『A war of element―元素の戦争―第一部完結』 ... ジャンル:異世界 ファンタジー
作者:ラスト                

     あらすじ・作品紹介
100年前に発見された新たなる元素「光素」それを軍事転用のためだけに使おうとして発足した「光団」そして、軍事のためだけではなく、民間のためにも使おうと心がける「政府」光素が発見されてから100年後の世界で起こった、光団と政府間でおきた戦争。元素という設定を用いた、異世界ファンタジー。

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1【プロローグ】
あなたは、【光】に色があることを知っていますか?
【赤】【燈】【黄】【緑】【青】【紺】【紫】

そう。俗に、「虹の七色」と呼ばれるもの。
今から約100年前、後に【第一光素】と呼ばれる最初の「光色」が、とある少女から見つかった。
光素は第一〜第七までの7つの種類があり、それぞれに異なる能力が備わっていた。
第一光素の能力は「目くらまし」
当時発見されたばかりの第一光素は、一般生活においては何の役にもたたなかったため、軍事に転用されることに決まった。
だが、光素をもつ少女本人はそれを拒み、光素が発見されたその一週間後に、自殺した。
遺書には、「私のような人間が2度と現れませんように」と書き記されてあったそうだ。
それを知った母親は、政府を相手取り裁判を起こした。
結果、敗訴。だが母親の言い分は最もであった。
確かに一般生活においては役に立たなかったとはいえ、拒否する娘に無理やり強要しようとしたのは重罪である―と。
聞く耳を持たない政府側の人間は、「死ぬようなことはしない。そっちが勘違いしただけだろう」と、こちらも最もな言い分だった。
結局、母側の敗訴が揺らぐことはなく、ただただ時だけが過ぎていった―

2【第二光素】

「おはよう」
そういって話かけているのは、若干16歳の少女。
「あ…あぁ、おはよう」
そしてそれに答える男性、二十歳。
あれから100年のときが過ぎ、例の事件は伝説となっていた。
だが、第一光素発見者である少女の遺書もむなしく、あれからというもの、光素を秘める人間が無くなることはなく、増えてゆく一方であった。
だが、発展もあった。
第一光素のあと、次々に第二〜第七の光素が発見されたのだ。
第二光素の能力は【視野転換】。(燈)
敵の見ている方向を瞬間的に変える。
第三光素の能力は【視力増強】。(黄)
視力が、一時的にだが上がり、1キロ先まですっきりと見渡せるようになる。
第四光素の能力は【蓄光】(緑)
太陽光の代わりに、停電用に光を貯蓄することができる。
第五光素の能力は【視力低下】(青)
視力増強とは逆に、視力を低下させる。
第六光素の能力は【遮断】(紺)
光と光の間で反発を起こし、自分から半径30メートル以内を真っ暗闇にする。
第七光素の能力は【治癒】
聖なる光を浴びせることにより、傷の回復を早める。

残念なことに、やはり一部が軍事転用が主となってしまった。
そして、最悪なことに、これらの光素を集めることを目的とした集団【光団】が発足してしまったことにより、戦争が始まってしまったのだ。
人々は、守るため、もしくは奪うために戦った。
そして、今もその戦乱の最中である―

「今日も、がんばんなきゃね」
先ほど男性に朝の挨拶をした少女。
名前を、【ルル=クライスト】といった。
ルルは生まれながらに第二光素を秘めていた。
それに気づいたのは彼女の母親。
彼女の母親が気づいたきっかけは、ある日の食事でのことだった。
ルルと会話をしていると、いつのまにか全く違う方向を見ていたのだ。
すぐに、見ている方向をルルに戻すが、また違う方向を向いてしまう。
おかしいとおもっていた矢先に知ってしまったのが、第二光素の存在だった。
それを知った彼女の母親は、娘のルルを日に日に怖がるようになった。
そして

捨てた。

橋の下に。寝ているルルを置き去りにした。
それを翌日、政府の人間に見つかり、ルルは彼らの仲間となった―

「あぁ、もちろんだとも」

そういってルルに相槌をうつ男性、名前を【シェイド=フランベルク】という。
彼は元から政府の人間であった。
だが、彼の幼少のころを知るものはいない。
何があったのかは知らないが、彼は絶対に打ち明けない。恐らく、辛い思い出があるのだろう。
だが、そんなことを微塵も感じさせないほど、今のシェイドはひょうきんで、愉快な頼もしい存在となっていた。
なぜ彼らが一緒にいるのかというと、それは幹部たちの命によりある任務を任されたからだ。
『第三および第七までの光素を持ちうる人間を一人ずつ連れてくること』
光素は、数字が大きくなるほど数が少ないことが分かっている。
第一光素をもつ人間はごまんといるが、第七光素を持つ人間はそうそういない。

彼らの旅はまだ始まったばかりである。



3【光団】
二人は、とある砂漠へとやってきた。
世界でも有数のこの砂漠は、気温の高さが半端ではない。
ルルとシェイドも、すでに体力が底をつきそうなほどになっていた。
「あっつい……。何よこれ、聞いてないわ……」
すでに空になった水筒の中身を凝視しながらルルが言う。
「全くだ。……こんな所に光素適合者が居るとは到底思えんが」
まだ少し水が残っている水筒を、『欲しいか?あげないよ』と言わんばかりに見せ付けながらシェイド。
見渡す限りが砂漠。砂、砂、砂。オアシスの蜃気楼さえも見えないこの地で、一体私は何をしているのだろうと、一瞬目的を忘れてしまうほどだった。
それから更に何分歩き続けただろうか。
僅か20メートルほど先に、オアシスが見えた。ルルはとっさに走り出すがいくら走っても行き着かない。
ようやく見えた、蜃気楼。
先が見えない精神的疲労と歩き続けた肉体的疲労で、そろそろルルは限界が近かった。
「仕方ないな。少し、休もう。時間はたっぷりある……ここで無理をすべきじゃない」
シェイドはそう言うと、何かごにょごにょと呟く。
その瞬間、辺りが真っ暗闇へと陥る。
シェイドの能力、第六光素の【遮断】だ。
「俺が第六光素適合者でよかったな。直射日光が当たらなきゃ少しは楽なはず。――って言っても、砂漠の夜は半端なく寒いが」
少しでも寒くないようにと、自分のコートをルルにかぶせる。
二人とも、体育座りのような格好で、直に砂の上に座った。
さらさらと流れる風が、今は肌に気持ちよく感じ、二人の眠気を誘った。
そして、二人は砂漠で夜を明かした――。



