『加糖30%プラスチョコレイト』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:泣村響市                

     あらすじ・作品紹介
電車はそれでものろのろ進むだけ。

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  主観

「あっまっさぁとろけるぅーちょっこれぇいとぉー」

 別段ガラガラというワケでもない駅のホームで脳神経が麻痺を起こすような歌を大音量で歌う知り合いを見つけてしまった場合、皆様はどう思うだろう。そしてどう行動するだろう。
 返答は返ってこなくて空しくて、髪をかき回して息を大きくはいた。


『加糖30%プラスチョコレイト』


「くぅちーのなぁーかーでぇーとっろけるぅぅーちゃいろいかたまりぃー」

 別段ガラガラというワケでもない駅のホームで脳神経が麻痺を起こすような歌を大音量で歌っていたのは神原(かみはら)だった。
 人目がかなり集まっていて物凄く近寄りたくない空気だった。下手に名門校の制服着ているだけあって、「ああ、勉強ばっかしていると誰しもどこか可笑しくなるんだなぁ」と人に思わせるオーラがむんむんと神原の周りには漂っていた。
 変に関わりたくなかった俺は、神原から瞳を逸らして無視を続けたまま家に帰ろうと決心し、人ごみにまぎれようと体を滑らし、
「おお、月名(つきな)だ。なー月名ー、ちょい頼みごとがあんだけ……ってちょ、オイ待て! 何さらりと流して立ち去ろうとしているのキミ! そこの短髪の木渚学院の制服を着た君! キミの親友神原くんだよ!」
 今度は俺に視線が集まったのを感じて気まずく脚を止めた。

「おーい、でっかい人ー。巨人ー。おれは阪神ファンなんだよー、つか阪神ファンのファン。あの汚い道頓堀に飛び込む勇気に乾杯。さぁ月名、コレで分かっただろうきみの親友神原君の存在に気付いてしまっただろう! ふはは、気付いてしまったからにはもうキミは逃れられないぞこのやろう! 逃げるな! 立ち去るな! おれが寂しいから! ……う、ううう、このー! シリアスに巨人ー!」
「五月蝿い! 巨人巨人言うな! 大体お前のほうがデカイだろ!」
 叫んでから、気付く。
 おーまいがー! 返事しちゃったよ!
 俺が内心自己嫌悪していると、神原がにんまりと顔をゆがめていた。



