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『幻影』 ... ジャンル:SF ミステリ
作者:コーヒーCUP
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新聞の一面には二人の少年が一人暮らしの老婆の家に盗みに入り、ついでに老婆を殺してまい、警察に追われているという記事が書いてあった。何でも一人は警官が威嚇射撃をしたさい、その弾丸にあたり死んだらしい。けど、後一人はまだ逃げてる、と書いてある。
他にも、国会議員が収賄していたという記事も書かれている。その議員は一昨年の選挙で初当選した男の議員だ。テレビで何度か顔を見たことがあった。いつもは偉そうにしているのに、このニュースが流れてからは、情けない表情をしていた。その顔が新聞にはカラー写真で載っていて、少し笑えた。
今年は暖冬といえど、少し寒い駅のホームで椅子に座りながら、そういう記事たちを読みながら、電車を待っていた。いや、電車を持っているのではなく、その電車に乗ってくる二人の男の子を待っている。
新聞を折りたたんで、膝の上に置いてあったハンドバッグに詰め込んだ。ハンドバックは黒色で、皮製のものだ。一週間前に母にしつこくねだって買ってもらった。それも、今日のためだ。バッグに新聞を詰め込む若い女というのは少し珍しいのか、ホームにいた数名に人たちが私を見ていた。恥ずかしくなり、俯いてしまう。
腕時計を見ると、十一時だった。電車が到着する時刻まであと少しだ。段々と鼓動が早くなっているのが分かる。なんたって二年ぶりに会えて、しかも話す事も出来、一緒に二日も過ごすことが出来るのだ。これほど嬉しい事はない。
俯きながらも私の顔は喜びで笑みが浮かんでいるだろう。喜びを隠しきれい。それほど、私は二人と再会きる事が嬉しい。だから、さきほど新聞で読んだ暗いニュースなど、ほとんど気にしていない。いつもなら、少しはきになるものなのに。
今日が土曜日という事もあってか、ホームには数名の子どもたちがいた。楽しそうに話す彼らの姿は、私に幼い頃の記憶をよみがえらせてくれるのものだ。
私は今、十八歳で大学一年生だ。二月下旬が誕生日なので、まだ十九歳にはなっていない。身長は高めで、同年代の友達から「菜穂子って背高いよね。うらやましい」などと言われる事が多い。私はそういう言葉を聞くたびに、長身の女なんか男から見たら気持ち悪いんじゃないのか、と心配になる。でも、羨ましがられるというのは、悪い事ではなく、どちらかというと、少し嬉しい。
息を吸うと寒い空気が口に入り込んできて冷たかった。
立ち上がり線路に近づいた。そうした所で駅のホームに放送が流れた。
――電車が到着いたします。白線の内側までお下がりください。
「……きた」
小声でそう呟いた。そうだ、とうとう、きたのだ。どれだけ待ちわびたのかさえ、分からない。二年という月日しか流れていないというのが信じられないくらい、長く感じたこの二年間。どれだけ寂しいと感じたか。
しかし、もうすぐ彼らと会える。それだけで、もう興奮している。手に少しだけ汗をかいていたので、それを服で拭いた。
しばらくすると、ホームに風とともに電車が入ってきた。銀色の車体で中には数名の人が入ってるのが見える。この駅で降りる人たちが出口の前で立っていた。私は少しだけ電車から離れ、さっきまで座っていた椅子の前に立った。降りてくる人たちの邪魔にならないようにだ。
ゆっくりと電車が止まり、しばらくすると電車の扉が開き、スーツ姿の男性やおしゃれをした女子高生、子連れの母親などが降りてきた。私はその中から二人を探す。
服装等、目印になるものを聞いとけばよかった。よく考えれば何人もいる駅のホームから二人を見つけるのは、少しやっかいだ。
