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『神の祭壇〜夢幻〜』 ... ジャンル:異世界 アクション
作者:廻斗
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あらすじ・作品紹介
平穏な日々が続くと思っていた。あの時までは。異世界への旅立ちが、少年少女を…そして運命を変えていく……。
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激痛が左胸に走っていた。月明かりに照らされて、地面に近い視界の中に、赤い、紅い鮮血が映る。
倒れているのだ、ということに気が付いた。
体に力が入らなくて、寒さを感じた。視界まで、ぼんやりとしてきた。
ぼやけていく視界の中に、人が駆け寄ってくる姿が見えた。何かを自分に向かって繰り返し叫んでいる。
それが最後に見た、世界の光景だった。
目覚し時計の鳴る音が聞こえる。
…うるさい。それが率直な感想だった。
布団の中から手を伸ばし目覚し時計を止めると、布団の中へと引き入れた。
その瞬間、耳をつんざくような悲鳴が上がった。
「…キャーーーッ!!」
「うるさーいっ!!」
スパーンッ、何かで叩かれた乾いた音が、部屋に響き渡る。
「いったぁ……」
「うるさいわねぇ。もうちょっと静かに起きられないの?」
そう言われた先を振り向くと、丸めた新聞を肩に置いてこちらを見下ろしている女の姿があった。
紛れも無く、自分の母で会である。
「だって、だってもう八時だよ、八時! 絶対学校に間に合わないよ!」
「学校? 何言ってんのよ。今日は日曜日よ」
「日…曜……?」
言われてカレンダーを確かめると、確かに今日は日曜日だ。
呆然として黙っていると、今度は軽く新聞紙で叩かれる。
「いた」
「痛くないでしょ。さっさと朝ご飯食べちゃいなさい」
「……はーい」
少女はそう言うと、起き上がった。
少女の名前は燈月 楓。長めの黒髪に黒の瞳の美少女。本人は容姿を含め普通の高校三年だと思っている。
性格はいたって明るく、無鉄砲なところもあるが、正義感もあり、しかも強そうな相手にもひるまずものを言える気の強い少女だ。
それでいて優しいところもあり、困っている人を見ると何とかして助けようとするお節介やきでもある。まぁ、それが彼女のいいところだったりするのだが。
服を着替えてキッチンに行くと、テーブルの上には楓の分の朝食が用意されていた。
「そういえば楓。今日、何か用事があるっていってなかった?」
「うん。今日は恭介ん家で勉強会」
「そう」
会話もそこそこに楓は朝食を食べ終わると、支度を始めるために自分の部屋へと戻った。
恭介の家は楓のすぐ隣だ。恭介と楓は、幼稚園からの幼馴染である。
小さい頃は近所でも仲良しコンビで有名だったのだが、小、中、高、と学校が一緒で年月を重ねるうちに、顔が合えばいつも口喧嘩になってしまうくされ縁状態になってしまった。
楓の家を出て一分もしないうちに恭介の部屋へと着くと、インターフォンを鳴らす。
しばらくして扉が開いた先には茶色の短髪に黒い瞳の、楓より頭一つ大きいくらいの少年がいた。
「楓か。中、入れよ。レイアも待ってるぜ」
「うん。おじゃましまーす」
彼の名は氷瀬(ひせ)恭介。この近所でもイケメンで有名で、よくバレンタインデーなどにはロッカーがいっぱいになるほどプレゼントが押し込まれていることもあった。
楓自身、あまりそうは思えないが。
性格は明るいほうで、よく気がつくせいか、友達も結構いる。
だが、慎重すぎるのが短所と言えるかもしれない。本人曰く、「楓の無鉄砲さにつきあわされてきたからだ」、だそうだ。
これでも、学校の男子の中のケンカナンバーワンだったりする。
