『0から始める 1−3』 ... ジャンル:アクション ファンタジー
作者:黎
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さあ、終焉を始めよう、と誰かは言った。
終わりの日をもたらそう、と誰かは言った。
決断をしようじゃないか、と誰かは言った。
――さあ、終焉を始めよう、と誰かは言った。
ゼロ・プロジェクトを始めよう、と誰かは言った。
1. The beginning of everything
突然灯った携帯のライトが着信を告げる。音を消していなかったそれは陰鬱な曲を流した。曲は、タルティーニの悪魔のトリル。
机の上に放り出されていたそれを間藤綾は忌々しそうに睨んだ。
睨んでいても掛かってきたものは仕方が無いのでとりあえず手にとる。
綾がある相手にこの曲を充てているのは、一重に出たくないからだ。むしろ悪魔祓いにでもあってしまえ、という密かな願い。しかし結局のところ、出ないわけにも行かない。
けれどできるだけ相手を待たせてやろう、と留守電に切り替わるぎりぎりのところでぱちん、とパネルを開いた。
「何の御用でしょう?」
できるだけ落ち着いた、冷静な声で答えるよう努力する。
「おやおや出るのが遅かったようですが、今時間がありますかね?間藤綾」
分かっているだろうにそう聞く相手に嫌気が差す。いつものことだ、と懸命に自分を抑えた。
「すみません、篠崎さん。用件は?」
篠崎充明。綾から見れば上司、といったところか。
今の政府は、軍が牛耳っているといっても過言ではない。その中でも異質な、暗殺機関、エリート部隊Uのリーダーである綾と軍を繋ぐ要職に付く彼は実質Uの目付け役だ。
ついでに、最高に性格が悪い。
「今回は仕事、というよりは依頼といった形でしてね。開発部からなのですが…まぁ、長くなりますのでこちらまで足労願います。渡すものもありますから」
「今、ですか?」
聞きつつ、片手を伸ばして上着を手に取る。どうせ今すぐ来いというんだろう。
「お願いします」
あーあ、と心の中でため息を付く。わかりました、と一言返して携帯をきる。部屋のドアを開けると三須蒼が佇んでいた。茶色く染められた髪は短く整えられ、いかにも真面目な雰囲気だ。彼は立場的に見れば綾の補佐に当たる。
「―呼ばれましたか?」
「ん、そう。行ってくるね」
「…俺も、行きましょうか?」
「いいよ。平気平気。喰われる訳じゃあるまいしー。依頼、っていってた。開発部からだってさー」
とん、とんと軽く足音を立てて階段を降りる。後ろから蒼も着いてきた。
「分かりました。ま、でも一応気をつけて―どっちかというと運転に」
「う…それ酷くない?」
あははーと乾いた笑いが漏れる。うん、まぁ確かに―事故で死にました!とか阿呆過ぎる。
「ま、じゃあ行ってきます」
にこり、と笑顔を見せて綾は玄関の扉を出た。
2. The girl named "nothing"
一人から、二人になった帰り道。
隣で黙りこくる少女を横目に見たまま、綾は篠崎の言ったことを黙考する―それは、有り得ない無い話。
『開発部が成功した、今現在ただ一体の―アンドロイド、ですよ』
『彼女をあなたたちの所に預けたい。セキュリティー上の問題と、学習能力の発達の為に―』
膝まで届きそうな長く、白い髪。配給されたのであろう、黒いジャケットに同色のジーンズ。身にまとう黒が、彼女の肌の白さを際立たせる。
人間で言えば16歳くらいの外見にその無表情はあまりに不似合いだ。彼女は綾が最初に見たときから今まで、まったく表情を変えていない。表情を変えられない訳ではない、と篠崎は言っていたが、本当なのだろうか?