目を覚ますと、口の中がザラザラする感じがした。
「……ぺっぺっ。寝てる間に髪の毛も口の中も靴の中も全部砂でめちゃくちゃ……」
ほらよ、とシェイドがコップ一杯の水を渡す。
「俺が見てないうちに、さっさとうがいするんだ」
レディにはちゃんと気を配るシェイド。そこらへんはきっちりしている。いや、ちゃっかりしているのか?
「……ありがと。ちょっと待っててね」
そういうと、シェイドの気配りに目もくれず、ルルはやや離れたところまで行ってからうがいをした。
そこまで恥ずかしがることはないのだが。
「……こんなところで乙女ぶってると、苦労するのはお前自身なんだがなー……」
ふぁ……とあくびをする。いつの間にか光素の効果も消えていて、太陽が眩しく感じられた。
ルルが戻ってくる。
「それじゃ、行こっか」
「そうだな」
シェイドも立ち上がる。待ちくたびれたぞ、と小さく呟きながら。
そんな彼の心とは裏腹に、彼の短髪で眼鏡をかけている凛々しい顔は一段と輝いていた。
道中、変な爬虫類に出くわした。
頭に何か機械を乗せている。新種か?などと笑いつつも、念のためと言い、胴体は真っ二つに切っておいた。
「それにしても、さっきの蛇……あれって新種でもちょっとあり得ないんじゃない?」
「そうだな……。機械を乗せてるなんておかしいもんな」
そのときである。
突然背後からすさまじい竜巻が発生し、ものすごいスピードで襲い掛かってきた。
間一髪でかわすと、竜巻の勢いは減り、中から一つの車体が現れる。
ただ呆然と見つめる二人。すると、車の中から一人の女性が現れる。左右にはボディーガード兼運転手らしきサングラスをかけた男を二人携えて。
車のタイヤには、夥しい量の砂がこびりついていた。
「こんにちは、そして初めまして」
恭しく挨拶を交わす女性。左右の男たちは黙ったままだ。
これは何かおかしいと感じたのか、ルルとシェイドはさっと身構える。
「あら、そんなに警戒しなくて良くてよ。あんまりダラダラと長居はしたくないの。単刀直入に聞くわ。あなたたち、【光素適合者】ね?」
ルルたちが驚きの表情をする。
「なぜ、それを知っている?」
シェイドは冷静な振りを取り戻して且つ穏やかに聞く。
「……簡単なことよ。さっき、あなたたちが殺した蛇。頭に機械がついていたからおかしいと思わなかった?あれ、私たち【光団】が開発した、盗聴器兼盗撮ができる有能ロボットですの」
光団と聞いて、またさらに驚いてしまう。
「……ほぉ、では、その光団が我々に一体何の用だ?」
「物分かりが遅いですのね……。私たちがやることといったらただ一つ。あなたたちを、我が団に引き入れること。了解は良くて?」
ルルとシェイドは顔を見合わせ、お互いに頷く。
「……どうやら、それに合意することはできないようだ。お引取り願おう」
「やはり……そうくると分かっていましたわ。でもお引取りなんて気持ち、サラッサラ持ち合わせていなくてね。……力ずくでも連れて行くよ!」
「――望むところだ」
女は左右の男たちに何か指示を出した。
すると、男たちは頷き、それぞれ別の方向へと走っていく。
いつの間にか、ルルとシェイドは囲まれていた。
「降参するなら、今のうち。死んでも知りませんわよ?」
「我々が死ぬ? その言葉、そっくりそのまま返させてもらう!」
シェイドが腰からを剣をひき、ルルはグローブをつけて準備をする。
シェイドは剣士、ルルは格闘家として育てられてきた。
今こそ、培ってきた力を試す時――
「ルル、俺が指示をしたら、光素で援護を頼む」
「OK」
タンと二手に分かれる。
ルルはまず一方の男を。男は拳銃で発砲をしてきた。だが、それを身軽にかわすと、男の背後に回りこみ、首に一発強烈な打衝を与えた。
男はヨロヨロと倒れこみ、倒れる瞬間、振り向きざまにまた発砲をする。
「――……きゃあっ!」
間一髪。
かわす事に成功はしたが、腕にかすり傷を負ってしまった。
そして、男は完全に倒れ、動かなくなった。
「へへーん、ちょろいね」
だが、シェイドは苦戦していた。
何と、片方の男を尻目に、光団の女はシェイド側に参戦していたのだ。
2対1はさすがに不公平である。
「ルルッ……光素の発動を指示する!」
「任せて!――第二光素、視野転換発動!――」
ルルの拳から発せられた光をまともに浴びる女と男。
気がつくと、いつの間にか後ろを向いていた。
「し、しまっ……」
背後のシェイドが、笑っていた。
「俺たちに勝とうなんて、俺たちも甘く見られたものだ……」
「くッ……くそがっ……」
背中を切り落とされる。
鮮血が噴出し、白目をむいて倒れる女。
それに怯え、自分だけでも助かろうと逃げる男。
「待てっ……」
逃げ足は速かった。男はすべるように車に乗り込むと、急いでキーを回し、走り去ってしまった。
そのとき、車の中に同席していた女の子には、ルルもシェイドも気がついてはいなかった。


