『ドコカーナ物語 王様海に行く 〜二章』 ... ジャンル:お笑い ファンタジー
作者:一徹                

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一章



 昔々あるところ、とても大きな大陸の真ん中に、ドコカーナというとても小さな国がありました。
 あるとき、ドコカーナ国の王様は思い付きを口にしました。
「海に行きたい」
 海。
 ドコカーナは大陸の中心、つまり内陸に位置していましたので、海に行くためには国を出なくてはいけません。これはどうしたことか、と大臣らは話し合いを始めました。
「最近物騒になってきたからなぁ」
「東と西の大国がまた戦争だってさ」
「物騒だなぁ、物騒だ。というか我々挟まれてるぢゃないか」
「じゃあ南だ」
「南は大の付く砂漠で、その上東と西のてこずるような少数部族がたむろしているぞ」
「じゃあ北だ」
「標高ン千メートルの山々が軒を連ねている。登山は困難だ」
 んんー、と臣下たちは考えに考え、城下に住む大工に命じて風呂桶を作らせました。
 それに「海」と書き込み、
「王様ー、王様ー、「海」ですよー」
「マジかよ!」
 王様は喜び勇んで海パンに着替え、縦横三メートル、深さ五十センチの「海」に飛び込みました。
「あいてッ!」
「王様! まだ水を張っておりませぬ」
「おっちょこちょいだなぁ、王様は」
「いや〜、なんか我を失ってしまったな」
 あはははは、と王様と臣下らは笑いあいました。
「では、水を入れますね。精霊術師さん、お願いします」
 呼ばれてやってきたのは、立派なアゴヒゲを蓄えた老人でした。
「ささ、水を」
「…………」
 老人は鷹の目のような鋭い眼光を臣下たちに向け、
「私は精霊術師ではありませぬ」
「ははぁ、でも確か精霊を使うと……」
「精霊を契約を交わし、精霊そのものを扱う者を、精霊使いといいます」
「精霊術師とは違うものなのですか?」
「ええ」
「どんな風に?」
 聞かれ、精霊使いはこう確認します。
「少し長くなりますが、よろしいですか? まず初めに……」
「ダメです」
 臣下らは即答しました。
「難しい話は分かりませんので」
「…………」
 今まで厚遇されてきただろう高名なる精霊使いは、この扱いの素っ気無さにきゅっと口をつむぎました。
「……では」
 精霊使いは気を取り直し、左手薬指青い宝石の付いた指輪を、風呂桶「海」に向かって向け、念じました。
「うぉおお!」
 するとなんということでしょう! 「海」の底から見る見るうちに水が溢れてきたではありませんか!
「すっげ、マジずっげ!」
 王様は興奮しました。
「彼女は湖の精霊です」
「え? 生きてるの?」
「もちろん」
「入っていいの?」
「沐浴するのは性分そのものですので、問題ありませんよ」
 ひゃっほう! と王様は「海」に頭から飛び込み、
「ぎ……!」
 頭部をしたたかに打ちつけました。首、変な方向に曲がりました。
「やべぇ、ウケる」
「だ、大丈夫ですか王様!」
「ち、畜生、海だと油断してたら!」
「深さ五十センチしかないの、見たら分かるでしょうが」
「見えぬところに真実があるってね。あ、今俺いいこと言った? ねえねえ」
「その前に百度くらい曲がった首元に戻そうよ」
 気を取り直して再度挑戦です。
 ひゃっほう! と王様は「海」に再度頭から飛び込み、
「げぎゃ……!」
 頭部をしたたかに打ち付けました。見た感じヘこんでます。
「だ、大丈夫ですか王様!」
「耳からミソが、耳からミソが!」
「おっかしいなぁ、海じゃなくて川が見えやがらぁ。お花畑だぁ、うふふ、あれぇ? そこにおわすは曾祖父さん?」
「おぉ、王様が微笑んでいらっしゃる!」
「いとうれしきことかな」
「ワザ≠ナなく素≠ナ飛び込むあたり、国王としての器の深さを感じるなぁ」
「あはははははははははははははあはっはっははははははははははははははははあハハハハハはアアハハハハハハハハハハハハはあはああはははははははははあああははははははは」
 臣下たちは、愛しき王様が楽しそうに笑ってぴょんぴょん飛びまわっているのを、恋人の微笑みのそれを浮かべ見守っていましたが、突然「死ねェ!」と一人中空を掴みバックドロップをし、寝技に持ち込んだあたりになって止めました。
 慌てて「海」に漂う王様のミソを掬い、耳から流し込みました。
「これでよし!」
「一二割り頭部がふくれた感がありますなぁ」
「これぞ正しく水ぶくれ」
「うわ、ここンとこブヨブヨしてる。赤ちゃんの頭みたーい」