そんなことを思いながらも恭介の後について彼の部屋に行くと、恭介の言う通りすでに先客がいた。
「あ、レイアも来てたんだ。相変わらず早いね」
「いえ、私もついさっき来たばかりですから」
そう言って微笑むこの美少女の名はレイア=ティリス。
長い腰までの金髪に青い瞳の転校生だ。
といっても、小学生くらいまでは日本に住んでいたらしく、その後親の仕事の都合で外国へと引越し、その後また日本に戻ってきたそうだ。まぁ、忙しいとかで彼女の親を見たことは無いが。
それに物腰も穏やかでおしとやかな印象を受けるが、いざというときは結構頼りになったりする。
それと料理も上手で、よく調理実習などで見事な料理を作る。
性格も優しくしっかりしていて、誰も彼女の怒ったところを見たことがない、というくらいだ。
楓もとりあえず低めのガラスのテーブルの側に座ると、持っていたバックからノートを取り出す。
その瞬間、部屋の中にカチッという音が響いた。
「……? 誰か何かしたの?」
「別に何もしてないぜ」
「どうかしたんですか?」
「…ま、いっか」
そう言ってまた勉強を再開しようとすると、今度はさっきよりも強くカチッという音が聞こえ、辺り一面が漆黒に染まる。
「え!? な、何コレ!?」
「オレだって知らねぇよ!」
「ふ、二人とも落ち着いてください!」
すると三人の目の前に光の粉のようなものが集約し、何かの形を作り上げていく。
呆然と三人がその光景を見ていると、やがて上半身が人間の女、下半身が白馬、という異形が現れた。
顔を覆い隠してしまうほど長い白い髪。それと背中から一対の大きな白い翼が生えている。
『見つけたぞ。火の者、氷の者、そして光の者』
「は?」
『時間が無い。問答は無用だ。早速行ってもらうぞ』
異形がそういった瞬間、三人の足元に穴が開く。
「へ!?」
「なっ」
「きゃっ!」
悲鳴をあげる暇さえないままに、三人はその穴の中に吸い込まれていってしまった。
異形はそれを見届けると、また現れた時のように光の粉となって消えた。
ここはどこだろうか?
楓は、あたりを見回した。
辺りが妙なほど白く、何も無い。殺風景な空間だ。
…向こうから、誰かが歩いてくる。
水色の髪に、青い瞳。髪の長さは、ちょうど腰くらいまである。…男だ。
その男が近づくにつれて、その顔もだんだんとはっきり見えてくる。
楓は、その顔に見覚えがあるような気がした。
あれは……あの人は………。
しかし名前が出る前に周りは全て漆黒に染まり、それと同時に楓の意識は薄れていった。
楓が次に目が覚めたときには、視界の中に天井と思われる木の板の列が見えた。
ぼーっとした意識の中で身を起こすと、ゆっくりと辺りを見回す。
部屋の中に置いてあるのは木製の低めのテーブル一つ、それとこれも木製の棚に椅子一つ。
それ以外に何も置いてあるものは無く、どちらかといえば殺風景といえるだろう。
それにこの家自体が木で出来ていて、隙間風が入って少し寒い。
ここはどこなのだろうか、と楓が考えていると、部屋の扉が開く。
楓が反射的にそちらを見ると、そこには黒い短髪に茶色の瞳の少年が立っていた。
背丈は低く、少し背の高い十二歳児程度にしか見えない。
「あ、気がついたんスね。あんた、一日ぐらいずーっと眠ったままだったんスよ」
少年はそう言うと、部屋の中に置いてあった椅子をベットの近くに持ってきて座る。
「一日……? キミ、誰? それに、ここは?」
見たことの無い人に少し警戒心を抱きながらも、楓は少年に問う。
「あ〜…ここはオイラの家っスよ。それに、ここはこの世界の極西にあるリズルカ島。…こんなあたりにめったに人家のない田舎だから、知らなくても当然っスけどね」
少年は頭をかきながらそう言った。
リズルカ……聞き慣れない地名だった。ここは、どこか外国なのだろうか?