降りてきた人たちがホームから改札口へつながる階段に流れていく。階段付近はすぐに人でいっぱいになった。あの中に、すでにいるのかもしれない。
それでもホームを見渡して探した。電車の扉が閉まり、しばらくするとゆっくりと発進しだした。
ふいに肩をたたかれた。一瞬、驚いたが、すぐに後ろを振り向いた。肩を叩いた人物が自分が探している二人であることを祈りながら。
肩を叩いたのは、緑の厚着を着た背の高い短髪で茶髪の男の子だった。背が高いといっても、私の方がまだ少し高い。身長からみて中学三年生くらいだろうか。一瞬、誰かと思ったが、すぐに誰かが分かった。
「――い、和泉!」
私の肩を叩いたのは、小日向和泉(こひなたいずみ)だった。彼こそ、私が探していた二人のうち一人である。あまりの変貌ぶりに誰なのか一目ではわからなかったが、今なら分かる。彼こそが和泉である。二年前は長髪だったし黒髪だったのだが、二年間の間に、すっかり変わってしまった。こういうのを成長というのだろうか。
「久しぶりだね、ナオネエ」
和泉が笑顔でそう言った。見た目がいくら変わっても、その笑顔だけそこまで変わっていなかった。懐かしい感じが胸に広がる。ちなみに「ナオネエ」とは私の名前の「菜穂子」という名前に「姉」という字をくっつけてできた言葉だ。和泉が小さかったころは「菜穂子姉ちゃん」なんて呼ばれていた。
「しかし、まあ、また身長のびたんじゃない?」
何か嫌味っぽい声が聞こえてきた。この声は私でも和泉でもない。私は和泉の横に目をやった。そこにはチビ助、じゃなくて、隼人がいた。
隼人は和泉の一つ下の弟だ。今は中学三年のはず。寝癖のようなボサボサの髪型は二年前と変わっていなくて、身長が低いのも相変わらずだ。
「兄貴もだけどさ、身長のびすぎだよ。そんなに筍みたいにニョキニョキのびて……一体、どうしたいのさ」
「身長がのびないより、伸びるほうがいいからな」
和泉が隼人の嫌味に、痛烈なつっこみを入れた。身長がちっとも伸びない隼人にとっては結構傷つく台詞だと思う。
私の予想通り、隼人はこれは和泉をにらみつけた後、すねてそっぽを向いた。そういう光景は本当に懐かしく、笑える。
「相変わらずね」私が二人を交互に見ながら言った。「隼人の身長は本当に相変わらずだけど」とも付け加えて。隼人が睨んできたので目をそらす。
「ナオネエも相変わらず、身長高いね。また伸びたんじゃない? まあ、伸びない誰かよりはましだけど」
和泉はすねている隼人を横目で見ながら言った。隼人が再び和泉を睨む。本当に仲のいい兄弟だ。
私と和泉たちは仲良しだった。二年前まで私の家の近所に住んでいたのが和泉と隼人だ。私達は年も結構離れていたが仲良しだった。それはいつからだ、と訊かれても分からない。知らない間に、和泉たちと仲良くなっていた。私は彼らの姉のようなものだった。だから「ナオネエ」なのだ。
しかし二年前、彼らは引っ越してしまった。なんでも両親の仕事上の都合で仕方のないことだった。彼が引っ越して以来、手紙のやり取りは繰り返していたが、会えたのは今日が初めてだ。
「それより、こんな所でしゃべってないでさ、別の場所で話そうぜ。ここって、結構寒い」
「そうしよう。ナオネエ、近くに喫茶店か何かある?」
「近くにファーストフード店ならあるわよ。あんまりおいしくないけど」
「ファーストフードに味を求めちゃいけないよ。とにかくそこに行こう。それでいいだろう?」
和泉が隼人に訊くと隼人は首を縦に振った。
ファーストフード店の中は暖冬なのに、それでも暑いと感じるほど暖房をかけていた。店に入った途端に和泉が「こんなんだから地球温暖化が進んで暖冬になるんだよ」と愚痴った。二年会わないうちにずいぶんと大人びたことを言うようになったなあ、と少しだけ感心した。
