『桜の木の下で』 ... ジャンル:リアル・現代 ショート*2
作者:渡来人                

     あらすじ・作品紹介
桜には人を魅せる力があります。

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142

 さわさわと風で稲穂が揺れる田舎道。ボクは田んぼの中にある畦道をゆったりと歩いていく。がちゃがちゃとショルダーバッグが音をたてる。
 ……久しぶりだなぁ。
 何年ぶりだっただろうか、そうだ、確か五年ぶり。ボクは太陽の日差しを浴びながら、懐かしい田舎の香りを胸いっぱいに吸い込む。最近は都会で排気ガスばかり吸っていたからこういうのは新鮮でならない。
 だけど、此処に住む、というわけにも行かないんだよね、色々と問題があるし。
 多分、此処にいるのも今日が最後だ。だから今、此処の空気を、雰囲気を、懐かしさを味わっておこう。
 とことことそのまま畦道を歩いていく。
 暫く歩いていく。左右を見てみると、案山子にスズメが止まってたり、上空で鳴いていたりしていた。こういう風景も、田舎ならではだろう。
 そのまま進みアスファルトで舗装された道へと出る。左を見れば、常磐木の緑に染まっている山が高く聳え立っている。
 確か此処らへんだったんだけど……。
 ああ、在った在った。
 ボクは山の中へと続く石階段を見つけ、そして登っていく。階段の上を仰げば、其処には少し速い桜が咲いていた。まだ三月の中旬だというのに、やっぱり温暖化が進んでいるんだろうか。
 とん、と階段を登りきる。鳥居がボクをお出迎え。なんとなく、良い気分。
 ボクは約束通りに桜の木の下へと歩を進める。そう、今回の用事は人との待ち合わせなのだ。とは言っても、ボクの方が呼んだんだけど……。
 色々と確認したい事もあるし。
 桜が綺麗に咲いている。
 五年前の桜もこんな感じだったなぁ。
 赤くて、紅くて、まるで血のように朱くて。
 その色に魅せられていると、ふと、足音が聞こえた。
 彼だ。
 こんな田舎でこんな時間に、誰もいない神社に来るのはボクが呼んだ彼しかいないだろう。
 ああ、速いな。時計を見て、そう思った。
 まだ時間まで十二分に在ると言うのに。
 ボクは身に纏っているロングコートのポケットから手袋とニット帽を取り出して身につけた。
 そして、今まさに階段を登っているであろう彼を待つ。
 徐々に姿を現していく彼の姿は、五年前とは様変わりしていた。
 やんちゃだったが、まだ比較的おとなしめだった彼の風貌は其処には無く、髪はつんつんと尖って茶色に染まり、耳にはピアス、手首にはアクセサリーがちゃらちゃらと音をたてていた。
「おー、いたいた」
 彼は此方に気付くなり、そう叫んで手を振りながら近づいてくる。
 ボクも手を振って応える。
 彼の顔には五年前と変わらぬ、陽気な笑顔。
「久しぶりだな、富岡(とみおか)」
「ああ、五年振りかな? 山魏(やまぎ)くん」
 挨拶をかわす。
「何時帰ってきたんだ? 元気してたか?」
「昨日だよ。実家に久しぶりに来ようと思ってね。都会で暮らすのは結構キツイかな」
「だろ? だから俺は行くなって言ったじゃねぇか」
 はははっ、と笑う山魏くん。どうやら中身まで変わってはいないらしい。
 まぁ、今はそんな事は関係ないんだけれど……。
「しっかし、お前が都会に行ってから五年ねぇ……何か楽しい事でも見つけたか?」
 ボクも笑顔で応える。
「ああ。すっごく楽しい事を見つけたよ」
 五年前に、ね。
 山魏くんは、そりゃ良かった、と言って笑った。
「ところで」
「ん?」
「五年前のあの日……君は何処に居たんだい?」
 へ? と山魏くんが変な顔をした。
 ああ、あの日、じゃあどの日かわかんないか。
「ほら、卒業記念で皆で食べに行った日だよ。覚えてない? 君はあの日来なかったから、なんとなく、聞いておきたくなって……」
 さぁ、と山魏くんの顔が青くなっていく。
 ……どうやら思い出したらしい。
 あの日、起きた出来事を。
「な……なんだよ……五年も経って、まだ疑うのか!? 俺の事を!」
 ――あの日、ある人が死んだ。
 徒歩越飛鳥(かちごえあすか)さんという、ボクと同年代だった人だ。殺人だった。胸にナイフを突き刺され、さらに滅多刺しという殺され方だった。死体は死後一日後に、ある公園で警察に発見されたらしい。
 飛鳥さんは、あの日皆と一緒に来なかった。そう、山魏くんと同じで。
 だから、山魏くんはもしかしたら……、とクラスの、いや、学校全体でそう思っていただろうに違いない。
「五年前も聞いたけどね、念の為さ。……もう一度聞くよ。君はあの日、何処に居たのかな?」
 山魏くんがたじろぐ。
 そして少しの時間が経って、
「あの日は……他の奴等と、テニス部の奴等と呑みに行ってたよ。証明はもう五年前に済んでた筈だ……ッ」
 その答えを聞いて、ボクはにぃ、と口の端をゆがめた。
 ああ、良かった。やっぱりだ。
 懸念する事は無かった。
 怪訝する事は無かった。
