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『影朧』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:晃
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『やっぱりお前は、面白い奴だな』
そう言って、友人はぼやけた笑顔で笑った。
影朧
非日常に憧れる。
いきなりそんなこと言うのはどうかと思うけど、それでもやっぱり非日常に憧れる。いつも決まりきったモノを見て、決まりきったコトをしていると、尚更。
友達との待ち合わせ場所に選んだ、ちょっとオシャレなカフェテリアへ向かうべく、俺は今日も歩きなれた道を行く。
いつもと変わらず、空は赤いし、ワイヤーで吊るされた太陽はまぶしい。その冷たい陽光に晒されて、ぼやけた人間が、ぼやけたビルの中に入ったり出たりを繰り返している。時折固まった雲がボトリボトリと地面に落ちてきて、水溜りや街路樹が滑るように逃げていく。
いつもと変わらない、日常。
そんななんでも無い光景の中で、俺は非日常に憧れる。
毎日が退屈だ。安定していると言えばそうだが、刺激が無い。毎日毎日、まるで金太郎飴を切っているかのように、同じコトの繰り返し。
『あら、でも本当に非日常の中に放り込まれたとき、貴方は困るんじゃなくて?』
クスクスと言う笑い声。すっと背を伸ばし、猫を食べながら落ちた花びらを枝に飾り付けている桜の木がそう言った。
「そうなんだろうけどさ。それでも、非日常にあこがれるんだよ」
『そういうお年頃?』
「そ。恋と悩み多き花の高校生」
実際恋もクソも無いけどな。
あるのは悩みだけ。ムゲンに降ってきて、積み重なって、俺の空っぽの心を見たそうとする。そんなもので満たされたかないっつの。
そう思っても、降ってくる。音も無く気配も無く、夢幻に、無限に。
『大変ね』
「大変だよ」
『でも、面白そう』
「そんなことないさ」
何をどう見て面白そうなんだか。
全く、桜の考えていることってのはどうも分らない。猫を全て食べ終わった桜の木は、満足そうにワサワサと手を振った。
せっかく綺麗に飾りつけた花びらが、落ちていく。
『じゃあ、ここらへんでね。素敵な花びらが集められるところ、見つけたの』
「ああ。またな」
桜の木と別れて俺は歩く。約束の時間はとうに過ぎているけれど、まあ長い付き合いだ、許してくれるだろう。
にしてもなんか起きねえかな。何でもいい、なにかこう、面白い事が。
『子供じゃないんだから、そろそろ現実に目を向けたらどうだ?』
今度はネコが話し掛けてきた。人の思考読むなっての。これだからネコは。
思いっきり悪態をつく。声に出さずに。どうせ聞こえているのだろうが、それでもネコは気にせずに、六つの足をゾロゾロ動かして、体調の二倍くらいある尾を振りながら、俺の横を付いてくる。
「子供だよ。だって俺まだ高校生だもん」
『あらあら。またネコに叱られてるの? 貴方』
買い物をしていたらしいオバサンまで話に加わってくる。
全く、高校生にもなって。
そう言って、オバサンは呆れたように笑う。緩やかに吹いてきた風に、彼女の輪郭が少し、ぼやけた。
『そろそろ将来の事も考えなきゃ駄目よ。高校生活なんて、あっという間に終わっちゃうんだから』
「わかってますよ」
『お前な、もうちょっと愛想ってモンをもてよ』
「ネコに振りまく愛想なんざ持ってねえよ」
『あら、駄目よ。これからはネコの時代が来るかもしれないって言うんだから』
『そういうこった』
ウサギの時代はもう終わりか?
結構短かったな。どうでもいいけどさ。そんなことを考えていると、交差点に差し掛かった。友達と待ち合わせしているのは、ここの交差点を抜けたすぐそこだ。
俺はスタスタ歩き出す。時折り猛スピードでやって来る車をよけながら。オバサンは車がそのぼやけた体を通り抜けるたびに、消えそうになって慌てていた。オバサンだけじゃない、そこかしこで同じ光景が繰り広げられている。
だから信号つけたほうがいいっての。都会では既に始まっているらしいが、こう言う田舎だとまだまだ先だ。
「じゃ、俺こっちなんで」
『ああ。じゃな。ところでお前も早く気づけよ』
「ハ? 何に」
『貴方が本当は……』
そこまで言って、吹いてきた一陣の風。存外強いそれは、容易くオバサンとネコのぼやけた体を崩してしまった。後に残るは、オバサンがもっていた買い物袋と、言葉の続きが気になっている俺だけ。
「俺がなんなんだか……ま、いいか」
待ち合わせ場所は、すぐそこだ。
『いらっしゃいませ……って、何だアンタか。また休みなのにぶらついて。たまには勉強くらいしたら?』
「休みだからこそぶらついてんだろお。それより、あいつ来てる?」
俺とわかった途端、愛想の良かった声を急激にトーンダウンさせて、なじみのウェイトレスは呆れたようにそう言った。本気でないとわかっているので、俺もふざけた調子で返す。
『とっくの昔にね。まったく、アンタと待ち合わせはもういやだって怒ってたよ』
それでもあいつは、律儀に待ち合わせ通りの時間に来る。何気にいい奴だよな、うん。俺だったら毎回毎回遅刻されたら、きっと面倒になって帰ってる。
店の一番奥、窓際は俺達の定位置。そこでケーキを食べている友人を発見。
『遅い!』
第一声はこれ。他の奴らで言う『おはよう』とか『こんにちは』が、これにあたる。
「悪い悪い」
『全く悪いなんて思ってないだろ、お前。もうお前と待ち合わせすんの俺嫌になってきた。今度遅れたら帰るからな!』
「そう言って待ってくれる君を俺は大好きサ!」
胡散臭いと自分自身でもわかる笑みで、俺は大袈裟にそう言った。友人は嫌そうに顔を顰めただけで、それ以上何も言ってこない。
友人の向かいの席に座り、俺もコーヒーとケーキを頼む。
「さっきさあ、そこでネコとオバサンにあってさ、なんか変なこと言われたんだ」
『変なこと?』
「うん。俺ガ本当はなんなのか気づけって。何なんだろうな」
『……』
「って、黙るのかよ」
俺の突っ込みは虚しく宙に消えた。
友人は何かを考えているかのように黙り込んで、切り崩したケーキのカケラをフォークでつついている。
なんとも言えない沈黙に居たたまれなくなって、俺は取り合えず適当に話題を口にしてみる。
「あー、テストの勉強、したか?」
『……したよ。つか明日だろ。お前は? 今回赤点だとやばいんだろ?』
「ん。でもやる気でないんだよなあ。何かこう……虚無感?」
『何いってんの、お前』
「いいんだよ、これから俺はアンニュイ感じで攻めてくから」
『どこを。そして誰を』
俺も判らない。
窓の外をボンヤリ眺める。風が吹いて、またいくつか人間が消えていく。同時に、散り散りになった破片は、集まって全く別の生命体を生み出した。今度はネコだ。
これからはネコの時代。そう言ったオバサンの笑顔を思い出す。あの人は、一体なんになったんだろう?