第四話【第七光素】

 男が立ち去った後は、それは殺伐とした風景が広がっていた。男が立ち去るときに巻き起こした砂煙も今は空気の中へと溶け込み、元の風景へと戻っていた。
 そんな中、ルルはただでさえ慣れていない戦闘で、2人も相手をしたためか息を切らして体力を消耗しており、その場に立ち尽くして呆然としていた。
 シェイドは幾分かの経験もあり、体力はさほど消耗もしていなかったが、ルルを待たなければならないため、うんと肩を伸ばしながら空を見上げていた。
 雲も殆ど見えない快晴。時折、風で砂煙が舞い上がると、それが口に入り少し苦い感じがした。空を見るついでにちらりと周りの風景を見渡してみるが、やはり殺伐とした何もない風景が広がっているだけだった。
 「ルル……」
 何気も無く呼ぶ。
 「何?シェイド」
 少し痛むのか膝をさすりながらルルが言う。
 「この空の向こうには、一体何があるんだろうな……」
 思いもしないおかしな質問をされたので、少し目を丸くしつつもルルは答える。
 「何って、それは……宇宙が広がってるんじゃないの?」
 当たり前じゃん、とため息。
 「そうだな……。はは、変な質問してすまんね。それじゃ、先に進もうか」
 ルルの答えには深く追究せず、視線を、見上げていた空からルルに戻す。
 なぜか、切なげな顔をしていたシェイド。眉毛が少し折れ曲がっており、彼の心の中を如実に表していた。
 「先に進もうって……この何もない所で一体どこを目指せば良いっていうのよ?」
 確かに、闇雲に進んだところで、また蜃気楼など見せられてぬか喜びさせられたのではたまったものではない。
 だが、シェイドは人差し指を突きたて、ちっちっと指を振って見せた。
 「さっきの車を、追いかけるしかないだろう?」
 あぁ、言われてみれば、とパーにした手のひらにグーにした右手をポンと押し当て、ルル。
 「でも、もう行っちゃったじゃないの。大体の方角で……合ってるのかしらね」
 「そうだな、途中で方向転換した可能性も無いとは言えんが……。この際、それしかあるまい?」
 そして、お互い納得した上で、男が車で立ち去った方向へと歩を進めることに決定した。
 
 だが、行けども行けどもやはり殺伐の風景は変わる気配すら漂わせない。
 時折ものすごい勢いを乗せた竜巻が辺りをまわってゆくのが見受けられたが、自分たちに近づくことは無かったので無視をしていた。
 丁度時刻は、太陽が真上にきたことから正午あたりだろうと推定された。お腹も減り始め、とうとうルルは腹を鳴らしてしまった。
 「うっ……。ねぇ、シェイドさん……何か食べ物無い?」
 今にも倒れんばかりな声で問いかけるルルにシェイドがふぅ、ため息を浴びせる。
 「君ねぇ……。あんなに沢山あったおにぎりはどうしたの?」
 確かに、旅に出るということで、山ほどのおにぎりをリュックに詰めてきたのだ。
 それこそ、リュックが水筒とおにぎりで埋め尽くされるほどに。地図やコンパスなどの旅において重要とされる道具は全てシェイド任せにして。
 それなのに、だ。シェイドはきちんと配分を考えて食べているので、まだ持ってきた当初の半分ほどは残っている。それを、ルルはシェイドと同じ日数で全てのおにぎりを空にしたというのか。
 「あ、だって、ほら。こんな慣れない土地だと、お腹空くし……」
 必死に言い訳をするルル。今更言い訳をしたところで後の祭りなのだが。
 「全く……。次からはきちんと配分を考えて食べること。いいね?」
 注意を促してから、シェイドは自分のおにぎりを半分分けてやる。
 そして、渡し終わった後に、もう一度。
 「ちゃんと、配分を、ね?」
 「分かったって。ごめんね、シェイド」
 照れ笑いで謝るルル。よく考えれば16歳というのはまだ食べ盛りなのか?そこの所は謎である。
 
 やがておにぎりでお昼を済ませた後、また二人は歩き出した。
 砂丘をいくつも上り下りするため、足の痛みがひどくなる。だがさっき昼御飯を食べ終わったばかりなので、そこは我慢の範囲内だ。

 そして、歩きに歩き続けた結果、やっとたどり着いた。
 オアシスの中に広がる、豊かそうな村に。ルルははしゃいで走り出す。シェイドはルルの保護者さながらに、「おいおい」と苦笑い。

 村に入ると、まず感じたのが、視線だった。
 道行く人皆が、冷たい視線を二人に浴びせる。皆、よそ者は近寄るなとあからさまに言いたげな視線だった。
 そしてさらに道を進むと、その原因の一つ、であろう物を見つける。
 光団の、看板だった。看板には、村の名前をとって『光団・シャオン支部』と書かれていた。
 「光団……。ここまで支部を出していたのか。ということは、さっきの男もここに来ている可能性があるな」
 看板を睨みつけてシェイド。
 「早速、お邪魔させてもらおうじゃないの」
 同じくルル。
 そのときだった。

