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『不法投棄の世界』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:泣村響市
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あらすじ・作品紹介
車が好きな人間です
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くらくらくらくら。
世界は物凄く不安定で僕は今日も不安定にヤジロベーみたいに揺れる。
「死ぬならさ、どうやって死にたい?」
こんな会話を何時華(いつか)としたことがある。何時のことだったっけ、と僕は思考を巡らすけれど、面倒になって思考を放棄。
「そうだねぇ。でっかいレコォド盤についてるあの爪みてーな奴で轢殺されたいかな」
「でっかいレコード盤?」
「そ。あれって先っちょにダイアモンド付いてるんだぜ? ダイアモンド。いいよね、天使の涙」
「でもでっかいレコード盤なんてないんじゃない?」
「そうだね。廃棄(はいき)、作ってよ」
「無理だよ、何時華を轢けるようなダイアモンド、無いもん」
僕がそういうと、何時華は「冗談だよ」と言ってからからと笑った。
ぎしりぎしりと廃棄処分されたぼこぼこの車の天井がきしんだ。その上に座っている僕も軋んだ。そんな僕を下から見上げている何時華は軋まなかった。僕だけが壊れて軋んでく。
「じゃあじゃあさ、廃棄はどうなの? どうやって死にたい?」
笑ったままの表情の何時華が聞いてきた。質問を返された僕はちょっとたじろいで「そうだなぁ、」と口を濁した。
にこにこと笑っている何時華から目を逸らして空を仰ぐ。
良い天気だ。
腐ってきそうなほど綺麗な空空空。晴天! なんていう感じ。
「そうだなぁ、……僕は」
「ぼくは?」
「死ぬときに考えるかなぁ」
そう苦し紛れに呟くと、何時華は「ずるいよ廃棄、ちゃんと答えてよぉ」と不満げに言って僕の座っている車のボディを思いっきり底の厚いブーツで蹴っ飛ばした。がごんっ、と鈍い音がして廃車が軋む。
「うわ。何すんの」
「蹴っ飛ばした」
痛くないのかな、脚。
そんな事を思いながら軋む車の上で僕はバランスを崩さないように寝転ぶ。大きな白いバンの天井はどうしようもないくらいに細かくべっこべこに凹んでいたし、冷たすぎる鉄の塊を背中に押付けるのは気持ちよくなかったけれど、空が綺麗だったのでもっと見たくなったのだ。
「ねぇ廃棄ー。そこ登って良い?」
「だーめ。此処は僕の場所。隣の車ならいーよ」
「それじゃ遠いよー」
「じゃあ我慢」
「此処も遠いよー」
「じゃあ隣」
しばらく何時華はむー、と唸り、やがて諦めたのか隣の赤いワゴンの上に登り始めた。がこがこと車が盛大に揺れている。
そうして並んだ車の上で、僕等は寝転がって上を見る。
「ねー廃棄ー」
「何?」
胡乱気な声音で何時華が僕に問いかけた。
「ほんとはどうやって死にたい?」
「……」
僕は黙って、息を吸って、吐いた。
僕は、死にたくなんてなかった。
けれど、
「……さぁ」
隣にいる死にたがりさんのために、適当にお茶を濁す事にする。
「なにそれー。うわ、なんだか裏切られた気分だよ廃棄。教えてよぉ、私は言ったじゃん」
「え、あれ本気だったの」
でっかいレコード盤で轢かれたいだなんていうのが本気だとは到底思ってなかった僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。
それに共鳴するみたいに白いバンが揺れる。
「本気だよ。いいじゃん、ダイアモンドに轢き殺されるんだぜ? 普通の人には無理ですぜ、そんな素っ頓狂な死に方」
にしし、と嫌な感じに何時華は笑った。にししし。その笑い方止めてくんないかな。凄い不愉快。そう言おうかと思ったけれど、言っても無駄なのは分かってるので止めとく。
「あー、そだな。じゃあ、……学校の屋上から飛び降りるよ、僕は」
「対抗?! 私に対抗してんの?! しかも逆ベクトルだしぃ!」
楽しそうに笑う声がする。
楽しくない僕はずっと空を見ていた。
学校の帰り道。なんだか色々面倒になって家に帰る気がしなかったので近くの不法投棄的な車さんたちがずらずら並んでるあの空き地へ行ってしまったのは何時かの夏の午後。
初めて登った真っ白なバンの上は馬鹿みたいに暑くて、でもさわさわ上を通り過ぎる風が異様なくらい気持ちよくて、やべぇはまりそうだとか学校の時の調子が未だに抜けない僕は思った。
そんな時に、何時華とであった。
去年の夏の午後の話。
何時からか僕は一人だった。
だから、何時華は現れた、んだそうだ。初対面で言っていた。
「私。私はねぇ、……じゃあ、君が寂しかったから現れたんだよ」
其の頃から指定席になったバンの上から僕は地面に底の厚いブーツで立っている何時華を見下ろしていた。青い風が数年単位で切ってない僕の前髪をふわり持ち上げる。
「嘘付け」
「うん嘘。じゃ、何で君は其処に居るのかな」
「僕は、」
にししし、と笑っている何時華を見下ろしながら、頭の何処かで今の僕は酷く呆れたみたいな顔をしてるんじゃないかな、と思って。
「君が寂しかったから此処にいるんだよ」
そう言った僕を何時華は本気で芸を失敗した道化をみる幼児みたいな笑顔で、純粋に不思議な笑顔で笑った。