「ゼロ。貴方、名前は無いの?」
ふと思い出して横の少女に尋ねる。篠崎は、そう呼んでいた―『ゼロ』と。
「はい、ありません。私は『ゼロ』です。あなたもそう呼んでくださって構いません、間藤綾」
応答が無かったらどうしよう、と思ったけれど少女はちゃんと言葉を返した。
「うん、分かった。…それから、間藤綾、ってのはやめてくれる?綾で良い」
「分かりました、綾」
「ついでに敬語も要らないんだけどね…」
「一応あなたは今の私の監督者なのですが」
「だから、良いんだって。まぁ、慣れればでいいんだけど」
「……分かった、綾」
ほんの少し彼女の表情が変わった気がして綾はゼロにもう一度目を向ける。一瞬、見えた気がした微笑みはもう消えていた。
「あ、そうだ。ゼロ、皆の名前知ってるよね?」
「はい…うん。三須蒼、日比野陸斗、御門。三名とも手に入る情報はすべて知ってる」
「ん、やっぱりそっか。けど、それ言わないでね。皆にはゼロがアンドロイドだって教えたくないの」
「篠崎充明は何も言っていなかったと思いますが?他言するわけではないし、問題にはならないと思う」
「別に彼のことを気にしてるわけじゃないよ。何となく、ね?お願い」
「分かりました」
こくん、と頷いてゼロは前方に目線を戻す。
綾もまた意識を目の前へと戻した。
「帰ってこないなー、綾」
ソファーの上に胡坐をかき、日比野御門は双子の兄、陸斗と向き合いながら自分の手札を眺め、一枚を選んで裏返しに置く。
「……だな。あ、ダウト」
「うわっ…あーがーっ何で分かるんだよ!?」
「……御門が分かりやすすぎ」
陸斗は金色の頭をかき乱して暴れる御門に冷たい言葉を浴びせた。こちらは片膝を立て、その上に腕を置いて頭を乗せている。
「ズルしてないんだろうな!?」
「…してるわけないじゃん。しなくても勝てるし」
「っっうっざっ陸斗のくせにぃっ」
はっと鼻で笑うと同時に吐かれた言葉に逆上して掴みかかるものの、すっと避けられたことで腕は空を掴んだ。
「……着ました、ね」
微かなエンジン音を聞きつけて黙って兄弟喧嘩を見学していた蒼が席を立つ。
「…なんていうか……」
「相変わらず、綾が絡むと鼻が利くというかなんっつーか…」
ぽつり、と陸斗が零した言葉に御門が言葉を重ねる。二人は顔を見合わせて、一つ、大きなため息をついた。
「綾ーお帰りー。って、その子、どうしたの?」
結局蒼の後は追わず、陸斗と御門はリビングで待っていた。蒼の後ろから部屋に入ってきた綾に続いて入ってきた少女。自分達よりも年下そうな容姿、それに何よりも真っ白な髪に目を奪われる。
「…綾。誘拐は犯罪だと思うけど」
「いやいやいやいや違うからね陸斗!第一声でそれは酷いよ!」
「いや、まぁ確かに俺もそれは思いましたけどね」
「蒼も!?もう…私のことなんだと思ってるの!?」
「ほぼパーフェクトに唯我独尊歩んでる綾」
「……もういいです」
きっぱりと御門に下されて綾は項垂れる。
「…綾、紹介する、と言っていませんでしたか」
「うわっそうだよそうじゃん!」
項垂れた綾の袖を横から少女が引っ張って促す。ばっと顔を上げて、綾は少女を自分の前に押し出した。
「この子、ゼロ。今日からしばらく、Uの仲間だよっ」
「……よろしく、お願いします」
ぺこり、と頭を下げる。
「…綾、本気?」
「思いっきり本気だよー陸斗」
「そかそか。俺、日比野御門、んでこっちが陸斗っよろしくなー」
ぐいっと陸斗の首に腕を回して引き寄せる。その際の陸斗の怒鳴り声は無視、らしい。ゼロは彼の勢いに身を引きつつ、どうも、と返す。
遊びに来たわけでも、仲間になるわけでもないと分かっていても―悪くない、と彼女は思った。
3. Their ordinary
……速い。
右から流れるように、けれど容赦ない速度を伴って拳が飛んでくる。それをとん、と内側から軽く押すように流し、綾は御門の懐に飛び込む。す、と前に飛び出した勢いをつけたままナイフを持った右手を振り上げる。的確に首筋を狙ったそれは、彼が顔を背けたことで頬を掠るだけに留まった。
顔を背けたことで少し反った体勢のまま、御門は左足で綾の脇腹を蹴りつける。綾は身を引いたことでダメージを最小限に留め、後ろにステップを踏みながら距離を取った。御門もまた舌打ちを零しつつ体勢を整えた。
汗で滑る手に力を込め、右手のナイフを握りなおす。
先に動いたのは御門だった。
ナイフを握り、斬りかかるように走り寄る。綾が左足を前に、右手を構えたところで―握っていたナイフを投げた。予備動作も何も無かったのでそれは直ぐに勢いを無くすが、驚いた綾は一瞬反応が遅れる。カキン、と手に持つナイフでそれを叩き落した、その直後。自分が投げたナイフの岐路をなぞるように走ってきた御門が、目の前にいた。
