『俺の空き地が 』 ... ジャンル:リアル・現代 ショート*2
作者:無関心ネコ                

     あらすじ・作品紹介
いつも見ていたあの場所がある。なんでもなくて、どうでもよくて。だけどあの時あの瞬間、間違いなく、俺はそこにいたんだ――あの、空き地と共に。奇妙な後悔の物語

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 あのかさついた地面に花が咲いていた
 
 
 学校からの行き帰りに、いつも見掛ける小さな空き地がある。それは空き地と呼ぶにはあまりに小さ過ぎるような空き地――大きな道の真ん中に、ぽつんと二つ三つ仕切りに囲まれているような、いわゆる「余裕」としての空き地だ。トラックも余裕で4台は通れそうな道の真ん中に、二つ、三つ、水溜まりのように茶色い土がむき出しになっている。かさかさになった土が風に巻き上げられ、不格好なごろごろとした石が転がる――そういう小さな空き地。
 あの空き地は、拒絶している。そんな気がした。何を? わからない。
 大して交通量の無いあの道が何故あれほどまでに広いのかは知らない。後ろ暗い組織的な理由があったのか、合理化の流れでそうなったのか。若過ぎる俺には理解しがたかった。だが、その広い道が含有するその小さな、ぽっかりと空いた空間は、どこかベッドタウン化した街に取り残された『情緒』のように感じられて、なんだか中途半端に日々を過ごしていた俺の目を、自然と引いた。毎日、道の端を自転車で走りながら、かさかさになった土と、ごろごろとした石を見つめる。なんとなく。ただ、なんとなく。
 時として雨が降る。すると空き地は、その空間いっぱいに水を溜める。水をただ側溝に流す周りのコンクリートから一際浮く。ただただ、水をいっぱいに溜める。限界なんて関係ないのだろうか、その空間から水が漏れ出しても、空き地は水を溜める。俺はその横を、自転車で走り抜ける。傘で隠したその顔の中、瞳が横目で追っている。
 翌日になる。前日に溜めた水が嘘のように消えている。それどころか再び土はかさかさに乾き、石はごろりといつものように横たわっている。どういう構造なのか、どうしてそうなるのか、考えなかった。ただ不思議と、納得できた。あぁ、今日は晴れだから、乾いてしまったんだね。好意をもって、理解する。嚥下し、同感する。
 だが月日が流れると俺はその道を通らなくなった。友達との付き合いで通学路が変わるなんて事はよくあること。俺はその道を、使わなくなった。通学路は、ただ学校へ行く為だけの、ただ家へ帰る為だけの――そういう道になった。苦痛ではない。苦痛ではない。苦痛ではない。普通な、だけ。
 三年生になった。空き地のことは忘れていた。めまぐるしくなる生活と、次第に募っていく意味のない怒りのような衝動、焦り、自責の念。翻弄されて、いつしか記憶の片隅に追いやっていた。流れ行く時は決して俺を振り返ったりしなかった。ただ、刻々と進んでいく。ずんずんと、進んでいく。俺も文句は言わなかった。そんなことを言えば、誰かが俺を責め立てるから。『大人になれよ』と、吐きかけるから。
 ある日授業が半日で終わった。三年生も終わりになれば珍しいことでもない。もう、学校からは離れるべき時期だった。俺は友達と一緒に、目前にまで迫った受験の圧力から逃れるように、ぶらぶらと遊び回った。古着屋を回り、ファーストフードで歓談する。疑問も疑念もどこかにあったけど、そんな物は『迷い』か何かだと吹き飛ばした。
 帰り道、一人になる。まだ四時、秋だというのに陽光は少し強く、額に僅かに汗粒が浮かぶ。早く帰ろう、そう思ったとき、ふと気がついた。
 あの道だ
 足が自然と向いていたようだった。なぜか気分が沈んだ。久しぶりだなぁとは、笑えなかった。少し伏せぎみに顔を傾けて、走る。走り抜ける。ペダルを強く、踏み付けた。
 あの、空き地に差し掛かる。見たくなかった。理由は、あるのかもしれない。でも、わからない。『見ろ』『見たくない』。瞳が揺らぐ、首が二つの意思の命令に戸惑っている。ペダルをこぐ足が鈍くなる……僅かに、少しだけ、頭が持ち上がった。
 
 視界の端から、さ――と通り過ぎた、鮮やかな一輪の華
 
 
 ブレーキをかけた。自転車が止まる。俺は振り向き、あのかさかさに乾いた空き地に、花が咲いているのを見た。
 赤ともピンクともつかない――目にもふわりと揺らぐ花弁。風に、揺れる。活力に満ち、しかし茎から下は、枯れていた。半分枯れた花の、だが見事にピンと立った姿。 
 
 
 呆然としていたことに気がついた時、俺はカッと体が熱くなって、慌ててサドルをまたいだ。何をしていたのかわからない。恥ずかしくて、なんだろうか、何かがうずく。
 ペダルを踏み込む。焦っていた。この場にいてはいけない気がした。それと同時に、ずっとここにいたかった。
 俺は奇妙な迷いを払拭するように、バッと顔を上げ、前を見据える。ペダルをまた、強く踏み込――
 老人が、空き地に爪をたてていた
 老人はそのかさついた指で、かさついた地面を、掘っていた。何も考えていないような、深い情感に打たれているかのような表情で。穴を掘り終えると、老人は傍らにおいてある苗を手に取った。そっと、植える。
 自転車は老人の横を過ぎ去った。
 俺は、老人を見失った。
 視界から、無くしてしまった。
 俺は走りながら、自分の指を見た。若々しく、張りのある、力に溢れた、若者の指。
 
 
 それがどうした?
 
 
 あの老人は、また土を掘り返すのだろう。あの、物も語らぬ偶像のような表情で。苗を植えればまた掘り返し、かさついた指を地面に食い込ませる。そして、緑濃く生き生きとした苗を、荒れたその地に再び植える。
 
 俺はあの時、毎日見ていたのに
 俺あの時、毎日思っていたのに
 俺はあの時から、ずっと未来を望む青年であったのに
 
 
 
 今、俺は前を向いていない
 
 
 ただ、過ぎ去ってしまった老人の影は、もう
 
 
 
 
 
 
 

2006/10/19(Thu)03:37:36 公開 / 無関心ネコ
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■作者からのメッセージ
[10/8/メイルマンさんの意見を受け、若干修正]
皆さん、お久し振りです無関心ネコです。
懲りずにまた小説を書かせて頂きました。今回は純文学風SSです。オチがないようなあるような、変な話です。
どんな感想でも問題提示でも、どんっと投げてやってください。無関心ネコはそれを優良な糧とし、さらなる高みに昇りたいと思っております(今だってそんな高い位置にいねーよお前!)。
最後に、お読み頂き、本当にありがとうございました。あなたが使ってくれたその時間は、決して無駄には致しませんm(_ _)mホントに

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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