 「――お、おじちゃん!どいて―」
 一人の少女が、支部の扉から駆け出してくる。
 髪はロングのブラウン。瞳は片方が黒で片方が水色。恐らくカラーコンタクトでもしているのだろうか?そして、およそ130cmいくかいかないかの身長。顔は幼く、年齢は見たところ7歳あたりだろう。
 そして――彼女の後ろには――先ほど、砂漠で対戦したばかりの男が。
 「なっ……なんでお前たちが!?」
 驚きを隠せないようだ。だがすぐににやりとすると、
 「残念だったな……。貴様が俺の同胞を殺したっていうことはすでに上役に伝えておいた。……あとは殺されるのを待つだけだな!」
 皮肉っぽい口調で言う。
 だがそんなこと知るか、といった感じでシェイドは腰から剣を引き抜く。
 「……ルル、どう思う?」
 「……斬っちゃえ」
 なんの躊躇もなく。本当はこんな小物を相手している暇はないのだが。
 「う、嘘だろ!ちょ……ちょっと待っ……」
 「問答、無用」
 冷たい表情で見下し、背中を向けて逃げ出そうとする男を斬りつける。
 鮮血があふれ、男はどうと倒れる。だがそこで驚くべき光景を目の当たりにする。
 「だっ、大丈夫ですか!?」
 なんと、少女が駆け寄り、何をし出すかと思えば……
 「大変です! 怪我をしてますね……。第七光素、【治癒】!」
 突然、本当に突然。わずか7歳の少女が秘めていた【第七光素】。目にするのはおそらく初めてだろう。
 「こ……これは驚いた。君、第七光素適合者だったんだね……」
 シェイドが少女に手を伸ばす。
 だが、それに怯えて飛び退く少女。
 「さっ、触らないでください! あ、あなたも悪い人間ですね!? そ、そんな奴は、このチェルシーが許しませんから!」
 チェルシーと名乗った少女は、男を治療する手はそのままに、胴体だけでもとシェイドから離れようと必死だ。
 「ま、まって。僕は悪い人間じゃない。――悪いのは、君が今治療しているその男のほうだ」
 急に真剣な表情になり、シェイドは、男とチェルシーの間くらいの空間を睨みつける。幼い少女を少しでも怯えさせないようにというせめてもの配慮だろうか。
 「そ、そんなこと知ってます!光団が、私たちを適合者を悪用しようとしてるってことも……。で、でも、いくら敵だと知っていても、怪我して死んじゃったら、何にもできなくなっちゃうじゃないですか!!」
 チェルシーは今にも泣きそうに、ひくひくとしている。
 「……それも、そうだね。分かった。そいつは、君が好きなようにするといい。でも僕たちは知らない。君が、どうなろうともね――」
 突き放すように、冷酷に。だが目だけは穏やかだった。
 「……」
 黙りこむチェルシー。傷も浅かったのか、男の治療もやがて終わりかけていた。
 「……どうする? この子おいて、この中に入る?」
 ルルがシェイドに問いかける。依然、シェイドはチェルシーを見たまま動かない。
 治療が終わると、チェルシーはその場に座り込んだまま動かない。
 「……おじさんたち、悪い人間じゃないんですよね。この男の人を斬ったのも、きっと何か、理由があるんですよね?」
 少女は俯いたまま静かに言った。
 「……もちろんだ。少なくとも、君が思っているほど、悪い人間ではない」
 そして、少女はふと顔を上げて、シェイドは見上げる。
 「それなら……手伝ってほしいことがあるんです」
 「なんだい?」
 今度は嘘のように表情を、語りかける声も、何もかもを穏やかにしたシェイドがいた。
 「私たち……【光素適合者】の仲間が、まだこの中にいっぱい捕らわれているんです。私も、さっき逃げ出してきたんですけど、この男の人に追いかけられてて……。手伝って欲しいことっていうのは、私の仲間を助け出すのを手伝って欲しいっていうことなんですけど……」
 なんだ、そんなことか、とシェイドは軽く請合う。
 「……了解。君は、危ないから、村の人たちに匿ってもらっておくといい。そっちの男は……そうだな、こいつも村人に、ロープで縛られるなりしておくといい。……運ぼうか」
 そういうとシェイドは、男を片腕で抱え、もう片方の腕でチェルシーを引き連れて、村人の民家のうちの一つを訪問した。
 「すいませーん、誰かいますか?」
 ノックするドアも無いので、とりあえず呼んでみる。
 そのとき、思い出した。
 自分が、何やら村人たちから冷たい視線を浴びていたことを。
 「やっべ……」
 もう遅かった。既に住人が目の前に来ていたのだから。
 だが、返ってきた返事は意外なものだった。
 「……君たちの用件はわかった。その女の子と男を、ここに置いておいてほしいんだろう?お安い御用だ」
 「な、なんでそんな安請け合いを……。さっきまであんなに冷たい目で我々を見ていたのに……」
 住人は、穏やかに言った。
 「二階のテラスから、見ていたよ。君たちを、ね。悪い人じゃなさそうだ……。我ら村人は、光団を毛嫌いしている連中ばかりでね。君たちもその仲間かと思っていたんだ。誤解してすまない」
 理由を聞くと、なんのことはなかった。村人に言うことも最もだ。逆に考えれば、警戒されないほうがおかしかったのだ。
 「じゃあ、よろしくおねがいします」
 「あぁ、任せておけ」

