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『さいれんないと 〜主に虚しくて〜』 ... ジャンル:ショート*2 お笑い
作者:緑豆
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あらすじ・作品紹介
どこかにはあるかもしれない、クリスマスの出来事。一部ノンフィクション。
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こんなことを言うのもなんだが、日本という国は節操が無いと思う。
無宗教の国でありながら、正月に神社に赴き盆を行いクリスマスを祝う。
まったくもってけしからんことである。日本人は、それらの行事に込められた意味を考えることなく、快楽だけを享受するのだ。同じ日本人として恥ずかしくなってくる。
十二月二十五日である今日、オレはそのことに強く憤るのだった。
「―――で、負け惜しみは終わりか?」
「そういうこと言うな、そこッ! 尚更惨めになるから!!」
安アパートの寒い一室。微妙に切れそうな電灯の下で、オレは友人(男)と鍋を囲んでいた。
さてみなさん、唐突ですがここで問題です。次の文章で誤っている箇所があります。そこを指摘してください。
『クリスマスの夜に、野郎二人で、鍋』
賢明な皆さん(特に男独り身)なら亜高速でお分かりですね。
はい、一個目の読点から二個目の読点までの間の文章です。
野郎二人で、クリスマスの夜。
何ででしょう。何でだろう? 何でだよコンチクショウがッ!
「それ以上叫ぶと、自分の品格貶めるだけだからやめような」
友人の声も聞こえないぐらいに、オレの怒りは沸点に達していた。聞きたくないということもあるが。
何故、幸せそうな家族が、幸せそうな恋人たちが、幸せそうなカップルが、幸せそうなアベックが、クリスマスの聖夜を楽しんでいるというのに、オレは野郎と鍋を囲んでいるのかっ……!
「しゃーねえだろう。お前は言うまでも無い理由だし、おれの方も沙耶がよりによってクリスマスに葬式出ることになっちまったし。後、二個目から先は全部同じだ」
更には目の前の男が彼女持ちなのも気に入らない。律儀に突っ込むのも。
何もかもが気に喰わないので、衝動のままに鍋の中の肉をつまむ。
「おい、待てって。それまだ煮えてないから。豚肉はしっかり煮ないと腹壊すぞ?」
無視してフードファイターの如く貪る。まだ赤みの残っている肉の食感は、ぐにゃんとしていて嫌な感じだった。
「…………」
「言わんこっちゃない。ほら、水」
差し出された水を一気に飲み干す。何とか、あのいやな感触は消えてくれた。
ふう、とため息をつくオレに、友人は呆れたような顔で話し掛けてくる。
「……ったく、本当にお前どうしたんだ? 去年は少なくとも、そこまで荒れてなかっただろ」
微妙に心配しているような口調。それはある意味でありがたいのだが、ある意味でムカついてきます。
何故なら原因に似たようなものは、目の前のコイツ―――冴崎にあるというのに。
昨年のクリスマス、毎年恒例である独り身男の宴を開いた時。その時はコイツもまだ独り身男の一員で、まさに戦友と呼べる奴だったのだ。
が、その半年後。コイツの隣には、神奈沙耶という女の子が少し恥ずかしそうに、凄く嬉しそうに立っていました。
その瞬間から、オレたちの友情は(一方的に)崩壊した。昨日の友は今日の敵とはよく言ったもの、ブルータスお前もか。
まあその次の日に、独り身男の懲罰集会『最後の晩餐』を開き、「この中に裏切り者がいる」と告発したが。無論オレ達はキリストのように優しくないので、即刻ユダに私刑執行し、その後復讐の虚しさにカラオケで絶叫。
そんな訳で冴崎は今年の宴に来ないと思われていたのだが、彼女の祖母が亡くなったとのコトで急遽来訪。逆に独り身の男達は皆バイトで来れなくなり、野郎二人で鍋を囲むことになったのである。
大勢でやる鍋ならまだしも、二人で囲む鍋のむなしいこと切ないこと。しかもオレに明日(かのじょ)はないが、奴にはある。
「……はあ」
そりゃあため息も大判振る舞いで出てくるものだ。
「アイツらはバイトなんだから、しょうがないだろ。ほら、肉煮えたから食おうぜ」
そして、相変わらず何も気付かない冴崎。オレが荒れるのは君のせいです。完全にお門違いだって分かってるけどさ、それでも荒れずにはいられない。
それでも怒りを抑え、煮えた肉に手をつける。友人もそれに続き、言葉が途絶える。
しばらくの沈黙。肉の野菜の咀嚼音だけが続く。
そうして十分ほどして、
「なあ」
オレのほうから、奴に話を切り出した。
「ん、どうした?」
「お前は、どうやって彼女作ったの? 今後の参考に聞きたい」
真剣な口調で、真剣な顔で話しかける。
気に入らないことではあるが、コイツが彼女を作ったのは事実だ。だからコイツに話を聞けば、オレにもチャンスは巡ってくるかもしれない。
そうして、尋ねられた冴崎は何とも微妙かつ照れくさそうな表情で、
「彼女作ったというより、自然になったって感じかな。ゼミで一緒に作業してる内に、何となくいい雰囲気になって、な」
そう言いやがった。
「……………………」
思わず絶句する。それはアレか。畑に種をまいて肥料と水をやったら、美味しい野菜が出来たってのと同じぐらいの流れか。そんなんで彼女出来るなら、オレだって共同作業いっぱいするよ、コンチクショウ!