「押すなよ、また出てきちゃったじゃないか、ミソが」
「ちょ、みんな、これを飲んでみてくれ。――濃厚な味わいだ!」
「ホントです、カニミソなんて目じゃないですよ!」
「カニバリズムはマズいって」
 そんなこんなで、王様はどうにか生死の境から帰還しました。
「うん……なんか、頭が重い……」
「賢くなった証拠ですよ、王様」
「え? マジで? 賢くなった? じゃあなんか問題出して」
「三×八=?」
「二十四」
 臣下たちはざわつきました。
「な! バカな、王様が九九を言えるようになるなんて!」
「奇跡だ、奇跡が起こったのだ!」
「もっと問題出して」
「七×六=?」
「四十二」
「な、七の段も答えられるなんて……」
「今度は難しいですぞ、王様。
 十二×七=?」
「八十四」
 おおー、と歓声が上がります。
「ですがサスガにコレは答えられますまい。
 十二の十二畳は?」
「8916100448256」
「わぁ! まるで電卓使ってコピーしたみたい!」
 臣下たちは王様を褒め称えました。
「おいおい、照れるじゃないか、褒めたって何もでないぜ?」
 えへへ、と王様は頭を掻きながら、懐から金貨をばら撒きました。
 臣下らは待ってました、といわんばかりの勢いで我先に金貨を拾います。
 拾いながら、臣下らはひそひそ話をしました。
(計算能力は上がろうと、損得勘定は上手くできんなぁ)
(そこが王様のよいところではあるのだが……いかんせん、度が過ぎている)
(昔からバカにされてきたからだろうな、王様、ちょっと褒めたり優しくすると、青天井に上機嫌になられる)
(特に女性が相手となると……)
(防御マイナス百倍、という感じか)
(人柄はいいのだがなぁ……あまりにもバカだから……)
(早くいい人が見つかればいいんだがなぁ)
 一方王様は、今度こそ落ち着いて「海」に浸かりました。
「はぁ、これが海というやつか……なんだかなぁ、違う気がするなぁ」
 うぅん、と腕を組み考えていましたが、はっとあることに気がつきました。「そうか!」と城へと入っていきました。
 帰ってきた王様の手には袋が。袋には「食塩」とあります。
「お、王様何をなさるつもりで……」
 精霊使いは聞きます。
 まさか、と思ったその一瞬が命取りでした。
「とりゃあ!」
「ああッ!」
 王様は「海」に食塩を放り込みました。するとどうしたことでしょう、まるでナメクジに塩をかけたように、「海」に蓄えられていた水が見る見るうちに、もっとサラサラしたものに分解され、消えて無くなりました。
「あれ? 無くなっちゃったぞ」
 精霊使いは絶句し呆然とていましたが、ぱりん、と指輪についている石が割れると、意識を取り戻し声を荒げ王様に詰め寄りました。
「ど、どうしてくれるのですか王様!」
「え? え?」
「彼女は湖の$ク霊といったではありませんか! 湖とは淡水、それをいきなり塩水に変えればどうなるか想像できなかったんですか!」
「あー、ちょっと想像力不足で」
「どうしてくれるんですか! 契約が切れてしまったではないですか!」
「契約が切れたってどゆこと? 死んじゃったの?」
「死んだのではなく、湖に帰ったのです。彼らは契約違反に厳しい。また契約を結んでもらうために、どれほどの時間が必要か!」
「あー、それはご愁傷様ですなぁ」
「他人事みたいに言わないで下さい!」
「他人だしなぁ」
 その後精霊使いは散々文句を言いましたが、王様にいっても何の解決にならないとようやく分かり、城を出て行きました。
 王様も王様のほうで、
「取り返しのつかない失敗で、くよくよ悩んでもしかたない」
 と精霊使いのことはキッパリ忘れて、本題に頭を悩ませることにしました。
「海だよ、海。どうやら、これは海になりえないようだ。というか俺は「海に行きたい」のであって「海を造ろう」だとかいう大それた試みは無駄な気がする」
「まったくもってごもっとも」
「先にそれ言おうぜ、王様」
「そうですよ、風呂桶作った意味ないじゃないですか」
「骨折り損のくたびれもうけ≠ニいうやつですよ」
「上七文字は正しく言葉通り」
 臣下たちの文句に耳を傾けながら、王様は水ぶくれした頭でようく考え、
「というか冷静に考えたら、「行きたい」んだったら行くしかないんじゃないか?」
 至極当然のことを言いました。




 ですがこの世にはモンスターという大変危険な存在がいました。
「いや、大丈夫だって」
 一度は王様もそういって一人で平原に出陣なされたのですが、いかんせん王様は弱かったので、三日としないうちに近所の幼馴染の貴族に保護され、城に送還されることになりました。