そして、ルルとシェイドは光団・シャオン支部へと突き進むのだった。



第五話【シャオン支部・侵入】

 チェルシーを民家に預けた後、ルルとシェイドはすぐさま光団・シャオン支部へと向かった。
 シャオン支部。外壁は全てレンガで、所々に窓がついている。高くてよく見えないが、屋上あたりから煙が出ているため、おそらく煙突があるのだろう。
 キィィ……と扉を開ける音が建物の一階に響き渡る。扉は木造で、押すと両側にひらけるタイプだ。シェイドが先に入り、ルルが後ろから入り終えると、途端に扉は閉まり、またキィィ……と古めかしい音が小さくこだまするだけだった。
 建物の中は異様に静かだった。警備員の姿も見当たらない。今思うと確かめもせずに安易に入ってしまうのは愚かな考えではなかったか。だが、ルルとシェイドはそれを確認すると、静かに歩みだす。カツ、カツと今度は自分たちの靴の音が響く。本当は、今この状況下にあっても、誰にも見つからないように抜き足差し足で行きたいのだが、モタモタしている暇は無かった。モタモタしていれば、それこそ敵に見つかりやすくなる。
 一本道が続いた。左右は、壁、壁、壁。階段すら見当たらない。全て灰色単色で、窓も所々にポツポツとあるだけ。シェイドたちはさながら牢屋にぶち込まれたような感覚に陥った。もしかして、ここから一生出られないんじゃないか。先ほどの「キィィ……」という音が、やけにいやらしく思えてくる。靴の先から、ひんやりと床の温度が伝わってくる。
 そのときだった。
 「ガララララ! ガララララ!」
 けたたましい鳴き声が耳に飛び込んでくる。二人とも、一瞬心臓が飛び出るんじゃないかというほどに驚き、息を荒げる。驚きは二つあった。まず、突然鳴き声が聞こえてきたこと。そして、それが『鳴き声』……つまり、動物か何かの鳴き声であったこと。
 二人が鳴き声の正体を探ろうと、床の隅々に目を通していると、奥から走ってくる人が目にうつる。それは一本道の先から見え始めた。やがて大きくなるその男は、おそらく光団の団員だろうか。
 そして、その男はシェイドたちの近くに着くころにはすでに息を切らして苦しそうにし、屈伸をするような態勢になると、ハァハァと呼吸を整え始めた。
 「しっ……しんにゅ……しゃ……発見……」
 喋るのもやっと、息も絶え絶えなのになおも喋ろうとするその根性は買いたいところ。男は、片手で「止まれ」の合図をすると、呆気にとられて戦意を失っているシェイドたちを尻目に、いそいそと何かをさがして廊下を見渡し始めた。
 それを見ていたシェイドがはっと我に返る。男は後ろ向き。息もまだ荒い。
 ――斬りおとす絶好のチャンス。
 シェイドのブルーの瞳に一筋の闘志が湧きあがる。静かに鞘から剣を引き抜くと、その切先を男に向ける。ルルが横から見ている。もし男が気づいてしまったときのために、【視野転換】の光素を発動する準備を整えていた。そして、シェイドはそのまま男に近づく。抜き足差し足で、ばれないように。確実に、仕留めるために。その姿は、狩を行うときの獣の姿を彷彿とさせた。男は依然気がついてはいない。
 今だ――!
 シェイドは剣を高々と持ち上げる。窓から差し込む光を反射し、美しい銀色に輝くそれは、今まさに男を斬らんと構えるシェイドの真剣そのものといった顔を映し出していた。
 刃を振り落とす。目指すは肩。シェイドの頭の中には、肉に刃がくい込み、鮮血があふれ出、苦しそうに悶える男のあられもない姿――ろくでもない情景が浮かんでいた。だがこれも心の準備だ。熟練の戦士であれば誰でも考えることだと思う。
 シェイドの振り落とす刀が、今まさに男の肩に入り込まんとしたときである。風を切り裂く音が辺りに響いていた。
 運命の女神は、大事なここぞという時に限って、そっぽを向いてしまった。
 「うーん……。よく見えんな。第三光素、【視力増強】発動」
 男の顔が黄色い光で覆われたのが、後ろからでもよく分かった。いや、正確には目だけが覆われたのだ。
 光素という言葉を聞いた瞬間、シェイドは反射的に後ろへ退く。その際、剣を鞘の中に納めながら。
 光素は、相手が発動する瞬間まで何の能力を持ち合わせているのかが判断できないのがネックだ。もちろん、あらかじめ相手が第何番の光素と適合しているのかを知っていれば、話は別だが。しかし、ここは退かざるをえなかった。もし、万が一にもだが、相手が第二光素の適合者だったとして、またシェイドが近づいていたことに気づいていたとして、ふいをつこうと考えていたのなら、これは賢明な判断であっただろう。
 だが肝心の光素はというと、害のかけらもない第三光素。
 恐るるに足らんな、とシェイドは思い直すと、また男ににじりよる。
 「あ、あったあった。ったく、探したぞ……」
 タイミングが悪かった。丁度男は探し物を見つけたようだ。
 「待たせたな」
 男は、息の乱れもほとんど治まり、口元には不敵な笑みを浮かべていた。片腕に奇妙な生物を携えて。
 「っ……。そ、それは……」
 ルルがそれを見て何かを思い出す。シェイドもまた、それが何なのかを思い出していた。
 砂漠で見た、頭に機械を乗せた蛇。――確か光団のロボットだったか――それとそっくりな生物がそこにいた。
 砂漠で見たのと違う点は一つ。肌の色のみ。それ以外の点では何ら変わりはない。
 「ふふ、驚いているようだな? 貴様たちが砂漠で殺したという蛇……。あれは、我が団の試作品にすぎない。これは、さらに改良を加えた新機種。蛇型ロボットレベル三だ! これはな、以前のと比べ移動スピードが増した他、赤外線で敵味方を区別し、敵と判断された場合すぐに鳴き声を出して我々に知らせてくれる、それはそれは実に有能なロボットなのだよ。と言ったところで貴様らには理解できんだろうがな。ふふ」
 イヤミな口調でペラペラと早口でまくしたてる。砂漠でのどうのこうのは、さっき民家に預けた男から聞いたのだろう。だが、このロボットの存在は驚異だ。
 「分かったか、このロボットのすごさが。では本題。俺がここに来た理由はわかるな?」
 「――……排除」
 男が目を光らせる。依然視力は良いままなのだろう。だが、この狭い建物中で、いくら視力が良かろうと知ったことではない。問題なのは、この男の実力だ。
 「ま、そうだな。先に聞いておくぞ?貴様ら、一体ここに何しに来た? 俺たちも暇じゃないんでね……、無闇に人殺しなんてしてる場合じゃないんだ。おとなしくこのまま帰ってくれるんなら、何もしないけど? で、どうなの結局」
 よく喋る男だな……とシェイドは思った。答えなど、知れたこと。
 「ここを、潰しに――」
 男の形相が一変する。左袖から仕込みナイフを取り出すと、それをクルクルと指で回し、右手に持ちかえる。今度は右袖からナイフを取り出すと、それを左手に持ちかえる。
 「……。ま、やっぱそんなこったろうと思ったよ。そんじゃ、一つおっぱじめようぜぇ!」
 男がまっすぐシェイドに襲い掛かる。女は弱く見えたのだろう、ルルは後回しにする戦法だ。だが男は、そこで選択を誤った。
 「――第二光素、視野転換―!」
 ルルがピンと伸ばした手のひらの先から、一筋の光を放つ。
 瞬間、男は壁を見ていた。灰色の、鬱な色。今この瞬間の、自分の心境を映し出していたかのような。
 「え……?」
 シェイドがにやりと笑う。
 「よくやった、ルル」
 今度こそは逃がすまい――シェイドが振り落とす剣は、先ほどと同様、男の肩をめがけて振り落とされていた。
 ルルは顔をハンカチで覆っていた。返り血がかかっては大変。
 ルルがハンカチを下げると、そこは一面血で溢れていた。……ルルの足には、少しだけ、返り血がかかっていた。
 「……やったわね。」
 「そうだな。」
 倒れた男は、何事か呻きながら、ピクピクと体を痙攣させていた。だが、ものの数秒も経つと、痙攣もしなくなり、単なる肉の塊へと変化していた。死んだのだ。だが、あまり動じない二人。砂漠ですでに女の死を見ているからだろうか。それとも、悲しい過去を体験したルルだからこそ、精神的に太く育ちすぎてしまったのだろうか。
 とやかく言っている暇もないので、シェイドたちはさらに歩を進めることにした。
 廊下の突き当たりが見え始めた。エレベーターらしきものと、その横の壁に、『シャオン支部内で道に迷った時は』という題名で、建物内の簡単な地図が書かれた張り紙があった。二階に部屋がたくさんあることから、恐らく光素適合者たちが収容されている部屋も、その階にあるだろうことが推察された。この張り紙は、多分新入団員目当てに作られたのだろう。悪の組織の割に、なかなか小粋なことをしている。
 「フム……。三階建て、か。支部長が居るのも三階だな」
 「じゃあエレベーターでちゃちゃっと行っちゃいましょう」
 そしてエレベーターに乗り込む二人。幸い、誰も乗っていなかった。3と書かれたスイッチをポチっと押すと、『上へ参る』と渋い男の声でアナウンスが流れた。
 だが、エレベーターはそのまま三階までいくことはなかった。二階でストップしてしまったのだ。しかも、おもむろに扉は開き始める。
 「ちょ、どういうこと?!」
 小声で気づかれないように驚嘆の声を洩らすルル。
 またアナウンスが流れた。
 『降りるべし。降りるべし。チェック。チェック』
 感づかれたか――?シェイドは思う。
 また先ほどのロボットの進化系でも内臓されているんじゃないか。また赤外線なんたらで見分けられたのではないか。だがそれにしてはおかしい。鳴くわけでもない、敵が来るでもない。単なる故障だと考えられなくもないが――。
 「とにかく降りよう。考えていても埒があかん」
 見張りが居ないか慎重にエレベーターを降りる。幸い、エレベーターの付近には誰も居なかった。だが――
 「……っ、待て、ルル」
 丁度曲がり角にさしかかったとき、シェイドが口元に『しゃべらないで』と人差し指を立てながらルルを制止した。
 団員が見回りをしている。先ほどの事がすでに知れ渡っているのだろう。
 「仕方ないな……。第六光素、【遮断】発動」
 シェイドが囁くやいなや、辺りが一瞬にして真っ暗になる。見回りの団員も慌てふためく。
 「なっ、何事か?! おい、誰か、誰かブレーカーを見に行け!」
 今だ、とルルとシェイドは走り出す。何も見えないが、この際抜き足差し足で行くこともない。どうせ足音がいくら聞こえようと、皆仲間たちが騒いでいるとしか思わない。
 だが、甘い気持ちになるとそれだけ勘が鈍る。二人とも、何度も壁にぶつかった。特に、頭をぶつけたときの痛みはひどかった。
 およそ十分後。散々走った結果、団員たちの声が聞こえなくなったため、シェイドは光素の効力を打ち消す。
 暗闇に目が慣れていたため、眩しくてしばらく目が開けられない。瞼の上に手のひらをかざし、目が明るみに慣れるのを待った。
 「痛たた……。まだ痛むよぉ」
 もう片方の手でおでこを摩るルル。急いで走っていたため、猛スピードで激突したらしい。少しだけ、赤く腫れていた。
 やがて目も慣れ始めた頃。ふと目の前を見入ると、そこには、上へとつながる階段があった。
 「……。どうやら一階に階段が無いのは、侵入者を逃がさないためのようだな」
 シェイドが推察する。だがこれはいいとして、先ほどのエレベーターは一体何だったのだろう。やはり故障だったのか。もし蛇型ロボットだったのなら、鳴かなかったのもなんか変だ。
 「ねぇ、さっきのエレベーターって、不良品だったのかな」
 そんなことは知らん、と軽くシェイドは流す。
 「……。呑気だな。行くぞ、この上に、シャオン支部の支部長がいるはずだ。……恐らく辛い戦いになるだろう。心の準備はいいか?」
 コク、とルルは頷く。
 「OKよ」
 そして、一行は3階へと歩を進めた。