いや、そんなはずはない。こうやって話せるということは、アメリカなどの外国に行ったわけではないということだ。
この少年はふざけているのだろうかと思い、楓は聞き返す。
「リズルカ? ここって、日本じゃないの?」
「ニホン? そんな名前の町、この世界にはないっスよ。それとも、新しく出来た町の名前とか?」
楓は本当に知らないの、と問いかけようとしたが、あのときのことを思い出してやめた。
あのとき、恭介の家に行ったときにあったコト。あの異形が開けた自分は恭介達と穴に落ちて……。
その瞬間楓ははっとして、少年に詰め寄った。
「ねぇ、あたしの他に、恭介達……二人いなかった!? あたしの友達なの!」
「二人……? 悪いっスけど、オイラが近くの草原で見つけたのはあんただけっスよ。あたりもくまなく捜したっスけど、ね」
「そう…なんだ……」
楓がうなだれると、少年も少し苦しそうな顔をした。だが、すぐに普通の顔に戻って楓に問いかける。
「あの…あんた、名前は?」
「え?」
「いや、「キミ」とか「あんた」とかじゃ何か呼びにくいじゃないっスか。だから……」
少年はそういうと、少し顔を赤くした。
楓はそんな少年を見て薄く微笑む。
「あたしの名前は、燈月 楓。…楓だよ。キミは?」
「オイラは…ジークっス。…楓」
「そっか。よろしくね、ジーク」
楓は今度ははっきりと微笑むと、ジークはさらに顔を赤くしてしまった。
すると、今度は部屋の外から大きな怒鳴り声が聞こえた。
「コラァ!ジーク!!いつまで仕事サボってやがんだぁ!」
「な、なに!?」
「こ、この声は……父さんの……」
ジークは不吉な予感がして振り向くと、後ろには体格のいい茶色の髪に茶色の瞳の男が拳を振り上げて立っていた。
ジークは気がついてとっさによけようとしたが、僅かに遅く鉄拳の体裁の直撃を受けてしまった。
「…〜〜〜〜〜っ」
「まったく、少し様子を見てくるなんてでたらめ言いやがって! ちょっとは手伝え!! ……ん? おや、起きたみたいだな。気分はどうだい? お嬢さん」
男はそう言うと、楓に対しては優しそうな笑顔を向けた。
「え、えっと、あの……」
楓がどう答えていいものか困っていると、ジークが父らしき男に向かって言い返す。
「分かってるっスよ! オイラが来たときちょうどこの子が目を覚ましてたから少し事情を聞いてたんスよ!!」
「ほぉ〜? 珍しく可愛い子が来たからじゃないのか?」
「ち、違うっスよ!!」
そんなに耳まで赤くして言っても、あまり意味が無いような気もするが。
ジークの父は豪快に笑うと、楓に問いかける。
「がっはっは! まあ、とりあえず、どこか痛むとこは無いかい?」
「え、は、はい。おかげさまで」
気持ちはあまり休まっていなかったが、一日ここにいさせてもらったのだからこう言うしかない。
「そうか。じゃ、もう少しはゆっくり休んでいけ」
父が部屋を出ようとしたところで、楓は自分から言い出した。
「あ、あの! あたしも何か手伝います! こうして一日もここにいさせてもらったわけだし……」
ジークの父は最初は目を点にして楓を見ていたが、また豪快な笑みを浮かべて言った。
「そんなことを言い出す女はアイツ以来だな……。よし、分かった。だったらジークのこと手伝ってやってくれ。まだそいつは半人前で逆に足引っ張るかもしれないがな!」
「そんなことないっスよ!」
ジークはムキになって言い返したが、ジークの父はそれを気にするでもなく部屋を出て行った。
楓はそんなジークの父親の背中を見つめながら、昔のことを思い出していた。
「そういえば、楓は一体どこから来たんスか?」
ジークはそういうと、持っていた斧で薪を割った。
しかし楓はぼーっとしたままで、答える様子は無い。