「毎度毎度愉快な人ですねえ」
 近所の貴族も慣れたものでした。ついでに領地の畑で取れた野菜を持って行きました。
「俺野菜嫌いなんだよなー」
「バランスの取れた食事をしないと生活習慣病にかかってしまいますよ、はい、アーンして」
「ムリに詰め込もうとしてんじゃねーゲボハッ!」
 貴族はいろいろ王様の世話を焼きました。
 いつもならコックにどれだけ言われても残す野菜類を、肉を豚の腸に詰めるような勢いで王様の胃袋に詰めたり、城下の子供と同レベルで停止してしまった王様の学力回復のために毎日何時間か勉強を教えたり、それがムリだと分かると王様をアザラシにみたてDHCをタップリ含む川魚を大量に飲ませたり、頭のよくなる香炉を焚いて「頭よくなれ」と催眠術をかけたり、焚いた香炉が実は別のもので長時間吸引すると頭が悪くなるという効能があったり、その効能を打ち消そうとして焚いた香炉が実は体の一部が膨張するという効き目で、いつぞやの以上に王様の頭が膨れ上がったりしました。
「今、俺は何かとても頭が賢い気分だ」と王様はとても賢げにかつぜつよく早口で言いました。「一×一=二! 四×八=十二! 九×七=十六! なんてことだ、こんなにも素早く計算ができるなんて!」
「おめでとうございます王様!」
「これで間違いなく足し算ができるようになりましたね!」
 臣下たちは褒め称えました。
「算数だけじゃないぞ。他にも他にも脳の奥底から溢れるように知識が溢れてくる! 猿も気から病∞虎の医の不養生∞急がば高速超特急=v
「お見事です王様。これで国語は百点ですね、一万点中」
 それでは王様の頭良さは有り余っていました。
「そうだ、物理だ。この世は支配する絶対法則で身がつけよう!」
 王様は間違っているくさい言葉使いで決意しました。
 そしてピョンピョン跳ね、「これが重力か、しかし全然分からないなぁ」
 すると王様は木から落ちるリンゴを一目見、ピーンと何かに気付いた瞬間ナイスキャッチ、「コレが重力だ!」と一声叫んで親の敵のように地面にぶつけました。
「お見事王様、王様は世界を超越しました!」
「では次に終端速度だ!」
 言うなり王様はあたりを見渡し、開いている窓から勢いよく外へと躍り出ました。
「そう、終端速度とは空気抵ブバァッ!」
 王様の住む城はちょっとした金持ちが住む絶対城とはいえない城でしたので、終端速度を迎える前に王様の体は地面にぶつかられました。後首も変な方向に曲がりました。
「だ、大丈夫ですか王様!」
「ミソが、ミソが耳から溢れてるゥッ!」
 臣下たちは慌てて溢れたミソを王様の耳から戻しました。土とか砂も一緒です。
 大地のエネルギーによって頭がさらに膨れてまるでマリモのようになった王様は、ぼうっと虚空を見つめ、
「すごく頭が冴えてサッパリしている。何も考えられない……」
 ぱたん、と糸が切れたように倒れました。


 体の頑丈な王様は、一日寝たら元に戻りました。頭を触ると、じゃりじゃりと異物の感触がしましたが、見てくれは違和感ありません。ときたま奇声を発しながら「かゆい、頭がかゆい」と血が出るまで頭皮を掻き毟ったりしましたが、それさえも日常の一部でした。
 気を取り直して海です。
「陸路は難しいなぁ」
 王様がうんうんうなって悩んでいると、
「いい方法があります」
 臣下の一人が提案しました。
「これです!」
 臣下が引っ張り出してきたのは、黒い大きな筒です。
「大帝国時代に使われていた大砲です」
「あ、俺気付いちゃった」王様は賢明ッポイ頭脳で閃きました。
「これで空路を使うわけだな!」
「さすが王様、普通では考え付きません!」
「当然さ、だって俺は王様なんだから」
 王様は急いで砲身に入ろうとしました。
「待ってください王様」
「なんだ」
「まだ火薬が」
「火薬入れるのか。だったらよく飛ぶようにタップリ入れろよ」
 分かりました、といって臣下たちは火薬を詰めました。
 準備が完了して、王様が御身を砲身に入れようとするのを、
「王様、少し待ってください」
 貴族が止めました。
 貴族は、「まずこの大砲がどのような性能を発揮するのを確かめたほうがいいのではないですか?」と助言しました。
 王様はなるほどなぁ、と素直に頷き、
「よし、行け」と一人の臣下に砲弾となることを命じました。
「え? これ危なくないですか?」
「大丈夫だろ、空飛ぶだけだし」
「それもそうですよね」
 安心した臣下を砲身に詰めイグニッション!