なぜか知らないけど隼人と和泉は店の一番奥のテーブルを選び、そこに腰掛けた。何もこんな奥に座らなくても、と言うと隼人が「面白いものをみせてやるから」と笑顔で呟いた。
面白いもの? と思っていると店員がきて注文を訊いて来たので、一番安いハンバーガーセットを三人分頼んだ。
店員が立ち去ったところで私は隼人に尋ねた。
「ねえ、面白いものって何よ?」
和泉と隼人は隣り合う席に座り、私は彼らと向き合うように座っていた。私が急かすと二人は顔をあわせて、子供っぽく笑った。
「そう焦らないでくれよ」
「あんまりじらされたくないのよ。私、待つのは嫌いなの。知ってるでしょう?」
それは事実で、私は待ったりするのが嫌いだ。TVのCMなども嫌いだし、スーパーのレジで待つのも嫌いだ。好きな人なんかいないだろうが、私は人一倍嫌いだ。
「仕方ないな……じゃあ、隼人、見せてやれよ」
和泉は何が楽しいのか、笑顔で横にいる隼人をひじでつついた。隼人のほうも笑顔でうなずいた。一体、何を見せてくれるのだろうか。
「じゃあナオネエ。まず、テーブルを見てくれ」
私は隼人に言われたように目の前にテーブルを見た。薄い肌色か茶色か分からないような色のテーブルで、その上には何も置かれていない。私はそのテーブルをただじっと見ていた。ここが一番奥の席でよかったと思う。もし、ただテーブルを見ている格好をほかの客に見られたら、恥ずかしいからだ。
突然、何もなかったテーブルの上に水の入ったコップが現れた。それは誰かが置いたんではなくて、まる最初からそこにあったかのように現れた。周りを見渡したが、店員らしい人物はいない。それどころか、和泉たち以外、周りに人はいない。
そのコップに触れようと手を伸ばし、コップをつかんだ――つもりだった。私の手はコップをすり抜けた。もう一度触れようとするがまたすり抜けて、まったく触れない。どういうこと? と混乱してきた。なぜ、私の手はコップをすり抜けるのか? なぜ、コップに触れないのか。
コップには何か変わったところもない。それなのに触れない……。
私が頭を抱えて混乱していると、和泉たちがクスクスと笑いながら声をあわせながら言った。
「ナオネエ。それは、幻影だよ」
『げん‐えい【幻影】
1 感覚の錯誤によって、実際には存在しないのに、存在するかのように見えるもの。まぼろし。「―におびえる」
2 まるで現実に存在しているかのように、心の中に描き出されるもの。遠い過去の情景や、願望から作り出される将来の像など。「成功の―を追い求める」』
私が電子辞書で「げんえい」と調べるとこう出てきた。私はいまだに混乱していて、少しだけ手が震えている。信じられない、と心から思っている。
さっき触ろうと必死になっていたコップは幻影だと二人は言った。もちろん、幻影の意味くらいは知っている。それでも私はなぜか電子辞書で調べていた。幻影……つまり、幻。さきほど私がみたコップは幻……。
信じられない。
「おい兄貴、ナオネエが固まってるぞ」
目の前では私に信じられないものをみせてくれた当人が兄とじゃれあってる。和泉は私の驚いた表情を見て以来、ずっとクスクスと笑っている。そこまで笑うことはないと思う。
「……ねえ、どういうこと? なんで、私は幻影が見えた」
やっと訊くことができた。さっきまでは驚きで口を開くことでさえできなかった。
「簡単に説明すると、これは超能力なんだよ」
さきほどまで笑っていた和泉が笑うのをやめて、落ち着いて、簡単に説明してくれたが、それでも私にはよく分からなかった。
そんな私を見て隼人がぶっきらぼうに説明する。
「だから、兄貴の言ったとおり、超能力なんだよ。俺、いつからかは分からねえけど、幻を見せる力がついちゃったんだよ。それで、その能力で今、ナオネエに幻のコップをみせたんだ。分かった?」
