『白い少女の名はハルカ』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:きつね。                

     あらすじ・作品紹介
夕方の学校。人気の無いその校舎に、ある決意を秘めた少年の存在があった。少し長めの黒い髪。胸元には「県立坂ヶ浦高校2年5組 藤塚優」と書かれた生徒手帳。それを見つめる一人の少女。2人が出会う時、物語は大きな歪曲を迎える…!!人は一体、何のために産まれてきたのだろう。それは、きっと……。

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―――鉄製の重い扉を、持ってきたペンチでこじ開ける。
瞬間に風が前から自分に覆いかぶさり、少し体が後退する。
ワイシャツ1枚では少し寒い。
もうそんな季節になったのかと、少しの詠嘆がもれる。
最近、日の短さを感じる。
あまりにも、1つの自分に関する重大な言葉について考えを張り巡らせたためか。
その重大な言葉が何かと問われれば、もはや躊躇することなく答えられるだろう。
「死」である。
自分の「生」と「死」。
その間にある重さ。
言葉には尽くしがたい。
だが人間、いや生命体の全てにとって1番に重大であるその存在。
生を続ければ続けるほどに近くなり、その存在の重さに胸が押しつぶされそうになる。
そして、その存在の重さに怖気づき、今まさに生と死の境界線を自ら誤ろうとしている自分がいる。





藤塚優は学校の屋上へと空間を紡ぐ扉を開け、フェンスの無いすぐ手前、死のある一歩手前の画へと進む。
空は赤に少し黒が混じっている。
自分の最後を見届けてくれるのは、どうやらこの太陽だけのようだ。
部活終了時刻はすでに30分程過ぎている。
人影など、目下には見当たらなかった。





校内での、口や力による激しい暴力。
教師には見てみぬふりをされ、親にさえ見切りをつけられた。
母はノイローゼにかかり、半年前に自殺。
父は酒乱に落ち、泥酔していることがほとんど。
家に帰れば、顔を醜い赤に変えた父に暴力を受け、心と体の傷が目に見えて分かる妹の存在を感じるのみ。
その幼い体に植えつけられたいくつもの恐怖を押し隠し、
「おかえり、お兄ちゃん」
と弱い笑顔で挨拶をしてくれる妹に、僕はなにをしてやれていただろうか。
家での会話などしたのは、いつのことであろうか。
なぜいじめを受けているのか、理由さえ分からない。
自分は悪いか?
世界に存在していてはまずい存在か?
高校に入り、いじめを受け始めた1年の夏の頃から1年と少し。
ずっと考えていた。
他のことなど手につかなかった。
それほどに、追い詰められていた。
なおエスカレートするいじめに対して昨日、優は何かのスイッチを入れた。
それは何であるか。
優自身でさえも曖昧。
死への決意であるか。
生へのあきらめであるか。
存在のアピールであるか。
どれにしろ、することは同じであるかもしれない。





下を見る。
影で黒く濁るアスファルト。
そのアスファルトが、今の彼にとっては死神の黒衣に変わる。
その黒衣にまとわれる勇気は、すでに昨日ついたはずだ。
いざそれを見てみても、やはり決意は揺れない。
それほどに堅い、その心。
その堅さは、頑丈さのそれではない。
全てをあきらめ、全てを周りから消した、透明による堅さ。
何者にも見えない。
よって崩されることなど無い。
そんな虚しい堅さを持つ、死への決意を持った心。
そう思っていた。
自他ともに認め、そのことに頷く……はずだった。