「……どうした、急に黙り込んで?」
「いや、お前に聞いたオレがバカだった。オレはそんな不確かな手段に頼るぐらいなら、竜王様に世界の半分(女の世界)もらったり、願いのかなう玉を七つ集めたりしてくるよ」
「よく分からないけれど、そういうセリフがデフォルトで出てくる辺りが、お前に彼女が出来ない理由の一端だと思う」
放っておいて欲しい。
そうして肉に手をつけようとした瞬間、冴崎の携帯から新曲の着メロが流れ出した。
「……お、沙耶からか。悪い、電話するわ。もしもし……」
そう言って通話を始める冴崎。
何となく気になって、そっと耳を澄ましてみる。
幸い冴崎は通話音を大きめにしてあるのか、聞き取るのは容易かった。
「もしもし、どうした?」
『……ん、あのさ、今日は本当にゴメンね? 初めてのクリスマスなのに一緒に過ごせなくて……』
真実申し訳なさそうな声。それに冴崎は気にするな、と答える。
「大好きだったおばあちゃんを、ちゃんと送ってあげたかったんだろ? だったらそっちを優先するのは当たり前だ。大切な人の最期だ、しっかり看取ってあげないと」
『うん、ありがとう……。それでね、今精進落とし終わったから、ようやく時間取れそうなの。もし迷惑でなかったら……会えないかな? すごく、会いたいんだ……』
「馬鹿、遠慮なんかしなくていい。ずっと一緒にいてやる」
そこまで聞いて、オレは通話を聞くのをやめて鍋に手を出し始めた。その後の会話はもう話すというよりイチャつくと表現した方が正しかったからだ。
……いや、恋人同士の通話って時々、聞いてる方が恥ずかしくなってくる。コアな奴等のメールのやり取りを見たときは、吐血しそうになりちょっぴり憧れたものだった。オレにとってそれは、壁に描いたもちぐらい届かないものなのだが。
イチャつき会話を終えた冴崎は、携帯をしまいすまなそうに謝ってきた。
「悪い、もう帰らせてもらうわ。いきなり上がりこんでおいて、本当すまないな」
「いや、彼女なんだろ? 行ってやれよ」
そう言ったオレに、冴崎は一瞬だけ怪訝そうな顔をする。そりゃあそうだ。さっきまでさんざん彼女関連で騒いだり暴れたりしたし、最後の晩餐の過去もある。そんなオレが、こんな善人みたいなこと言い出したから、不思議に思ったのだろう。
だから、オレは言ってやる。
「オレだってな、人を気遣う心ぐらいあるんだよ。……おい、そこ。詐欺師を見るような目でオレを見るんじゃない。ともかく、行ってやれよ」
その言葉に冴崎は力強く、
「―――ああ、行ってくる!」
頷いて去っていった。
そうして安アパートの一室には、オレ一人がぽつんと残された。
こたつには、まだこんもりと残っている鍋と二人分の皿が置かれている。
「……ああは、言ったけどさ。オレも彼女欲しいなあ」
呟いて、硬くなってしまった豚肉を口に放り込んだ。
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2005/12/26(Mon)09:08:39 公開 / 緑豆
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■作者からのメッセージ
勢いとノリで書いてみました。が、どうにもショートの文章量のバランスなどが分からず、迷走してしまった感じがあります。
感想、アドバイス(甘辛問わず)がありましたら、よろしくお願いします。
12/26 やや修正
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