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『†Ash Of Ragjulia』 ... ジャンル:SF アクション
作者:リルフェン
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8年前、私の娘は妻の命と引き換えにこの世に生を受けた。
妻に似て優しい顔をした娘だった。
私はその時妻の墓前に誓った。
娘はどんなことがあっても、必ず私が守ると。
†Ash Of Ragjulia† 序曲「ウィルス」
私は8年前の「あの日」以来、ある新型ウィルスについて調べている研究所に勤めている。
勤務時間以外にも、独自にそのウィルスについて調べを進めていた。
これは研究所の調べで明らかになったことだが、どうやらそのウィルスは自然界で偶発的に発生したものではなく、何者かが人工的に作り出しばら撒いた産物らしい。
そのウィルスに感染した人間は、徐々に細胞を殺され約10年もの歳月を掛けて死に至ることがこれも研究結果により分かっている。
そしてそのウィルスが人から人へ、或いは妊婦時の母から子へ感染することが確認されている。
故にこれは極秘に行われてきたことだが、このウィルスに感染した者は研究所で無差別に処理されてきた。
まるで犬のように―――――
非人道的であることは分かっていた。
だがウィルスに感染した人間を野放しにすれば、その人間から多くの人間にウィルスが感染し、いずれ人類が滅びてしまう恐れがある。
人類の未来を考えれば、これは致し方のない処置だった。
国や研究所はこのウィルスについてのあらゆる公言を避けてきた。
人々がこのことを知れば、人心を乱す恐れがあるからだ。
このウィルスが最初に発祥したのは10年前のこと。
早ければそろそろこのウィルスによる死者が出る頃である。
一体誰が―――――
何のために―――――
こんなウィルスをばら撒いたのか、まだ分かっていない。
だが理由などどうでもいい。
私はこのウィルスを撒いた者を決して許しはしない。
†Ash Of Ragjulia† 第一唱「少女」
私はいつもの様に研究所での仕事を終え、家路についていた。
仕事が終わる時刻は、その日の研究内容によってばらつきはあるものの決まって12時以降の深夜になる。
研究所はひとけがないに等しい場所に建てられた建物の地下にある。
ひとけのない場所にあるのも当然といえば当然である。
研究所で行われている非人道的なウィルス感染者の処理や新型ウィルスについては人々に知られる訳にはいかない。
だから今まで国や研究所も公言を避けてきた。
私はそんなひとけのない道をただひたすらに車で走り続け、いつものように夜の街に出てきた。
深夜だというのに昼と変わらず賑やかなものだ。
いや、昼と変わらずというのは間違いかもしれない。
怪しい勧誘や麻薬の裏取引―――――
大人達の薄汚い陰謀が渦巻く夜の街。
本当に昼とは違った意味で賑やかなものだ。
こいつらは何が楽しくて生きているのか―――――
そんなことまで考えてしまう。
今この時にも着実に人類を破滅へと導いているウィルスの存在も知らずにのん気なものだ。
8年前の「あの日」以来私は心から笑った記憶など一度もない。
妻を亡くし、そして……………
街を車で走り続けると、私はあることに気付いておもむろにブレーキを踏んだ。
こんな夜遅くにも関わらず12、3歳程の少女が、車から微かに見える路地裏の奥でうずくまって座り込んでいたのだ。
私はとっさに車を降りて少女に近付いて話し掛けた。
「こんな遅くに危ないぞ、君。」
その少女を見たのはこれが初めてではなかった。
肌に近い色の肩までかかる髪。
前にも幾度か研究所からの帰りにこの辺りで見かけていた。
いつも汚れた服に汚れた靴。
どういう事情かは知らないが、おそらく帰る家がないか家に帰れない事情があるのだろう。
そして気になっていたことがあった。
それは少女に話しかけて、少女が顔をあげた瞬間確信に至った。
「(娘に似ている―――――)」
私が話し掛けると、少女はふらつきながら立ち上がり私に言った。
「すみません、大丈夫です。すぐ家に帰りますから。」
そう言うと少女は壁に体を引きずりながら歩き出した。
私は少女が私と擦れ違ったその時に言い放った。
「帰る家なんてないのだろう……?」
その言葉は少女には痛く突き刺さる言葉だったのだろう。
少女は歩くのをやめ、立ち止まった。
それでも私は敢えて、その言葉を少女に放ったのだ。