 臣下は笑顔のまま真逆の方向に撃ち出され、絶対城じゃない城にダイレクトシュート! 元々頑丈でなかった城は、紙くずのようにエクスプロージョン!
 パラパラ、と破片が頭に降り注ぎます。
「よし」と王様は強く頷きました。
「空路確保完了!」
「流石です王様、もう妨げるものはありません!」
「じゃあそろそろ俺の番だ。あぁ楽しみだな、ようやく海にいけるんだ!」
 王様は再び砲身に入ろうとし、
「待ってください王様」
 また貴族に止められました。
 貴族が言うには、「王様が海に着いたときそこに人がいたら危ないでしょう? そうならないために、先に人を送っておくのがいいのでは?」
「貴族は賢いなぁ」
 王様は激しく同意し、
「よし、行け」と一人の臣下に砲弾となることを命じました。
「えー、でも壁にぶつかるのヤですよ」
「ほら、よくみろ、もう妨げる城はないぜ」
「どこまでも広がる青い空があるだけだよ」
「海に着いたら海の家で飲食スペース確保お願いしますね」
 一人の臣下はみんなの期待を一身に背負い、目にも留まらぬスピードで射出され燃え尽き、真っ直ぐな飛行機雲を青のキャンバスに残しました。
「うぉ! 煙になっちった」
「た〜まや〜」
「いとみやびなり」
「王様のために身を粉にして献身したのですね、彼」
 その光景を見ていた王様は、
「よし」
 力強く頷き、砲身に入りました。
「頼む、火付けて!」
「よし来た!」
「王様のために特別製の火薬を使いましょう!」
 臣下らは火薬の性能を三倍に量を五倍にし、シュッとマッチを擦りました。
 途端。
 カミナリが落ちたとき以上の轟音と共に、網膜を焼く白光が彼らを包み込みましたとさ。



二章



 それはさておき海です。
「空路はダメなようです、王様」
「となれば陸路だ!」
 と王様は再び単身平原へと出発しました。
 一週間後、また貴族に保護されて戻ってきました。
「ちょっと考えなしだったな、俺」
「ドンマイですよ、王様」
 王様と臣下らが途方に暮れていると、
「ならば王様空路なんてどうですか?」
 臣下の一人が黒い筒を持ってきました。
「鍛冶技術の粋を結集し造った特別大砲です。いつぞやみたく暴発はしませんよ」
「やったね!」
「では試しに私めが射出されてみますね」
 と臣下の一人が砲身に詰まりました。
「点火!」
 ドン、という音、衝撃と共に発射された臣下はやっぱりすぐに燃え尽きました。
「あっちゃぁ、消えちゃったよ」
「二度あることは三度あるとはいいますけど、まさかまた消えるとはなぁ」
「オドロキです」
「となると、四度目もまた消えちゃうんじゃないだろうか」
「その確率は高いんじゃね?」
「いやしかし四度目の正直、というコトワザもあるぞ」
「おまえは博学だなぁ」
 臣下が大砲の有用性を議論している隙を突いて、
「よし」
 王様は大砲に搭乗しました。
「火ィつけて、火」
 いつ止めるか見ていた貴族でしたが止まりそうにないので、止めることにしました。このままエンドレスにループするのは時間の無駄でした。
「待ってください王様」
「なんだね貴族」
「こんなこともあろうかと、陸路を共にする護衛を用意していました=i笑」
「なんて気が利くやつなんだ貴族は!」
「流石です貴族様、タイミングというものを熟知していらっしゃる」
「王様のよき理解者ですなあ」
 わはははは、とみんなで笑いあいました。
 貴族はさっそくその護衛を呼びつけました。
 現れたのは二人の男です。
 一人は二メートルにも及ぶ長い刀を背負った細身の男。
 ガキン。
 それが入り口のところに引っ掛かり、真っ二つに折れてしまいました。
「…………」
 貴族、臣下たちの冷たい視線にさらされつつ、細身護衛は二つに折れた刀を両手に構え「二刀流!」と叫びました。刀の半ばを握る左手からは血が滴り落ちています。
「なるほど二刀流か!」
 唯一王様だけが、カッコイイ、と拍手を送りました。
 一人は身長が三メートルはあろうかという筋肉大男。肩幅も大きく入り口のところで詰まってしまいました。
「…………」
