『サンセット・ノイズ』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:晃                

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 カタン タタン カタタン    
 列車は走る。
 列車は揺れる。




 サンセット・ノイズ〜紅葉の咲くころに〜

 


 カタン タタン


 午後五時。
 隠れた紅葉の名所だという田舎村から、本日最後の列車が市街に向けて走っていた。
 秋のまっただ中、日は暮れるのが早い。既に外は青から紫がかったピンクへとその割合を変えつつある。
 そして、窓から入り込んでくる夕日に、車内もまた、暖かな橙に染まっていた。
 その夕日に包まれながら、ボックス席に少年と少女が座っていた。備え付けのテーブルを挟んで向かいあい、並べられた菓子をつまんでいる。
 少女は身を乗り出すようにして少年に話し掛けていた。うっすら上気した頬に、笑みが載せられ、興奮しているのか口調は少し早口だ。
 喋っている内容は、今日見物してきた紅葉の美しさと、そのとき出されたお団子の美味しさ。少年は座席の背もたれに体を預け、微笑みながら少女の話に相槌を打ったり頷いたりしている。
「やっぱりすごかったよね! 私の近くの公園にも紅葉があるんだけど、やっぱりこっちの方が綺麗だった気がするなぁ。何でだろ」
「……空気が綺麗だったからかな。紅葉も、何でも無い草でも、凄い綺麗に見えたろ?」
「うんうんそうかも。やあ、早起きした甲斐があったな」
「学校でも頑張って早起きしろよ」
 客は彼ら以外おらず、そのためか少々大きな声で話しても、咎める者はいなかった。
 

 カタン タタン


 話が一段落つき、少女はゆっくりとお茶を飲み、喉を潤した。生まれた沈黙に、しかし二人は慌てて話を繋げる事はしない。
 付き合い始めた当初は、沈黙が生まれるとどことなく気まずいというか、気恥ずかしいというか、居たたまれない気持ちにさせられたが、今となっては沈黙すら心地よい。
 しばらく沈黙を楽しむように目を閉じていた少女が、ポツリと口を開く。
「また来たいなぁ」
「……あぁ、また来よう。絶対」
「……ホント?」
「本当」
「うん……じゃあ、約束」
 少女がそっと少年に手を伸ばす。細い小指を、少年の小指に絡ませ、軽く振る。そして、照れたようにパッとそれを解く。なんとなく気恥ずかしい。
 少年が、ゆっくりと微笑んだ。
 

 
 カタン タタン         
      カタン タタン

 
「トイレ行って来るっ」
 その雰囲気に耐えかねたのか、恥かしさがピークに達したのか、少女はそう言うや否やほぼ駆け出すようにトイレへ向けて行ってしまった。セミロングの髪からのぞいた耳が、僅かに赤く染まっている。
 唐突な行動に、少年は「いってらっしゃい」と言うどこがズレた言葉を送る。
 少女が居なくなって、途端に静まり返った車内。こう言う時、なんとなく窓の外を眺めてしまうのは、人間の心理だと思う。
 日は確実に沈みつつある。窓の外を流れる景色は、鮮烈な橙に染められた、閑散とした野原。
 少年は目を閉じる。
 瞼の裏に浮かぶのは、今日見物してきた紅葉。
 名所とは言っても、隠れた、が頭につくだけあって、人はそんなに居なかった。地元の人とか、周辺の村の人とか、どこからか噂を聞きつけてやってきた観光客とか。
 そのせいか、暫く歩くと周囲は全くの無人になった。人の声は聞こえない。鳥の鳴き声と、風が葉を撫でる微かな音と、彼女の声だけが満ちていた。
 とても、鮮やかな時間だったと思う。
 きっとどれだけ時間がたっても、この記憶は、彼女の一瞬一瞬の表情は、鮮やかであり続けるだろう。
 美しい赤を浮かべる紅葉も、金に近い黄色に変わった銀杏も、それを眺める少女の横顔も。
 何もかも、本当に鮮やか過ぎた。