「何があって君が毎晩こんな所にいるのかは聞かない。私も自分の過去のことを人に詮索されるのは嫌いだし、人に話したこともない。だがこんな危険な街に君みたいな少女を一人放っておくことはできない。お節介だと思ってくれて構わない。しばらくは私の家に泊まっていくといい。」
関わらなければ、後味こそ悪いものの余計なことに巻き込まれずにすむ。
その悪い後味を気にするなら警察に通報して、この少女を保護してもらえばいい。
おそらく私は娘に似ているという理由でこの少女を放っておくことが出来なかったのだろう。
娘は8年前に死んだ―――――
妻が死んで間もなくのことだ。
この過去を誰にも語るつもりはないし、語ったこともない。
だが私はそれから今に至るまで8年もの間絶望していた。
この少女に出会うまでは―――――
そしてこの少女に出会わなければ、これから開ける物語の幕も上がらなかっただろう。
†Ash Of Ragjulia† 第二唱「涙」
ふらつきながら少女はこちらへ振り返ろうとした。
するとよろけて、路地裏にあるバケツを倒して自身も倒れ込んでしまった。
「っ……、痛ったあぁ……」
私は察した。
振り返るだけの行動でそこまで労力は使わないはずだ。
実際今までそれだけの行為で倒れてしまう者を私は見たことがない。
この少女は何日も食事すらろくにとれない状況が続いたのだろう。
あと少し遅ければこの少女は飢餓で死んでいてもおかしくなかったはずだ。
「お腹が空いているのだろう。来なさい、うちに帰ったら十分な食事もある。」
少女はまたふらつきながらも精一杯立ち上がった。
私はこの少女に多少無理をさせてしまっているかもしれない。
少女の目は潤んでいた。
人の優しさに久しぶりに、或いは初めて触れたかのような顔をして言った。
「そんな……、私なんか迷惑になると思います。」
私はふと気が付いた顔をしていた。
本当に私に迷惑を掛けたくないという気持ちで言っているのかもしれないが、夜遅くの夜の街でどんなに空腹でも知らない男の家についていくなど普通の少女ならしないだろう。
私はふと微笑んだ。
私がこんな顔をしたのは、ここ何年も妻と娘以外に対してはなかっただろう。
「知らない人についていっちゃ駄目なのは当然だな。でも私としてもこんな危険な街に君を放っておく訳にはいかない。せめて食事くらいはご馳走する。近くのコンビニエンスストアの弁当で構わないかな。」
私のこの言葉に少女はきょとんとした顔をしていた。
「こんびに……えんすすとあ……って何ですか?」
私もコンビニエンスストアの意味を聞かれるのは生まれてこの方初めてだった。
まあコンビニをコンビニエンスストアという私も私だが。
どうやらこの少女は常識をあまり知らないようだ。
しかし人と関わり、今私としているように会話をしていればその程度の常識は身に付くはずだ。
ならば一体いつからこんな生活を続けているのか。
こんな少女にこんな生活を強いる親の心情が私にはまるで理解できなかった。
娘を亡くし、この手で抱きしめたくても叶わないこの私には……………
私はとっさに少女に手を差し出した。
「ぅ……えと……」
少女は戸惑って辺りをきょろきょろ見渡して言った。
「私みたいな汚い格好した子と歩いても、その……、恥ずかしくないですか?」
どこまでも私を気に掛けてくれる子だ。
こんないい子にこの子の親は一体どういう理由でこんな生活をさせているのか。
いや、どんな理由だろうと構わない。
それはどんな理由だろうと決して許されないことだからだ。
私は戸惑う少女に優しく言ってやった。
「気にするな。恥ずかしい所かむしろ誇らしいくらいだ。少しの間でも君みたいないい子の親変わりになれるならな。その格好が恥ずかしいなら私がいくらでも新しい服を買ってやろう。」
やはりどうしても娘と似たこの少女が娘と重なって見えてしまうのだろう。
私はこの子の父親を気取りたかったのだ。
少女はうつむいて涙を流し始めた。
私は慌てて少女を気に掛けた。
「どうした、どこか痛いのか?」
少女は首を横に振った。
私は安心して肩を撫で下ろした。
そして少女は涙を流しながら私の服を握って言った。
「私……、人にこんなに優しくされたこと初めてだったから……」
ふと気付けばその言葉につられて私も涙を流していた。
涙を流したこともこの8年間一度も記憶になかった。
この少女に会ってからまだわずかな時間しか経っていないが、私の中で確実に何かが変わり始めた。
私は無意識の内に少女を抱きしめていた。