かなり早口で説明されてよく分からなかったが、しばらくしてすべてを理解した。
「つまり、隼人は超能力者なの?」
間抜けな質問だと思う。しかし、話を整理し、簡単に言うとそういう事になる。目の前にいる和泉と隼人が頷いた。……といことは、間違いなく隼人は超能力者……。
とてもじゃないが信じられない。これは夢じゃないかと思い頬をつねってみるが、夢からさめない。やはり現実だ。
「う、うそでしょう……」
私が呟くと、和泉が
「嘘じゃないよ。ナオネエ、俺らがうそをついたころがある?」
いくらでもある、と突っ込むことさえできない。私は腰を抜かし、ただ椅子に座っているだけだった。こんな事って……。
しばらくすると、店員がきてハンバーガーセットとちゃんと触れる水の入ったコップを持ってきた。和泉はバクバクと食べていたが、隼人は「まずい」と言って一口も食べなかった。私は食欲なんか出ず、ひたすら超能力者である隼人を見ていた。
二年見ないうちに、身長はのびなかったが、どんでもない力を手に入れたんだな、と呆気にとられていた。
店を出た私達はそのまま街中をブラブラと歩きながらお喋りを楽しんでいた。さっきのできごとで混乱していた頭も二人の面白おかしい話で落ち着かせることができた。二人は私の見ていない間にいろんな経験をしていて、それを語ってくれた。私も二人が町から出て行ってから起きた町内の珍事などを自慢げに話した。
話しながらショッピングを楽しんだ。二人に似合う服を買ってやる、と言ったのに「ナオネエは服のセンス無いからいい」と断られた。失礼なやつら、と愚痴ると二人は楽しそうに笑った。
そして現在も私の家があり、二人が二年前まで住んでいた町に帰って、そして町内を歩いた。二人は口をそろえて「変わったなー」と町内の変貌をぶりに驚いていた。確かにこの町は二人が引越してから立替などが多くなり、町は少し変わった。何年も住んでいる私にはそこまで変化は感じないが、二年間、街を見ていない二人から変化がかなり感じられたようだ。
そんな事をしている間に夕方となり、家に帰った。明日の夕方に二人は帰ってしまう。今晩だけこの家に泊まることになっていた。
私の両親は久々に見る二人を見て、和泉には「大きくなったね」と言い、隼人には「相変わらずね」と言った。隼人は激怒していたが、その姿が愛らしく、両親は「懐かしいな」と言いいながら笑っていた。母は目にうっすらと涙さえ浮かべていた。実をいうと、私もそれくらい嬉しかったが、二人の前では泣けなかった。
晩御飯は母の自慢の手料理で、ご馳走であった。いつもでは考えられないようなご馳走が食卓に並び、和泉や隼人は喜んでいた。私と父は口をそろえて「母さんがこんなご馳走を作れるとは……」と言った。母に頭をかるくたたかれた。
しかし、隼人はどうやら今日、はしゃぎすぎたらしく、ご飯は一口も食べずに居間で寝てしまった。まるで子供のみたいだ、と私たち四人は言い、和泉が隼人を抱えて二階にある私のへまで運んだ。その和泉の背中に兄を感じた。
その後、両親と私と和泉で楽しく食事を楽しんだ。和泉は私にしてくれた話や、まだ話してくれていなかった話などを両親と私に語った。彼が語ってくれる話はとても面白く、私達は大笑いしながら聞いていた。
和泉の話を聞きながら、この時間がずっと続けばいいのに、と思ってしまう。しかしその思いはかなわず、和泉たちは明日には地元に帰ってしまう。そう考えると、心が穴があいたような喪失感にとらわれて、悲しくなった。
食事会が終わった後は四人で話を続けた。父は会社の同僚のミスなどを笑い話にしていた。母は近所のおばさん達の話をして、笑わせてくれた。私は学校の友達なの話をしたが、和泉から「それは聞いたよ」と突っ込まれて、顔を赤くした。