 やっぱり、あの言葉に嘘は無かったのだ、と。
 ならば、もういいな。
「うん、気付いてたさ。君が犯人なわけが無い」
 ボクは安堵している山魏くんへと近づいて、肩を掴む。
 山魏くんはにっこりと笑って、
 ボクはにっこりと嗤って、
「だってボクが犯人だから」
 喉許へと、サバイバルナイフを突き刺した。
「一応田舎だから人が居ないと言えど、叫ばれたら困るからね」
 山魏くんの表情が驚愕と苦痛と恐怖がないまぜになったようなモノへと変わっていく。ボクはその表情を見て、身体は恍惚(ぞくぞく)と痺れ顔は愉悦にひん曲がり脳は悦楽へとどっぷり浸かる。
 ナイフと肉の隙間からどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくと血が流れていくその赤色は何にも勝る赤色でボクの脊髄を震わせる。
 だけどだめだだけどたりないもっともっと赤をもっともっと紅をもっともっと朱をもっともっとアカを。
 脳が求め五感が切望し身体が請い五肢が希求する。
 手を伸ばしてナイフを引き抜けば其処にはほら真っ赤な噴水がぶしゅぶしゅと喉許から噴き出る水があかくて赤くて紅くて朱くてそれはまるで五年前の桜のようにアカクテ人を狂々(くるくる)と狂わす魔力がそれにはあってあるから、駄目だまだ動いてる動いちゃ駄目だ君は死んでなきゃ死ななきゃボクのためにボクの快楽のためにボクの悦楽のためにボクの愉悦のために死ねよ死ぬんだ殺されろどうしたナイフを刺すたびに転げまわって痛いか痛いのかだけど逃げるな逃げるなよ獲物は黙って殺されなきゃ殺されろよ殺されろ殺さああはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははなんだかまだ足りないまだ足りない何が足りないそうだ暴力が足りない殺しが足りない死んでないから殺さなきゃ圧倒的に殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して一回殺して十回殺して百回殺して千回殺して万回殺して億回殺してだけどまだ殺したりないなああははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
 どすり、と。
 最後の一撃は胸だった。心臓を一突き、もう助からない。引き抜く、鮮血がびゅうびゅうと。心臓を見る、まだ血液が残ってたのか。流石不随筋、主人が死んでもまだ活動を続けている。褒めてやるよだから死ね。蹴り飛ばす、ごろごろと転がる肉塊。さっきまでの表情が張り付いたまま死んでいる。恐怖と絶望の混沌に満ちた表情が。
 唇が歪む。
「クック……あははははははは!」
 五年前の誰もいない深夜の公園の桜の木の下で彼女を見つけた。何で居たのかはわからない。彼女はどうやら複数の男に犯されたようだった。衣服が乱れて泣きじゃくっていた。桜は真っ赤に散っていて、それは誰かの血の色のように。どくん、とボクの中の何かが目覚めた気がした。
 殺して殺してと彼女が啼いた。
 気がつけば彼女の胸を、持ち歩いている護身用のナイフで刺していた。無論それは人を刺すために在ったのではない。
 ――だが、あの時から、ボクは殺す事に快楽を覚えたのだ。
 そして、もしかしたら君に五年前のあの場面を見られていたかと思ったけれどそんな事はやはりなかった。君は嘘をつく人間じゃないって事は重々承知だったけれどそれでも信じれなかったんだ、ごめんよ。だから疑った謝罪として殺してあげましたこれでボクを許してね?
「あはははははははははは!」
 ああ、コートも手袋もニット帽も君の血液でべたべただ。
 早い所洗って綺麗にしなきゃ。
 ボクはぐちゃぐちゃになった、さっきまで山魏くんと呼んでいた肉塊の衣服を掴んでひきずる。確か昨日確認した場所に……ああ、あったあった古井戸が。ぽい、と放り投げて遙か下層で骨と肉が壊れる音。さらにその上から手近な石や砂などを中へと入れる。ぐちゃりぐちゃり。ふぅ、これで見つかるのはもうちょっと先になるだろう。
 ボクはコートと手袋とニット帽を脱いで折り畳み、ショルダーバッグへと仕舞い込んで草むらを出た。
 それじゃあね、あの世で先に待っててよ。なぁに、友達ならまたすぐに連れて行ってあげるさ、あっちの世界で楽しくやりなよ。
「あはははははははははははははっ」
 嗤いながら、階段を降りていく。




 ――真っ赤な桜の花弁が、先程の彼の血液のように舞っていた。


〜了〜

2007/02/14(Wed)10:26:10 公開 / 渡来人
■この作品の著作権は渡来人さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めましてまたはごきげんよう皆様方。
取り敢えずこの作品を書いてみて思った事は、語彙力と表現力とその他諸々すべてたりねぇ、でした。
兎にも角にもこんな作品を読んでくださり有難う御座いました。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。