ジークは少しむっとするとさっきより大きい声で楓に話し掛ける。
「楓! 聞いてるんスか!?」
「え!? あ、ああ、ごめん。で、何?」
「何って、楓は一体どこから来たんスか? ってさっきから聞いてるのに」
「え、あー…うん。…簡単に言えば、異世界?」
一時の沈黙が、辺りを包んだ。
「…ウソっスよね?」
ジークは信じられなくて、ウソだと答えてほしくて楓にもう一度聞き返す。
「ホント」
ジークは金鎚で殴られたような衝撃を受けた。
そしてしばらく呆然とした顔で楓を見ていたが、次の瞬間にはすごい勢いで楓に詰め寄った。
「ホントに!? ホントにそうなんスか!?」
「本当よ!そんなことでウソついてどうなるってのよ!」
楓がそう言い返すと、ジークは楓から離れる。
ジークは胸が高鳴ってしょうがなかった。
異世界は信じてはいなかったが、今こうして未知の世界の人間が目の前にいるのだ。
「異世界があるなんて今まで信じてなかったっスけど、まさか本当にあるなんて……。で、楓のいた世界ってどんな感じなんすか?」
「うーん…普通のとこよ。まあ、ここよりは人がたくさんいるけど。あとビルとか、車とか?」
「なるほど〜。それで、どうやってこの世界に来たんスか?」
「穴に落ちたの」
「穴に……それで、その穴は今どこにあるんスか?」
ジークの問いに、楓は真顔でこう答えるしかなかった。
「わかんない」
「…………」
ジークは何か物言いたげな目でこちらを見ている。
「ほ、本当に知らないわよ!」
「ふ〜ん……。ま、いいっスよ。で、楓の父さんと母さんはどんな人っスか?」
「お母さんは、優しい人だよ。明るいし、すっごく面白いし。お父さん…は……」
楓はそこまで言うと、急にうつむいてしまった。胸がきつく締め付けられる感じがした。
楓には物心ついた頃から父親がいない。母に聞いても、何も答えてはくれなかった。
幼いながらにも楓は母の心情を理解し、それ以来父のことは口に出さないで明るく振舞ってきていたつもりだ。
だが、こうして父のことを口に出しただけでその心は軽く押されただけで砕けてしまいそうなほど脆くなってしまう。
ジークは楓の感情を完全には理解できないが、雰囲気で何となく理解しようとしていた。励まそうと口を開きかける。
だが女の子をどう励ましてよいやらと悩むうちに、開きかけたその口はいつの間にか閉じられていた。自信がなかったのだ。
しばらくの沈黙の後、楓はまた明るい表情に戻って立ち上がる。
「…別に気にしなくていいよ! 小さい頃から父親がいないひとなんて、山ほどいるし、それにあたし気にしてないよ!」
楓は無理に笑って見せた。
「さって、この薪を割ればいいんだよね? よし、あたしやってみる! 斧貸してよ」
「い、いいっスよ! 危ないっスから」
ジークはそう言うと、斧をさっと自分の後ろに隠した。
「何よ、別にいいじゃない、ケチ。…でもさぁ、テレビに出てる格闘家みたいに、こう平手でぽん、と叩くだけで薪とかが割れたらいいのにね〜」
楓がふざけたつもりでその薪をちょうど中心辺りを平手で叩くと、見事にそれは二つに割れた。
もう、それはぱっかり、と。
ジークはもちろん楓も予想外の出来事に呆然としてしまった。
そんな中でジークは何とか楓の方に首を動かすと、思い切って口を開く。
「楓…今なんかしたんスか?」
「見ての通り、こうぽん、と叩いただけだけど?」
またさっきのように沈黙が起こった。
そしてジークは、うっかり口を滑らせて一言だけ言った。
「…怪力女……」
その瞬間、ご〜ん…、という音があたり一体に響き渡る。
楓はジークの服の襟を掴むと言った。
「ジーク…世の中には言っていいことと悪いことがあったりするよ……」
「す、スミマセン……」