話しをしていると両親は酒を飲みだし、父はしばらくして完全に酔い、まだ未成年の和泉に「お前も飲めー」などと酒を勧めたので、私が急いで止めに入った。母も酔っていて、そのやりとりを大笑いして見ていて、和泉はクスクスと笑いながら見ていた。
両親が眠ってしまったところで、宴会は終わった。私と和泉は両親が飲んだ酒の後片付けをして、両親を引きずって彼らの部屋まで運び、布団をかけて寝かせた。どっちが子供なんだか。
「さて、私は居間で寝るわ。あんたは隼人が寝てる私の部屋で寝なさい」
もう夜の一時を回っていて、私と和泉もまぶたが重かった。居間にはソファーとテーブルとテレビがあり、私はソファーで寝るつもりだ。ソファーには枕代わりのクッションもあれば、掛け布団も置いてある。中々便利なソファーだ。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。あの馬鹿は、まだ寝てるのか」
「あっ、寝顔でも見ようかしら」
私がはしゃぎだそうとしたら、そこで和泉に止められた。
「だめだよ、ナオネエ。あいつは人に起こされるのが大嫌いなんだ。あいつが機嫌悪くなると、面倒だろう?」
確かに面倒だ。昔から隼人が機嫌を損ねると、回りのものにあたったり、関係ない人に暴言などを吐く。それはそれで子供っぽくて可愛いんだけど、面倒だ。
それもそうね、と私は和泉の意見を素直に聞いた。
「じゃあ、俺はもう寝るよ。今日は疲れたからね」
そう言いながら和泉は大きなあくびをした。そして居間にある二階へ通じる階段をゆっくりとした足取りで登っていった。しかし、階段を上るのを途中で止めた。
「ねえナオネエ。明日は遊園地に行こうよ」
「遊園地?」
「ほら、昔三人で行った所あるじゃんか。覚えてない?」
和泉に言われてやっと思い出した。私が中学生で彼らが小学生のころ、私は電車で彼らを遊園地に連れて行ったことがあった。おそらく和泉が言ってるのはそこのことだろう。
「ああ、そういえば行ったわね。じゃあ、明日はそこに行きましょう。あんた達、いつの電車で帰るの?」
帰るのは明日の夕方だ、と連絡は受けていた。
「いつでも良いよ。遊園地で思いっきり遊んだあと、決める」
そういうと和泉は階段を上って私の部屋に入っていった。扉の閉まる静かな音が聞こえてきた。
私はソファーに飛び込んだ。本当に今日は疲れた……。二人に再会できただけでも嬉しくて気持ちが高まっていたのに、そのまま町やショッピングなどで歩いたせいで、ヘトヘトだ。それに宴会でも話しすぎて、疲れている。
目を閉じるとすぐに眠ってしまいそうだ。わたしはソファーに仰向けで寝て、緑色のクッションを枕代わりに頭の下に置くと、布団をかぶって、ゆっくりと目を閉じた。
本当にすぐに眠ったらしい。目を閉じてから何かを考えたりした記憶は無い。目を閉じたところまでしか、覚えていない。
居間も時計にやった。まだ夜で窓の外は暗かったし、電気もつけていないのでさらに暗かったが、壁にかかってある時計が三時半を指しているのはかろうじて見えた。
私は上半身だけを起こし、頭をかいた。慣れないところで寝ると何か落ち着かない。
もう一度寝ようと思ったとき、良いことを閃いた。それがいいことかどうかは知らないけど、私から言わせれば間違いなく、楽しくていい事だ。
すぐにソファーから起き上がって階段を上っていった。私は、二人の寝顔を見ようと思ったのだ。二人の寝顔なんか二年以上見ていないし、これからも見ることなんてないだろう。そう考えると、今は絶好のチャンスだった。
足音を立てないように忍び足で階段を上った。かなり緊張していて、心臓の鼓動を体全体に感じた。なぜかこういう緊張のとき、少し笑ってしまう。しかし笑い声を出さないように口を抑える。そんな行動をとっている私の姿は、隼人なんかよりぜんぜん子供っぽかったに違いない。