自分の娘を抱きしめるように……………
私は少女の手をとって薄汚い路地裏を出た。
いつもは考え事をしながらか、もしくは何気なくこの街を車で走り抜けてしまうから気が付かなかったが、この街から見上げる月は実に綺麗だ。
今日の月は満ちていた。
†Ash Of Ragjulia† 第三唱「名前」
少女はうつむきながら私の手を強く握っていた。
私を気に掛け迷惑を掛けたくないという気持ちはあるのだろうが、もう誰にも捨てられたくないといううったえるような気持ちで私の手を握っているのだろう。
この私だってそうだ。
妻を失い、娘を失い―――――
もう誰も失いたくない。
失いはしない。
私も少女の手を強く握った。
すると少女は私の顔を見上げた。
「おじさん、泣いてるんですか……?」
「いや、大丈夫だ。心配ない。」
私は自分自身気付かず涙を流していた。
この少女と一緒にいると娘のことをどうしても思い出してしまう。
だが―――――
この少女は8年間私の中に空いていた隙間を確実に埋めてくれた。
それだけは確かだ。
少女は路地裏を出てすぐ目の前に止めてあった私の車を指差して言った。
「あれ、おじさんの車ですか!?」
「ああ、そうだ。」
「すごーーい!車なんて私初めてだよ!」
普通車くらいでそんなにはしゃぐ少女がいるだろうか。
しかし私は車にはしゃぐ少女を見て、どんなにしっかりしていても彼女はまだ12、3歳の子どもなんだと、そう思わされた。
すると少女は掴んでいた私の手を離して車に駆け寄った。
「あ……………」
一瞬私の脳裏に離れた少女の手に対する不安がよぎった。
そこまで極端に不安がる必要はない。
彼女はもっと間近で車を見たかっただけだ。
「うわぁ……、すごーい……」
私はまだ少女に大事なことを聞いていなかった。
「君、名前は?」
この質問に少女は戸惑いながらうつむいた。
私はまたも驚かされた。
「ないのか、名前が……………」
「はい、だから今まで友達も出来なくって……、だから……ぅ……」
この子の親はこの子を捨てるだけでなく、名前まで付けてやらなかったのか。
私はまた少女の親に苛立ちを覚え、少女を哀れんだ。
名前がないから、今まで人に名前を呼んでもらうこともなく、故に友達もできなかったのか。
私はふと思い立って言った。
「名前がないなら付ければいい。そうだな……、今日から君は「ハユル」でどうだろう。」
少女はうつむいた顔を上げ、潤んだ目で私を見つめた。
「ハユル……?」
「ああ、そうだ。今日から君はハユルだ。」
どうかしているだろうか。
あろう事か、死んだ自分の娘と同じ名前を与えるとは。
「ハユル……、いい名前だと思います。凄く嬉しいです!」
少女は……、いやハユルは思いの他ハユルという名前を気に入ってくれた。
私はそんなハユルを見て微笑まずにはいられなかった。
私はふとあることに気付いた。
「まだ私が名乗っていなかったな。私は瑪瑙(めのう)だ。」
「めのう……、それって名前ですか……?」
ハユルはきょとんとした顔で私に聞いてきた。
「いや、ファミリーネーム。苗字だ。」
確かに珍しい苗字だ。
まあ、自分の苗字だからそんなことを考えたことはあまりないが。
話を終えると私は車の助手席の扉を開けて言った。
「さあ、そろそろ行こうか。ハユル。」
するとハユルはまたうつむいてしまった。
泣いているのだろうか……………
「どうしたんだ?ハユル。」
「名前を呼んでもらえることが、こんなに嬉しいことなんて知らなかったから……、ごめんなさい。私泣いてばっかりで。」
私はそんなハユルに言ってやった。
「構わない。今まで泣きたくても泣けないこともあっただろう。泣きたいだけ泣くといい……」
「ぅ……、ありがとうございます……」
私はふと夜空を見上げた。
今日の月は満ちていた―――――
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2006/10/22(Sun)18:21:45 公開 / リルフェン
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■作者からのメッセージ
初めまして。
主人公視点のSF(?)ですね。
でもバトル系統のアクションも入れていく予定です。
よろしくお願いします。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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