とにかく、ここは謝らねば、とジークは思っていた。
「まあ、いっか。…それにしても、あたしってばいつこんな力を身につけたのかなぁ?あたし普通の女子高生なのに……」
楓は突然自分に身に付いたこの能力に驚きながらも少し自信がついた。
これなら、変な人に襲われても撃退できる…などとくだらないことを考えたりして。
楓のその言葉に、今度は小声でジークは言った。
「ホントっスかねぇ……」
今度はさっきより大きい音があたりに響き渡った。
ジークの意識が一瞬飛んだ。
「でも、確かにこの世界来てから体が軽い感じがするのよね。何か運動神経がすごく上がってそうな感じがする」
楓が目を輝かせながら自信たっぷりにそう言うと、頭の痛みに耐えながら立ち上がったジークが答える。
「でも、普通の人だったらそんなことできないっスよ。…やっぱり楓が異世界の人間だからっスかねぇ……?」
「かもね……?」
二人してこの問題に頭をひねらせていると、突然向こうから石が飛んできて、見事にジークの頭に直撃する。
ジークの体は一瞬固まっていたが、すぐにぱたり、と倒れた。
「ジーク、大丈夫!?」
「だ、大丈夫っスよ。…多分」
そう答えるジークの目は少しうつろだ。
確かにジークの頭にはたんこぶはできているものの、血が出ているようすはない。
楓は石を拾うと、それに巻きつけるようにしてある矢文(いや、石文と呼ぶべきだろうか?)があった。
楓はそれを広げると、幸いにもこの世界の文字は楓のいた世界とほとんど同じで、難なく読むことが出来る。
「また、奪いに来る。カーチス一味より……? 何コレ」
ジークはそれを聞くと、楓からばっとその紙を奪い返し、読み返す。
「ジーク、カーチス一味って……?」
「あいつら……この界隈でも特に有名な盗賊なんス。オイラと父さんが抵抗しないのをいいことに、オイラ達の農作物の売上金を狙って……」
「農作物?」
「あそこにあるっスよ」
ジークがそう言って指差した先には、確かに畑が見える。
「あの畑の農作物を売ってオイラ達は生計を立てているんスけど、あいつら、そんな少ない金さえ狙って……」
ジークの右手に持っていた紙が、強く握り締められることによってくしゃくしゃに折れ曲がる。
その様子から、ジークの悔しさや怒りが少し垣間見える気がした。
「何でやりかえさないのよ。やろうと思えば……」
「そんなこと出来ないっス、逆らえば、オイラ達は殺されるっスよ!」
「…………」
殺される……。確かにそれは嫌だろうけれど、それでは……。
「楓は、気にしなくていいっスよ。これは、オイラ達の問題っスから……。とりあえず、今日の仕事はこれで終わりっス。家に戻るっスよ」
ジークはそう言うと割った薪をロープで縛りそれを持ち上げると、家の方向へと歩いていった。
楓はそんなジークを見て、自分にも何か出来ないだろうか…と考えていた。
その夜、楓はお茶を飲んで和んでいたジークにこう提案した。
「ねぇ、ジーク。二人でそのカーチス一味っての、やっつけちゃおうよ」
楓の突然の提案にジークは驚いて、勢いよくお茶を吹き出した。
「……っ! な、何を言ってるんスか! 女の子にそんなことさせられないっスよ!」
「この世界に来て体の能力も上がってるみたいだし、大丈夫よ! …多分ね」
「…楓のその気持ちは嬉しいっスけど、男としてオイラは賛成できないっス。第一、カーチス一味はちゃんと武器も持ってるっス。返り討ちにされるのがオチっスよ!」
ジークも言いながら心が苦しかった。
反抗したいのはやまやまだ。だが、多勢に無勢。反抗したところですぐ取り押さえられてしまうのが目に見えている。
自分はどうなってもいいが、父だけは、死なせたくないのだ。