 筋肉護衛は困った顔をして、その後すぐに何事もなかったかのように入り口を粉砕し入室しました。
「アッ、なんてことを!」
 臣下たちは青い顔になりました。
「?」
 ズゴゴゴゴゴゴ。絶対城じゃない城が振動します。
「すっげ、地震だ地震だ!」
 うわーい、と王様だけ喜びぴょんぴょん跳ねていましたが、揺れによって崩れた天井の破片を頭に受け、逝ってしまいました。
「王様、ふざけている場合じゃないっすよ」
「ほら、わけの分からない破片をいつまでも頭に突き刺してないで、起きて起きて!」
 臣下たちの声に王様はぴくりとも動きません。ですが貴族が「詰めますよ」と唇に触れると、まるで起き上がり小法師のように立ち上がり「もう緑黄色はマッピラだ、DHCもいらない」と悲痛な訴えと共に帰ってきました。
「それより王様大変です」
「むしろ王様が変態です」
「どうした、これは何事か」
 臣下たちは「十分な活動スペースを確保するため城の柱の数を必要な数の十分の一に減らしている」と告げました。
「割り算は不得意でなぁ」
 どういうことなのか、王様には理解できませんでした。
「つまり、本来城には二十本の柱が必要なんですが」
「造られた当初から二本しか備わっていない、ということです」
「つまり、さっき筋肉護衛がぶっ壊した柱が……」
「その二本のうちの一本ですね」
「じゃあアレか、もう一本柱は残っているというわけか」
「見事な引き算です、王様」
 途端、城の振動が止みました。
「さようで」
「もし二本とも折れていたら、我々は瓦礫に押しつぶされ、日の出を拝むことは二度と叶わなかったでしょう」
「不幸中の幸いでした」
 よかったよかった、と王様と臣下たちは笑いあいました。
「ところで王様」
「なんだ」
「その最後の一本なのですが、さっきのがそれです」
「? お前の言わんとしているところが分からん」
「二本のうち一本は、先日大砲によって射出された臣下の一人によって破壊されちゃってサ」
 みし、と城が軋みました。
「それは大変だなぁ。
 ところで臣下たちよ、柱というのは合計三本あるのか?」
「二本ですよ」
「二本折れたらオシマイです」
 そうか、と王様は頷き、
「なんかな、たぶん計算間違いだと思うんだが……前に一本折れて、今折れて、計二本折れてない?」
「見事な足し算です、王様」
 ぐしゃ、と。
 城は主ごと潰れました。



 王様は不死身でした。ついでに臣下たちも不死身でした。貴族と二人の護衛はとっくに城の外に出ていたので無傷でした。
 医者に王様の傷を見せると「脊髄が切断されている。もう歩けるようにはなるまい」と診断されましたが、次の日には治りました。臣下も何人か植物状態に陥りましたが、お見舞いにきた王様が誤って気管のほうにお見舞いの品のリンゴを(丸々一つ)詰めようとすると「こりゃたまらん!」と飛び起き、逆に王様に飲ませてあげました(注* リンゴは飲むものではありません。丸呑みは絶対にやめましょう)。人間の体って不思議なものですね。
「見て見て、リンゴが喉に引っ掛かってまるでノドボトケのよう」
「男の中の男になられましたなぁ、王様」
「次はメロンを飲んではいかがですか」
「いえいえスイカのほうが大きいですよ」
 そこに貴族が領地で育てたお化けカボチャを持ってきました。
「コレなんかどうでしょう、王様」
 縦横一メートル超、高さも一メートルに及びそうな逸品で、その重さは五百キロ。今年度巨大カボチャコンテストに入賞したお化けカボチャの勇者でした。
「よし来た!」
 王様は飲み込もうとしましたが、上手く行きません。
「ん〜、何かよい方法はないだろうか」
 茂みのほうからガサガサと音がしました。行ってみると、そこにはウサギを一飲みしたヘビがいました。
「どうしてヘビは自分の口より大きな獲物を呑むことができるのだろう?」
「それは顎を外しているからでしょ、王様」
 顎を外す。
 王様はピーン、と来ました。
 王様もヘビにならって再トライしてみることにしました。
 なんということでしょう、縦横高さおよそ一メートル、重さ五百キロあったお化けカボチャは、見事王様の胃袋に収まってしまったのです!