『お前、最近ボンヤリしてるよな。なんかあったか?』
「なんでも無い」
『なんでも無くないだろ』
「悩み多き年頃特有の、何の益も無いくっだらねぇ悩みだよ」
『じゃあ言ってもいいだろ』
「言ったらお前笑うじゃん」
『笑わない笑わない。笑ったらデラックスパフェ奢ってやる』
それなら、と俺は語ることにした。
「いや。たださ……非日常に、憧れる」
『非日常?』
「そ。非日常」
聞いた友人の顔が一瞬呆けて、それは徐々に笑いをこらえル要に歪んでいった。パフェ奢るの決定だ。思いっきり笑ってんじゃねぇか。
心の中で悪態をつきながら、それでも俺は語り続ける。ここで終えるのもなんか嫌だったし、どうせなら全部聞いてもらおうと思って。
「刺激が足りないなって」
「なんか、ずっと同じ毎日だろ? だからたまには違う事があってもいいんじゃないかなってさ」
「そう思ったんだ」
話は終わりだとばかりに口を閉じる。
奇妙な沈黙が降りてきて、店のBGMがやけに大きく聞こえた。
『非日常、ね』
友人は不意にそう呟いて笑うと、おもむろに手にしたフォークで、テーブルの上に載せていた自分の腕を突き刺した。当然ながらフォークは腕を貫通して、下のテーブルに傷をつける。
「……机に、傷つけんなよ」
それ以外何を言えと? 俺は友人の奇妙な行動に困惑してそれだけを何とか搾り出した。
それに、友人は笑う。肩を震わせて。笑いすぎだろ、明らかに。
『そこがお前の面白いところだよな』
「はぁ?」
何を言い出すんだこいつは。
『自分の存在の異常さに気付いてない。この異常さを日常として受け止める。お前のお仲間からしてみれば、明らかに異常なこの空間で、平然と非日常を求めている』
笑いながらそういう友人に、俺は何も言い返すことが出来ない。
と言うより、何を言っているか分らない。困惑する俺を尻目に、友人は笑い続ける。
もういいや、放っておこう。
そう結論付けて、俺はケーキを食べようとフォークを手にとった。何と無く、そこで動きが止まる。
俺はさっきの友人がやったようにフォークを構えると、自分の腕めがけて振り下ろした。
しかし、フォークは貫通しない。
引き抜いたそこから流れたのは、真っ赤な色をした液体だった。
こんなもの、見たことも無かったから、どうすればいいのかわからない。何も出来ない俺の意志とは関係無く、フォークを引き抜いた部分からは、とめどなく赤い液体が流れる。水よりも多少ぬめりを帯びたそれが、店内のランプに照らされて、てらてらと光る。
みれば、店内にいた従業員から客までが、ぼやけた顔に浮かぶ一対の眼を俺に向けていた。
『ああ、気付いたのかな』
『気付いたかもしれない』
『だってあんなもの、僕らからは出ないもの』
『ちがうよ、この世界の生き物全てからは、だよ』
『赤いね』
『奇麗だね』
『これで彼も、気付いたかな』
『気付いたんだよ、きっと』
『漸くかぁ。長かったね』
何でおかしいと思わなかったんだろう?
ボンヤリと背後の景色が透けて見える人々。風に飛ばされて消えたオバサン。すり抜ける、物。明らかに「俺」と言う存在とは違う人間。
『何でおかしいと思わなかったんだろう?』
そんなの、こっちが訊きたい。
『自分が、明らかに違う存在だってこと』
ああ、そうか、俺は。
『非日常を望む自分自身が、最もこの世界の「日常」から離れているってことを』
呆然とする俺に、友人は告げる。
俺とは違う、ぼやけた顔で。
影のような、朧なる表情で。
笑いながら、告げる。
『やっぱりお前は、面白い奴だよ』
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2007/04/01(Sun)12:04:19 公開 / 晃
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