『怪談三題噺』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:薄羽蜻蛉                

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                      件

 朝目がさめて窓を見ると雪が降っていた。今日はクリスマスで、外では恋人たちが楽しそうに歩いているのだろう。
 やることもないのでもう一眠りしようかと蒲団をかぶると、足元の方で何かの気配を感じた。蒲団の中をのぞくと青白い女の顔が暗闇の中にぼんやりと浮かんでいる。
 人ではなかった。女の体は牛の姿をしている。件だなと思った。以前読んだ内田百けんの小説が頭の中に浮かんだ。
 件は私の体を這うようにして近づいてくる。ずっしりとした重みが体に伝わる。女の香りと牛の体臭が奇妙に混ざって鼻腔を刺激した。
 件の顔が目の前まで迫ってきた。鼻息が顔にかかった。件は私の眼をじっと見つめる。目をそらすことができなかった。体がぴくりとも動かない。件が乗っているせいだなと思った。寒気がした。
 件が口をあけた。紫色の舌が目に映った。何かが腐ったような臭いがした。喉の奥まではっきりと見えた。件が何かを叫ぶ。人の声ではない。耳をふさぎたくなったが体はあいかわらず動かない。
 件は叫び続ける。私は恐ろしくなって必死で逃げようとする。無駄だった。件が叫んでいるのは私の未来だった。私の身にこれから訪れる何かを件は叫んでいるのだ。
 しばらくして私は目覚めた。件はすでにいなかった。冬だというのに私の体は汗でびっしょりと濡れていた。件の言っていたことを思い出そうとした。しかしどれだけ思い出そうとしても無理だった。ただ何か恐ろしいことが起きるのだということだけははっきりとわかった。
 雪はまだ降り続いている。これからどうなるのだろうかと思うと少し憂鬱になる。

                       翡翠

 寝苦しい夜だった。時計を見るとすでに二時をまわっている。なんだか眠れそうにないので蒲団から出てパソコンを開いた。
 いろいろな動画をのせているサイトがあり、そこに行く。事故現場の映像やアニメなどがあったがあまり興味はひかれなかった。
 しばらく見ていると翡翠というタイトルの動画を見つけた。少し興味がわいたので見てみる。
 川が映っていた。静かなせせらぎが聞こえてくる。男が釣りをしている。四十くらいのくたびれた感じの男だった。他には誰もいない。
 しばらく男が釣りをしているところが延々と流れた。もう見るのをやめようかと思いかけてきたところ一羽の鳥が飛んできた。カワセミだった。なるほどそれでタイトルが翡翠なのかと思った。
 だがカワセミにしてはひどく大きい。私が知っているカワセミの倍以上の大きさがある。それに何だか様子がおかしい。目が真っ赤に血走っていて、嘴から涎をだらだらと流し、狂ったようにぎゃあぎゃあと鳴いている。しわがれたお世辞にもきれいとは言えない鳴き声だった。
 突然カワセミが男に襲いかかった。嘴で男の右目を突く。男が川の中に転落した。男は泣き叫び川の中を転がりまわる。カワセミは男の目玉を飲み込んだあと、きえええええっと奇声を発した。
 空から何十匹ものカワセミが飛んできて男を襲った。内臓を食い破り、腸を引きずり出し、カワセミ達の体は真っ赤に染まっていった。
 男はとうに死んでいた。生気の通わなくなった虚ろな目をこちらに向けていたが、その目もカワセミに食われてしまった。
 カワセミ達が一斉にこちらを向いた。目が不気味に輝いている。そしてぎええええええっと鳴きながら一斉に飛んできた。
 私はあわててパソコンを閉じた。どっと汗が吹き出た。しばらくしてそのサイトに行ったが動画は削除されていた。

                      古井戸

 あの古井戸には行ったらあかんよ。なんでかいうとな、あれが出るんよ。幽霊や、幽霊。笑ったらあかん、冗談でいうてるんと違うよ。ほんまかどうか知らんけど、あの井戸からは昔女の死体が見つかったことがあるらしいんよ。
 うちは昔から体動かすの好きやったから、小さい頃女の子より男の子と遊ぶほうが多くてな、そいつらとある日肝試しすることになってんよ。
 井戸のそばに番号書いた石を置いてな、順番決めて夜に一人づつ取りに行くことになってん。うちは三番やったな。みんなはじめはは平気やとかこんなんでビビるんは女だけやとか強気なこというてたけど、いざそのときになるととたんに黙りこんでもうたわ。
 そうこうしてるうちにうちの番がきてな、今さら逃げるわけにもいかんやろ。せやからさっさと取って帰ろう思うて早足でいったんよ。
 だんだんみんなの声が小さなっていって、かわりにうちの足音がはっきりと聞こえるようになるんよ、なんか背筋がぞっとしたな。
 そいでしばらく歩いてようやく古井戸が見えてきたんよ、明かりを向けるとそばに目的の石が見えてな、うち急いでポケットに入れて帰ろうとしたんよ。そんときや。井戸の中からなんかが飛び出てきたんや。
 はじめは鳥かと思うたんやけどな、どうも違うんよ。それがだんだん近づいてきてな、うち思わず懐中電灯向けたんや。そしたら女の顔があったんや。女の顔から羽が生えて、それがバサバサと飛んでるんよ。女は笑いながらうちに近づいてきてな、でも体が震えていうこと聞かんくて、そしたら携帯が鳴ったんよ。
 急に体が動いてな、うちその場から急いで逃げ出したんよ、その間も携帯は鳴っててな、しばらく走った後でたんや。電話からは鳥の鳴き声が聞こえてきてな、うちびっくりして電話落としてもうた。
 あわてて拾おうとしたらいつのまにか目の前にあの女がおって、甲高い声でぎえええって叫んでな、うちそのまま気ィ失ってたわ。
 それからも何度かあの女見かけたわ。ふっと空見上げたときとか、窓の外ながめてるときとか、あの女がバサバサと飛んでるんよ。そんでうちのことじっと眺めながらときどきケラケラ笑いだすんよ。うちどうやら好かれてもうたらしいわ。うちみたいになりたなかったら、あの古井戸には行ったらあかんよ。

2007/01/02(Tue)15:22:24 公開 / 薄羽蜻蛉
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■作者からのメッセージ
まあ、なんかスランプでなかなか小説が書けないので、三題噺でも書くかと思い書いてみました。
件は「件」「クリスマス」「蒲団」
翡翠は「翡翠」「パソコン」「転落」
古井戸は「古井戸」「鳥」「携帯」
がそれぞれお題でした。

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