

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 一口、二口。

 染み込んでいくは貴方の全て。


 愛しているといったのは貴方のほうでしょう。私は貴方の愛など要らなかったのに。結局貴方は私を捕らえて離さない。狂おしいまでの愛を私に与えてくれましたね。

 私を愛するということがどういうことか、わかっていたでしょうに。貴方は賢かったから。そこら辺りにわいている人間どもよりもはるかに、賢かったというのに。

 何故貴方は私を捕らえて離さない。

 否、捕らえて離さなかったのは私の方でしょうか。

「私を愛しているのなら、その糧にしてちょうだい、愛する人」
「愛していないと言ったらどうするのです、弱き人」

 レースをあしらった古典的なドレスを着て、貴方は私を見据える。これは愛なのか? 愛といっていい代物なのか。それでも、貴方は私を求め、私は貴方を拒絶した。

「愛していないのならそれでいいの。それでも私は貴方の中に在るのだから」

 そう言って貴方は首筋をなぞる。首筋に浮かんだ、それはお互いの愛の形。二つの呪いの刻印は、消えるはずもなくただ痕を残す。

 そして彼女は私に寄り添う。最後の主となった、私の傍へ。

 どういうことかわかっているのだ、この賢い人は。瞳を閉じて、ただそのときを静かに待っている。馬鹿な人だ。なんと愚かしい。人であるのならば、私のことなど放っておけばいいものを。そうすれば糧もなく、私は朽ちるというのに。

「共に過ごせないのなら、これが私の愛の形なのよ、愛しい人」

 最期の言葉は、あまりにも甘美で、それだけで酔いが回りそう。首筋に左手を当てて、唇を近づける。嗚呼、芳しい。一時の至福でも、味わいたい。たとえこれが最期の晩餐になっても。

「私を愛した愚かな人よ、私の中に眠るがいい」

 二つの刻印を押し当てる。流れ込むは最上の糧。弱き人の声と命は、僅かな時間で終わった。まだ頬に生気を漂わせながら。

 体に染み込む、あの人の愛の証。もう何百年も口にしていなかった糧は、まだしばらく体の自由を許してくれるらしい。さてどうしたものか。これではまた何百年も生きなければならない。そこでまた愚かな人間に出会えばこの先もずっと。

「……それこそ、愚かしい」

 最期の糧よ、最期までその身は使わせてもらおう。

 裏庭に、その身を埋めてひと月後。芽を出すは愛の形、否、呪いを宿した果実。

 愚かな人の血肉を吸いし、育った果実を食せば、呪いはわが身へ。人ではないからこその、呪い。もうほとほと、生きることには飽いたのだ。

 


 陽の光を浴びずに育ったその柑橘類を、皮ごと齧る。光の味がして不快だが、あの人間のものと思うと少しだけ心地いい。

 一口、二口、広がるは貴方の全て。

 苦く甘い、貴方の全て。

 この身に呪いが現れるまで、あと百年はかかるだろう。だがそれもまた一興。あの人間が私を愛したように、この果実を愛でてみるのも悪くはない。独りの時間は、やはり物悲しいものだから。


「私の中に、生き続けるがいい。私の身が朽ちる、その時まで」


 弱き人よ、否、愛した人よ。

 貴方が私を愛した分だけ、私も貴方を愛してあげよう。時の果てまで、最期まで、貴方を愛してあげよう。

 だから貴方も愛し続けるがいい。

 愛を呪いに変えて、この私をずっとずっと。




 一口、二口。

 広がるは、貴方の、愛。



2007/05/23(Wed)21:45:43 公開 / バター
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