自分の部屋、今は二人が寝ている部屋の前についた私は扉の前で呼吸を整えて、一気に扉を開けた。
……えっ。
「何してるんだよ、ナオネエ」
私の部屋は素っ気無い。何度か友人を連れてくるたびに言われた。友人たちは口をそろえて「十代の女の部屋と思えない」とあきれた感じで言う。私の部屋はシングルベッドと勉強机だけだ。それ以外は、一応本棚がある。その本棚には参考書や数冊の小説が並べてある。そんな部屋が素っ気無いらしい。
和泉は私の勉強机の椅子に座って、本棚からとったと思われる小説を読んでいた。今は突然の侵入者の私を睨んでいる。
「あ、いや、私は……」
何か言い訳をしようとしたが、まったく言葉が出てこない。
「ナオネエ……どうせ、寝顔でも見にきたんだろう」
二年会ってないとはいえ、鋭い。私は正直に罪を認め「……はい」と母親にしかられた子供のように俯いて小声で言った。和泉のため息が聞こえてくる。
まさか起きてるとは思わなかった。もうすっかり二人とも寝ているものだと考えていた。だから和泉が起きているのは想定外だ。そんなの聞いてない、と言いたいが、もちろん言えない。
「ナオネエも大人なんだから、そういうの止めてよ。少しは反省してくれ」
うう……ぐうの音も出ない。
部屋を見渡したらどこにも隼人の姿が無かった。あれ? と思っていると、和泉の冷たい声が聞こえてきた。
「あいつはトイレだよ。ナオネエも、早く一階にもどって寝てきなよ」
私がボーっと突っ立っていると、和泉がまた冷たい声で、
「……返事は?」
「……はい」
そう言って、私はしぶしぶ扉を閉めて、一階に降りた。高校生に叱られた大学生とは、情けない以外の言葉では言い表せられないだろうな、と階段を下りながら思っていた。
ソファーに再び寝転がった。天井を見つめると、普段はまったく気づかない染みにを見つけた。見てるようで日ごろは見ていないんだな、と感じた。
ふと居間を見渡した。テーブルの上に私が今日、新聞を詰め込んだハンドバッグが置いてあった。ああ、新聞を取り出してないや。
明日、カバンから出して捨てよう。そう考えて、再びを目を閉じた。
真っ暗な世界が見える。目を閉じると、当然、何にも見えなくなる。真っ暗になり、そのまま眠ってしまうのだ。
……私の頭の中に、一つの仮説ができた。
何を考えてるんだ私は、と思った。そんなはずがないじゃないか。確かに不審なところもあるけど、そんなわけないじゃなないか。
いてもたってもいられなくなり、ソファーから立ち上がり、再び二階に行った。今度は大きな足音を立てながら、駆け足で階段を上って、部屋の前に着くと、すぐに扉を開けた。
和泉はまだ椅子に座って本を読んでいた。また入ってきた私を睨んでいるが、そんなのは気にしない。ベッドに目をやると、隼人がぐっすりと眠っていた。
「隼人……いつトイレから帰ってきたの?」
私は隼人の方を向きながら横目で和泉に尋ねた。彼は一瞬、困ったような顔をしたが、すぐに「さっきだよ」と言った。
「嘘よ。二階に行くには階段を上らなきゃいけない。階段をあがるには、階段がある居間を通らなきゃいけない。私は居間にいたけど、隼人は通らなかった」
そう言いながら私は隼人に近づいた。彼は寝息をたてて、気持ちよさそうに寝ている。
「ナ、ナオネエ!」
私が隼人の頭に触ろうとしたら、和泉がその手を止めた。和泉を見ると、かなり焦っているのが分かった。
「こいつが起きると面倒だって、言ったじゃん」
和泉はあくまで笑顔だった。ポーカーフェイスだ。心の中じゃかなり焦っているに違いない。
私は和泉の手を振り切って、隼人の頭を触った。その瞬間、和泉の「あっ!」という声が聞こえてきた。
私の手は隼人の頭をすり抜けた。
「やっぱり、ね」