 これにより王様の体型は、キノコのようになってしまいました。というか王様はキノコでした。むしろカボチャでした。
「まるで浮き輪みたいっすよ、王様」
 浮き輪、と聞いて王様の心は海の色に染められました。けれど五百キロのカボチャは王様を活動不能にするのに十分すぎるおもりでした。立つことは不可能、すわれば骨盤が砕けるのは必至でしたので、常時寝たきりでないといけませんでした。
「そうだ、あの筋肉護衛に運んでもらうのはどうだろう」
 王様は筋肉護衛を呼びつけました。
 筋肉護衛は城を壊してしまったことに負い目を感じているらしく、王様の願いを快諾しました。
 ですが五百キロは筋肉護衛にも決して軽いものではありませんでした。いえ、持ち上げることができます。しかし彼自身四百キロ近くある巨漢なので、歩くと片足に九百キロ近い重量が掛かり、地面を砕いて上手く歩けないのです。
 筋肉護衛はいいことを思いつきました。持ち上げられないなら転がしてしまえ、と。
 筋肉護衛はまるで球転がしのように王様を押しました。ぽん、というくらいの勢いで押された王様でしたが、場所が場所でした。城は丘の上にあり、街の外までずっと傾斜していたのです。
 王様は加速しました。加速し続けました。風になりました。当たればどちらかが死ぬ死の風に。もしも胸のカボチャ部分に当たれば当たった人が死にますし、首がどこかに引っ掛かれば王様のほうが死にます。まぁ王様は死なないでしょうが、一般人が死んでしまうかも知れませんでした。
 と王様の進路に細身護衛の姿が。新調したばかりの長刀を手に持ち、顔をほころばせています。
「ヤッホオオオォォォォオオオオオオオオ!」
 ガキン。
 王様は、細身護衛の長刀を発射台とし、青い空へと飛び立ちました。そのとき長刀も折れてしまいました。
 空へと飛び立った王様は、なんということでしょう、偶然にも、ちょうどそのときドコカーナ城の上を旋回していた巨大ワシ(翼を広げた長さ五メートル)に捕獲されてしまいました。そしてそのまま巨大ワシが住む北の山脈に連れ去られてしまいました。
 一部始終を見ていた臣下たちは、まるでコントのような光景に、わっはっは、と涙を流して大笑いをしました。
「いとあてなり」
「マジで受けるし!」
「グッドタイミングですよ王様、普通ならありえないですよ」
「フェイトに愛された男ですなぁ」
「お土産は北国名産のカニをお願いしまーす」
「いやいやぁ、そこは白い恋人だろ〜」
 国家存亡の危機でした。


 王様はさておき、ドコカーナの城下に二人の男が対峙していました。
 といっても、一人の男がもう一人の男にギャアギャア文句を垂れているという構図です。
「貴様、この折れた長刀をどうしてくれる。高かったんだぞ、ホントだぞ、世に名だたる業物なのだぞ! 後ついでに王様も飛んじゃったではないか!」
 筋肉護衛はただ果てしなく広がる青い空を見上げ、物思いに耽っていました。細身護衛一五六センチ、筋肉護衛三二三センチ。二倍以上の身長差は埋めがたく、筋肉護衛の視界に細身護衛の姿は映っていませんでした。
「ええい貴様、我を無視するな、愚弄するな!」
 しかし筋肉護衛は聞いていません。
 空を見上げ、
「……さすが王様、空をも飛べるのですね」
 とこれから仕えることになるであろう主君の偉大さをかみ締めていました。
「ッく、よかろうここで手打ちにしてくれる!」
 細身護衛は真っ二つに折れた長刀、もとい中刀を抜きました。
 市街地で。
「君、君、なんて物騒なものを振り回しているのかね」
 ちょうどそこに巡査がやってきました。
「ちゃんと刀剣所持証持ってる? ん? あ、もしかして冒険者だとか。それなら冒険者免許見せて」
「いや我はただの剣士だ」
 なるほどお、と巡査は微笑み、
「連れてけ」
 部下に細身護衛の連行を命じました。
「何をする、貴様無礼だぞ!」
 構わず細身護衛は巡査に刀を向けました。
「あ、もしかして反抗する気?」
 巡査は笑みを崩さず、懐から黒光りする拳ほどの銃を取り出し、
 パン。
 威嚇もせずに撃ちました。足の甲を。
「ぐぁあああああ!」