「……死ぬの?」
不意に、脳に直接響かせてくるような、そんな声。
突如の声に焦りながら後ろを振り返れば、そこには少女の存在。
だがそれはあまりにも小さく、それでいて儚い。
純白の、軽いドレスのような身なり。
世界の空間を全て無にしてしまいそうな、吸い込まれそうな、そんな白一色のドレス。
黒いストレートの長い髪が、そのドレスと反発するかのように、その存在を何よりも強く主張している。
まさに、人形という表現が一番合う。
「死んで、終わるの?」
1つ目の質問の返答を待たず、少女は言葉を自分の脳へと響かせる。
「…もう、終わった方が楽だから」
少しとまどってから、おぼろげに自分の口から発するその言葉。
なぜか、その少女には言葉を発することが禁断の行為に思える。
「…死にたいなら、死ねばいい」
その一言に、背筋が凍る。
あまりにも冷酷で、刺さる言葉。
こんな言葉よりも、もっと卑劣な言葉を毎日浴びている。
だが、その一言だけは、今までの中で最も強烈に感じた。
身体が震える。
心が揺れる。
「…ああ、そうさせてもらうよ」
もう、言葉を発するのが怖い。
この少女の言葉を耳にするのが怖い。
そういうことからの逃げが、一層この地面の無い空間へと1歩足を進めることを助長する。
少女と相対する向きを改め、黒衣へと直線で繋がる、何も無い空間へと視界を回す。
「でも終わる前に、こんなことを考えて欲しいの」
先ほどよりも、いくらか穏やかな口調。
もはや聞きたくないと思っていた、響くようなその声に、何故か心を縛られる。
「自分がこの世から消えて、泣き崩れるように悲しむ人を、一体あなたは何人思い浮かべられるかしら?」
愚問である。
悲しむような人を思い浮かべられれば、なぜ自殺をしようと思うのか。





棺に入れられた自分の存在。
魂の無い、木偶の坊。
その周り。
…人はいない。
そう、誰一人として、生の無い自分の隣で泣く者など、想像できなかった。
そしてさらに範囲を広げてみれば、
「――あいつを見るだけでなんか腹が立つんだよな。消えてくれて良かったよ。」
「俺も俺も。あいつ何かの疫病神にでも取り付かれてたんじゃないの?」
「アハハハ、それ言えてる!!」
「――藤塚君へのいじめで学内環境は最悪だったからな。まあ、あの子には少し悪いかもしれんが、これで担任の負担も減るだろう。それにしても、よもや我が校の屋上から死なれるとはなあ。家で手首でも切ってくれれば、こんなに我が校の悪い評判も聞かずにすむっていうのに…」
「――っ、っ、ぷはぁ。優が死んでくれたおかげで、生活費が一人分浮いて助かるわ。これでもっと良い酒がたらふく飲めるってわけだ。あぁめでていこった。」





これが、答え。
生を絶つための、一番の理由。
自虐的笑みを浮かべ、全てを投げ捨てたかのように、少女に言う。
「僕が死んだら、みんな逆に喜ぶんじゃないかな?」
あまりに軽薄で、軽率なその言葉。
だがそれでいい。
もはや数分もせず、彼はこの世を去るつもりでいる。
いや、屋上の扉を開けたその瞬間から、彼はもう抜け殻なのかもしれなかった。
そんな優に、言葉を選ぶ必要などなかった。
正直に、思うがままに、脳を、口を、身体を、動かせばいい。
最後くらい、自由にさせてくれ。
そんな思いから放たれた、全てを諦めた言葉に、彼女は返す。
「そう……。じゃあ………」





―――死ね。





言い終わる刹那。
猛烈な風が屋上を巻く。
その風向きは、白い服に黒髪の少女から、小柄な少年へ。
少年から、黒衣へ。
一直線の、突風。
誰かが操作しているかのような錯覚に襲われる、空間を切るその風。
「う、うわぁあぁぁああ!!」
彼は、自ら飛び降りる心の準備をする前に唐突な風に足をすくわれ、下に広がる黒衣へと落ちる。
数秒後、いや、彼にとってはどれだけの時間に感じたかは定かではない。
グシャッ。
大きな石が、分厚い板へと垂直落下したような、鈍く汚い音。
その音を聞く者は、もはや屋上、ましてやアスファルトの周りになど、存在しなかった……。