私はそう言いながら、隼人の体に触れようとしたが、すべてすり抜ける。触れない。それは昼に隼人が作り出した幻影のコップのように。まったく触れない。触ろうとしても、すり抜ける。
和泉は頭を抱えて、重い息を吐いた。そんな彼に私は追い討ちをかける。
「今日、私たちが見ていた隼人は、幻影なのよね?」
和泉はその場に崩れ落ちた。次の瞬間、私が触れようとしていた隼人は、ベッドの上から見えなくなった。
「……そうだよ、ナオネエ。隼人は幻影だ」
和泉はあぐらをかいて俯いていた。彼の声からは元気など感じられるはずも無く、聞いているこっちも元気が吸い取られそうになるような声だった。
それでも私は彼を追い詰める。
「幻影を作り出せるのは隼人じゃなくて、あんたなんでしょ」
「……そうだよ。俺が、幻影をつくっていた張本人だ」
部屋の中に重い空気いが流れる。その空気は重さをましていくように感じれた。
「隼人はやっぱり……」
「ああ、死んだよ。一瞬だった」和泉は続けて「警官が発砲するなんて、予想外だったよ」と言った。
私は今朝、駅で読んだ新聞の一面を思い出す。
少年二人が老婆の家に忍び込み、そこで老婆を殺してしまい、逃亡中、警官に撃たれて一人が死亡。
このニュースの少年二人とは、和泉と隼人だったのだ。和泉と隼人は一人暮らしに老婆の家に恐らく盗み目的で忍び込み、そこを老婆に発見され、通報された。混乱した二人は老婆を殺してしまい、逃亡した。逃げているところを警官に見つかり、警官が威嚇射撃か狙ってかは知らないが発砲し、それが隼人の心臓を貫いた。
「隼人が死んだところを目の当たりにして、かなり混乱したよ。でも、なぜか知らないけど俺は必死に逃げてた。逃げてる最中に気がついた。警官が、俺とまったく別方向に走っていくんだよ。あれ? と思ってたら、警官は確かに俺を追ってたんだ。俺が作り出した、俺を。そのときから、俺には幻影を作り出す能力がそなわった。きっと、隼人が死んだショックだろうな」
私が立てた仮説は、隼人は幻影ではないか、ということだった、そして、幻影を作り出しているのは和泉で、二人は例の強盗犯ではないか、という仮説だった。
仮説は見事に的中していた。的中なんかしてほしくなかったが、してしまったものは仕方が無い。否定しようが無い。
隼人は食事を一切、食べなかった。食事のときはそこまで不思議に思わなかったが、今考えると、ファーストフード店でも何も食べていないのにおかしい。更に、私が部屋に突然入ったときもいなかった。あの時は和泉が気をぬいて、幻影である隼人を作っていなかったのだ。そして、幻影が食事を取れるはずが無い。
ショッピングの最中でも、隼人は服を買わなくていいと拒んだ。それは私のセンスのせいではなかった。幻影が服なんか着れないし。服を選んでいる最中に私が触るかもしれないと、恐れたのだ。
……今考えると、すぐ気づくべきだった。
和泉は一人逃亡して、私に会いにきた。隼人がいないと怪しまれると感じた彼は手に入れた幻影の力で隼人を作り出した。
そして私たちの前で兄弟を演じ、弟を操っていた。
「大変だったんだ。幻影だから食事は取れない。しゃべれても、飲めない。触れれないとばれたらお終いだから、触れないようにかなり注意してたよ。ナオネエに気づかれるのは、予想外だったけどね」
「馬鹿。この私が……気づかないと思ったの」
強がっている私の声は涙声だ。泣かない様にすればするほど、泣きそうになる。
「……ナオネエを侮ってた」
馬鹿……。
「なんで、盗みなんかしたのよ……」
お金なら、バイトか何かで稼げば良いじゃない。そう言おうとしたが、私は和泉の発言に衝撃を受けて、何も言えなくなった。
「だって、ほら……ナオネエ、もうすぐ誕生日だろ」
そう、もうすぐ私の誕生日だ。まさか、誕生日プレゼントを買うために……?
