『理由』 ... ジャンル:ショート*2 恋愛小説
作者:神田 (元HAL                

     あらすじ・作品紹介
早く、ここから去りたい。でも、もっと居たい。

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 窓際の一番後ろで、彼女はいつも外を見ていた。クソ騒がしいこの教室の中で、彼女の周りだけは、まるで時が止まっているかのようにひどく穏やかに見えた。
 十一月の初め。中三の俺らは属に言う受験生ってやつで、けど実際世間で騒がれているほど、当の本人達は気にとめていなかったりする。いや、俺の周りだけかもしれないけど。
 てなわけで、昼休みの教室は、相変わらずにぎやかだった。あちこちで笑い声があがり、またしぼんでいく。もしかしたらみんな、残り少ない中学生活でより良い思い出をつくろうと、結構必死なのかもしれない。
 そんな中一人静かに席に着いている日向サンは、逆に妙に浮いていた。転校してきて十日ほどたつけど、特に誰と仲良くするでもなく、けど別に嫌な目で見られているわけでもない。一人でいることが自然だ。とでも言えそうな雰囲気で、ただ外を眺めていた。
 なんでだろう。俺はそんな彼女を、気付けばいつも目で追っていた。今だって。
「おいカツっ!」
 突然の大声に、夢心地から引き戻された。
「三回呼んだっ」
 ふくれる大地に「ワリ」と返して、さっきからずっと変わっていない少年漫画のページをめくる。
「なに見とれてんだよ。あれ? ラブ?」
 大地が俺の肩に手を回して、ニヤニヤしながら言った。
「なーに言って」
「でも大変だよなぁ、こんな時期に。どーせ親の離婚とかだろ?」
「……あぁ」
 この前、母親が言っていた。なんせ小さなマンションだ。それくらいの噂、すぐに広まってしまう。
「あーやだやだ。親の離婚で苦労するのはかぁいい子供よ。もし俺の親が離婚したら、俺荷物まとめてカツん家行くから」
 よろしくっと親指をたてる大地に、俺は短く「来んな」と返す。チラッと視界に入った日向は、机から教科書を取り出しているところだった。
「小平ー、コレ」
 廊下から戻ってきた中森が、小さな袋をかざして言った。その隣で前川が「ダーリンの浮気者っ」とふざける。
「何?」
 とりあえず前川は無視して、渡されたそれの、ピンクのリボンをほどいた。中から甘いにおいがした。
「なんか頼まれた」
「えっ何、誰?」
 大地が興味津々という感じで身を乗り出して聞く。
「二年のー、……北村?」
「あれ、北川じゃなかった?」
「……北山?」
「テキトーだなおい」
「つか、自分で渡せよって感じだしぃ」
 前川は不服そうに言って、「中身何?」と覗き込んだ。
「あー、お菓子と、お守り?」
 小さなカップケーキと、フェルトのお守り。どちらも手作りらしかった。
「いやぁ、もてる男はつらいねぇ」
 おどけたように言って、大地も俺の肩越しに袋の中を覗き込む。
「おっ、丁寧に三つあるじゃん。ってことは?」
「ってことは?」
 前川と顔を見合わせて言う。中森が「あんた達ねぇ」とあきれ顔で言ったけど、こんなに甘そうな物を三つも食べられる気はしなくて、1つずつわけてやってから俺も1つ頬ばった。
「おーっ、けっこうイケるじゃん。なぁ?」
 幸せそうな大地と前川を尻目に、イスに座り直して漫画をめくった。
「あんたって、ほんと罪な男だよねぇ」
 中森がお守りを手にとって言った。俺は少しムッとして、「なんだよ」と返す。
「どう見たって本命じゃん。合格祈願のお守りまで作ってさぁ」
 中森が何を言いたいのか、分かる。けど、分からない。大体、『好き』ってなんだ?
 中三にもなって初恋すらまだなんて、大地が知ったらきっと腹を抱えて笑うだろう。
「そいえばさぁ、日向サン家ってカツんちの隣なんだろ?」
 カップケーキを食べ終えた大地が、いきなり話をもとに戻した。
「えっそうなの? 初耳だよっ」
 前川も手についた食べカスをはらいながら言う。
「ちげーよ、隣の隣」
 大地は「そんなもん一緒じゃん」と言ったけど、俺的にニュアンスがだいぶ違う。
「なにそれズルいんだけど! もしあたしが克紀の隣人だったらさ、毎晩お勉強と見せかけて夜ばいに」
「いや鍵しめるから」
 俺のツッコミに前川は「ひどいわっ」と大袈裟によろめいてみせ、中森に抱きついて泣き真似をした。俺が『好き』の基準に戸惑うの、周りにこーゆうふざけたヤツが多いせいもあると思うんだ。マジで。
「じゃ、しゃべった事とかあんの?」
 中森は、いつでもマイペースだ。
「いや、ない。お前は?」
「んー、微妙にね。よろしく。とか、そんな感じ」
 前川を引き剥がしながらそう言う中森に、俺は「ふーん」と返した。けど、なぜだ。今心の隅っこで、「ずるい」と思った。ような気がした。みたいな。
「しゃべってみたいよなー」
 隣で大地が素直につぶやく。
「けどさぁ、なんか住む世界が違うって感じー?」
 前川が校則違反の茶色い髪を指に絡め、語尾を上げて言った。
「みんな言ってるよ。話したいけどなんか近寄りがたいーって」
 三人の視線が、俺に集まった。嫌な予感。
「よしっ行け」
 的中。
「なんで俺なんだよ」
 ビシッと俺に向けられた大地の手をはらって言う。
「だって俺がいきなり話しかけたら、めちゃ怪しいじゃねーか」
「あたしがいきなり話しかけたら、センコに呼び出しくらうって」
「ご近所さんでしょ?」
 珍しく息ピッタリな奴らだ。
「あのなぁ」
 俺の言葉をさえぎって、五時間目開始のチャイムと同時に先生が入ってきた。
「はい、残念でした」
 俺は手のひらをヒラヒラさせて3人を散らせ、もう一度イスに座り直した。