日付は変わり、朝の8時。

「ねえ、お母さん。この新聞記事見てみて。私と同学年みたい」
「え、どんな記事?」



某新聞、地域面、掲載記事。

【高校2年の男子学生、屋上から自殺。原因は度重なるいじめか。】

昨日の午後6時頃、S県立坂ヶ浦高校にて、高校2年の男子学生の遺体が、学校から帰宅しようとした同学校の女生徒によって発見された。
死亡推定時刻は午後5時半頃。
死因は出血性ショック死であり、学校の屋上から落下したものとみられている。
校長の話によると、この男子学生に対しての度重なるいじめがあったことを供述しており、屋上に遺書が置いてあったことからも、そのいじめが原因で自ら身を投げ自殺したものと考えられている。
S県警は、学校側に不備があったものとして、操作を進める方針である。


「ちょっと、坂ヶ浦高校ってここから近いじゃない。本当に、最近の世の中は怖いわ。由香、あなたの学校は大丈夫?」
「お母さん心配しすぎだよ。ウチの学校は、私みたいな健全な心を持った学生で溢れてるんだから」
「コラ、調子に乗るんじゃいの。本当に、気をつけてよね。もしものことがあったら、冗談じゃすまないんだから」
「そのくらいわかってるよ、お母さん」





同時刻、優の家。

「お兄ちゃん……うっ…えぐっ……どこ行ったの……ひっ…。早く…帰って……ひぐっ……来て…よ。麻美、お兄ちゃん居ないと……寂しいよ……ぐすっ…えぐっ」
一人の少女は、もう半日も涙を流し、目を腫らしている。





同時刻、S県警内休憩室

「本当、警察ってのは難儀な仕事だよなー」
新聞のある一面を見ながら、中年の刑事が愚痴をもらす。
「どうしたのさ、吉岡さん。いつもより暗いじゃない」
少し白髪の入った初老のベテラン刑事が、勝手に相槌を打つ。
「あ、古田さん、いたのかい。ちょっと見てくれよ。ほら、この記事」
「ん、どれよ。ああー、これね。いじめによる学生の自殺。最近多いよねー、こういうの。吉岡さん、確かこの事件の担当なんだっけ?」
「そうなんだよ。それがさ、この事件の報道、実際は内容が少し違うんだよ」
「違うって、何がさ?」
「実はさ、肝心の学生の遺体ってのが見つかってないんだよ」
「え?だって、自殺じゃないのかい?」
「そう、それ。報道はどこも男子学生の自殺としている。まあ、上の方から命令があってさ。この事件、マスコミには単なる自殺ってことで強引に話つけてあるんだ」
「じゃあ、実際のところの内容はどんなものなんだい?」
「第一発見時刻や場所はこの記事の通り。違うのは、遺体が上がってないこと。女性の声で、自殺かもしれないと通報を受けたから現場に行ってみたら、女子学生が1人と、血に染まったアスファルトがあるじゃないか。話しを聞いてみると、午後5時半頃に下校しようと門の所を歩いてたら、屋上に人影が見えたんだと。屋上は普段は施錠してあるから少し不思議に思ったんだけど、塾に行く時間に間に合わなそうだから、見えた人影を気にしながらも、最寄駅へ歩いた。そしたら歩き始めてから10秒とせずに、すごく鈍い音がしたんだってよ。普通なら怖くて逃げ出すんだろうけど、最近の女子ってのは肝が据わってるっていうのかね。学校へと歩く向きを変えて、確かめに行ったんだとよ。そしたら、屋上近くのアスファルトが、放射線状に血で真っ赤に染まってる」
そこで初老の男性、古田が困惑した状態で話しを切る。
「おいおい待ってくれよ。さっきの吉岡さんの話と違うじゃない。アスファルトが血に染まってて、遺体がないわけがないだろうに」
「俺の話しはまだ終わってないよ。そう、アスファルトは血で真っ赤。ところが、だ。その血溜りの中央に、何も無いんだ。それこそ学生の遺体、ましてや服や髪の毛の一本も無い。ただの血溜りがそこに存在していたっていうんだ」
「…え?」
「俺も最初は疑問符だよ。でも、いくら周りを調べても遺体なんて見つからない。警察署でその女子学生を問い詰めてみても、ガンとして自分の意見を崩さない。もう時刻は夜の10時を越えていた。それで困ってる時に、電話があったんだ。電話してきたのは、幼い女の子。もう夜の10時だっていうのに、兄が帰って来ないので、探して欲しい、ってな。まあ、捜索願いってやつさ。んで一応その兄についての特徴聞いてたら、新米の刑事が飛び込んできた。手には袋に入れられた手紙のようなものを持っていて、こう言った。
吉岡刑事!!暗がりながらも、念のため屋上付近で手がかりになるようなものを捜索していたところ、遺書らしき手紙が見つかりました!!名前は藤塚優と書いてあります!!
その時、俺は寒気を感じたね。藤塚優。それこそが、行方不明の兄の名前だったんだ」
「だから、自殺っていうことになってるのかい?」
「そういうこった。遺体が見つからないなんて言うとまたマスコミが騒ぐからだろうな。それとさ、その遺書っていうのもちょいと難ありなんだよ」
「へえ、どんなことが書いてあったんだい?」
「ああ、丁度文章をコピーライトしたやつがあるから、それでも見てよ。まるで他の誰かが書いたような文体なんだ」
吉岡は、胸ポケットから1枚のコピー用紙を四つ折にしたものを、ポイと古田に投げる」
「っとと。これがそうかい?どれどれ…題名は……落書き?」