ジークの母は、六年前どこかに出かけていって、数ヵ月後、血まみれになって帰ってきて、そのまま亡くなってしまった。
何が母にあったのかは分からない。けれど、この最後の肉親である父だけは守りたい。
楓はそんなジークを見て、たったの一言、そういった。
「…いくじなし」
「……いくじなし……? 何も知らないあんたに言われたくないっスよ! 偉そうなこと言って、オイラ達のこと、何も分かってないあんたなんかに!!」
ジークはそう言って楓の胸倉を掴んで叫んだ。
楓は恐れる表情一つ見せることなく、漆黒の瞳でまっすぐジークを見つめて言った。
「そうやって、逃げるの?」
「な、何を……」
言い返されるとは思ってなくて、ジークは少し混乱する。
「そうやって、何かを言い訳にして逃げるわけ? 自分は何も出来ない、相手は強いから、って逃げてたら何も守れないよ!」
「うるさい! あんた、死ぬかもしれないんスよ!? それでも向かっていくって……!」
死ぬのが怖かった。守る方法が、これしか見つからなかったのだ。それを……。
「向かっていくよ。…あたしは」
その言葉を聞いて、思わずジークは楓の胸倉を掴む力を緩めた。
「向かっていく。…あたしだって、殺されるのは少し怖い。でも、守りたいものがあるなら、立ち向かう勇気だっているはずだよ!」
「…………っ!」
「あたし、寝る。おやすみ」
楓はそう言うと、胸倉を掴んでいたジークの手を話させ、あてがわれた部屋に行った。
ジークはうつむいたままだったが、その中ではとある決意が固まりつつあった。
真夜中の暗闇の中で、ジークは目を覚ました。
起き上がって一度深呼吸をすると、明かりをつけて、立ち上がる。
そうしてジークが棚の上を見ると、そこには自分と父と母とが映っている写真たてが置いてあった。
ジークは棚に歩み寄ると、その写真たてを取り上げる。
そこには幼い頃の自分と、自分を抱き上げて笑う父と、この写真と向かい合うときにしか会えない母の笑顔があった。
漆黒の髪に漆黒の瞳の美人。ジークは母の顔は見たことがあっても、どういう人だったのかはもう忘れてしまった。
悲しいが、死んでしまった人が帰って来ないことくらい分かっている。
そしてジークはふと、今日あったことを思い出していた。
今までは、楓の言う通り、何かと理由をつけて逃げていたのかもしれない。
父を死なせたくなかった以上に、自分が死にたくなかったのだ。
だから相手が武器を持っていたり、自分が何の力もないのを利用して、理由をつけて、逃げて、自分の保身に勤めていたのだ。……本当は。
だから楓に言われたことで気付けたのだ。彼女が自分のところに来なかったら、こうして一生怖いという理由だけで逃げて過ごしていたかもしれない。
「楓に…借りが出来ちゃったっスねぇ……」
ジークはしみじみとそう呟くと、部屋の隅に置いてあった小さな木箱の蓋を開けた。
その中には銀に輝くブレスレットがあった。
ジークは無言でそれを取り出すと、自分の手首につける。
そのブレスレットには金に輝く小さなハンマーがついていて、それを見ていると、妙な感覚に襲われる。
これはマジックアームといって、この世界の武器といえる。しかし、これは魔力や特殊な材料を錬金術の技術を集結し錬成したもので、普通の武器もあるけれど、それよりも遥かに貴重で、これの値段は普通の武器なんかより数倍は値が張る。
マジックアームは開放状態に無い場合は、普段何らかのアクセサリーの形をしている。
そして持ち主を選び、持ち主と認めたものの戦意に反応して、その本来の姿を表す、といった特殊な武器なのだ。
それに、これは六年前に死んだ母の形見だ。
母は六年前ふらりとどこかへ出かけていったと思ったら、数ヵ月後、血まみれの無残な姿で戻ってきた。