 うずくまる細身剣士のこめかみを、巡査のかかとがしたたかに打ちました。軽い身体はボールのように跳ねて転がりました。
「う、ううう……」
「これが武力行使が許される正当防衛というやつですわ。頭の固い熱血漢は憶えておいたほうがいいでしょうねぇ」
 ははははは、と巡査は高らかに嗤いました。
 呆然とする細身護衛は巡査の部下らに引きずられながら連れて行かれました。
 残された筋肉護衛は、最後まで細身護衛には気付かず、
「……そうだ、王が帰還なされるそのときまでに、立派な城を建てておこう。そうすれば、きっと許してもらえるはず……」
 決意を固め、残骸と化した城跡に向かい歩き始めました。



 一ヶ月たって、ようやく臣下たちは王様がいないことに気がつきました。
「なぁ、王様見てないか?」
 臣下たちは皆見ていないといいました。きっといつものように、一人かくれんぼをしているに違いないと踏んでいたのです。大ワシにさらわれたことなんて微塵も憶えていませんでした。というかあんな滑稽な光景を見せられ、臣下たち全員マトモに取り合っていなかったのです。
「貴族から連絡がないということは、街から出てはいないんだろうけど……」
(王様は街を出るたび、モンスターに襲われたり食糧難で餓死しそうになったりして、貴族のもとに転がり込む習性がありました)
「まぁ王様のことだ。お腹がすいたら帰ってくるでしょう」
「きっと丸呑みしたお化けカボチャがいまだ消化できてないんじゃないですか」
「アレだけのカボチャ、全部消化し尽すには三ヶ月はかかるだろうなぁ」
 半年がたちました。
 半年という月日は、頭のネジが二三百本外れている臣下らから王様の記憶を無くすには、十分すぎました。
「なんか忘れているような気がしてならない」
「なんだったっけなぁ……」
「くわえて、いかんせん物足りなさを感じてしまう」
「こう、喉まで出かかってるんだが……」
 んーんー臣下たちはうなり、今の季節が春だと分かると、はっと気付きました。
「そうだ! 花見だ!」
「なるほど、道理で物足りないわけだ」
 臣下たちは城下の公園で酒を浴びるほど飲みました。みんなで作ったおにぎりから揚げ団子は思いのほか評判がよく、はらはらと散りゆく桜と相成って、いい思い出になりました。
 臣下のうち何割かはそれで満足しました。
 満足できない臣下たちは、またんーんー悩みました。
「今年の花見はさびしかった気がする」
「去年は盛り上がったよな。一昨年も」
「確か、酔って全裸で城下中を走り回ったバカがいたっけ」
「何でだ? 赤の他人のはずなのに追い掛け回していた記憶がある」
「君の趣味は特殊だなぁ」
「まったくだ!」
 わっはっは、と臣下たちは笑いあいました。
 そうこうしている間に夏になりました。
 この頃には、臣下の半分以上が「忘れている何か」に関心を払わないようになっていました。
 残った半分の臣下たちはんーんーうなり、今の季節が夏だと分かると、はっと気付きました。
「そうだ! 海開きだ!」
「あ! 思い出した、おれたちは海に行かないといけなかったっけ」
 臣下たちは護衛二人を引き連れ、南の砂漠を越えて海岸線にたどり着きました。
 臣下たちは、始めてみるどこまでも広がる青い海をいたく気に入り、一ヶ月ほどヴァケーションにしゃれ込みました。
 その間いろいろな魚介類が獲れたのですが、その中にカニがありました。
「おぉ、これがウワサに訊く海ガニか!」
「特にそのミソは、川や湖で取れるカニと比べ格別に美味しいといいますね」
 臣下たちはミソを貪るように食べました。
 けれど、全員が全員、思っていたより美味しくないと答えました。
「んー、美味しいのは美味しいんですけどねぇ」
「もっともっと美味しいミソを食べた経験があったようななかったような……」
「物足りない。あのミソは、もっと濃厚だったなぁ」
 カニは不満の残るものでしたが、他は十分満足の行くものでした。
 臣下たちがドコカーナ王国に帰るころにはもう初秋。日が沈むと、秋のさわやかな風が頬を撫で、コロコロと虫が鳴く季節となっていました。
 さすがに季節が一巡すると、臣下全員忘れた何かに興味を失っていました。