[落書き。]

人間は何のために産まれてきたのかと問われれば、それは人を守るためではないだろうか。
上を見上げた先に広がる青と比べれば、今の自分の悩みがどれほどちっぽけか分かる。
人が言う。
「人には死ぬ権利がある」
「いやそんなことはない。生きる義務がある」
つらすぎる日常。日々マイナスな心情。
努力はしたか。
する勇気すらないか。
耐えた先の幸福を捨てるか。
それを分かりきって、なお死にたいならば、まず死線に立てばいい。
だがその次の、死へと身を投げる前に、十分な時間考えて欲しい。
自分が死んで、悲しむ人、心が崩れる人、大切な存在を失う人のことを、どうか思い浮かべて欲しい。
家族。
友人。
恋人。
果たして、何人思い浮かぶだろうか。
もし思い浮かばないのならば、死ぬのもありかもしれない。
何故ならば、人が命を無くし、心が揺れずにいる者など、この世には存在しない。
殺人者が何の変哲も無く生活が送れているてしても、それは上辺の虚構だ。
真の内面は、いつも恐怖で包まれている。
それを分からない程に愚かであるのならば、死んでみれば良い。
死後、どれ程に苦しむか、私の知ったことではない。
死後、あなたの周りがどれ程に苦しもうとも、私に出来ることは何一つ無い。



あなたは、果たして何人の大切な人が思い浮かんだだろうか。



その人を守ることが真の生の証であると、私は


――9月25日 藤塚優。

2007/03/06(Tue)04:44:35 公開 / きつね。
■この作品の著作権はきつね。さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
正直、このような死をテーマにするものはありふれていて、それでいてとても書きづらいテーマだと思います。
自分で書いていても、どこか「死」について軽薄に語ってるようで申し訳ない気持ちです。
不快に思われる方がいましたら、お詫び申し上げます。

それと、主人公の名前は「ゆう」とも「すぐる」とも「まさる」とも読めますが、どう読むかは皆さんの感性にお任せします。
そういうのも、小説の一つの魅力ではないかと、勝手に思っている私です。

製作時間は2時間弱でしょうか。

文体をわざと重くしたため、おかしな表現等が少し紛れているかもしれません。
その場合はご指摘の程、よろしくお願いします。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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