まるで馬鹿にしたみたいな笑みでもあったし、実際馬鹿にしてたんじゃないか、と今では思うけれど、その時は、僕にしては珍しく本当に何を思って狂っていたのかは何にも覚えていないけれど、素直に純粋に、そんな何時華を笑った。
「君、名前は?」
そうして僕は何でか何でなのか本当に解らないまま、日常的に何時華に会うようになっていった。
そんな風に喋っていたのを思い出して、僕は今日もあの廃車がずらずら並んでいる空き地へ向かっていた。
足取はいつも通りに重いし、されども軽い。
何時華に会えるのが楽しみなわけじゃない。何時華に会えるのが楽しみなわけじゃない。あの白いバンの上に寝転べるのが嬉しいだけだよ。と言い訳を口に出さないで思って僕は坂を適当に下る。
けどあそこにある車全部不法投棄なんだよな。僕みたいだ。
そんな他愛も無い事を思いながら、脚を進める。
軽いジェットコースター並の坂道の直ぐ下、ちょうど土手みたいになっているところに、その廃車たちの墓場は位置していて。僕の家の近くに其れは何時からかあった。
小さな頃は何処かのおばあさんが畑にしていたはずなのだが、あのおばあさんは死んでしまったのだろうか。畑はもうないし、生きていてももう何もなくなったのかもなぁ、とかちょっと失礼だろうか。
そうして不法投棄な廃車たちの墓場を覗き込んで、
「あれ」
思わず間抜けに首を傾げた僕だった。
空き地は空っぽだった。
空っぽ。
空き地なんだから、当然、なんだけど。でも此処は空っぽな空き地じゃなかったはずだ。
何が可笑しいんだっけ。なんだっけ。
考えて、口角が歪むのが分かる。
くるまがない。
「あれ、あれ、あれ」
あれれれれ。
首を傾げて傾げて九十度。筋が痛くなってきたから元に戻す。こきり。骨が鳴った。
思わず僕は泣きそうになる。
そういえば此処にある車は全部不法投棄なんだっけ。僕みたいだ。
あの白いバンも。その隣の赤いワゴンも、処分されちゃったんだ。不法投棄だから。不法だもんね。違法だもんね。ルール破ってるもんね。だったら僕も何時か処分されちゃうのかな。あの車たちみたいに?
するり、持ってた通学鞄が手から落ちた。べしゃり、大して教科書を入れてないぺしゃんこ鞄が潰れる。
「あ。は」
口が異様に歪んでるのが解る。
しかも上に。
自分が凄く気味の悪い表情になってるのがわかる。
泣くのか笑うのかどっちかにしようよ、僕。ごめん無理っぽい、この顔しか出来ない。狂っちゃったのかな。車ごときで狂うような精神してたっけ? あれれ、それどころか、
僕に心ってあったっけ……――?
「廃棄?!」
何時華の声が僕の鼓膜を盛大に震わせた。
こんこんこんこん、と勢い良く何時華の厚い靴底のブーツが鳴る音が聞こえる。遠くを通る車の音も聞こえる。鳴いている鳥の声も聞こえる。さわさわさわと青い風が通り過ぎる音も、聞こえる。
けど、僕は何かを聞いているつもりはなかった。
「何時華」
「廃棄、これ、これって」
「車、処分されちゃったみたいだねぇ」
「……うん」
肩をがっくり落として、何時華は言った。僕はあくまで普通に喋っている。こんな所で僕の適当に会話するっていう特技が生かされちゃった。使えないなぁほんとにこの特技。
「はいき」
「なに」
「……車、なくなっちゃったね」
「うん。処分されちゃった」
僕はゆっくり脚をすすめて、空き地の真ん中に立つ。
予想以上に広がった空間をぐるり見渡して、何時華に向かって両手を広げて笑う。
結構広かったんだなぁ、此処。
何時華は不思議そうな呆れたみたいな顔をしている。
あれ、これって役割逆じゃない?
いつもは何時華がにこにこ笑ってて、それを僕が呆れたみたいに見て……――。
まぁ、いいか。
「寂しいね!」
思ったよりも出た音量に、自分でも吃驚しながら何時華に向かって叫ぶ。
「……うん!」
何時華も叫び返してきた。
しゅわり、と脳味噌の中で炭酸が弾けるみたいな音がした。
「だからね、何時華が寂しいから、僕が居るんだよ?!」
「……うん!」
「だからね、僕が寂しいから、何時華がいるんだよ?!」
「うん! 寂しいね、廃棄!」
「そう! 寂しい! だから一緒に居よ!」
僕等は馬鹿みたいに叫ぶ。
僕等に似た車みたいに処分されちゃわないように。
もっともっと、依存しあって、廃車になって。
それでも、不安定な世界で車みたいに軋む世界で処分されちゃわないように。
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2007/03/05(Mon)18:00:29 公開 / 泣村響市
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■作者からのメッセージ
テーマは『青春・車・レコード』でした。
只管テーマに沿ってみよう、と思って書いたらこんなんになりました、という。
あんまり沿ってないような気もしますが。
説明不足なのは青春ゆえですよ? わざとですよ? 言い訳臭いですがね!
泣村の書くキャラクターの名前は奇名が多いのですが、というか奇名好きなのですが、今回の廃棄くんはちょっとはっちゃけすぎたかなぁ、という名前の最たるものです。
せめて早岐って漢字を当てれば名前っぽくなっていたのですが。
車がごろごろしてる、こんな場所が近所にあります。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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