 それより今は実りの秋。食べることが優先です。
「栗ご飯が食べたいですよ」とある臣下が口にしたので、豊かな森を領地に持つ貴族に頼んで、栗を持ってきてもらうことにしました。ついでに貴族はたくさんの野菜を持参し、その中には縦横一メートル、高さも一メートルに及びそうな、オレンジ色のお化けカボチャの姿がありました。
「お、王様ッ!!!」
 ここにきて、ようやく臣下たちは王様の存在を、フラッシュのように一瞬にして思い出せたのでした。
 臣下たちは慌てふためきました。自分たちが仕えるべき君主を一年間も放っておいたなんて、まるで王様みたいでした。
 一刻も早く王様の救助をすべく臣下たちは作戦を立てました。
「王様はなんでいなくなったんだったっけ?」
「あー、えと、なんだったっけ……」
 ものすごく記憶はおぼろげでした。
「あ、思い出した。
 お化けカボチャを丸呑みして、転がっていったからだ」
 そこで臣下たちは、自分たちもお化けカボチャを丸呑みして転がっていく作戦を立てました。
「一年もすれば追いつくぞ!」
 確固たる自信がありました。何せ王様は一年前に出発したのですから、一年かければ追いつけるのは道理だ、と彼らは考えていたのです。
 臣下たちはお化けカボチャを飲み込もうとしましたが、上手く行きません。
「何かいい方法はないだろうか」
 すると茂みのほうからガサガサと音がしました。行ってみると、そこにはウサギを一飲みしたヘビがいました。
「なるほど! 顎を外せば自分より大きなものも飲み込める!」
 臣下たちは真理に到達しました。
 なんということでしょう、縦横高さおよそ一メートル、重さ五百キロあったお化けカボチャは、見事王様の胃袋に収まってしまったのです!
 これにより臣下たちの体型は、キノコのようになってしまいました。というか臣下たちはキノコでした。むしろカボチャでした。それが十数人ズラリと並ぶ様は、滑稽を通り越して異様でした。
 臣下たちは筋肉護衛に自分たちを押させました。臣下たちは、ゴロゴロゴロゴロと城下を転がっていきました。ときたま一般人を轢いてしまったり、壁に当たって首が微分不可能的に折れ曲がってしまったりするアクシデントが起こりましたが、些細なことでした。
「全てはぁあああ、王様のためぇええええ!」
 と一人臣下の進路に細身護衛の姿が。懲りずにまた新調したばかりの長刀を手に持ち、顔をほころばせています。
 ガキン。
 臣下は、細身護衛の長刀を発射台とし、青い空へと飛び立ちました。そのとき長刀も折れてしまいました。
 空へと飛び立った臣下は、なんということでしょう、偶然にも、ちょうどそのときドコカーナ城の上を、巨大ワシは旋回していませんでした。臣下は綺麗な放物線を描き、地面へと吸い込まれていったのです。
 それを見ていたカボチャでない臣下は(お化けカボチャの数に制限がありました)あることを思いつきました。
「分かった!」と手を打ち、黒い大砲を持ってきました。
 臣下はそれに自らを詰め、火をつけさせました。
 ドン、という音、衝撃と共に発射された臣下はやっぱりすぐに燃え尽きました。
「あっちゃぁ、消えちゃったよ」
「三度あることは四度あるとはいうけど、まさかまた消えるとはなぁ」
「オドロキです」
「となると、五度目もまた消えちゃうんじゃないか」
「その確率は高いんじゃね?」
「いやしかし五度目の正直、というコトワザもあるぞ」
「おまえは博学だなぁ」

2006/10/06(Fri)16:55:28 公開 / 一徹
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■作者からのメッセージ
 一人の友人には「やヴぁい、おもろすぎるww」と好評でした。
 大抵の友人には「何が面白いのか、分からない」と不評でした。
 全員の友達には「どこにいくのか、分からない」と声を揃えて言われました。
「ほら、題名にもあるだろ、「王様海に行く」って」
「そういうことでなく」
 そんなこと言われても、コメディなんだから、ねぇ?

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