 がたん。がたたん。がたん。がたたん。
 電車がのろのろと進んでいく。電車がのろのろと進むたびに田んぼやら畑やら町並みやら民家やらがぶっ飛んでいく。
 まるで電車が進んでいるのではなくて、世界が根こそぎ動いているような感覚。
 俺と神原は隣同士に座り、がたたんと電車に揺られていた。
 電車の中にはそこそこの乗客が居たというのに、神原はにへにへと笑いつつ、しかして少しは自主規制を行っているのだろう。小さめの音量でまたしてあの歌を歌っていた。
「あっまっさぁとっろけるぅーちょっこれぃとー、くぅちーのなかでぇーとろけるぅーちゃいろいかったまりぃーはこいのか・お・りぃー」
 ここでも歌うのかその脳内神経を著しく損傷しそうな歌。
「……大体、学校では物静かな優等生君が何故に今こんな奴なの?」
 学校での神原は、誰かに話しかけられでもしなければ独りで自分の机で本でも読んでいるような、しかし喋りかけられれば冗談も返すし笑顔も見せる普通の結構成績のいい男子生徒なのだ。その表情から時々うかがえる憂いと寂寥感がどうたらとか言って彼を密かに恋焦がれる女子も少なくは無いのだ、……が。
「あっまさぁとっろけったーちょっこれぃとーちゃいろいぃこいっはぁーきっみにとどいてとろっけてきえたぁー」
 まあ、イメージぶっ壊れ、みたいな。
 憂いも寂寥感も何もかものろのろ進む電車に吹っ飛ばされたような表情で歌っている神原の頭を何となくはったいた。
「……っていたぁ! 何すんのさ月名! のー! 暴力のー! 暴力反対喧嘩上等!」
「歌うな。恥ずかしい」
 率直に用件を言うと、神原はむー、と俺の表情を伺うように首をかしげた。
「恥ずいんか?」
「大変とても」
「……べっつに歌ってる俺がイタいだけで月名のほうは皆何とも思わないと思うぞ?」
「イタいって分かってるのかよ……。ともかく、そんなイタい奴の隣にいたら俺まで痛痛しい人みてーだろ」
 そっか。と神原は納得したらしくソファに座りなおした。
 がたん。がたたん。がたん。がたたん。がたん。がたたん。
 沈黙が結構苦しかった。
 学校で神原と喋っていて話題が尽きる事はあまり無かった。
 喋っていても疲れない。絶妙の間、豊富な引き出し。
 ずっと喋っていたってこちらのほうはまったく疲れることが無かった。
 それどころか、もっと喋っていたくて。
 でも。
 例えば休み時間。
 チャイムが鳴って、自分の席まで戻り、ふと先ほどまで喋っていた神原の方を見ると、疲れたように、溜息をはいていて。こちらは疲れなくても、あちらはとても疲れるらしくて、なんだか、悪い事をしている気分になって。
 それでいつも彼は遠巻きに、少し誰とも距離を取られて。
 そうして神原は距離のいらない誰かを探しているようで。
 だったけれど。
「……月名、今どーしてこう学校んトキとテンションが違うんだろーって思ってただろ」
 神原が、口を開いた。
 ……いや、別に、そう程遠い話というほどでもなかったが、ちょっとハズレに近いが、とりあえずうなずいた。
「うん」
「そうかー」
 虚空を見上げるように、俺の気の無い相槌に頷くと神原も黙った。
 …………。
 …………。
 …………。
 …………。
 何か喋れよ!
 理由を説明してくれるんじゃないのかよ!
「えー? 教えて欲しーの? うっそぉ、月名すげぇどうでもいいってぇ顔してたぞ」
「俺は顔に出にくいんだよ! お前だって人の事は言えないくせに!」
「俺表情豊かだもーん」
 そういう神原の顔は無表情だった、が、すぐにえへら、と歪む。
「どう見ても作り笑顔だろそれ」
「うっわー、ひど」
 そういうどうでもいい話はどうでもいいから。
「んー……えっとさ、俺の友だちに朝すげぇハイテンションな奴がいんのね。二、三回朝あったんだけどさ、も、すっげぇの。いつもはぼへっとした奴の癖にそりゃ俊敏でね。子供、まぁ今も子供なんだけど、幼児みたいにきゃはははきゃははは笑うんだわ。俺今超元気! 何でもできる! とか言ってた。んで、そんな感じ」
「いやどんな感じ?」
「だーかーらー」呆れたように神原が溜息をはく。いや、呆れられても全然伝わらんよ、それじゃあ「俺はそれの夕方バージョンっつーかなんつーっか、そんなんなのー」
 むあー、と呻き、人目も気にせず手足を好きなだけ伸ばし上を向く。
「っていうかね、んー、ずっと我慢してんだよぉ、俺。ずーっと、いーっつも」
 くきくき、と首の骨が軋むのを感じながら俺は神原の声を聞いていた。
 のろのろと夕焼けの中を民家や田圃をぶっ飛ばしながら進んでいた電車が、のろのろと止まった。
 むあー、と伸びたまんまの状態から、ぐぃんっ、とソファのバネを最大限活用し立ち上がると神原は極自然な動作で駅のフォームに降り立った。
 それを何となく見つめていた俺は、車掌の吹く甲高く変な方向に捻じ上がった笛の音を聞き、慌ててソファから飛び降りると閉まりかけた電車の扉を力いっぱい掴んだ。あまり力強いとは言いがたい俺の手の甲に血管が浮かぶ。車掌がソレに気付いたか、電車の扉をもう一度開けた。



「なーにやってんの」
 無事フォームに降り立った俺を、神原が駅の線路に脚を晒しながらにたにたと笑って見ていた。
「……お前もなにやってんの。脚がなくなるぞ」
「だいじょうび。月名も来いよ。一緒に座ろう」
「……嫌だよ」
「なぁんでだよー」
「脚無くなったら嫌だし」
 言い訳がましく呟きつつ、神原の傍に立ち、何となく見下ろしてみる。
「そうかー」
 俺の言い訳を聞きながら、神原はえへらえへらと笑っていた。
「そうだよ」
 神原の笑い顔を見ながら、俺はゆっくりとその場に腰を下ろした。
 そんな俺を見て、神原が楽しそうに笑みつつ怒るという高等テクをした。
「んだよ、座るんじゃねーの。このツンデレさんめ。あ、チョコ喰う? これ美味いよ意外と」
「線路に脚は出してないし。おぉ、貰う。ありがとさん」
「鼻がなくなるぞ?」
「脚がなくなるぞ?」
 そういい合うと、神原は愉快そうにけらけらと笑い、俺は愉快そうに顔を歪めた、かもしれない。
 包み紙をペリペリとはがした其れをコートのポケットに突っ込んだ。口に放り込んだチョコレートは唯只管甘ったるくて、甘ったるくて。
 死んでいく夕焼けが静かに俺の背中を照らしていて、じんわりと、誰かが傍にいてくれているようなぬくもりが背中にあった。
 けれどそのぬくもりは何十光年も向こうの太陽の朽ちた光であって、誰かのぬくもりなんかじゃなかった。
 なか、った。