第六話【決戦】

 階段を上がる音がいやに耳に残る。シェイドもまた、いつになく不安そうな面持ちだった。思えば、自分たちのような政府の飼い猫が、いくら田舎のとはいえ、一支部を壊滅させようなどというのはいくらなんでもおごりが過ぎたか。
 だが、今更後にはひけない。シェイドとルルは、意を決した。
 階段を上り終えると、そこは不思議な感じが漂っていた。なぜだか、ここだけ空気の感じが違うような気がする。光の見え方がおかしいのか?いや、そもそも光など見えない。自分たちでも分からないが、三階だけ二階までとは違う、いやな感じがするのだ。肌に何かピリピリとくる。
 「何か……、変よね、ここ」
 「そうだな……」
 見張りは居なかった。見渡す限り、一階と似たような風景が広がっていた。側面は壁。窓すらなかった。だが、通路の一番奥に、一つだけポツンと部屋があるのが分かった。
 「……あそこか」
 慎重に、二人はまた歩き出した。相変わらず肌にはピリピリと何かを感じる。それは、これから起こりうる出来事を密かに示唆していた。
 部屋に着くまでの時間がやけに長く思えてくる。ルルの頭の中は、これからどうしようかと考えることで精一杯だった。
 シェイドもまた、同様だった。めまぐるしく頭の中が回転する。
 だが、とうとう運命のときがやってきた――。
 シェイドが、扉を開ける。
 一階で聞いた、あの、古めかしい音がまた耳の中をこだました。

 「……よくきたね」
 部屋の中は、クーラーでも効いているのか、廊下よりも数段涼しかった。
 だが、二人とも、汗が止まらなかった。なぜなら、その部屋のなかの空気が、今までに体験したことのないような悪寒でこの部屋中を満たしていたから。
 