そのときに残した、たった一つの遺品が、母の手に強く握られていたこのハンマー型のマジックアームだった。
こんなものを使って何をしていたのかは分からないが、今、自分はこれを使って戦おうとしている。
多分、母は許してくれるはずだ。母と同じくこの武器を取った自分のことを。
ジークはマジックアームを手に取ると、何を思ったのか楓の部屋の前まで行くと、起こさないようにゆっくりと扉を開けた。
その先には安らかに眠っている楓の姿があった。
「楓……感謝してるっスよ。…ありがとう」
小声でジークは感謝の気持ちを伝えた。多分、これは一生伝わらないだろうけど。
そして、また楓を起こさないように静かに扉を閉じた。
その瞬間、ほんの僅かだが楓のまぶたが震え、ゆっくりと開かれていった。
ジークが外に出ると、視界のちょうど真正面に白銀の満月があった。ジークは思わず見惚れてしまったが、はっとして気を引き締める。
カーチス一味は、月に一回、しかもいつも満月の夜に現れる。
そしてジークに金の入った袋を持たせ、家の前に立たせて待たせる。
いつもなら、もうそろそろ来るはずなのだが……。
その瞬間角笛を吹く音が聞こえて、ジークは反射的に音の聞こえた方を見た。
その先には、何人もの体格のいい男を従えた細身の男がいた。
「よぉ、ジーク。金は持ってきてるよな?」
「…ふ、ふざけるな。金なんか持ってきてないっスよ!」
その瞬間、不機嫌そうに男の眉間にしわが寄る。
「ん〜……よく聞こえなかったな。もう一度言うぜ。…金はもちろん持ってきてるよなぁ!?」
大声でどなられて、ジークの身体が一瞬恐怖で頼りなく震えた。
だが、気力でその恐怖を拭い去ると、すぐ言い返す。
「…オイラももう一度言うっスよ。…金は持ってきてないっス!!」
男は表情は変えなかったが、その目には明らかに怒りの色が見て取れた。
後ろにいる男たちに目で合図をすると、手下たちがあっという間にジークの周りを取り囲む。「っ!!」
「ジーク……言ったよなぁ? 逆らったらどうなるかって……。テメェら全員皆殺しって言ったはずだ! 大人しくしてりゃぁ殺しゃしなかったのによ」
「そんなこと言ったってあんたらは結局弱いものから金しか取り上げられないじゃないっスか! そんな奴らにとやかく言われる筋合いはないっスよ!」
「そうか……残念だな。…やれ」
男が無表情にそういった瞬間、手下達が一斉にジークに襲い掛かる。
ジークが思わず目を閉じた瞬間、後方からいきなり声が聞こえた。
「ちょっと待ったー!!」
ジークはもちろん手下たちもジークの家のほうを見ると、楓が屋根の上に上って仁王立ちしている。
ジークが驚きのあまり声が出ないでいると、楓はびしっと男を指差して叫んだ。
「ちょっとあんた! ジークに本当のこと言われたからって、八つ当たりするんじゃないわよ!」
「誰だ? あいつ……?」
男は眉をひそめて楓を見つめる。
それを見て、固まっていたジークの口がやっと動いた。
「か、楓! 何で出てきたんすか! これじゃあんたまで……っ!」
「なーに言ってんのよ。倒そうっていったじゃない。そこの……えーと……忘れたけど」
ジークはその瞬間、ずっこけそうになってしまった。
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2006/02/03(Fri)15:41:30 公開 / 廻斗
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■作者からのメッセージ
初めまして、廻斗といいます。未熟物ですが、よろしくお願いします。
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