 カタン タタン


 例えて言えば彼は夕日のようだと思う。
 毎日見ていて、見慣れているのに、時たまはっとさせられる程綺麗で、暖かくて、鮮やかで。
 昼間は天に昇った太陽が、自分の手の届かない所にある光の源が、夕刻になるとうんと近くまで落ちてくる。手を伸ばせば届くと錯覚してしまうほど。それでも、実際手を伸ばしたら遠い事に気付かされる。彼は、それに良く似ていた。
 すぐ近くにいると思っていたのに、実は全く自分の手の届かないところで、穏やかに微笑んで。向こうはその暖かで優しい光を惜しみなく注いでくれるのに、こちらからは何をする事もできない。その恩恵を、黙って受け取る事しかできない。
 少女は車内に備えられたトイレの中で、何をするでもなく思考をめぐらす。
 そんな……愈費のような彼と、いつからこんな関係になっていたのだろう、と。
 考えても思い出せない。いつのまにか、彼が隣に居て、それが当たり前で。彼がいないと日常から離れて、どこか別の次元にさまよいこんだ、そんな気にさせられる。
 いつから、は、とっくの昔に、いつもに変化していた。


 カタン タタン


 トイレから出た少女の目に映ったのは、座席に完全に体を預けて眠りこける少年の姿。
 夕日が作り出すオレンジの海の中、静かに目を閉じる少年は、なんだか人間ではないものに見えて。じゃあなんだ、と問われても答えようはないけれど。
 どうやらトイレに行ってから、既に十分近く経っていたらしい。あちゃあ、と呟いて、少女はそっと少年の隣に腰をおろし、紙とペンを手にした。
 手紙と言うには短すぎる。でも、伝えたい言葉がある。照れくさくて、口にはできないけれど。だからこそ、紙に自分の思いを起こす。
 彼が起きたらきっと見るだろう、起きなかったら回収すればいい。
 サラサラと言葉を記して、ペンを置く。
 暫くじっとしていたが、やがて訪れた睡魔に、抵抗する事無く身をゆだねた。
 紙に書いた言葉を、いつか口で言える日を夢見て。


 カタン タタン


 何時の間にか眠っていたらしい。
 睡眠と同じく、目覚めも唐突に訪れた。体の右側が妙に重い気がする。寝起きでは得てして体が重いものだ。
 そう結論付け、少年はまず目に入った向かいの席に誰も居ない事に気付き、僅かに首をかしげた。
「まだ戻ってないのか……?」
 幾らなんでも遅すぎる。何かあったのだろうか。
「すべって転んで気絶してるとか。だったら行った方がいいのか?」
 思わず立ちかけ。
 そこでやっと自分の右側が妙に重いわけに気付いた。いないと思っていた少女が、少年にもたれかかるようにして眠っている。
 浮きかけていた腰を、少年は慎重におろす。
 ふと、テーブルの上の紙切れが目に入った。見覚えのある筆跡を見て、少年の頬に笑みが浮かぶ。少年は紙切れの文字に目を走らせて、そっと目を閉じた。
 数秒そうしていたが、やがて目を開くと、無造作に転がったボールペンを手にとった。


 カタン タタン


 隠れた紅葉の名所だという田舎村から、本日最後の列車が市街に向けて走っていた。
 客はおらず、ボックス席が一つだけ埋まっている。向かい合わずに、隣同士で座っている若い男女。少女が少年に凭れかかって眠っており、その膝の上には、少年のものと思わしき薄手のジャンパーがかかっている。
 少年は沈み行く夕日でオレンジに染まった文庫本に目を落としていた。
 時間の経過はゆっくりとしていて、そこだけ別の世界のように。
 

 カタン タタン


 列車は走る。
 列車は揺れる。


 カタン タタン  


 沈黙と、橙色と、優しい空気をのせて。


 カタン タタン


 お菓子とジュースが散乱しているテーブルの上に、紙切れとボールベンが転がっていた。
 紙切れにはそれぞれ違う筆跡で、違う言葉が書かれている。
『何時までも、なんていわないから、いられる限り、一緒にいようね』
『もちろん』


 カタン タタン


 ああ、なんて。
 穏やかで、優しいとき。
 一瞬の風景と、永遠の願い。

2006/10/29(Sun)16:38:51 公開 /
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■作者からのメッセージ
こんにちは、晃です。
気持ち悪くなるくらい甘いのを目指して!目指しきれてません。今はこれが限界です…精進精進。
ノイズは本当は雑音って意味なんですけどねぇ。語呂と語感を優先して。音、って言う意味で使わせていただきました。電車の揺れる音をイメージして下さればと。
それでは。

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