 穏やかに、その男は言った。部屋の奥に置かれた支部長専用の机。その内側に置かれたイスに座り、シェイド達には背を向けたままで。
 「まぁ、上がりなよ。ゆっくり、話でもしようじゃないか。僕はシオン。シャオンとシオンで、何だか響きが似てるでしょ? ふふ」
 イスをくるりと回転させ、振り向きざまに言う。そのとき、初めて少年の顔が見えた。肩まであろうかという茶色の髪の毛を後ろで束ねている。瞳の色は黒。女性のように綺麗な、少し黄色味がかった肌が美しい。年齢は、どうだろうか。まだ20歳未満と言っても過言ではなさそうなほど。
 「……解せんな。我々が敵だということくらい、既に知っているんだろう? ここまで友好的に接する理由が分からんが」
 シェイドは、友好的な相手に冷たく接する。それは当然なのだが、今この場においては、なぜだかそれが悪いことのように思えてくる。だが、シオンは静かに答えた。
 「敵? そういえば、そうだったね。でもいいじゃん。敵同士、友好的になっちゃいけないって決まってるわけじゃない」
 そう言うと、シオンは立ち上がり、ゆっくりとした足取りでシェイドたちに近づいてきた。身長は、170センチくらいだろうか。一般的に見れば、低くも無い、高くも無い、実にごく普通。
 「……止まれ」
 シェイドはより一層声を低くした。突き放すために。だが少年は構わずに近づいてくる。
 そのとき、ルルは何か違和感を感じた。シオン年が近づけば近づくほど、この部屋中を満たす悪寒が強まっている気がする。ルルのサラサラの髪の毛が、少しずつ逆立ちはじめ、その異様さを表していた。
 シェイドはもう我慢の限界だった。スラリ、と剣を引き抜くと、その切先をシオンに向ける。
 「死にたいのか」
 瞬間、シオンは、笑った。
 「……ぷっ。何そんなに身構えてんの? 別に、僕に害意はないし、逆に、君から殺される筋合いもない。ただ僕は友達になりたいだけなんだよ」
 すでにシオンとシェイドの間はわずか二メートルほどになっていた。ルルの髪の毛は、半分ほどが逆立っていた。
 「貴様っ……ふざけているのか?」
 シェイドもいつの間にか、剣を持つ手が震えていた。目に映っているのはごく普通の少年。だが、体が押しつぶされそうなほどの威圧感を感じる。何かがおかしい。だが、シェイドの思考回路は冷静に考えることができなくなっていた。
 「……く、来るなぁっ!」
 とうとう、シェイドは剣を突き出した。
 だがシオンは避けようとはしなかった。シェイドの剣は、シオンの美しい頬に、傷をつけ、そのまま空を切り裂いた。小さい切り傷からは鮮血がにじみ出ていた。それを見ていたルルは、もうどうすればいいのかがわからなくなる。少年はもうキレてしまっただろう。
 シェイドもまた、斬ったあとにすぐさまシオンのほうを振り向いた。頬から血が出ているのがわかる。何故こいつは避けなかったんだ……。疑問だけが頭に残る。
 次の瞬間、シェイドの視線からはシオンが消えていた。

 「…………」
 一体何が起こったのか分からなかった。だが、ルルには全てが見えていた。それこそ、早送りのようなスピードの情景だった。
 
 シオンは、いつの間にやら先ほど座っていたイスの上に戻っていた。後ろを向いて、血を拭いているのが分かる。
 「痛いなぁ……おじさん。一体僕に何してくれちゃってんの……? ……お仕置きの時間だね」
 先ほどとは打って変わって、異様に低い声で淡々と話すシオン。その瞬間、ルルの髪の毛は全てが逆立ち、汗腺からは汗がふきだしていた。先ほどとは比べ物にならないほどの悪寒が、辺りを充満し始めた。だが、何より威圧感を放っていたのはシオンだった。シオンは椅子から立ち上がり、口から舌を出して、唇のすぐ横を流れてきた血をペロリと舐めていた。目をギラギラと見開いて、黒だった瞳が青くなっている。明らかに先ほどとは違う、獣のような少年がそこにいた。
 そしてシオンは静かに目を閉じ、何事か呟くと、またカッと目を見開いた。
 「それじゃ……いくよ」
 刹那。
 ルルとシェイドはまた彼の姿を見失う。だが、ルルは即座に気づいた。
 「シェイドさん、来るっ!」
 ルルが急いで指を指す。見れば、シェイドの斜め左下から少年がひょこっと顔をだし、腕をシェイドの膝のところで翻した。翻しただけなので、シェイドにそれが当たっているわけがない。シェイドも、頭の中では『なぜ奴はわざと外した……?』などと考えていた。
 だが、ふとシェイドが膝を見入ると、そこからは血があふれていた。シェイドも、自分で見るまで怪我に気がつかなかったため、今頃になって足を抱えてしまう。痛みは増すばかりだ。
 「……驚いたかい? これが僕の能力、【第八光素】の力さ」
 「第八光素……ですって……?」
 シオンは、穏やかに、続けた。
 「ま、冥土土産に教えてあげようか。一般的に、光素は虹の七色の分……つまり七種類しかないって思われているけど、二十年前、新種の光素が発見された。それが僕の第八光素なんだけどさ。……ではここで問題。第八光素の光色は何でしょう?」
 考えている暇は無かった。
 「……っ、分からないわ……」
 ふん、とシオンは鼻で笑う。
 「ま、最初から答えなんて期待してなかったけどね。第八光素の光色はね……、【無色】。無色も、れっきとした色が無いという色。まぁ透明とも言われているけどね」
 これには、ルルでさえすぐにピンときた。なんてこと……? という表情をする。今のルルの表情をぴったり表現できる言葉があるとすれば、それは『絶望』だろう。
 「もう一つ、教えておいてあげようか。この僕の光素の能力は……【光の物質化】。空気の中に散らばる光素を圧縮することで、自由自在に何でも創り出すことができる。ちなみにさっきその男を斬った時は、剣を創っていたのさ。しかも光色が無色だから、何を創ったかも見えない。敵はただやられるばかり……。哀れだね。……なぜ僕がここまで詳しく教えてあげたか分かる?……それはね……君は今からここで死ぬからだよ!」
 そう言うと、シオンは真っ直ぐにルルに手を伸ばしてきた。いや、正確には『手に握り締めている剣』を突きつけてきたのだ。
 ルルは、もうだめだと目を瞑る。死を覚悟した。ただせめて、痛くないように、安らかに殺してくれと心の中で祈ることしかできなかった。いや、祈る間すら与えない――シオンの腕はもうすぐそこまできていた。

 ガキン、と鈍い音が聞こえた。
 恐る恐る目を開けると、思わず「ひっ……」と声にならない声をあげる。
 シオンの腕は、自分の目から僅か数センチのところまで来ていた。そして、その前には、もう一つ明らかにシオンの物ではない剣が浮かび上がっていた。
 すぐに、その存在が一体何なのかが分かる。呼吸をするのも苦しそうに、片腕は足を抱えたまま、シェイドはもう片方の腕で剣を突き出し、ルルに迫るシオンの腕――剣――を遮っていた。
 「こいつ……。見えていないくせに!」
 シオンは一旦腕を離す。そして、間合いをつくると、腕を引き、また狙いを定めてルルを見定めていた。
 「ルルっ……、何をしている!」
 は、と我に返るルル。今は、恐れているときじゃない。私にできることは、ただひとつ――!
 ルルは、自分の持ち合わす全ての力を出すかの如く、大声で叫んだ。
 「……視野転換!」