もらったっ、と心の中で思い、右腕に力を込めて殴りかかる、その刹那。一瞬で勝負はついていた。
御門の突き出した右腕にナイフを捨てた綾の右手が絡みつく。相手の勢いを利用して体を右に半回転させ、綾は途中で右手を引いて御門を床に押さえつけた。呼吸を一瞬止められて、御門がはっ、と息をつく間に体勢を整え、完全に固めた。
からんからん、と綾が投げ捨てたナイフが床に当たる音が響いた。
「うん、まぁ…こんな、もんかな」
息を乱したまま御門の上から退く。御門もずるずると体を起こした。
「…っは、綾、最後の結構、本気だったよなーっ」
床に腰を下ろしたまま、得意げに御門は笑う。
「ま、ね。さっすがにあそこで投げてくるとは思わなかったからさ…。ゼロ、ど?勉強にはなった」
綾も笑いながら壁に凭れていたゼロに声を掛ける。
練習するから見においで、と綾に呼ばれて地下の部屋にやってきていたのだ。
「はい。驚いた。動きが早いですね、やはり」
「だろー?」
ホントに容赦ないんだって、と御門が愚痴る。当たり前じゃない、と綾が返した。
笑う二人を見ながらゼロは思う。
先程の戦闘はすべて映像データとして保存されたいる。御門の動きはともかく、最後の綾の動きは確かに度を越えている、と思う。ゼロは既に戦闘や、武器の扱いなどはプログラムされているし、それに関する映像もかなりの量を見た。けれど、たとえ今彼女が持つ技術を使っても綾には勝てないだろう。綾の動きはもはや計算の概念を超えている。瞬間的に判断し、体が動く。おそらく、頭で考えた末の行動ではない。
「どしたーゼロ?行っくぞってなー」
「…あぁ、うん。今行きます」
御門に促されて歩き出しながら、ゼロは頭の中でどうやって綾の動きを自分で再現できるかシュミレートを続けていた。
全員での朝食。
ようやく慣れてきたものの、未だに戸惑いは残る。研究所に居た頃、食事は体の機能を保つ為としか思っていなかった。こんな風に、話したり、笑ったり。
表情を観察するだけで興味深い。
「ゼロ、美味しい?」
黙々と食べるゼロに綾が話しかける。
ちなみにゼロは今、綾が買い与えた服を着ている。髪も丁寧に赤いリボンで纏めてある。全身黒なんてあり得ない!とゼロが来た翌日に綾が買い物に出た成果だ。
「はい。今日は、綾だったんですね。呼んでくれたら手伝ったのに」
「いーのいーの。ゼロ、陸斗と話してたでしょ?邪魔しちゃ悪いと思って」
ゼロが陸斗と意外と仲が良い事を、綾は知っている。もっとも会話の内容と言えばハッキングやそういう、技術関連のことばかり。普通の会話とは言えないものの、接触したがらない陸斗にしては珍しい。
まぁ、他のメンバーが理解できない、という理由もあるのだが。
先日二人が話しているのを聞いていた蒼も半分以上が専門用語で苦笑していた。
それもまた、悪い傾向ではないと綾は思う。
日常を知って欲しいと綾は願う。
ただ利用されるのではなく何か―どんな形でも、大切なものを持って欲しいと思う。
煌、彼女の育ての親であった彼が、彼女に与えてくれたように、ゼロにも与えてあげたい、と。
「綾。午後から仕事でしたよね?」
物思いに沈んでいた綾を蒼の言葉が現実に引き戻す。
「うん、そーだよ。昨日説明した通り、私と蒼、御門は現場。陸斗は此処に残って全てのシステムの破壊―ゼロは、どっちにする?」
「そうですね…私も、連れて行って」
「ん、分かった。じゃあ御門と一緒に行動して。お願いね、御門」
「オッケーお姉さん。任されました〜」
ひらひらと暢気に手を振る御門を尻目に、ゆで卵の殻をかんかん、と割る。
あ、美味しい。
丁度良く半熟になっていた中身にほんの少し嬉しくなった。
2007/01/15(Mon)10:38:52 公開 /
黎
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■作者からのメッセージ
初めまして!自サイトで連載中の一部です。アクションを途中途中で挟みつつ、特殊環境下にあるメンバーの心情を絡めて書いて行きたいと思っています。不備、不足があればどうか教えてください。これからの精進に使わせて頂きます。
作品の感想については、
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の『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。