 またのろのろとやって来た電車が視界に入る。
「おい、立て、ホントに脚がなくなるぞ」
「おけーぃ」
 立ち上がりつつ神原に言うと、今度は素直に立ち上がった。ふらりと立つと、すぐ後ろにあるベンチを腰で踏みつける。
 プラスチックのベンチがぎいと悲鳴を上げた。
 目の前に広がる田園風景が少しだけ名残惜しく、眺めているとケバい黄色の電車が俺の前髪を舞い上がらせた。例えば今この電車に飛びついたとして、人は死ぬんだろうかとか考えたけど、ソレを実行する気にはならなかった。普通にのろのろと電車が止まり、呼吸をするように電車が空気を吐き出した音に誘われて、車両に入る。
 誰も居ない。
 誰も居ない。
「月名」
 神原がなんだか悲しそうに俺を呼んだ。
 何の用だと後ろに付いてきていた神原を振り返ると、唇の端を吊り上げただけのような笑顔で「何でもありませーん」とか何とか言われてムカついたので一発はったいたらなんかブー垂れていた。
「あっまぁさぁ、とろっけるぅちょこれいっとぉ。あー甘くて吐きそうだ!」
 誰も居ない車両の中で、開放されたように大声で歌う神原の横顔を何となく眺める。
 けらけらと笑っている。
 何が面白いのか。
「面白いか?」
「応よ」
「何が?」
「さぁ?」
「……面白くって吐きそうだ」
「だろ?」
 何が愉快なのか何が不愉快なのかけらけらけらとからからからと笑う神原の顔は、なんだか嫌に吹っ切れているようで。
 夕焼け色に染まった表情がふらりと気色を変える。
「うん。うん。うん。面白いなぁ面白いなぁ。あははは、ひゅーぅ、ぐしゃっって!」
「大丈夫かお前……」
 なんか発言がどんどんと可笑しくなってきている。
 今日はいつも可笑しいが。
「いや、何でもないヨ。あっははははははははぁっまぁさとろっけるぅちょっこれぇいとっ! ひゅうーどるどるどるどるどるどるぅ、だん!」
 なんだか会話が成立しなくなってきて、壊れた玩具のようにくすくすとくすくすくすと笑い続ける神原が無性に怖くなって。
 恐ろしくなって。
 それでも。
「なぁ、神原」
「なんだぃ? つーきーなぁ」
「……今度、お前んち遊びに行っていい?」
 何時ものような調子で語りかけた。
 ソレを聞いて、少し間を空けて、
「うん。泊まってけよ」
 神原は何時ものように、何時もの学校にいるときのような仕草でにこりと笑って頷いた。
 その後、神原より二駅先に俺は電車から降りた。
 俺と神原は今時小学生でもしないだろうってぐらいに手を振り合って別れた。

「全部全部終っちゃえばいいのになぁ」

 のろのろ動き出す電車の中で神原が呟いた言葉は、きっと俺の耳には届かない。







 
 独白

「なんでかなぁ。なんで皆駄目なのかなぁ。俺って可笑しいかなぁ。おかしいかなぁ。おかしいかなぁおかしいね。でもさ、大体みんなこんなもんじゃないの? 皆が頑張ってないだけじゃあ、ないんかなぁ。俺だけなのかなぁ。それだけなのかなぁ。

 もういい加減終らそうよ、こーゆー面倒なのとか。

 月名は話せば分かってくれるんだろうなぁ。
 でもさぁ、それじゃあ、それじゃあ駄目なんだよ。
 あいつ優しいもん。誰かと同じ感情をもてるンだもん。
 羨ましいよなぁ。俺には絶対出来ないもんなぁ。

 ねぇ、もういいよねぇ、終わらしちゃってもさぁ」


 
 電車はのろのろ進んでいく。







 後日

 神原が自殺した。
 マンションのベランダから飛び降りたらしい。
 ひゅーぅ、ぐしゃって。落ちたらしい。
 葬式に出た。
 遺体は綺麗だった。
 なんかクラスの女子とかが泣いてたのを見てた俺は、どう思うことも無く目を閉じている神原だったらしい奴を見下ろした。なんか笑えた。
 笑えたけど笑えなかった。
「なぁ、ほんと、お前、わけわかんねぇよ」
 そう呟こうと思って口を開いたけれど、漏れた言葉はあの日神原が歌っていた脳細胞の死滅していくような歌だった。
 あの日のチョコレートの包み紙がコートのポケットに入りっぱなしで、この包み紙は神原が最後に残したものなんだろうか、と思った。
 唯の幻想だったけれど。
 コートのポケットから水色の其れを取り出し、びりびりに破いて捨てた。
 俺と神原の幻想は破かれて飛んでいった。


2007/01/14(Sun)15:02:17 公開 / 泣村響市
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■作者からのメッセージ
お題『チョコレート・阪神・電車』

特になんにも考えず好きなように話を書いたところ起も承も転も結もなにもかもぶっ飛んでどっかに行った話が出来上がりました。

自分で読んでみても訳の分からない、何が伝えたかったのかさえ分からんというデンジャーな作品です。デンジャーという単語の意味が分かっていないという。

感想批評いただければこれ幸いでございます。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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