 五時間目の家庭、「うちの主人はー」が口癖のおばさん教師がいつものようにその言葉を口にすると同時に、ノートを閉じて机につっぷした。秋晴れの空が、いつも以上に眠気を誘う。
 あくびをひとつ。そのあくびにひっかかって、不意にため息がもれた。
 あーぁ。あそこでチャイムが鳴らなければ……。
 鳴らなければ、なんだ? 声をかけに言ったとでも言うのか? 俺今、なんでこんなに悔しいと思ってるんだろう。
 わかんねぇっ。ミントガムを口に放り入れて、頭を軽く、机にぶつけた。

 放課後、個人面談を終えて職員室を出ると、外はもう暗くなり始めていた。
「さむっ」
 両手をズボンの中につっこんで、三階の一番端に位置する教室まで駆け足で向かう。八月に部活を引退してからどうもこの距離が辛くなってきたが、それでも二段飛ばしで階段を上った。教室にはまだ電気がついていた。さほど気にも留めず、後ろのドアを、ガラッと開ける。
 そこにいたのは、日向だった。ダイレクトに、視線がぶつかる。
「あ、まだいたんだ」
 一瞬の静止の後、俺から日向にあてた、第一声。少し、冷たくなってしまった気がした。
「授業、前の学校より進んでて」
 日向は教科書を鞄にしまいながら言った。どうやら、もう帰るところだったようだ。
「あ、そーなんだ」と、息だけでつぶやいて、俺も鞄を持った。なんだか、上手く呼吸ができない。
「小平くんは?」
 いきなり尋ね返されて、鞄を落としそうになった。慌てて体勢を立て直したら、机の脚で膝を打った。
 俺の名前、知ってたんだ。なんて、きっと当たり前なんだけど、ちょっと嬉しい。
 なんで?
「進路の事で、ちょっとな」
 顔を日向の方にむき直して、笑顔で言った。はずだ。
「そっか」と日向もさっきの俺と同じように、息だけの声で返した。
 早く、ここから去りたい。けど、もっと居たい。また、なんで? だ。
「いつも、何見てんの?」
「え?」
 唐突な俺の質問に、日向は少し首を傾ける。肩にかかった横髪が、斜めに揺れた。
「あ、いや、いつも窓の外、見てるから」
 自分でもほぼ無意識のうちに問いかけていたせいで、我に返って心拍数が急上昇した。その上きょとんとした表情で見上げられ、俺は耐えきれなくなってすっと目をそらした。
 ほんの少しの沈黙の後、日向も俺から視線をはずし、「サクラ」とつぶやいた。
「桜?」
「うん」
 日向は一度俺を振り向いて頷き、窓の外を指さした。
「あの門の所に、大きな桜の木があるでしょ? もうこんなに寒いのに、それでも1本どっしり構えてて、かっこいいなーって。春になったら、とても綺麗に咲くんだろうな」
 日向は、その桜の木に目を向けたまま、ゆっくりと、とても嬉しそうに言った。
「見とれちゃうの。桜、好きだから」
 その言葉に、心臓がドクンと音をたてた。おもわず声を出しそうになって、あわてて口を閉じた。
 今、何かを掴んだ気がした。形あるモノではなく、それはきっと、たくさんのなんで? 達の答え。
 あぁ、なんだ。『好きだから』なのか。
「あ、じゃあ、バイバ」
 鞄を持って席を立つ日向の言葉をさえぎって、俺は口走っていた。
「一緒に帰っていい?」
 驚いて、少し赤くなった日向の顔。けど俺の方が、それ以上に赤いはずだ。ほんと、ガキみてぇ。けど、今俺、すげぇ気分いいんだ。
 うまれたてのこの気持ち、言葉にするにはまだ早すぎるけど、ひとつだけはっきりしてることがある。
 君のこと、もっと見ていたいんだ。

「春になったら、一緒に桜、見に行こうか」

2006/05/27(Sat)15:04:59 公開 / 神田 (元HAL
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■作者からのメッセージ
ご無沙汰しております。元HALです。短大に入学してめっきり制作する時間がなくなってしまいました↓↓一日24時間では足りません。。
今回は3年前に書いた物を修正版です。後半にかけてテンポが速すぎる気がしつつもどうしていいかわからず、全体的にもみなさんのアドバイスを頂きたくて投稿しました。よろしくお願いします。

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