 シオンの視野が変わる。
 目に映るのは、自分の机。支部長専用の美しい木製の机だった。
 背後に気配を感じる。

 「……ハァァァァァァアァァァァアっ!」
 ルルは、拳に渾身の力をこめて、思い切りパンチを繰り出す。相手は見えていない、確実に当たる。目指すは頭。この少年には申し訳ないが、ひと時の間失神でもしていてもらおう。すぐに楽になる。
 誰もがそう思うであろう瞬間だった。

 拳と頭の間、あるかないかだった。

 当たった感触はあった。それこそ、自分の手の甲が少し擦りむけるほどに。だが、肝心のシオンはというと、微動だにしていない。軽く頭を掻くと、ゆっくりとルルに向き直る。
 「……言ったろう? 僕の光素の力は、光の物質化だって。……盾さえ創っちゃえば、なんてことはないのさ」
 シオンは何事もなかったかのように、やや皮肉な笑みを浮かべつつ言い放った。シェイドは未だ悶え苦しんでいた。無防備なときに受けた傷は、心構えをいくばかりかしていたときの数倍は痛い。明らかに自分のミスだ、とシェイドは呻いた。
 「ぐっ……」
 「全く。この僕を たかだか第二光素ごときでやっつけようなんて甘っちょろい考え、最初っから通用しなかったんだよ」
 シオンは腕を翻し、周りの空気を集めるような素振りをする。光素を集めているのだろう。そして、手のひらにいくらかのスペースを空けたまま――剣を握っている――拳を握り締める。
 「なかなかしぶとかったけど……、もう逃がさないよ。いい加減、楽になっちゃえばいいんだ」
 ルルの目には、先ほどと同じシーンが映っていた。間合いを徐々に詰めてくるシオン。剣を床に引きずらせているのが分かる。なぜなら、そこに剣があるだろう場所から、かすかに埃が舞い上がり、キキキと、僅かにだが金属音がしていたから。
 「死ね」
 シオンが剣を高らかに持ち上げる。どこを斬られてもおかしくない状態。ルルは、今度こそ死ぬのを覚悟した。
 どうせ死んでしまうのだから、と今までのことが瞬時に思い返されてくる。思えば、子供のころ捨てられて以来、親には会っていない。政府に拾われてからは何不自由なく暮らしてきたが、やはり心の奥底では密かに親のことを想い続けていた。料理が上手で、編み物が趣味だった、少し小太りのお母さん。それとは正反対の、料理が下手で、不器用で、それでいてヒョロヒョロに痩せていたお父さん。
 どうせなら、死ぬ前に一目でいいから、お母さんとお父さんに会いたかった。

 「……さよなら――」

 ふと、涙が溢れていた。
 政府に拾われてからはもう泣かないと心に決めていたが、最後の最後で、その誓いを果たすことができなかった。
 シオンの見えない剣は、もう、今まさにルルを切り刻まんと振り落とされていた――。
 
 


 「……待ってくださいっ!!」

 振り下ろされた腕が寸でのところで、ピタリと止まる。

 突然現れたのは、先ほど民家に預けたばかりのチェルシーだった。その後ろには、村人であろう人々が数人、自前の武器――スコップなど――を持って立っていた。
 「待って、待ってください!殺し合いなんて……やめてください!!」
 他人事だというのに、泣いてシオンにすがるチェルシー。でもなんでここに来ている――?
 「……。君は……確か、うちに収容されているはずじゃ?」
 シオンは伸ばしていた腕をだらりと垂らし、チェルシーへと向き直る。チェルシーは泣いたまま、シオンを睨みつけている。ルルは、シオンがチェルシーへと向き直った瞬間に、部屋の空気が軽くなったような感じがし、おもむろにその場に座り込んだ。
 「だめじゃん……勝手に抜け出しちゃあ」
 今度はシオンはチェルシーへと腕を伸ばす。
 チェルシーは怯えている。びくびくと震え、目にはなおも涙を溜め、口元もひくついている。
 だが、次にシオンの口から発せられた言葉には、誰もが驚いた。
 「……うん、分かったよ」
 突然、作ったような笑顔になると、チェルシーには傷つけることなく、そのまま伸ばしていた腕を引き戻す。それは、この部屋に入った時、初めて会った時のシオンと、同じ顔だったように思える。
 シオンはそのまま後ろを向き、何事か考えているようにうんと頭を抱える。そして、ぽんと手のひらを叩くと、またチェルシーのほうに向き直る。
 「……。二階に、まだ収容している適合者たちがいる。僕が今から団員たちに伝えにいくから、君はそこに倒れている男の治療を済ませておきなさい」
 チェルシーは、ぱっと笑顔を取り戻した。
 「は、はいっ!」
 シオンはゆっくりと歩き出すと、そのまま部屋を出て、階段を下りていった。あとには階段を下りるシオンの靴の音だけが余韻として残るだけだった。
 
 「第七光素、治癒!」
 チェルシーの手のひらが淡い光を放つ。膝を抱えて悶えていたシェイドの表情が和らぐ。そして、そのままシェイドは寝てしまったようだ。スースーと寝息をたてている。
 「シェイドさんは……がんばったよ」
 ルルはふと考えていた。
 シオンが、戦うのをやめた理由はなんだったのか。チェルシーが可哀想だっただけとは思えない。
 ルルは、ふと思った。
 シオンは、本当に、ただ友達が欲しかっただけなのかもしれない。まだ未成年とも思える年頃なのに、こんな田舎の支部長に抜擢され、同年代の友達と遊んだりすることさえできなかったのだろう。
 だが今は、この支部に捕らえられた仲間を救えたことを、ただ喜ぶことしかできないのだった――。

2006/01/07(Sat)21:33:07 公開 / ラスト
■この作品の著作権はラストさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。ラストです。
第一部、終了いたしました。
次は第二部へと進む……かもしれません。
その際、別スレを作ってもいいんでしょうか?それとも原則的にはこのスレに続けて、という形になるんでしょうか。
感想と一緒に添えていただけると嬉しいです。
それでは、ここまでご覧頂き、ありがとうございました!

1月3日 一部修正。
1月7日 第一部終了。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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