「久々の再会のお祝いもかねて、大きなプレゼントをしようって隼人の提案だった。それで二人の小遣いで何か買おうとしたけど、たいした金じゃなかった。バイトしたかったけど、俺の高校、バイト禁止だし、近所で高校生を働かせてくれる店なかった。隼人はまだ中学生でバイトはできなかった。気づけば、強盗をしてたよ」
全て、私のために? 人殺しまでして……。
和泉は少し笑いながら、更に続けた。
「ナオネエもおじさんもおばさんも、気づかなかったけど、俺らにはあきらかにおかし所があっただろう。よく考えてよ、成長期の中学生の男が二年間、身長のびないと思う? 隼人だってさ、実は身長伸びてたんだよ。その姿をナオネエに見せるのを楽しみしてたよ。けど、俺が作り出した幻影はチビだった。それは警察の目をごまかすために、俺が小さめの幻影にしたんだよ」
ああ、そういえば、そうだ。私は隼人を馬鹿にしていた。ごめんね、隼人。そういえば和泉の外見もずいぶんと変わっていた。あれは逃走中の彼なりの変装だったのだ。
私の頬を涙が流れる。涙腺が決壊し始めた。
座っている和泉の胸に抱きついた。それから大声で泣いた。もうすぐ十九歳になる女とは思えないほど泣いた。この状況、泣かずにはいられない。
和泉は泣いている私を見ながら「ごめん……」と繰り返し呟いていた。何度も何度も繰り返し呟いていた。彼も人殺しなど、したくなかったに違いない。手違いだった。その手違いを生み出したのは私だ。私なんかのために、二人は強盗までした。そこまで、私を慕ってくれていた。
涙が流れる。その流れは止まらないし、止められない。もはや、止めようとも思わない。涙が枯れるまで泣きたい気分だ。そうすれば二度と泣かなくてすむ。
大声で泣く。夜なのに、近所のことなど考えてられない。もしかしたら両親が起きてくるかもしれない。
私はこの後、どうしたら良いだろうか。和泉を自首させるべきだろうか? でもそうすると、私は和泉と会えなくなり、両親も悲しむ。しかし、どんな理由があろうと彼は一人の老婆の命を奪ったのだ。その罪は、償わなければいけないだろう。
どうしたらいいの? 誰でも良いから教えて。
ねえ、教えてよ……隼人。
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2007/03/05(Mon)21:42:37 公開 / コーヒーCUP
■この作品の著作権はコーヒーCUPさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
「異議あり!(逆転裁判風) ラストのもっていきかたが無理がありすぎる!」
という意見が出そうですね。いや、でるでしょう。そう感じた方、すいません。どうも少し無理がありすぎたようです。
SFなのかミステリなのか、自分でもわかりません。未分類でもないので「SFミステリ」にしましたが……何小説なんでしょうね?
とりあえず、読んでいただいた方。こんな駄作に時間を削っていただいて、ありがとうございます。
苦情や指摘や感想など、よければ書いてください。
3月5日 an様の指摘を受け、訂正。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。