『そして君が寂しそうに笑うのを見た』 ... ジャンル:ショート*2 恋愛小説
作者:紅月薄紅                

     あらすじ・作品紹介
冬の空を見上げる二人の高校生の、数分間のお話。

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「空が広いね」
「うん」
 いつもと変わらない日常。僕の部屋の窓から二人で見つめる空は、青くどこか眩しい。
「空が青いね」
「そうだね」
 彼女が淡々と綴る言葉に、僕は空を見上げながら小さく頷いた。
 心は、空に吸いこまれていた。きっと彼女もそうである様に。
 狭い窓に二人で身を乗り出すのは少し窮屈で、僕は小さく身を捩った。すると、乗っていたベットがぎぃっと音を立てて、足が少しそれに沈んだ。
 外から入りこんでくる冬の風は、彼女の長い髪をさらりと撫でていく。その横顔をちらりと見て、僕はまた空に目を戻した。
「この空を、あたしたちの知らない、遠くの国の誰かも見てるんだよね」
 彼女は先程と変わらず淡々と言葉を紡ぐ。
 それに答える僕も、やっぱり変わらず小さく頷く。
「うん。そうだね」
「よく歌にあるよね。“同じ空の下で”っていう歌詞」
「うん」
 彼女は何か僕の知らない歌を小さく歌い、そうしてずっと見つめていた空から目を離して、僕を見つめた。
 僕も彼女を見つめ返す。ばちっと音を立てるかのように、彼女の視線と僕の視線がぶつかった。
「あたしね、引っ越すの」
 空の眩しさが僕を包んでいるのだろうか。彼女は空を見ていたときと同じように、眩しそうに目を細めて僕を見ていた。
「うん。知ってる」
 そんな彼女を見つめて頷く。知っていたんだ。もうだいぶ前から。だから驚くことなんてしなかった。
「遠くに行くの」
「うん」
 わかってる。彼女のお母さんの実家の近くに家を建てるんだって、僕のお母さんが言っていたから。わかってるんだ。そこは僕たちの住むこの町とは全然違う、暖かいところなんだってことも。
「淋しいよ」
「僕もだよ」
「一緒にいたいよ」
「僕も」
 彼女の顔は、言葉を紡ぐたびにどんどん歪んでいって、ついにはその目に涙が滲んでいた。
 それでも僕はというと、ずっと変わらずに彼女の言葉に頷くばかりだった。 
 心は、青い空へと向けられていた。そうでもしなければ、彼女よりも先に泣いてしまいそうだった。
 悲しいんだ、とても。寂しいんだ、彼女が僕の隣からいなくなることが。
 けれど高校生の僕には、彼女を引き留める事なんて出来なかった。そんな力は、僕のどこにもなかった。それがとても、悔しかった。
「ねぇ」
「ん?」
 彼女が僕の服の裾を弱弱しく掴む。その瞬間、僕の心は空から彼女へと向けて移動した。目の前が、急にじわっと何かでぼやけた。それが涙だと気付くのに、だいぶ時間がかかった。
「ねぇ、同じ空を見てるって、思っても良い……?」
 震える声でそう言った彼女は、とうとう涙を一筋流す。その涙を、僕は悲しみで埋まる心の隅で綺麗だと思った。それはどこか、あの青い空の色をしているように思えた。
「……あたりまえじゃん」
 僕は、せめて自分は涙を見せないようにと笑顔を作る。ちゃんと笑えていたかどうか自分ではわからないけれど、たぶんとてつもなく情けない笑顔だったと思う。最後まで僕は、彼女にとって頼りない男だった。ちゃんと笑って、「大丈夫だ」と言ってやることも出来ない。
 涙を次々と流す彼女は、手の甲でそれを拭っている。けれど、どれだけそうしても彼女の手がどんどん濡れていくだけで、涙は止まらなかった。
「……空を見たら、思い出しても良い?」
 風が吹く。彼女の髪をさらりと撫でる。そうして少し靡いた髪を、僕は手でゆっくりと撫でた。もう片方の手で、彼女の手を優しく握る。あまり触れたことのなかったその手はとても暖かく、自分の手と僕らを包む冬の空気が、とても冷たく感じられた。
「僕は、君の許可を取らなくても、そうするよ?」
 髪を撫でながらそう言って小さく笑った。今度は、ちゃんと笑えたような気がした。悲しいけれど。寂しいけれど。彼女の手がとても暖かかったからかもしれない。
「ありがとう」
 僕の手をぎゅっと握り返すと、彼女も笑ってそう言った。その笑顔か、それとも視界の端に映っていた青空か。そのどちらか、もしくはどちらもが眩しくて、僕は少し目を細めながら「うん」と頷いた。
「また逢おうね」
「うん」
 手をぎゅっと握りあって、そしてそのまま僕達は、また窓から空を見上げた。
 先程と変わらない、青い空。
「空が広いね」
「うん」
 冬の薄い色の空を見つめながら、僕は頷き目を細め、「あぁ、もう直ぐここにも雪が降るんだろうな」と、ぼんやりと思った。


                      *そして君が寂しそうに笑うのを見た*

2006/03/28(Tue)16:54:26 公開 / 紅月薄紅
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■作者からのメッセージ
だいぶ久しぶりの投稿です。初めての方、初めまして。紅月薄紅と申します。
ここの雰囲気を思い出そうと思い短いお話を書いたのですが……思っていたよりもだいぶ短くなりました。(汗)そしてだいぶ緊張しています。
今年は受験生になりますので、連載していた「From the sky〜」の方も、本格受験モードになる前に(本当はもうなっていないといけないんですけど……)、書き上げようと思っています。その際はちまちまとアップしていくと思いますので、どうぞよろしくしてやってください。
でわでわ。

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